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第七十七話 リハビリのためには



 外に出て景色を見たい。

 セヴィーラくんはそう願い出たが、窓から景色を眺めるだけにしておきなさいとシュティーナさんが優しい声で諭した。


『体調が本調子ではないのだからあと一日は様子を見ましょう。その代わりというわけではないですが、それまでは本でも読みましょうか。いてもたってもいられないのでしょう?』


『いいんですか!?』


『ええ、かまいませんよ。本当は安静にしていたほうが身体の回復にはいいのでしょうけど、セヴィの気持ちを考えたらこれくらいは、ね?』


 自分の目で何かを見て、何かを感じる。

 その当たり前の事が出来なかった。それを思うとダメとはとても言えないのだろう。

 シュティーナさんにしてみればもっと甘やかしたい、と顔にそう書かれている。


『そんなに心配する事はないと思いますよ。多分そんなに長い時間は起きていられないと思うんで』


『あの、そうはどういう……?』


 姉弟が揃って疑問の表情をオレに向けた。そしてこの場にいるオレと治療の補佐の三人以外は全員同じ疑問を持ったようだ。


『ガルタさんとログアットさんが治療後に猛烈に眠くなったようなんですよね。おそらく身体の魔力がいつもと違う動きをしたせいではないかと。だからそれまでは存分に外の景色を見たり本を読んだりすればいいんじゃないでしょうか。自然と眠くなりますよ』


 ガルタさんなんかは「なんだこりゃあ……尋常じゃない眠気だぞ……?」と物凄く人相が悪くなっていた。

 推測だが、身体の再構築に魔力とは別に本人のエネルギーもかなり消費したんだろう。

 その分をとりもどすように身体が睡眠で回復を図ろうとしたのではないか。

 そりゃそうだ。細胞はオレが作り出したわけじゃないからな。

 

『ですって、セヴィ』


『じゃあ、それまではいっぱい見ます!』


『ふふっ、そうね』


 そしてシュティーナさんは部屋に残り、セヴィーラくんにしばらく付き添った。

 急いで用意された本を並べどれから読もうか迷っている彼を、皆が微笑ましく見つめ部屋を後にした。


 部屋を出る際に。


『あ、あの! ありがとうございました!』


 小さな頃に読んでいたのであろうか。絵本を膝に、目に涙を溜めたセヴィーラくんが大きな声で礼の言葉を口にしたのだった。






 ~~~~






「ありがとう、イズミくん。改めて礼を言わせてもらうよ」


 談話室に戻り、タットナーさんが用意してくれたお茶を飲んでいると。

 少し遅れて部屋に入ってきたカイウスさんがそう礼を述べた。


「出来る事があって良かったですよ」


「フッ、君以外の何人にも出来はしないだろうがね。君には返しきれない恩が更に出来てしまったようだ。何かで報いたいが……」


「御館様。ライブワイアの譲渡は当然として、その他にも色々と報酬を上乗せしてはいかがでしょう。私としても最大限に報いたいと存じます。イズミ殿にはそれだけの事をして頂きました」


「そうだな……私に出来る事なら――」


「ああ、いやいや。そこまで気を遣って頂かなくても大丈夫ですから。結果的にですけど、今回の事はオレにもかなりメリットがあったので」


「そうだ、その事が気になっていた。治療後の君を見ればメリットというには、あまりに酷い状態だったと思うんだが……。あれはイズミくんにとって危険な魔法だったのではないのかい?」


「確かに今回はちょっと想定外ではありましたね」


「差し支えなければ教えて欲しい。そもそもアレはどういった魔法なんだい?」


 その質問にオレがどう説明しようか僅かに逡巡していると、談話室の扉が開きシュティーナさんが現れた。


「お父様。セヴィが先程休みました」


「そうか」


「とても嬉しそうな寝顔でした」


 とても柔らかな笑顔でシュティーナさんがセヴィーラくんの様子を語った。

 シュティーナさんを通してその寝顔が目に浮かぶようだな。

 神域組のオレ達はシュティーナさんのその様子に思わずほっこりしてウンウンと頷いてしまった。


「あんな寝顔はもう見れないと思ってました……イズミさん、本当にありがとうございました。このご恩をどうやってお返ししたらいいか分からないくらいです」


「ああ、いやー……」


 ここまで恐縮されるとどう切り替えしていいものやら。


「ちょうどその話をしていたところだよ」


 そのカイウスさんの言葉に、そうなんですか? とこちらに尋ねるような表情を見せるシュティーナさん。

 それにオレは頷き「どういった魔法か、でしたよね」と説明を再開する事にした。


「あれは正確に言えば治療魔法ではないんです。資材や素体を使って情報をもとに構築、または再構築。要は治すというより作る、といったものなんですよ」


「土属性で似たものがあるのは知っている……しかし、そんな事が人体に可能なのかい?」


「オレ自身、全てを把握してるわけではないので断言は出来ませんが――」


 前提条件としてオレの記憶能力と完全無詠唱が必要な事。

 そして魔力を自在に扱える事が必須なのではないかという推論を述べた。

 簡単な例として石を使って実演してみた。特徴的な形の石を選んでの実演だったので概要は概ね理解してくれたようだ。


「そこまではなんとか理解出来る。およそ常人には不可能だという意味でだが。しかしあの尋常ではない魔力量と君が血だらけになった理由が分からない」


「そうです! あの異常な魔力の集中のあとにあんな姿を見せられたら……」


 リアにしてみれば、かなりショッキングな光景だったんだろうなあ。

 思い出してでもいるのか、また目が潤んでる。


「あー……んん……すまんなリア。心配かけたみたいで」


「……はい、心臓が止まるかと思いました……」


「それは困るな。そうなったらオレが全力で治――うっ、悪かったよリア。そう怒るなって」


 涙目でむう、と唸ったリアに睨まれてしまった。

 今回と同じように治すとなれば、また血だらけになると考えているらしく、それは断じて承服出来ないと。


「そ、それはともかく。あれにも理由があるんですよ」


 リアの可愛らしいふくれっ面に苦笑しながらカイウスさんに向き直る。


「……それは?」


「細かい作業をすると酷く集中力が必要で疲れますよね? あれと同じです。魔力を操作して微細な組織をどうにかしようとすると膨大な量の魔力が必要になります。髪の毛の太さの千分の一ほどの単位のものをどうにかする、と考えてもらえれば想像し易いかもしれません。そして比例して無意識領域での演算にも多大な負荷がかかる。あの出血は極度の集中によって起こる、その反動によるものなんですよ」


「そこまで微細な世界なんて、もはや異次元ですね……」


 シュティーナさんの驚嘆の言葉に皆が頷く。


「ただ今回は本当に想定外でした。目の裏側に毒、のようなものが残ってたんですよ。それが再構築の邪魔をしたせいで負荷が増大しました。まあその時点では自分がどうなってるかなんて気付いてなかったんですけどね」


 夢中だったからか痛みをあまり感じてなかったからな。


「あまりに衝撃的過ぎて我々には手の出しようが無かったからね。君が無事で何よりだったが……毒が残っていたのか……」


「ええ。遅効性というか継続型というか。とにかく治癒だけでなく身体の組織の変容を許さないようなものでした。目に見えない塵よりもさらに小さいものでしたが眼球の機能にとっては致命的だったようです。個人的な印象ですが、まるで呪いのように感じました」


「呪い……」


 険しい表情のカイウスさんの呟き。タットナーさんとシュティーナさんも同じく眉を寄せ厳しい表情だ。

 呪いと聞いて再発を懸念しているのかな。


「ですが今後同じような症状になる事はないでしょう。セヴィーラくんの身体が魔力的に免疫を獲得しているはずなので仮に同じ毒に犯されても軽い症状で済むはずです」


 外部からの演算領域への干渉もあったので、その影響で次回以降は身体が適切に対処出来るようになる。

 昔はそうやって対処していたとか。ただし発症してからでないと無理なのだが。個々人で演算方法も微妙に違うのでワクチンのように事前に予防するといった事は出来なかったようだ。


「あ、ああ……それは安心だ」


 あれ? なんか生返事。再発を気にしていたわけじゃないのかな。


「それにしても……フッ。今にして思えば私が方々を飛び回っていたのも無駄ではなかったという事だな」


「ほっほ。左様ですな。治療法を求めて時間が許す限り様々な場所へ出向きましたが、最高の治癒術士を見つける事が出来ましたからな」


「私は学園に居たせいで、あまり役に立てなかったのが歯痒いです」


「そんな事はない。今回のイズミくんとの出会いも、お前の情報をもとにシスティナが調べ、そして私が動いたのだ」


 シュティーナさんが自虐めいた笑みでそう言うとカイウスさんが優しく否定した。


「あ、そういえばお父様。そのお母様に早くお知らせしないと」


「ああ、それは既に手配したよ。急ぎの使いを出した」


 なるほど。それでちょっと遅れて戻ってきたのね。

 奥さんはシスティナさんというらしいが二人の母親という事は相当綺麗な人なんだろうな。


「私の妻は社交で忙しくしていてね。ここにはいないんだよ。王都や時には他の貴族領の茶会に出席して治療法の情報も集めてくれていたんだ」


 ほうほう。そういうことね。

 本当に家族一丸となってセヴィーラくんのために行動していたんだな。


「しかし気になるのは、セヴィーラが言っていた『見え過ぎる』ということだが。それについては?」


 オレもそんな事言われるとは思ってなかったんだけど、どうも前より見えるみたいなんだよな。

 という事で推測になるが説明する事に。

 最初は家族の目をベースにしようかと思ったが、一番良く分かっているオレ自身の目をベースにした事で基の視力と差異が生じたのではないかと。


「イズミの目って大鷹と同じくらいだって言ってたよね」


 リナリーが頭の上で何気なく言ったのは、イグニスが判定した時の事だ。

 それに多少戸惑いながらカイウスさんが言う。

 

「……それは。それが本当なら見え過ぎると言ったのも頷ける……」


 大鷹は目が良いって事を良く知られているとイグニスは言っていたが本当のようだ。

 身体だけで三メートル以上のでかい鷹が、見えないほど遠くから狙ってくるとかかなり怖いけど。


「……しかし、フフ……見えない事に比べたら贅沢過ぎる不満だな。セヴィーラが慣れれば問題ないだろう。まさか違和感が続くという事は……?」


「大丈夫だと思いますよ。人間は慣れる生き物だって言いますしね」


 オレはその状態で何の違和感もなく生きているわけですが。


「はは、確かにそうだ。だが、そうなると……ううむ……」


 何かを考え込むように腕を組み、唸るカイウスさん。

 タットナーさんも眉をピクリと動かし何かに気付いたようだ。


「あの、何か重大な問題が?」


「ああいや、問題というわけじゃないよ。ただ、学園に戻る次期をどうしたものかとね……」


「そうでしたっ! セヴィの目が治った事が嬉しくてその事を忘れていました。どうしますか? お父様」


 聞けばセヴィーラくんは臥せる以前は学園に通っていたという。

 日本でいう所の小学校のようなものらしいが、全寮制の初等科に居たそうだ。

 貴族の子弟はほぼ例外なく通うようで、中には庶民の子もいるとか。大体は裕福な大店の商人の子供だったりするようだが。

 初等科を修了すると一旦学園を離れ、次の高等科の入学までは自領で過ごす。

 この間に自領の事を学んだり手伝いをしたりと様々だが、成人となった翌年の再入学まで実家で教育を受ける事になる。

 中学生の年齢で領地経営の勉強もするのかと、やや気の毒な感じもしたが、この時期に親元へ戻されるのは別の理由もあるようだ。

 ちょうど思春期になる年齢で主に男女間の問題を避けるため、というのも大きいらしい。

 

 言われてみれば理に適っているかもしれない。

 親の目が届かないとなれば無茶をするヤツは必ず出てくる。ヤリたい盛りの子供の行動なんて読めないからな。この世界の貴族の常識がどんなものかは分からないが教師だけでは全てに対応しきれないのだろう。

 そのために一旦、親元に戻し落ち着かせるという意味合いもあると。

 盛りの付いた犬猫じゃないんだから水をぶっかけて引き離すような、とも思わなくもないが、実際そういう問題があったためにそういう制度になったというのだから日本の常識で判断はできない事なんだろう。


 それとは別にごく稀に、そのまま領地を継ぐという事もあるという。

 やむにやまれぬ事情で学園への再入学をせず成人と同時に領主に、というケース。

 高等科の、学業とは別に人脈形成という場を生かせないというのは地味に痛いらしい。


 そんな学園に通っていたセヴィーラくんの復学させる時期を決めかねているようだ。

 十歳という年齢なら、あと二年は初等科に通う期間が残っている。

 しかし二年臥せっていた事で学業も遅れているし、実技である剣術と魔法が更に遅れている。

 いきなり復学させても本人が辛い思いをするのではないか。

 それならば高等科まで待ってそれまでに遅れを取り戻したほうが良いのではないかと。


「あの、部外者が口を出すような事じゃないかもしれないんですが」


「いや、君は既に部外者じゃないよ。何しろその学園に再び通えるようにしてくれた本人だからね」


 まあそうか。あのままだったら確実に復学なんて出来なかっただろうし。


「まずは本人に聞いてみては? 子供の時の二年間は大きいですよ? それに彼の心の強さなら多少の事なら跳ね返すと思うんですが」


「それを失念していた。本人の意思確認次第か……。君の評価は親として正直に嬉しいが本当に大丈夫だと思うかい?」


「親としてはどうです? 周りに心配をかけまいとする意思の強さは尋常じゃないと思いますが」


「む……そう言われればその通りだね。心配し過ぎるのもセヴィーラに失礼というものか。しかしそうなると最短で休暇明けという事になるのか?」


「お父様。ではそれまでは私がセヴィの勉強を見ます。いいですよねっ!?」


「あ、ああ、もちろん構わない。しかしこれまでの反動とばかりにおかしな方向で甘やかさないようにな」


「承知しています。あっ……ですが私は剣術のほうはあまり……」


「それでしたら御館様、お嬢様。良い教師がいるではありませんか」


 あ、あー……。

 みんなオレを見てるねえ。


「トーリィの修行結果と死の牙の討伐という実績はこれ以上ないものだと思いますが」


「そうだ、詳しい報告はまだだったが相当な仕上がりと聞いたが」


「強化のみに限定したものですが、うちの騎士団長とほぼ互角でしたぞ。魔法も使った何でもありのルールならおそらく負けていたと団長が申しておりました」


「えっ、トーリィが騎士団長と……?」


「そこまでか……。この短期間で君はいったい何をしたんだ……?」


 タットナーさんの語ったものは練兵場での模擬戦の結果だろう。

 それを聞いてシュティーナさんとカイウスさんが目を見張りつつオレを凝視している。


「あーいや……これといって特別な事は……」


「休暇明けまで二ヶ月弱という事を考慮しても、これほど適した人材はいないのではないでしょうか」


「タットナーの言うとおりだ。しかしこれ以上イズミくんに色々と頼むのは心苦しいが……」


「カイウスさん。オレは冒険者ですよ」


 依頼として扱えばいいのだ。

 どうもカイウスさんは貴族として強権を振るうのを良しとしないように思える。ならばビジネスライクにしてしまえば気を遣わなくて済むのではないか。


「報酬次第、というわけか。ハハハッ! なるほど! もちろんタダでとは言うつもりはさらさらなかったが気を遣わせてしまったようだね」


 というわけで本当に指南役として雇われる事になったらしい。

 貴族の懐に潜り込むために案としてはあったが、まさか現実になるとはねえ。






 ~~~~





 長期休暇中にセヴィーラくんのリハビリと学業の遅れを取り戻すための教師役を仰せつかった。

 九月から新学年になるらしいが、進級前に長期の休暇があるのだ。

 季節的にはちょうど夏休みといった感じだろうか。

 九月から進級というのは日本人としては多少の違和感が拭えないが、外国だからな。……いや異世界か。


 それはともかく。オレとしてはセヴィーラくんの経過観察のためには渡りに船だった。

 急に視力が回復した事で何か支障がないか、そういった不安が多少はあったのでちょうどよかったのだ。

 まあ強いて不安があるとすれば……。


「シュティーナ。お前もイズミくんの稽古を体験してみなさい。トーリィ曰く学園の授業とは次元が違うらしい」


「いいのですか、お父様? 正直イズミさんには興味が尽きないので、聞きたい事だらけです」


 とシュティーナさんも一緒に指南する事になったくらいか。

 高位貴族の娘さんの扱いなんか分からんけどどうしよう。

 等と若干戸惑っているとカイウスさんが。


「トーリィも貴族の娘だよ。うちの家臣家のね。あまり肩肘張らずに同じように接してくれて構わないよ。指南役とはそういうものだしね。それにイツィーリア様と普通に接する君には今更だろう?」


 確かに今更だった。指摘されて気付いたのは、高位貴族の娘だからではなく知り合いの娘さんだったからちょっと気を使うなあというものだったが。


 あと何故トーリィが学園の授業内容を知っていたかだが。

 トーリィも学園に通っていたからというのが理由。

 知り合った時にカイウスさんと一緒にいたのは、その時にタットナーさん以外の護衛がどうしても必要と判断したからだ。

 レノス商会として動く場合は基本的に騎士団を動かす訳にはいかない。

 というよりも極秘に情報や薬を集めるためにレノス商会として動いていたのだから、一部の関係者だけで動くしかなかったというわけだ。

 本来トーリィはシュティーナさんの護衛官として学園にも在籍していたが、ここ二年ほどは行ったり来たりだったらしい。それでカイナたちもトーリィの事を少しは知っていたと。


 そういった事情のトーリイだったが休み明けからは護衛として学園に戻れるというわけだ。


「トーリイ共々よろしくお願いしますね。先生」


「あー、はい。了解です」


 笑顔でそう言われては何も言えなくなってしまう。


「ああ、そうだ。イツィーリア様とも話し合った結果。新学年になるまで、うちに滞在していただく事になったよ。どうしても君との修行を続けたいという事でね」


「えっ、いいんですか? 安否確認の連絡なんかは……」


「それも至急手配した。極秘にだがイツィーリア様の兄上だけにね。他の者には無事を知らせないほうがいいという事になったんだ。下手に無事と公表しては狙われる危険性がある。そうでなくても何処から情報が漏れるか分からないからね。とはいえイツィーリア様が学園に戻るまでだがね」


 まあ学園に通うようになれば嫌でもバレるか。

 あれ? でもリアは学園には通っていないと言っていたような……。

 魔法が使えないのでは難しいと。


「他の皆さんのように授業に出ても問題がなくなったので、やはり学園に通いたいなと。私の年齢だと王都付近の者しか学園には在籍していませんが、それでもそういったものには憧れがあるわけでして……」


 ラキを撫でながら少し気恥ずかしそうに呟いたリアだったが、なるほど。

 皆と同じ時間を過ごすというのは時に得がたい経験にもなるから、とそういう事か。

 要は青春を体験してみたいといった所だろう。

 今まではその同じ経験が出来なかった訳だからそう思うのも不思議じゃない。

 新学期までにリアを狙うヤツらをなんとかする手立てを思いついたのか、それとも兄上とやらがなんとかしてくれるのか。そのどちらでもなく危険を承知で学園に通う事にしたのか。

 そのどれだったとしても、危ないから問題が解決するまでは学園には通うなとはちょっと言えないよな……。


「そういう事なら何があっても自分の身が守れるようにならないとな」


「はい!」


 リアの持つ能力が目的なら命を奪われるような事はほぼないだろう。だが命が無事な事と身体が無事な事は別だ。命さえ無事なら手足が無くてもいいと考える輩だっていないとは限らない。

 やや物騒な思考に陥っていると何かに気付いたようなリナリーが口を開いた。

 

「ねえ、みんなの修行はいいの?」


「そういえば……まずいな……。キアラたちの修行も途中だったしジェンの訓練にも付き合わなきゃいけなかった。みんなには休み明けまで待ってもらうか……」


「その事なんだが。全員まとめて、というのは無理なのかい?」


「いいんですか? キアラ達は普通の冒険者ですよ?」


 ただの冒険者を招き入れていいものなんだろうか。

 それを言ったらオレもその冒険者なんだけど。


「今のトーリィと互角の者達を普通と言っていいのか疑問だが……。同年代でそれほどの技量の者たちと接する機会はシュティーナには無かったのでね。ちょうどいいと思っているのは確かだよ」


「そうですね。在学年齢でうちの騎士団長と同等などというのはまず在り得ませんからね。うちの学園の者など、大した力量も実績もないのに勘違いしている輩がとても目立ちますよ。まったく……死ねばいいのに……コホンッ! とにかくとても興味がありますしトーリィと馬が合ったのなら良い方達なのは確かでしょう」


 途中、サラっと毒が混じってたけど……。

 学園で何があったんだ。


「イズミさんの修行を受けるとその辺の強さの感覚が狂いますけどね」


 リア。余計な事を言っちゃいかん。

 というかリアもそう思ってたんだ。






 ~~~~





 色々と今後の予定を詰めていく話し合いを進めた結果。

 みんなの修行場所は、主にこの屋敷の庭と第二練兵場を週に三日借り切って行う事になった。

 最初は騎士団の訓練に混ざってもいいかくらいに考えていたが。


『あまり大勢の前で披露するのは問題があるような気が……』


 とリアに窘められたからだ。


『……そんなに特殊な事をしていたのかい……?』


 とカイウスさんに聞かれたがオレとしては特殊だとは考えてなかったので「そうなの?」とリアに目で問うとコクリと頷いていた。

 そんな遣り取りがあってアラズナン家の指南役として着任する時期が決まった。

 セヴィーラくんの体調次第だが、来週までには準備は整うだろうと。


 こちらの準備はそれほど大した事があるわけじゃないので、いつでも平気だ。

 ただ滞在中は屋敷の部屋を使うのではなく庭の一角を借りる事にした。

 

「トーリィが言っていたコテージですな?」


「なるほど。庭にコテージを置くのは問題ないよ。しかし本当にいいのかい? 部屋はいくらでも使ってくれて構わないし身の回りの事もうちのメイドに任せて欲しいくらいなのだが」


「それが問題なんですよねー……」


「「?」」


 下手に裸を見られるわけにはいかないんだよなあ。

 いくら気を付けていても接する人数が増えるとそれだけで見られる確率が増してしまうのは否定出来ない。

 という事をその理由と共に正直に打ち明ける事にした。


「それはまた難儀な体質ですな……」


「そういう事なら仕方ない、が……何から何まで規格に収まらないね君は……」


 タットナーさんとカイウスさんの苦笑気味の反応とは別に、シュティーナさんはやや顔を赤らめ目を丸くしていた。


「まああとは、夜中まで割と魔力を頻繁に使う事が多いので迷惑をかけない様にというのも理由の一つですかね」


「何をしているのか非常に気になる所ではあるが……とにかく了解した」


 やや顔を引き攣らせつつではあったが、カイウスさんは笑顔で了承してくれた。

 粗方の予定が決まったなら一旦、宿に戻ろうかね。






 ~~~~





「残ってても良かったんだぞ? リア」


「パン色の犬でご一緒なのはご迷惑ですか……?」


 アラズナン家に残るかと思っていたリアだったが、一緒に宿まで戻る事になった。

 結構いい部屋を使わせてもらっていたって聞いたから、宿よりいいんじゃないかとオレなんかは考えてしまうが。


「迷惑なんて事はない。でもメイドさんがいるから生活としてはずっと快適なはずだろ? 館にいるほうがいいかと思ったんだよ」


「えっと……その、魔法陣の勉強が途中でしたので……」


 俯き加減で上目遣いのリア。

 ちょっとだけ頬に赤みが差しているのはあれか。

 知らない人間の多い場所で一日過ごして、ちょっとホームシックみたいになったのが気恥ずかしいからかな?

 多少なりとも知ってる人間と一緒にいたほうが気は楽って事か。

 それにオレがいないと魔法の事で知りたい事があっても聞けないから、残って一人でお勉強ってわけにもいかないか。


「そうだなあ。アラズナン家でただ待つのも勿体無いしな。いろいろ勉強するか」


「はいっ!」


 パッと花が咲いたような笑顔のリア。

 するとリナリーがフードの中から小声で呟いた。


(わざと気付かないフリしてるの?)


(……何がだよ)


(その反応は分かってて対処に困ってるわけね)


(一時的なものだろ……きっと)


 一日離れて余計にオレと離れ難くなった、という可能性を考えなかったわけじゃない。

 しかしリナリーは何やら確信を持っているような言い回しだ。

 そうであったとしても……まあこんなのは風邪みたいなもんだ。そのうち落ち着くはず。


(だといいけど。女の子泣かすのは男の甲斐性とか言い出したら引っ叩くけどね)


 言わねえよ……。

 それはともかく。

 一応、報告だけは白のトクサルテのみんなにしなきゃな。

 あとジェンにも。

 鍛錬場で修行が出来るぞって。






 ~~~~





『はあッ!? ななな、何、どういう事?』


 共鳴晶石ユニゾン・クォーツの向こうから慌てたような声が。

 聞いてなかったのか? カイナ。

 家庭教師として雇われたから、そこで続きをやるって言ってるんだよ。


『聞いてたけど! なんで辺境伯のお屋敷に私達がっ!? 続きって何ッ!?』


『イズミン。いろいろ端折り過ぎ』


「あー、あとでゆっくり説明するわ、ウル。取り敢えずギルドでジェンにも色々報告しなきゃならん。あ、ジェンも修行に合流するからな」


 短期集中講座になるけど。


『ギルドの業務と関係ない所でジェンも巻き込まれてますねえ……』


 イルサーナの言う通り、こっちで勝手に決めた感が強いのは認める。

 しかし、みんなにとっても悪い話じゃない。キャスロの相談がスムーズにいくはず。

 そうだ、カイウスさんの正体を言ってなかった。どうせ後で知るからいいか。


 そしてその後、ギルドで報告ついでにジェンにも修行の事を伝えた。


「何の報告ですかっ!? 治療結果の報告じゃなかったんですかッ!? いきなり辺境伯のお屋敷で私も稽古とか、どういう事ですか!?」


 順番が逆だった。

 それにしても白のトクサルテのみんなと似たような反応だなあ。

 ちゃんと説明するから。


 しかし、なんだ。

 なんだか賑やかになってきたな。





ブクマ、評価、感謝です!(´∀`)

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