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第八十七話 母、帰宅



「そこまで!」

 

 アラズナン家の敷地の隅にタットナーさんの声が響く。

 当たり前といえばそれまでだが、やっぱり今のセヴィではカイウスさんにはまだまだ及ばないか。

 しかし二人とも嬉しそうだ。勝敗なんて関係ないのだろう。

 少し前ならば考える事すら出来なかった事が、こうして実現したのだから。


「どうでした?」


「フゥー、私も相当に勘を取り戻したつもりだったが……正直ここまでとは思わなかった」


「同感ですな。様々な要素が噛み合っての結果なのでしょうが……私がこの領域にまで至ったのはもう少し年齢を重ねた頃ですぞ」


「私なぞ、基礎に毛が生えた程度だったと記憶しているが」


 オレの幾つかの意味を含んだ問いに感嘆を滲ませつつ笑顔でそれぞれの所感を述べた二人。

 木製の模造刀を片手に汗を拭うセヴィは肩で息をしながらも、それを聞いて嬉しそうだ。


「しかしこうして完全な他流の剣技を体験出来るのというのは、やはり楽しい」


「そうですなあ。確かに多少の地域差はありましょうが国内でとなると他国のものほど特色に差は現れない。あとは武器の違いによる特色ですが、それでは純粋に剣技として比較という訳にはいかないでしょうからな」


「イズミくんの流派……確か武楽、といったかな? 他の武器については?」


「一通りはやりますよ。対処するためにという意味合いが強いですが。敵を知り己を知れば百戦危うからず、という感じですかね」


「ほう……なるほど面白いね。それは君の家に伝わる言葉かな?」


「そういう訳でもないです。オレが居たところでは割と広く使われてましたから。どちらかというと戦術とか戦略とか、それに政治的な意味で使われる場合も多いですし」


 古代中国の兵法家の言葉だ。

 オレ個人の解釈としては、こういった兵法指南の内容ってのは結局のところ心理学が根底にあるように思えてしまう。同じ人間を相手にするのだから、突き詰めれば相手の言動を測るのは当然という事になるんだろう、と。

 戦いなんてのは詰まる所は相手との読み合い騙し合いだ。正確に判断するためにはより正確な情報を得るのが基本になる。


 そのことをザックリと述べると皆なるほどといった風に関心しているようだった。

 皆といっても白のトクサルテの面子は朝早くからギルドに向かったため、今ここにいるのはアラズナン家の関係者とリアだけだが。


「まあいずれにしても。全てに於いて、いかに情報が大事かって所に集約してくるわけです」


「何も知らないというものほど怖いものはないからね……」


「そういうわけだからセヴィ。他の武器もある程度は扱えるようになってもらうから、そのつもりでな」


「は、はい! あっ、という事はあの大きな扇子? という武器もですか?」


「あーアレなあ……アレは単一目的の武器だから覚える必要はない、かな? 物体を破壊するだけが目的で作っただけだし。元になった鉄扇もメインは護身で必殺には遠いって武器なんだよな。まあそれも使い方次第ではあるけど無理に覚える必要はないと思うぞ」


「あ、そうなんですね」


 どことなくホッとした表情なのは気のせいかな?

 破城扇って思いっきり色物だしなあ。使う分にはストレス解消できて楽しいんだけど、下手な服だと消し飛ぶからな……。


「あ、あのっ、イズミさん!」


「どしたシュティーナ」


「私も違う武器の扱いに慣れたほうがよいのでしょうか……?」


「使えないよりは使えたほうがいいって意見もあるけど、そもそもセヴィとは目指す所が違うだろ? こんな武器があるって知識だけでもいいと思う。方向性としては魔法メインで杖術や短槍を含めた立ち回りを極めるのを目標にするのがシュティーナには合ってるんじゃないか?」


「……なるほど」


「この前から何を不安に思ってるかは知らないけど、何でも出来ればいいってもんじゃないからな」


「何でも出来るイズミさんに言われても説得力がないんですけど……」


「それはそう見えるだけな。オレだって何でも出来るわけじゃない。実際、仙術は全くといっていいほど習得が進んでないし」


「そこで仙術が出てくる辺りが前提からして、おかしいのですけどね」


「でもセヴィはその下地が出来てるぞ」


「え゛っ……」


「変なクセがついてなかったから」


 何気ないセリフだったが、オレのその言葉で皆の視線がセヴィに集まった。

 当の本人は「えっ、えっ?」と戸惑っているようだ。

 どうも仙術というのは、その存在は知られてはいるものの、習得条件が全くと言っていいほど不明なものらしい。

 使い手すら、その所在が定かではないと。

 ただタットナーさんが言うには、使い手が居たとしてもその精神性から無暗に喧伝するような者はいないだろうとも。

 故にすべてがベールに包まれていると言われている。

 オレもイグニスから教えられていなければ大もとである仙道の存在すら知らなかったはずだ。

 とはいえ概要程度は把握しているが正規の習得手段を知らないのでたいした事は教えられないのだが。


 などといった事を言い訳のように付け加えた。

 まあ伝手がないわけじゃないけど、その伝手ってのが他の祖龍だから……

 オレの伝手って偏ってんな……


「それにしても……今の話を聞いても思ったんだが」


 なんだろう。困惑しながらもカイウスさんが真剣にこちらを見つめている。


「……君は息子を英雄か何かにするつもりなのかな? 既に規格からだいぶ外れつつあるようにも思うのだが」


「いやあ、セヴィが目立ってくれればオレが多少やらかしても目立たないかなあ、と」


「師匠……僕を生贄にしないで下さい……」


 そんなつもりはまったくないが、ちゃんと道連れはいるから安心してくれ。


「当然シュティーナもだぞ? 方向性の違いでどこまで極められるか。存分にやらかしてくれたまえ!」


「何を分散しようとしてるんですかッ!?」


 目立つ人間がいれば、よりオレの悪事、もとい悪戯がその影に隠れるというものだ。

 カイウスさんに流した技術関連の情報だって、オレの独占でなければ相当にオレへの関心は薄まるはずであるわけで。


「後ろ向きなのか前向きなのか良く分かりませんよ……」


 ほぼ全員が脱力したような表情を向けたが気にしない。

 するとリアは別の事が気になるようで僅かに思案顔でその事を口にした。


「イズミさん、あの……私はどういうった方面の育成が向いていると考えていますか? 差支えがなければ……」


「ん~? そうだな……リアの場合は防御特化だろうな。地脈能力との兼ね合いもあるしかなり面白い事になるんじゃないか?」


「それはどういう……?」


「防御特化といっても、ただ防御するんじゃなくて反撃もセットだ。攻性というよりトラップ型が基本かな? 要は自動的に攻撃する感じか」


「危険ではないですか……?」


「同士討ちの事か? 意図しない味方の攻撃――まあミスで飛んでくる攻撃なわけだが。魔法障壁や土壁に反応させないようにする事も出来るから大丈夫だろう。ちょっと反則くさいけど地脈の力で魔法定義情報を読み取れば高い精度で選り分けは出来るはずだ」


「つまり敵意や害意といったものを、ですか?」


「そう。明確に標的として認識され攻撃を受ける事。ただこの場合、敵のミス攻撃にも反応しないってデメリットもある。とはいっても防御をすり抜けるわけじゃないから、あまり関係ないかもな。逆にどの攻撃に反応するのか分からないって事で混乱させ警戒させる事が出来るかもしれない。その事を考えると利点と言えなくもない」


 自身の方向性が見えた事で安心したのか、リアが顔を綻ばせた。

 オレの言葉を咀嚼するように、ふむふむと何やら自分なりに納得したようである。


「リア様の祈りの力にそんな使い方があるとは」


「祈りの力そのものが全くと言っていいほど解明されておりませんからな」


「地脈の情報を読み取れるというのは、なかなか居ないみたいですからね。リアも最初は祈りを捧げるという行為は言葉どおり術者の要望を伝えるだけと解釈していたと言ってましたし」


 オレの言葉に同意するように頷く所を見るにカイウスさんとタットナーさんの反応が一般的な貴族の反応なんだろう。


「魔力の扱いを覚えたら自然と理解出来るようになっただけなのですけれど……」


「それだって驚異的な演算能力があればこそなんだけどな。まあ無意識領域の事なんて自覚するのは難しいわな。しかしそう考えるとリアは地面がある所では最強だな」


「とてもイズミさんに勝てるとは思えないのですが……」


「今はな。でもまあ、リアをどうこうするなんて考えた事もなかったけど、そうだな……オレなら」


「……イズミさんなら?」


「まず脱ぐ?」


「脱ぐな!」


 冗談だよ。起きてきて、いきなりハリセンとはやるなリナリー。


「美少女の顔を真っ赤にして楽しむ高度な変態がいる」


「いやでも、実際に女の子を無傷で無力化するなら最適だと思うんだよ」


「そうかもしれないけれども!」


「た、確かにイズミさんの裸を見たら色んな意味で動けなくなりそう、です……」


 疑似的な呪い以外の意味というと何だろう。年頃の娘が凝視するには照れが邪魔をする、くらいは予想がつくが。

 それ以外となると耳まで真っ赤にして顔を逸らしている表情からは推測は難しいな。

 

「トーリィからも聞いていましたが、そこまではっきりとした効果があるものなんですか……?」


「そうらしいぞ。……言っとくけど実演はしないからな?」


 あからさまにショボンとするなよシュティーナ。

 親御さんの前でなんて無理に決まってるだろ。そのカイウスさんはと言えば、そんな遣り取りの中心にいるオレとリナリーに「君たちは本当に面白いね」と耐えかねるように苦笑していた。


「と、そういえばそのトーリィの姿が見えないですけど何かあったんですか? また訓練か何かで?」


「ああ、妻の出迎えに行って貰ったんだよ。ただね……」


「イズミ殿の影響でしょうなあ」


「?」


「通常であれば馬車で向かうのだが……こちらのほうが早いからと単独で先に行ってしまったんだ」


 え、それはオレのせい?


「魔宝石で魔力を補充すれば起きている間は移動に費やせるからと言っていましたなあ」


「私の護衛として頼もしい限りなんですけど、どんどん人間離れしていくようで……」


 常に魔法を使えって言ったのを忠実に守ってるのかね。

 任務の時は優先順位を変えたほうがいいのでは? とも思うが本人がいけると考えたんだろう。


「まじめだねえ」


「……その一言で片付けるんですか?」


「トーリィならペース配分は間違わんだろうさ」


「そういう事じゃないんですが……どう考えてもイズミさんの影響ですよね」


 ジトっと見るシュティーナから目を逸らすと皆の口から笑いが漏れた。






 ~~~~





「本当に剣の稽古を始めたのねセヴィ。どう? 楽しい?」


「はいっ、知らない事ばかりで楽しいです」


 久しぶりの母子の再開。

 午前の鍛錬中にシスティナさんが到着したと報せが入り、程なくして「セヴィ!」「母様!」と感動の対面が繰り広げられた次第である。

 水を差しちゃあイカンという事で、神域組のオレたちは遠巻きにその光景を眺め、ほっこりしている。


 最初、システィナさんは泣きそうな顔でセヴィに近寄り「ほ、本当に見えてる、のね」と言葉を漏らすと耐えかねたように涙を零した。

 力いっぱい抱きしめ、そして抱きしめ返す。

 それを見つめるシュティーナとトーリィの眼にも薄っすらと涙が見えた。


 どのくらいそうしていたろうか。

 言葉がなくとも胸のうちを伝え合ったのか、満足したようにゆっくりと身体を離し見つめ合う母子。


『母様はやっぱり綺麗ですね』


『まあ、お上手ね。ふふっ』


 とにっこりと微笑みを交わし先ほどの会話に繋がったというわけだ。


「あなたがイズミさんですね」


 遠巻きに眺めていたオレに向け、システィナさんが立ち上がりながら発した言葉。疑問を口にしたのではなく確認するかのように。

 そしてオレが肯定する暇を与えないためとでもいうかのように、いきなり腰を折った。


「本当に、本当にありがとうございました。あなたはセヴィのみならずアラズナン家の恩人です。この御恩は一生を賭けても返し切れないものです。私に出来る事なら何なりと申してくださいませ」


「あ、あー……きょ、恐縮です。ですが、こちらがお世話になりっぱなしなので差し引きとしては十分過ぎるくらいなんです。ですから、そのお気持ちだけで」


「ですが……」


「システィナ、あまりかしこまってはイズミくんが居心地悪くなってしまうよ」


「あら、そうなの?」


「えーっと、まあ、はい」


 カイウスさんの指摘にシスティナさんは僅かに目を見開いているが、全くもってその通りで。あまり丁寧過ぎると正直どう返していいか分からなくなってしまうのも確かなのだ。


「そうね……指南役ともなれば家族も同然……となれば普段と同じようにすればいいのね」


「そのほうがいいだろうね。まあイズミくんの言う差し引き無しというのは若干ながら見解が違うがね」


「どういう事?」


「こちらに厄介な事を押し付けたと思ってるんだよ。確かに扱いに困る情報ばかりだから本人としてはそう考えてしまうんだろうが私からしてみれば、むしろこちらの利益が巨大過ぎる気がするくらいなのだがね」


「そんなに?」


「ここ最近では特にウォカレットの改造が目を引くね、いや……目に余る……? とにかくあとで色々と教えよう。ん? そうだな……イズミくん」


「なんでしょう」


「確かイルサーナくんの言っていたキャスロという携帯食の件。システィナと相談するのが一番いいかもしれない。彼女は魔法関連でも取り分け錬金術について詳しい。何より女性であるし適任のはずだ」


「なるほど。確かにそうですね」


「道中にトーリィからは主に修業に関する事は聞いたけど……それ以外にも、なかなか信じがたい事が起きてるみたいね、ふふっ」


 ラキやリナリーたちに向けられるシスティナさんの視線。

 そして肩越しに、やや後方で控えていたシュティーナやトーリィにも視線を巡らせた。


「ここ数日で常識がひっくり返りましたよ、お母様」


「あなたに、そこまで言わせるとはねえ……確かに共鳴晶石ユニゾン・クォーツを見た時には何の冗談かと思ったけど、実際に会ってみたら納得したわ」


「何をですか……?」


「シュティーナも同じ意見のはずよ? 底が見えない、って」


「……確かにイズミさんの全力や限界がどこにあるのか全く見当がつきませんが……」


「それもあるのだけれど、ね」


 ニコッと向けられた笑顔に二重の意味でドキッとしてしまう。

 二人の母親だという事で綺麗だとは思ったが正直、想像以上に綺麗な人だった。

 そんな人から向けられる笑顔には、オレの持つ様々な情報の価値を測るような意味も込められているのではないかと思えてしまう空気が感じられた。


「師曰く、限界は死ぬ時に決まる、らしいです。それまでは研鑽あるのみ、無限の錬磨の果てにある境地を目指せ、だそうですよ」


「すごい訓示ね……」


「とにかく遣り続けろって事を言ってるだけなんですがね。思考と鍛錬に限らず何事も」


 肩をすくめて見せると、感心したように息を吐き「それが何より難しいのだけれどね」とシスティナさんは苦笑した。

 家訓みないなものだが、偶然とはいえイグニスとじいちゃんが同じような事を言うとは思わなかったから驚いたんだよな。


「ところでこの共鳴晶石ユニゾン・クォーツ、本当に私たちが貰っていいものなの? 正直これだけでも返し切れない価値があるものなのだけれど……」


 毎度おなじみの反応ではあるが。

 超級遺失物といってもオレにとってはそうではないし、正当に引き渡したものだ。


「それは約束のクリア報酬ですから純粋にトーリィの挙げた成果ですよ。追加でお望みならお値段は応相談という事になりますが」


「なんというか……本当にトーリィの言う通り価値基準が違うのね……いいえ、これ以上は本当に分を超えているわ。応相談と対価を要求したのもこちらに気を遣っての事でしょうけど、本来なら対価を払っても手に入らないものなのだから」


 まだ十分に分割可能なうえに手付かずの原石もあるからという判断なんだろう。

 加えて、オレの個別通信の研究の事も考えれば確かにこれ以上は必要ないかもしれない。


「それはそれとして。便利過ぎるというのも考え物よねえ。いつでも何処ででも家族と会話出来ちゃうとなると本当に手放せなくなりそうなのよね……」


「まわりが承知していないと変な人扱いになりますけどね」


「あっ……あはははっ! 確かにそうね。でも、そうか……それを考えると私たちの場合は細心の注意を払わないといけないというわけね」


 所持している事すら公表するのが憚れる代物であるならば、他の貴族の前ではあまり使わないほうが無難であるのは確かだろう。

 その事にすぐ思い至る辺り、さすが貴族といったところか。


「まあ共鳴晶石ユニゾン・クォーツ以上にトーリィの成長が常軌を逸していたのに驚いたのだけどね」


 トーリィってば、相当にご活躍だったのかしら?


「それは現在進行形なのが私も驚いている所なんだ」


「先があるの!? ……あれでまだ上限じゃないとか……」


 ほんとに驚いた表情とかがシュティーナとそっくりだなあ。

 というか何やったんだトーリィは。


「キャスロという携帯食? の話も覚悟が必要なようね……」


 やや離れた場所から、いつの間にかラキを抱えたトーリィがこちらに向けて「あ、そのような流れになったのですね」とやや驚いていたのでコクリと頷きを返したおいた。

 あれ、ラキを撫でるのに夢中で聞こえてなかったのかな?





 ~~~~





「本当に扱いに困る情報だったわね……」


「ですよねえ……」


 白のトクサルテとシスティナさんの話し合いの場に居合わせているわけだが。

 イルサーナの台詞とともに皆がこちらに何とも言えない感情の籠った視線を向けている。


「完全な消化吸収、毒物の分解と無効化。睡眠時間の短縮。そして女性特有の体調変化のコントロール。……どれかひとつだけだったとしても、おいそれと公表出来ない……いえ、女性の体調操作だけが辛うじてといった所かしら」


 ひと刺し指を顎に添えて考え込む姿が様になっているシスティナさんだが、ちょっとスペシャルな光線を出しそうな腕の組み方だなあ、なんて考えてるのはオレだけだろうな。


「で、実際に使ってみたのだったかしら?」


 え、初耳。

 ああ、それでカイナとウルも同席してたのか。薬師のキアラと錬金術師のサイールーだけで話を進めるかと思ってたら、そういう事だったわけね。

 タイミング的にちょうどこの二人だけが使えたと。


「はい。二人とも痛みに関しては規定の摂取量、この場合はコレひとつになりますが、効果がありました。期間も驚くほど短く、その間の体調もほぼ平時と同等という結果です」


「聞けば聞くほど軍事物資としか思えない効能よね……まあ私もトーリィからその可能性を聞いていなければ鎮痛剤の仲間くらいに思っていただろうけど」


 言いながら皿にお菓子のように置かれたキャスロを睨むようにみつめ、ウンウンと唸っている。

 が、何かを思い出したように「あっ」とシスティナさんがオレを見た。


「そういえば完成するまでに相当苦労したって聞いたのだけど、誰も詳細を教えてくれないのよね。聞いてもいいかしら?」


 純粋に知りたいだけというのは表情を見れば分かるんだけど。

 シュティーナも是非にと目を丸くして期待している。

 ちょっと引きつった笑みが張り付いてるのを自覚できるが……


「はぁ……正直「ぷっ」――こんな反応になるから聞かないで欲しかったんですけど……いいですよ。今更取り繕った所で、本当に今更って感じですし」


 リナリーに笑い過ぎだという突っ込みを視線で送りつつ、トーリィに向けて教えて差し上げて、とばかりにジェスチャーで促すと。内緒話をするかのように身体を寄せ合う三人。

 しばらくヒソヒソとトーリィの説明が続くが、耐えきれなくなってシスティナさんとシュティーナが口元を押さえ笑いを堪えているようだ。


 こうなったら毒を食らわば皿まで。

 ラキとリナリーに素早く遠隔音声で伝え行動に移す。


「お尻痛い……」


『プーーーーッ!!』


 堪えきれなかった二人と、意表を突かれた白のトクサルテの全員が吹き出した。

 瞬時にうつ伏せに倒れ、ラキに尻の上でマーサージをさせ、リナリーに治癒魔法をかけてもらうという場面を寸分違わず再現してみせたのだ。ちなみにサイールーにも難しい顔をさせている。


「ひ、卑怯ニャッ!」


「卑怯とはなんだ。実際こうだったんだから仕方ないだろう。ちなみに、あの時はこうすると楽だった」


 うつ伏せのまま気を付けの姿勢、つまり土下寝状態に移行。


『ぷフーーーッ!』


 畳みかけてみたが予想よりウケた。

 ひとしきり大笑いした一同だったが「お腹痛い」などと言いながらも、やっと落ち着いたようだ。


「はぁー、久しぶりにこんなに笑ったわ。イズミくん、最初に嫌そうな顔したのもポーズでしょ」


「いやあ、どうですかね。それはともかく笑いは緊張と緩和だそうですよ」


 引きつり笑いが出たのは嘘ではないが、利用したのは事実である。

 我ながら咄嗟にしてほぼ完璧な再現度だったと思う。

 

「……笑いを語る剣士って斬新だわ。それにしてもすごいチームワークね。切っ掛けの言葉があったのかもしれないけど、一瞬でイズミくんの意図を汲んで行動した事にビックリよ。やれと言われても誰も真似出来ないわね」


「お尻を怪我するイズミの真似は難しいと思うの」


「そういう事ぢゃねえよリナリー」


「そう?」


 わざとすっとぼけるのは、いつものパターンだ。

 いつもの事だ、というのを周囲の反応から察したシスティナさんも「なるほどー、こういう感じかぁ」と何やら納得していた。


「もう少し見ていたい気もするけど、このままだと話があさっての方向に行っちゃいそうね。取り敢えず話をちょっと戻しましょうか。で、効能は分けられそうなの?」


「え、あ、はい! 重点的に女性の体調操作に絞って研究していたので、なんとか分離抽出が出来そうです」


 突然の話題変更に、なんとか要点だけを答えるイルサーナ。

 システィナさんが窓口になった時点で、重要事項がそれに変わったという事なんだろう。


「完全版を販売するのは様子を見るべきね……というか売れるだけの生産が見込めそうなの?」


「正直、難しいですニャ。それだけに専念すればひと月の生産ベースがギリギリで十セット前後。それも材料が揃っているのが前提ですニャ。今の鍛錬と冒険者の活動と並行するとなると……」


「まあ、そうよねえ……稼ぐのも重要だけど強くなれるのは今しかないしねえ……」


 オレに視線が集まるが、その意味が分からないわけじゃない。

 根底にあるのはオレが根無し草だから、というのがあるんだろう。

 この期を逃すと鍛える機会は二度と訪れないと考えているのかもしれない。


「何より問題なのは、下手に公表すると色んな所を敵に回しそうなのがね……薬学、製薬、錬金術師関連もだし、冒険者ギルドや最悪、軍関係の圧力も考えられるのが頭の痛い所だわ……。もう少しソフトな情報なら、こんなに悩まなくても良かったのにねえ」


 苦笑したシスティナさんからは、本当にどうしよう? という空気が漏れ出ている。

 そんなに扱いに困る情報だったのかね。なら他のを提供したほうがいいか?


「じゃあ洗髪剤とかはどうです?」


「あ、確かにあれはすごかったです」


「あら、シュティーナは経験済みなのね。それは私も興味が――」


「あとは死蔵してる透明になる服とか」


「――えっ……そんなものが……?」


「個人的には下着に使うと絶大な効果が」


「まだ諦めてなかったッ!?」


「リナリー覚えとけ。こういうのはな、場所と人が変われば、いくらでもその価値は変わるんだ」


「まあその価値の変動で、今こうして難儀してるわけだけど」


「それを言うなよサイールー。だから少しでも手軽なものをと思って提案しただけだ」


 とてもそうは思えない、と皆の表情が若干疑っているが実物も見てない状態では言い切る事も出来ず複雑そうである。

 そんな中、コホンッと咳払いをしたシスティナさんが。


「取り敢えず実物はあるのかしら……?」


 この表情。どちらを所望しているのかは大体分かろうというものだ。


「これに」


 オレが不敵に笑いつつ無限収納エンドレッサーから取り出したソレは。

 レースをふんだんに使用した高級感あふれる純白の下着、上下セットである。

 誰だ、「へ、変態……」とか言ったヤツは。

 製品を触るのが何故変態になる。オレと下着屋に謝れ!


「そしてこう!」


 皆の目の前で白のレースの下着が透明化する。


「すごい……夫婦仲に悩むご婦人たちの救いになる、かも……!?」


「そ、そうなんですか、お母様……?」


「シュティーナ、もうひとり弟か妹欲しくない?」


「お、おおお、お母様っ!?」


 艶っぽい表情のシスティナさんに娘の上ずった声の突っ込みが入ると「じょ、冗談よ?」と誤魔化し取り繕っていたが……本気っぽいと感じるのはオレだけか?


 他にも「デザインが」とか「手触りが」とか聞こえてくる。

 実物に触れて、先ほどのオレへの非難は何処へやらといった感じだ。

 

 ふっふっふ、やはり需要はあったようだな。

 しかし、いつの間に少子化対策の話にシフトした?

 



ここ数か月の体調の悪さ。

ここまで続くとは……


皆さんも体調など崩されませんようにお気を付け下さいませ(´・ω・`)

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