第八話 模擬戦
「はぁ…はぁ……強え~、っていうか速え~」
大の字に地面に手足を投げ出し、荒い息と愚痴が漏れ出す。
今しがたオレが戦っていたのはイグニス――
ではなくラキだ。
事の発端は昨夜の死刑宣告。
と勝手にオレが勘違いしてしまったのだが、それが原因でこんな羽目になっている。
~~~~
「やはり戦うのが手っ取り早いのう」
「えっ! 戦うってイグニスとか!?」
オレ死ぬの? 死んじゃうの?
「ワシが相手をしたら、今のおぬしではブレス一発で消し飛んでしまうぞ」
「怖いこと言うなよ。じゃあ誰と?」
何かあてでもあるのかと疑問に思う間もなく。
イグニスは視線をラキに向ける。
先程まで船を漕いでいたが、うたた寝からすっかり眠ってしまっている。
反応を確かめるようにオレに視線を戻すイグニス。
「ラキと?」
「そうじゃ。大量の魔力を持っていても使いこなせていない今、ラキが相手をするのが丁度良い」
「そうなのか? ―――いやいや、その前になんで戦わなきゃいけないのかが分からない」
「現状の把握と、この世界の生物の強さを体感するのが目的じゃな。自分がどの程度の強さか理解するには持って来いじゃ。そこが理解できれば魔法の習得にも身が入るじゃろ」
弱さを身をもって知れと?
「分からなくはないが、ちょっと強引なような気も……」
「というのは建前で、単に面白そうだからの」
ボソっと言ったの聞こえたぞ!
「そんなこったろうと思ったよっ!」
楽しむために、その一ってか。
何を言っても無駄なような気もするし、強く拒否する理由もこれといって見つからないのが頂けない。
案内人という肩書きを信用するなら、そこまで無茶な事はしないだろう。
しないよね? しないと信じたい。
「なに、強化を使えば死ぬ事はあるまい。見た所そこそこの強度には達しておる。ケガをしたとしても治療は請け負うから安心するがいい」
いきなり死ぬとかいうワードが出てきたんですが?
微妙に安心出来ねえ……。
既に時間も遅くラキも寝ているしで、イグニス先生の講義は夜が明けてからという事になった。
明日からの講義のメニューに実戦形式の訓練が当然のように追加された。
どう考えてもオモチャにされる。いや、既にオモチャにされてる気がする。
釈然としないものがあるが、こういう時は寝てしまうのが一番だ。
分かってる。何の解決にもなってないって事はな。
~~~~
一夜明け、気持ちのいい朝、になれば良かったんだけど……
河原から少し離れた場所に神樹の葉を敷いた寝床から起き上がると、イグニスがラキに向かって何やら楽しそうに説明していた。
ひとりだけウキウキした雰囲気を出しているイグニスを見て、顔の表情筋が痙攣してるぜぇ。
「起きたか。日課の鍛錬後、食事を済ませたら訓練開始じゃ」
……知らん間に予定が組まれてるし。
朝の鍛錬は夜とはまた別メニューで、剣術が主な内容になっているが、それを見てイグニスは
『ふむ、なるほどのう……これならば多少強引でも―――』などと不穏な事を口にしていたが、追求してもどうせ碌な答えは返ってこないだろう。
冷たい汗が頬をつたうのを自覚できたが、考えない事にした。
朝の剣術の鍛錬を終わらせた後は少し休憩をを挟んで朝食。
相変わらずベジタリアンな食事だ。
ちょっと肉が恋しくなってきたな……。
新鮮な美味い魚も食べたい。
なんとか出来ないか後でイグニスに聞いてみよう。
そうこうしているうちに準備が整ったようだ。
なんの準備だと思ったが、どうやら場所を移動するらしい。
ラキの背に乗って行けば迷う心配もないという事で道案内はラキに任せる。
イグニスは別の手段、要するに飛んでその場所まで行くみたいだ。
森の中を、のしのし歩いて行くのかと思ったらそんなことはなかった。
木の間を通れずにいる所を指さして笑ってやろうかと思ってたけど、そりゃそうだよな。
巨大な翼を広げ、ゆっくりと羽ばたくと大きな身体が重力を無視しているかのように浮かび上がる。
どう考えても、その巨体を浮かび上がらせるのが可能な翼の動きではなかったが、ヒュルルッという笛のような独特な音と、感じた魔力から何がしかの術式によって飛行を可能にしているように思われる。
そして上空に飛び立ったのを見送ってラキが走りだした。
着いた場所は、先程の河原から神樹の方向には向かわずに下流側約1キロ離れた所にある、四方を森に囲まれた直径にしておよそ300メートル程の開けた場所。膝下程度の雑草がまばらに生えた、整地してからしばらく誰も立ち入らなかった空き地のような場所だった。
既に中央にはイグニスが待っていた。
当然と言えば当然だが、やっぱり空を飛べるって便利だよなー。
「さて、始めるかの」
妙に弾んだ声で、待ちきれないといった様子だ。
子供だ!
身体のでかい子供がおる。
「当然のように拒否権はないんだよな……」
「そんなものはないの」
往生際が悪い、とでも言うようにバッサリと斬って捨てられた。
「ルールは簡単じゃ。ラキに一撃入れることが出来ればおぬしの勝ち、倒れたらおぬしの負け。武器使用も問題ない。ひとつ助言があるとすれば、おぬしの持っておる神樹の木刀、強化をかければ、そこそこの攻撃力になる」
何の木か分からなかったが、やはり神樹の周辺に落ちていた木の棒は神樹の枝だったようだ。あそこにはあの樹しかないんだから当然そうなるよな。
「そうなのか?」
と言いつつ手に持った木刀にどうやって強化をかけようかと思案し、木刀も身体の一部として捉え、魔力を流し強化を発動。
すると思ったよりすんなりと木刀も強化できた。
手応えから、なんとなくではあるが神樹で色々と出来るんじゃないかという可能性を感じた。
どうも神樹というのは魔力に対する親和性のよなものが高い気がする。
気がするだけで本当に気のせいだったらヘコむが。
「今回ラキには致死性の高い攻撃は禁止ということは伝えてあるので、あとはおぬし次第じゃな。多少の攻撃にはびくともせんから、安心して全力を出して構わん」
「本当に大丈夫なのか?」
いくら木刀とはいっても強化した状態での攻撃だと、かなりの攻撃力になるはず。
身体が大きい分、頑丈だろうとは思うが全力でも平気というのは、にわかには信じがたい。
するとイグニスがラキに向かって何かを促すように声をかける。
「ラキ」
「ウォンッ!」
ラキの身体が魔力に包まれ薄っすらと発光したあと全身の体毛が、その艶を増した。
「その木刀で叩いてみよ」
言われるがままにラキの身体に向けて木刀を振った。
強化した木刀をあまり強く振り下ろすのもどうかと思い軽く振り下ろしてみたら、ゴンッゴンッと予想外の音と感触。
「おお、すげえ。同じような強化でも、こんな風になるんだな」
まるで大型トラックのタイヤでも叩いているような感じだ。
「見ての通りじゃ。全力を出しても問題ない。というかおぬしの攻撃はおそらく当たらんぞ」
むう、カチンと来たぞ。
オレだってそれなりに鍛錬をしてきたという自負がある。
確かにこの世界での戦闘は初心者だが、そこまでバカにされたら黙ってられない。
「そこまで言うなら、やってやるよ!」
「多少はやる気が出たようじゃな」
「応よ!」
「では、両者適当に離れた所から開始じゃ」
広場の中央、20メートル程距離を置いてラキと対峙する。
イグニスはそれより更に距離をとって観戦するようだ。
木刀を正眼に構え合図を待つ。
「準備はよいか? それでは―――始めっ!」
開始の声と同時に飛び込もうかと思ったが、不用意な行動は避けたほうが良いような気がして、そのまま様子を見る。
時間にして4、5秒だがラキに動く気配がなく、受けに回る気なのかと判断して距離を詰めようとした瞬間に、魔力で作られた人頭大の光弾がオレに向かって放たれた。
「くっ!」
光弾を避けつつ木刀で弾くように横に振りぬく。
銃弾のようなスピードでなくて助かった。
バシィッという音とともに光弾の起動が逸れる。背後でドカッという地面に当たったと思われる音。
木刀での防御が出来なかった場合を考えて避けながら試しに弾いてみたが、すり抜ける様な事もなく何とかなったようだ。同じ攻撃なら無駄な回避行動は取らずに木刀だけで捌ける。
しかし予想より衝突音がデカい。
一応威力だけは確認しておこうと、チラっと光弾が当たった場所を見てみたが……。
「…………」
直径1メートル程のクレーターが出来ていた。
なんじゃこりゃあッ!?
「殺す気か!」
普通に考えて、物理的な力でこの規模で地面を陥没させるのは人間の力では不可能だ。
仮に巨大な鉄球を落としたとしても相当な高さからでないとこうはならない。
地球の常識と照らし合わせると、ダイナマイト等の爆薬を使って爆発力を利用しなければ難しいだろう。
魔力という比較対象のないエネルギーであったとしても結果から見れば相当な威力が伺える。
「安心せい、その程度で死にはせん」
「ホントかッ!?」
どうにも信用ならんが、木刀で捌くのが可能ならなんとかなるか?
そんなイグニスとのやり取りの最中も、ラキは「クゥン?」と首を傾げながら律儀に待っていた。
空気の読める狼で良かった。
驚いてる間に攻撃されてたら瞬殺だった。
「まあいい。仕切り直しだっ!」
「ウォンッ!」
再度、対峙すると今度はラキが最初に動いた。
初めて遭遇した時と同じくコマ落としのようなスピードで迫ってきた。
しかし、この速度は一度見ている。
質量差から言って受け止める選択肢はない。
かわしてから、すれ違いざまに横っ腹にお見舞いしてやる。
突進をかわし踏み込むが、振りかぶっての上段は間に合わないと判断し横薙ぎの一閃。
よし! と思う間もなく木刀はあっさりと空を切る。
「なにっ!」
あの距離で攻撃範囲を見切って速度を落とさずに軌道修正とか、有り得ないだろ。
コンマ何秒かの攻防だったが、ラキの能力に対する見積もりが甘すぎた。
また離れた位置からの振り出しに戻ったが、今度はこちらから行く。
開始時より幾分遠いが、ラキも受けて立つかのように、その場から動かず光弾を放つ。
間断なく放たれる光弾を前進しながら時に左右に回避、時に木刀で捌きつつ自分の間合いまで接近する。この間、足は止めていない。その勢いのまま突きを繰り出すが、やはりこれもラキを捉える事は出来なかった。
だが、当たらないのは織り込み済みだ。
かわされた右方向、胴体ではなく足に向けて突きからの切り下ろし。
―――これもダメか!
近距離での斬撃と光弾の応酬。たまにラキの前足が襲ってくるのに肝を冷やしたが、なんとか戦闘を継続出来ている。
距離を取られると厄介、と言うより面倒だと思っていたが、付かず離れずというこの間合いに付き合ってくれるようだ。
というか遊んでる?
ヒョイヒョイッと攻撃を避けるラキは何故か嬉しそう。
「くっそー、当たらんっ!」
このままじゃ強化が切れた瞬間に光弾を捌ききれなくなって終わる。
やったことはないが戦闘を継続しながら強化をかけ直すことにした。
それも限界まで魔力を強化に使って。
いつもより大分時間はかかったが大量の魔力を消費した強化のかけ直しはなんとか成功。
体感で約2倍近い速度上昇。これならいけるだろうと思ったが……。
「~~~~~っ! やっぱり当たらんっ!」
「わふッ!」
「ちくしょう、楽しそうにしやがって~!」
しばらくは早送りのような攻防が続いたが、付け焼刃の魔法がそんなに長時間、維持出来る訳もなく。
やってきた限界に抗えず、オレはぶっ倒れた。
~~~~
「どうじゃった」
いつの間にか倒れたオレの間近まできて覗き込むイグニス。
「はぁ…はぁ……強え~、っていうか速え~」
ラキはといえばオレの顔を、ベロリンベロリンと舐めている。
オレは寝そべったままラキの首元の毛をワシャワシャと撫でながら。
「おぬしの攻撃も悪くはなかったぞ?」
「ふぅ……間合いを合わせてもらって、あの程度じゃなあ」
乱れた呼吸を整え身体を起こし、正直な感想を言ってはみるが、なかなかにヘコむ。
「それが分かっておるなら大丈夫じゃな」
「だといいんだけどな……」
「魔法を使い始めて十日も経たん人間が、ほぼ体術のみでラキとあそこまで戦えるほうがおかしいのだがな」
「そういうもんかねぇ」
そんな気のない返事で座り込んだままのオレの背中側から、スボッと脇の下にラキが顔を突っ込む。
犬って何故かこうやって擦り寄ってくるの好きだよなあ。
でもデカイ!
大型犬までならなんとか脇の下に収まるけど、超大型犬は無理だってば。
「そもそも年季が違う。子供とはいってもラキとて、この世界に生まれ落ちて十四年が経過している。本能で魔力の扱いを理解していて、かつ十四年間それを使ってきたのだ。その上、身体能力自体が人間のそれとは違う。十日やそこらで追いつかれたら、この世界の生物の立つ瀬がないじゃろ」
「十四歳で子供ってか。でも魔法使いとしては大先輩って訳だな」
「そういう事じゃ。追い着くには生半可な事では厳しいぞ。ということで詰め込んで行くからの」
「うぇ~、死人に鞭打つなよ……」
たった今、手も足も出ずに負けたのに間髪置かずに追い込むとか、もうちょっと手加減して欲しい。
このままいくと、すぐにでも訓練になだれ込みそうだ。それはちょっと勘弁して欲しいので、目先を逸らす話題にシフト。
「―――と、それはともかくラキの戦い方だよ。どうでもいいけど、うま過ぎじゃないか? 間の取り方とか外し方が人間と戦ってるみたいだったぞ」
そう、ラキの戦い方がやけに人間臭かった印象が強いのだ。
いや、これは正確じゃないか。
オレの思う野生動物の動きとあまりに違い、駆け引きを前提とした動きをしていた事に驚いた。
普通、野生動物は警戒心等からこちらの動きをうかがう事はあっても、虚実を織り交ぜて攻撃のタイミングを図ったりは、そうそうしない。にもかかわらずラキの場合、こちらの裏をかく、つまり心理戦を当たり前のように仕掛けて来たのだ。
「まあ、そうじゃろうな。本能に由来する部分も大きいが、ワシが手ずから指南しておるからの。力押しだけでは通用しない場合も想定して、高度な駆け引きにも対応出来るようにしたのじゃが、なかなかそれを発揮できる機会がなかったのじゃ。おぬしの相手をするのは相当に面白かったようじゃな」
「あ、もしかして利用された?」
「人聞きの悪い事を言うでない。一石二鳥を狙っただけじゃ」
「言い方変えても納得はしねえよ!?」
どうもラキの訓練も兼ねていたらしい。
いい感じで実験台にされたようだが、オレにとっても得るものがなかった訳ではないので、うるさい事は言わないでおく。
ある程度の安全が確保された状態で、この世界の生き物の強さを体感出来たのは幸運と言うべきだろう。
ん? 安全……って、安全だったか?
疑問に思う事はいくつかあるが、そこを突っ込むと薮蛇になりそうなのでやめておこう。
安全でない攻撃をされそうだ。
なんにせよラキとの実戦形式の訓練は、お互いにとってプラスになる。
ラキにとっては成果の確認、オレの場合は時間の短縮。
仮にラキとの訓練をせずにこの世界を巡る旅に出たとして、なかかなに危険だと言われるルテティアの環境で、安全マージンを取りながら戦闘に慣れていくのは時間がかかるだろう。
慣れるための時間があればいいが、慣れる前に強者と出会っってしまった場合、肉になる未来しかない。
実際、今の状態でラキと同等の強さの生物と戦う事になったら、逃げ切るのも難しいはずだ。
この訓練は不意の遭遇戦等、そういった危険を犯さずに短時間で戦闘経験を積める。
強くなる為というのは勿論だが、そういう意味でもこの戦闘訓練は有意義だ。
有意義なんだけど。なんだろう、このモヤモヤした感じは。
イグニスが退屈しのぎにやってる感が拭えないのは何故だ。
まあ、色々協力してくれるんだから文句は言うまい。
「さて、次は魔法じゃな」
「休ませて!」
やっぱり言いたいことは言わないとダメだ!
~~~~
30分程の休憩後、雑談交じりに魔法の講義が始まった。
「魔法は基本だけだったようじゃが、具体的にはクイーナ殿からどのように教わった?」
「具体的も何も、兎に角イメージとしか言われなかったぞ。きっかけを作ってもらっただけで、後は自分の魔力をこねくり回してただけ」
「きっかけとは魔動製品じゃな?」
「そう。魔法具とか魔道具って言ってたな。魔動製品って言うのか? あー、電化製品とかそんな感じ?」
「どちらでも構わんが、今は社会通念上、魔動製品と言われる方が多いようじゃの」
「ふ~ん、そうなのか。でも聞いたって事はなんか気になる事でもあるのか?」
「いや、魔法を覚えたばかりとは思えぬほど、おぬしが魔力と馴染んでいる気がしてな。それで少し気になっただけじゃ」
「そこはクイーナの道具の性能なんじゃないか?」
「そうじゃな、あまり気にする必要はないかも知れんの」
クイーナの道具のおかげ、というオレの言葉に同意するイグニス。
魔法という今まで馴染みのなかった力なので、イグニスの感じた違和感のようなものはオレにはわからなかった。
今のところ害はないし、それほど気にしなくても良さそうだ。
「さて、魔法についてじゃが何から始めるのが良いかのう? 希望があればそれに沿って教えるが」
「あー、魔法での攻撃手段もだけど、それよりも武器をどうにかしたいんだよな。さっきの戦闘で神樹の木刀がそこそこ有効なのが分かったのはいいとしても、武器としては微妙な感じなのがな。神樹の木刀自体は、手に馴染むから気に入ってはいるんだよ。恐ろしく魔力の通りもいいし。だから神樹を使ってどうにか出来ないかってな」
「ならば神樹を強化ではなく、圧縮加工するのがいいじゃろ」
「へぇ、そういうことも出来るんだな。でも木刀はこれはこれで気に入ってるから、別に新しく造りたい感じだな」
そう言いながら手に持った木刀を目の前に掲げ繁々と見つめる。
作るってなると新たに材料から探さなきゃだな。
「じゃあ、ちょっと材料調達に行ってくるけど、どの程度の大きさなら圧縮してコレくらいにするには丁度いい?」
目の前にある木刀の先を軽く揺らしイグニスに目安を聞く。
「その木刀より若干長めで直径30センチといったところじゃな。幹に触れて願えば分けてくれるじゃろ」
「お年玉か何かかな?」
つい色味の失せた声が出てしまった。そんな手段で手に入るとは。
それだけの太さの枝、というより丸太をどうやって切ろうかと思っていたが杞憂だった。
早速、神樹の所まで行き丸太を持って帰る。
言われた通り、幹に手を付いて希望のサイズを念じると、頭上からガサガサと音をたてオレ目掛けて丸太が落ちてきた。なんとか咄嗟に避けたがちょっっと怖かった。
殺す気か? と一瞬疑ったが、遠慮せず持って行け、という意思表示だったようだ。
樹木が意思表示、というのも変だが、そうとしか思えない感覚だったんだからしょうがない。
ちなみにラキは休憩後から森の巡回ついでに食料を取ってきてくれるという事で同行していない。
なので今回は徒歩で神樹まで往復だ。
強化しての移動だったから往復でも20分もかからなかった。
広場まで戻り加工を始める。
まずは黒曜石のナイフで皮を剥ぐ。縦に切れ目を入れたら綺麗にベリっと剥がれた。
皮も何かに使えそうだが、それは後だ。
「なあ、これってどこまで圧縮できるんだ?」
「どうせ造りたいのは日本刀じゃろ? ならばその太さでいいはずじゃ。しかし鍔はどうする? 丸太からだとそこが面倒じゃぞ」
木刀の形から造りたい武器も分かったらしい。
記憶を見ているから、その答えにたどり着くのは当然と言えば当然か。
趣味、嗜好がダダ漏れだからなあ。
「あー、考えてなかったわ。このまま一体加工でいけると思ってたけど、やっぱり面倒か」
「少し離れておれ」
そう言うと置かれている丸太に向けて魔力を飛ばし、端の部分を5センチ程度の厚さで輪切りにしてしまった。
「おお、今のは?」
「俗に言う風属性の魔法じゃ。厳密には違うが――その話は後じゃな」
確かに今は武器の加工だな。
「じゃあ、始めるか」
造るのは打刀。現代では日本刀と言われるのはこちらが多いらしい。
家にあった刀をモデルに神樹を加工する。稽古で使っていた刀だ。
まずは強制的に乾燥。
服を乾かす時のように外部に水分を集めるのではなく、神樹に魔力を流しつつ、その魔力で押し出すイメージで水分を木から取り除く。
そして土を圧縮した時と同じような感覚で圧縮をしていく。同時に最終的な完成後の形を思い浮かべながら慎重に押し込むように。
刀身と柄、その境目のハバキの部分を徐々に形にしていく。
圧縮されるにしたがって、色が変化し強度が増しているのが分かる。
ここまでで30分以上。
その後、更に30分以上かけて圧縮と変形を繰り返して、モデルになった刀の形状を再現。
毎日使っていた刀だ、オレの記憶能力を使うまでもなく細部まで良く覚えている。
再現率としては重さを抜きにすれば、ほぼ100%と言っていいだろう。
刀身の長さ、厚さ、反り、柄の太さ、コンマ1ミリ以下の精度で再現できたはずだ。
柄の部分に貼る鮫皮はないので成型時のついでに、貼った状態と同じように加工した。
柄巻きは本物と同じようにしたいので、いずれ似たような帯状の紐を用意するつもりだ。最悪、皮紐でなんとかするか?
「ふう、なんとかここまで出来たぞ」
土の圧縮の時の事を思い出して、そんなに魔力を使わないと思っていたが、かなり魔力を消耗した。
精緻な加工をするほどに魔力を消費するようだ。
ラキとの戦闘後、休憩してかなり回復したはずなのにもう無くなりかけてる。
「それにしても……なんちゅう色だ」
造っている過程で変化していく色に、最終的にはどんな色になるんだと思っっていたら、なんとも形容し難い、虹色のような、玉虫色のような、そんな感じの色だ。見る角度によって様々な色に変化する。
かと思うと真っ黒に見える角度があったりと派手なのか地味なのか、良く分からない色の刀身になってしまった。
「神樹を圧縮加工しようとすればおのずと、その様な色になる」
あ、そうなの?
「ある程度予想はしていたが、またえらくバカげた魔力を注ぎ込んだのう。そこまで再現するとは凝り性じゃな」
「職人は一切妥協はしない! って、あとは鍔だな。でも、はめ込むだけで大丈夫か?」
はい、エセ職人でした。ホントは切羽とかいう部品も必要だったような。
「分解して手入れする訳ではあるまい。鍔は魔力で溶着してしまえば問題なかろう」
「溶着なんて出来るのか? それが出来るなら問題ないな。確かに分解してメンテする必要はないか。てか、この造りじゃ無理だしな。つい本物の日本刀と同じように考えてた」
「定期的に魔力を流せば、ほぼメンテナンスフリーじゃな」
「便利だなあ」
関心しながら鍔の加工に移る。
先ほど輪切りにしてもらった材料を圧縮と変形をかけながら、目的の形にしていく。
ちゃんとはまるか確認しながら穴の大きさを決め意匠のほうは全然考えていないので、後でどうにでもなるように変形の余地を残しておく程度に圧縮はおさえておく。
ただ再現するのも面白くないのでモデルとは違うデザインにしたいからだ。
そうこうしているうちに鍔も出来上がった。
完成した刀本体と合体!
溶着のほうは今はまだいいか。
「やっと形は完成したぞ。あとは刃付けだけど……。これどうにかなるのか?」
成型時に出来る限り鋭利にしたつもりだが、それでもやはり刃の状態は気になる。
しかし刀身のほうは既に変形が不可能な程に魔力を込めて圧縮してしまった。
ぶっちゃけ鋼より硬くなってるんじゃなかろうか。
「今のままでも十分だと思うがのう。それでも気になるなら魔力を使って砥いでいくしかないの」
ソレどうやるのさ。
と思ったが意外と簡単な方法だった。方法は簡単だけど……。
刀身に魔力を込めながら、これまた魔力を込めた小さな神樹の木片を、仕上げ砥で刃を研ぐ要領で時間をかけて根気良くやるしかないってことらしい。
どんだけ時間かかるんだコレ。
訓練や講義の合間、合間に気長にやるしかないな。
それはそうと、魔力使いすぎてオラ、クラクラしてきたぞ。
ラキが帰ってくるまでは魔力回復したいから座学メインがいいな。
あ、鞘作るの忘れてた。