第七十話 キャスロ完成……たぶん
結局、キャスロの再現は一から手順を洗い直す事にした。
といっても協力者であるイルサーナが言うには。
「それぞれの作業は問題なさそうですよ? おそらく後は不純物に気をつける事と変化の見極めではないかと。焼き菓子みたいな感覚で混ぜていると逆に難しいんじゃないんですかね?」
なるほど。
あくまで錬金術というわけか。
お菓子作りだって、かなりシビアに材料を扱わないと美味しいものは作れない。
錬金術なら尚更で。素材の変化を確かめずに次の工程に進むのは成功の未来が見えないと。
確かに。
丁寧に混ぜさえすればいいと思っていた。
だってクッキー作るのと同じような書き方してあるんだもんよ、このレシピ。
前提になる知識が必要だなんて思わないだろ。
「問題点の洗い出しは必要だよね。二度とあんな悲劇を繰り返さないためにも」
おい、やめろ。
リナリーの一言で全員が後ろを向いて肩を震わせているじゃないか。
いや、リアは苦笑に留めているか。
「魔力傷を負う場所としては、神話級のレアケースだもんね」
サイールーも畳み掛けるんじゃないよ。
肩の震えが増したぞ。
まったく……。
危惧したように、あれから朝までに完治する事はなかった。
本来ならば魔力傷を負うはずはないのだが、やはりレシピと微妙に違っていたせいか魔力におかしな作用をもたらしたらしい。
試作したクッキーバー自体には高濃度の魔力など含ませた覚えはないし、自分を傷つけるような魔力など普通は生産されない。
しかし、一種の自家中毒のようなものだったようで。
どうやら僅かに魔力を変質させ、それを集める性質があったらしく、排出時に高濃度となってオレの身体を傷つけたという事のようなのだ。
「そ、そんなに痛かったのニャ?」
「声が響くって相当だろ?」
「そ、それはまた……まだそんな痛みを経験するような歳でもないのに……」
カイナが言ってるのは痔主になる事を言ってんのか?
そうだとしたら同じ程度の痛みって相当酷い状態だと思うが。
待て。まさか、これが切っ掛けでクセになるなんて事は……いやいや、完全に治ったはずだ。
リナリー、信用してるぞ。
「その若さで経験する痛みではないですよねえ。あ、でも待って下さい。場合によっては若いからこそ経験する痛みという場合も……」
「禁断の扉?」
何の事だ?
イルサーナとウルの言っている事がイマイチ……ハッ!
「オレを受けにするのはやめろおッ!」
オレの方を嫌な熱の篭った目で見るんじゃない。
皆で赤くした顔を寄せ合ってチラチラと何処を見ている。
「貴族なんかだと、そういうのを隠してない場合もありますよね。実際にそういう方達は貴族社会で面白い立ち回り方が可能で、それを利用する有能な方が多いという印象が強いみたいですよ。一部では」
うおおお、聞きたくない、聞きたくない!
その一部って何処だッ! オレは絶対近寄らないぞ。
男同士でも服を着替えるのを警戒しなきゃならんじゃないか。
トーリィがそんないらない情報を何処から仕入れたのか知らないが、オレを勝手にそのフィールドに立たせるな!
って何気にリアもトーリィの意見にコクコク頷いてるのがなー……。
割と高い身分に多いって証拠なんだろうなあ……。
「と、とにかくだ。いち早く完成させるためにキアラとイルサーナには協力してもらう」
「別に構わないけどニャー。でも、なんで急に?」
「ですねえ。街に戻ってからでも試作は続けられますよね?」
キアラとイルサーナとしては、当然そう思うよな。
まるで締め切りが迫っているかのように見えているんだろう。
実を言えば、それは間違ってない。
「リアが街に戻るまでに間に合わせたいからだな。街への移動はラキに騎乗してもらうから、それ自体は問題ないからいいんだ。でも、だからと言って万が一がないわけじゃない。そんな経験はしなくていい経験だ」
いいトコのお嬢さんに野外でなんて酷だろう。
実際にそうなったら、おそらくリアは割り切る事を厭わないとは思うが、それでも年頃の娘が進んでしたい経験ではないはず。
言葉を暈していたが、キアラもイルサーナもその事に気が付いたようだ。
「すごい気遣いニャー。ズルいニャー」
「そうです、ズルいですよお。私達も乙女ですから、そういう気遣いをしてくれてもいいんですよ? あっ、もしかしてそういう所が見たいとか? あわわわ、困りましたね……でもイズミさんになら――」
「どんな変態だッ! というか自然な流れでオレを変態にするなよ!」
仮にそういう場面を見てしまったとしても幻滅などしないが、変態扱いは不本意だ。
そういうのを見て興奮なんかしないからな。
「リアは冒険者とは違うんだぞ」
「んニャ。わかってるニャ。言ってみただけニャあ」
「ですねえ。ちょっと拗ねてみただけですよー。それくらいの愚痴を聞くのは、お手伝いの報酬としてもバチは当たりませよね?」
「はあ、わかった、わかった」
本気で言ってるワケじゃないのも分かってはいるけど、どこか信用出来ないんだよな……。
まあこれだけで報酬を済ますような事にはならんから、それは後で伝えよるとしよう。
と、そこでリアに目を向けると顔を赤くして気恥ずかしそうにもじもじしていた。
オレたちの遣り取りが最初はピンと来ていなかったようだが、途中で意味が理解出来たらしく思春期らしい反応が出てしまったようだ。
「あ、あの……お気遣い、ありがとう、御座います」
「あーいや、こっちこそすまんな。あくまで万が一だから」
ほら見ろ。リアが耳まで真っ赤になっちゃったじゃないか。
それで可愛い顔が台無しになってるわけじゃないから、造形が整っているのはやっぱり特だなと、話題とは関係ないが思ってしまう。
オレが魔力傷を負った直後なんか、魂が抜けたような顔が相当酷かったらしい。
それはさて置き。
「ああ、それとちょっと確認なんだが。オレはあと二、三日したらリアと一旦、街に戻るけど、みんなはどうする?」
リアの魔法習得の進捗次第だったが、ほぼ当初の予定通り街に向かえそう。
一応、街に戻る事はみんなには伝えてあった。
どうするか決めかねていたようだったので再度ここで意思確認をしておこうかなと。
「そのことなんですけど」
と、トーリィも含めた修行組みの全員と目配せし、オレに向き直るイルサーナ。
「私達も街に戻る事にしました。ここで修行を続けたい気持ちもあるのですが、リアちゃんの事で何かお手伝いが出来ないかなと。確かにイズミさんが三日に一度、最低でも一週間に一度はここに顔を出すと仰いましたが、そこまで甘える訳にはいきません。それにリアちゃんの現状を知らん振りするのは、女性の味方と自負している白のトクサルテとしては在り得ませんからね」
力強く言い切り、リアに視線を向けてニッコリとイルサーナが微笑む。
「トーリィも何か手伝える事があるはずだからって事で一致したニャ」
「お館様に伺えば、何か良い方策があるかもしれません。うちの商会は、そういった身分の高い方々とも取り引きがない訳ではありませんから、お力になれると思いますよ」
キアラの言葉に頷き、リアに向けて柔らかく微笑みかけるトーリィ。
良く見れば全員が気持ちを同じくしたような、そんな笑みを浮かべていた。
「みなさん……申し訳ありません……」
驚きから、戸惑いに変わり、そして申し訳なさが滲んだ表情のリアから漏れた言葉は、その表情から読み取れるものと同じだった。
誰かを巻き込んでしまうという後ろめたさを感じている事が、ありありと分かる、そんな言葉。
リアの性格からしたら、そう思ってしまうのだろう。
だがそこは全く気にしなくていい事だ。
「そこは、『ありがとう』でいいんだリア。冒険者なんて頼られてなんぼだからな。使い倒してやればいいんだよ」
「ですが……今の私は何もお返しする事が出来ません……」
「それは気にしなくていい。オレのサポートという形にするなら、オレから報酬を出すのが筋だろう。いや、そもそも現場実習という事にしてしまえば修行の延長という事で無給でこき使える」
「外道だわ、外道がここにいる」
オレがニヤリと全員を見やればリナリーがすかさず、いつぞやと同じ台詞を被せてきた。
みな顔を引き攣らせているが、さて、オレは何処まで本気でしょうか?
「そ、それでも構わないニャ」
え、そうなの?
とはいえ、それじゃあ気の毒、というかモチベーションに影響するだろう。
だから。
「冗談だ。という事で札を一枚切ろう」
みんな、きょとんとした顔してるな。
何を言ってるんだろうって?
「キャスロが完成したら詳細なレシピを渡す」
「ッ!?」
みな一様に驚いている。特にキアラとイルサーナは固まってギョッとしている。
分からなくはない反応だ。
大抵こういうものは肝心な所は伏せておくものだ。
現にオレも今までは材料の名前と手順だけで、その詳しい分量や魔力配分などは明かしていない。
これだけシビアな配合だと、たったそれだけでも秘匿するには充分だ。
そして、これらの配合比率が何をおいても重要だと熟知している薬師であるキアラ、錬金術師のイルサーナにしてみれば、これだけ面倒なものをホイホイと他人に教えるのは考えられないといった意識があるように見受けられる。
表情がはっきりとそう言っている。
「無給だが報酬は出す。金じゃないから給料にはあたらん」
「よく分からない屁理屈をこねだした」
「屁理屈じゃないぞウル。正確に言うなら実地研修のクリアボーナスってトコだな。それの前払いだ」
正解は全部本気でした。
屁理屈とか言われても知らん。
「というワケで、こき使うぞ」
ニヤリと口を吊り上げると、キアラが引き攣ったような笑顔で。
「うっ……わ、わかったニャ」
「でもいいんですか? レシピを譲ってしまって。効果を聞いただけでも相当な価値がありますよ? この国の研究機関が乗り出してもおかしくない程には」
「イルサーナが言いたい事も分かる。でもいいんだ。どっちにしてもキアラとイルサーナには生産を頼もうと思ってたからな。安定的な生産が可能になったら扱いは任せる。好きにしてくれていい」
「非常に怖い申し出ですね……」
「かもな」
イルサーナは良く分かってるようだ。
大量生産とまではいかなくても、安定した生産がもたらす影響がどのようになるか。
正直オレには予想がつかない。
イルサーナも正確な予想が出来ている訳じゃないとは思うが、オレよりは市場に与える影響について理解してるだろう。
「レシピそのものが、もはや超級遺失物ですからねえ……扱い方を間違えれば市場が混乱するのは目に見えています。その責任を負うとなると……」
「そういう事に気を配れると思ったからレシピを渡すわけだ。売るにしろ自分たちだけで使うにしろ、効能を限定してもいいかもしれない。解毒だけ見ても効果は抜群だから、効能の分離や派生した効能についての研究も自由にしてもらって構わない。まあその辺の事も期待して丸投げ、じゃなくて好きにやって欲しいんだよオレは」
「今、丸投げって聞こえたようニャ……」
「正直、手間がな。そういうのは腕のいい専門家に任せたいんだよ。オレだと時間が掛かりすぎる。オレは出来上がったものが手に入いりさえすればそれでいい。それに市場に与える影響なんかもオレには更に分からないから、そこの判断も任せる事になると思う」
こっちの価値観がいまいち染み付いてないオレでは、色々と気が回らないのは目に見えてる。
無用の混乱や刺激を周囲に撒き散らすのは、あとあとになって必ず自分に返ってくる気がする。
それを回避するために理解のある他の人にやってもらおうと。そんなワケですよ。
「最初は作るにも苦労するだろうから、それが安定してからの話だけどな。あとは、そうだな……実用化前にカイウスさんに相談してみるのもいいかも。だよな、トーリィ」
「ええ、そうですね。レノス商会は建材がメインですが他の商材の事もある程度は把握しているようです。専門分野ではない分、逆に広い視点でのアドバイスが出来ると思いますよ。キャスロが何処までの波及効果を持つのか。その辺りの事も含め、お館様がお知恵をお貸ししてくださるかと」
「二つ返事で応えたい案件なのに、なんでしょうね……この巻き込まれた感は」
「扱いに困るようだったらオレが全部買い取ってもいいから。とにかく好きなように研究してくれ」
「あたしたちは、そうやって美味しいエサをぶら下げられると自ら行っちゃうのニャー……」
「職人の性質を上手く使われてますねえ。もとより拒否権はないみたいなノリでしたけど」
「日々これ精進。生きる事、全てが修行だ」
「苦行にならないといいんですけどねえ……」
遠い目ぇしてるなー。
そうなったらそうなったで放り投げてくれてもいいけどな。
技術者として、そして商品を扱う者としてオレには分からない内心のせめぎ合いがあるのかもしれない。
「やってみてダメなら、やめればいいじゃない」
「カイナはいいですねえ。筋肉でものを考えているから単純明快で」
「なにおーっ! 頭にも筋肉が詰まってるって言いたいの?」
「いえ、頭はきっとからっぽですね。文字通り全身の筋肉で考えて動いてるんですよー」
怖っ! 何その生き物。昆虫みたい。
いやまあ、昆虫がそんな風に思考するかは知らないけど。
「人を勝手におかしな生き物にしないでよ!」
仲間だから遠慮がないな。
まあこの程度はじゃれあってるうちにも入らんのだろうな。
「カイナは見た目は極上なのに中身が残念なのか」
「そう。ちょっとだけ残念」
「見た目極上って……誰が残念なのよウル!」
褒められたからって、そのままいくと思うなよ、と言わんばかりのウルの追撃。
「あたしじゃない」とかウルは責任をこっちに持ってこようとしてるが、オレは感想を言ったまでだ。
「とにかくまあ、その前に早く完璧なもの仕上げろって話だよな」
~~~~
キャスロはその日の深夜に完成した。
丸一日をかけて精査し、徹底的に材料の選定から均一化まで思いつく限りの品質の向上を計った。
作業内容も見直しイルサーナの助言の下、試作を繰り返した。
まあ、出るわ出るわ。問題点が。
小麦粉の種類や品質。魔力水の水の純度。
数え挙げたらキリがないくらい細かいものがポロポロと出てきた。
普通なら一日で終わるようなものではないが、キアラ、イルサーナ、リナリー、サイールーに手伝ってもらい、何とか完成まで漕ぎつけた。
ロンガ草でのタキナガレの効能反転も魔力水の純度と濃度を上げた事と、その後のタキナガレの変化の見極めを入念に行う事で安定し、一番のネックになっていた問題が解決。
その後の処理も専門家の意見に従って慎重に作業を進め、これでダメならお手上げ、という所まで完成度を高めた。
「よし、食うぞ」
「なんの躊躇もなくいくよね……」
「じゃあ、リナリーいってみるか?」
「うっ……お願いします」
あの悲劇を目の当たりにしたものとしては、妥当な反応だ。
それに躊躇しようがしまいが結果は変わらないからな。
「というわけで。いざ往かん冒険者の新たな地平へ」
ふむ、こうして比べると、やっぱり前回は微妙に違ってたんだな。
今回こそ大丈夫なはずだ。
実物との比較も徹底的に魔力を使って行った。大丈夫。
「……」
前回より時間が経過しているが、まだ何もない。
「とりあえず、タキナガレはちゃんと処理出来たみたいだな……と、待てよ……? 他の効能や効果の確認はすぐには無理なのか」
完全に消化、吸収したかは少なくとも一日か二日は待たないと確実とは言えないのかもしれない。
でも、ここまで来て何もないんだから安心していいとは思うが、どうなんだろう。
「あー、そういえばそうだね。イズミの下半身への追加ダメージの事ばっかりで、忘れてたね」
「リナリー。オレの下半身の事をこそ忘れてくれ。まあなんだ。とりあえず完全消化は多分、再現出来たと思う。あとは解毒と月イチの痛みの緩和がどうかって事だけだが……こればっかりは、毒はともかくオレには確認しようがないからな。完全消化の完全な確認が取れてからになるけど、その辺りの検証はキアラとイルサーナが中心になって、なんとかしてくれ」
「んニャ。わかったニャ」
「痛みの緩和だけでも分離して再現出来れば、いろいろとメリットが在りそうですねえ」
どうコメントしていいか分からないが、しみじみと頷いている所を見ると、みんなそれぞれに苦労があるようだ。
「さてと。みんな付き合わせて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
「イズミはどうするのニャ? まだ何かあるのかニャ」
「いやな。完全消化もだけど、レシピ通りに完成してたとしたら多分、今日はほとんど寝なくていいはずなんだよ。それを確かめながら趣味に没頭しようかと思ってな」
久しぶりに時間が確保できるのなら、いろいろと頭の中の情報をあさって読み耽ろうかなと。
役に立ちそうな情報を片っ端から集めるのにはうってつけの時間だ。
「んニャー、薬師の意見としてはニャ。こういった劇薬系の薬草の効果が一時間、まったくの無反応なら、それは上手くいったと思って問題ないはずニャ」
「そりゃ朗報」
さてと。みんなコテージに戻って寝た事だし、やるとするかね。
といっても頭の中の情報を読むってのも味気ないな。
やっぱり手に持って何かを読みたい。
ついでだから、何冊かプリントアウトしておくか。
共有化した無限収納に入れておけば妖精族のみんなもどうせ読むだろうし無駄にはならないだろう。
紙もいっぱい里から供給されてるから、密かに期待されてるんだと思う。
トラス布はどっちかというと高級紙っぽいから、もっと安上がりなものはないか聞いたら大急ぎで用意したみたいだし。
ちなみに、その紙ってのはトラスパーレスの近似種のトトパーレスという虫の糸らしい。
トラスパーレスが上位種だとしたら、トトパーレスは一般種という位置づけであるらしく、沢山いるので糸の確保が容易なんだそうだ。
虫の糸から紙を作るのは、こっちでは普通なのかね?
とにかく、せっかく出来た時間なんだ。有効につかおう。
おっと、そういえばラキはどこいった?
あー、ベッドで寝てたのか。当たり前か。深夜だしな。
ちなみにベッドはオレのお手製。
それにしてもすげえ寝方だな。
仰向けとか。
子犬姿だからかわいいけど、でかい時だったら何事かと思うぞ。
~~~~
「おおう……完全に趣味以外の事に時間を取られた……」
朝までにプリントアウトできたのが五冊って多いのか少ないのか……。
里に居るときやそれ以外でもたまに雑誌なんかをプリントアウトしてはいたが、その時は片面にだけプリントして、そのままって感じだった。
製本自体は里でやってると言っていた。
重ねた紙の片側を糊で固めるような方法だ。
それを聞いていたから簡単に出来るだろうと思っていたのに。
「両面プリントで二百ページって意外と手間だったんだな……」
現代の印刷、製本技術すげー。
完全再現を目指したけど、結局それなりにしかならなかった。
まあ読むぶんには普通に読めるから問題ないんだけど。
「いや、読みながらプリントアウトしてたのが、そもそもの原因か?」
「そりゃそうでしょ」
「うわっ! なんだリナリー起きてたのか」
ちょっと前にふらふらと飛んできて何処で寝てると思ったら、すぐ横で寝てたのか。
視界に入らなかったから気が付かなかった。
「珍しく集中してたねー。で、その続きは?」
おや。起きて一緒に読んでたのか。
インクやら紙やらの置き場がなかったから、テーブルの傍にシート代わりの布を敷いて店広げてたが。そのテーブルから幾つか拝借した鉢植えの光る花の上に陣取って見てたんだな。
「さすがに今日はここまでだな。そろそろみんな起きてくる」
「ざーんねん。面白かったんだけどなあ」
「これ結構、女子には好き嫌い別れる漫画だけどな。それに日本の歴史が分からないとチンプンカンプンじゃないか?」
時代劇のしかもかなりハード路線の物語りだ。
エグイ表現が数多く出てくる。
「なんとなく予想しながらって感じだけど、楽しめるくらいには」
漫画独特の表現とかルールもちゃんと理解して覚えてるんだから感心するわ。
小学校の国語の教科書から入って中学の段階まで来てるけど、妖精族って頭いいんだよなー。
それとも日本語と相性がいいのかね?
里のみんなもオレのプリントアウトした本を読んでる。でもどれが良く読まれてるか把握してないから良く分からん。
文化とか表現の違いで理解し辛いものもあるようだが、それも込みで楽しんでいるらしい。
今のリナリーのように、お互い予想したものの内容で議論が白熱してるとか。
「また近いうちに時間が出来たらな。いっそ、こっちの言葉で小説くらいは印刷してみるか……? いや、今はやめとこう。リアあたりが興味を持ちそうだけど、説明が難しいだろう」
「異国の物語っていっても限度があるもんね」
「だな。それよりもだ。どうもキャスロは上手くいったっぽいぞ。食べた後の睡眠もだけど、体調の変化が正規品を食べたあとのそれと一緒だ」
頭がすっきりして、疲労も解消。
食欲が減退しているせいか腹も減らない。かといって、全くないわけではなく美味いものなら食べてみようかななんて思うくらいの微妙なラインにあるとか、キャスロそのままの効果だ。
「ほんと? 長かったねー。でもこれで長距離の移動が心配なくなったね」
「サイールーにもレシピは渡してあるから、そのうち数も揃うはず。非常食として優秀な上に味も悪くないしな」
「ふあぁ~、私がどうしたのー?」
コテージからふわふわと飛んできたサイールーが伸びをしながら。
自分の名前がタイミングよく聞こえての反応。
「キャスロがな、ちゃんと仕上がったみたいなんだわ。妖精にだけおかしな反応するってのも考え辛いから里の備蓄として生産しておくのもいいだろうって」
「確かにそうねー。保存性に関しては無限収納があるから、他の食材と変わりなくなってると言っても、調理しなくていい食事ってすごく便利だもんね」
災害時や非常時、特に長時間の戦闘行動を余儀なくされると食事というのが色々と重要な意味を帯びてくる。
狙うにしろ狙われるにしろ、戦闘時にまともな食事なんか期待出来ないからだ。
前段階の作戦行動時にだって気を使う場合だってある。
魔法が存在するこの世界であっても、災害時には充分に有用だろう。
魔法で水と火は確保出来たとしても、気力や体力がなければそれも難しい。
手軽に補給可能で、しかもトイレに行かなくていいとなれば、災害時にこそ真価を発揮するかもしれない。
災害時にはそのトイレ事情が、一番の懸念事項になる場合もあるらしいからな。
衛生面の悪化が病気に直結してると考えれば、それを予防する効果もあるキャスロは、確かに今のこの世界でさえも超級遺失物だと言えそうだ。
また仮にどうしても、キャスロ以外のものが食べたくなったとしても、解毒の効果で極端な話、腐ったものだって食べられる。
キャスロがあるのに誰も好き好んで腐ったものは食べないだろうけど。
そんな事をリナリーとサイールーの二人と話していると、みんな起きてきたようでコテージから出てきた。
「今の話を聞いていたら、災害というか戦争に使われるのが納得出来る感じでしたねえ。これを準備出来る側にバランスが傾きかねないですよ……」
途中からなのか会話の内容が聞こえていたらしく、イルサーナが渋い表情でそんな事を言葉にした。
「まあなあ。兵站の問題もだけど、睡眠時間の圧倒的な短縮だけでも怖いだろうな」
「あの、それはどういう……?」
リアはあまりピンと来ていないようだ。
いままで戦闘とは無縁に近かったのなら頷ける反応。
そもそも良家の子女があまりに戦争に詳しくても、それはそれで首を傾げたくなるが。
「昼も夜も関係なく戦闘行動を起こされたら、されたほうはたまったもんじゃないだろ? 小競り合い程度の戦闘でも延々と続けられたら嫌がらせじゃ済まなくなる。やられるほうは精神的におかしくなるぞ」
「あっ……」
なんとなく想像が出来たのだろう。
若干、顔を青ざめさせ言葉にならない呟きがリアの口から漏れた。
「ホントに怖いものの扱いを任されたのニャー……完全版で売ったら、確実におかしな所から目を付けられるニャ……」
「うーん。これは確実にレノス商会の会頭との会談案件ね」
カイナが言うと白のトクサルテのメンバーは全員が頷いた。
放り出してもいいのに何が餌になってんだろうね。
まあ一度効能を知ってしまったら抗えないだろうなとは思うけど。
「イズミの場合、キャスロなんかなくても敵陣の中、平気でテーブル出して食事するだろうけどねー」
……そこまで非常識じゃねえよリナリー。
まあバカにする意図なら、異相結界の中で食事くらいならしてもいいかなとは思わなくもない。
「「「「否定しないのッ!?」」」」
「目的に沿ってるならするかもしれないからな」
「ほらやっぱり。どうせ相手を挑発するためならとか考えてるでしょ」
なんだその「ああー……」は。
全員がコイツならやりそうって納得した「ああー……」ってか。
やるけど。
「そんな話はいいんだよ。様子を見るために明日一日は時間を置くけど、キャスロの完成が確定したら街に戻るからな。サイールーも街は初めてなんだから擬態とかの用意を頼むぞ」
「分かってるって。私はこれでいくわよ」
ごそごそと自分の無限収納から出したローブを羽織り、それが変形を開始した。
「なんでソレなんだよ」
ドラ○もんじゃねえか。
いつの間にそんな情報仕入れた。
「え、ダメ?」
「ダメに決まってんだろ」
そんなおかしな生き物、こっちにだっていないだろうよ。
おっと、いつの間にかラキが起きてきたけど、この青いのどう思う?
あ、はい。気にしないんですね。
「そうだ、ラキ。街に戻る時にはリアを背中に乗せていってくれ。速さ控えめでな」
「うぉんッ!」
一応は確認を取っておかないとな。
リアの魔法陣の勉強が途中だけど、それは街についてからでもいいか。
よし。あとはリアの服装、というか装備について考えるとするかね。
遅まきながら、明けましておめでとうございます(´∀`)
話の進みが遅いですが楽しんで頂けたら幸いです
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