第八十三話 十人十色の教え方
鍛錬場に長く伸びた影が輪郭を消した頃。
その日の鍛錬予定は粗方消化したということで、ここで一旦解散という流れになった。
無事に鍛錬は終了したが、ちょっと疲れた。
肉体的には普段と変わりないが、なんか精神的に。
その原因は今も目の前で本気か冗談か分からない事を言っている魔女っこなんだが。
「密着の技がどこまで有効か試そう」
おい何処見てる。
下半身を見て言うんじゃないよウル。
「どんな訓練しようってんだ。子供にお見せ出来ないものは却下です」
「来て」
両手を広げてハグの要求。
「来いじゃないっての。オレが本気にしたらどうするつもりなんだよ」
「血の一滴、骨の一かけらまで使って責任取ってもらうから平気」
「何この娘怖い。って軽々しく言う事じゃないだろうに」
「軽くない。イズミンにしか言わない」
うぐっ……そう言われると変に照れて二の句が告げないじゃないか。
しかし何か言わないと。
「……お子様にお見せ出来ないんだから、当然ウルも――」
「火炎球」
「甘い」
魔法障壁でぺいっと防ぐと、むうっとふくれっ面のウルが反論。
「もう大人。カイナと同じくらいはある」
「なにおー!?」
見事な流れ弾が。
主語がないのに通じるあたりさすがだ。
カイナとウルが「まだ私のほうが大きい!」「追いついた」などと言い合っている横で目を丸くするアラズナン家の姉弟。
「……今、普通に殺傷力のある魔法が使われたような……」
シュティーナの信じられないものを見たといった呟きに、ウルが言い合いを中断してその言葉を拾うように向き直る。
「イズミンはあれくらいじゃかすり傷ひとつ負わない」
「うちで一番魔法の起動が速いウルでもこれだもんね」
カイナのその発言に「トイレ中でもダメそうだもんニャ」と付け加えるキアラにウンウンと頷くイルサーナの無言の同意だが、いらん事を言うな。
「ほぼ無詠唱なのに余裕で防ぐ。無尽蔵の魔力で障壁を使われるだけでも当たる気がしない」
「使われるだけでも……?」
「イズミンには絶対防御がある。シュティーナさま」
ウルがそう言うも、いまひとつ理解が追いつかないといった表情のシュティーナ。その視線はオレとトーリィを行ったり来たり。
この反応からすると、これも教えてないのか。
そう視線でトーリィに問うと。
「それも教えるなとお館様が。今までの情報と比べて毛色が違いすぎると。学園の常識が抜けきってないうちは混乱するかもしれないという事で敢えて伏せていました」
「……確かに異相結界は異質過ぎますからね」
「異相、結界……?」
リアの呟きを聞いても自分の中には全くない情報に戸惑いを隠せないシュティーナ。
魔力による防御手段など、そう種類があるわけではないのに聞いた事がない事実がそうさせているのだろう。
トーリィなどは「学園の誰も、いえこの国の誰も知らないような防御魔法ですからね」と前置きを挟みつつ苦笑気味にシュティーナの反応に「無理もありません」と助け舟を出している。
「そんな魔法が……?」
「厳密には魔法じゃないけどな」
そこで実物を見せる事に。
覚える為には結界に触れればいいこと。しかし条件が満たされていないと覚えられないこと。(次元の概念云々はオレ自身よく分かっていないとぼかした)
オレの魔力を吸収出来れば修得の可能性があること。まあ人間には難しいが一応教えた。
そして異相結界それ自体が太古の情報生命体であり共生関係にあることを説明した。
「情報生命体……?」
「寄生とは違って害はないらしい。共生する事で異相結界の情報体にも何か利点があるようだけど詳しい事は分からん」
生命体としての繁殖目的で利用してるであろう事は、ここでは言わなくても問題はないだろう。
当分は繁殖出来ないかもしれんけど勘弁してねー。
「結界のその在り様もだけど使い方が常軌を逸してるのニャ。足元に一瞬だけ出すとか」
「何言ってんだ。キアラたちだって障壁で似たような事やろうとしてるだろうよ」
「地面を歩くみたいに空を歩くなんて無理。大きめの足場を作って移動するのが関の山」
「空を、歩く……? え、ちょっと待ってください。イズミさんもですが皆さんも空中を移動する手段があるように聞こえるのですが……?」
「あるのニャー、シュティーナさま。でも実戦に使うのはまだ厳しいのニャ」
「いやいやいや、実戦どうこではなく空を歩くってなんですか!?」
通常であれば魔法障壁をドーム状にして、その上に乗るくらいしかない。
それを移動に転用するとなると現実的とはいえないだろう。
障壁の運用法を心得ている故の反応だ。
熟知しているからこその混乱。
そこへ間が良いのか悪いのか、「わふっ」とラキが回し車からすっ飛んできた。
そして空中にチャッと軽く爪を鳴らして着地。
……会話の内容を理解した上での行動だよなー、これって。
「本当に空中を歩いてる……というかラキちゃんも当然のように出来るんですね……」
「どうやって飛んでるか解明されてない種族だっているんだから驚くほどの事じゃないと思うがなあ」
リナリーたちに視線を送りつつ言うと「気合で飛んでるからね」などと返された。
またそういういい加減な事を。
「人間と妖精とでは話が違います! って気合で飛んでるの!?」
ほら見ろ。
シュティーナそこは信じなくていいから。
そういえばずんぐりしたハチが昔そう言われてたな。
「気合はともかく。魔法ってのは使い方次第って事だ。体術もな」
「ん、だから使い方を試す」
「なんでそうなる。両手広げたってハグなんかしないぞウル」
だから下半身を見るなって。
「本当に知らない情報が次から次へと出てきますよね……確かに学園の常識に凝り固まっていたら受け入れ難いものばかりかも。まあ目の前で見せられれば疑いようがないのですが。ですが私でもその……習得可能なのですか……?」
「そこは問題ない。シュティーナは筋がいいから障壁の任意展開はすぐだと思うぞ」
そんなオレの言葉にパッと顔を綻ばせたシュティーナだったが。
「無理だと言っても出来るまでやらせるけど」
オレがニヤリと笑うとヒクヒクと引き攣った笑いに早変わりした。
冗談だ。そこまで警戒せんでも。
「まあオレとしてはジェンにこそ覚えて欲しい技術なんだよな。遠距離を空中を移動しながら攻撃って、やられるほうは相当嫌じゃねえかな。とはいえ当然相手からの攻撃も警戒しなきゃいけない。後衛が攻撃する時は相手からも射線が通ってる場合が大半だからな。だがまあ前後左右に加えて上下と行動の選択肢が広がるのは大きな利点だろう」
擬似的にでも制空権を確保できれば戦闘はかなり有利に進められるはず。
制空権や航空優勢の概念がほとんどなかったとしても高所からの攻撃が有利だというのは重力のある世界ならば何処だろうと同じだ。例え魔法なんてものがあったとしても。
ちょっと考えただけでも利点は山ほどある。上空から巨大質量を落とすだけでもいいし、人知れず建物を壊すなんて事も出来る、かなあ。
あくまで一般論としてです、はい。
「なるほど……用途は無限に、という事ですか」
「曲射と併せれば、とんでもなく厄介だぞ」
「あれ難しいんですよね……。魔法を撃つ感覚にも似てますし」
「やってる事は魔法攻撃の進路を決める工程と一緒だからな。武器を扱いながらだとそう感じるのも仕方ないか。どの魔法も曲げたり出現エリア変えたりすると神経使うから」
「それも初耳なのですが……」
「それって?」
「どの魔法も、という部分です」
「あー、そうか。詠唱だと軌道まで含めてる場合が多いのか。大抵は最短距離を定義してるだろうからそうなるよな」
「セヴィの勉強を担当すると大見得を切ったのに魔法に関する事でも役に立ちませんね私……」
驚きつつもシュティーナが何だかしょぼんとしていたのは、そういう訳か。
そこで簡単にではあるが魔法による射線誘導について解説する事に。
魔法発動する前段階で軌道をイメージする工程が実は含まれており、それを抜き出して様々なものに応用可能な事を小石を飛ばして軽く実演。
単純な物体の移動に魔法的なイメージを重ねられる事に少なからず驚いている様子だった。
知識のもとになる大系が違うのだから驚きは当然のものだろう。
それに勉強といっても魔法だけ覚えればいいというわけではない。
この国の歴史や地理、産業や貴族を含めた社会の成り立ちを理解する事のほうがセヴィにとっては余程重要だろう。
その辺りを指南するのはオレには到底無理だ。
だからしょぼくれる必要はないと思うんだよ。
そんな意見も含めた解説であったが少しは伝わっただろうか。
「ふふっ、イズミさんの気遣いは分かりづらいですね」
「そこをワザワザ確認するなって……それはまあ置いておくとして。今日の所はこれで終了だけど他にも聞きたい事があれば屋敷で空いた時間にいつでも聞きにくればいい。ジェンの場合はそうだな……仕事中は無理だろうし何か疑問が浮かんだら書き留めて、後でまとめて回答するようにしようか。ギルドで顔を会わせた時に回答書を渡すのでもいいし」
問題点と疑問がリストアップされていればこっちも対処がし易い。
あ、今までキアラたちから質問された事も、この際だからまとめて書き出しておくのも有りだな。
完全にオレ仕様の魔法書になってしまう可能性が高いが、記録として残しておけば何かの役に立つかもしれない。勉強のノートと一緒で後で見返す事がなくても思い出の品くらいにはなるだろう。
「ぶ、文通?」
「え、あ? そうなる、のか?」
どちらかと言えば書類扱いのような気がするが……。
「分かりました。私の私生活と心の内を赤裸々に書き連ねればいいんですね!」
「違う! それでオレから何を聞きだすつもりだッ!?」
若い娘としては色々と問題だらけの発想だ。
まあ、どうせ本気で言ってないだろうけど。本気だとしたら嬉しくはあるが話半分に聞くくらいが丁度いい。別の問題が付き纏うから深くは考えないようにしてるわけだしな。
こっちに永住する気あんのかっていうね。
……まだ三年あるから。
~~~~
夕食後、ちょっと昼間の話を思い出してシュティーナの授業をオレも受けてみようかなと。
メイドさんに頼んでシュティーナの許可を取って貰いオレも同席する事に。
あ、ちなみにジェンとキアラたちは小屋でリナリーたちと女子会。
魔法陣の本とか色々広げてあーでもないこーでもないと会話に花が咲いていた。
ラキも女の子だから、含めて女子会と言えなくもないのか。
しかしジェンは夜更かししてギルドに出勤するつもりなのかねえ。
「同席は構いませんが、いいのですか? その、なんと言いますか……私自身まだ学ぶ身ですのでそれほど高度な事をお教えする事は出来ませんよ……? あくまでセヴィに初等科までの基礎的な事を覚えてもらうのが目的ですので」
「いやいや、それでもオレには充分だ。何しろこの国の事をほとんど分かってないからな。文化や風習なんかオレにとっては新鮮なものだらけだし」
「そんなものですか? 実際に暮らす私たちにはあまり実感はないのですが」
セヴィ、トーリィと順に顔を見合わせて戸惑いつつも、シュティーナの声は僅かに弾んでいる。
楽しげなもののように新鮮だと評した事が嬉しかったのかもしれない。
「それだけ自然なものとして根付いてる訳だ。その土地や国を愛する理由の一つだな」
「なるほど。確かにそうかもしれませんね」
常識の齟齬を埋めるためにもそういう知識が必要だというのもある。
そうした意図もあって同席した事を伝えると「ああ……それは確かに」と妙に納得されてしまった。
そんな反応するほどズレてないと思うんだけどなあ……。
「そういえば、今日は御館様も短時間ですがお見えになる予定だそうですよ」
オレの微妙な表情を見て気を使ったのかトーリィが仕切りなおすように話題を変えた。
カイウスさんは時間があるときは進捗の確認がてら顔を見せる事があるようだ。
普通の親子として接する事が出来るのが嬉しいんだろうなあ等と考えていると扉を叩く音が。
「お嬢様。旦那様がお見えです」
開いた扉から現れたメイドさんがそう告げ、スッと道を明けるように身を引くと。
その後ろからカイウスさんが現れた。
……何故かログアットさんも一緒に。
「おや、今日はイズミくんもいるね」
二人がソファに座ると丸机で向かい合うこちらに視線を移す。
オレたちの座る位置を見て察したようで。
「ふむ……イズミくんも教わる側なのかい?」
「この国の歴史や学園がどういった事を教えているのか興味がありまして」
「君は本当に楽しそうに知識を吸収していくね」
「何処で何がヒントになるか分かりませんからね。繋がっていないと思われた事象がよくよく調べれば繋がっていた、なんて事もありますから」
「確かに物価変動では稀にそういった事例も耳にする事もあるからね――」
と、ここで何かを思案するようにカイウスさんが言葉を切った。
何か気になる事が?
「今日来たのは、しばらくこちらに顔を出せないかも知れない事を言う為だったが、これも何かの巡り合わせか。こちらだけで進めようと思っていたがイズミ君がいるのなら話すのもいいかも知れない」
「ある意味当事者だからな」
「あの、どういう事でしょうか。お父様」
ログアットさんの言葉に戸惑いを見せるシュティーナだったが、オレはその言葉に思い当たる事があった。もしかしてアレかな、程度だが。
「ある計画を進めていたが、その準備が整った。その計画というのが不正を働いていた商人を罠に嵌めるというもの」
やっぱりそうか。しかしすっかり忘れてたな。
なろほど、物価変動というワードで結びついたと。
当初、修行期間中に事が終わってるだろうと言われていたけど、その修行を早めに切り上げたからタイミングが今になったわけだな。
それはいいけど、なんかシュティーナとセヴィの雰囲気がワクワクしたものに変わってる。
「そんな計画が……? イズミさんが当事者というのも気になりますが、その内容を伺ってもよろしいですか?」
どうやら盗賊を退治したという情報以外は知らなかったようだ。
ログアットさんの説明中、オレに向ける視線の意味がころころと変わっていたように思う。
盗賊の持っていた物資を証拠も残さず根こそぎ回収した事に驚き、その盗賊を派手に煽った事に呆れ、コイツならやりかねんという諦めへと実に分かり易く変化していた。
「盗賊を退治した時期とガルゲンが屋敷を失った時期が重なっていたおかげでこっちの準備も実にやり易かったぞ。何しろ自身の事をなんとかしなければならん状況に追い込まれていたからな。外部との取り引きは後回しにされて盗賊がまとめて拿捕された事にまだ気付いていないんじゃないか? まあ多少怪しいと思ってもヤツには他に選択肢がないんだがな。再起を図る為にはぶら下げられた餌を見ないふりなんて出来んだろうよ」
「しぶといなあ。誰かに泣きついたりはしなかったんですかね」
「そう、それだ。取り引きの再開までもう少し時間がかかると思っていたが他に拠点があったらしくてな。どうも影で支援しているヤツがいる。以前からなのかこの期に乗じたのかは分からんが隠す余裕もないのかもしれん。いや、もとから隠す気もないのか」
「支援者の正体がバレない事に自信があると?」
「おそらくな。だが今回は徹底的にやる。そいつらのヤサも割り出してある。必要ならどんな手を使ってでも背後関係を洗い出す」
「気のせいならいいんですけどねぇ……」
「なんだ。何かあるのか」
「遠~くの所でリアの誘拐と繋がってたりしないですよね?」
「ッ! お前……嫌な事を言うなよ。それも在り得るかもしれんが仮にそうだったとしても別の命令系統だろうよ。やってる事のタイムスパンが違い過ぎる」
まあそうだろうなあ。
最悪の想定をした場合、即効性が高くより悪辣なのがリアの誘拐だ。
それと比べると領地を経済から崩しに掛かるのは若干見劣りする。
だからと言って放置する理由にはならない。経済による侵略だって充分にその地域を滅ぼしかねないからな。
統治を担う当事者からしたら、誘拐による最終目的を防いでほぼ解決済みの案件よりこちらを優先するのは当然だろう。
「ところで。具体的にはどういった作戦になったんですか? 盗賊に成りすまして取り引きをする、までは聞きましたけど」
「ヤツら顔を隠してたからな。誰が取り引きに応じようとそこは問題ない。一番懸念していた確認方法も割り符が確保出来た事でそれも問題なくなった。残る問題としては物資の取り引き量程度だろう」
手順としてはこうだ、とログアットさんが開示した情報は至ってシンプルなものだった。
盗賊のやり方と同じように複数の魔法鞄を携えて接触。
金を受け取り、そこで偽の取り引きは完了。
ここまでは徹底的に盗賊共を絞って得た情報で段取りを組んであるらしい。
ついでに多目の物資でヤツの懐をダイエットさせてやろうという腹積もりもあるようだ。
雑な品だと吹っかけられないので割と良い品を揃えたと悪い顔でログアットさんが自慢げに語った。
なんというか微妙に辛辣な作戦だ。一欠けらも同情はしないが。
あとはガルゲンが商売を再開するために検品をした段階でガサ入れ。
「魔法で印を着けた品は機能しそうですか?」
「今まで通りのものと、聴取から割り出した検品に引っかからないタイプを使った二段構えだな。余裕がない状態で、それ以上の警戒はしないだろう。絶対とは言えんがこの時のために温存していたんだ。うまくやるさ」
なるほど、あとは実行するだけと。
ここまでならオレに話す必要はなかったとは思うが、単にその場に居たから話したという事だろうか。
その疑問を察したのかログアットさんがなんとも言えない笑みを含んだ表情でオレを見ながら言う。
「言うなればイズミが事の発端だからな。すっかり忘れていたかもしれんが結果くらいは興味があると思ってな。どうせなら進捗ともども話してもいいかとなったわけだ。それと、お前さんの動きは予想がつかん。事前に知らせておかないと別の事に首を突っ込んだ余波で、こちらの計画が狂う、なんて事がないとも言い切れんからな」
「さすがにオレでも……」
「言い過ぎか? 本当にそうか?」
「うっ……完全に否定出来ないのが辛いなあ。確かに知らずにいたら何かの拍子に邪魔しそうだ……」
「そんな訳でな。知らせておく事にしたんだよ。そうだな、気になるなら遠目から様子を見るか? 隠形が得意なら気取られる事もあるまい。いや、何なら参加したって構わんぞ?」
「さすがに今からじゃ邪魔にしかならないですって。計画外の人間がいる事で綻びが生まれる可能性が高くなりますよ」
「まあその通りなんだがな。しかし正直そこまで綿密なものじゃないからどっちでも構わんが」
「……じゃあ様子を見に行く事にします」
「そうか」
クッと口を僅かに吊り上げたのはログアットさんだけじゃなかった。
カイウスさんも同様の表情でオレを見ていた。そのカイウスさんが計画を不明だった部分を補足。
取り引きは明日の深夜、死の牙のねぐらのあった所から少し離れた場所。
そしてガサ入れの対象になっている建物もなんとか分かる場所だった。
「という訳だ。当分はそちらの処理に掛かりきりになる可能性が高い。私もセヴィの勉強を見てやりたいがしばらくは難しいだろうな」
「いえ、父様。僕の事はお気になさらずに。時間はいくらでもありますから」
「フッ、そうだな」
焦る必要など何もないといった風にカイウスさんの顔には穏やかな笑みが零れた。
これからいくらでも親子らしい事は出来るからと。
というか。
「今のカイウスさんの姿こそが一番の勉強になってると思いますよ」
ハッとした表情のカイウスさんがセヴィの方を見ればセヴィがコクコクと頷いている。
シュティーナも頷いてる所を見ると、普段とは違った雰囲気なのかもしれない。
「フフッ、ではあまり格好の悪い所は見せられないな。というわけで行くぞログアット」
「張り切りやがって。前のめりになり過ぎるとコケて怪我するぞ。お前は後ろでどっしり構えてりゃあいいんだよ」
「わかっているさ」
そんな会話をする二人に、目で挨拶をして扉の向こうへと消えるのを見送った。
「……あんな父様を見るのは久しぶりです。本当にイズミさんは色んな事を一気に変えてしまいますね」
「そうなんかねえ。他人の何かを変えてるなんて思いもしなかったけど」
「ふふっ、当人としてはそうかもしれませんね。ところで、明日の夜は本当に行かれるのですか?」
「そのつもりだ。邪魔はしないが一応バックアップ要員的なものとして、な」
ここで私達も連れて行けとはならなかった事に胸を撫で下ろす。
代わりに後で詳しく教えろと目が言っていたが。
~~~~
さて、今日これから偽の取り引き、ああいや取り引きは本物なのか。
それが行われる場所の上空。空は月明かりを遮る程度には雲がある。悪事を働くには丁度いい薄明かり。
何も知らないヤツが取り引きを目撃したらそう思うだろうが、むしろ懲らしめるためにやってる事だからいいんだよ。
ちょっと前に思いつきで試したら出来た光学拡大の魔法を使って様子を伺う。
シャキッとした映像ではないが異相結界に伏せて下を覗いて見るくらいなら充分な映像だ。
ガルゲンも来ているかと思ったがどうやら来ていないようだ。
いくら焦っていたとしてもそこまで迂闊じゃないか。
ソンク商会側の人間が積み上げられた荷物を確かめるように魔法鞄に入れていくのを眺めているとリナリーが何かに気付いた。
「ねえイズミ……あれ、あの人間。なにか気配が……」
リナリーの指摘の通り、おかしな気配のヤツが混じってる。
今この場で何かしようってわけじゃあないみたいだが。
さあてと。取り引きは無事に終了と。このまま帰ってもいいが一応ガルゲンの拠点の場所も最終確認といきますか。
「なるほど、あそこか。っていうか、コレ確認しなかったら迷ってたんじゃねえかな……」
「説明以前に微妙に方向音痴だもんね」
「微妙言うな。っと……? なんだ? さっきのヤツと似たような気配がいくつも……?」
なーんかイヤな感じだね。
これはガサ入れまではちょくちょく様子を見に来たほうがいいか?
とはいっても二、三日中にはカタがつくとは思うし、ネガティブに考え過ぎだろうか。
いや、疑わしいのならそれに備えるべきだ。具体的に何がどう疑わしいのかは断言できないが。
今日は連れて来なかったが次はラキも一緒のほうがいいかも。
「……当日までは気を抜かないほうがいいかもな」
「何かあるの……?」
「気のせいならいいけど、そうじゃなかったらマズイ事になり兼ねんからなあ。あくまで用心のためだ。オレが引き金引いたようなもんだからアフターケアって事で」
当然ながら当日も気は抜かないがな。
報告という形にはなるが、こういうのもある意味では授業のようなものかね?
時間が……残にょ、じゃなかった残業が……!
もおぉおおおーーーー!
ポイント下さい(´・ω・`)
あれ……普段こんな事言わないのに……
勝手にランキング始めました。




