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第七十五話 出会いに意味があるのなら

ちょっと長めです(´・ω・`)



「どれがいい?」


「あの……これはいったい……」


「いや、見て選ぶ前にリアの好みがどんなのか知っておこうと思ってな。店に気に入ったのがなかったらどうしようってのもあるし」


 リアに見せているのはプリントアウトしたファッション誌。

 といっても人物だけをプリントしたもの。雑誌をそのまま再現してみせた妖精の里の場合とはちょっと事情が異なる。

 背景や小物は極力印刷していない。基本的に一枚につき一人か二人が書き出されただけの一枚絵といった感じだ。

 そうでないと、ビルとか車とか写ってたりするから見せるわけにいかない。

 というのは建前で。見せてもいいが、説明が面倒なんだよ。

 だから人物だけを切り出して一枚絵のようにしたものをズラっとリアの前に並べてみた。

 枚数が多いせいかリアが目を白黒させている。


「えっと……そうではなくてですね……」


「イズミ、イズミ。いきなりカタログ見せられてもワケが分からないんじゃない?」 


「んな事ないだろサイールー。精密さが違うだけで服を仕立てたり選ぶ時に使う参考画みたいなのがあるんじゃないのか? じゃなかったら毎回、ベースになる実物用意するとか新調するのに手間がかかって仕方ないはずだぞ」


 どんなのが好みなのか、傾向を調べるのに雑誌やカタログは便利だ。

 それと似たような事を貴族御用達の仕立て屋が時間の短縮のためにやっていてもおかしくない。

 オレだってこの後、里にリアの服の製作を依頼するから好みを知っておこうと思って見せてるわけだし。


「ドレスなどは基本的には以前着用していたものや他の方の着用していたものを参考に、デザインの希望を伝えて手直しを繰り返していくのですが……私が言いたかったのは、この精緻な絵画とその使い方で……」


 リアには写真の複製は見せた事なかったっけ? ……なかったな。

 プリントアウトしたのは魔法陣くらいか。

 それはいいが、あらかじめデザインの候補を見て決めるって方法じゃないみたいだな。

 最終的にサイズの調整などで手を加えるとかじゃなく、その都度、変更を施していくのか……。

 

「服のデザインを決定するためだけに画家に頼むのはコストがかかり過ぎるので、なかなかできません。それに流行の移り変わりも速いですから、下手をすると絵が完成する頃には流行から遅れたものになってしまいかねません」


 スケッチやデッサン、秀作と何枚も描くっていうからな。時間もかかるってか。

 でもそこまでキッチリしてなくてもいいと思うが。あくまで目安として見せるんだから大雑把なデッサンでも。

 そう考えているのが分かったらしい。首を振ってリアが続ける。


「そもそも一般の方がたは絵の勉強という事が難しいのです。ですから頼むとなると、やはりそれなりの知識層の方達になってしまうのは避けられません」


「そういう事か」


 芸術の分野というのは、ある程度は裕福じゃないと無理って事ね。

 言われてみれば確かにそうだ。絵を描く道具だってタダじゃない。音楽だって楽器は高い。

 地球でも貴族の道楽と揶揄されていた事だってあるくらいだ。

 そういった者達に絵を描けと言ったら、そりゃ高い金取られるわ。


「オレの能力ありきの使い方だな。確かに」


「あっ……こんな事も出来るんですね」


 見たものをそのまま印刷する魔法。

 今になって気が付いたようだ。

 プリントアウトの種類をあまり見せていなかったから無理もないか。


「ま、それはそれとして。リアはどんなのが好みだ? 里に発注する時のためにも聞いておきたい。それに街の店で選ぶ場合も、あらかじめイメージしておくと決め易いだろ? 時間がある時に暇つぶしで見るだけでも女子は楽しいっていうしな」


「なるほど。確かにこれは見ているとワクワクします。ですが、あまり見た事のないデザインばかりのような……」


「そこはまあ、普通のヤツを見せても面白くないだろう? 昔の文献やら色々と漁って印刷プリントアウトしてみた」


 誤魔化すにしてもちょっと無理があったか? こっちの女の子が着ても変じゃないものを選んだつもりだったが。

 ふむ。リアもあまり深くは追求する気はないようだな。


「それにしても、なんで急にカタログ?」


 オレがリアの態度に胸を撫で下ろしていると。

 リナリーが花のベッドの上から疑問を投げかける。

 

「勉強ばっかりじゃ疲れるだろ? 少しは娯楽がないと」


「ふーん。てっきりデザイン考えるのが億劫になったのかと思った」


 いやだ、バレてる。


「やっぱり」


「ま、まあ見てるだけでも楽しいし」


 それに素人が考えるデザインよりプロのデザインのほうが安心感が違う。

 い、言い訳とかじゃないから。

 





 ~~~~





 アラズナン家への訪問の日がきた。

 この三日間は何もしていなかったわけじゃない。

 リアの服選びに二日を費やした。予想していなかったわけではないが、やはり服飾関係の店はターゲットが富裕層らしい。

 魔法なんて便利なものがあるんだから、完全に手作業とはならないだろうと思っていたのに魔法関係の技術を使うとモノによってはコストが跳ね上がる。

 紡績に始まり機織りなどにも魔法技術は使われているようだが、機械化とくらべるとまだまだお高い。

 紡績関係そのもの自体は産業化しているようだが、一般市民が既製品を新品でいくつも買うという社会構造には未だに到達していない。


 話が逸れた。結局の所、リアの服を新調するというのは時間的に厳しかった。

 しかし古着ならば結構な数を見せてもらうことが出来た。

 リアの年齢や体格も幸いした感じ。子供服を下取りして新調するという人も何割かいるらしいのだ。

 子供はすぐでかくなるからなー。

 まあ古着といっても何かしら手を加えている場合も多いので、印象的には新品とそれほど違いはなさそう。実際にリアはそれが当然だと思っていたし誰かが使っていたという事に抵抗はないようだった。


『あの……一着で充分なのですが……』


『魔法を付与する専用のヤツもあったほうがいいんじゃないか』


『付与魔法で遊びたいだけでしょ』


『そうともいう』


 リナリーとの遣り取りにリアが若干乾いた笑いを漏らしたが、リアの言い分はスルーして二着購入。

 どちらも丈の長いワンピースだが、片方はゆったりめの七部袖。もう片方は細めの可愛らしい感じの半袖のデザインのものだ。

 うーん。綺麗なコを着飾って楽しむという感覚が何となく理解できたぞ。

 値段としてはまあまあのものだったが、魔力抑制具マナワイアに比べたら屁みたいな値段だ。


 そして禁断のオリハルコン製の服。

 いや、服というより、もはや装備の類だという突っ込みは受け付けない。

 ワンピースのほうはキアラ達に丸投げするつもりだが、ジャケットは里に発注した。

 といっても裁断した布を魔力で無理矢理に接着するという方法が取れたので、布への加工と裁断は任せ、そして溶着は魔力にものをいわせて完成させたのだ。


『うん。服を作るのに使う魔力量じゃないよね』


 とはサイールーのひと言。リナリーも頷いてる。

 それとは違った反応をしたリアだったが。


『……いつの間にか布になっている事が驚きなのですが』


『そこは魔法のおかげだな』


 そうなんですか? という視線をリアに向けられ肩を竦めるリナリーとサイールー。


『なんでもかんでも魔法で片付けるのはどうかと思うけど、魔法がないと不可能なのは確実だからある意味では正解なのかなあ』


 そんなサイールーの言葉に更にワケが分からないと首を捻るリア。

 無限収納エンドレッサーがないと実現しないという意味でなら間違ってはいない。

 ただし、それが里と繋がっているのは今の所は内緒だ。


 見た目が極上の絹のような仕上がりのオリハルコンだが、いかんせん金色とか派手過ぎる。

 なのでこれにも偏光薬をコーティングしてある。

 今は初夏の陽気にも合いそうな淡い若草色に変更。

 青系統のワンピースに合うか不安があったものの全く問題はなかった。というよりも、リアの着こなしが自然で何を着ても上品に見えるからだろうなコレは。


『……イズミさんは自然体で褒めますよね……』


『口説く意図がないから性質が悪いのよ……』


『口説くつもりなら、服脱ぐだけでいいからねー』


 三人で何をコソコソと喋ってるんだ。聞こえてるぞ。

 言っとくけどなサイールー。そんな口説き方はしないからな。


 とまあ、そんな感じで三日間を過ごした。

 アラズナン家への道すがら回想に耽ってみたが、丁度良い時間に到着しそうだ。

 道中、サイールーの同行の許可を貰ってなかった事に気が付いたが、妖精一人が二人になった所で大した問題じゃないだろうという事で気が付かなかった事にした。


「あそこだな」


 ジェンに教えてもらった住所が目と鼻の先、という所まできた。

 改めて思ったが、大体の住所だけ聞けば迷いようがないくらいそれと分かる立派な邸宅だ。

 豪奢というほどには華美ではないが、歴史と威厳のようなものを感じさせる雰囲気の建物。

 開け放たれた門から手入れの行き届いた前庭が良く見える。


 ここにもやはり門番や衛兵のような守護する者が居ない。

 ということであれば、このまま館の扉まで行っても構わないということだろう。

 ふと横を見るとリアが心なしか緊張気味だったが、オレからの無言の「大丈夫か?」という視線に言葉ではなく、ニコリと笑顔での返答がリアらしい。


 ほかの三人。フクロウ姿のリナリーとサイールー、それにラキは緊張している様子はない。

 そりゃそうだ。この三人に人間の権威なんてものは通じないからな。

 それに、この世界の頂点に君臨しているような存在と接してしるのだから例え王や皇帝を前にしたとしても、それだけでは緊張などとは無縁のままだろう。

 この三人が緊張、というか警戒する時は害意が直接に向けられた時だ。


 うって変わってオレはというと。

 結構緊張してたりする。だって人見知りだから。

 まあ人見知り云々は置いても、人間社会に溶け込もうと思ったら波風立てないように気を配らないと、という意識があるからなあ。その辺りが緊張の原因ではないかと。


 こういう時に三人が羨ましいとは思う。

 それにしてもサイールーは器用にラキの上に乗ってるな。

 卵を温めるような姿勢で宿からずっとラキに乗ったままだ。

 リナリーは途中で飽きたのかフードから肩に乗り換えたりしたが、もしかして寝てるか? サイールーは。


「ん? 何?」


 おわっ! 起きてたか。って、いきなり顔だけ真後ろに向けるなよ。

 本物のフクロウもそれやるけど中身どうなってんだ。

 先行したラキの足取りがやけに軽いのは外出が嬉しいからなのかねえ。


 そんな事はいいか。

 ラキに急かされるように館の扉の前まで来たが躊躇する理由もないのでノッカーを叩く。

 するとここでも待ち構えていたかのように扉が開いた。


「お待ちしていました。イズミ様ですね」


 おお。本物のメイドさん。

 オレより幾分か年嵩の表情の柔らかい女性だ。


「はい。ご招待にあずかりました冒険者のイズミです」


「それではご案内致します」


 オレの返答にコクリと頷いたメイドさんに促され全員でその後へ続く。

 ラキがメイドさんの横にピッタリと付いて歩いているが、メイドさんがチラチラと向ける視線で良く分かる。この人も犬好きだわ。いや、もしかしてフクロウ好き?


 案内された部屋の前で「イズミ様がお着きになりました」とメイドさんが扉に向かって声をかけると、「どうぞ」というシュティーナさんの声が返ってくる。

 

 部屋へと足を踏み入れると、何やらウズウズした様子のシュティーナさん。

 何となくオレがそう感じただけなんだけど、表面を取り繕っているような気がする。

 メイドさんが一礼して扉を閉めて退室すると。


「子犬!」


 おっと。すっ飛んできたぞ。


「あの! 触ってもよろしいですか!?」


 台詞の勢いとは裏腹におずおずとした様子で、ラキとオレを交互に見てそんな事を訪ねるシュティーナさん。

 オレは噴出しそうになるのを堪えて「噛み付いたりはしないので平気ですよ」と了承の意を示す。

 サイールーはオレの言葉より先にラキの背中から下りているので邪魔にはならないだろう。

 オレの言葉を聞いて、まるで待ってましたとばかりにシュティーナさんがラキを撫で繰り回し始めた。


 ほんとに犬が好きなんだなー。

 貴族なら犬くらい飼ってそうだけどな。

 一通り撫で回して満足したのか、シュティーナさん。すっと立ち上がり姿勢を正した。

 ただし顔は赤い。


「し、失礼しました。なにぶん我が家では犬を飼う事が出来ませんので……」


 リアと顔を見合わせたあと再度シュティーナさんを見る。

 二人の一致した疑問である「何故?」というのが伝わったようだ。


「お母様が犬が近くにいるとくしゃみが止まらなかったり目がかゆくなると。それで我が家では念のために他の動物も飼わないようにしているのです。あ、馬は平気なのですけど」


 アレルギー?

 だとしたら本来なら犬の毛も持ち帰ったらヤバイ場合もあるけど。

 まあラキはそういうのとは無縁だからいいか。体毛のようで体毛でないというちょっとワケの分からない身体してるから。


「あっ、ご挨拶がまだでしたね!」


 ラキ以外に気を配れる程度には落ち着いたようで。オレ達を見回してハッと我に返ったようにそんな事を口にしたシュティーナさん。

 そこでリアに目が留まったようだ。


「そちらがイズミさんの依頼者の?」


「そうですね。同行を許していただいたおかげで非常に助かりました」


「お役に立てたなら、こちらとしても嬉しいです。イズミさんからお聞きしているかと思いますが、私がシュティーナ・アラズナンです。あなたは?」


 柔らかな微笑でリアに問いかける。


「私のような者の突然の同行をお許し頂き、誠に有難う存じます。私はイツィーリアと申します。現在はイズミさんに助力を請う身なれば、言葉以外の何ものもお返しできません。何卒、ご容赦ください」


 言葉の結びに深く頭を下げるリア。


「あ、い、いえ。お気になさらず」


 リアの受け答えと、その所作にシュティーナさんが目を白黒させている。

 どういう事なのかと、オレに問いたげな表情。しかし踏み込んでいいのか戸惑っている様子も伺える。

 無理ないかもしれん。一般人の子供がする対応じゃなく明らかに貴族のソレだからなあ。

 リアもまだ行動を起こさなかったとなると、まだその時じゃないという事か?

 じゃあ別の話題で気を逸らしたほうが良さそうだな。


「ところでシュティーナさん。今ならあの約束を果たしていいんですよね」


「えっ……あ! はい! 直にお会いしたいです!」


 三日後に、とフクロウの中身を紹介する約束。

 それをこの場でしてしまおうと。遠まわしな言い方だったが、その意図が正しく伝わったようで何より。

 しかし、そこでシュティーナさんが、あれ? という表情を見せる。

 大体考えてる事は分かる。フクロウが二匹いると言いたいんだろう。

 増えてもいいじゃない。


「リナリー、サイールー」


 バサっと羽を羽ばたかせ、一瞬でローブ姿に。

 その光景にシュティーナさんが固まっている。


「こっちが「リナリーよ」で、あっちが「サイールーだよん」という感じなんですけど。あ、ちなみに子犬の名前はラキです」


 さすがにラキは紹介後に「わふっ」と返事をしただけだったが、上手いタイミングで二人ともオレの台詞に被せてきたよな。

 ふわりと飛び立ち、リナリーはオレの頭の上、サイールーはリアの肩に座る。

 それを追うように凝視していたシュテッィーナさんが、


「本物の妖精……か、かわいい……」


 と呟いた。


「ふふっ、ありがと。ほらイズミ。可愛いって」


「まあ可愛いよな。サイズ的に」


「魔法飛ばすわよ。胸は大きくなりましたー」


「誰もそんな事は言ってないぞ、リナリー」


「イズミの興味はそこじゃないからねえ」


「サイールー。余計な事は言わなくてよろしい」


 ……リアとシュティーナさんが顔を逸らして肩を震わせてるけど、ウケるような会話だったか?


「っと、失礼しました。本当に仲がよろしいのですね。ふふっ、まるで昔からの友人のようです。ですが、お二人いらっしゃったとは驚きです」


「まあ色々ありまして。主に行動を共にしてるのはリナリーなんですが」


「なるほど。事前にお会いして正解でしたね。弟と一緒にラキちゃんともどもお会いしていたら、いったいどうなっていた事かと」


 どうなってたんだろう……。

 本気で言ってるわけじゃないだろうけど、それだけテンションが上がったという事か。

 タイミングよくその話題が出たからというわけではないだろうが、流れでその弟のいる別館に向かう事に。

 自重気味な言葉と笑顔でシュティーナさんが補足するように。


「貴重なお時間を割いていただくのですから、余計な事にお手間をとらせてしまっている場合ではありませんよね」


 ふむ。弟をあまり待たせても、という気持ちも強いんだろう。






 ~~~~






「あら? お父様がいらっしゃっているのですか?」


 別館に入り視線をしばらく周囲に巡らせたあと。出迎えたメイドさんに振り返ってシュティーナさんが確認のように尋ねた。

 聞かれたメイドさんは「左様です。お嬢様」と頭を下げ答える。


「ツイスカ様は先程、執事長とともにお見えになりました」


「談話室に?」


「はい」


「わかりました」


 辺境伯が来てるとは。

 シュティーナさんも来ているとは思っていなかったようだが、ちょっと想定外。

 アラズナン卿のファーストネームはツイスカというらしい。

 うーん。辺境伯にも会って行けとかいう話になるんだろうか。偉い人とは正直、距離を置きたいんだけど。


「申し訳ありません。少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか。予定にはなかった来訪が気になりますので、お父様に事情を尋ねたいと思います」


「構いません」


 少しだけシュティーナさんの表情が硬くなった気がする。

 何か想定外の良くない事があってのでは? と考えているように見える。

 とはいえ現状でオレにできる事は何もない。案内された別の談話室で大人しく待つより仕方ないだろう。

 しかしそれ程待たされる事なくシュティーナさんが戻ってきた。


「申し訳ありませんイズミさん。度々お手間をお掛けするようで心苦しいのですが……どうしてもお父様がご挨拶したいと……」


 扉のカゲで見えないがシュティーナさんの視線と漂わせる空気で、すぐ近くにいるのがイヤというほどに分かった。

 断るなんて出来ないんだから、ここは分かりましたと言うしかないだろうな。

 座ったままはまずいか。よっこらせっと。


「わ――」


「久しぶりだねイズミくん」


 はい? 


「カイウス……さん?」


 了承の言葉を口にする前に現れたのは、良く見知った顔だった。






 ~~~~






「あまり驚いてないようだね?」


「……充分驚いてますよ」


「ほっほ。その割には動揺の気配が微塵も感じられませんな。もしや予想されてましたかな?」


「いやまあ。いくつかの予想の中にはありましたけど実際に現実のものになると、違った形の驚きになるわけでして」


 空想の中ではありがちな展開。

 それが目の前で繰り広げられるとはね、という感じが強い。

 世の中ってすごいなー、と。


「あの……お父様はイズミさんと直接、面識がお在りだったのですか……?」


 おや、何も話してないんだ。

 面白い冒険者がいるとだけ情報を与えたって事かな?


「あーーっ! レノス商会で既に接触していたという事ですか!?」


「そう。この仕掛けのためにお前には敢えて情報を伏せていた。最低限の情報と面白いという評価でこう動くだろうと思っていたからな。しかし不発に終わったのは少々悔しいね。余計な情報をシュティーナに渡すと感づかれると警戒していたのがまったくの無駄だったとは」


「無駄と言うほど平静だったわけでもないですよ。でもオレを驚かせるために娘さんを騙すとかどうなんですかね」


「ははっ。騙していたわけじゃないさ。教えなかっただけで」


「同じ事です! お父様!」


 娘としてはそう言いたいだろう。

 いつから準備していたのか見当も付かないが、オレなんかを驚かすために利用されたような形だもんな。

 なんて考えているとタットナーさんが「御館様。立ち話というのも」と気持ちを切り替えるという意味でも、絶妙な間で座るよう促してくれた。


「それはそうと。ミミエから報告があったが本当に妖精フェア・ルーが二人に増えているね。それとそちらのお嬢さんがイズミ君の依頼……えっ……?」


 座るタイミングでオレの身体で死角に隠れた格好になっていたリアに視線を移したカイウスさん。 シュティーナさんから依頼人がいると聞いてそれをただ確認するつもりでいたような感じだったが、リアの顔を見て固まった。


「お久しぶりです。アラズナン卿」


 その一言と共に髪の色を元に戻すリア。

 リアの一言に驚いていたカイウスさん、シュティーナさん、タットナーさんの三人だったが、いきなり黒髪に戻した事で二重に驚いている様子。

 リアはここで動く事にしたようだな。


「ひ、姫様……?」


「最後にお会いしたのが二年ほど前になりますが、覚えていて下さったようでホッとしました」


「忘れるなど……いや、そんな事より! 何故イツィーリア様がここにッ……!?」


 皆が固まっていたが、そこで再度タットナーさんが座るように促した。

 皆が落ち着いた所でリアが「イズミさんには助けて頂きました」と詳しい事は後ほど、と付け加え。しばらくの間、オレと行動を共にしていたと説明した。

 もっと事情を聞きたいとはっきり顔に出ていたカイウスさんだったが、リアが「弟さんをお待たせするわけには参りませんから」と譲らなかった。


 それにしても姫様、ね。


「イズミさんは驚いてませんね?」


 リアが首を傾げて、ちょっとだけ不満そうに。


「ん? リアの身分か?」


「はい」


「まあ可能性として無くはないと思ってたな。言動が上流階級の人間のそれだったし、徹底的に感情を制御するように教育されているようにも思えた。その年齢で過剰なまでの感情抑制を強いられる立場となると限られてくるだろう?」


 リアの場合、他の要因で感情の起伏が薄くなったのもあるかも知れないが。

 あとは特別な力を持っているのも理由のひとつではある。


「ふふっ、さすがですね。でも周知の事となったからといって接し方を変えるのはイヤですよ?」


「だろうと思ったから普通に答えただろ?」


「はい」


 本当に嬉しそうな表情のリアを見ると、間違った対応をしなくて良かったと思う。

 なんとなくそのほうがリアは喜びそうだと判断しただけだが。


「……イズミくん。こちらにいらっしゃるのはイツィーリア・エーヴ・ルメール様。この国の第二王女というお立場であらせられるお方だよ」


「なるほど」


 納得出来る肩書き、というより、それしかないと思えるほどしっくりくるものだ。

 オレがそう納得しているのとは違い、シュティーナさんはまだ驚いている模様。


「お、王女様だったのですか……」


「シュティーナが知らないのも無理はない。ほとんど表にはお出になられなかった方だからな。名前を知っていたとしても、お顔を知らなければそうとは思わんだろう」


「アラズナン卿のおっしゃる通りです。ですから、あまりお気になさらず」


 失礼な事をしたのではないかとオロオロと動揺しきりなシュティーナさんに、リアは笑顔でそう告げる。そのリアの言葉で少し落ち着きを取り戻したようだ。


「驚かすつもりで逆に驚かされるとは思ってもいなかったよ。本当に君といると予想外の事ばかり起きるね」


「ほっほ。そういう星の元に生まれたのでしょうな。気まぐれなはずの運命の女神が頬ずりして離さないのでしょう」


「オレの手でどうにかなる事なら受け入れますがね」


「ふふっ、君の手は私達より随分と長そうだ。どうにか出来る範囲が広大だからこその巡り会いという事なのだろう」


「そうですね。イズミさんでなければ私はこうしてここには居なかったでしょうし」


 能力の違いでという意味なら、そうなのかもしれないな。

 はるか上空を知覚可能だったのもそうだが助ける手段がなければこの出会いはなかった。


「ところでアラズナン卿。ご子息をこれ以上お待たせするのは……」


「……そうでした。今はイツィーリア様のご厚情に甘えさせて頂きますが、後ほどお時間を頂けますか?」


 カイウスさんの懇願にも似た言葉に、リアがオレに視線を向ける。

 コクリと頷くとリアも頷きを返す。

 それが目的なのにわざわざオレに「いいですか?」と確認を取る辺り、リアは気を使いすぎなのではと苦笑してしまいそうになる。


「こちらこそ、お忙しいとは存じますが、お願い致します」


「わかりました。悪いがイズミくん、息子に会っていって貰えるかい? 私から話を聞いてどうしても会いたいと言ってね……葛藤はあったが、私としてもセヴィーラにはその身で色々な事を感じて欲しいと……バカな父親の愚かな願いを聞き入れて貰えないだろうか」


「その為に来たんです、何の問題もありませんよ」


「そうか……ありがとう」


 カイウスさんとシュティーナさんの血が繋がっていると、この時初めて実感した。

 複雑な心情を表した泣き笑いのような表情がそっくりだった。






 ~~~~





 カイウスさんの息子、セヴィーラくんの所へこれから向かうと連絡を入れる僅かな時間にオレの気になっていた事をタットナーさんに尋ねた。

 トーリィはどうしているのか、と。

 どうやら鍛錬場から帰宅して、本当に最低限の報告のみで、すぐに騎士や衛士の練兵場に向かってしまったらしい。タットナーさんが放り込んだようだが。


 死の牙を討伐した者と鍛錬したという情報が上層部に伝わっていたとかなんとか。

 それで訓練に参加していたために詳しい報告がカイウスさんまで上がっていなかったようなのだ。

 行き違いになっていたのならカイウスさんがリアの情報を持っていなくても不思議はなかったわけだ。


「迂闊でしたな。報告書ではなく、まず口頭にて詳しく報告させるべきでした」


 タットナーさんは言うが、職業上は仕方ないんじゃなかろうか。

 護衛という職業柄、強さが求められるのならば、鍛錬の成果こそが一番重要な情報だろう。

 だとしたら誰も悪くないと思う。


「いやはや。たしかにそう言われると否定は難しいですな。ほっほっほ」


 オレの見解に少し顔を綻ばせたタットナーさんだった。

 そうこうしてるうちにセヴィーラくんの部屋へと向かう事に。


「セヴィーラ。シュティーナです、冒険者の方をお連れしましたよ」


「お姉様! 入ってください!」


 扉越しではあるが元気そうな声が聞こえた。

 シュティーナさんに続いて部屋へと歩みを進めると。そこは二十畳ほどの部屋。ベッドにはメイドに支えられながら起き上がる少年がいた。

 シュティーナさんと良く似た整った顔の少年。

 髪の色もそっくりだ。これは母親譲りかな? もう少し長ければ女の子と間違われそうな感じだな。


「体調はどうですかセヴィーラ」


「はい。今日はいつもよりずっと良いです。冒険者の方が来られるという事で楽しみにしていましたが、体調が良くてホッとしています」


「セヴィーラ、こちらが冒険者のイズミさんです」


「初めましてセヴィーラ殿。冒険者のイズミです」


「初めましてイズミさん。あの……無理なお願いかもしれないんですけど、いつものように話してくれませんか? 僕は年下ですし、それにイズミさんがどんな人か知りたいんです」


 この子の視線は……いや、今はその事についてじゃないな。


「んー……そう言われましても……オレはただの冒険者ですから……」


「お願いします。僕の気持ちの問題というだけなのは承知していますが……」


「わかった。これでいいかな」


「はい! あの……それで、ですね……妖精さんは……」


 ……やっぱりこの子は目が見えていない。


「あ、ああ、ここにいるよ。ちょっと掌を広げていてくれるか」


「こ、こうですか?」


 そこでリナリーにセヴィーラくんの掌に乗るように視線でお願いする。

 リナリーとサイールーもこの子の目が見えていない事に気が付いているようだ。

 頷いてふわりと掌に降り立つリナリー。


「ッ!」


 その感触にセヴィーラくんが驚いているようだ。

 その間にオレはシュテイーナさんとカイウスさんに視線を送り、目が見えないのかと問う。

 その疑問にふたりが悲痛な面持ちで頷いた。


「本当に妖精さんが……」


 そうだ。確かにシュティーナさんもカイウスさんも、セヴィーラくんに妖精を見せたい(・ ・ ・ ・)とは一言も言わなかった。

 ただ会わせたい、と。


「お姉様に聞いているかと思いますが、僕は目があまりよく見えないのです。二年前の事故以来、光は感じられるのですが、輪郭が認識できません。でもこうして触れて魔力を感じる事は出来ます。妖精さんが本当にいると実感出来て、すごく感動しています」


 何も聞かされていなかったが、二人を責める事は出来ないだろう。

 おそらくだが、二人の中では整理がついていないのだ。認めたくないという意識がオレに語る事を躊躇してしまったのかもしれない。


「イズミさんは、どうやって妖精さんと仲良くなったのですか?」


「間違ってるな。妖精さん、達だ」


「えっ?」


「サイールー」


「はーい」


 返事と同時に飛び立ちセヴィーラくんの肩にちょこんと座るサイールー。

 その感触にビクリとしたがサイールーが頬に触れた事ですぐに理解したようだ。


「二人もいたの!?」


「そう。肩に座ってるのがサイールー。掌に乗ってるのがリナリー。どっちも君の姉さんやオレと同年代だな」


 その会話を皮切りにどんな風に妖精フェア・ルー族と知り合ったのかを語ってみせた。

 鉱石竜なんかのヤバイ情報は上手いこと誤魔化しながら、なんとか辻褄を合わせて、ほぼ事実の通りの内容だ。

 その事にシュテイーナさんや、カイウスさんは目を剥いていたが、敢えて口を挟まないようにしていたようだ。


 それにしてもこの子はすごいな……。

 十歳と聞いていたが、その年齢で視力を失っても家族に心配させまいと気丈に振舞っているのが分かる。

 オレなど、この年齢になっても視力を失ったらどうなるか想像すらつかない。

 今まで見えていたものが、ある日を境にいきなり見えなくなる。

 そんな状況に置かれたら気がおかしくなってしまっても不思議じゃないだろう。少なくともオレは平静でいられる自信はない。

 それだけ人間にとって視力は重要だ。世界を構成するほとんどの情報が永遠に得られないというのは想像を絶する。

 本当に見えなかったらそうも言ってられない、なんていう現実に則したもの言いをする人もいるかもしれないが、とても割り切れるものではない。


「妖精の里……。この世界からいなくなったわけじゃなかったんだ……」


 その見えないはずの瞳をリナリーに向け、安心したかのような言葉を漏らした。


「それに……なんというか、すごかったです。物語の中の出来事みたいで、とても不思議でした」


 少しでも気が紛れる役にたったのだろうか。

 生きる気力が湧く手伝いが出来たのだろうか。

 笑顔でオレの語った事に感想を述べたセヴィーラくんに対して、そう思わずにはいられない。

 その笑顔に何かの役に立てたのだと自分を納得させかけたその時。

 セヴィーラくんが俯いて何もしゃべらなくなった。


「……うっ……うう……」


 ぽたぽたと涙が零れ落ちていた。


「ごめ……ん、なさい……諦められたと、思ったのに……心の整理が出来たと思ったのに……リナリーさんやサイールーさんを見てみたいと……願って、しまい、ました……う、ううっ……」


 オレのあたまの隅にあった漠然とした不安はこれだったのだ。

 少し考えれば思い至る結果。

 見たことも聞いた事もない存在が目の前にいたとしたら。

 その目で確かめたいと誰もが思うだろう。ほんの二年前まではそれが出来ていたのだ。

 子供が感じる時間は大人と比べて長いというのは聞いた事がある。しかし見えていた事を忘れるには二年というのは短い時間だ。いや見えていた事を忘れるなど出来はしないだろう。


 しばらく肩を震わせて泣くセヴィーラくんに誰も声をかける事が出来なかった。

 それでもなんとか自力で感情の昂りを落ち着かせる事はできたようだ。

 会って間もない年下の少年だが、素直に尊敬出来るほどの心の強さを持っている。


「あの……申し訳ありませんでした……。泣くつもりはなかったのに……」


 赤く目を腫らして笑顔で気恥ずかしそうに言う姿が、痛々しいながらも更に心の強さを感じさせた。


「君の気持ちを本当の意味で理解するのはオレには出来ないだろう。でも泣きたい時は素直に泣けばいい。そして家族に心配をかけろ。我慢をされて辛いって場合もあるんだからな?」


「はい……う、うう……うぐっ、うあああぁーー」


 堰を切ったように流れ出した涙を拭う事もせず。

 ただただ泣いた。

 シュティーナさんも口元を手で覆い涙を零している。

 カイウスさんもきつく目を閉じて涙を堪えているようだ。


 どれだけの時間が経ったのか。セヴィーラくんが泣き止んで笑顔で言う。


「……すっきりしました。ありがとうございます」


「そうか。すっきりついでに体調もすっきりさせよう。今はこれしか出来ないが」


「えッ?」


 リナリーの乗っている手とは別の手を握った事できょとんとした顔をしているが、体調だけはなんとか出来そう。

 里での事を話していた時から魔力の流れを外から診ていたが、所々でその流れがおかしい。

 止まっていたり逆流していたりと、微細ではあるが明らかにこれが体調に影響している。

 魔毒で魔力の動きを狂わされたトーリィの症状と僅かに似ているように思う。

 なのでその流れを正してやろうかと。


「え、えっ?」


「どうだ? 魔力の流れが完全に戻ったはずだけど」


「嘘……嘘みたいに身体の違和感がなくなってます!」


「違和感は無くなったが疲れが回復したわけじゃない。体力はすぐには戻らないから、ちょっとの間はおとなしくしている事」


「はい!」


 リナリーとサイールーがオレの元へと戻ってくるとメイドさんが察したようで、ベッドに横になるように身体を支えつつ促した。

 目を丸くしてオレの方を見ていたシュティーナさんだったが、ハッとしたようにセヴィーラくんに声をかけた。


「今日はこれで帰ります。おとなしく寝ているのですよ、セヴィーラ」


「はい。姉さま」


 二人とも笑みが零れている。

 その姿に暖かいものを感じ、そして全員で談話室に戻った。





「……すまなかったね、何も言わずに……」


「いえ……なんとなくお気持ちは分かります」


 カイウスさんが謝罪を口にしたが、責める気にはなれないというのは変わらない。

 シュティーナさんも申し訳なさそうにしていたが、オレの言葉で、どこかホッとしたようだ。

 しかし浮かない顔がふたつ。リナリーとサイールー。


「イズミ……」


 口を開いたのはリナリーだったが、ふたりとも同じ気持ちなんだろう。


「分かってるよ。そんな顔するな」


 どうにかならないかという懇願が込められた表情を向けられ。

 オレはそう答えた。


「カイウスさん。一日下さい」


 何処まで出来るのか。本当に出来るのか分からないが。

 セヴィーラくんの目を治す。





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