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第九話 魔法



 魔法。

 それは最後のフロンティア。



 ごめんなさい、ふざけました。



 魔法の習得は、古くから受け継がれてきた方法がある。

 魔法全般に言える事だが特に属性系魔法は、詠唱中にイメージを固める為に一種のトランス状態に入る。

 トランス状態とはいっても外界と切り離された精神状態ではない。

 詠唱中でも周りの状況は把握可能だし、普通に行動できる。

 魔法を行使する際の独特な状態らしい。

 この詠唱というのは、一小節ごとにその状態へ深く入り込むように言葉を紡いでいく修行をする。

 確実にイメージする為に段階的に魔法が発現可能な状態まで持っていくという方法。


 そして魔法を習得する際、必ず教える側の者が存在する。

 詠唱時に外部から魔力を同調操作して、トランス状態になる補助を行う。

 受け継がれて来た方法とは、この指導者による外部からの同調操作である。

 オレがやった『そこに在る』という疑いの余地のない認識状態まで無理矢理持っていくらしい。

 

 ある程度の技量まで達すれば、補助なしでより高度な魔法も習得可能になる。

 条件が付く所からも分かる通り、補助なしでゼロから魔法を具現化させるのは、現在では不可能とされている。

 実際には不可能ではないが、長年詠唱時の補助が行われていた為、わざわざ苦労してそれをやろうという者がいなくなり、そういった方法があるという事さえも忘れ去られてしまったというのが現状だ。

 だからだろうか。オレのような独学で、というのはほぼ有り得ない話らしい。


 余談だが実はこのトランス状態になる為の補助、ちょっとした危険が潜んでいる。

 他人の魔力に同調して精神状態を操作するということは、ある種洗脳に近いものだ。

 指導を受ける側の意識がはっきりしているとは言っても、完全に操作される事を防ぐというのは出来ない。というか魔法の訓練の為には防いでしまっては意味が無い。

 普通に考えれば、他人による精神操作なんて危険以外の何ものでもないが、魔法を覚える為にはやらない訳にはいかない。

 では、このジレンマをどのように解消しているのか。

 答えは意外と簡単なものだった。

 それは、幼い頃からの肉親や信用の置ける人物による初歩の魔法の指導。

 そして、情報の秘匿。

 幼い頃から魔力の操作に慣れ、所謂、精神耐性をある程度身に付ければ精神操作は防げる。

 余程強力な精神操作でなければイメージの伝達に限定可能なので問題ないそうだ。

 情報の秘匿に関しては、強力な精神操作魔法があるという事実と、そのノウハウを完全に表舞台から消し去ってしまった。

 意図的かどうかは分からないが、国家間の協定に基づき厳格に情報が管理されていたが、いつの間にか、そういった技術があるという噂すら出回らなくなり、今では完全に失伝したという。


 そんな危険な情報をオレに教えていいのか、という事と、善意に支えられた危ういシステムじゃないのか、という疑問を口にしてみたが。


「問題ない。おぬしは尻の事で頭が一杯じゃ」


 いやあーーーっ!言わないでーーーっ!?

 記憶を完全複製したせいか、オレはそんな事をしないと判断したみたいだ。が、もうちょっとこう、言い方ってものが……いや、なんでもないです。


「危ういと思うかも知れんが、知らなければ、なかなか洗脳なんて発想には至らんものじゃ。効率の問題もあるしの。人間同士お互いのみが脅威であったなら、そういった事も発達したかも知れんが、強い生物のいるこの世界で目に見える恐怖に対応するためには、そんな事をやっている暇はないというのが実情じゃな」


 それに、とイグニスが続ける。現在はどの国も魔法師の育成に積極的に力を注いでいるらしく意外としっかりした機構として教育機関が存在している。

 大戦後の時間経過から見れば僅かな期間ではあるが、どの国の教育機関も200年から300年という歴史と伝統を築きあげているという。

 その中で、魔法師という人的資産を守る意味でも、精神操作などという、ひとつ間違えればそれらを失いかねない行為は可能性の時点で徹底的に排除されている。

 そうした教育システムが構築される以前はどうだったのかと聞くと、少なからず問題はあったそうだ。

 肉親に魔法の素養がある場合は良かったが、そうでない場合、良い指導者に巡りあえない事も。

 情報の隠蔽が完全でなかった時代には、胸くそが悪くなるような事件や事故が多発したらしい。

 詳しく聞こうとは思わなかったが、おおよその想像はつく。


 大戦前は自己の能力を開発する個人装置があったため、そうした問題は起きていない。

 技術的には精神操作どころか、精神改造、記憶の改竄、消去、移植、そして五感変換など。脳に関する、ありとあらゆる研究がなされて実用化されていたが、定められた法によって厳格に管理され、それらの行為が無許可で行われた場合、死刑が適用されていたらしい。

 そういった研究と同時に、外部に一部の記憶だけでなく人格ごと記憶を保存する方法も確立されていたようだから、死刑といってもどの程度の抑止力になっていたのかは分からないが。

 研究が進むにつれ、リスクとリターンを天秤にかけるまでもなく、その手の犯罪に手を出す者はほとんどいなくなったそうだ。


 しかし禁忌の領域にまで踏み込んだ技術が普通にある世界ってのも怖いものがあるな。


 その残滓として現在の世界では、睡眠や催眠、混乱などの一時的な状態異常魔法として残っている程度だという。

 とは言え、大戦前と環境の危険度が違う現在のルテティアで状態異常に陥ったら、結構ヤバイ事になりそうな気がする。


「なかなか興味深い話だけど脱線してないか? SFとか嫌いじゃないから面白いんだけどさ」


「お、そうか、今はファンタジー優先じゃったな」


「身も蓋も無い言い方だな」


 イグニスの言い回しに若干乾いた笑いがこみ上げる。


「基本のおさらいからがいいんだけど。う~ん、なんか今の話聞いてたらクイーナから教わった事と、こっちの常識に違いがあるのか確認をしてからの方が良さそうなんだよな」


「どちらでも構わんぞ。その都度指摘してもそれほど手間は変わらんしの」


 とりあえずは開放処置された事について確認か。


『物理的身体の段階的強化開放』


『精神強化開放』


『魔法力強化開放』


 この三つについて、何か齟齬があるのかどうか。


「概ね間違ってはおらんな。強いて挙げれば物理的身体の段階的強化の上限についてくらいかの」


 おおっ! ほとんど合ってる?

 あの尻出し娘の認識がこちらの常識と乖離していそうな感じがしていたが、そうでもなかった。


「上限って、何がどう違う?」


「魔力と時間さえあれば、おぬしが循環強化と呼んでいるものに限界が存在しないという認識が違っておる。ある意味では間違いではないが、ちゃんと上限はある。永続強化の上限はおよそ3倍から10倍程度、これは体組織の強化に限定した話で、倍率は完全に個人の資質じゃな。限界がないのは魔力に対する耐久度、分かり易く言うと、強化タフ・ドライブをどの程度強力、かつ長時間使えるようになるか、と言うような事じゃ」


「ああ、そういう違いか」


「おそらく、すぐに必要になる説明ではないという判断じゃろう。体感せねば実感を得にくいというのも省いた理由かもしれんの」


 いや~、普通に忘れてただけだと思うぞ。

 確かに魔法習得初期にはあまり必要ない情報かも知れないけど。


 それよりも気になるのは、強化の上限、3倍から10倍って部分だ。

 2倍程度なら想像の範囲内だが、それ以上の倍率、特に10倍ってのは日常生活的にどうなんだ?

 どう考えても10倍って人間の限界を超えてる。その辺のものを無造作に掴んだりした時に壊したりとか支障が出ないんだろうか。

 強化タフ・ドライブを使って日常生活を送ったことなんてないからなあ。比較検証が出来ない。


「そこは精神強化と多少関係してくるのう。魔力というのは扱いに慣れれば慣れる程、肉体の制御が精緻になる。それによってより精密な動作が可能になり、仮に10倍になったとしても感覚としては今とそう変わらん感覚で適切な動きが出来るはずじゃ。分かり易いところでは、子供と大人では同じ動作をしても正確さに差が出てくる。壊れ易い物を持ったとして、大人だからといって力を入れすぎて物を壊すという事はあるまい? 逆に子供の方が壊す可能性が高いじゃろう。つまりはそういう事じゃ。そういったもろもろの事象が魔法系演算の高速化の副次的効果じゃな」


 クイーナにも説明を受けたが、魔力が無意識下での演算の補助をし、更に高速化が出来ると。

 説明された内容に、実を言うと最初はピンとこなかった。

 なかなか疑問が払拭できないオレに、イグニスは分かり易い例を交えて噛み砕いて説明してくれた。

 ロボットを例に挙げて比較するとちょっと分かり易いかもしれない。


 人型のロボットを人間と同じように動かすとなると、ただ歩くという動きでさえも格部位に対してどの様な動きをするのか、複雑な同時複数的な命令を、これまた複雑なプログラムを走らせ膨大な演算に超の付きそうなコンピューターを駆使して行わなければならない。

 人間にとっては簡単な動作であっても機械にとっては一苦労である。

 

 話がやや逸れたが、突き詰めていくと脳という器官も電気信号のオン、オフで成り立つ集積器官だ。それを持つ人間もある種ロボットと言えなくも無い。(異論は受け付ける)しかし人間が当たり前に行う簡単な動作、歩く、走る等の際に、大きなくくりでの命令は意識できるが、ロボットとは違いその人間本人が何かを計算しているとか細かくこの筋繊維はこう動かすなんて考えているという事はまずないだろう。

 その意識外の演算を高速化させる手段とは何かという話だ。


 人間は(生物全般に言える事だが)生まれてから長い時間をかけて脳が全身の動きを学習する。

 小脳も含めて脳全体、主に運動野によって全身の動作管理を情報として蓄積していく。

 そしてそれらの蓄積により過不足無く無意識下で脳が最適化した命令を下し、スムーズな動作の実現を可能にしている。

 その身体を動かすということを、魔法を行使する事に置き換えると、なんとなく理解する足がかりになるだろう。

 魔法を使う際に、イメージした物を具現化させるという作業が、歩く、走る等という動作を脳に覚えこませる作業に相当するものだとすれば、魔法を使えば使うほど脳が効率的に魔力を扱う事を学習し最適化されていく。

 身体の神経情報の統合と比べて、直接的に脳の演算に関わっているであろう魔法行使時のイメージ化が、一見無関係に思える動作の精密化などの範囲にまで効果を生み出すのは、魔力が作用するのが脳全体であるということから見ても容易に想像できるというものだ。

 それらを踏まえればクイーナの言った、魔力が脳の演算の強化と補助をしているというのは納得できそうな話ではある。

 脳というコンピューターのスピードアップという訳だ。

 正確には魔力素子が脳の働きを細胞レベルで強化、補助しているという事らしいが。

 だとしたら、今のオレは生まれたばかりの状態で、まったく最適化されていないという事だ。


 魔法を使い始めて10日程度、まともに使えるのは強化タフ・ドライブだけ。

 それでさえもこの世界では低い(イグニスの言い方から察するに)と言わざるを得ないレベルで。

 他はと言えば、水と火が出せるようになったが家事以外では使えない微妙なもの。

 土は集めて固めてと泥遊びと大して変わらない。

 風に至っては多少空気を動かした程度で全く練習すらしていない。

 そんな状態で芸暦14年のラキさんに勝とうって方がどうかしている。

 限界まで鍛えて、さっきの結果だったら落ち込んでも仕方ないが、赤子の状態でひねられたのなら、嘆くには早すぎる。

 うん、少しやる気が出てきた。


「さっきの魔法、風属性のヤツ。あれってオレでも出来るようになるのか? どうしても風とか空気で物が切れるって思えないんだけど」


「なんじゃ、気付いてると思ったがの。発想が貧困じゃな」


「う、うるさいなっ! 仕方ないだろ、あんな一瞬じゃよく分かんねえよ」


 イグニスがどんどん遠慮のない物言いになってるな。お互い様だけど。


「確かに空気で物体を切断するのは物理的に不可能じゃ。しかしそれはおぬしのいた世界での常識。ここには地球には無いものがあろう?」


「魔力か?」


「そうじゃ。魔力で刃の形に固めた空気―――実際には固める事など出来んが、そのほうがイメージし易かろう。それに切断力を持たせたものが先程の魔法じゃ」


「そう聞くと出来そうな気もしてきたけど、目標物に向かって打ち出しが上手く出来ないんだよな。それに今の話を聞いて思ったけど風属性って何気に一番難易度高い気がする」


「放出に関しては練習しかないの。射的感覚で反復練習あるのみじゃ。難易度に関しては今までの生活環境の影響じゃな。空気でそんな事が出来るはずがないと思っているのが原因じゃ」


 漫画や小説なんかで風魔法で物体を切り刻んだり、刀による飛ぶ斬撃で遠距離の敵を攻撃したりと、空想の世界では、もはや定番となった表現。


 実は本気でやろうとした事があったのですよ。

 飛ぶ斬撃。


 いや、小学生の頃は本気でいつかは出来ると思ってたんだよね。

 だって刀を扱うものとしては憧れるだろう。

 筋力が足りないだけで、大人になれば可能性はあるって中学までは考えてたんだよ。

 ええ、厨二病ですよ。患ってましたよ。

 完治したとは言い難いけど……。


 で、筋力も上がって剣速も増してきた頃に思った訳。

 あれ、これ無理じゃね? って。

 諦め切れずに色々調べたら(最初から調べろよって突っ込みは厨二病患者には酷です)可能性のかの字も出てこない。

 まず空気で物体の切断が無理。真空刃なんて更に無理。大体真空が飛んでくって何?

 仮に空気中に真空が出来たとしても即座に周囲の空気がその穴を埋める。

 切っ先が音速を超えたとしても衝撃波が出るだけで、飛ぶ斬撃なんて出る訳がない。


 折れたね~、心が。

 結論。

 無理でした。


 それが強く心に残っていたせいで空気で切断は無理だと思い込んでたようだ。

 しかし魔力を使えば、その辺りが解決してしまうらしい。

 実にいいねファンタジー。面白い事が一杯出来そうだ。


「薄々気付いてると思うが、属性については便宜上そう言ってるだけで、本来属性と言うものはない。属性として扱えば、イメージをする時に方向性を持たせるのが容易になるからの。おぬしのように物理現象からイメージして魔法を構築するなどという事は現在ではされておらんから、そういった方法が取られているだけじゃ」


 イグニスの言うとおり、ルテティアに着いてから魔法の練習をしていた時に、属性と言われていた事に違和感があったのだ。

 魔力で周囲の物質に干渉するだけなのに、わざわざ属性として分けて考える必要があるのかと。

 だが、科学知識がなかったとしたら、イメージの方向性を確かなものにするのには都合がいいかもしれない。


「方法としてはオレのやり方でも間違ってはいない?」


「むしろ理想に近いのではないかの? 大戦前は個人装置でそれに近い効果を学習していたのだからのう。それに比べると自力でやる分時間はかかるかも知れんが、現在の詠唱補助での習得時間と比べれば大差はないはずじゃ。応用が利くという点で見ても、そのままの習得法で問題あるまい」


「詠唱無しでも問題ないのか?」


「熟練者になると詠唱をほとんど省いて魔法を使う者もおるから、余程おかしな事をしなければ、そこまで目立つ事もないじゃろう」


 余程おかしな事、の部分に目に見えない棘があるけどなんでだろう?

 

「無詠唱は問題ないって事か。なら、このままでいいか」


 魔法を使うだけで目立ってしまう様な事がないなら、自由度の高い方を選択するべきだよな。


「そうだな、とりあえず出来る事は全部覚えたい」


「ほう」


 あれ、イグニスの目がキラリと光ったような気がしたぞ?

 何やらSがMを見るような雰囲気が漂ってるが……。

 ヤバイ……もしかして早まった事を言ったか?

 いや、気のせいだ。気のせいに決まってる。


「差し当たっては、さっきの風魔法とか。覚えるには何から手を付ければいい?」


 風魔法については出来れば早めに苦手意識をなくしたいといのもあるからな。


「それにはまず、指向性を持たせた魔力放出の練習じゃな。攻撃にしても付与エンチャントにしてもこれが出来なければ話にならんからの」


「対象物の正確な認識ってことか」


「魔力もある程度回復しておろう?そこの岩に向かって魔力を放ってみよ。指先程度の大きさの魔力で構わんから、自身から目標物に向かって張った糸を伝って移動するイメージをすれば、それほど難しくはないはずじゃ。そうじゃな……1万と言ったところか」


 そういえば財布の中に1万円札が入ってたな。

 イグニスの言った1万という意味は大体予想した通りだろう。ちょっと逃げたい気分になったから今回はそれで勘弁してもらえないだろうか?

 いや、円じゃないほうがいいか?


「円? ドル? モノによってはオレの資産が……」


「誰が為替の話をしとるか。回数じゃ」


 現実逃避という名のボケをかましてみたが、ざっくりとした突っ込みで速攻潰された。


「1万って、マジか……」


「最適化にはそれでも足らん。兎に角、身体と脳に魔力の扱い方を徹底的に覚え込ませるのが近道じゃ。少ない魔力で効率的に鍛えられるし、おぬしの魔力量なら回復量と釣り合いが取れる程度でやれば成果もすぐ現れるじゃろう。ほれ、時間は有限じゃぞ。」


「へいへい。分かりましたよー」


 言われたように早速魔力放出をやってみる。

 草の上に座った状態のまま指先に小さな球体を作り5メートル程先の岩に向けて魔力を放つ。

 しかし、何度やっても魔力球は岩に届く前に消えてしまう。


「むう、なんでだ」


「圧縮を忘れておる。漠然と球体をイメージしただけでは大気中の魔力とすぐに混ざって消えてしまうぞ」


「あ、なるほどね。放出の時はそんな事考えて無かったわ」


 アドバイスを受けて、圧縮を加えて再度魔力を的に向かって放出してみる。

 今度は途中で消えずに的まで到達した。


「イメージ次第で何でも出来るかと思ったけど、やっぱりコツみたいなのはあるんだな」


「そうじゃな。おぬしの場合、魔法の具現化に際して想像の制限がないから逆にそういったコツのようなものが必要になってくるかも知れんの」


 そう会話をしつつ魔力放出を続ける。

 確かにオレの回復量以上の消費は感じられないので、肉体的にも精神的にもかなり楽だ。


 リラックス出来ている所為か分からないが、ふいにオレが居なくなってジイちゃんがどうしているのか気になった。

 いや、心配しているだろうなとは思ったが、こればっかりは仕方ない。

 いきなり消えてしまった事を周りにはうまく誤魔化してくれる事を祈るしかない。

 

 それにしても、とイグニスを見て思う。

 すごい場所に来たもんだ。

 日本どころか地球では絶対にお目にかかれない生物と今こうして一緒にいる。

 若干、口は悪いし、人を玩具にするし、自分が楽しむ為には自重しない傾向が見られる。

 こうして聞くと、なんかいい所ないぞイグニス。


「なんじゃ? 今失礼な事を考えておらんかったか?」


「……別にそんな事は考えてないぞ」


 記憶を全て読まれてるために、必要以上に理解されてるんだよな。

 なんだか腐れ縁でずいぶん長く行動を共にしてきたような感じさえする。

 思い返せば初めて会ったのがまるで昨日の事の様だ。

 

 ……昨日の事だったわ。

 そのままの流れで会ったばかりの時のイグニスの台詞を思い出した。


「そうだ。昨日オレと会った時に面白いって言ってたけど、あれどういう意味だったんだ?」


「ん? その事か。ワシは結構な距離からでも魔力が探知できるのは、おぬしも気付いておろう」


「うん?」


「それでおぬしがルテティアに来た事もすぐに分かったし、ラキから逃げているのも気付いた。魔力量は馬鹿みたいにあるが強化タフ・ドライブは心もとないレベルなのもな。にも関わらず、あの高さの滝に飛び込んだ。その選択をした事に興味がわいたのじゃ」


「あれはっ! うぅ……仕方ないだろう……」


「そして実際に会って更に気付いた事も面白いと言った原因になっておるな」


「気付いた事?」


「どこが、とは最初は断言出来んかったが、クイーナ殿と似ていると思ったのじゃ。外見的な事ではなく魔力の質や雰囲気がな」


「クイーナと似てるって? ないないない!」


 変な事言うなよ、的当てでハズレちゃったじゃないか。


「ふむ、気のせいではないと思うがのう。この世界では絶対と言っていいほどお目にかかれない種類の魔力なんじゃが」


「ないわ~! 種類って、産地が地球だからじゃ―――って、あっ! イグニスって地球にいた事ってある? メキシコのグアテマラ辺り」


 今、何故か連想ゲーム的に、イグニス、翡翠色の竜、地球産で頭に浮かんだ。

 ないとは思いつつ可能性的が全く無いとは言い切れないので口をついて出てしまった。


「羽毛の蛇か?」


「そう! なんで知ってる? ああ、オレの記憶か」


「確かに翡翠色の竜ではあるがワシではないのう。ケツァルコアトルやククルカンと呼ばれた竜は地球産ではない、とは言い切れんか。ここと似たような場所から行った可能性も否定出来んが」


「そうか~。イグニスが地球にいた事あったら面白そうだって思ったんだよな。いたからどうだって話ではあるけど」


「興味深い話ではあるな。完全に空想なのか、事実が時間経過とともに誇張されたのか」


「忘れてるだけって事もなさそうだな。別の帰還方法があるかもって期待したんだけど」


「そこまで耄碌はしておらんぞ。それに別の帰還方法と言ってもその辺はクイーナ殿がしっかり管理―――」


「してると思うか?」


「む……ん~……」


 眉間にしわを寄せて難しい顔してるな~。

 友人の事は悪く言いたくはないがって感じなんだろうな。

 でもオレと似たような評価なのも事実って事だな。


「だろ? ザルどころか底自体がない可能性の方が高いんだよなクイーナって」


「そうなると別の帰還方法の探索をしても損はなさそうじゃな」


「ちょっと面倒ではあるけどな」


 そんな会話をしつつ的当てを続けているうちにラキが帰ってきた。

 食材調達を兼ねた巡回をしていたが太陽が真上にくる時間に合わせて帰ってきたようだ。

 何やら色々くわえて戻ってきたな。

 一旦的当てを中断して昼メシにしよう。


「腹減った! 動物性タンパク質を所望する!」


「クウンッ?」


「なんじゃ、肉が良かったのか? 今回もその辺りのモノはないぞ」


「あ~、やっぱりないのか……」


「どうしてもと言うのであれば、あとで川に魚でも捕りに行けば良かろう」


「ここって魚とか捕っても問題ないのか? 特別な場所だって聞いたから殺生はダメかと思った」


「そんな決まりはないと思ったがの。狩りをしても問題はないが、代わりがいくらでもあるから。あまり拘る必要はないはずじゃ」


「代わりがある?」


「ラキの採ってきたモノを試してみれば分かるじゃろう」


「ウォンッ!」


 早く食えと言わんばかりにラキが収穫物を差し出す。

 疑問符が山ほど飛び回ってるが、調理してみる事にした。

 どれも焼けばいいという事らしいので、焚き火を用意してその辺の木の枝に刺して周りに挿していく。

 見たこともないような木の実らしき物や、ツルが付いたままのサツマイモに似ているが色が黒いもの。

 ちょっと毛足が長い非常にキウイに似ているデカイ実、柑橘系にしか見えない蛍光色っぽい果物。


 焼きあがるのを待って、まずはサツマイモに似たモノを皮付きのまま食べてみることにする。

 匂いがあり得ない匂いをしている。そして皮の食感も予想外。


「……デタラメだ」


 何がデタラメって、香りもだが、どう味わってみても肉の味なのだ。

 しかも肉質の柔らかい高級な豚肉。皮は皮でパリッとしていて香ばしい。


「なんで肉の味がするんだよ! 肉じゃないって言ってなかった?」


「肉ではなく植物じゃ」


「あくまで植物だと言い張るか」


「ここにはそういった植物が多い。言わば特産品じゃな」


 当たり前だと言わんばかりのイグニスの態度に頭を抱えそうになった。

 他のモノも食べてみたが、やっぱり肉の味だった。

 それぞれ違った食感と肉の味に驚きとも呆れともつかない複雑な気持ちで一杯だ。

 一杯になるのは腹の方だけで良かったのに。



 確かにオレの希望通りなのだが地球の常識が通用しない状況に、若干の後悔に似た感情を抱いたランチタイムであった。




まだ人間が出てこない……(汗)

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