第八十話 模擬戦と稽古の権利
「ウソだろう? なんでその状態で今のがかわせるんだ、よっ!」
「結構ギリギリです、よっとお!」
ログアットさんの繰り出す連撃をいなし距離を取る。
この人強いわ。双剣使いの達人の技を『まるで別の生き物のように剣が迫ってくる』と例えるのを良く聞くが正にそれだ。
いや、この人の場合それより理解しがたい動きが時々混じる。
例えるなら二人を相手にしているよう。普通は双剣といっても一人の人間が操る以上、思惑や意図が剣の動きに出るものだし身体の駆動範囲で予想が成り立つ事も多い。
でもこの人のそれは、本当に別々の意思のもと動いているような時があるのだ。
恐ろしいまでの柔軟な体躯がそれを可能にしているのは間違いない。
厳つい見た目に反して、ぬるっと気持ち悪い動きをしてくる。
練兵場に現れた時に薄々こうなるんじゃないかと思ったら案の定だ。
まあ最初の相手はオレじゃなかたんだけどねー。
~~~~
ジェンを引き連れて練兵場に現れたログアットさんが「何故ここに?」という皆の疑問に答えるべく、この場にいる理由を述べた。
「俺も混ぜてもらえんかと思ってな。怪我が治ったはいいがかなり鈍ってやがった。ガルタのおっさんともやったが解体所の仕事が忙しくてなかなか都合がつかん。で、そこにジェンが訓練したいから近々休みをくれって言ってきてな。詳しく聞いたら面白そうな事になってるじゃないか」
「先に溜まってる仕事を片付けちゃってくれませんかねえロガットギルド長」
「ログアットだ。それに今日のオレは休みだ。やっとこさ合わせたんだぞ」
「私は今日は仕事だったんです!」
「まあいいじゃねえか。俺の権限でちゃんと野外訓練て事にしてある」
「……ギルド長を的にして訓練していいですか?」
ジェンの目がスッと細められガションッ、と弓を展開。
「本気の目をしてなさる!?」
相変わらず親子みたいに仲いいなこの二人。
それはいいけど格好からして交ざる気まんまんだよなあログアットさん。
まあそれだけじゃなさそうだが……。
「冗談はさておき、それは理由の半分だな。あとの半分は様子を見に来たってわけさ」
なるほどね。セヴィに視線を向けた事で理解出来た。
本当に治ったのか確認するためって所か。
「どうやら確認するまでもなかったみたいだがな。それに聞けば剣の稽古を始めたって言うじゃないか。ヤツの友人としてはその手伝いがしたいわけだ。ヤツの息子なら俺の息子みたいなもんだからな」
今の言い方で何かピンときたぞ。
なんとな~くだがこの人、剣の稽古で親子の触れ合いみたいな事がしたいんじゃないだろうか。
ご自分のお子さんは? なんて聞くのは野暮だろうか。
「今、独身なんだろうなとか思ったろ」
「ソンナコトナイデスヨ?」
「俺だって結婚くらいしとるわ。ただ子供がこ~んなちっちぇえんだよ」
「妖精より小さいっすね」
幼いというのを伝えたかったんだろうけど親指と人差し指で摘まむように表現するのは小さすぎるでしょうよ。
「妖精みたいに可愛いからな! うちの娘は!」
あ、そうっすか。典型的な親バカかな?
意外と言ったら変だけど息子じゃなくて娘だったかー。
娘だって剣の稽古は出来ない事もないが、まだまだ先の話だろう。予行演習がてら先にセヴィで親子のような触れ合いをしたいというわけか。男同士というのもポイントかもしれない。
「まあ超絶可愛いウチの娘の事はさておき。俺も勘が戻りきってない。教えるにしてもまず俺自身が感覚を取り戻さないと話にならん。て事で対人の訓練なんかどうだ? いつも同じメンバーじゃあ詰まらんだろ?」
ニッと口の端を吊り上げるログアットさん。
色々と趣向を凝らしてワンパターンにならないようにしてはいるが、いつも同じ顔ぶれだと刺激がないのも確かだ。
そういう意味では利害が一致すると言えなくもない。
「とりあえずウチに所属してるお嬢ちゃん達がどの程度腕を上げたか知りたい所だな」
白のトクサルテの面子に向かってニヤリと口元を不適に歪ませ、品定めするかの様な眼差しを向ける。その視線を受けた白のトクサルテの面々は困ったように笑みを引き攣らせていたが。
佇まいから相当やる、というのは伺い知れるものの相対的な基準と情報が欠けている。
ジェンは何か知ってそうだしコソッと聞いてみよう。
「ログアットさんてどのくらい強い?」
「うーん、そうですね……全盛期の頃は特級にあと一歩といった所でしょうか。相当強かったらしいですよ。今はただの親バカでだらしないオジさんですけど」
「聞こえてるぞ~?」
冒険者基準での評価がほぼ最上級だったのか。
ブランクがどの程度影響しているかは分からないが、一対一なら今のキアラ達より断然強いんじゃなかろうか。
双剣の使い手との模擬戦というレアな経験はまたとない機会だし断る理由もない。
それ以前に断る雰囲気じゃないんだけどねぇ。
「じゃあ、お願いしてもいいですか? あとルールはどうしましょう」
「そうだな――」
そこで提示されたものは、一般的な模擬戦のルール。
木剣の使用と魔法使用可。魔法は攻撃魔法に限り初級程度までという制限が設けられたものだ。
いくら回復魔法が存在して身体能力が高いといっても安全性を考えればこんなものだろう。
最初に真剣勝負じみた模擬戦を挑んできたカイナがちょっとおかしいんだな。
ただイルサーナやジェンのような場合だと若干事情が異なる。
ハンマーなどの重量武器はクッション的なものを着けたり、矢などは専用の矢じりを使用したりと結構考えられている。
あとはウルのようなほぼ純粋な魔法使いと剣士の場合も違った形式で執り行うようだが今回は見送った。
その代わりという訳ではないとは思うが、ウルは違った形式で参加させるつもりらしい。
ギルド長を獲物に見立てて追い込んでいくという一風変わった模擬戦にするとの事。
という事でまずは一人ずつ順番にとなった。
そうじゃないかなあと予想していたけどその通りになったな。
ブランクがあったとしてもまだキアラ達では及ばないとは思っていたが。
ログアットさん強いわー。別の意味でも強いわー。
「んニャーッ! お尻触られたニャーッ!!」
攻撃の合間を縫ってキアラが尻を触られまくってる。
虚実を混ぜ動きを誘導し、攻撃をいなしつつ尻をその射程に上手く収めている。
「うニャッ! うにょッ! このッ! このッ! あっ、またっ!!」
「ぬはははっ! これは尻を触っているのではない! こういう攻撃だ! こんな攻撃もかわせんようではまだまだだなあ!」
「くぉのーッ! うニャ!? 鷲掴みニャッ!?」
普通に若いコのお尻を撫で回すのはどう考えてもセクハラなのだが、悪びれず実効するその様はいっそ尊敬出来る程だ。
結局、終始下半身を責められたキアラは冷静さを失い精彩さを欠く内容であった。
続くカイナ、イルサーナも似たような内容でログアットさんに圧倒されて終了。
触る事に対してまるで躊躇がないというその精神力に別の意味でも圧倒されていた。
「甘い、甘いぞ! これが手ではなく刃物、しかも脇腹や背中だったとしたらほんの数合でお嬢ちゃんたちは行動不能だぞ。いついかなる時も冷静さを失ったら負けだ。その自覚を促すために敢えてああいった手段をとったわけだな!」
なるほど……精神的な揺さぶりも含めてというわけか。
なかなか上手い方法かも。
「イズミがしきりに頷いてるニャ……」
「え、イズミさん触ってくれるんですか? メイド服の上からと言わず直にでも!」
あ、ダメだコレ。
オレの体質が影響してるんだろうが、触られる事に対して羞恥心が働かないんじゃ意味がない。
「イズミンに触られたら力が入らなくなるかもねー」
「腰が砕ける」
「俺との扱いに差があり過ぎじゃねえかッ!?」
「当たり前じゃないですかロガットギルド長。もっともらしい理由で撫で回すのを正当化してましたが通用しませんよ。四十がらみのおっさんが欲望剥き出しでお尻を触りたかっただけでしょうが。しかし次は私の番です。私はお尻は触らせないですからね。そんな隙は見せません!」
「あ、それはいいです」
「丁重にお断りされたッ!?」
ノーサンキューと身振りでもはっきりと拒絶されたジェンがショックを受けてる。
そのリアクションを見たログアットさんが溜め息まじりに苦笑いを浮かべ「自分の娘の尻を撫で回すような気がしてなあ」とフォローを入れた事でなんとかジェンの気持ちは持ち直したようである。
そのジェンの模擬戦。
これは若干変則的なものになった。
ジェンの実力を良く知る立場からか、先程より開始位置の距離を置いて、そこからいかに接近を防ぐかというものに。
おそらく変更した武器についても知りたいといった所か。
実力差からするとジェンはなかなか善戦したんじゃなかろうか。
今現在のジェンの実力としてはキアラたちと比べると一枚か二枚だが、やや劣るといった感じ。
専業の冒険者と比べたら当たり前といえばそれまでだが、充分に実働要員としての力はあるだろう。
「魔力量がかなり増えてるな……ここまで粘られるとは思ってなかったぞ。俺が完治前の状態なら近づけなかったな」
「私も自分でビックリです……」
「ふーむ、これはますますお前さんと戦いたくなってきたな」
「トーリィはいいんですか?」
「さすがにその娘の尻を触ったらタットナーのおっさんに闇討ちされるわ」
「触る事が前提とか、どれだけですか……」
「それにな。騎士団長とほぼ互角という話も聞いてるから確認は必要ないだろう」
この人の情報網と人脈がいまいち謎だな。
辺境伯であるカイウスさんと普通の友人同士という気安さも感じられるし、本当はどういった立場の人なんだろうと思わずにはいられない。
「お前さんとは正直、なんでもありでやってみたいが……死の牙を一掃したその実力は俺では到底及ばん。どうハンデを付けようといい勝負になる画が見えんのだよなあ……何かいい案がないものか……」
「あの、ロガットギルド長。そこまで差があるんですか……?」
「ん? ああ。なんで戦う前から分かるんだって顔だな。お前さんたちも腑に落ちないか?」
頷く全員の顔を見渡してログアットさんが続ける。
「なに、簡単な話だ。連中から聞き取り調査をするうちにボロボロと出てきてな。そのデタラメさ加減が。混乱のなか多少の誇張はあるんだろうが同時目撃者はかなりの人数になる。不確かなものは精査して無駄な情報を省いていけば、より実像に近いものが浮かび上がるってわけだ。そこから客観的に判断すると人間とは思えんという戦いだったってえ結論になるんだわコレが」
「そこまで、ですか……」
ジェンが目を丸くして呟く。シュティーナとセヴィも「本当に……?」といった表情だ。
他の者たちはというと。中空に視線を漂わせ『ああ、やっぱり……』などとその口から言葉が漏れ出している。
何か釈然としないものはあるが、これはラキとの模擬戦を見てるかどうかの違いだろう。
「仮に俺が全盛期の頃でも届かんくらいの所にいると思うぞ。だからこそその技を体験してみたいんだがなあ。手加減じゃあなく、いい具合のハンデでお互い全力でってのは都合が良過ぎるか」
その感覚はなんとなく理解出来る。
能力差からくる手加減では、技の真髄を肌で感じ取るのは難しいかもしれない。
ログアットさんが希望するのは強さではなく技そのものをその身で味わいたいのだろう。
そういう事ならうってつけの方法がある。
「お互い素に近い状態ならどうです? それならログアットさんの希望に近い模擬戦が可能かもしれません」
「あるのか? そんな方法が」
「コレを使えば」
魔力抑制具だ。
普通なら動けなくなる所だが、仙術を使用すれば充分に可能だ。
仙術も慣れてきたせいか、一般的なレベルの循環強化くらいまでの動きが出来るようになった。
身体能力的には今のログアットさんとそれほど違いはないはずである。
「それをそんな風に使うとはな。しかも仙術まで使うか。本当に底が見えんなお前さん」
クッと笑みを浮かべ、ログアットさんはオレの提案を受け入れた。
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「本当に支障なく動けるとはな! 魔力抑制だけじゃなく麻痺も入ってるだろう!」
「よく、分かり、ましたね!」
エグイ動きだな!
ただの二連撃じゃなく回避行動を先読みして置くタイプの二連撃や、自分の繰り出した攻撃に、もう片方の剣を当てて無理矢理に両方の剣の軌道を変えるとか普通にしてくる。本当にブランク明けか?
「背中にも目があるんですかねえ!」
「人の事言えんだろうが、よ!」
などとお互い言い合いながら剣戟を重ねていく。
冒険者のランクでほぼ天辺に居たというのが良く分かる戦いぶりだ。
身体能力ではほぼ互角。まだまだやり足りないといった風のログアットさんだが、しかしオレのほうはそろそろヤバイ。仙術が切れそうだ。
お互いの距離が離れ、さてどうしたもんかと考えがよぎったその時。
良く知った声が背後から。
「何をやってるんだお前は……」
「何って。お前の息子が全快したっていうから、稽古をつけてやろうと思ってな」
練兵場に現れたのはタットナーさんとカイウスさん。
溜め息まじりで呆れた様子のカイウスさんだったが、言われた本人はどこ吹く風だ。
「三日前に稽古を始めたばかりだぞ。それにどう見たってイズミくんと模擬戦をしているだけだろう。そっちが目的だとバレバレだ」
「それだけが目的じゃないが、まさか互角状態で模擬戦が叶うとは思わなくてな。ついだ、つい」
どういう事かと問う表情のカイウスさんだったが、オレの腕にある魔力抑制具を見て得心がいったようで。
「……そういう事か。どうせお前がわがままを言ったのだろう。イズミくんもコイツのわがままには付き合わなくていいんだよ? コイツは昔から周りを巻き込むのが得意で――いや、そういう意味では君と気が合うかもしれないが」
「ははは……」
なんだろう。乾いた笑いしか出ないなあ。
それよりも……。
「ところで、お前こそ何しに来たんだよ。領主様はくそ忙しいんじゃないのか?」
「忙しいのはいつもの事だ。ウチの子供たちの初の実地訓練なんだ。気になっても仕方なかろう」
「相変わらずの親馬鹿だな」
「お前にだけは言われたくない」
やっぱりこのふたりの関係性が良く分からない。
辺境伯とギルド長という間柄にしては遠慮がなさ過ぎる。
随分と昔からの知己のようだが兄弟ではなさそうだし、本当にどんな関係なんだ?
「あのー、お二人はどんなお知り合いで? 随分と遠慮とはかけ離れた関係に見えますが……」
「おや、イズミくんはコイツから聞いてないようだね。私とログアットは初等科からの付き合いでね。腐れ縁というヤツさ」
「という事は……?」
「ああ。ログアットは貴族の出だよ」
その言葉にオレではなくジェンが目を見開いてバッとログアットさんを見た。
あ、これは黙ってたパターンか。
ログアットさんの逸らした顔には「聞かなかったから言わなかっただけだぜ?」 と書いてあるような、そんな表情が張り付いている。
といっても家督を継ぐような立場ではなかったようで。
次男だったログアットさんとしては長男である領主の補佐役という選択支もあったのだが、そちらは全て任せて飛び出して来てしまったようである。
彼に言わせれば「兄貴は領地経営に向いてるからな。俺の補佐なんぞ要らんさ。部下も優秀なヤツが揃ってるしな」という事らしい。
「サーリット卿はかなり慌てていたがな。なし崩しにうちに転がり込んできて――まあ、色々あって今の立場に収まってるのさ」
「お前を助けてやろうって俺の奉仕精神が分からんとはなんと嘆かわしい事か」
「お前はロイア嬢を追ってきただけだろうが」
「ロイアは美人だからな。当たり前だッ!」
この人、仕事より女を取ったのか?
とも思ったが、続きを聞けばどうもそれよりもっと性質が悪いというか凄いというか、とにかくそんな印象を受ける経緯だった。
「うちの係累の家の娘さんを貰ってね。学園の教官の兼務時代に生徒に手を出したらしい」
「出してねえ! 卒業してからしばらく経ってからだ!」
どういった事情で恋愛関係になったかは本人が話す気はないようなので知る由もないが、ロイア嬢の家が男子が居らず婿を迎える必要があったというのも都合が良かったらしい。
……どうもこの人、一挙両得を狙った節がある。
好きな女性と親友の補佐という立場を一度に手に入れたのだ。
狙ったとしても、そうそう上手くいくとも思えない類のクエストだが、見事に攻略してみせたという訳だ。
「俺の話はいいんだよ。それよりお前はいいのか?」
「何の話だ?」
「セヴィーラの稽古だよ。俺が先に稽古の相手をしちまうぜ?」
「それについて口出し出来るかどうか……知ってるだろう。私の剣は……」
「俺もその場に居たからな。あの時の怪我が原因で調子を落としたのも知っているし、家督を継いだのを機に剣から離れたのも知っている。だが怪我はもうほとんどいいんだろう?」
「……いや、実を言えば未だに痛みを感じる事がある。それに剣を振るとおかしな角度で抜ける。長時間となるとそれが更に顕著に現れる。正確に剣を振れぬのでは剣士足り得ないだろう」
「……お前が剣に対して完璧主義者だってのは知ってるがな」
カイウスさんの言いように僅かに表情が曇る。その意味を正確に捉えたのだろう。
痛みがあり長時間に耐えられないという事は、時間経過で相当の痛みがあると。
「あ、あの! 父さんは剣を、――昔は騎士だったのですか……ッ!?」
カイウスさんとログアットさんの会話を黙って聞いていたセヴィだったが、初めて聞く事実に質問を我慢出来なかったようだ。
どうやらその表情を見るにシュティーナもその事は知らなかったらしい。
「お嬢様も幼かったですからな。知らないのも無理はありません。御館様とログアット殿はその昔、騎士団にて王国の双龍とも鋭剣牙とも言われておりましたな。並び立つ王国の二本の剣という意味では同じですな」
「知りませんでした……」
「お二人ともあまり派手な事はお好きではありませんでしたからな。知る人ぞ知るといった異名でありましょう。軍や国の上層部では有名ではありましたが今の学園でそれを話題にする人は居りますまい」
シュティーナにそう周知されていない理由を告げるタットナーさん。
ところがその内容にジェンが首を傾げていた。
「ロガットギルド長はそういうの好きそうですけど」
「好きだが、そうするとコイツまで引っ張り出されるだろう? 下手に騒ぎ立てるんじゃなければ咎めるのも違うと思ったからな。そのまま放っておいたら自然とそうなっただけさ」
ふーむ、なるほどねえ。
剣を扱う者の気配のようなものはそれとなく感じていたけど辞めて久しいのか。
それなら納得いく事がいくつかあるかな。
最初に出合った時も死の牙に対して恐慌状態に陥ってなかったし多少の余裕のようなものも見えていた。
動揺していたのは実力の分からないオレがいきなり参戦した事と、トーリィが攻撃で動けなくなっていた事に対してだろう。おそらくカイウスさん自身が魔毒に犯されていたらそれほど動揺していなかったのでは、と。
どういう経緯かは分からないが、剣に生きていた人がいきなりそれを断つというのはいったいどんな気持ちになるのだろう。
…………。
「……カイウスさん治療しましょう」
「いや、それは……」
「お前またあれこれ考えてんのか? もっと楽に生きていいと思うがな。まあお前らしいといえばらしいが。しかしイズミよぉ、いいのか? 治療するにしたって相当なリスクがあるはずだろ?」
「セヴィの治療後も精度は高めましたよ。セヴィのケースが特殊過ぎただけで今ならログアットさんの古傷だったら尻の毛が抜ける程度です」
「どんな例えだよ……まあそういう事なら試しに治療してもらったらどうだ」
「しかしな……」
そんなカイウスさんの様子を見て、ふぅと大きく息を吐き出すログアットさん。
二人にしか分からない事情があるのかそれ以上強くは言えないようで「煮えきらんな、とは言えんか……」と呟きを漏らした。
だが、あともう一押しのような気がするんだよな。
「カイウスさん。セヴィと稽古したくないですか? このままだとおかしな双剣使いに先を越されますよ? 本当にいいんですか?」
「ぅむ……」
「おかしな、は余計だ」
「オレの治療法のリスクはさっきも言ったとおり無いものとして考えてみて下さい。平然と若いコにセクハラかますような人に稽古を横取りされたりしていいんですか?」
「それは許せんな……」
「おまっ、さっきと言ってる事違うだろうがよッ!」
「セヴィはどうだ? 父親であるカイウスさんと稽古してみたくはないか? 剣術はオレが教えるとしてもその成果を見てもらいたくはないか?」
「み、見て貰いたい、です」
「う、む……」
可愛い息子に真っ直ぐな眼で見られては、なかなか断れないはず。
いささか強引だとは思うが切っ掛けになりさえすればいいのだ。
「決まり、ですね」
眼を閉じて溜め息のように息を吐くカイウスさんだったが、その口元は僅かに笑みが零れていた。
それを了承の意と受け取り、早速治療という事に。
幾つかの問診とスキャンして分かった事。
利き腕である右腕の肩と肘に異常が見られた。
日常生活に支障はないが確かに剣を振るには支障があるかもしれない。
素人ならまだしも達人の域にまで達している人間にしてみたら僅かな剣先のブレは我慢がならないだろう。
まあカイウスさんの場合、剣から離れた理由としては他の理由のほうが大きそうではあるが。
よし、再構築完了っと。
鼻血も出なかったしなかなか好調だな。
「どうです?」
「本当に治っているね……おまけに筋力のバランスまで修正されているとは……」
「左腕をベースに反転させただけですけどね。なので若干の違和感はあると思います。慣らしていけばその違和感もすぐに解消出来るとは思いますけど」
「ふむ。ではそれまではログアットとセヴィーラの稽古はお預けだな」
「現金なヤツめ……まあ構わんがな。俺としてはイズミと模擬戦が出来た事で取り敢えずは満足だからな」
とはいえ治療後に直ぐにセヴィの稽古の相手が出来るわけでもない。
ということで当初の予定通り修行の様子を見ていくようだ。
その内容はといえば森の鍛錬場でやっていた事とそう違わない。
広い場所を生かしての身代わり君との模擬戦と大規模魔法の練習。
白のトクサルテはとにかく身代わり君をボコボコにする。
リアは規模を大きくして土魔法を使いまくる。
ジェンは反撃あり設定の身代わり君と遠距離で。
今までと若干違うのはトーリィとシュティーナを組ませて身代わり君の相手だ。
気心の知れた者同士ならと思ったがどうもそれ以前の問題だったか。
「……何も出来ませんでした」
泥だらけになって戻ってきたシュティーナがかなりヘコんでる。
トーリィは申し訳なさそうな笑顔で「すみません……うまくフォローが……」と自分の立ち回りが悪かったのだと考えているようだ。
「まあ最初はあんなもんだ。身代わり君の攻撃って初見は面食らうらしいしな」
「攻撃魔法を使ってくるわけでもないのに魔法を封じられるとは思いませんでした……学園の常識が通用しないというのがコレほどはっきりしてるとは……」
ちょっとショックを受けてるっぽいな。
取り敢えず温水で泥を落として水分を除去してっと。温風も使ったから体温低下も無いはず。
「まあそのうち慣れるさ。だけど魔法を使う回数を優先したほうが近道かもしれんな。気分転換にも丁度いいから次は一番威力のあるヤツを撃てるだけ撃ってみようかね」
「撃てるだけ、ですか?」
「理想は一万回らしいぞ」
「い、一万ッ!?」
本当は最低一万回って言われたけどな。
「ストレス解消に丁度いいだろ?」
オレの言葉を聞いて固まっていたが、時間が勿体無いと促すと。
トーリィと二人、なんともいえない表情で訓練に戻っていった。
「なんというか……想像を絶する訓練だね。向こうでは人外の戦闘? が繰り広げられているし……」
ああ……ラキとリナリーとサイールーの事ね。
火、土、氷などの小弾を当てて、大量に展開した小型の通常魔法障壁を消すという遊びをやっている。
ものすごい勢いで連続した爆発音がするから、やっている事を理解していなければ戦闘に見えるかも。
「それよりも気になるのはセヴィなのだが……たった三日で……?」
「三日っつーより十歳の動きじゃねえだろ……」
あー……やっぱり?




