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第七十四話 会談



 アラズナンという貴族家は一つしかない。この辺境区を治める高位貴族。

 目の前の少女はシュティーナ・アラズナンと名乗った。

 

 勧められた三人掛けのソファーにオレとジェン、そして何故か真ん中にフクロウ姿のリナリーがちょこんと卵でも温めているかのように鎮座している。

 向かいにある同じソファーに座るシュティーナさんを前にジェンはかなり緊張している様子。


『アラズナン家の方が直々に……』


 名乗りを聞いた直後。硬直していたくらいだから相当に衝撃的だったのだろう。

 オレも正直、アラズナン家の者が直接こちらに来るとは思っていなかった。

 しかし、そんなジェンの様子を見てシュティーナさんは苦笑気味にクスッと笑い、椅子に座るよう勧めてくれた。

 それで少しは緊張がほぐれたようだが、まだガチガチだ。


 先程の男性がティーセットをテーブルに置くと頭を下げ、そのまま退室。

 令嬢ひとりだけ残して退室というのはいかがなものかと思ったが、隣室に護衛らしき気配があるから問題ないのか。

 それにしても紅茶を目の前にしてなんだけど、コーヒー飲みてえ。

 本気でたんぽぽコーヒー作ろっかな。それか適当に豆でも炒って近いのを探すか。

 なんて関係ない事を考えていたら。


「……さすがですね。分かりますか」


 最初なんの事だか分からなかったが、紅茶を飲みながらボーッと気配のする方向を見ていた事について言ったらしい。顔を向けていた訳ではなく視線を向けていただけだが。

 護衛がどこにいるのか筒抜けなのかという趣旨の発言だったようだ。

 僅かに目を見開いている様子から、見破られたのがちょっと予想外だったといった所か。

 でもごめんなさい。

 コーヒーの事を考えてました。


 しかし、さすがというのはどういう……ああ、そうか。

 盗賊を討伐した事で呼び出されたんだから、ある程度は使えるであろうという判断なわけだな。


「ふふっ、盗賊の事だけではないですよ?」


 表情にでも出ていたのだろうか。

 オレがなるほどと納得しかけていたら、そうではないと言われてしまった。

 しかし、ならばどうして。


「様々な手段で情報を集めていますから」


 ニッコリと笑った顔には、それは内緒ですと書かれているようだ。

 そりゃ、そう簡単には手の内は明かさないよな。

 もしかして一般市民に紛れて情報を集めてるとか?

 いわゆる草の者とかいうヤツだろうか。忍者みたいでちょっと面白い。


「ふむ。そうなんですか」


「警戒しないのですね。しかもどこか楽しそうです」


「これは失礼しました。自分の性分と言いましょうか。敵意や害意といったものを向けられるのでなければ、それほど気にはならないんですよ」


「まあ。そうなんですか? 自分の素性を勝手に調べられるというのはあまり良い気分ではないという方が多いのですが、イズミさんはそうではないのですね」


「ええ、まあ。どの道、無駄な抵抗なので」


 イグニスには誇張なしに毛穴の数まで把握されてる可能性があるから。

 今更、多少の事を他人に知られても痛くも痒くもないわい。

 そんな事を言うわけにもいかないので言葉を濁してみたものの。何の事か分からないシュティーナさんもジェンも、はてなマークが頭の上に浮いてるような表情だ。


 オレがそれ以上は言うつもりがないのが分かったのか、それとも単に流しただけなのか。シュティーナさんは気を取り直したようにジェンの方へと視線を向けた。


「ギルドでのイズミさんの評価というのはどのようになっていますか? 周囲の評判も、という意味も含まれますがジェニスラッテさんは詳しくご存知ですか?」


「そう、ですね……。等級をなんとかして欲しいという話は出ています。低いままでは受けられない依頼がありますので等級を上げ、引き受けて頂ければという感じですね。この時期は冒険者の皆さんは迷宮へ行かれる方が多いので等級が高い方が居て下さると助かる、というのがギルドとしての本音になるかと思います」


 なんとなく分かる言い分ではあるか。

 等級が高い冒険者がいて困るって事はないだろうし。

 シュティーナさんも、その辺りの事情は良く分かっているようで「なるほど確かに」と頷いている。


「等級が上がれば指名依頼という形も取れますので達成困難な依頼を押しつ、あ、いえいえ。報酬の良い依頼をご紹介出来る様に――なりますよ?」


 最後だけ取り繕うようにオレの方を向いて良い笑顔で言ったつもりのようだが。

 今、押し付けるって言ったろ。


「気のせいか? オレの耳には不穏な言葉が聞こえたんだが……?」


「な、なんの事でしょう~?」


 あれだけはっきり声に出して言ったんだから覚えてないわけないだろう。

 どう考えてもうっかりじゃなくて、わざと言葉にしたとしか思えない。

 ギルドとしては働けるものは何でも使えって事なんだろうけど。


「まあ、ジェンはギルドの人間だから意向には逆らえんわなあ」


「そ、そうなんですよ! っと、すみません。あとは周囲の評判ですが。冒険者の間ではほとんど認知している者が居ないような状態です。登録してそれほど経っていないというのもありますし、イズミさんが行方をくらましていたりなんだりで、接触する機会すらなかったというのもありますので評判の立ちようがないのです。ですが職員やその周辺では好評価です」


 解体所のガルタのおっちゃんや他の受付職員。

 あと警備関係者からは良い印象を持たれているとジェンがシュティーナさんに語った。

 ジェンの個人的な屋台街での経験も交えたりと、ジェンは他人の興味をひくのが上手いなと素直に感心してしまった。

 途中から世間話のように、やや砕けた雰囲気になったがシュティーナさんが上手い事そう誘導していたようにも思えた。


 しかし自分の評判なんて聞くもんじゃないな。

 概ね好意的という事で悪い気はしないんだが、ムズムズしてどう返していいのか分からん。

 ほー、そうなんだー。くらいの反応しか出来ないぞ。


「ふふっ。どうやらギルド側としてはイズミさんの事を取り立てて公表するつもりはないようですね」


「ん~、やっぱりそうなんでしょうか?」


「少なくとも現時点では、という事だと思います。盗賊討伐の件も報奨金の算定の最中という事もあるでしょうし、冒険者同士の無用な摩擦を回避するため、といった所でしょうか。ジュエニスラッテさんが感じているように急激な等級の上昇の公表は場合によっては、その冒険者の不利益になり兼ねませんから」


 付き纏いや腕試しと称した決闘とかの事を言ってるんだろう。

 あとは指名依頼で、その達成を阻もうとする勢力からの妨害や暗殺といった事まで。

 等級が高い冒険者を指名した、いわゆる厄介な依頼ではごく稀にあるのだとか。

 貴族や政治的な事が絡むと、どうしてもそういった事と無関係とはいかないようだ。

 

 おーやだやだ。

 とはいえ、そんな政治闘争に発展するような事は、こんな辺境区では起こりようがないとタットナーさんなんかは言っていたが。


「こちらとしてはその判断はとても助かっているんですよ。本題を申し上げるうえでは非常に」


 そらきた。

 呼び出しておいて軽い世間話程度のもので終わり、なんて事はないよな。

 人となりを見るにしても、何かしらの提案があるんだろうとは予想していた。

 何を言われるのやら。


「イズミさんにはその指名依頼を受けて頂きたいのです」


「えーっと……オレは指名依頼を受けられる等級では……」


「承知しています。ですからコレは厳密に言えば依頼ではなくお願いになります。ですが時間を割いて頂く事になるのならば形式上は依頼という事にしたほうが良いと判断しました」


 何故そこまで気を使う必要が……いや、これはオレを警戒しているのか?

 オレについての情報が正確なら正確なほど、気に入らない事があれば平気で排除しかねない、などと思われている可能性が無きにしも在らず。全くもって不本意だが。


「しかし依頼とは申しましたが、ここで先程の周囲にあまり認知されていないというのがこちらにとっては好都合でもあったのです。今回の依頼は極秘のものになります」


 極秘と聞いてジェンの表情が僅かに曇った。

 しかしオレにはその変化の意味が分からなかったが、問い質すような空気でもないので大人しく続きを聞く事に。


「そのためジェニスラッテさんには秘匿依頼として処理をして頂く事になると思います。例外中の例外ではありますが宜しくお願いします」


「は、はい!」


「そして依頼が極秘という事で報酬は――」


「すみません。話の途中で失礼かとは思いますが、依頼の内容を先にお願いできますか?」


「報酬の額を聞かずによろしいのですか?」


「額ではなく内容で決めたいので。先に金額を聞くと判断が鈍る場合もありますから。といっても断れない類の依頼、ですよね?」


 貴族からの依頼なんて命令のようなものだろう。

 というかそうでないと貴族の立場としてもおかしなものになってしまうんじゃないかと。

 今回は断れそうにないが金額はそれほど気にしないというのは本当。面白そうかどうかで判断するから。


「いえ、これはこちらの完全な我がままですので、何を於いても優先しろとは言えないものです」


 なんだろう。何かちぐはぐな印象があるな。

 極秘なのに聞いた後で断れる?


「……それで依頼というのは?」


「イズミさんには、ある人物に会ってもらいたいのです」


 それが極秘? オレと接触した事を誰にも知られたくないという事か?

 本来の依頼はそこでという事だろうか。

 きな臭い事にならなければいいんだけど……。


「あ、いえ! 決して変な人物に会わせようというのではないのです。この事はお父様も承知しています。――簡潔に申しますと、私の弟に会ってもらいたいのです」


 オレの考えていた事を当てたわけではないだろうが、懸念していた事を否定してきたな。

 人に会えと言われた時に思ったのは、誰かと戦わなきゃいけないのかと思ったのだが。

 例えば、この辺境区の警備隊や騎士団の腕利きとか。

 飛躍し過ぎだが、このお嬢さんの婚約者なんてのも浮かんだ。

 どっちもぶちのめすのが目的かなあ、なんて考えてたんだけど。

 あとは……まあ、コレはいいか。ジェンが不安視したのはこっちだろうけど、それはハズれたし。


 いや、しかし待てよ。

 弟って事は、もしかしなくてもアラズナン家の跡継ぎ?

 あ、でも上にまだ兄弟がいるという事もあるのか。

 何にしても逃げ出さなきゃならないような理由はない、か?


「実を申しますと弟はここ二年ほど臥せっていまして……妖精を連れた面白い冒険者がいるというのを聞いて、会ってみたいと珍しく自分の願望を口にしたのです。お父様の許可を頂いて、こうしてここにいるのは弟の願いを叶えてあげたいからなのです。妖精に会ってみたい、何よりその妖精を友とするイズミさんの話を聞いてみたいという、その願いを」


 泣き顔のような笑顔。

 シュティーナさんの様子からすると、その弟は重い病気か何かだろうか。

 しかし本当にただ会わせてあげたいのだという事が、その表情から伝わった。


『いいんじゃない? わたしはオマケっぽいし、イズミのしたいようにするのが一番いいような気がする』


 リナリーを見世物のように扱うのはどうなんだと一瞬、思ったが。当のリナリーは全く気にしていないようだ。そんな言葉をオレにだけ聞こえるように魔法で囁いたリナリーの声音は、いつもよりとても優しげなものだった。


「分かりました。その依頼を受けます」


「本当ですか!?」


 パッと花が咲いたような笑顔。

 先程までの凛としたものより、少しだけ歳相応の無邪気さが見られたような顔。

 やはり多少の無理はしていたのか。


「ええ。世界を違えても果たしましょう。ただ、確認したい事がいくつかありますが宜しいでしょうか」


「はい」


「まず。極秘といった部分は理由があって極秘としているのでしょうからそれは聞きません。ただ、弟さんに会うにあたって注意事項というか、そのようなものはありますか? 例えば、会談の場へ向かう際は誰にも見られてはいけないとか、それ自体を親しい者に告げてはならないとか」


「皆さんに対しての極秘というのは、あくまで関わりのない者に対してだけです。イズミさんと直接面識のない者には決して伝えないようにというのが基本になります。ギルドは他の冒険者や職員には漏らさない事。イズミさんの場合は親しいものへの事情説明は限定した情報であれば構いませんが、その方達が他者へ触れ回るのは避けて頂くようになります。といっても噂になる時はなりますので積極的に周囲に話すのを避ける、程度のものでいいと思います」


「なるほど。重要なのはそちらの事情が漏れない、という事なんですね」


 ならば聞かなくて正解だったわけだ。

 知らなきゃ話しようもない。

 そしてコクリと頷いたシュティーナさんが移動の件についても答えてくれた。

 場所はアラズナン家の本家の館。別にそこに行くまでに誰かに見られれはいけないという事もないようだ。

 それなりに人の出入りはあるのか、オレのような冒険者が訪ねても不審には思われないらしい。

 という事はオレのほうの重要案件がなんとかなるかもしれない。


「あともうひとつ」


「はい、どのような事でしょうか」


「これは確認というかお願いになるかと思うのですが。実は今、ひとつ依頼を抱えてまして。それが人探しなのですが……そちらに向かう際に、その依頼人を宿にひとりにしておく訳にもいかないのです。同行を許可願えないでしょうか。なにぶん成人にもあと数年といった年齢ですので」


 本当はサイールーが一緒に居れば宿に残しても全然問題ないけど、ここはぶっ込んでみる。

 ダメでもともと。


「まあ、それは……そういう事なら構いません。私達も何かご協力できる事があると良いのですが……」


「いえ、こちらはコレが仕事です。長期的なものになる可能性もありますが、手がかりは掴んでいますので後は安全確保のみな訳ですよ」


 おお。リアの同行が許可されたぞ。

 しかしそんな簡単に受け入れていいのかね。

 預かっているのが子供という情報が決め手かな? 子供ひとりで人探しというのがかなり同情をかったような感触だ。リアはそれほど子供じゃないけど。

 けどウソも言ってないから。

 いけね。これも聞いておかなきゃいかん。


「あーっと……すみません。同行者で子犬が増えてもかまいませんか?」


「えっ、子犬!?」


 なんか、すごい食いついてきた。

 でも複雑な表情してるなあ。弟の事で切ない気持ちもありつつ、でも子犬にもすごい興味がある、みたいな。


「ぜ、全然構いません!」


 あ、この人、犬好きだわ。

 ジェンもか。会わせてくれオーラがすごいな。

 近いうちに会わせるから。


 といった感じでちょっと空気がふわふわして、おかしな感じになったがアラズナン家への訪問の日取りも決まった。

 三日後の今日と同じ時間にという話になった。

 場所はジェンが知っているようだし、というかこの街の人は大体みんな知ってるらしい。

 それが決まった事でこの会談もお開きになるかな?


「本日はご足労頂きありがとう御座いました。それでは三日後に」


「はい。三日後に」


 本当にお開きになったな。

 でも気になるから聞いちゃえ。

 退室する寸前に振り返り、確認する事にした。


「シュティーナさんはリナリーと直接、顔を合わせなくても良かったのですか?」


「えっ……リナリーさんと仰るのですか?」


 オレがフードにいるリナリーにチラっと視線を向けると、つられたようにシュティーナさんもリナリーを見た。


「その……本当のお姿を拝見したいのは山々なのですが……私だけ先にお会いするわけにはいかないのです。この場はそういう存在が本当に居たのだと確信が持てただけで充分なのです。どう見ても反応はフクロウのそれではなかったですからね」


 ふふっと笑ってみせたシュティーナさん。

 ふむ。弟と一緒にという事かね?

 妙な所で律儀だね。


「ではそれも三日後に」


「はい。楽しみにしております」


 笑顔のシュティーナさんに見送られ。

 館を後にした。






 ~~~~






 門を出てしばらく歩くと。

 そこでジェンがドッと疲れたように息を吐いた。


「き、緊張しました……。なんでイズミさんは緊張してないんですか……」


「してたさ」


「とてもそうは見えませんでしたよ? 言葉遣いもですし、受け答えも堂に入ってました。イズミさんが何者か分からなくなるくらいでしたよ。私より余程慣れてると感じました」


「言葉遣いは自信ないけどな。たぶん色々間違った言い方とかもあっただろうけど、ああいうのは姿勢を見せるのが大事だから。目に余るくらい失礼じゃなければ、それを汲んでくれる人のほうが多いんだよ」


 日本での話だけどな。

 しかも日本でも確実ではないという。


「なるほど……子供が一生懸命に丁寧に話そうとして失敗しても、咎める人はあまりいないのと一緒ですね」


「そうそう。貴族と接し慣れてない一般市民っていう立場を最大限に利用するんだ」


「ぶっちゃけ過ぎでしょう。あはは」


 やっとジェンの表情から硬さが抜けたようだ。

 ちょうど昼時だしラキの紹介がてらジェンも一緒にパン色の犬でランチとかどうだろう。

 いや、ラキは白のトクサルテの拠点だったか。だったらそっちに行ってもいいかも。というかそれ以前にジェンの立場としてはギルドにすぐ報告に行かなきゃダメとか? 報酬の手続きも……。


「あッ!」


「ど、どうしました!?」


「報酬の話をしてなかった……まあ、いっか。こっちは報酬がいらないくらい得したからな」


「え、あの……どういう事でしょう? たしかに貴族と顔繋ぎが出来たという意味ではその通りですけど……報酬がいらないくらい、ですか?」


「ああ。オレの方にも同行者の許可を得るっていう目的があって、それが叶ったからな。一回限りの面会だと思ってたから結果としては出来過ぎなくらいだ」


「はあ……って、もしかしなくても人探しの依頼の件ですか?」


「そう。貴族に繋ぎを付ける事で進展するかもしれない案件でな」


「……また厄介な事になってますね。詳しく……は聞かないほうがいいですか?」


「いや。とにかく情報が欲しいからジェンにも話すつもりではいたぞ。ただ、こっちもあまり大っぴらに出来ないのも確かなんだ。その辺も含めて事情説明したいけど……これから時間あるか?」


「えっ? はい。大丈夫ですけど。依頼人と打ち合わせですか?」


「だな。アラズナン家に同行出来るって報告も兼ねてジェンにも紹介しておく。今、白のトクサルテの拠点で預かってもらってるんだ」


「……何故そこで白のトクサルテが出てくるんです? もしかして誰かと一夜を共にしたとか!? いえ、拠点の話が出るという事は……ま、まさか、一度に全員とヤってしまったとかですか!?」


「ヤったとか言うな! 何もしちゃいない! 飛躍し過ぎだ! はあ……それについても説明するから……」 


「あ、それじゃあイズミさんはまだ、童て――いえ、何でもありません」


 今、童貞って言おうとしたな?

 そうだけれども! 何故嬉しそうなんだ……。

 おや、何か種類の違う安堵の表情に変わったな。


「それにしても……暗殺の依頼とかじゃなくて良かったです……」


「……やっぱりそういう事もあるのか」


 心底ホッとしたように呟いたジェン。

 会談中にジェンの顔色が変わったのはそれを懸念しての事だったんだな。


「他の支部で噂くらいは。明確な証拠がなく、あくまで状況証拠に過ぎません。ですが、そうではないかという事例が幾つもあるみたいなんです。冒険者が使い捨てにされたのではないかと」


「依頼側も受けた側もどっちも黙るから証拠が出辛いか……。大金に目が眩んで、そうとは知らずに使われて終いには口封じ、か?」


「……ええ。そういった組織を使いたくない場合や、報酬を払う気がないなんていう理由もあるそうです」


「そういう所でケチるなよ……」


「えっ?」


「いや、なんでもない。そういった組織って言ったけど、裏の仕事を請け負うヤツらが専門にいるって事か? それとも貴族がそういうのを独自に抱えてるとか?」


「大きな貴族家になるとそういった事もあるかもしれませんが、ここで言う組織とはいわゆる闇ギルドとか地下ギルドの事ですね。モグラなんて言われたりもしてるらしいですよ。地域で呼び方なんて変わったりするので、あくまで噂ですけどね」


 盗賊ギルドとか暗殺ギルドとかの闇の互助会?

 ほんとにあるんだな。


「ふーむ。そういう事ねー。何にしてもジェンはそれを心配してくれたわけだな。悪いな、余計な気苦労かけて。でもありがとな」


「いい、いえいえ! ギルド職員としてはイズミさんを心配するのは、あ、当たり前の事ですから……!」


 こんなにあたふたと赤面されると、軽く礼を言ったつもりなのにオレのほうまで照れくさくなるな。

 って、痛っ!? なんだ? あいたっ!


「ガスガスと頭をつつくなよ! 何? なんなの!?」


「シャーーッ!」


 それはフクロウの出す音じゃない!

 リナリーがえらく不機嫌だけど、なんだヤキモチか?

 あ、会話が出来なくて仲間はずれになってるとでも思ったんだろうか。


「みんなと合流すればリナリーも会話に混ざれるんだから、そんなに不機嫌になるなよ」


「もう! そういう事じゃないの!」


 よく分からんが。

 とりあえずさっさと、みんながいる拠点に向かおう。






 ~~~~






「このコがラキちゃん!」


 わしゃわしゃとラキの腹を撫でるジェンの声が嬉しそうだ。

 しかしラキは子犬の姿限定とはいえ、誰にでも腹を撫でられまくってるな。

 強者の一族としての矜持は何処に行った。まだ子供だから無いかそんなの。


「というか妖精が二人いるなんて聞いてませんけど」


「ああいや、サイールーは一時的な滞在だからいいかなーなんて」


 ジェンも拠点に連れて行くとサイールーへ、リナリーが共鳴晶石ユニゾン・クォーツで伝えて到着後。

 サイールーを見て固まっていたが、オレに向かって子犬姿のラキが突進してきたのを目にして一瞬忘れていた模様。突進というか顔に張り付いたんだけど。


「んーっと。ジェンにはどこまで話が通ってるニャ?」


 リアの紹介はまだだが、人探しだと偽装した貴族への繋ぎの件は取り敢えず承知している事をキアラに伝える。


「んニャー。じゃあ、あんまり詳しくは説明してないのかニャ」


「そうです! いつのまに白のトクサルテのメンバー全員と仲良くなってるんですか!」


 そこですか。

 確かにそれが切っ掛けで、いろいろとあった事は認めるが。

 詰め寄られたからというワケではないが、キアラとの交換条件で強くなるために鍛錬した事と、なし崩し的に全員を鍛えた事をジェンに説明。

 すると、少し拗ねたような表情で。


「む~、ズルいですね。分かりました……私にも何か稽古を付けて下さい!」


「何が分かったんだ、いったい……」


「こう見えても下級は卒業してるんですよ? ギルド職員は有事の際には強さを求められる場合もあるんです」


「滅多にいないけどニャ。女性の実働部隊との兼務って」


 ジェンの明かした事実にキアラが解説をしてくれたが、そういえば思い当たる事がある。解体所で普通に軽食摘まんでたりしてたよな……。最初はグロ耐性が高いコだなと思ってたけど、冒険者としての経験もあったわけだ。

 ちょっと考えてみれば充分に気付けた範囲って事か。


「もちろんタダでとは言いません! イズミさんに時間を割いてもらう以上、報酬はちゃんと用意します。金銭はもちろん、そ、それ以外の事でも……」


「何、どさくさに紛れてイズミを落とそうとしてるのニャ」


 え、あっ。今のはそういう意味? オレの体質が発言に影響してるんかなー。

 ジェンの冗談は置くとしても、ギルド職員と冒険者じゃあ時間を合わせるのが難しいんじゃないだろうか。

 オレとしてはサンプルが増えるなら、むしろ嬉しいくらいだけど。


「報酬は、まあ好きに決めてくれていいんだが……時間を捻出出来るのか? ここの所、忙しかったんだろ?」


「他人事のように言ってますね……。それは落ち着いてきたので理由を説明すれば、しばらくの間ならもう一日くらい休日が増やせるはずです」


 有給休暇かな?

 どこまでやれるかは分からないが短期集中講座としてならなんとか、といった感じか。


「どっちにしてもアラズナン家の依頼の後だな」


「あ、そうでしたね」


「依頼? やっぱり面会だけで終わらなかったの?」


 こちらの事情を優先するという意図を理解したジェンの言葉にカイナが反応を示す。

 ただ会うだけでは終わらない可能性はカイナも考えていたようだ。


「ああ、実はな――」


 そこで今日の事を話した。会談の相手が実はアラズナン家の令嬢だった事、三日後にそのアラズナン家に行く事。そしてその弟さんに会うのが依頼だという事を。


「家臣の家が出てくると思ってたら辺境伯家が直接接触してきましたか……」


 イルサーナが目を丸くして言うが、やはりちょっと想定外の事のようだ。

 普通は段階を踏むものらしいからな。


「でも確かに妖精なんて聞いたら、妖精にもだけど、その冒険者にも会ってみたくなる」


「まあなあ。ウルの言う通りそんな情報が耳に入ったら誰だって興味が湧くよな。オレとしてはそれを利用させてもらったワケだけど」


 待機組の全員が何の事だろうと目を見合わせている。

 すぐには気付かんか。


「でな。リアの同行が認められたんだよ」


「本当ですか!?」


 リアもあまり期待はしていなかっただろうから、結構驚いてるな。

 オレとしては何とかしてねじ込むつもりだったから、その反応はちょっとしょんぼりしちゃうぞ。

 リアがオレには警戒のほうを優先しろって言ってたから、分かる反応ではあるけどね。


「ああ。ラキも一緒に行く事になった」


「こちらが依頼者なんですね。というか女の子じゃないですか。聞いてませんよ」


「あれ、言ってなかったか?」


 ジェンがリアとの遣り取りを見て訳のわからない不満を漏らす。

 という事で遅まきながらお互いを紹介。

 二人がやや堅苦しい挨拶を済ませると、そのジェンがまじまじをリアを見つめ呟いた。


「それにしても綺麗なコですねえ……」


「だろ。だから三日後までにそれに見合う服を用意しなきゃな」


「あ、あの……私はこのままでも……」


 僅かに頬を赤くして気恥ずかしそうに言うリア。

 こっちの感覚だと男に服を選ばれるとか、何か意味があったりするのかな。


「オリハルコンの服がまだ完成してないからな。既製品になるけどリアが好きなの選んでくれると助かる。男が服を選ぶ事に何か意味があったりするようなら避けたほうがいいだろうし。それに正直オレに女の子の服選びのセンスがあるとは思えん」


 一応、オリハルコンの服はデザインの候補は決めてある。

 オリハルコンの繊維で作ったワンピースと、タイトめな丈の詰まったジャケットとか。

 しかしまだ布の状態になっていないのでいつ仕上がるか分からない。

 最初は妖精の里の工房製にしようかと思ったが、リアの魔法特性がまだはっきりしないために見送ったのだ。

 そんな感じなので、すぐに用意できないから買うしかない。


「別に服選びに意味はないと思うけどニャ。あ、格式が高い家だとそういう事もあるのかニャ? それよりも気にしてる所が違うニャ。今の反応はイズミが原因ニャ」


「当たり前のように綺麗だと同意した事ですよねー。無自覚に女心をくすぐりますよね」


「オレがいつ女心をくすぐったよイルサーナ……事実として頷いただけだろうに」


「まあ、そういう所なんですけどね」


 どんな所なんだ。もしやオレにはそういう才能が?

 いてっ! なんだよリナリー。 ってサイールーはクスクス笑ってるし。


「イズミはそのままでいいの!」


 なんだろう。台詞の内容と言い方が一致してないような。

 そのままのあなたがいいの! とかいう甘い空気の言い方じゃない。どっちかというと余計な事はするなよと言われたような気がする……。

 まあいい。

 おや、ジェンがオレを見て固まってるな。大きく眼を見開いて。


「オリハルコンの服とか、とんでもない発言がありましたけど……そこはイズミさんだからいいです」


 オレだといいの?


「思ったんですが、ここってイズミさん以外は女の子しかいませんね」


 言われてみればそうだな。


「ということは……私は六番目の嫁ですかッ!?」


「何言ってんのッ!?」


 なんで嬉しそうなんだ。「順番は気にしません!」とか、ほんと何言ってんの?

 勢いに任せておかしな事言い出したぞ。

 とにかく。三日後に向けて動くとしよう。

 ほんとはオリハルコンの服が間に合うといいんだけどねー。




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