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第八十九話 本題は疲れた頃に切り出す


 寸分違わず同じものを作る。

 言葉にすればたったこれだけの事を実際に行おうとすると、実はこれがかなり難しい。

 何をもってそれが同じだと言い切れるのか。


 色や形、つまりは見た目なのか?

 もう一度言うが『寸分違わず』である。

 

 重要なのは寸法。

 長さや高さなどの距離。

 他にも重さ等もあるが今は横に置くとして。

 一分の狂いもないとか言ったりするが、一分とは約三ミリだ。現在の日本の基準でそんなに狂ってたらまず製品にならない。

 ここで言うこの言葉の意味は『コンマ一ミリの狂いもない』だ。

 贅沢をいえば百分の一ミリの誤差と言いたいところだが。


 それを踏まえてもう一度。

 ここ(・・)で寸分違わず同じものを作る。出来ると思うか?

 正確な計測器もないのに、そんな事が出来るわけがない。

 細かな部品を量産しようとすれば尚の事そういった計測器は必要になる。


 最近よく読む物語の主人公はだいたい魔法でその辺りをなんとかしちまってるけど、それを広めようとしてるのに計測器具の事は言及してなかったりするんだよなぁ。

 料理のレシピだって本来なら計量ありきのはずなんだけど、そこのところにあまり触れていなかったり。

 たいていは料理人の腕に委ねられてるような気がする。感覚でどうにかなるといえばなる場合も多いからいいのか?

 しかし、どうしたもんか。


「確かに服飾の場合は採寸用の紐などを使うし、時には型を使う事もあると聞くが職人の感覚に頼ってる部分が多いだろうね」


 そして布を無駄にしないための裁断にも職人技が光ると。


「ですよねぇ。サイズ違いの在庫を抱える事そのものがタブーに近いのは分かる気がします」


「しかしその分業や規格化というのには興味があるが……イズミくんの表情からするとかなり難しいのかい?」


「……おそらくは。超えなきゃならない山がいくつもありますから」


 そう。この流れで分かるように、うっかり規格がどうのと口を滑らせてしまったのだ。

 日本では当たり前のように目にするバネやネジなどもしっかりとした規格が決まっている。

 しかしそれは計測を大前提としている制度だ。

 径やピッチ、その規格だって精密に計測出来ればこそ。

 ところが、その事を忘れ規格が定まっていれば楽ですよねえと、ついお漏らしをしてしまった。


 よく考えなくても、それが難しい事は分かっていたはずなのに。

 規格を統一するためにはまず長さや重さの単位の統一と、それらの周知である。

 だがそれが難しい。つまりその前提となるものが色々と欠けすぎている。


 ものさし、メジャー、ノギス、ピンゲージ、ブロックゲージ、マイクロメーターやレーザー測定器など数え上げればキリがないくらい様々な測定器具、機器がある。

 画像処理を利用した何百万もする三次元測定器なんてのもあるってんだから、どれだけ計測が重要かは分かろうというものだ。

 ものを作る時には色々な決まり事だってある。数限りなくある公差なんか口頭でどうやって教えろってんだ。

 そんなものを浸透させるとなったら社会構造にまで影響が出る事はまず間違いない。基礎となる知識が必要だからだ。つまりはそういう事。

 手を付けなきゃならん事が膨大過ぎるのだ。

 あー……余計な事言うんじゃなかったー。


 それにだ。

 分業はまだしも規格化なんて地方領が勝手にやっていい事じゃないと思うんだよな……。

 だが言ってしまったものは仕方ない。どうにか落としどころを探って何とか話をまとめないと。

 何も現代の機械加工レベルまで必要なんて話ではないだろうし。

 しかし、こんなところで工具類のカタログやサイトを記憶してたのが役に立つとは。いや仇になったのか?


「説明しやすい所から始めますか……分業であれば実践も全くの不可能という訳ではないですし、まずはその辺からですかねえ……」

 

「分業ってのは分担とは違うのか?」


「似て非なるもの、とでも言いいますか。数種ある部品を一人が全部作るのではなく極端な話、一人が一種類の部品のみを加工し続ける作業形態、ですかね。精度を上げ誤差を無くし、そこで作った部品はほぼ調整なしで使う事が前提となる運用制度です」


「その精度の部分で規格が絡んでくるわけか……しかし逆に非効率的だったりしないのか? それのみを作業させるというのも難しいだろう」


「ですね。大きな工房なら可能化もしれませんが、そうでないと在庫管理がえらい事になりますからね。まあそうなったら別の作業に従事させて、並行して複数の分野に跨るスぺシャリストの育成という形に利用すればいいとは思いますが……うーん、無理がありますかね? あ、でも鍛冶工房なんかは既に似たような事をしてるのかな?」


「弟子や見習いって形態での運用だがな」


「その形態を流用するとなると……工房内で回っている消耗品や道具を他の工房とも共有できる全体構成システム、というのが一番近い表現ですかね。そのためには他の工房も同じ道具を使う事が条件になるわけですが」


「あー、なんとなく分かってきたぞ……極端な話、包丁や剣といった完成品毎ではなく、それに使う部品毎にある程度の形式を定めるなりして売買してしまおうって事なんだな?」


「だいたいそんな感じです。あー、ちょっと関係ないですけど、これってなんか武術の修業に似てますね……簡単な作業を習熟させて芽が在りそうな人材を次の段階へ進ませていく、か。そう考えれば、熟練者への育成としても効率的ですかね?」


「でかい工房ならやってそうではあるな。言い方は悪いが芽の出そうにない者の選定には有効かもしれん……その時点で芽が出ていない者でも食いっぱぐれはない。それに成長の遅い者だっていないわけじゃないしな……」


「それを全体に広げて実現できれば産業化も視野に入ってはきますけど、その前に色々な事の統一と周知徹底が必要になるんですよね……」


 それを聞くと「そりゃあ……」と漏らすログアットさん。それに続くのは『無理だろ』だろうか。


「それがイズミくんが難しいと考えていた理由、という事か……」


 カイウスさんも合点がいったのだろう。


「各工房、商会の資本力もですが、正しい知識と情報の拡散が大前提ですからね……しかもそれが公正に履行される事が基本理念の制度設計。なんですが、いきなりガチガチにやり過ぎると逆に歪みが出かねないのが……」


「確かに難しいな……根底に教育という問題も立ち塞がっているのか。加えて不正に対する厳罰化、か。今でも多少の水増しや混ぜ物だけでなく数限りない分野や要素で不正をする輩はいるが、それを承知の上で成り立っている部分もないわけではない……それを無理に是正していくとなると反発は必至……にしてもイズミはよくそういう多方面にまで頭がまわるな」


 やや呆れを含んだログアットさんの言葉に「読書の賜物ですよ」と返しておくが、なんですかね、その不審を隠そうともしない表情は。


「それにですね……一都市で進めてもいいのかという問題もあるんですよ。いえ、試験的にこの街から実践していき、その功をもって中央へ提言して広めていくという手段もあるにはありますよ? でも産業の分野にはあまり上から口を挟み過ぎるのも、それはそれで歪な構造になりかねないというか。ですがトップダウン的にガシガシやってく手法も排除しきれないのも事実なんですよねぇ。とはいっても便利で有用となれば自然と発達、拡散していくものなんでしょうが……。とにかく国家主導で最初から行くのか、様子を見て必要に迫られるだろう頃合いに助け舟を出す形で国が干渉していくか」


「まずは地域を限定した上で技術革新や発展を加速させるだけに留まる、と?」


「仮にやるとしても最初はその程度でいいと思うんですよ。効率化や利便性の追求がすすめば自然と食いつく人間は増えて、おのずと影響の範囲は広がっていくでしょうし」


「それで国も無視出来なくなってきた段階で巻き込むのか……」


 オレとの質疑応答でカイウスさんがかなり難しい顔になっている。

 ログアットさんも同様のようで、その懸念を口にする。


「なんだか、かなり不穏になってきたぞ……それって王都への経済侵略をしてるようなもんじゃないのか……?」


「王都や他領が抗えないとなると、そうなりかねません」


「そこまで王都の経済基盤は脆弱ではないだろう。と、思いたいが……。こちらの抱えている情報や技術が問題になるのか……」


 更に難しい顔になってるなカイウスさん……。

 すぐに決断の下せるような話じゃないとはいえ、頭を抱え込ませるつもりはなかったんだけど……。

 いずれにしてもオレの言葉だけで、そう簡単に事態が進む事はないだろう。

 概念だけを提示して、運用その他は一般の従事者に委ねるという方法でもいいんじゃないかという気もしてきた。

 むしろ、そのほうが七転八倒して身についたものだから替え難い財産になる可能性があったりなかったり。(無責任)


「面白い話が聞けそうだとは思ったけど、予想以上の話題が出てきちゃったわねえ……」


 うーわ……もう、ホント自分でもそう思う。

 いきなり重曹とかで気軽に石鹸とか作ってみてえよ。

 その重曹どっから出した? って異次元からツッコミが入りまくりだ。やったね!

 個人的にはカルメ焼きが好きです。トロナ鉱石が見つかったら、いつか挑戦してみようかね?

 現時点で入手可能な材料だと電気分解が必須だし今のオレじゃあハードルが高過ぎる。

 というか魔法の性質を考えれば、あまり難しく考える必要はないかもしれないが。

 なんて関係ない事を考えて逃避してたんだけどねえ。


「国家運営にまで及ぶ情報がポロっと出てくるなんて……実は予想というか期待してたけど、ホントに出てきたからちょっとびっくり」


「お、お母様、期待する所が違うのでは……」


「私としては情報の出どころと共に何故そのような考察になったかも興味が惹かれちゃうんだけどね。そのあたりはやっぱり内緒?」


「いえ、別に内緒ではないですよ。これとか読んでみます?」


 古びた本を机に並べるが、これぶっちゃけ古代魔導王朝時代の雑誌とか機関紙だったりするんですわ。

 下世話な大衆紙から政治や体制を俯瞰的に見た研究書であったり、中にはカタログみたいな目録だったりと、バラエティに富んでる。ついでに簡単な現代語訳も挟んであったりと何かと親切でっしゃろ。


「……そういうのをどこから手に入れて来るんだお前は……」


「まあちょっと特殊な遺跡、ですかね?」


 イグニスの頭の中にあった情報を印刷して、それっぽく古びの偽装をしてあるだけだが。

 イグニスって生きた遺跡みたいなもんだから、まるっきり嘘というわけでもない。

 リナリーとサイールーが何か微妙な表情ではあるが、またそんな都合のいい出まかせを、といったところだろうか。

 それとも秘密の部分をイグニスに押し付け過ぎって? まあまあ、今の所それが一番穏便なのよ。


「えーっと、ちょっとまって。イズミくんは古代魔導王朝時代の文字も読めるの……?」


「読めないものも多いですよ。専門的なものだと何が何やらって感じです」


「ふーむ……非常に興味深い資料ではあるが……」


「そうね、透明繊維の話に戻した方がよさそうね。このままだとページをめくる手が止まらないわ」


「あ、それはご自由にしてくださって大丈夫ですよ。あと何冊か面白そうなのを見繕っておきますから。あ、もちろん翻訳版もつけて」


「なんだイズミ、急にどうした。今までそんな大っぴらに情報開示しなかったってのに」


「いやあ、情報の取捨選択がオレでは難しいので専門家の意見も聞けたらなあと」


「本音は?」


「みんなで幸せになりましょうよぉ」


 ニヤァっと芝居がかった口調と表情でオレの意図は伝わったようだ。

 ログアットさんなんか笑顔なのに怒りマークが張り付いたような表情でヒクヒクいってる。


「……このやろう……完全に丸投げな上に巻き込む気満々じゃねえか……」


 そんなログアットさんの横で、ムムムと本を見つめるシスティナさん。

 葛藤しているのが良く分かる。


「読むのが怖いと思った本は初めてね……」


「ふぅ……、とにかく話を戻そう。とりあえずは透明化した繊維の安定的な生産とそれを使った衣類関係の販路をどうするかだ」


「そうね。正直これだけでも貴族のご婦人方は大騒ぎする事間違いなしだから早急に形にしたいの」


「そこまでなんですか?」


「イズミくんに限らず、ここにいる男性諸君は認識が甘いと言わざるを得ないわ。最先端の流行や一点物が社交の場でどれだけの影響を及ぼすのか。それによってお金と人が動くのよ? 莫大な人とお金の流れが生まれるというのは、言うなれば社会が動くの。大げさではなく本当に」


「なるほど……でもシスティナさんの思惑は? 別のところにありそうなのはオレの気のせい、ですかね?」


「あら鋭い。私はただ単に自慢したいだけ! というのは冗談で、たまには流行を作る側に回ってみるのも楽しそうかなって」


「そういえば君はあまり今まではそういう事に興味がなかったね。センスが良いから逆に必要なかったからだろうがね」


「んふふ、ありがと。自分でもこんな一面があるなんて思わなかったわ。服飾と錬金術の融合でここまで面白くなるなんて」


 システィナさんの目の前に置かれた魔導製品、いやこれは魔法具に近いか。

 それを見てにんまりしてる。

 掌に乗る程度のものだが、これで魔力の変調をするのだ。それによってトクサルテの花を好きな色にして摘む事が出来る。白だろうと透明だろうと自在にだ。

 しかし、これだけだと用をなさないので別途、コレが必要になる。

 という事でちょっとキアラに着替えてきてもらった。


「なんでこんなデザインなのニャー……ひいき目に見ても種類の違う変態なのニャ……」


 全身タイツである。

 辛うじて首から上はないタイプだ。テッカテカの濃紺の生地。

 にしてもエロい身体しやがって。


「別のは用意できなかったんですか?」


 まあイルサーナの疑問も当然のものだろう。


「…………時間がなかった」


「その間はなんニャッ!?」


 採取者の魔力を完全に遮断するために必要な措置だ。

 時間をかければ他にやりようがあったかもしれないが、簡単かつ確実なのだからコレで十分だろう。

 一応、発展形としてボンテージ風のデザインのものもある。

 こっちはベルトのようなデザインを織り交ぜたおかげか戦闘服に見えない事もない。

 ただ、異常にエロい見た目になってしまったが。ほら、あの星人と戦う人らのような。


「もうワザとやってるとしか」


「何言ってるウル。その上から普通に服を着れば済む話だっつーの」


「「「「あっ、そうか……」」」」


 気づかなかったのか?

 え、待って。それだけ着て外をうろつくつもりだった?


「ろ、露出狂――」


「なんて事いうニャッ!!」


 違うの?

 




 ~~~~





 くだらない遣り取りで場が和んだが、すぐに真面目モードに。


「この変調器だけでも厄ネタになりかねないんだが」


「ログアットが心配するのも最もだが、イズミ君とも相談した結果これは秘匿したほうがいいという結論になった」


「そうね。中に描かれている魔法陣と部品は私程度の錬金術の知識でも理解出来るものだったものね。組み合わせ次第でこんな事が可能だなんて驚きだったわ」


「君の錬金術の腕は相当だと思うのだがね。まあ、いずれバレるだろうがこのセキュリティでかなり時間が稼げるはずだ」


 何気にこのご夫妻は時々のろけをブッ込んで来る。

 それはいいとして、コレには唯一知っていた簡単な組木細工の構造を使っている。

 正しい手順でなければ中を開けて調べる事は出来ない。壊しても結果は同じ。その瞬間に魔法陣をズタズタに焼き切る仕様になっている。


「まあそれがいいだろうな。しかし俺が貰ったところでなあ」


「一応は持っておけ。お前の所の奥方だって錬金術は嗜むのだろう? 何かあった時に矛を収めてくれるかもしれんからな」


「お、それはいいな。てか俺が悪さをする前提でものを語るな。……ふむ、誕生日にでも贈るか。開け方も絵付きの説明書きがあるようだし忘れてもなんとかなりそうだな」


 おお、見事にログアットさんの奥さんを自然に巻き込む形にもっていったぞ。

 システィナさんが彼女にモノが渡ればカッ飛んでくると言っていたが、その通りになりそうだ。


 一応の話のまとめとしては、販路のほうはお抱えの服飾関係の伝手を使って進めていくという事になった。

 規格化の事も、幾つかのレースのデザインを取り敢えずの規格として扱っていくようである。

 この辺りは今までも似たような事をやっていたので問題はないだろうと。

 問題は妖精フェア・ルー族が作ったものを人間に再現できるのかという所だが、そこは職人に頑張ってもらうしかない。レース編みってすげえ手間かかるんだよな……しかも下着に使えるほどってなると、どうなんだろう。仮にそれがダメでもドレスも扱うようだし問題はないのか?

 まあシスティナさんがゴーサイン出したんだから何とかなるんだろう。案外、魔法でちょちょいっとイケるのかも。ホントに?


 あとはそうだなあ。

 試しにベアリングとかどうだろうか。ボールではなくニードルベアリング。

 重い石材を丸太で移動させるという構造をそのまま小さくしたような軸受けなら理解は早いだろう。

 完全にものにするまでは時間がかかるだろうし、規格という概念を広めるにあたって適当に時間を稼ぐ意味でも妥当なところでは。

 完成したらしたで、多方面で役に立つ品物だし。

 モノづくり無双する小説だと結構な頻度で出て来るから、ある意味実績はある。

 ……あるのか? まあいい。


「ただ、頭のおかしいレベルの精度が要るんだよな……魔力を使って正確な計測が出来るなら話は違ってくるけど、難しいよなあ」


「私が以前に作った魔導製品で近い事が出来ますよ?」


「マジかッ!」


「えっと……ただ長さをものすごい精密に測るだけなんて何の役に立つのかなって……」


「使え! それをっ!」


 なんで使えないと思ったかなイルサーナは。

 ああ、単位の問題か? 同じ工房とかで使うなら問題なさそうだけど、普及しない理由が何かあるのかね?


「頭のおかしいレベルで魔力を消費するんですよねえ」


「ダメじゃん!」


 そんなんばっかりか。

 というか、それ以前にどうしてソレを作ろうと思ったかが不思議ではあるが。


「あとは下手な囲い込みはって、この話はまだ早いですかね」


「?」


 皆、同じような反応だが、そうだろうな。規格すら広まってないんだから。

 欲をかいて独自規格で囲い込みをしようとして失敗するとえらい目にあう。

 というのを例え話を交えて説明してみたが、こちらでも小規模ながら似たような話はあったようだ。

 規格戦争に負けると損失が小規模じゃ済まなくなるがね。


 さて……話もひと段落した所であるし、そろそろ頃合いかな?


「――ところでですね。意図的に触れないようにしているとは思うんですが、どうしても気になってしまって」


「そうだろうね……正直どうしたものかなと迷っている状態でね」


 もしかして現実逃避してた?


「何か問題が……?」


「書状のみの遣り取りで済ませられるかと思っていたが、やはりというか……レックナート卿自ら動いたようだ。騎士団の規模が正確に記されていないのも、いささか不安要素ではあるのだが」


「レックナート卿以外、数人とだけ記載されているだけなんだよな。あの爺さまは信用出来るが他は分からん。誰が随行してくるかで対応を変えなきゃならんかもしれんからな。まあ数人の護衛を連れて視察といったところだとは思うが。だがそれは表向きだからなんとも言えんのだ」


「レックナート殿は今はリア様のお付きの家令のような立場であられる方だ。中央に送った書状で大体の事は把握しておられると思うのだが、姫様の事になると過保護というかなんというかな……」


 言い淀んだカイウスさんであったが、なんとも言い難い、といった様子でその人物像を語った。


「リア様にお会いした、その後の行動が読めなくてね」


「下手人を血祭に上げに飛び出して行く、とかですか?」


「ないと言い切れないのが微妙な爺様なんだよなぁ」


「姫様の無事な姿を見れば当面ソコは問題なかろう。ただ卿以外の中央の人間にイズミ君を会わせて大丈夫なのかという不安がね」


 自分の話題になったせいか、夢の世界に旅立ちかけていたリアが戻ってきた。

 リアとセヴィはこの会議室にきてしばらく話を聞いていたが途中から、ウトウトしてしまっていたのだ。

 ラキをなでつつ、まったりとしていたのも眠気を誘った原因だろう。

 リナリーもサイールーも一緒になって寝てるんだもんよ。


「あの……イズミさんを騎士の方に引き合わせると何か問題があるのでしょうか……?」


「多少の目端の利く者ならすぐに気づくでしょう。その強さと知識の異常さに」


「あっ……」


「強さのほうはいいんだよ。この家の指南役って事で強引に納得させられる。だが持っている情報が普通じゃない。それを王女様自身が証明しちまってるからな」


「それよね……魔力量もだし、普通にリア様が無詠唱で魔法を使ってるのを知った時は私も驚いたもの」


「以前の私を知っている者なら尚更にそれが際立つ、という事ですね」


「我が家としては指南役に対する妙な横槍を許すつもりはないが、それでも強引に欲しいと迫ってくる輩もいるかもしれない。それとてイズミ君の意向次第ではあるが、王家の近い所へという話が出ないとも限らないのが厄介ではあるんだ。だが君はそんな面倒な事は嫌いだろう?」


「ここは居心地がいいですし、まだ何もお返し出来てないのに他に行くというのも……まあ、あり得ないですかね」


「充分過ぎるほどに貰い過ぎているんだがね。いずれにしてもリア様を助けた本人を放置するというのは我が家の立場としてはあり得ない。私達も何があってもいいように心構えだけはしておくつもりだ。申し訳ないとは思うのだがレックナート卿とは顔合わせ程度で構わない、一度会ってもらえないだろうか」


 大事な姫様の恩人を所在不明として処理したり、なあなあには出来ないと。

 事が事だけに当事者の責任、みたいなものが生まれていたとしても仕方ないのかもしれない。


「いえ、構わないですよ。到着はいつ頃になるかは決まってるんですか?」


「予定からすれば、あと二日もすれば到着するはずだね」


 意外と早い。ってわけでもないのか。

 リアとしても、そのお付きの人に早く無事な姿を見せたいとかあるかな?


「リアはレックナート卿に早く会いたいか?」


「そうですね……卿があの程度で後れを取る事はないとは思ってましたが、やはりお互いの無事な姿を、その目で確認はしたい、と」


 近くまで来ているのが分かっているから余計にその気持ちが強くなっているのか。


「その騎士団の方たちは、ここに来るまでの道に明るい方たちですか?」


「街道を通ってくるならば迷うような事はないはずだよ。だが――」


「そうだな。何かを警戒しながらとなると街道を逸れるかもしれんな。だとすると当然、変装も考慮しておかなくてはならんのか……」


 一応ながら予定として卿の顔を知る者の中から厳選し、こちらから迎えの人員を送るつもりではあったらしい。

 冒険者に偽装して合流し、この街まで案内するといった手筈だったようだ。

 

「それってオレが出たら拙いですか? リアも一緒に出迎えに行ければと思ってたんですが」


「いいんですかイズミさん?」


「あまり屋敷から出ていないだろ? せいぜいパン色の犬辺りまで出歩く程度だ。たまには外の空気を吸ってもいいと思うぞ」


「ふむ、そうだな。イズミが一緒にいれば護衛は問題ないか「ウォン!」おっと、お嬢ちゃんもいたな。ってそれだと過剰なくらいだな」


「じゃあ決まりで。みんなでお出迎えに行きましょうか」


「あたしたちもニャ……?」


「お小遣い出しちゃうぞー」


 報酬も出すって言ってんのに、なんで巻き込まれたみたいな顔をする?

 まるで強制してるようじゃないか。色んな事、経験しようぜぇ……


「あの、私とセヴィもご一緒したらダメですか?」


「フフッ、構わんよ、行っておいで二人とも」


「なんだかシュティーナは随分とイズミくんの影響を受けたようねえ。ええ、構わないからいってらっしゃい。一緒にいけば何かと面白い事に遭遇出来ると思うわよ。フフッ」


「それではうちのトーリィも当然付けるべきですな。とはいえ、イズミ殿とラキ殿がいる時点で既に何者であろうとも害する事は適わんでしょうが」


 アラズナン家側も同行者が決定と。

 リアがいれば本人確認も問題ない。というか立ち居振る舞いでなんとなく分かるんじゃないかと予想している。

 という事でお出迎えに際しての打ち合わせを改めて始めようかね。





 ~~~~





 おかしいな……

 打ち合わせもして準備万端で臨んだのにオレの望んでない事態に陥ってるぞ?

 若い騎士がものすごい気迫でオレに剣を撃ち込んでくるんだけどっ!?


「ユルサン」


 ねえ、なんでこの人カタコトになってんのぉーッ!?






年が明けて早、一か月

本当に早い……やばいくらい早い(´・ω・`)




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2019/2/13 修正

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