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第七十九話 何事も経験





 元々セヴィは運動神経は良かったらしいが、ここまで突き抜けたものではなかったとシュティーナは語った。

 確かに運動神経とかそういう次元の話で片付けられないくらいの模倣能力。

 さすがに見取り稽古だとしても限度というものがある。

 何かしらそれを可能にした要因があるはず。


「えっと……自分でも覚えていたとは思わなかったんですが何故か……」


 心当たりを聞いて返ってきたのは無自覚だったという答えだった。

 無自覚というのも間違いじゃないがなんか違う気がする。運動神経が良いってのは見たものの再現性がどうのという話を聞いた事はあるが、極まるとこうなるのか?

 見た段階では覚えたとは思っておらず、再現しようとしたら何故か再現出来たというが。

 まるで自動で記録したものを再生したような……あっ。


 もしかして、そういう事か?


「ちなみに見たものそのままを切り取って覚えるとか出来たり、なんて事は?」


「? それはちょっと無理っぽいですけど……」


 オレが両手の人差し指と親指を使って指ファインダーのジェスチャーで視覚映像を切り取るというのを現してみたが、どうもそういった事は出来ないようだ。

 しかし無関係とも思えない。むしろ関係大有りだろう。

 治療後から出来るようになったのなら疑いようがない。

 まあ視力を失っている時に、それを補おうとして脳に何かしらの新たな回路が組み上げられた可能性も否定は出来ないが。

 脳はそういう働きをするというし。

 

 というよりも、それとの合わせ技か?

 オレと同等の組成の眼球と視神経、そして失明時の脳神経の代替回路の生成。

 そのふたつだけではないかも知れないが、能力が発現した理由としては充分にあり得る話だ。

 

 だとしたらオレとは違う方向性の能力だなぁ。

 ちょっと羨ましいぞ。

 オレも似たような事が出来ない事はないが、それは長年の鍛錬のたまものだ。

 経験則からくる能力と言ってもいい。


 しかし思わぬ副産物だ。


「これは色々と短縮出来そうだなあ。なんか楽しくなってきた」


「わっるい顔してるー」


「気のせいだサイールー」


「お料理教室の時と同じ顔に見えたけど? アレみんなちょっと顔が引き攣ってたんだよねえ。まあ私は面白かったからいいけど。それはいいとしてセヴィの武器はどうするの?」


 お料理教室ってアレか。ガルゲンの屋敷に絨毯爆撃したときのヤツか。

 普通は引くと思うぞ。だけどサイールーは楽しめたわけね。

 何の事か他のみんなは分からないからキョトンとしてるけど、今ここで説明するわけにはいかんわな。

 それはそれとしてセヴィの武器はちゃんと用意してある。

 といっても最初は木刀だ。


「今の所は訓練が主体だから木刀だな。取り回しに慣れたら真剣も扱う」


「セヴィはまだ十歳なんですが……」


「え、オレ二歳から真剣持たされたんだけど……」


 シュティーナが今のセヴィの年齢で真剣を持たせるのかと驚きと非難の入り混じった表情で問うが、オレとしてはちょっと遅いくらいだと感じてしまう。どうも一般的ではないらしいな。


「どんな家ですか、戦いに対する意気込みが重過ぎます!」


「えぇー……」


「……とはいえ、お任せしたからにはコレ以上何も申しません。一応の形として私の不安を表明しておきたかっただけですから」


「その心配は必要ないと思うわよー」


「それはどういう事でしょうサイールーさん」


「イズミはねえ、自分の事は頓着しないけど周りに対しては滅法甘いの。過保護よ過保護。その代わり色々と要求水準が高いけどね」


 過保護かね?

 そんな意識はないが、まあ完成する前にぶっ壊されるのは許せん。

 少しの怪我や不調でも完成が遅れるからな。


「何処を完成とするか、その線引きが高いのは理解してる?」


「そうか? リナリーにだってそこまで無茶な要求はしてないだろ」


 テーブルの淵に座ったリナリーの言葉に疑問を呈してみるも微妙な表情をされた。

 コイツ分かってねえなあ的な顔を。


「とまあそんな感じねー」


 サイールーの言葉にシュティーナ、セヴィ、トーリィが「なるほど」と頷いた。

 え、何が?


「良く分からんが、とにかくだ。武器もだけど防具なんかの装備も、そのうちに用意するから。あ、それからシュティーナの魔法補助具も後で見せて貰っていいか?」


「え、ええ。それは構いませんが……」


「また壊れものにしちゃうの?」


 またってなんだよリナリー。

 ん? シュティーナが「壊すのは困るのですが……」って言ってるけど違う意味で捉えたか。


「あ、違う違う。私の言う壊れ物っていうのは性能の事。性能がぶっ壊れてるの。余計な機能を付け過ぎとも言うかな」


「ああそういう……というか魔動製品や魔法具も作るんですか!?」


 あれ、そんなに驚く所か?

 イルサーナとか錬金術士は自分でなんでも造るし、ウルだって多少だが自作してるって話だけど。

 そんな事を考えているのを視線で察したのか苦笑しながらトーリィが口を開く。


「あの人達も割と特殊ですよ? 同世代で学園にも行かずにあれだけの事がやれるというのも結構謎なんです」


「なるほどなー。腕が良いっていうのはその辺からも来てるわけか」


「学園でもそういった魔法具などの講義もありますが本格的に学ぼうとなると、ある種の才能というか適性みたいなものが必要だったりするんです。魔法の素養がある者はそっちを伸ばすのを優先してしまいがちですから余計にですね」


書き手(マーカー)と似たような感じって事か」


「そこまで突き抜けた能力ではないですけどね。イズミさんが魔法と剣術に加えて魔法具関連もというのが異常だと思うのは私も同じですが」


 流れるようにオチが付いたよ。

 なんかよく分からんうちに落とされるとか 落とし穴か何かですかね?






 ~~~~





 ちょっと遅い昼メシだけど、まあ簡単なもので済ませるか。

 さて午後は何を中心に進めようかね。


「……イズミさんは料理もなさるんですね」


 予定をどうしたもんかと調理後の片付けをしながら思案していると。

 シュティーナが目の前の料理を口にしながら目をまん丸にしていた。

 メニューは煮込みハンバーグ。食パンのトーストとサラダ。

 まあ普通。


「趣味だからな。いつでもどこでも美味いものが食える」


「私も最初は驚きました。冒険者の方は携帯食が中心で、せいぜい簡単な煮るか焼くくらいで済ませている場合がほとんどのはずなんですが」


「トーリィの言う通り冒険者は大抵そんな感じニャ。中には食べる事にこだわってる冒険者もいるけどイズミはちょっと色々な意味でレベルが違うニャ」


「見たこともない食材が次々出てくるんですよねー」


「調理法もおかしい。魔法を使いまくってる」


「調理道具を持ち歩けるのが大きいのは分かるけど、その辺の店より凝ったものが出てくるのはこっちの基準がおかしくなっちゃうから嬉しいんだけど困るんだよね」


「料理までこなされちゃったら何をアピールポイントにすればいいんですかね……」


 キアラの言葉にイルサーナ、ウル、カイナが同意しつつ自分の思う所を述べる。

 困ると言われても困る。オレは美味いものを食いたいだけだ。

 それに一人だけ違うものを食べるわけにもいかないだろ? 人としてどうかって話だ。

 それはいいけど、ひとりだけ微妙にポイントがずれてないかジェン。


「驚くほど希少な食材が普通に出てきますからね。男料理だと仰っていましたが味は絶品ですし」


「リア様でも希少だと思うものですか……? 確かにこのパンはふわふわでバターも風味が格別です。何よりこの肉料理」


「ものすごく美味しいですよね! 姉さまも食べた事ないものですか?」


「え、ええ。調理法はともかく、お肉自体がまるで違うというか……」


「お嬢様、それはドルーボアのお肉ですよ」


「ドッ!? ホントに!? ……いえ、でもこの味は確かに昔味わった事があるような気が……」


「これがそうなんですね! あれ、でも最近食べたような……」


「いつ!? 私に隠れていつ食べたのセヴィ!」


「ね、姉さま落ち着いて」


 シュテシーナは食にこだわりがあるのかね?

 顔は笑ってるけど詰め方が結構怖いぞ。

 困った笑顔でセヴィがなだめているとトーリィがクスっと噴き出しつつも助け舟を出した。


「しばらく前にパン色の犬経由でドルーボアが手に入ったのですよお嬢様。セヴィ様の滋養にと御館様が。まあそれもイズミさんが卸しもとだったワケですが」


「……本当に予想がつかない人ですねイズミさんは。まだ何か隠し持ってるのでは……?」


「人聞きが悪いなシュティーナ」


魔法袋マジックポーチに見えるけど魔法箱マジックボックス並みに入る収納袋だからニャー。何が出てきても不思議じゃないニャ。というか本当にその大きさで無限収納エンドレッサーだったのニャ」


「魔力量に依存してるから実際は無限じゃないのに何故か無限収納という」


「「……無限収納エンドレッサー」」


 姉弟が食事を目の前に固まってるけど早く食べないと冷めるぞ。

 うーん。もうこの際バラしてもいいような気がするなぁ。


「ぶっちゃけて言えばオレの自作なんだよコレ」




 …………。


 これはどういう沈黙なんだ。


「……なんとなくそうじゃないかニャーとは思ってたけど、やっぱりそうだったニャ……」


「使用者権限とかも無視してましたしねぇ……」


「譲られたにしては特別仕様過ぎる」


 あー……リナリーもだしサイールーも普通に使ってたからな。何気にラキも鼻突っ込んでたし。

 カイナはあまり魔法具については詳しくないようだが、それでもキアラ、サイールー、ウルの反応で、やっぱり変だったのかとおかしな納得の仕方をしてる。

 それはそれとして、ほとんどバレてたわけね。


「あの……もしかしてみなさんが持っているのは全部イズミさんの自作ですか……?」


 リアがおずおずと尋ねたのはオレとラキ、リナリー、サイールーが持ってるヤツの事だろう。

 

「いや、サイールーが持ってるのは本人の自作だ。それ以外はオレが作った」


 サイールーも割と短時間で作れる。

 オレのように印刷の魔法で一瞬というほど記憶に焼きついていないせいか、実物を見ながらトライアンドエラーらしいが。それでもそれまでの製作時間よりは随分と短縮されているようだ。

 無限収納エンドレッサーに関して言えば必要数が揃っているので、今は内部が繋がったものを作れるかどうかを検証をする程度で、回数をこなす機会がなく腕前が上がってないのが原因とか。それさえも他にやる事があり過ぎて後回しにされているのが現状らしい。


「三つも……あっ、そういう事なんですね!」


 リアもだが他のみんなも気が付いたようだ。


「そう。オレの能力を使えば一瞬で複製出来るからな」


「どういう事ですか……?」


 シュティーナとセヴィにはプリントアウトの魔法の事はまだ話していないので疑問に思うのも当然だ。ジェンも同様にどういう事かと問うような表情。

 その疑問に応えるべく実際に紙に印刷プリントアウトする。

 ラキの笑った顔だ。


「か、かわいい……じゃなくて、これがその能力……?」


 シュティーナは何処までも犬好きだな。

 ラキの写真に釘付けで話が進まないので、リアに見せたファッション誌の紙束も取り出してテーブルに並べる。


「こういう感じで見たものを限りなくそのまま出力する能力なわけだけど……」


「わあ、かわいい服ですね! 何処で見たんですか? あ、これも可愛い!」


 しまった……選択を間違えた。

 いち早くジェンが食いついたが他のみんなも食い入るように見だしてしまった。

 女子にファッション誌はあかん。

 オレの能力云々より服に興味が移っちゃった。まあいいや続けよう、幸いセヴィは聞いてくれているようだし。


「これを応用して空間重複の陣と干渉制御の陣を一気に描くって寸法だな」


「つまり師匠は魔法袋マジックポーチなどの空間干渉系の陣の複製を一瞬で出来るって事ですか……? 空間干渉系の陣は複製が難しいって聞いてますけど……」

 

「道具を介さないってのも大きいかもな。寸分違わず図形の再現が可能だし比率も思いのままに変えられる。我ながら卑怯な能力だとは思うけどなー」


 複製が難しいのには理由がある。

 当然ながら陣の複製だって研究がされている。

 そこで木や金属を使って版画などのように複製をするのだが、魔力を込めながら均一に印刷するという作業自体が困難なのだ。

 簡単に説明すると印鑑がわかり易い。

 考えてもみて欲しい。あの小さな印鑑でも綺麗にかすれずに押すのは結構難しいんだから、それよりも複雑で、しかも魔力なんて要素が絡んできたら余計に簡単にはいかないというのが分かろうというものだ。


 図形や図柄の線の均一化を魔法で補助しようとしても、それが今度は込める魔力のムラの原因になる。そりゃそうだ。その補正度合いの違いで毎回魔力の含浸にも影響が出るんだから。

 結局は手作業による手直しが必要になり、最初から手作業で描くのとそれほど変わらない手間になってしまうという話だ。

 まあ、工房ごとにそういった手間を切り詰める努力はしているはずであろうし、オレが聞いたそのままという事はあるまい。

 それに折角高級品として流通しているものを量産なんかしたら儲けも減るし、下手をすれば社会構造が変わってしまいかねない。

 社会構造なんかを気にしているとは思えないが高級品として売るために生産数を抑えてるってのは考えられるなあ。

 業界で談合とかしてたりして。

 情報の流出とか独立とか、色々としがらみはありそうではある。


「師匠はそこまで考えているから売ったりはしないという事ですか?」


「いんや? そんな事に時間を取られるのが勿体無いと思ってるだけ。確かに流通が壊れそうだからってのも考えなくはない。が、自分が楽しむために作るのはいいけど、売るために生産に時間を割くのはなあってのが本音」


「すごい……世の錬金術士にケンカを売ってますね」


「別にケンカは売ってないだろ。錬金術士は趣味と実益を両立出来そうな数少ない職業なんだからオレとはスタンスが違うって。オレのメインはあくまで武術方面だ」


「片手間にこれだけの物を作られたらケンカしてもボロ負けなんですけどねー」


「そもそも立ってる戦場が違うだろうよ。オレは自分で楽しむため。イルサーナたちは世の中に還元して生活の利便性を図るため。素材や手順なんかを精査したりもオレは苦手だしな。持ってる情報にアドバンテージがあるだけだ」


「まあそうなんですけどね」


「その情報が危なくって公開出来ないのが一番の問題だと思うけどニャ」


「その辺は田舎者のオレには判断つかないなあ」


「イズミンは都合のいい時だけ田舎者になる」


「教えて貰っても変な圧力がある情報なんだよね……イズミンの情報って」


「その辺を信用してるから今回も無限収納エンドレッサーの情報も開示したわけだ。それ以前に見事にバレてたみたいだけど。まあ、あとあとイルサーナにはオレとの取り引きで必要になるかもしれないから渡そうとは思ってたんだわ」


「……大量発注の可能性があるわけですね」


 大量ってわけじゃないけど色々と作りたいものがあるしなあ。デカイ物を作るとなると容量は必要だろう。あとはキャスロの取り引きとか?

 神樹の布製ほど大容量ではないが、そこそこの大きさになるものは渡そうとは思ってる。

 商売の取り引き相手としてイルサーナにだけ渡すのも気が引けるし、いっそ全員に渡すか。

 使用者権限なんかで面倒事を避けるためには譲渡不可設定がいいか? そうなると自分で魔力を込めてもらわなきゃだけど。


「どうせならもうちょっと魔力量が増えてから各自で容量確定の作業って所だな」


「あの、私達も、ですか?」


「ああ。リアは特に必要だろ? 私物の管理を男のオレに任せるのも不安だろうしな」


「えっと……そんな事はないのですが……ありがとうございます」


 戸惑いつつも笑顔で言うリア。

 一応、旅行鞄的なものを用意して、そこにリアの私物はそこに詰め込んであるが、服とか下着とかも入っているし自分で管理できないというのは不便だと思うわけで。

 オレがそう考えているだろうと察しての感謝の言葉だろう。


「まあ当然ながらタダじゃないぞ? それなりの対価はもらう」


「対価、ですか?」


「平たく言うと労働の対価ってとこだ。思い付きに協力してもらう感じだな」


「高価なもの押し付けて脅迫するとか、えげつないわー」


「脅迫とか外聞が悪い事言うなリナリー。実験台と言え」


「より酷い」


 みんな揃って引き攣った笑顔をしてる。

 ただ渡してもいいが妙な引け目を感じてしまうタイプばかりだからな。タダで貰うのを良しとしない相手にはこのくらいでちょうどいいだろう。


「取り引きで思い出したけどな。キャスロの事を相談するならここに居るときに済ませておくのも手だぞ」


「どういう事ニャ……?」


「レノス商会の会頭のカイウスさんな。実はアラズナン辺境伯だったんだよ」






 ~~~~






 まあそんな顔になるよなぁ。『……はい?』ってハモった気持ちも分からなくはない。


「だからな。キャスロの相談だったらここで安心して出来るぞって話。なんせこの辺りの最高権力者だからな。全体的な視点で的確な判断が出来る一番の適任者だ」


「確かにそうだけれどッ!! いきなり辺境伯……!? えぇ……」


「先代もレノスの会頭と兼任だったらしいぞ。地方領だと領主一族が商会を持ってるなんてそう珍しくもないって聞いたけどな。まあちょっとフットワークが軽すぎるかもとは思うが」


 対外的な事の最初の窓口になる事が多いせいか、オレの言葉にまず反応したのはカイナだった。

 カイウスさんの正体を聞いて、やはりみんな驚いている。

 騎士団に所属でもしてない限り辺境伯の顔など直接見る機会などないだろうし、下手をすれば大店の商会の会頭の顔すらあやふやだろう。実際キアラもカイウスさんの顔は見た事あるかなあ? 程度だった。

 オレだってテレビやネットがなければ市長や県知事の顔なんて確実に覚える事なんてないだろうしな。まあ覚えてないんだけど。


 つまりは一般人の貴族に対する認識なんてそんなもんだ。

 なんて考察をしているとシュティーナが疑問符を浮かべた表情を見せる。

 

「あの、キャスロとはいったい……?」


「ん? トーリィから聞いてないか? ああ……聞いてないのか」


「事前に情報を与えるなとの事でしたので。とはいえ今回に関しては報告書を提出したのが昨晩でしたからキャスロについては御館様もほぼご同様のお立場ですよ」


 その報告の内容について姉弟にトーリィが説明を続ける。

 キャスロがどういったものなのかを分かり易く、また女性特有の症状改善の部分はややぼかしつつではあるが。


「携行型の完全食ですか……? またなんとも……学園どころか、この国の誰も知らないような情報を」


「過去の文献漁れば出てくると思うけどな。再現可能なほど詳細なレシピが残ってるかどうかが問題なだけで。オレだって再現するのにとんでもなく苦労したし」


「尊い自己犠牲のたまものだもんね」


「「「「プッ!」」」」


 はいそこ! 思い出し笑いしない。

 リナリーも自分で言っといて吹き出すなよ。

 何の事か分からない姉弟ふたりは、きょとんとしてるが説明はしないぞ。

 聞きたければ後でトーリィにでも聞いてくれ。

 ジェンは……既にキアラがバラしたようだ。顔を逸らして肩が震えてるわ。


 そんな感じでやや脱線したが。

 姉弟のふたりは夕食の時間までイメージで炎と氷の球体を具現化させるのをとにかく反復。

 短時間だがミニゴーレムの操作にも挑戦してもらった。まだふたりの専用品を完成させていないので汎用品を使ってではあるが。

 だいぶ端折ったような気がしないでもないが、人数が増えた分かなり忙しない感じだったのは否めないかなあと。


 そして夕食後はシュティーナとセヴィは屋敷でお勉強タイムなのでここにはいない。

 その夕食もトーリィとともに屋敷に戻ってという形だった。カイウスさんに今日何があったのか報告も兼ねているんだろう。


「ジェンも今日は終わりにするか? 夜遅くなっても送っていくから何時まででも問題はないといえばないけど、どうする? 明日仕事だろ」


「ちなみに白のトクサルテのみなさんはどうするんですか?」


「あたしたちはここに泊まっていくのニャ。で、明日の朝ギルドに顔を出して依頼を物色してくるニャ」


「わ、私も泊まります!」


「いいのかニャ? ここに泊まってもイズミと一緒には寝れないニャ」


「か、構わないですよ? 同じ場所の空気を吸ってるというのが大事なんです。これ以上差をつけられては悔しいですから」


「仕事は平気なのニャ?」


「明日の朝は早めに起きてここからギルドに出勤しますから大丈夫です。な、なんです? 意味ありげな笑顔で」


「ホントにいいのニャ? 夜遅くなってから送ってもらえば二人きりになるチャンスが」


「しまったあぁぁあッ!?」


 何がしまったあぁあッ!? なんだよ。

 その場合、周囲の警戒のためにもラキが同行するんだが?

 それは言わなくてもいいか。


 夕食後トーリィだけこちらに合流してからは森の中の鍛錬場の時と似たような感じで就寝までの時間が過ぎた。

 その間にオレは新規の三人のためにミニゴーレムを完成させ、ジェンから「すごく艶かしい出来ですね……」と照れたような表情でお褒めの言葉? を頂いた。


「うわっ、すごい! 花が光ってる。――え、これって……建物の大きさに対して明らかに部屋の広さが……」


 就寝前にコテージの中を覗いたジェンが呆然と呟いた一言。

 天井はそれまでの高さとほとんど変わらないが二十畳ほどにまで拡張された空間。グレードアップを続けて、やっとこの広さまで成長したのだ。

 その間仕切りで区切られた部屋の中をジェンがキョロキョロと見回して。


「で、イズミさんは何処で寝るんですか?」


「オレはラキと一緒に外だよ。キアラが言ったろ」


「チッ」


 舌打ち!?


「既成事実で立場を固めようと思ったのに」


「何言ってんのッ!? 年頃の娘が言う事じゃねえだろ!?」


「…………冗談ですよ?」


 一点の曇りもない笑顔で言い切ったが、その間はなんだ。

 大体、こんな音が筒抜けの所で何をしようってんだ。それに間仕切りをちょっと動かせば丸見えなんだぞ。

 もしかしてジェンはそういうプレイがお好み?

 それはそれで興奮……いやいやいや。


「簡易出会い茶屋だとこれより筒抜けという話」


「どこからそういう情報を仕入れてくるんだウルは……」


「内緒」


 こっちの風俗なんて全く知らんが、これはあれか。

 桃色なサロン的な店があるのか。そうであれば確かに筒抜けだが……。


「目的のためなら露出も已む無しです!」


「いろいろ犠牲にし過ぎじゃねえかなあ!?」


 これはオレの体質が影響してんのか? してると言ってくれ。

 こっちの女の子の倫理観が分からん!






 ~~~~





 翌朝、何かとバタバタしていたようだが出勤組みは割と余裕をもってギルドに向かっていった。

 ジェンを一人で歩かせないために白のトクサルテのみんながジェンの出発に合わせたらしい。

 ギルドの職員と冒険者という間柄ではあるが、同世代という事もありなんだかんだで仲はいいようだ。昨日の夜もみんなで一緒に風呂に入ってハシャいでいたしな。


『湯船に浸かるって気持ちいいんですねー……。イズミさんも一緒だったらもっと気持ち良かったんでしょうねえ』


 それは……精神的な意味か? それとも物理的に気持ち良いという意味か?

 どっちにしてもリアが反応に困ってるからやめなさい。


『イズミの裸を見たらそれじゃ済まないからかなり危険だニャー』


 キアラのその言葉にどういう事かと説明を求め、聞き終えた時のジェンの目が爛々としていたのがちょっと意味がわからなかった。

 そういった魔法効果は非常に珍しいから、ちょっと体験してみたいと思ったそうだが。

 

『完成度の高い身体が見たいとか、そ、そういう事はないですよ?』


 答え言ってんじゃん。

 ウルあたりがおかしな事を吹き込んだな?


 そんなちょっと思い出しただけで疲れるような遣り取りがあったのが三日前。

 今日は練兵場の貸切の日。

 朝一で全員で練兵場に来ている。


 あ、ちなみにシュティーナとセヴィは露天風呂の事を後で聞いたらしく。


『私も一緒に入りたいです。同じ教えを受ける身として同様の経験が良い刺激になるはずです。セヴィもそう思うでしょ?』


『え、僕は……ええぇぇーー!?』


 と引き摺られていった。

 のぼせたのかまたは別の理由か、顔を真っ赤にして一足先に風呂から戻ってきたセヴィに感想を聞くと。


『い、色々すごかったです……』


 そうかあ、すごかったかあ。

 ちょっと羨ましいなあ。

 この反応からすると大体そっち方面の事も理解してそうだが、それが分かった上でなお甘やかしたいという気持ちになるんだろうな。綺麗な顔立ちってのは小さい頃から得をするのが良く分かった。


 それはさておき。

 練兵場に着いて、さあ始めようかとなった時。

 狙ったかのように現れた人物がいた。


「よお。今日ここで秘密の訓練をやるって聞いてな。ついでだからジェンも連れてきたぞ」


 ログアットさん?

 完全武装じゃないですかー。



 どういう事?



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