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第八十六話 覗きは犯罪です


 以前から考えていた遊び道具、もとい教材の作成に取り掛かろうと思う。

 何故急にそんな事を、と思うだろうか。

 

 だって良いアイデアが出て来ないんだもんよー!

 何の話かって?

 感覚剥奪室の室内をモニターする方法だ。


 口を縫う訳にはいかない身としては自分が切っ掛けで事が動いてしまったその責任は取らなきゃなあと。

 しかし色々と候補は思いつくが、本当にコレでいいのかイマイチ決め手に欠け行き詰ってる感じである。

 最悪の場合、一定時間経過で解放しかないかもしれない。廃人になるかどうか博打要素がありまくりで使いどころが難しくなるが、この際は仕方ない。

 ああやっぱダメだ。重要な情報を引き出したい時にこそ使いたいのに廃人にしてしまったら意味がない。

 くそー、何かいい方法ないかな。

 中の人間には気づかれずに覗く方法。


 ……覗きは犯罪です。


 などと考えが一向に纏まらずにいたので、いっそ他の事に意識を向けようかと。

 要は気晴らしである。現実逃避とも言う。


「で、これは?」


「ウォカレットの駒」


 オレが作業に没頭していると、いつの間にか隣にいたシュティーナが駒を手に取っていた。

 現実逃避しているのは承知していたが何を作っているかイマイチはっきりしなかったのだろう。

 まあ遊戯盤を見て、おおよその見当は付いているようではあるが。

 

 さすがは貴族の令嬢だけあってこのゲームは知ってたようだ。

 ウォカレットとは将棋やチェスのような対戦型の盤上遊戯。

 割と貴族が好んでやるゲームだという。

 

「……ただ精密なだけではないんですよね?」


 セリフの前に「どうせ」が聞こえたような気がしたが、その通りだ。


「シュティーナはウォカレットを結構やるのか? 貴族にとって必須とまではいかなくとも嗜む人間は多いって聞くけど」


「……私はあまりやりませんね。ルールが多く複雑なので割と早い段階で他に興味が移ってしまいましたから」


 無理ないかもしれん。

 シュティーナが言うようにルールを覚えるのが面倒なのは非常に同意出来る。

 このウォカレットであるが。歩兵、重装歩兵、騎兵、弓兵、魔法兵、騎士、参謀、大将軍が基本として他にも幾つかの駒があり、それを六角マスの盤面に配置して勝敗を競う。

 それに加えてダイスも使用する。このダイスが曲者で、それを使った数多くのローカルルールが存在するのだ。それが複雑だと言われる理由の大半を占めている。

 

 例えば駒ひとつ取るにしてもダイスの出目で結果が変わる。

 倒してしまうのか捕虜にするのか、そしてその捕虜を寝返らせて何ターン後に自軍の駒として使えるか、等と運も絡んで来たりするわけである。

 その他にも特定の駒に隣接する駒の能力が上昇や変化なんてのもある。


 ハンデ戦ではダイスの出目による効果に制限を設けたりと、とにかく面倒なのだ。

 どちらかというとシミュレーションゲームに近いように思える。

 簡略化という進化をしないまま、どんどんルールが増えていったパターンとでも言おうか。


「というか女性はあまり得意な方はいないと思いますよ。男性が好むと聞いていますがイズミさんは得意なんですか?」


「いや、オレはウォカレットはほとんどやった事はないな。他の盤上遊戯なら知ってるけど、それもあんまり強くはない」


 せいぜいゲームでオセロとか将棋なんかをかじった程度のものだ。

 テーブルゲームという事ならカードゲームに麻雀くらいか。頭の中には古今東西のそういったものが情報として詰まってはいるけど、そのうちそういうのも教えてもいいかもしれない。現代日本はそういった娯楽に溢れていたように思う。

 筐体ものとして太鼓の〇人は難しいけどワニワニパ〇ックとかモグラ叩きならすぐにでも作れそうだ。

 黒ひ〇危機一髪とか、みんなでわいわいやる系の娯楽も良さそうではある。


「他の、というのが気にはなりますが……取り合えず興味があるので覚えてみたという事ですか?」


「まあそうなるのか。ルールをあらかた覚えて思ったんだが、快適に遊ぶためには難易度が高い。だから色々と改造しようかって」


「具体的にはどういった事をなさるおつもりで?」


「魔動製品というより魔法具の側面が強くなるが、自動に出来る部分を増やして遊びやすいようにしようかなと。駒同士の戦闘の演出とかも加えて現実方向に寄せていくのもありかと思ってる」


「……やはりそういった身近な物にも興味や意識を傾けたほうがいいのでしょうか?」


 固定観念に囚われては柔軟な発想が出来ないのではないのか。

 どうやらシュティーナはそう感じているようである。

 オレが次から次へとおかしな事(オレ自身はおかしいとは思ってない)をやり始めるから余計にそう思ったのかもしれない。


「ん、ああー……そうだなあ。考えないよりは良いとは思うけど無理に考える必要もないと思うぞ。オレは自分がやってみたいからやってるだけだ。面白そうだと思ったから色々と試してるって感じだな」


「イズミの場合はその面白いと思う基準がねえ」


「オレの基準がなんだよリナリー」


「え、面白そうだってだけで、なんとかいう技で森を薙ぎ払ったよね?」


 えーっと、そんな事ありましたっけ?


「すごいねー、目が泳ぐってこういうのを言うんだね」


 やってみたかったんだから仕方ないだろう。

 強化に強化を重ねた事で腕の振りやデコピンが音速を超えるんじゃないかって思ったんだから。

 実際にやってみたら音速超えてて、目の前にあった木が幾つか吹き飛んだってだけだ。

 ……結構な範囲が更地になったけど。


「あれは悲しい事故だったな……」


「事故で済ますな。怒られたでしょうが」


「だからその後、自家製肥料で森林再生させられたんだし文字通り自分の尻は拭ったぞ」


「そうだけど、下品なオチ付けなくてもいいでしょうよ!」


 外の森じゃなくて神域で試したのがいけなかった。

 イグニスに『……何をやっておるのじゃ、おぬしは』と呆れたような目で咎められた時もちょっと目が泳いだのを覚えてる。

 で、樹木の再生の為にオレが自分の身体で製造した肥料で元に戻したというわけだ。


 なんて事を言ってもシュティーナにしてみれば何の事やらって感じだろう。

 いつもの事なので突っ込んだ質問は飛んでこない。


「オレの事はともかく。面白そうだなと思ったら何でもやってみたり考えてみればいいんだよ。あんまり深く考えるな。自分のペースでしたいようにすればいいんだ」


「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」


「修業は別だけどな」


「うっ……」


 シュティーナの言葉に詰まりながらの引きつり笑顔。

 いつの間にやらテーブルの周りに集まっていたみんなも揃って引きつった笑い顔だ。

 なんというか、タイミングが揃うとそれだけで面白いな。

 その事がツボにはいったのか全員の口から笑いが零れた。






 ~~~~





 少しばかり話が横道に逸れたような気がするが、目的地が娯楽という話題であるなら横道であろうといずれは到着するし、これはこれで構わないか。

 娯楽という話題もあって、あまり修業漬けも良くないか? と思い今日は早めに鍛錬を切り上げた。

 その代わりという訳ではないが、ちょっとばかりウォカレットの改造の為の意見を聞くために付き合ってもらう事にした。

 まあ駒の造形について程度だが。


 しかしオレが作業をしてる間は僅かではあるが時間が空いてしまう。

 なので今しがた思考に上った娯楽を急遽試してもらう事にした。

 手元にあるのはオセロ。少し前に妖精の里の工房に頼んで材料を揃えてもらい、オレが仕上げたモノだ。

 ちなみに妖精の里では自分たちのサイズに合わせた極小サイズのものが既に作られていたりする。

 実を言えばズカ爺がドはまりしてる事もあって、かなりの数が揃ってるのだ。


 たまに共鳴晶石ユニゾン・クォーツを介して、マスに番号を割り当てて互いに手元に盤を置いてという感じで勝負してるんだけど、ズカ爺なかなか強いんだわ。


「ルールが単純なのに面白いです師匠! ああでも、毎回勝つのは難しそうです……」


 相手が変わると打ち筋も違うから最初のうちは安定しないだろう。


「隅を取られないようにすると上達が早いらしいぞ。でもまあ上級者になったらなったで読み合いがすごいって話だけど」


 なるほど、と頷くのは対戦している二人とそれを脇から眺めている者たち。……全員だねえ。

 どう見ても一セットじゃ数が足りてない。見てるだけじゃなくて早くやりたくてウズウズしてるのが駄々洩れだ。

 好評なのはいいけど、やりたくてもすぐ出来ないってのはストレス溜まるか。ちょっと申し訳なくなってきた。

 あ、そうだ。スゴロクがあったなそういえば。

 君たちはこっちでもやってなさい。


「あ、これは知ってるニャって……指示の内容が陰惨過ぎるニャー……」


「ホラータイプだからな」


 このマスに止まったら刺されて一回休み、とかな。

 恋人に「私に隠してる事、ない?」と聞かれて進退窮まって三つ戻るとか。

 他にも割と精神的に追いつめていくものが多い。

 

「ホラーはホラーでも違うタイプニャー……」


「痴情のもつれで刃傷沙汰が多すぎる」


「ウルには早かったか」


「むう、私は浮気には寛容。ただしその浮気相手の程度によっては対応が変わる可能性がある」


「ん? どういう事だ?」


「相手の外見のセンスや派手さ、素行が著しく粗雑なタイプをひっかけてきたら全力で折檻」


「え!? なんでそうなる!?」


「言い方は悪いけど私より劣った女を選んだとしたら、それは私にとっては屈辱。私を選んでおきながらその審美基準は許せない。だからイズミンに折檻」


「オレかよ。って、はあ……つまり自分と同等かそれ以上の相手なら問題ないのか。いやいや、それもどうなんだ?」


「私からみても素敵な可愛い、カッコいい女の子なら大丈夫。でもイズミンの伴侶仲間にくだらない人間はいらない」


「あれえ!? いつの間にかオレが一夫多妻の柱にぶちあがってるんだけど!?」


「あれ、イズミさんはこの国が多妻制を認めてる事をご存知でしたよね?」


「いや知ってるけども!」


 ウルに便乗しての念を押すかのようなイルサーナの言葉が、とぼけたような表情とは裏腹にやけに力が籠っている。

 これはなんだ……遠回しに自分たちを纏めて囲えとかいう話か?

 例えそうだったとしてもだ。そんなのは今する話じゃないだろう。仮の仮でも、オレの進退が決まらない事には先に進まない話だぞ。

 気にしないようにしていたんだが、リアとシュティーナもこの話題に思いっきり食いついてるんだよな……。どう考えているかはオレには測りかねるが。


「話題が明後日の方向に飛んだけど……ま、まあスゴロクとしては割といい出来のはずだから試してみろよ。選択肢の違いでゴールの結果がかわるから、一番に上がった人が勝ちってヤツとは一味違うものになってる」


 ワザとらしいと自覚しつつも、ここは話題を逸らす。

 下手な事を言って言質を取られるのはヨロシクない。ま、どうせ本気じゃないだろうけど。


「ゴールマスの内容も、一目で勝ちや負けと分かるものから、人によっては勝ちとも負けるとも言えるものになってるから退屈はしないんじゃねえかな」


「あ、すごい。何気にかなりの数の魔法回路が使われてますね……無駄に高度なものがあちこちに」


「無駄って言うなイルサーナ。毎回指示内容や結果を変更できれば飽きないだろ」


 プレイヤーの性別を選べるほか、イベントマスの内容が最初から見えてるパターンと、そうじゃないパターンとを選べるのもこのスゴロクの特色だ。今は見えてるから意見が飛び交っているというわけ。

 あまり好評ではなさそうだけど。おかしいなあ。


「ま、とにかくオレが駒を作ってる間はそれやって暇を潰しててくれよ。一応感想も聞きたい」


 




 ~~~~





「なんでー!? なんで私は毎回、結末が無理心中なのー!?」


「カイナがあり得ない選択をするから」


「ウルの指摘の通りですよ。高級娼館まではまだ分かりますけど、そこから転がり落ちるさまはいっそ清々しいくらいですよねえ」


 いや娼館もどうなんだ? イルサーナ的にはそこはありなのか? 莫大な借金背負うとその選択支が出てくるけど、同じ働くなら鉱山で働くとか他にも違う職業があったはずなんだがなぁ。


「えーだって実際には経験できないんだから、色々と選択肢があったら選びたくなるでしょ?」


「カイナは現実でも選びそうだから不安になるのニャ……」


 カイナの言い分もわからなくはないが、これ結構心理学の本を参考にしてる部分もあるから全くの的外れって訳でもないんだよな……そこは言わないでおくとしよう。

 あとジェンのスゴロクの駒をじっと見つめる表情がちょっと怖い。


「……私の場合は、仕事漬けで新年や収穫祭を一人で祝うというのが高確率で出てきてエグってくるのですが……」


「「「「なんか分かる」」」」


「なんでですかッ!!」


 切ない。


「シュティーナ様は何気にスゴロクでも勝ち組なのニャー。回避不能のイベントマスからでも普通に巻き返してくるのニャ」


「そこは純粋に運だな。生まれるべくして貴族として生まれたって言われても納得出来るくらいだ」


「そ、そうですか? ふふっ、でも確かにイズミさんと知り合ったのはこれ以上ない幸運だというのは断言できますね」


 そのシュティーナの言葉を聞いた全員が「おお」とか「ああ」とか声を漏らし顔を見合わせて「確かに」と同意してみせた。


「断言ねぇ」


 人との巡り合わせが天文学的な確率の上に成り立っているのならその通りかもしれない。とも思うが、行動を振り返って見ても他の結果はなかったようにも思えるから何とも不思議だ。


「私の場合はイズミさんとラキちゃんがいなかったら間違いなくここにはいませんよ?」


 あー……そうか、リアの場合は言われればそうだな。

 オレたちがあの場に居合わせなければ、こうしてここで笑顔を見る事も叶わなかったと。

 そう考えると縁というのは本当に不可思議だ。

 

「じゃあその幸運が腐れ縁にならないようにしないとな。一方的に利益を享受するんじゃ関係としては歪で心苦しいだろ? みんなにはこれからも色々と協力してもらうからそのつもりでなー」


「実験とも言う」 


「リナリー、そこは黙ってようか」


「もはや否定しなくなったのニャー」


 前からだったと思うけどな。いや前は少しはボカしてたっけ? どっちでもいいな。

 それにしても。うーん、みんな集中し過ぎて若干疲れてる? それだけハマってたって事か。


「一応みんなに感想を聞くけど楽しめたか? リアとセヴィには主に人生ゲーム(ダークサイド)以外をやってもらったけど、どうだった?」


 一応二人にも人生ゲームはやってもらったけど結果に結構ショックを受けてたみたいだから他のを勧めてみたのだ。

 輝かしい未来が待っている二人にやらせるようなゲームじゃなかったわ。

 他のみんなはどうなんだと言えば、そこはノーコメントで。だってもういい大人だし。


「このジェンガというのが単純で面白かったです。あとはベーゴマ、でしたか? これも何故か気持ちがすっきりするというか、やってて楽しかったです」


「火花が散って弾けると確かに気持ちいいかもな。でもなんか意外だな、リアがそれを気に入るってのは。セヴィはどうだ、なんか気に入ったものあったか?」


 そのオレの質問に、うーんといった感じで唸っていたセヴィだったが、しばらくするとどう考えてもコレかな、といった雰囲気で口にした。


「面白かったというか……他の遊戯に比べると魅入ってしまう感じでした。特別な魔法は使ってないのに魔宝石の球がまるで生きているかのようで」


「ああ、最初にみせた水晶マジックか。なんかいいよなこれ。カッコいいだけじゃなく、人を不安にさせるような動きとかが特にいい」

 

「えっと……」


「サイールーお姉さんが代わりに解説するに、不安うんぬんはイズミだけの感覚だと思うの」


 えっ、じっと見つめてるとオレ結構グラグラくるんだけど……

 セヴィが苦笑を漏らしつつ言葉に詰まった様子にサイールーが助け舟を出した形だったが、という事は単純に不思議な動きとかカッコいいから気に入ったという事か。

 もしかして催眠や幻惑系の魔法に応用が可能なんじゃないか、なんて理由のチョイスかなーとか思ったんだけど、違ったようだ。


 ここで言う水晶マジックとは複数の水晶球を掌でグルグルと回したり転がしたりするアレだ。

 人差し指や親指を巧みに使って宙に浮いているように見せたり不思議な動きのように見せるアレ。

 一時期ハマって同じくらいの大きさと重さの石球で練習したことがあるのだ。

 何故かうちには真球の石が大量にあった。

 ……よく痣だらけになったなぁ。あんなもの使ってよく死ななかったもんだ。

 それはさておき、結局その時は動画サイトにアップされているような超絶技巧はものに出来なかったが、こちらに来てから魔宝石の加工ついでに練習してみたら割と力業で似たような感じに出来てしまったのだ。

 その力業というのもタネを明かせば、他人には感知出来ない程微量の魔力を使って指に吸い付かせているというものだけどな!


「何にしてもみんな気に入ったものがあったようで良かった」


「初めて見るものばかりでしたね。王都でも知られていない洗練された遊戯を目にするとは思いませんでした」


「んニャー、リアっちでも知らない娯楽かー。でもなんで急に娯楽なんて言い出したのニャ? なんとなく気分転換でウォカレットの駒に手を出したのは分かったけどニャ」 


「鍛錬だけってのは味気ないからな。成果が出るように調整はしてるつもりだけど鍛錬なんてのは基本的に同じことの繰り返しだ。単調になりがちで流れ作業のようになって集中を欠く事も少なくない。だから少しはメリハリをって感じだな。要は飴とムチだ。それに反射神経を養うのにも役に立つ遊びもあるから遊びと言っても無駄にはならない」


「なるほどニャー……でも、あたしは割と今のムチだけでも楽しいけどニャ」


 微Мだしな。


「と、キアラの性癖はさておき」


「ち、違うニャ! 成果が目に見えて分かるから、た、楽しいだけニャ……」


 獣人種は目が泳ぐんじゃなくて耳と尻尾が挙動不審になる。

 若干無理がありそうなキアラのいい訳ではあるが、敢えてそこは突っ込むまい。本人以外も割と承知しているっぽいし。


「で、当初の目的のウォカレットの駒なんだけど、こんな感じのデザインで大丈夫そうか?」


「うわっ、細かい! さっき見た時より更に装飾が細かくなってる、ってまた見た事もないような道具使ってるし……」


「カイナだって虫眼鏡は知ってるだろ」


「……私の知ってる虫眼鏡と違う」


 卓上で使う拡大鏡は職人でもなければ普通は縁がないからな。

 中世後期に差し掛かったようなこの世界ならば拡大鏡くらいはあるはずだけど、一般人の認識ならこれが普通だろう。


「そうじゃなくて像がボヤけてないのが変」


「ああ、そういう事か。光学系の魔法回路で無理やり補正してるんだよ」


「またそういう遺失技術を平気で……」


「学者もちゃんと文献漁れってんだ。絶対何処かに載ってるはずだぞ。役に立たないと思った技術の延長線上にある事だって珍しくないんだから、今役に立たないからって切り捨てずに研究すべきだと思うけどな」


 この国に限らない話だが、どうもすぐにでも利益に繋がらないと先送りにする傾向が強いらしい。

 何処かで聞いたような話ではあるが、資金が潤沢でないと先を見据えての研究というのは難しいという事だろう。であるなら目先の利益に走るのも仕方ない事なのかもしれない。


「まあそういう事は研究者が気にすればいい事か。それより今はこっちだ。で、どうよ?」


 皆がそれぞれ駒を手に取り、様々な方向から、その造形を確かめるように見つめる。

 着色も済ませ、より本物に近づけているがどのような感想が飛び出してくるか。


「デザインは過去の文献からのようですけど、凄いですね……まるでその時代を見てきたような感じといいますか」


「わざと汚しを入れて本物感を演出してみた」 


 そう言うとシュティーナは僅かに驚いたような表情を見せた。せっかく綺麗に塗ったのに、といったところだろうか。

 オレからしてみれば割と馴染みのある技。プラモデルなどで良く使われるテクニックだ。

 筆やエアブラシでやるとなると熟練の技が必要になるがプリントアウトの魔法なら再限度も思いのままだ。


「デザインは問題なさそうだな。じゃあ次は盤との連動だな。誰かやってみてくれないか」


「俺がやろう」


 不意に発せられた声。そちらを見れば最近よく見る顔だ。


「ログアットさん。仕事はいいんですか?」


「ジェンみたいな事を言うなよ。進捗が気になってな、これも仕事のうちだ」


 私みたいって何ですか、とジェンが不満を口にするもログアットさんは華麗にスルーだ。


「という事はそちらもあまり上手くいってない感じですか」


「そちらもって、イズミのほうもか……ふうむ、まあすぐに解決ってワケにはいかんか」


「ですねぇ……」


 中に居る者に魔力を感知させずに、その本人の状態を知るというのは思いのほか難しい。


「まあそれはいい。今はウォカレットだ。何やら面白そうな事になってるじゃないか。で、誰が相手だ?」


「わふっ!」


 長椅子に乗ったラキがぶんぶんと尻尾を振り、ウォカレットの盤の前に陣取った。


「んん? 犬の嬢ちゃんがやんのか?」


「強いですよ」


「マジか……」


 対戦相手が決まり、一応のシステムを説明。

 初心者でも楽しめるように駒の動きをマスを点滅させてガイドしたりダイスを自動で振ったりと、他にも幾つかのギミックが組み込まれている事を伝えた。

 言葉よりまずは体験してもらうという事でさっそく勝負開始だ。






 ~~~~





「強え……なんだこの強さ」


「わふっ!」


 もうコテンパン。数回の対戦を経てログアットさん魂が抜けかかってる。


「つ、強いですね」


 リアも一応ルールを知っていたが、あまりプレイした事はなかったらしい。

 聞いた所によるとやはり覚える事の多さがネックで戦術を試行するまでに至らず少し取っ付きにくいと感じていたと。

 

「ですが私でも見て楽しめるくらい分かり易かったです」


「確かにこれなら直観的で初心者でも分かり易いだろうな。煩わしい部分がほとんど自動になってるからスピーディだしゲームに集中出来る。駒同士が実戦のように動くのも視覚的に楽しめる一因だろう。にしても幾つ動きのパターンがあるんだ? 何回かやって同じ動きをほとんど見てないぞ」


「血が出る演出とかもしたかったんですけどねー」


「「「「それはしなくていい」」」」


 速攻で却下された。


「なんとなくだが、この駒の動きはイズミの動きのように思えるが」


「あ、正解です。魔法陣の回路だけでやろうと思ったらものすごい時間かかりますからね。前にミニゴーレムで試してた事を流用したんですよ」


「流用って何をやったんだ?」


「動きを覚えさせる過程で、リアルタイムでオレの動きをトレースしてそれで対戦したら面白そうって思ったんですよね。でも結局、その場で剣を振るだけならともかくオレが動く広い場所が必要って事でボツになったんです。ラキの使うゴーレムと対戦しようと思ったらとんでもない広さが必要になるわけで、それなら直接やったほうがマシと。まあ最終的には魔力の簡単な入力で複雑な動きが出来るゴーレムの研究の参考に、というのに落ち着いたわけですけど」


「…………」


 何かを思案するように急に黙ったログアットさん。

 今のオレの発言に気になる部分があったようだが。


「……なあ、そのトレースってヤツ使えないか?」


「え……あっ」


 最初は何のことかと思ったが、すぐに感覚剥奪室の事だと分かった。

 確かに使えるかも。中の状況をどうにかして把握出来ないか考えていたが、それは部屋の中をという観点でだ。要は対象が部屋全体という空間だった。

 音や熱、それに振動を検知する方法なども考えたが、どうしても中にいる人間に感知可能な魔力を使わざるを得ない。機械的な赤外線カメラやサーモグラフィが再現出来ないからだ。

 その事ばかりに囚われていてそれ以外を思いつかなった。

 しかし対象を中にいる人間に限定するとなれば。


「上手くいくかもしれません……トレースに必要な魔法陣回路はあくまで被験者の魔力で動作するもの。そしてそれを外部に送る魔力信号も基本的には被験者の魔力……魔力糸や魔力線ではなく床下の受信魔法陣から回路を組んで外部に繋げば……」


 どこかに穴がないか思考を反芻してみたが、無いように思われる。


「……いけます。細部まで詰めれば、おそらく音声まで外部に伝達可能のはずです」


「ほんとか!?」


 驚きと期待を込めたログアットさんの真偽を問う言葉に頷きを返す。

 そしてオレとログアットさんは同時に席を立つ。


「って事で今から行ってくる」






 ~~~~





「で、昨日はどうだったのニャ?」


「問題ないレベルで仕上がったぞ」


 昨日は深夜まで感覚剥奪室の改良をしていて遅かった。

 つい先ほど起きたところだが皆気にはなっていたらしい。


「とは言っても実際に使ってみない事にはな。だからその報告待ちだ」


 なるほど、それはそうかと皆が頷く事に異論はないようである。


「という訳でオレは心おきなく創作に打ち込める」


「まだ何か作るんですか……?」


「まだって何だよイルサーナ。昨日の感覚剥奪室のトレースシステム構築を作ってる最中に浮かんだ事を試すだけだって」


「まあ私としては凄く勉強になるからいいんですけどね。ただ技術的に漏らしたら大変な事になりそうなものが何気に使われてたりするのが心配なだけで」


「そこの判断は任せる」


「丸投げ……」


 面倒くさい。そういう事に気を回していると自由にモノが作れない。

 という事で早速作業に入ろうかね。思いついたはいいけど、かなり時間がかかりそうな具合なんだよな。

 なんで呆れたような視線を向けるかね。




 予想に違わずというか、開始した作業がやはり手間がかかる。

 昨日のイルサーナとの会話からあまり作業の効率は上がっていないが、やろうとしている事を考えると仕方ない部分が大きい。

 そんな折、ログアットさんが仕事の合間を縫って顔を見せた。


「上手くいったぞイズミ。部屋の内側を、というより対象者を監視するのにあれ以上のものはないな」


「やー、良かった。これで本当にひとつ片が付いた感じですね」


「まあそうだな。しかし客観的に観察すると気味が悪いんだよなあアレ」


「ですかね。動きは人間のそれだけど表情がなく、なのに声がするのは言われてみれば奇妙極まりないかもしれないですね」


「まああれでこっちの精神がどうこうなるような事はないだろうがな。要は慣れればいいだけだ。って、今度は何やってんだ……? なんだこの数は――トレース用のゴーレム?」


「ウォカレットを更にリアルにしようかなと。最終的に五百対五百で軍事演習を疑似的に再現するのが目標ですかね。戦術の勉強にも使えて指揮官や参謀の苦労も味わえる代物になる予定ですよ」


「そこでなんで醍醐味って言葉を選ばねえんだよ。……確かに苦労するが」


 そこで言い繕って変な夢を見るよりはいいと思うんですけどねー。


「にしてもだ。今回のトレース用のゴーレムもそうだが、外に漏らせない技術ばかりこっちに投げやがって。目を離すといつもとんでもない事になってんな」


「イズミだから」


 その言葉で片付けるのかリナリー。

 みんな頷いてる。


 なんでだよ。

 今回は予定通りウォカレットを教材に進化させただろ。

 あれ? そんな予定じゃなかったっけ?





お、遅くなりました……ぐふぅ!!

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