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第六十六話 同調詠唱



 リアが等級の高い魔法が使えない原因。

 詠唱と同調によるイメージの脳への書き込みが行えない。

 単純な術式は使えるのだから、受け付けないという事はないはずなのだが。

 祈りの具現化の力、つまり、事象に対する干渉、改変の力が大きすぎて反発しているような感じがする

 その事で詠唱は覚えられても、付随するイメージが祈りの力の常駐によって、大型化した術式のイメージが脳に書き込まれるのを阻害している。

 ……のではないか。


「全く受け付けない。イメージの伝達が阻まれてる」


 ウルに呪文の同調詠唱コードハーモナイズをリアに対してお願いしたところ、返ってきた言葉だ。

 魔力の動きを見ていても、確かに同調しているとは言い難く、リアの側は全く反応していないように見える。

 オレなりの推測をたててみたものの、これはどう捉えればいいのか。

 詠唱によるイメージ構築にピンときていないオレと、ある意味、同じような状態?


「本当に覚えられるのでしょうか……」


 やはり何度も挑戦してダメだったものは、なかなか意識から拭い去ることは出来ないのだろう。

 否定的な思考が頭を巡っているようだ。


「そう考えてしまうのが障害になってるんだ。そうあるものとして疑いを持たなければ、無詠唱のほうが発動し易いはずなんだよ。無意識で自分に制限をかけてる。だから、それを取っ払わなきゃならない」


 龍脈を操作してるのだから魔力を操作して具現化させる事だってそんなに難しくないはずだ。

 周囲との『祈り』の力の認識の違いが原因っぽい気もする。

 リアの感覚としては明らかに何かを動かしている感覚はあるようだが、それが『祈り』の作用によるものだと言われてしまえば、そうなのかと納得せざるを得ない。

 何しろ、比較対象がいないのだ。


 リアと同じ能力の持ち主がいない上に、そういうものだと思われていれば詳しく調べてみようなどとは考えないのかもしれない。


「が、その前に。オレも同調詠唱コードハーモナイズを体験してみたい。頼めるか?」


「ん、わかった。どの魔法にする?」


「そうだな……一節、二節程度の短い詠唱がいいかな。検証ならそれで充分だろう」


「了解。繋ぐ」


 ああ、手か。

 手を差し出されたから、何か寄越せって事かと思った。

 ウルが集中するように眼を閉じる。オレもそれに倣う。


「熱よ火よ、我が内なる力と言葉に応えよ、我を阻みし者を穿つ赤熱の矢、火矢レムス・ロウ


 ふーむ、なるほどねえ。

 あ、やばい。

 そう思った時には既に遅く、空に向けて手をかざす事しかできなかった。


 ボウッ! と勢い良く天に向けて放たれた火の矢。

 発動の気配に目を開けたウルだったが、リアと一緒に目が点になっている。


「……なんで発動するの」


「……オレも発動するとは思わなかった」


 ちょっと予想外だったが、同調詠唱コードハーモナイズがどういうものか、やっと肌で感じる事が出来た気がする。

 これは要するにあれだ、常識の上書きだ。

 イメージを伝達したい側、されたい側。

 入力と出力、双方の合意がなければ成り立たない、か細い魔力の繋がりではあるが、それによって新たな認識が脳に焼付けられる。

 魔力による魔法の具現化に対する疑いが、元々希薄なこの世界の住人にとっては無茶でも何でもないという事なんだろう。

 

 ちなみに、イメージの流れとしては、魔力の塊が熱を持ち、温度が上昇、そして火が発生して、それをまた魔力を操って矢に成形して、後は力ある言葉にのせて発動。

 そのイメージが、疑問の余地もない現象として刷り込まれるといった感覚。


 オレの場合、どうやら自然に魔力が動いてしまい発動のイメージに引きずられて、矢を打ち出してしまったようだ。

 まあでも、これってやっぱり明らかに強力な催眠や洗脳に近いものだよなあ。その事を実体験を経て再確認できた感じではある。


「一回の同調詠唱コードハーモナイズで魔力まで同調して、起動詠唱キースペルに反応するとは思わなかった。全然抵抗がなかったのも、変な感覚だった」


「拒絶したら意味ないからな」


「……羨ましいです」


「すまん、見せ付けるつもりはなかったんだ。リアが同調詠唱を受け付けない理由を探るにしても体験しない事にはな。おかげで、問題に片手が届いたかもしれん」


「本当ですか!?」


「それだけで問題が解決するわけじゃないから、まだ何とも言えないけどな」


「そう、ですか……」


「とりあえず、あとひとつだけ検証したら、魔力量の増加のほうに移ろう」


 コクリと頷いたリアであったが、もうひとつの検証がどんな内容なのか、そちらにも興味があるようだ。


「ウル。今度は同調詠唱の状態だけ保持してみてくれ。オレがこれから魔法を使うけど、それを読み取れるかどうか試して欲しい」


「……やった事ないけど、了解」


「一応、火炎槍レム・トーガ起動詠唱キースペルで発動の流れでいく」


 コクリと頷いたウルを確認し、イメージと魔力を起動詠唱に乗せて発動。


火炎槍レム・トーガ


 炎で形作られた2メートル近い槍が、大空に向かって飛んでいく。

 

「……えっ?」


「ん?」


 ウルが何やら驚いた様子で、まじまじとオレの顔を見ているが、うまくイメージを読み取れなかったかな?

 すると数回、目を瞬いた後、繋いでいた手を離し、おもむろに念じ出すウル。

 おや? 魔力の動きが……。


火炎槍レム・トーガ


 おお?

 もしかして?


「出来た……」


 空に向けて突き出した杖を見つめたまま、ウルが呆然と呟いた。

 どうやらオレから読み取ったイメージで魔法を発動したみたいだな。

 という事は完全無詠唱で魔法が使えたという事かな?


「じゃあ、ひょっとして、こうすると……火矢レムス・ロウ


 周りの事が見えていないような雰囲気で、考えをまとめるようなウルの呟き。

 起動詠唱キースペルを発すると、今度は数本の火の矢が上空に打ち上げられた。

 

「今のは、完全無詠唱ですか……?」


 リアの指摘に、バッと振り向いたウル顔が、自分でも信じられないといった表情をしている。


「間違いなく、そう。火炎槍レム・トーガのイメージの内容に驚いたけど、直接、発動するプロセスが、いきなり私の中に形造られたように感じて理解できた。だから火炎槍を試してみたら難なく発動した。それならと思って、ちょっとだけ火矢レムス・ロウのイメージと置き換えてみた」


「イメージの逆流が出来るかどうかと思ってたけど、いきなりアレンジして使ってみるとか、ウルはすげえな」


「最初から完全無詠唱のイズミンに、そう言われても微妙。というか無詠唱と言うより発現過程が魔法陣の直接起動ダイレクトに近いと思う。でも、意図は分かった。リアに同調詠唱コードハーモナイズの逆流を使うためだって」


「あっ……」


 ウルの解説じみた台詞にハッとするリア。


「出来る事があるなら、なんでも試さないとな」


「でも、私に同調詠唱コードハーモナイズが使えるようになるのでしょうか……」


「今すぐは無理でも、出来るようになるかもしれない。出来なかったとしても他の方法がまだあるから大丈夫だ」


「はい!」


「それに、今の検証も全くの無駄ってわけじゃなかった。仮説にもなってないオレの勘に基づく推論だけど、リアが同調詠唱を受け付けない理由が少し分かった気がする」


「そうなの?」


「やはり適性の問題ですか……?」


「そうじゃない。おそらく防衛機能だ」


 ウルの相槌を兼ねた疑問の投げかけと、純粋に理由を知りたいが、落ち込む理由でないといいな、と顔に書かれているリアを見やり、オレは理由の内容を口にした。


「「?」」


「祈りという特殊な力を外部から干渉できないように、魔力的な防壁みたいなものがあるんじゃないかと思う。暗示や催眠、瞬間的な洗脳に対して絶対的な防壁。祈りという力そのものに、その機能が備わっているのか、後付けで付加された能力なのかは分からないが、それがリアを守ってる」


 意識改革的に時間をかけた洗脳には効果はないが、魔法でその場で無理矢理というものに対してはほぼ完璧は防壁だろう。


「なるほどねー。確かに祈りの力が本人の意思に反して使われるのは、考えものだものね」


「リナリーさん」


 声のする方へとリアの視線と言葉が向かう。

 いつから近くにいたのか、オレの頭の上に降り立ったリナリーが、納得したと言わんばかりにオレの言葉に同意した。

 龍脈の力によって厄災と呼ばれるものが生まれた事を知っているリナリーとしては、それがどれだけの危険性を孕んでいるかイヤというほど身に染みているのだろう。


「今の話で思ったんだけど、リアがイズミの体質の影響を受けないのって、それがあるからかな?」


「あー、なるほどな。外部からの精神操作を防ぐんだから、当然そうなるか。しかし、そうか。正直安心した。リアまで下ネタまみれになったらどうしようかと思った……。ぐふっ」


「なぜ泣く」


「これは嬉し泣きだウル。お兄さんは君たちの将来がとっても不安だぞ」


「むう、自分が原因なのに。むしろ私たちは被害者。責任を取って欲しいくらい」


「せ、責任っ!?」


「リアの考えてる責任と違う。子種を寄越せとか言ってる訳じゃない。必要なのは下半身だけじゃない」


「それも若い娘が言う台詞としては、どうかと思うぞ」


「私達がどこまで強くなるのか、ちゃんと見届ける事。いきなり居なくなるのはダメ」


 予期しないウルのその言葉に苦笑する事に。

 カザックの街どころか、どこにも定住する気がないとキアラに聞いているんだろう。

 しかし、若いうちはそういう事をする人間はいなくもない、といった観点から出た言葉でもなさそう。

 オレが消えていなくなるような感覚を、どこか本能的に感じ取っているのかもしれない。それに対して言っているように聞こえる。


「信用がないなあ。黙って消えるような事はしない。ウルたちのおかげで毎日楽しいからな。不義理をするような真似はしないぞ」


 それを聞いたウルが、杖を握り締める力を抜いたのが分かった。

 リアからも僅かにホッとした気配が漏れる。

 リアの置かれた状況だと、今はちょっとした事でも不安を煽るのかもしれない。


「ところでリナリー。狩りはもういいのか?」


 雨上がりにウル以外の修行組みとリナリー、ラキは周辺の森に散策に出かけていた。

 狩りといっても主に植物の採取だ。近場の木の実がどんなものか気になっていたらしいリナリーの希望でウロウロと探し回ったようだ。

 ラキが広域の警戒をしつつ、修行組みの軽い実戦も含めて薬草採取も予定に入っていた。

 今後の予定的に薬草関連は非常に重要である。


「もういいのかって、そろそろ夕ご飯だってば。リアの魔法習得の進捗も気になるけど、採って来た食材をどうするのかって」


「もうそんな時間か。魔力の増量は食べた後にしよう」


「はい。あっ、ひょっとして先程、解体したワイバーンが食卓に並ぶのですか?」


「いや、今日はまだだな。リアはワイバーンの肉の味に興味があったか?」


「い、いえ! そういうわけでは……すみません、少し興味があります……」


 顔を赤くして慌てて否定するも、好奇心には抗えなかったようだ。

 こんな状況では言い繕っても仕方ないと諦めたのかもしれない。

 

「熟成させてからのほうが美味いからな。ま、熟成方法は秘密って事で」


 妖精の里に送って、樹園木ガーデンプランツの熟成庫で寝かしてある。

 かなりの短時間で熟成されるのに、その状態でずっと保存されるから便利な倉庫だ。

 隠す意味もない事かもしれないけど、言う必要もない情報だから言わなくても構わないだろう。

 付随して無限収納エンドレッサーが繋がってる事を説明しなきゃならんから、それも明かしていい情報か迷ってるというのもあるし。


「イズミン。ご飯の前にもう一回だけ検証したい。私の知らない、想像も出来ないような魔法って使える?」


 ご飯の前に、どうしても気になる事を試したいみたいだな。

 なるほど、既知ではない魔法のイメージでどうなるのかを知りたいのか。

 やってみる価値は充分ある。

 そうなると、何がいいか。


「ふーむ。知らない魔法ねえ」


 リナリーと目が合うが、ちょうどイイ魔法ってあるかね?


「あれとかどう? あの極低温の液体を作るやつ」


「液体空気な。確かにちょうどいいかもしれん」


 ウルに手を差し出すと、握られた手から先程と同じように同調している魔力が感じられる。


「危ないから、ちょっと離れた所に発動するからな」


 コクリと頷いたウルを確認し、魔法を発動する。

 気温を低下させるイメージとしては、入り口は冷凍庫でそこから原子の動きを減速させていくイメージだ。

 同時に空気を圧縮させるため、周囲から結構な勢いで指定範囲に向かって空気が流れ込む。

 しかし、毎度思うが魔力でこんな事が出来るっていうのがすごいよな。


 しばらくすると薄い青色の液体が三十センチほどの球形で宙に浮き、まるで無重力下で漂っているようにその場で揺らめいている。

 魔力で隔離している状態ではあるが、若干ながら冷気は感じられる。


「なに、これ……。イメージで冷却系の魔法なのは分かったけど、他が全然理解できない」


 この言い方だと、同調の逆流で得たイメージを、そのままトレースして再生っていうやり方はダメっぽいな。

 やはり、ある程度の概念を理解してないと無理か?


 原子や分子といった存在を疑いなく受け入れるのが難しいんだろうか。

 良く考えれば難しいかもしれない。

 光学観測の限界を超えて、電子を透過だか反射させて観測するなんてのを、その観測機器がないのにどうやって理解させればいいのか。

 オレは電子顕微鏡の存在を知っている。

 その機械が、どういう構造と原理で動いてるかは詳しくは知らないが、それが原子の世界を見るのが可能だという事を疑ってはいない。

 そういう技術で成り立っている社会に、生まれた時から居たというのも大きいように思う。

 例えばテレビやパソコンのように構造として理解していなくても、現象として目の前に存在するというのが当たり前のような世界なのだから不思議だとは思っても疑ってはいない。まあ、思考の放棄と言えなくもないが。


 とにかく。この辺の認識の差が、科学的な側面からのアプローチで発動した魔法の場合、イメージであっても理解出来ない原因かもしれない。

 

「完成まで時間が必要なのが欠点と言えば欠点だな。この液体が氷の何十倍も冷たいって言われてもピンとこないか。いろんな物を一瞬で凍結、崩壊させるのも可能だから、ちょっと氷撃系の魔法とは危険の毛色が違うかもな」


 氷撃系の攻撃魔法は物理的な攻撃力、主に打撃や貫通力を伴った凍結の魔法だ。

 空気中の水分を凍らせて魔力を纏わせた状態に氷結の効果を乗せる。

 そうする事で接触した対象の箇所を凍らせる。

 といっても生物相手だと魔力抵抗の違いで効果の度合いも変わるし、術者のイメージや魔力の込め具合でも変わるから、なかなかに難しい魔法らしい。

 

 しかし対生物、対人だと効果的に使える場面は多いとも聞いている。

 盾で防がれたとしても、重量のバランスを崩し行動に制限をかける事が出来るし、足元を凍らせられれば、動きを大幅に阻害出来る。

 まあその辺りは火炎系でも、大地系でも変わらないが、そこは適性や得手不得手の問題だろう。


「効果は、こんな感じだ」


 掌握エリアに滞空している液体空気をそのまま地面に落とす。

 直径十メートル程の範囲が草や石も含め地面全てが、一瞬で凍りついた。

 魔力の効果かは分からないが、思ったより範囲が広いのは以前と一緒だ。


「液体が恐ろしく低温な理屈が分からない……」


「氷銀の魔法師と云われた伝説の氷属性の使い手の魔法にも、このような魔法はなかったように思うのですが……」


 リアの言う通りなかったかもしれないし、あったかもしれない。

 術者本人が理解していたとしても、それを目にした他の人間が理解していなければ正確に伝わるとは思えない。

 後世に残される情報なんて、嘘に塗り固められたものが多い場合だってあるだろう。


「この時代だと秘伝に近いかもな」


 余談ながら、液体空気とは言ったが一応、分留は可能である。

 今回は時間のかかる分離する行程を省いたので酸素と窒素の両方が液体になった状態だ。

 温度としてはマイナス二百度前後。

 この後に温度を少しだけ上げて液体酸素だけ残し、窒素を放出すると液体酸素だけが残る。

 結界で隔離した状態で液体空気から液体酸素だけを取り除き、残った気体を再度冷却して、ちょっと不純物が残る液体窒素にすることも出来る。

 というか、そもそも最初から酸素と窒素に分ける事が可能なのだから、その作業自体あまり意味はない。

 イグニスに色々な純粋な気体の特性を魔力を介して覚えさせられたので、それが可能というわけだ。


 面白いのは、この液体酸素という物質は磁石に引き寄せられる。

 だから何だという話だが、どこで何が役に立つか分からないのだから覚えていても邪魔にはならないだろうという事で勉強させられたうちのひとつだ。


 イグニスから魔力という力は、ほぼ万能だとは言われていたが、磁力だけはどうにも再現が出来ない。

 万能だというのが、いまいち実感がないが、先程のような原子の動きを減速して冷却するなんてイメージでも結果が得られてしまう事を考えれば嘘だと言い切るほうが暴論かもしれない。


 事実、イグニスが語った所によると。

 原子や分子を減速ではなく、いきなり停止させる事も魔導科学的には可能なんだとか。

 厳密には停止ではなく、限りなく停止に近い状態らしいが。

 つまり、いきなり絶対零度の空間が出現するわけだ。怖すぎる。

 ただそれには、恐ろしいまでの演算の能力が必要で、人間の脳の演算能力では不可能に近い。

 魔素が勝手に脳細胞を使って演算しているようなものだが、その自動演算でも生物の限界というものが壁として立ち塞がっている。

 イグニスならギリギリ可能かも知れないと言っていたが、これを実行するのも危険過ぎるらしい。

 何しろ、物理的な側面だけでなく次元を介した力が働く為、どのような結果になるのか予想がつかないというのだ。

 科学的に絶対零度は再現不可能とされているが、魔導科学的には再現が出来ると考えられている。そしてこの完全な再現というのが曲者で。

 物質の崩壊や爆発、爆縮ならまだいい。

 完全停止を実行した場合、時間にすら何かしらの影響を与えて、世界の在り方に干渉する可能性がゼロではないのが問題だという。

 その昔、都市が跡形もなく消えるという原因不明の現象があったが、それによる事故だったのではないかというのが有力な説であるらしい。


 魔素、魔力によって成り立った社会ってのは相当な無茶をしていたようだ。

 そりゃそうだ。特別な機材がなくても、こうやって液体酸素や液体窒素が作れてしまうんだから、科学の進歩もどれだけショートカットしてるのか想像も出来ない。

 

 ここで話を少し戻すが、液化気体としては、なるべく窒素のほうを使えと言われた。

 液体酸素は有機化合物と容易に反応して爆発する事があるから、何処で何と反応するか分からないからだと。

 まあ結界内で隔離して製造しても、安全面を考えたら容器に入れて無限収納エンドレッサーで保存するのは酸素より窒素のほうがいいだろうなあ。


 個体酸素にまでしてしまえば液体より割と使い勝手はよくなるんだがねえ。

 安全面が確保できれば、が前提になるが。

 実を言えば、試作した個体酸素は専用容器に入れて、いくつか所持している。

 あとは使い方だけ、という状態だ。


 色々と面白い使い方は思いつくにはつくんだが。

 すぐに思いつくのは有毒ガスか。それとも消火ガスとか? 窒素はいいけど、火のついた場所に個体酸素なんぞ放り込んだらえらい事になるよな……。火がなくても爆発する可能性大だけどな!

 魔力の痕跡なく大爆発が期待できるのは利点といえば利点だが……酸素関連はどれも物騒なものばかりだ。

 液体窒素のほうは料理とかにも使えるな、そういえば!

 ああうん。当面は液体窒素だけだ。液体酸素や個体酸素は周りに人がいる時に扱うもんじゃなさそうだ。

 酸素系の液体、固体は折をみて空気に放散しておこう。


「イズミン。この魔法って私でも覚えられる?」


「どうだろうな……前提になる知識と常識の違いがネックになりそうだな。その溝をどう埋めていくか、それ次第だろう。不可能とまでは言わないけど、脳の中の記憶や情報がそのまま転写出来ないと、ちょっと難しいかもしれないぞ。同調の逆流で知識や記憶が読み取れれば、あるいは、とも思うけど」


「そう……でも可能性があるなら諦めないから」


「了解だ。その代わり、言ったからには簡単には諦めさせないからな?」


「うっ……私、早まった?」


「リアもだぞ? 途中で投げ出すのは許さん」


「あ、あはは……よ、よろしくお願いします。でもイズミさんは私が魔法を使えるようになると信じてくれているんですね」


「自在に魔力を扱えるのに、魔法を覚えられないなんて事があるわけないからな」


 ウルとリアのなんとも困ったような引き攣った笑顔。

 ニヤリと返せばビクっとされたが、大丈夫よー、怖くないよー。

 というわけで食材の確認も兼ねて、メシにしようか。






 ~~~~





 夕食は久々にガッツリとボアカツ丼でした。

 ソースカツ丼ではなく、卵でとじたカツ丼です。

 美味しゅうございました。

 採ってきてもらった食材は果物や木の実を中心に使い、デザートやサラダに。

 他の山菜などは後日という事になった。

 天ぷらなんかにしてもいいかもしれん。


「野営で揚げ物が普通に出てくるのよね。というかすでに野営じゃなくて別荘みたいになってるけどねー」


 カイナがもう慣れたけど、と付け加えたが、皆、同様の感想のようだ。

 美味いものが食えるなら何でもいいじゃないか。

 カツ丼だって美味かったろう?

 しかし醤油の代用品がまだまだのレベルなので、故郷の味にはならないけど、これはこれで美味いからよし!

 いずれ完璧な醤油の代用品をみつけて、あれやこれやを完全再現だ。

 だったら大豆探して醤油と味噌を作れやって話になりそうだけど、この二つは難しいんだよ。

 本当に我慢できなくなったら着手してしまうかもしれないけど、決まった蔵を持つなんて出来ない根無し草には無理な相談だ。


「今日のメシはリアの口には合う物だったか?」


「はい! 美味しかったです。ドルーボアのお肉なんて、大きな都市でもなかなか食べられません。しかもこんな見た事のない調理方法のものなんて王族どころか、多分食べられるのはここだけですよ」


「そりゃあ比較にならんだろ。豪華なコース料理とじゃあ違い過ぎるって」


「あ、いえ。高級という意味ではこちらのほうが断然高級ですよ」


「そうなのか?」


「惜しげもなく使われた高級食材に未知の調理法や調味料。ほら、すこし挙げただけでも、どれだけの希少価値かわかりますよね?」


「言われてみれば、そうか? 基本的に自分が食べるものは妥協したくないだけなんだが」


「ご自分で食材調達から仕込みや調理までを、高いレベルでこなしてしまえるのは、ちょっと羨ましいです」


「リアも料理を覚えたいのか?」


「……覚えたいと思った事は何度もありますよ。自分が試行錯誤しながら作ったものを食べるのも面白そうだと思いますし。それを大勢の人たちと楽しく食べるというのも少し憧れます。いままで、そのような事が望めない環境だったので……だから、ここでみなさんとご一緒にお食事が出来るのはとても楽しいです」


 そう笑顔で締めくくったリアだが。

 リアもまた特殊な環境にいたのが言葉の端々から伺い知れる。

 自分で料理をする必要がなかったとしても、いろいろと思う所はあるようだ。

 であるからこそ、今の状況が楽しいと感じていると。


 だったら、ムチは必要ないけどアメを用意しようか。


「それなら、尚更リアは魔法を覚えないとな。オレの料理はたいてい魔法が使われてる。魔法を使わず道具で代替が利くのもあるけど、魔法のほうが早いし便利だ。中には魔法じゃないと出来ない調理方もあるしな」


「魔法で料理なんて想像も出来ませんが、魔法が使えるようになれば、こんなに美味しいものが作れるんですね。頑張ります!」


「言われてみればイズミの料理は魔法使いまくりだニャー。この米だって魔法ででっち上げたものだし、サラダのドレッシングだって、作るのに魔法使ってるくらいだニャ」


 それを聞いて益々やる気になったリアだったが、まだ少し不安が拭い去れていない面持ちだ。

 まあ、それも今のうちだけだ。

 不安など感じる暇もないくらい、ありとあらゆる手段を使ってリアに魔法を覚えさせる。


 という事で、手始めに魔力の増量からだ。

 食休みの後、さっそくリアの魔力容量の拡張作業にとりかかる。


「少し違和感があるかも知れないが、ちょっとの間だ」


「はいっ」


「それじゃあ、いくぞ」


 魔宝石を介してリアに魔力を送る。

 お、どんどん入ってくな。

 成長期ど真ん中はさすがに伸びが違うか?


「ん……あ……」


「必要な事とは言え、やっぱりいかがわしい事してるようにしか見えませんねえ」


「やっぱりって言うな。それにしても若いせいか柔軟性みないなのがあるな」


「聞き捨てならない単語を聞いた気がしましたが、まあいいです。柔軟性とはどういう事ですか?」


 ん? そうか、若いという部分にイルサーナは引っかかったのか。

 女性ってのはホントに年齢を気にするなあ。サイールーは妖精だから別枠として、確かにここにいる人間の中では一番年上だけどさ。というか妖精の寿命が何歳くらいなのか知らないし、外見通りの年齢なのかどうかも最近では怪しいと疑っているが。

 それにしてもイルサーナは気にするような歳でもないだろう。

 見た目だってオレとたいして違わないんだから聞き流しても問題ないのに。

 いや、成人年齢が十五という事を考えるに、二十歳前後だと平均的な結婚観からすると、もしかして行き遅れ……?

 仮にそうだとしても、原因は欲求を隠そうともしないその言動のような気が……。

 

「何か失礼な事を考えてませんか?」


「全く持って何も。柔軟性というよりも伸び盛りだからと言ったほうが、しっくりくるか」


「なるほど。私たちもイズミさんと、もっと早く出会えてたらと思うと少し羨ましいですね……」


「なに言ってんだ。みんなまだ成長期だろう。それに心配しなくても、時間はちょっとかかるが成人した後でも生き物の器としての限界まで、ちゃんと拡張出来るから安心していいぞ」


「「「「え……」」」」


 それはどういう反応なんだ?

 そろそろ限界じゃなかったのって?


 個人差があるから、みんながみんな、満足する魔力量になるとは言えないが、頭打ちになったら増量に時間を使わなくて済むと考えれば、マイナスばかりじゃないはずだ。

 その時間を魔力の効率を上げる事に使える。

 魔法の燃費をよくすれば、結果的に増量したのと変わらない。


「確かにそういう考え方も出来るんでしょうけど……。なんでしょうねえ、この期待と脱力感が入り混じった不可思議な気持ちは」


「イズミンは徹底して効率優先」


 そういうウルも、その傾向が強いけどな。


「ところでリア。落ち着いたか? 拡張したばかりだとダルい感覚が残ると思うが」


「はい……なんとか平気です。一日もかからず、こんなに増えるのがちょっと怖いくらいですね」


「初回にしては充分だな。それにウルも、もう少しで、この拡張方法を覚えられそうな気配がするし、順調だな」


「あとほんの少しで届きそうな感じ」


「いつの間にそんな事になってたの?」


 ウルの言葉にカイナが素直な疑問を投げる。


「みんなが狩りに行ってる時に、驚きの収穫があった」


 ほう、と皆が感心するとトーリィも小さな声で「私も頑張らないといけませんね」と決意を新たにしていたが、それって成長魔法の事なんだよなあ。


「ところでキアラ。薬草の採取はどうだった? いいもの集まったか?」


「イズミから聞いた効果や色、形に関しては、見せてもらった微細な絵と、同じだったり近いものは全部採ってきたニャ」


 よしよし、いいぞ。イグニスからの情報も合わせて提供したからな。

 いよいよ取り掛かれる。

 キャスロの製造に。


「何作るのニャ?」


「とっても良いものだ」


 生理現象を意のままにする、人知を超えた完全バランス栄養食。


「うわぁ……そんな悪そうな笑顔で言われても、変な予感しかしないニャー」


 そこは、乞うご期待だ。

 




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