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第六十八話 泥遊び



 リアの魔力の動きがどんどんスムーズになってきた。

 何度か氷の具現化をした事で、自分が魔法を使えないという意識が薄れてきたようだ。

 それに、目を開けたままの集中というのは難しいはずだが、その状態でも氷を出せるようになっている。

 炎のほうはおっかなびっくりやってるせいか、だいぶ小さいが、それでも目を開けたままの集中で火の玉を出せるようになっっていた。


「じゃあ、次は見た目で分かり易い、土を使った訓練をやってみよう。要は魔力を使った泥遊びだ」


 場所を移し、小さなイスを用意したら準備完了。

 みんなを座るように促し、ひとりひとりに魔力を使ってフワッとまとめた土を手渡す。

 しかし土を手渡されても、「コレをどう使うの?」といった表情。


 この世界の人間は身体から魔力だけを出して操作する事に慣れていない。

 魔力を放出するのは魔法を発動した際か、魔法陣に魔力を流す時だけのようで、こういった事はあまりしないらしい。

 一度身体から出してしまった魔力は回収が難しく、放っておくと、すぐに大気中に霧散してしまうので魔力を無駄にしないためという意味合いが強い。

 動かした魔力に比して得られる結果が、それに見合わないと思われているというのも大きい。

 その他の理由としても、魔力が在る事は感じる事が出来るが、はっきりと見えるものではないという理由で魔力で何かを直接どうにかするという事をしないのだ。


 しかし、ここにいるみんなはミニゴーレムの操作で無理矢理に慣らした状態。

 リアはその時間が短かったが、魔力の操作自体は出来るようになっている。


「魔力を使って土の塊を変形させる練習だ。最初は丸く固める。魔力のロスとかは考えなくていい。無くなったらガンガン補充すればいいから。とにかく慣れる事」


「魔力切れを心配しなくてもいいというのがすごいですよね」


 リアが感心した表情でオレの顔を見上げる。

 魔宝石があれば、一日くらいならこの訓練で魔力を使い切るなんて事はない。

 今の所、全員には二個ずつ魔宝石を持たせているから、まだまだ余裕だ。


「実際の所、イズミンの魔力量ってどのくらい?」


「ウルはやっぱり魔法が主体だから気になるのニャ?」


「私達の魔力も増えたから、かなり頻繁に魔宝石に補充してるはずなのに魔力切れを起こしてるのを見た事がない。ちょっと気になる」


 質問に質問を被せたキアラに、正直に自分の思う所を述べるウル。

 それについて、確かに、と全員の目がオレへと向いた。


「正確に、となるとオレも最近は良く分かってないな、そういえば。うーん、そうだな……今現在みんなが一日で消費してる魔力量なら、回復剤無しで三倍までならなんとかなるんじゃないか? それに今ならリナリーとサイールーもいるし、もうちょっといけるか」


「三倍……」


 そう声を漏らしたウルだけじゃなく、修行組の全員が目を見開いている。


「……多いとは思ってましたが、それはまた人間離れした魔力量ですね。私達もかなり増えたのに、それを余裕で賄えてしまうとは」


 イルサーナも遠くを見つめて、そんな事を呟いた。

 こうして比較すると確かに多いか。


「それにしても、なんで今更、魔力切れが気になったんだ? ウルはあんまり気にしてないようだったのに」


「……」


 何故、顔を赤くする?

 さては、魔力が増えて追いついてきたんじゃないかと思ってたのに、そうじゃなかったから、ちょっと気恥ずかしいとか?

 ないかー。ウルはそういうのはちゃんと受け入れて、慢心はしないタイプみたいだし。

 じゃあ、何故オレを横目でチラチラ見ながら耳まで赤くしてるんだ?


「あはっ、そっか。ウルはイズミンの負担になってないか心配だったんだ」


 なるほど、といった風に拍手をするように両手を打ち合わせて納得の表情のカイナ。

 なんだ、そういう事? 魔力の消費でオレへの負担が気になってるのか?


「うちではウルが一番分かってますからねえ。魔力の消費による精神的負担と肉体への疲労蓄積、その他にも色々と消耗を強いる事柄なんかは」


「ウルは心配してくれてたのかー」


「むう、そのニヤケ顔を燃やしたい」


 今現在、真っ赤に燃えてるのはウルの顔だけどなー。

 と、からかうのも程ほどにして。


「いや、真面目な話、その辺りの事はホントに心配しなくていい。オレの魔力が枯渇しても二重、三重の備えくらいはあるから。まあ、ぶっちゃけ最後の備えさえあれば他はいらないって話なんだけどな」


 そう言葉にして好奇心が湧いた。コレ教えても大丈夫かな?

 妖精族は、その存在を知っていたけど人間の間ではどうなってるんだろう。

 そう『幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)』の事だ。


「それはイズミン的には切り札?」


 ちょっと顔の赤みが薄らいで、気を取り直したような表情のウルが、どんな奥の手なのかと真剣に聞いてきた。


「あくまで万が一の備えだ。基本的にオレもリナリーもラキも普段は使わない。でもサイールー的にはあると便利だろ?」


「ああ、なるほど。あると確かに便利だけど、個人で持つのはねー。普通は里とか、そういう単位で扱うもののはずなんだけど。そもそもが、それを手にする資格のある者がほとんど居ないっていう話があったり、なかったり?」


 まあそうだろうな。

 イグニスの試験と気まぐれを突破しないと、入手不可能だから。


「?」


 核心部分をぼかしてるから分からんよな。

 うーん、イグニスの事を話してしまいたい。

 でもな。リアにそれとなく龍と人の関係がどうなってるか聞いたら、やたら面倒くさそうな話がでてきたんだよな……。

 そのひとつが、龍の関係者と確定すると調停者として認識されるという事。

 過去に、えらくぶっ飛んだ調停者がいたようで、大規模な会戦を両軍戦闘不能にするのは序の口で、戦争の原因になるからと地形まで変えてしまったものがいるそうだ。

 そのせいで畏怖の対象として見られる可能性もある……。


 ……それってさ、ラキの一族じゃないの?


 何に対しての調停かはさっぱりだが、少なくともオレはそんなものではないし、使徒とか眷属とか呼ばれていた調停者のように世界のために動くような出来た人間でもない。

 イグニスには恩もあるし何故か気に入られていたようにも思うが、イグニスはオレにそんな事は期待していないだろう。

 そもそも一人の人間に何を期待するんだって話だ。

 というか、他の祖龍の関係者じゃないかね?

 イグニスは神域がテリトリーだから、外界とはあまり接触しないはずだし。


 とにかく、オレとしてはイグニスとの関係は余程の事がない限り話さないほうがいい、という結論になった。

 已むに已まれぬ状況に陥って話さざるを得ない、となってもギリギリまで胸に仕舞っておこうと思う。


 とまあ、話が脱線したが実物を見せたほうが早いだろう。


「資格がどうのって話はオレもよく分からんが――」


 良く分かってるけど、こう言っておく。

 そして無限収納エンドレッサーから、ペンダントトップに装飾された幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)を出した。


「なんだ、これ……」


 手の中にあるのは見たこともないものだった。確かに魔力の特徴は幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)

 しかしオレの知っているそれとは明らかに違う。

 オレは簡単な装飾をしただけのはずなのに、ものすごい超絶技巧の装飾が施されてる。

 具体的に言うと、ペンダント部分もネックレスチェーンも細工がものすげえ細けえ。

 それもどこかで見たことあるような、ないようなデザインがそこかしこに……。

 あー……宝飾品の雑誌を見て、これでもかと詰め込んだな。

 だというのに、バランスが破綻してないのが、これまたすごい。


「頼まれちゃってねー。総出で加工したの」


「だってイズミってば、扱いが食料品と一緒なんだもん。さすがにそれはない」


 リナリーが里に頼んだのか。

 好きに使えとは言ったけど、宝石としても綺麗な幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)を、オレがおざなりにしていて、どうしてもそのままに出来なかったわけか。


「いいんだけどな。でも言っといてくれないとビックリするだろ」


「気付くのが遅ーい」


 そこは反論できないけれども。

 って、なんか女子がすごい食い付きだ。


「なに、これ……すごいんだけど……」


「この色は……オリハルコンとスタッドクロム……?」


「人間には不可能な細工ニャ……この素材を宝飾品に使うなんてニャー……」


「細工もだけど、付与魔法と魔法陣がすごい事になってる」


 カイナ、イルサーナ、キアラ、ウルと、会話で微妙に連携してるけど、ウルだけ若干視点が違う。

 トーリィとリアも目をまん丸にして穴が開くほど幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)を見つめている。


「先日の魔石の加工にも驚きましたが……極まってますね、これは。商会で扱える度を越えてます」


「これはお金を出しても手に入らない類のものですよね……なるほど、中央の宝石に合わせるとなるとコレくらいにはなるという事ですか……」


 トーリィもリアも自分の立場や、生い立ちから来ていそうな言葉でそう語るが、すこし放心気味だ。


「下手なアクセサリーより綺麗に仕上がってるけど宝飾品じゃないんだよな。手にとってみればコレが何か分かる」


 あれ、誰も手に取ろうとしない。

 スッとテーブルの上に置き、確かめてみろと促してみたが、細工が細かいせいで壊れそうとでも思ってるのかね。

 とりあえずコレが何かを知ってもらうためにも、誰かに確認して欲しいんだが。

 ふむ。ここは注目してた点と合わせて考えても、魔力の扱いに長けたウルが適任かな。


「ウル」


 え、私? みないな顔してるけど、そうだよ私だよ。

 ウルに手渡すと、しばらくして、みるみる顔色が変わっていく。


「なに、この魔力量……これも魔宝石……?」


「まあ、親玉みたいなもんだな」


 魔力を蓄えた宝石だから間違いではない。

 なんとなくオレの言いたい事は分かるが、いまいち要領が掴めないといったように首を捻る一同。

 さて、妖精族に伝わる名称で今の時代に通用するかは分からないが。


幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)と言われてる代物らし――」


「「「「「幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)ッ!?」」」」」


 リア以外の人間、全員が声をあげ、そのリアは両手を口にあて酷く驚いている様子。

 薬草関連みたいに呼称が変化してるという事もなかった。

 どうやら妖精族以外にも、ちゃんと通じる名称のようだ。

 

「それって神話級の遺失物じゃないッ!!」


「本……物……?」


「実物なんて見た事ないから分からない……でも神話級といわれてもおかしくない代物なのは確か。イズミンの魔力量を軽く上回るであろう内包魔力と、常に周囲から魔素を吸収して魔力に変換しているのは、確かに遺失碌に記載されたものと一致する」


 カイナの驚きの声とイルサーナの真偽を測りかねた呟きにウルが自らの所見を述べる。

 遺失碌とやらに載っているという事実に、皆、喉をコクリと鳴らした。


「ほう、カタログみたいなものがあるんだな。てっきり違う名前かと思ってたけど。っていうか、なんで、みんな表情が硬いんだよ」


「硬くもなるニャー……。持つのが怖いアイテムを目にするなんて思わなかったニャ……」


「怖いって……大げさだろ。オレが使わない時は貸してもいいくらいのものだぞ?」


「……誰かに貸すとかは、やめたほうがいい。というか絶対貸されたくない。持ってるのがバレたら確実に拉致されて翌日には河か山で魔獣の餌」


 眉を寄せ、難しい表情のウルが物騒なコトを口にした。

 リナリーのように、失くすのが怖いから持ちたくない、という理由とは明らかに違う。

 それを肯定するように、カイナがそれとは別の懸念を言葉にする。


「それだけで済めばいいけど……下手をすると戦争にまでなりかねないものよ、コレ」


「戦争? 魔石の話だろ?」


「魔石の親玉というのが、この問題の性質の悪い所。手にしてみて確信した。無尽蔵の魔力が、どれだけのものに影響を与えるか計り知れない。大規模な高威力魔法をいくら使っても減らないし、巨大な結界で街ごと要塞化も可能かもしれない。こんな高密度の魔力の入れ物、どんな事をしても手に入れたいと思う国があってもおかしくない」


 ……なるほどね。

 魔力で成り立つ社会だからこそ、魔力を手に入れるためには何でもする可能性もあると。

 しかし、今のウルの説明と一致しない所があるのが気になった。

 これはどういう事なんだろうか。


「なあ、いくら使っても減らないって言ってるけど。それ空になるぞ? ……もしかして幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)にも種類があるのか……?」


 イグニス以外の祖竜の涙だと、また違った機能だったりするのかな?

 他を持ち合わせてないから検証のしようがないが。

 後半独り言のようになっていたが、オレの言葉にウルが反応。


「え、この速さで魔素を吸収しているのに、どうやって空っぽにするの?」


「広域殲滅魔法を使えば」


 ブレスの事だけど。

 全力で撃てば、四、五分で、割と簡単になくなるぞ。


「「「「殲滅……魔法……?」」」」


「ここじゃあ、ちょっと危ないから実演は無理か? そうなると、見たいなら機会を作ってその時に、て事になるか」


「それを見るのも怖いニャ……覚悟が出来たら見せてもらうかもしれないニャ……」


 なんの覚悟だよ。

 と言っても、そんな時間が取れるかどうか、という話にもなりそうだがね。


「まあ、気休めになるか分からんが、この幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)は、そのなんとかいうカタログに載ってるのとは違うかもしれん。魔石以外の役割もあるし、オレの情報が登録されているらしいから、オレが許可しないと使えない。だから、使いたければ貸すぞって言ったわけだ。それに失くしても問題ない」


「「「「「え゛ッ!?」」」」」


 みんな低い声で揃えたなー。

 貴重なものを、どれだけ粗末に扱えば気が済むの? とか言いたい?


「ああ、いや。そういう意味じゃない。失くしてもオレの所にいつの間にか戻ってくるみたいなんだよ。どういう仕組みになってるか知らんけど。あ、それを調べるのも面白そうではあるな」


「そんな機能まであるとは知りませんでした。……というか、そもそも持ってる人を見た事も聞いた事も無いのに、遺失碌に載ってるモノと同じ機能を備えているかどうかなんて判断出来ませんて……」


 微妙に言葉遣いがおかしくなってるイルサーナに一同が同意するように頷いている。

 言われてみれば、確かにそうだ。

 載っていても、そのすべての機能を把握したものであったとは限らないと。

 祖龍の涙の結晶という特異な物質という点から言えば、それぞれの祖龍によって結晶の能力も変わるかも知れない。しかも所有者が変われば、その機能も変わる可能性もある。

 更に言えば、その所有者がいなければ、それも使えないわけだし。

 となると、記載できたのは確実に存在する基本の能力のみ、ということか。


 んむ? 頭の上でラキがもぞもぞと動きだしたぞ。

 さっきまで赤べこのように、オレの頭に鼻先をトントン当てて船漕いでたのに。


「わふっ!」


 フードから抜け出してイスに飛び乗ったかと思えば、袖をクイクイっと口でひっぱり、何かを訴えるラキ。


「ん? なんだラキ。ってラキも持ってたのか!?」


 器用に前足で無限収納エンドレッサーを挟んで鼻を突っ込み、咥えて出したのは、オレのよりちょっと大きい幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)だった。

 もしかして、前から持ってた? そんな素振りは見なかったような。

 毛の中に隠してたとか? まさか胃に入れてたなんて事はないと思うが……。

 というか、その無限収納エンドレッサーに繋がってる首紐ってそんなに伸びるのか。


「(私が神域に行った時に、ちょうど模擬戦してて、その時のだと思う)」


 サイールーがそう耳打ちしてくれたが、オレが神域を出たあとの話か。

 

「……」


 じーっと見つめると「クゥン?」と首を傾げるラキ。

 オレの言いたい事なんて分からんよなー。

 つまりだ。

 やっぱり甘い、甘いぞイグニス。ラキに甘すぎる。

 と声を大にして言いたい。まあ、おおかた自由にやってこいという景気づけみたいなノリで贈ったものだとは思うがね。

 どちらにしてもラキに対して過保護すぎやしないかい?

 いいんだけどさ。ラキが可愛いのは事実だし?


「なに拗ねてるの?」


「なんだよリナリー、拗ねてなんかいないぞ……」


「大丈夫、お師匠様は別の事で、ちゃんとイズミを特別扱いしてるから」


 ……何かオレだけが特別な事ってあったか?


「ドラゴンと戦う時は、イズミが優先だって」


「全然嬉しくねえ!」


 出来れば忘れたい案件なのに、思い出させるなよ。


「ちょっと待って。今、ドラゴンって言った……?」


 ラキも幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)を持っていた事に「ふ、二つ……神話級が二つ……」だの「二人が、これを使って本気で戦ってたら巻き添えで国が滅ぶ」だのと、焦点の定まらない目で色々と他にもおかしな考察をしていたが、その中でも割と平常心に近かったウルがドラゴンというワードに反応した。


「――どういう事?」


 ウルの反応にやや遅れて我に返った他のメンバーも、同様に問うような視線を向ける。


「あー……。それがオレの目的みたいな。いや、オレは戦いたくないんだよ。正直面倒くせえ。でもな。会いにいくと戦わなきゃいけない事になりそうなんだよ……」


「近くに行けば、確実にイズミに興味を持つんだって」


 サシャの情報を得るためには、祖龍の下を訪ねるのが有効だというのは分かってはいるんだ。

 でも、一瞬でも気を抜けば命に関わるような戦いは正直に言えば、御免被りたい。

 ただなー……みんな面白い場所にいるって話なんだよな。

 それを、この目で見てみたいという誘惑に抗えないのも事実。

 なんというジレンマ。


「意味が分からない……。でも人間では勝てないと言った意味が分かった。戦いにおいて人間を相手にする事を最初から想定してないとは思わなかったけど」


「いや、そういうわけじゃないんだが……現にオレの修めた技は人間を倒すためだけに腐心して生み出されたもので……」


 ウルにそう返すも、『それが?』といった表情をされてしまった。

 なんでだ。


「そうなんだけど……なんだろう、この釈然としない感じ……」


 そう零したカイナに、目を閉じてウンウンと頷くトーリィ。

 オレが釈然としないんだが。


「人間相手の体捌きの土台があってこそだっていうのは理解してるけどニャ。でも普通の剣士は人間や魔獣を飛び越えて単独でドラゴンと遣り合う事を想定はしないからニャー。剣士として、どこかおかしいとカイナが思うのも分かる気がするのニャ」


「でもドラゴンと聞いて、ちょっと納得しちゃいました。目的のために修練を重ねて得た強さだったんですねえ」


 イルサーナはそう言うが。

 ……ちょっと違う。

 魔力を得て強くなったおかげで、ドラゴンとの戦いが想定されてしまったのだ。

 こちらで身を守れるだけの強さがあればいいと思ってたのに、なんでや。

 まあイグニスにしてみれば、『ドラゴンからも身を守れなければ、身を守るとは言えない』とか考えてそうなのがな。


「……普通では辿り着けないと言っていたのはこの事だったんですね」


「まあ、な」


 リアに遠慮なく巻き込めと言った時の言葉だ。

 

「あの……いつかは旅立たれてしまうのですか……?」


 リアがオレの目を見る。

 寂しさと不安が入り混じったような、そんな表情だ。


「いずれな。ま、最優先じゃないから正直どっちでもいいといえばいいんだよ。少なくてもリアの問題には最後まで付き合うから、そう不安そうにするな」


「あ……い、いえ、はい。そうです、ね」


 おや、何か思った反応と違うな。

 安心してくれるかと思ったら、俯いて顔を逸らして、ちょっと頬が赤い?


「「「「鈍い、鈍すぎる」」」」


 何がじゃ。





 ~~~~





「それにしても……」


「なんだ、カイナ」


「ああ、うん。ラキちゃんも幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)を持ってたんだね……」


 ドラゴンの話題で意識が逸れていたが、皆に見せるためにテーブルに置かれた幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)をラキが、無限収納エンドレッサーに入れるのを見て、そちらに引き戻されたらしい。

 当のラキは「もういいかな? もういいよね?」といった風に、一応はみんなの反応を気にしつつゴソゴソと仕舞いこんでいた。


「オレも知らなかったけどな。これで分かったと思うけど、オレの魔力切れは心配しなくていい」


「遠い世界の話みたいで、どうでもよくなったニャ……」


「過ぎた力は身を滅ぼす、みたいな典型。私たちとは無縁が一番」


「魔宝石でさえ、ちょっと危ないですからねえ」


 遠い目をしたキアラの投げやりな心情の吐露に、ウルとイルサーナがそれぞれの見解を重ねた。

 貴重なものなのは確かだが、自分たちの手には負えないと表情が物語っている。

 魔宝石も未だに持つのが不釣合いなどと考えているようだ。


「じゃあ、その不安を解消するために魔法の練習を再開するかね。色々出来るようになれば、魔宝石でも物足りなくなってくるだろうけどな」


「そんな未来が来るのでしょうか? ちょっと想像できませんが……」


 トーリィとしても始めたばかりでは、そう思っても無理はないかも。

 他の皆も同様に、魔宝石が物足りなくなるなんてあるの? といった顔をしてる。


「まあ、まだ泥遊びしようとしてるだけだからそう思うよな。とりあえず、さっきの続きからだ」


 リアに視線を向けると「はいっ!」と元気な返事が返ってきた。

 そういえば皆には土を持たせたままだった。

 手が汚れるのを気にするかと思っていたが。


「なんだ。みんな基本は出来てるな」


「え……あっ?」


 オレの指摘にリアが、何を言われたか最初は理解していなかったが、指し示して持っている土を確認させると、それに気が付いたようだ。


「この練習は、土を直接触るんじゃなくて、魔力を纏わせて触るのが基本になる。そうするとほとんど手が汚れなくて済む。土いじりの時は便利だ」


「……有り余る魔力を何に使ってるのかと思えば、そんな事に使ってたのニャ」


 ホントに便利なんだぞキアラ。

 何をしてるんだと言いたげだけど、ここはスルーで。


「土いじりは別として、まずは丸めて固めてみようか。最初は魔力だけじゃなく、手で固めるのも合わせてやるとイメージに繋がり易いかもしれない」


 言われた通りにギュッと土を握りこむリア。

 魔力と合わせて握りこんだ事で、素手だけで握るより思いの他、硬くなった事に戸惑っているようだ。


「かなり小さくなるだろ? 意識してなかっただろうけど、それは魔力の圧縮によるものだ。握り固めようとする意識が自然と魔力の動きに反映されたわけだ」


「気付かないうちに魔力を圧縮してたんですね……ふふっ、何か騙されたような感じがしますね」


「出来ないという考えを、なるべく意識させたくなかったからな。出来たという事実があれば疑いようがないだろ?」


 今まで出来ないと思い込まされていたから、失敗して否定から入るのはなるべく避けたかった。

 オレの言葉に「あっ……」と、そういう事だったのかと納得したような声がリアから漏れた。


「この泥遊びの最終的な目標としては、こんな風にコップとかを作れるようになれば合格だ」


 魔力だけで、ぐにぐにと掌の上の土をこねくり回してコップの形状に。

 それを軽く掲げてみせると、リアが面白いくらい目を見張っている。

 そこで何かに気が付いたようだ。


「もしかして、ここの食器類はイズミさんが作ったもの……ですか?」


「お、良く分かったな。陶器として使うためには、ここから更に圧縮しつつ空気と水分を抜く。そして、それをこうやって――」


 石の上に置いたコップの温度を上昇させ、焼成。

 魔力を使って荒熱を取る。魔力結合と、密度を高めているので簡単には割れない。

 釉薬は使ってはいないが極限まで滑らかにしたので、まあ、実用に耐える程度には仕上がった。


「――焼き上げれば完成」


「……何気なくやってるけど、恐ろしいものを見た気がするニャ……レンガだけじゃなく食器まで作ってたなんてニャ。持ち出しだと思ってたニャ」


「簡単に実演してたけど、魔法での工程が高度過ぎる。同じ事を他の魔法士がやろうとしたら窯で焼くよりコストがかかるのは確実」


 キアラは既製品だと思っていたらしい。

 どうやらウルは、オレが何をやっていたか大体わかったみたいだな。


「焼くのは炎でもいけるんだけどな。焼けたら放置すればいいし。まあ確かに空気と水分を抜くのはちょっと難しいけど、そこも丁寧に圧縮すれば普通に窯で焼いても実用品にまでもっていけると思うぞ。それに成形だけでも色々と役に立つから無駄にはならんはず。魔性金属なんかはこれがメインで加工だしな」


「「「「はい!?」」」」


 え、何?

 何処に引っかかった?

 イルサーナがおずおずと手をちょこっと挙げ。


「……魔性金属が、そんな方法で加工できるなんて聞いた事ないんですけど、本当に?」


「逆に聞くけど、こんな硬いものどうやって加工してんの……?」


「確かに魔力も必要ですけど……基本的にはそれ専用の高温の炉で魔力を流しながら加工可能な硬さになるまで熱して、ひたすら叩くと聞いていますが……」


 で、その後に特殊な処理をするって事なのか。

 しかし、そんな手間のかかる事をしてたとは。

 特性を生かすために火を入れるのが必要だというのは知っていたが、それ以前の成形の段階でかなり面倒だ。

 オレとしては成形自体は魔力を使ってやってるとばかり思ってたんだけど。


「オレの持ってる情報と随分と違うな……加工は魔力を使えばいいと聞いたんだが……こんな風に」


 無限収納から陽炎が漂うような金属である火緋色金ヒヒイロカネを出し、魔力を注いで変形させる。

 食い入るように見ていたイルサーナに、それを手渡す。


「本当に形が変わってますねえ……」


 抽出ピックアップが錬金術系の魔法だからイルサーナは承知していると思っていたが、若干分野が違ったようで加工のほうは知らなかったらしい。


「かなりの高密度の魔力にイメージを乗せていますか? 普段のイズミさんの魔力とは少し違うみたいですね。それにしても火緋色金まで持ってるとは思いませんでしたよ……」


「ああ、そういえば魔性金属の利用法をイルサーナに聞こうと思ってたんだよな。それはまあ、後にしよう。今はリアの魔法習得が先だからな」


「そうでした、そうでした。リアちゃんの邪魔しちゃいけませんね」


「とまあ、そんなわけで。覚えておくと損はない技術だぞ。魔力の動かし方とか圧縮が見た目で分かり易いのも、この遊びの利点だな。あとは最も身近な実戦に使える技術でもあるなから、頑張る価値はあると思うぞ」


「頑張ります!」


 目に見える形で成果が出た事で、リアにとってはそれだけで嬉しいんだろう。

 その後は回復も含め、本当に限界ギリギリまで頑張っていたくらいだ。

 土を丸めて圧縮、そしてテカテカになるまで表面をならす。

 それを何度も繰り返し、次はコップの形にしてから圧縮と表面のならし。

 百個近く作ったその最後のほうは、自分なりにデザインも変えたりして、モノとしてもかなりいい出来のものになっていた。

 せっかくなので、水分を抜いて焼いておいた。


 ちなみに他のみんなはある程度の数をこなしたら別の修行だ。

 リアと違って時間があるからという理由で、いつものように戦闘訓練に励んでもらった。


 しかしリアは物覚えがいい。

 オレも頑張らなきゃいかんな。


 何をって?

 キャスロの再現に決まってる。




そっちかよ(´・ω・`)

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