第七十六話 再構築
今回もちょっと長め(´・ω・`)
昼過ぎの冒険者ギルド。
オレは今解体所に来ている。何故ここに来ているのか。
理由はアラズナン家での一連の出来事による。
『カイウスさん。一日ください』
『……いきなりだが、どういう事だい?』
『セヴィーラくんの目を治します』
『『『ッ!!』』』
カイウスさん、シュティーナさん、タットナーさんが揃って絶句した。
この反応からするとこの二年、可能な限り手を尽くしたのだろう。
それでも現状、セヴィーラくんの目は見えないままだ。
『可能、なのかい……?』
『……確約は出来ません。オレもそういう能力があるというのを知っているに過ぎませんから』
イグニスの再生能力。
修行中に、丸ごと復元してやるから死んでも大丈夫だぞと脅されたせいで忘れようがない。
ただし人間のオレには丸ごとなんて不可能だ。
演算能力がまるっきり追いついていない。
しかし逆を言えば、丸ごとじゃなければ人間のオレでも可能なのではないか。
そう考えたのだ。
そして出来る事があるのなら迷うよりまず動け、と。
リナリーたちは基本的に人間というものを好ましく思っている。そして小さな子が苦しんでいるのが耐えられないらしい。本能的に感情を察知する能力故に、理性がまだ完全には備わっていない子供の感情に酷く敏感なのだと。
二人に懇願されたというのも理由のひとつだが、オレもあのままにはしておけないと思った。
『……それでも構わない……私達も手は尽くしたが結果はこの通り……事故以来、家族全員で情報や薬の類を集めてみたが全て徒労に終わった……だが可能性があるのなら諦めたくない』
『結果がどうなるか分かりませんよ? それでも?』
『……構わない。全てイズミくんにお願いする』
『分かりました。そのためにはまずやることがありますので』
『それで一日くれというわけか……了解した。二年待ったのだ。一日や二日など無いに等しい時間だよ』
オレは頷いて了承の意を示した。
あとはもうひとつ。
『リア』
『はい』
『オレは急いでやらなきゃならん事が出来た。でだ。その時間を利用してカイウスさんに事情説明も兼ねて今後の方針を話し合うのがいいと思うんだが』
『そう、ですね。……私もそれは考えていました。私ではイズミさんのお手伝いが出来るとは思いませんし。よろしいでしょうかアラズナン卿』
『何も出来ないというのは私も同じですよ。そうですね……この場合、時間を浪費するのも得策ではないでしょう。イズミくんが戻ってくるまで滞在して頂き、今後の方針を話し合いましょうか』
それぞれの予定が決まった事でオレは行動を早速起こす事にした。
アラズナン家の館から辞去する際に、シュティーナさんが泣きそうな表情でオレに言った言葉。その言葉が失敗するわけにはいかないと更に決意を硬くさせた。
『どうか、どうか! セヴィーラのこれからの人生に再び光を……色彩の溢れた世界を……お願い、します』
深く頭を下げるシュティーナさんに続き『セヴィーラ様の目の事、よろしくお願いいたします』と
タットナーさんも頭を下げた。
そして先に頭をあげたタットナーさんが諭すように。
『ですが、ご無理をなさらないように』
オレのやろうとしている方法を察しているわけでもないだろうに、釘を刺されたような気がしてしまった。
しかし返す言葉は決まっている。
『無理をして目的が果たせるなら、いくらでも無理しますよ。それに果たせたならそれは無理じゃなかったという事です』
ブラック臭が漂う台詞だが、今この場でこれほど適した言葉はないだろう。
それを最後にオレとリナリー、サイールー、ラキは来た時と同じように偽装してギルドへ向かった。
~~~~
「ところでイズミさん。ガルタさんにどういった用件なんですか?」
「ん? おっちゃんが来たら一緒に説明するよ」
ガルタのおっちゃんは今、納品に出ていて留守のようだった。
責任者が直接というのは珍しいらしいが、大口の取り引きやなんかだと稀にあるのだとか。
オレの頼みが頼みなのでジェンに間に入ってもらおうかなという理由で、ここで一緒に待ってもらっているわけだ。我ながらジェンにちょっと甘え過ぎだとは思うが。
「それは構わないんですけど……あっ、帰ってきましたよ」
ギルド裏手の入り口にガルタのおっちゃんの姿を見つけたジェンが、解体を眺めていたオレの袖をパタパタと叩く。
おっちゃんもオレとジェンに気付いたようで、まっすぐにこちらに歩いてきた。
「おう、どうした。ボーッと二人して突っ立って。珍しい組み合わせ、って訳でもねえか。何か待ってるのか?」
「おっちゃんを待ってた」
「俺か? なんだ、また面倒なものでも持ち込んだか?」
「頼みがある。実験台になってくれ」
「訳が分からん」
「……いきなりスゴイお願いが飛び出してきましたけど、どういう事ですか? イズミさん」
そこでオレは、アラズナン家のことは伏せて治療困難な症状の子供がいる事。
その症状に対しては通常の治療系の魔法が意味をなさない事。
オレの知っている方法なら何とか出来るかもしれないというのを二人に説明した。
その為には根治していない、いわゆる古傷といった類のものの扱いを覚えなければならないという事も。
「そういう事でしたか」
「それで俺のとこに来たわけか……。どうしても治してやりたいんだな?」
「ああ、治してやりたい」
「はぁ……わかったよ。俺のポンコツの身体が役に立つなら使ってくれて構わん」
「ほんとか!?」
「ああ、気にせず使え。しかし実験台と言ったからには何かリスクがあるんじゃないのか? 言っちゃなんだが俺は痛みには弱いぞ」
ちょっと意外なおっちゃんのカミングアウトだったが「まあ請け負ったからには我慢するがな」と肩を竦めながら付け加えた。
だが、その辺りの心配は無用のものだ。
「そういえば言い方が悪かったか。おっちゃんには命に関わるようなリスクはないよ。たぶん痛みもそれほど無いはず。代わりに魔力が身体の中で動きまくるから半日くらい気分が悪くて動けなくなるかもしれないけど」
「そんなものリスクに入らんだろう……待て、俺にはって言ったか?」
「オレ自身に反動がくるんだ。成功、失敗に関わらず」
人間の能力を超えた事をやろうとするとオーバーヒートするぞと言われたが、これは明らかにそれに当てはまるだろう。
「おいおい……」
「狩りの危険性に比べたら全然安全だって」
「それにしたって、そんな治癒魔法は聞いた事がないが……知ってるか?」
「聞いた事ないですね……」
おっちゃんがジェンに確認するように聞くが、ジェンも知らないという事を確認しただけに終わった。
だろうな。
それはイグニスや他の祖龍のように人間を超越した演算能力が必要なものだ。
今の世には伝わっていないだろうし、文献にすら載っていないかもしれない。
話が長くなりそうだという事で、別の場所に移る事にした。おっちゃんも帰って来たばかりで休憩しようと思っていたらしい。詳しい治療の説明もしなければならないのでちょうどいい。
何も聞かされないのは不安に思うだろうから、せめてそれを解消したい。
インフォームドコンセントとか言ったかな? いや、この場合、無理矢理に近いからちょっと違う気がする。
とにかく治療に関して詳しく説明する事にした。
「実験台とは言ったが、俺の脚がどうにかなるもんなのか? 散々治療しても結局は加齢以上のヘタリ具合に、どうにもならなかったんだぞ?」
「んー、どう説明すればいいかな……。今のおっちゃんの足の状態ってのは身体が覚えちゃったんだよ。今の状態が正常ですよーって。実際は正常じゃないけど、自然治癒や魔法での治療可能な範囲を超えてしまったから、そこが回復の上限だって身体が判断したような状態なんだ。複製したものが劣化していくのと似たように、悪くなった状態が上書きされた状態とも言える」
「そこまでは何となく分かりますね。大きな怪我でもその場で迅速に最大限の治療が可能ならば、ほぼ元通りにする事も出来ますが、時間が経ってしまうと魔法でも以前の状態に戻すのが難しくなりますよね」
「だからこそ常にいい治療薬を持つべきなんだがな。最近のヤツは妙な自信でそこを疎かにするヤツが多すぎる。良い薬が高いからってのも分かる話なんだが……っと、すまんな。歳を取るとどうも説教臭くなる。俺の脚がこんなだから余計に言いたくなっちまう」
「いや、身に染みてるからこそ出てくる言葉ってのは重みが違うなって思うよ。ホントに」
「まあ、な。いや悪い、続けてくれ」
「で、なんでオレがこんな事言い出したかって言うと。大昔はそれが出来てたらしいんだ」
「そうなのか?」
「ただし、人間には無理だった。今の技術じゃあ到底及びも付かない複雑極まるカラクリを使ってやっとだったらしい」
量子コンピューターを更に発展させた魔導素子演算の技術を使って人体のデータを丸ごと読み取っていたとイグニスが言っていた。その情報をもとに復元していたと。
それって究極的に突き詰めていけば不老不死が可能なんじゃないかと思ったが、そこまではいっていないらしい。なんやかんやで色々と制約があったようなのだ。倫理的にか政治的にか技術的にかはイグニスは興味がなかったようだ。
しかし実際は実現していて、情報が出なかっただけの場合も在り得る。
とも言っていたが。
その辺りは確認のしようがないが最終的な到達目標が不老不死だったのは確かだったようだ。
要点だけを掻い摘んで説明したが、当然行き当たる疑問がある。
「そんな途方も無い技術をお前さんが復活させたのか? 人間には無理だって言ってなかったか?」
「イズミさん人間じゃなかったんですかッ!?」
「何故そうなる……飛躍し過ぎだ。ちゃんと人間だからなジェン」
「よ、良かったです。安心しました」
真っ先に人間じゃないって予想した原因は何ですかね?
いいけどさ。
「人体の情報を全て保存するのも理由があったらしいけど、そんなのは人間には無理だ。ならどうするか。全部じゃなく一部ならどうか? って考えたんだ」
全て保存するのもちゃんとした理由があった。
過去の治療で行ったゲノム編集の履歴や、臓器同士の情報伝達手段であるメッセージ物質の分泌量に至るまで、ありとあらゆる情報を把握するために必要な事だったらしいのだ。
さすがにそれはオレには無理だし、そこまで必要とも思えない。
それならば必要最低限な部分まで削っていけば? となったわけである。
「……出来るのか?」
「オレの特殊な記憶能力を使って範囲を限定すればいけるはず。それを確かめるためにおっちゃんに頼んだんだよ」
「なるほどな。その記憶能力ってのも気になるが、そもそも説明の内容を完全に理解してるとは言い難い。更に難しい事を言われても余計に理解出来んか。……わかった。ものは試しだ。早速やってくれ」
オレのほんとにいいのかと問う視線に、さっさとやれと言わんばかりの表情で頷くガルタのおっちゃん。
そこまで言ってくれるのなら全力で応えよう。
故障してるのは左足か。
魔力で限定部位の状態を探査。そして正常な右足も同様に探査を行う。
確かに左の膝を中心にその周辺が右足と比べてやや歪だ。
半月版や神経、血管も圧迫されて血流もおかしいかもしれない。
さて、ここからが本番だが、ここまででもかなりの魔力と集中力を必要とした。
成功させるつもりではいるが果たして本当に成功するかどうか。
このスキャンデータを基に組織を再生、構築する。いや作り直すと言ったほうが正しいかもしれない。しかしこのままでは時間がかかり過ぎる。
そこで右足のデータをそっくり反転。修復の際に左足との差異の許容範囲を設定。
――再構築開始。
うおっ。かなり魔力を使うぞ。加えて今まで以上に集中を強いられる。
「……こりゃあ。今まで経験した事がない魔力の動きだな……って、おい……」
「イ、イズミさん、大丈夫ですか……?」
大丈夫って何が?
っと、今は集中してるから待って。
もう少し。あともうちょい。膝周りの腱を作り変えれば終わる。
よし! 終わった!
「おっちゃん、終わったぞ。どんな感じ――ぐぅ!?」
「お、おい!?」
なん、だ? すごい頭痛きた……偏頭痛なんて目じゃないくらい強烈だぞコレ。
「だ、大丈夫ですかッ!?」
くそう、痛覚遮断が出来ないとは。
ふぅ、ふぅ、ふぅ……治まってきた……。
「……大丈夫だ。反動があるのは分かってたけど……ふぅ、結構キツい頭痛だったわ……」
「痛みは無くなったようだな……このまま死ぬんじゃないかと疑ったぞ」
「大げさだなー」
「その顔で笑うな。鼻血がえらい事になってるの分かってるか? まずそれをどうにかしろって。絵面が怖いわ」
「鼻血? ……あ、ほんとだ」
手で拭ったらベッタリと血が付いて来た。
よく見れば床にボタボタ垂れて血溜まりを作ってる。目を閉じて集中してたから気付かなかった。
固まる前に小瓶に回収、回収。 コルクですかさず栓をして無限収納に入れてっと。
「これで、よしっ。綺麗になった」
どうも途中から血が噴き出してたらしいな。
それで大丈夫か聞いてきたのか。鏡で確認するのを忘れたが、あれだけの量の血が垂れてたら、そりゃあねえ。
「綺麗になった、じゃないですよ。すごく焦ったんですから」
「まったくだ。いきなり血ぃ流した時はどうしようかと思ったぞ」
「オレもあんなに鼻血が出るなんて思わなかったからなあ。それよりも左足はどう? 違和感は?」
「正直、それどころじゃなかったが……」
などと言いながら、おっちゃんは自分の足の感覚を確かめているようだ。
立って歩き回ったり屈伸をしたりと様々な動作で。
「これは……違和感と言えば違和感、なのか……? 一瞬、どっちの足が利き足か分からなくなるくらいに治ってるぞ……今まで何をやってもダメだったのに信じられん……」
「完治したんですか? すごいです!」
「完治したというより、まるで新しい足がくっ付いたような感じだ」
「おお、良かった。失敗するつもりはなかったけど、生活に支障が出るほど違和感があったらどうしようかと思った」
「生活に支障は出ないが慣れは必要かもしれんな。というか、どう考えても普通に現役復帰出来そうなくらいなんだがな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、どういうわけか筋力も元に戻ってるんだよ」
右足と同等の筋力になってるから、そう錯覚しても不思議じゃないかもなあ。実際は現役時に比べて大分落ちてるとは思うけど。
などと考えながら、おっちゃんとジェンがギルドの仕事への影響について話しているのを聞いていると。
「概ね成功って事でいいの?」
「うおッ! フクロウが喋ったッ!?」
おっちゃんに言うの忘れてたな。おっちゃんにはリナリーの事は正直に打ち明けたほうが面倒がなさそう。
そう考え、すぐにフォローしようとしたが、ジェンがすかさずおっちゃんに耳打ちして事情を説明してくれたようだ。「他言無用ですからね」と。
助かるわー。
「子犬とフクロウを連れて何をするつもりかと気になっていたが。イズミはやる事成す事、信じられん事ばかりだな……」
そんな感想らしい。
「成功したならこのまま戻るの?」
「いや、リナリー。あと何例か診たほうがいい。というか、これで本当にいけるのかオレがまだ不安だ」
「でも……」
「イズミ。フクロウのお嬢ちゃんが心配してるのはお前さんの身体だからな? だろ」
リナリーが何か反論しかけた所で、おっちゃんのその言葉にオレの目を見てコクリとリナリーが頷いた。
しかしそうは言ってもこのまま子供の身体に施術するのはいささか不安が残るんだが……。
「どう考えても、あまり多用するような治療法じゃない。激しい頭痛に血が流れ出るとか普通じゃないからな? 身体が悲鳴を上げてる証拠だ。治してもらった事には感謝してる。だが、なんで治ったかを誰かに聞かれても答えるのを躊躇しちまうぞ」
「そうですね……それで何人も治療していたらイズミさんがどうにかなっちゃいますよ……」
そう思うほどに酷い状態に見えたのか……。
だけどセヴィーラくんの目を治すのは決定事項だ。
なんとかして二人を説得出来ないものか。というかそもそも――。
「その顔は引かないって顔だな。まあ俺達が何と言おうとイズミが決めた事に口出しするのは筋違いだってのは分かってる」
まあ、ね。
「だが俺達に何か安心出来る材料を提供してくれてもいいんじゃないか? 協力した報酬として」
「そう言われると弱いな。……今回限りだ。無茶するのは今回限り。今回の治療を検証してもリスクを回避出来ないと分かったら。――金輪際、この治療は行わない」
「……わかった。口約束じゃないのも信用しよう。いずれ何とかしちまいそうな気もするしな」
「そのつもりではいる。おっちゃんが死にかけたら真っ先に駆けつけて生き返らせるからな」
「縁起でもねえ事いうんじゃねえよ」
おっちゃんの真剣な目を見返す。
すると破顔して含み笑いを漏らすと、ほどなくして豪快に笑い出した。
ひとしきり笑い終えると。
「ふーむ。そうなるとだ。少なくてもあとひとりは確実に患者が必要か」
「心当たりが?」
「うちのギルド長とかどうだ? あの人も確か左腕だかを悪くしてるはずだ。昔は双剣使いだったらしいぞ」
おお、ちょっと憧れる双剣使い。
でもそんな人が片腕悪くしたら相当苦労しただろうな。
「ジェン。度々で悪いけどギルド長に繋いでくれないか? 出来ればすぐ」
「そう言うと思ってました。はぁ……貸しですよ? 確実に鍛錬に付き合ってもらいますからね」
「了解だ」
オレとジェンの会話を聞いておっちゃんが「そんな話になってるのか?」と意外そうな顔をした。
ジェンがギルド長の所に行っている間に、そこの所を説明するのにちょうどいいか。
~~~~
「話はジェニスから聞いた。新しい治療法だって? ガルタ所長の足が治ったってのは本当か……?」
ログアットさんがオレとおっちゃんの両方に向けて質問を投げかけるように尋ねた。
それに頷いて一歩前に出たおっちゃん。
その場で軽く屈伸をして、どうだと見せ付けるようにバシっと左足のふとももを叩いてみせた。
「この通りだ。普通に動ける。今から戦働きだっていけるくらいだ」
「本当に治ったのか……。そういう事なら俺のほうこそ頼みたいくらいだが……ジェニスから別の話も聞いたぞ。治療をする側に相当なリスクがあるそうじゃないか」
「そういった事も含めて検証が必要な段階ですので、出来るだけ多くの症例を診たいわけです。なんですけど……」
「二人にいい顔されなかったわけか。まあ話を聞けば頷けるが……しかし、このタイミングでこの話を持ってきたという事は。……そういう事か」
あれから三日後。オレが午前中に何処に行っていたかを把握しているんだろう。
貴族との案件ならギルド長とて充分に関心事項のはず。
それ以前にカイウスさんと昔から知り合いだと言っていた。ならセヴィーラくんの事も承知していると考えるのが妥当だ。
ジェンとおっちゃんの表情を見る限り、このふたりはセヴィーラくんの事情を知らないと思われる。だがログアットさんの言葉に疑問を感じてはいても問い質すような事はなかった。
ログアットさんの表情からそれをさせない雰囲気が漏れていたのも原因かもしれない。
おそらくセヴィーラくんの現状は一部の者しか知らない事だ。
次期領主、または候補。そんな立場の者の未来が閉ざされたも同然となれば、その情報の扱いも慎重なものになるだろう。
何よりアラズナン家の人たちは一ミリも諦めていなかった。
そんな状態だと公表するつもりなど最初から無かったに違いない。
「……この件に関しては俺は強硬に反対するつもりはない。俺の腕が役に立つなら喜んで差し出そう。だが危険だと判断したら封印してもらうぞ? 治癒魔法は今までのものでも充分なはずだからな。みすみす有能な人間を失うような真似はギルドとしては見過ごせん」
医療行為でなくても他で役に立てって事なんだろう。
死の牙の討伐でそれを証明しちゃったようなもんだからな。
「了解です。ですが研究はします。あくまで危険はない範囲で、ですが」
「……それで十全に扱えるようになれば誰にとっても良い話ではある、か。だが無茶はしてくれるなよ」
オレが頷くとログアットさんが大きく息を吐いた。
取り敢えず苦言はここで終わりらしい。
「まあとにかくだ。一度その治療を見ない事には始まらんだろう。早速だがやってくれるか」
頷いたオレは先程と同じように両腕の探査を開始。
手順もまったく同じでいけるはずだ。
しかし今回は事前に痛覚遮断を使ってみる。
再構築終了。
ぐっ……頭痛がきた。でもかなり軽減されてる。
しかしどういう事だ? 痛みがあるって事は遮断出来ていないとも取れるし、軽減される程度には有効だったとも判断できる。または二回目で慣れてきたのか。
「イズミさん……また血が……」
鼻血も止められなかったか。だがこっちもさっきよりはだいぶ少ないな。
すぐに掃除して、同時にリナリーが治癒魔法をかけてくれた。
「本当に治ってるな……それにしてもすさまじい魔力量だ。そこまでの魔力をたったこれだけの範囲に集中させたとなれば無理も出るはずだ」
「でもガルタさんの時よりはだいぶマシですよ……さっきは死ぬんじゃないかってくらいの血と痛がりようでしたもん」
「これでもマシなのか……しかしどうなんだ。いけそうなのか?」
これはセヴィーラくんの目の事を聞いているんだろう。
二回やってみて勝手は分かった。
「治療自体はいけると思います。あとはオレのほうの問題ですから。宿に戻って検証してみようかと」
「まさか自分の身体で試すなんて事はしないだろうな?」
手順やら色々と記憶から確認して細かく検証しようと思ってたんだが。
いいなソレ。思いつかなかった。
さすがギルド長。
「いい事聞いたみたいな顔するんじゃねえよ!」
「ホントですよ! 何するつもりですかッ!?」
ガルタのおっちゃんとジェンが揃って非難の声を上げる。
いや、正直上手くいくかどうかに気を取られてそこまで考える余裕がなかった。
検証中に思いつく可能性は高かったけどな。
「目を離すと本当に油断も隙もないな、お前さん。カイウスが面白いと言った理由も分かるが、周りを心配させる方向での合理性は感心出来んぞ?」
「いやまあ。出来る事は全部やるべきだって意識があって……」
「はぁ……まあ切り傷程度なら問題ないだろう。ふいの怪我と違って自傷行為は結構覚悟はいるがな」
それは確かに。
良く切れるナイフで一センチ程度のごく浅い傷を作るだけでもドキドキもんだからな。
「それはともかく礼がまだだったな。感謝する。しかし本当に治るとはなあ。長年かけて折り合いを付けたつもりだったが、やっぱり未練があったんだな……というわけでだ。俺はこれから昔の得物を引っ張り出してくるぜ。じゃあな!」
「あっ!! ギルド長ッ!?」
ジェンが止める間もなく部屋を出て行ってしまった。
少しは喜んでもらえたらしい。
組織の長としてはちょっと落ち着きがないような気がするが。いや、もとからあんな感じか。
「これは厄介ですね……ギルド長の性格からしたら現場に復帰するとか言い出しかねません」
「厄介とか言うな」
ジェンが言い終わるタイミングを見計らったかのように扉からログアットさんが顔を覗かせた。
忘れ物でもしたんだろうか。
「言い忘れてたが、イズミ。……頼むぞ」
言うまでもなくセヴィーラくんの目の治療の事だろう。
オレは頷き。
「勝算は加算を重ねて鷲掴み、がオレの信条ですから」
「フッ、無理矢理引き寄せるか。何よりも頼もしい言葉だ。じゃあな」
口の端を不適に吊り上げ、ログアットさんは再び出て行った。
オレもお暇するかな。勝算をより確実なものにするために帰って検証だ。
~~~~
おっちゃんとジェンに別れ際に、検証でおかしな真似はするなと釘を刺されてしまった。
それと不都合がなければ治療の結果も教えて欲しいとも言われたが。
「……無茶させちゃったみたいね」
「イグニスの修行にくらべたら無茶でもなんでもないけどな」
サイールーもリナリーと同じく治療中のオレの様子に少なからず動揺したようだ。
だがまあ、そこまで心配しなくても大丈夫だろう。
「感覚的にだが、命の危険はなさそうだぞ。ただやっぱり人間の能力を超えた事をやろうとしてるから反動がデカイだけで」
「そう、なの?」
「オレそんなに信用ないか? リナリー」
「そうじゃないけど……」
「とはいえオレが戦闘以外であんなに血を流す事自体、あんまり見たことないんだから動揺するわな。ま、そう心配するな。その代わりと言っちゃなんだが、ふたりには宿に戻ったら検証に付き合ってもらうぞ」
それは代わりなの? と二人とも首を捻っていたが、まあいいじゃない。
パン色の犬に戻ってきたが忘れちゃいけない報告がある。
リアが今夜は宿に戻らない事と、ミミエさんがアラズナン家の関係者だったのを知らされた事を伝えた。カイウスさんの正体がバレた時点で、そういう事かとなったわけだが。
「あら、バレちゃったのね。まあ遅かれ早かれって感じだったものね」
肩を竦めてイタズラがバレたみたいなノリでミミエさんが肯定した。
どうしても内緒って訳でもないんだな。
そんな遣り取りもあったがセヴィーラくんの目の治療の事は伝え忘れてしまった。
下手に伝えて逆に不安を煽る事も在り得るからいいか。
まずは検証だ。
部屋に戻ってすぐに開始した。
「でも検証ってどうするの? 怪我人なんていないよ?」
「そこは考えてあるぞリナリー。石や植物を使ってみる。必要なのは再構築のプロセスの確認だから、それで充分なはずだ」
「なるほどねー」
納得してくれたかねサイールーさん。
まずは石を使って思い描いた形に成形する。
普通の土魔法と結果だけ見れば似たようなもんだが、過程が全く違う。
二つの石を用意して両方スキャン。そして小さいほうの石を砂や小石を材料に大きいほうの石と寸分違わぬ状態に作り変える。
「ギルドでは夢中だったが、こういう感じに使ってたんだな」
感覚的にではあるが魔法の発動過程がかなりはっきりと自覚出来た。
試しにという事で痛覚遮断も使わなかったが、ほとんど痛みもなく反動はなかったように思われる。
その後、石を使って数回同じ事を繰り返す。
そして何か気付いた点はないかと二人とラキに尋ねてみた。
「今の所、私達には無理だって事くらいしか分からないかなー」
「私もルー姉さんと同じ意見。イズミの記憶能力を再現出来ないと無理だと思う」
「クゥン?」
ラキも取り立てて気になる所はないらしい。
しかし新しい発見は無かったが、魔力の使い方にこれといった粗もないようで一安心。
じゃあ、お次は植物で試してみよう。
切り落とした葉っぱをもとに戻せれば成功。
うっ……若干だけど頭痛がする。やっぱり構造の複雑さで演算の負荷が違うって事か?
だけどかなりマシになってる。
「ねえ、思ったんだけど。あらかじめ治癒魔法をかけておくのはダメなの?」
「細胞の活動を促しておくって事ね。リナリーはこう言ってるけど、どう? 私も併用可能なら負担が減るんじゃないかって思うんだけど」
「盲点だったな……確かに普通の治癒魔法はこっちの演算領域に負担をかけないのがあったな。患者自身の回復力を増幅させるタイプならその演算も患者自身で賄ってるのがほとんどだ……いけるか?」
早速その発想を実践してみる。
人体を想定してリナリーに演算の役割を担当してもらい治癒魔法をかけ続けてもらう。
再構築開始――。
お、おお? 痛みがない。
痛みがないし、かなりスムーズに再構築が終了したぞ。
「……成功だ。成功したぞ!」
「ほんと!?」
「やったね」
「わふっ!」
リナリー、サイールー、ラキは成功した事に喜びの表情だ。
オレも取り敢えずホッとした。
リナリーとサイールーには悪いが、オレが満足するまでこの作業に付き合ってもらおう。
~~~~
「遅くなりました」
「もういいのかい?」
カイウスさんの言葉に大きく頷く。
午後三時前、魔力が充分に回復してから再びアラズナン家へと来た。
昨日は全員でキャスロを食べて睡眠時間を削って昼前まで作業に没頭していたのだ。
若干の不安を覗かせるカイウスさんとシュテイーナさんに一応の成果を伝えた。
事情が異なるが気休めくらいにはなるのではないかと、ガルタのおっちゃんとギルド長の怪我を治療した事を伝えたのだ。
「ログアットの左腕が治った……? それは本当なのかい?」
「はい。しかし腕と目では事情が違い過ぎます。何も出来ないで終わる可能性も否定出来ません」
「いや、それでも朗報だよ……。その上で君に治せないとなれば何者にも不可能だろう。あとは神龍の方々にお願いするくらいしか思いつかない。そうであれば心の整理はつくかもしれないからね……」
確かにあとはイグニス達に頼むくらいしかないかもしれない。
しかしイグニスに会うにはあまりにハードルが高すぎる。まあオレが連れていけば良い話だが。
だがその前に出来る事は全てやり尽くしてからだ。
別館のセヴィーラくんの部屋。
目の治療をする事は告げずに体調を確認するとだけ本人には伝える事にした。
一応、体調を回復させたオレには責任があるからと、いかにもな理由での面会。
「調子はどうだ?」
「イズミさん! はい、昨日からずっと体調がいいので自分でも驚いてます」
シュティーナさんが声をかけたあと、オレが体調の確認をすると本当に体調が良さそうにそう答えた。
「昨日の今日だから一応、また魔力の流れを確認しようかと思ってな。今日はちょっと違う趣向でと思ってる。姉さんから聞いているかもしれないが、昨日も子犬と一緒だったのにその事には触れず終いだったろ? だから今日は膝の上で撫でながらリラックスした状態での魔力の流れを診たいんだ」
「え、ラキちゃんが来てるんですか!?」
そこでラキがベッドに座るセヴィーラくんの膝の上にポスッと飛び乗った。
「わっ? え、あっ、すごい! ふかふかです!」
その感触に思わずといった感じで笑顔がこぼれていた。
そのタイミングでこの部屋にいる全員に目配せをし、これから治療を開始する合図を送る。
今回は徹底的に手順を洗ってこの場に臨んでいる。
リナリーは開始と同時にセヴィーラくんに治癒魔法をかけオレはスキャンを開始。
サイールーはもしものためのバックアップ要員。魔力切れなどの不測の事態に備える。
そしてラキはセヴィーラくんをリラックスさせるのと同時に、もし治療中に魔力の流れが停滞したり抵抗あがあった場合は、少量の魔力でその流れを押し、正常に戻す係だ。
スキャン終了。
これは思ったより酷いかもしれない。眼球全体が疲弊している上に視神経までその影響が及んでいるように見受けられる。
だがなんとかしてみせる。
治すにあたって誰の眼球をベースにするか迷ったが、一番身近で確実。そしてイヤというほど組成がオレの脳に焼き付いてるとも言えるオレ自身の眼球だ。
オレの眼球から視神経に至るまで情報を完全複製。
魔力でスキャンしているセヴィーラくんの両目に縮尺を調整してイメージを重ねる。
――再構築開始
ぐっ……なんだコレは……?
眼球の再構築魔法に抵抗を受けた。目の奥? 網膜の裏あたりに強い抵抗を感じる。
これは毒? 残っていたのか?
状態の変化を嫌っている。直前まで気付かせないとは、まるで呪いのような作用だ。
しかしこんな事で止まれるか。
ラキも気付いて支援してくれている。
くうっ……おおおお……!
「えっ……? なにか目が……?」
リラックスするために目を閉じていてもらったが、やはり違和感があったか。
だがもう少し我慢してほしい。
もう少しだ。もう少しで完全に治る!
「イズミくん!」
「イズミさん!?」
「イズミ! ルー姉さん!」
「分かってる!」
「えっ、えっ?」
カイウスさんとリアの叫び声。そしてリナリーとサイールーが何かの対応に追われている。
セヴィーラくんは突然の事に訳が分からないといった反応だ。
オレも目を閉じて集中しているから何が起きているのかさっぱりだ。
なんだ? なにがどうなってる?
いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。少なくともセヴィーラくんには治療以外の影響は見られない。後もう少しなのに、ここでやめたら継続型の毒がまた目の機能を奪ってしまう。
毒を排除しつつ再構築を完全に終了させるまではやめるわけにはいかない!
魔力を集中させろ。
毒に構築を邪魔させるな。
あと少しだ! これで……!
再構築完了。
「ふぅー……やっと……終わった……」
「終わった、じゃないってば!」
「何がだよリナリー。上手くいったじゃないか。何をそんなにムキになってるんだよ」
「良く見て!」
無限収納からリナリーが取り出したのは手鏡だ。
顔を見ろってか?
「……こりゃ、ひでえ……」
リナリーに引っ張られてベッドから離されたが、シュティーナさんがセヴィーラくんにまだ目を開けないようにと若干慌てて言い聞かせていた。
そりゃ、こんな顔見せるわけにいかんわな……。
血だらけだもんよ。
鼻からだけならまだしも目からも血が流れ出た跡がある。
よく見れば手鏡を持った手も血だらけ。
どうも指先の毛細血管が破れてそうなったらしい。
いきなり血が流れ出して、サイールーが慌てて治癒魔法をかけてくれたようだが。
「イズミさん……」
「あー……心配するなリア。もう痛みもないから大丈夫だ」
オレが床に腰を降ろして手鏡で自分の顔を確認していると、不安そうな顔のリアに腕をグッと掴まれていた。
目に涙を溜めて、その手は少し震えている。
こうならないようにしたつもりだったんだがなあ。
あの呪いのような毒が全部悪い。
「カイウスさん。上手くいきましたよ。我ながら完璧です。ああいや、三人に手伝って貰ったか」
「イズミくん……君は……」
「ああ、こりゃすみません! すぐ顔を洗うんで」
「そういう事ではないんだが……」
何故こんな事態になってるのか色々聞きたいんだろうなあとは思う。
でもその前にまず顔を洗ってしまおう。
「それよりも。治りましたよカイウスさん」
「それは素直に嬉しいんだが……衝撃的なものを見せられ過ぎてもう何が何やら……正直かなり混乱しているよ」
鏡を見たらオレでも引くくらいだったからな……。
とにかくセヴィーラくんの目を確認しよう。
シュティーナさんがセヴィーラくんの肩を安心させるように抱いていたその反対側。ベッド脇の椅子を拝借しオレは正面からセヴィーラくんを見る。
「セヴィーラくん。黙ってて悪かったが今日は目の治療をした」
「えっ……?」
「もう治ってるはずだ。目を開けてみてくれないか?」
「本当……ですか?」
目を閉じたままシュティーナさんのほうに顔を向け、不安の表れからかセヴィーラくんは彼女の手をギュッと握った。
それに応えるようにシュティーナさんがやさしく握り返す。
シュティーナさん自身も不安はあるはずだが、その感情は押し殺して応えた。
「……本当よ、セヴィ」
その言葉で意を決したようにオレに向き直り、まぶたが開いていく。
僅かに開いたその瞳は、まだ眩しいのか、はっきりとは見えていないらしい。
自らの手を見つめ、その焦点が徐々に定まっていくのが分かった。
「み、見える……見えます! 僕の手が見えます!」
セヴィーラくんのその言葉にアラズナン家の面々はホッとしたのと同時に、信じられないといった面持ちで様々な感情が入り混じっているようだ。
「問題ないようだな」
「はい!」
そう元気よくオレの顔を見て返事をしたかと思ったら。
「うっ……気持ち悪い……」
「ぷッ!」
笑うなリナリー。
「オレの顔見て第一声がそれって、ひでえな……」
顔は洗ってあるのに。
まあそんなつもりで言ってないのは分かってるから、ちょっとだけからかうようなトーンで言ってみた。
「あっ! ごめんなさい! ち、違うんです! ……その、見えすぎて一瞬気持ち悪くなってしまったんです。だって明らかに見えなくなる前より見えてるんですよ!?」
おおう、混乱してるなセヴィーラくん。
原因は……オレの眼球がベースになってたからか?
慌ててフォローしたセヴィーラくんの様子に皆の表情から笑みが零れた。
みんな嬉しそうだ。
ふう……。
何とかなって、とにかく良かった。
臥せっていた期間を一年から二年に修正しました。
今後の展開のためにそのほうがいいかなあと。
ブックマーク、評価ありがとうございます(´∀`)




