第六十五話 リアの望み
朝からの雨。
久しぶりの雨。
座学の予定に合わせたかの様な天気だが、完全に偶然だ。
「相変わらず魔法の発動が早えな! とッ!」
氷撃による拳大の氷のつぶてを木刀で捌き、距離を取るべく横へ跳ぶ。
追撃も羽子板障壁で叩き落とし、跳ね返し接近を試みる。
木刀を横薙ぎに水刃を飛ばし、即座に地を蹴る。
「ウォンッ!!」
しかし、やや大きめの水球の中に一気に気体を圧縮して送り込み開放し、爆散させたそれによって水刃が吹き飛ばされてしまった。
くそー、初撃の直後に影刃も飛ばしてたのに、それごと消されたよ。
オレ自身も飛び込んで、怒涛の三連撃を狙ってたのになあ。
そう。ただ今、ラキとの模擬戦の真っ最中。
久しぶりの雨という事で、ラキにせがまれたのだ。
模擬戦と言ってもゲームに近い。
何故なら、雨の日限定で水系統の魔法のみ使用可という縛りが入っているから。
障壁と強化はいいが、水に関連した魔法以外は使わないというルールだ。
ラキはこういうのが意外と好きなんだよ。
リナリーが聞いた所によると、
『イズミの魔法の使い方が面白いからだって。野生の人間がいたらこうなのかなって』
誰が野生の人間だ。
一生懸命、頭ひねって出してるアイデアばかりだというのに。
とまあ、そういう訳らしい。さっきの水玉爆発もオレがやったのを見て、一回で覚えた。
最近のラキのお気に入りは、氷刀を口で咥えて振り回す事らしい。
オレが冗談で言った、忍犬というのをやってみたくなったんだそうだ。
しかしなラキ。
オレの言った忍犬というのは、そんな風に身体中に刀を生やしてないぞ。
しかも、その状態で回転しながら突進したり、飛んで来たりするのは凶悪過ぎやしないか。
それに、やった後に『にゃはー』みたいな顔で「どう?」とか聞かれても困る。
まあ、オレも木刀で迎え撃つだけじゃ芸がないと思って、水流を拳と腕に纏わせて体術でガシガシとやった訳だが。
さてさて、いい時間だし、そろそろお開きにしようかね。
ただその前に。
「ラキ、これならどうだ?」
オレとラキを中心に一定範囲を円状に障壁で囲む。
大量の水をラキの動きを牽制するように水流で具現化させ、オレの腰より上辺りまで満たしたあたりで準備は整った。
ラキの顔が「何するの? 何するの?」と期待に満ちたものになってる。
「魚雷」
荒れた水流の中を航跡を残す事無く、魚雷型の水の塊がラキに向かって四方から迫る。
本来は水素と酸素を大量に含んだ気泡を弾頭に見立てて、接触による起爆という、実用性に疑問の残るネタに近い魔法なのだが、今回は圧縮酸素による爆発に留めている。
ラキに対しては完全にネタだな。
こんなスピードじゃあ、まず当たらないし簡単に防げる。
案の定、積層に展開した障壁に当たって爆発しただけだ。
しかも今度は、追尾してくる魚雷を前足で叩き潰している。
次々と爆発の際の水柱が吹き上がるが、この程度の爆発はラキにとっては攻撃とも言えない。
最後は、上手く誘導した数本の魚雷を、獲物を押さえ込むように両前足で叩き潰し、一気に爆発させて巨大な水柱が立ち昇った。
途中から完全に水遊びだったわ。
かなりご機嫌のようだが、何が楽しかったんだかねえ。
~~~~
「人外の戦いを見せられた」
そりゃまあ、ラキは人じゃないからな。
天幕下のリビングに戻り、ラキと一緒に全身の水気を飛ばしていると、ウルが今しがた終わったばかりの模擬戦の感想? を口にした。
水気を飛ばしたついでに子犬に変身したラキは「あふ」とあくびをしていたが、いたくご機嫌のようだ。
「途中、何をやってるのか分からないし、速過ぎて姿さえ見えない時もあったけど……あれがイズミンの本気って事?」
本気かと言われると、どうなんだろうか。
一定の条件下という意味なら全力で当たらせてもらっているが。
「模擬戦でイズミの本気は見れないよ? ホントの本気だったら二人とも無事じゃないもん」
カイナの質問のような独り言に、リナリーが真顔でそんな事を言う。
確かにお互い本気でやったら無事で済まないだろうな。
しかも、負ける公算がデカイ。
「断言してるのが怖いニャ……アレ以上のレベルで、それをやってたって事ニャ……」
イグニスのいない所では禁止されてるがね。
本気になってやり始めたら、お互い楽しくなって歯止めが利かなくなるだろうと言われたからだ。
「まあ、そうか、な? 普通に手足を犠牲にして戦ってたからねー。私も最初に見たときは血の気が引いたもの」
え、あれ、ちょっと待って。
今までで一番みんなが引いてる気がする。
確かにサイールーの言う事は事実だけど、それは治癒魔法ありきの事であって。
それに、千切れるとか吹き飛ぶというのはなかったはずだぞ。せいぜいが氷刀が貫通するとか、そんな感じなんだから。
「……すぐに治せるからいいんだよ。即死は全力で回避するし場合によっては痛覚も遮断するから騒ぐほど酷い事にはなってない」
「「「「……」」」」
呆れたとも驚いたとも言えそうな、なんとも言えないリアクションを見せる一同。
「な、なんだよ」
「イズミさん、皆さんは、すぐに治すという事に違和感を覚えているのだと……その言い方だと、自らを次々に治療しながら戦闘を継続している、のですよね?」
リアの質問という形の確認に「ああ」と返答するも、困ったような笑みが返ってくる。
「戦闘を継続しながらだと、普通は回復担当に任せるのものなのです。というより、間断なく攻撃や回避をしたままでは、まず発動のトランス状態に入れないはずなんです」
他の事に魔力を割く量が多かったり、めまぐるしく移動したりだと、治癒系は発動プロセスに移行し辛いんだったか?
その最初の僅かなきっかけの為に役割を分けているのだと。
オレは、そのトランスに入る必要がない訳だが。
「そこも気になりますが、痛覚を遮断というのも皆さんが引っかかってるんだと思います。失われた魔法のはずなのです。密かに受け継がれている可能性も否定出来ませんが、禁術となり、そして忘れ去られた魔法なんです」
詳しいな、とオレの顔に書いてあったのか「そういう本を読むのが好きなので」と、やや悲しげな笑みでリアは答えた。
その表情が気にはなったが、敢えて深くは突っ込まない。
オレに何が出来るかも分からないのに、穿り返してもいい結果にはならないだろう。
「とはいえ、禁術と言われてもピンとこないですねえ。痛みがないのは良い事ばかりのような気がしますけど、何が危険なんでしょう?」
失って久しい技術だとしたら、こういった認識が普通なのかもしれない。
いや、治療優先で思考するなら麻酔という観点から非常に有効だと捉えているのか。
我が故郷の創作物では危険だというのは、割とベタなネタだったりするが。
「劣化版バーサーカーがいくらでも生み出せるって言ったら、どうする?」
「えっ? そうなんですか!?」
思ってもみなかった例を出されてイルサーナの声が若干、上ずっていたが、他の皆も似たような心境のようだ。
「麻薬と併用すれば強制的にバーサーカーに仕立て上げる事が出来るだろうな」
他人の精神を操る技が失われてはいるが、自分の精神はそうではない。
つまりバーサーカーとは自身の犠牲を覚悟の上での、いわゆる自爆技だ。
自分が望まない限りはそうはならない。
しかし、痛覚遮断は他人に施術可能。そして麻薬を使えば理性などあっという間に消え去るだろう。
この世界には植物由来の麻薬だけでなく、魔法で合成された強力な麻薬まであるという話だし、組み合わされば、どれだけ危険かは言わずもがな。
強制的に、というオマケ付きである。
合成麻薬だけでもそれが出来そうなのが、この世界の怖い所でもあるんだが。
リアも知識として禁術を知ってはいたが、具体的な利用法の情報までは持っていなかったらしい。
皆と同様に背筋に寒いものを感じているようだ。
「とまあ、そんな可能性が、いや、使われた歴史があるんだろうな。だから禁術になった。ああ、物騒な話はヤメヤメ。メシにしよう」
「わざわざ雨の日に物騒な模擬戦をやってた人が言っても説得力がないけどねー」
やれやれと言った感じのリナリーが、そう口にする。
うむ。反論の余地もないな。
~~~~
「それにしても……ラキちゃんとサイールー姉さんが来てからというもの、身体の休まる暇はともかく、心の休まる暇がないんだけど……」
「えー、私たち?」
「クゥン?」
朝食後の魔法の講義、といっても、循環強化しながらのミニゴーレムの操作のコツや、魔法陣などを解説するだけの軽いものだ。
区切りのいい所で休憩となったが、その時に出たカイナの台詞にサイールーとラキが疑問符の付いた表情を浮かべた。
というか、いつの間にかサイールーは『姉さん』で定着してるんだな。
確かにナリは小さいが、一番年上ではあるから間違っちゃいないけど。
「だって、あんな魔法で蹂躙されちゃうし、ラキちゃんはその姿は可愛いけど白夜狼でしょ? それにあの模擬戦を見せられて驚くなっていうほうが無理だよ……」
あんな魔法とは成長魔法の事だよな。
オレには詳細が明かされていないが、蹂躙とカイナが言うからには、よほどすごい事をされたんだろう。
しかし、なんの事か分からないリアは、ラキが白夜狼だという事のほうに「えっ?」と驚いたようだ。
「しかも、何処からともなく女の子を助けてくるし」
「それは私たちのせいじゃないけど、でも確かに、みんなにしてみれば色々あり過ぎ、なのかな?」
妖精が増えた事に始まり、訓練内容の変化やリアを連れてきた事。
言われてみれば確かに盛りだくさんだな。
「あの……イズミさんは本当に何者なんですか? 妖精の方々と懇意にされていて白夜の一族とも親しいなんて、物語の世界のお話ですよ」
「何者と言われてもなあ。本当に田舎モノとしか言いようがないと思うが……」
リアの、オレが何者かを問うその表情は、分からないからというより現実感のない何かが目の前にいるのではないかと、オレの存在を測りかねているかのような表情だ。
「世捨て人同然に、人里から離れた場所で戦いの技術を修めるために生きてきたのを田舎モノと言うなら、それで合ってるけどニャ」
「戦うために生まれ、生きて、死んでいく。そんな人生」
「壮絶な人生だな、おい……」
他にも楽しい事を経験させてくれよ。
キアラの言葉から、どうしたらそういう発想になるんだウルは。
「なるほど……戦うため、ですか……」
「いや、そこで納得されても困るぞリア……」
「えっ、ああ、すみません! でも昨日の鍛錬の様子と先程の模擬戦で私が助けて頂いたのも、幸運や偶然ではないと、はっきりと分かりました」
「あの、どういう事でしょう? この御三方なら何をしても不思議ではないとは私も思うのですが……」
トーリィの中ではどういう扱いなんだろうか。いや本当に。
よく見りゃ、全員頷いてるなあ。なんだコレ。
「その認識もどうかと……いえ、そうですね。あの強さを普段から間近で感じていたのなら、そうなりますよね。普通ならば私を攫った魔獣が問題なのです。……イズミさん、その魔獣はその後どうなりましたか?」
「ん? 回収してあるぞ。見るか? ラキ」
「わふ!」
そういえば、オレもまだはっきりと確認してなかった。
広場へと、テテッと駆けていき、ラキは屋根代わりに大きな障壁を張る。
そして、濡れていた地面の水分を蒸発させているようだ。
どうやら、獲物が濡れるのがイヤみたいだな。
「……ああいう高度な事を平気でしますよねー、ラキちゃんって」
イルサーナの言葉に、子犬姿のラキに一同の視線が向くが、どこか皆、一様に遠い目をして力なく笑っている。
その気持ちは分からんではない。オレも何度味わった事か。
そんな周囲の気持ちなど気にする気配など微塵もないラキは、無限収納から巨大な何かを取り出した。
「「「「ワイバーンッ!?」」」」
ほうほう、これがそうか。
遠目にもしやと思って、ちょっと期待した自分もいたが、今までそれどころじゃなかったからな。
それにしても結構でかいな。
体長三~四メートルってところか。尻尾もいれると倍近い。
茶褐色のワニ革みたいな体表とコモドドラゴンとワニを足したような顔。
イグニスのような独立した翼ではなく、手と一体化した翼。
トリトカゲという表現が一番合いそう。
イグニスの時も思ったけど、どうやって飛んでんだろうな、この巨体で。
地球でもプテラノドンとか翼竜がいたけど、あいつら軽かったって話も聞くし。
しかし、生きているのを見たといっても空の上だ。
地上だとどうなんだろう。鳥のように二足歩行なのか、そのカギ爪のある手も使い、四足だったのか。
いいか、いずれ見る機会もあるかもしれないし、その時で。
「強さという部分は既に問題ではないのですが、その討伐方法に疑問が残っていまして……おそらくは目視出来るギリギリの高度を飛行していたはずなのですが……」
そういう事ね。
どうやって高度を下げさせたか、あるいは高高度のままのワイバーンにどのようにして魔法や武器の攻撃を当てたのか。
それも、自分を傷つける事なく、といった辺りを知りたいのだろう。
リアの指摘に、なるほどそういえば、などといった感じで改めて皆は興味を持ったようだ。
うーん、これは誤魔化すほうが面倒くさいか?
となると異相結界を見せるしかないわけだが……習得は無理だと割り切ってもらうしかないよな。
まあ、その代わりと言っちゃなんだがレーザーブレスのほうは黙っておこう。
ブレスのアレンジ魔法だと分かれば、いろいろと本を読んで知っていそうなリアなんかはドラゴンとの関係に気付いて興味を持ってしまう事も在り得る。
それに、なまじ人間でも再現可能だとなれば指南しなくてはならなくなる事も考えられる。
完全無詠唱が身に付かなければ不可能なのだが、一度目にすればそれに囚われてしまうかもしれない。
少なくても、今はそんな段階ではないから意識をそちらに向けさせてしまうのはあまり好ましくないだろう。
……ごちゃごちゃと言ったが、要するに面倒。
これに尽きる。
「まあ、ここで隠しても納得しないだろうからネタばらしをしておくかね。最初はラキの威圧でまずは意識をこちらに向ける予定だったんだよ。接近戦に持ち込むための手段はあったからな。その手段ってのがコレだ」
階段を上るように一歩一歩空中に歩を進める。
十メートルほど上った所で見下ろしていると、ラキが駆け上がってきた。
「……空を、歩いてる……?」
「どうなって……」
この世界には飛行魔法に該当するものがない訳じゃあない、
風系統の魔法を使えばなんとか人を浮かせる、程度のものはあるときいた。
ところが、とても戦闘には使えず、コストの問題で移動にも適さない、といった魔法だ。
それを知る者からすると、かなり異様な光景に映るだろう。
上に乗ることも可能な障壁はあるが、こんな風に移動は出来ない。
その事が良く分かってるウルと障壁を使う頻度が高いイルサーナが、特に強い反応を示し呟きを漏らした。
「こんな感じで獲物に接近してリアを奪還しようとしたワケだ」
「しようと……?」
しまった、間違えた。
トーリィの呟きに皆の表情が、どういう事か問うものに変わっている。
これじゃあ、リアを落とした事を言わなきゃいかんじゃな――。
「リアをね、落としちゃったの。ワイバーンが」
ちょっ、えっ!?
オレが話題を回収する間も置かずに、リナリーが言っちゃったよ!
「ああ、違う違う! ちゃんと無事でしょ!? すぐにイズミが受け止めたってば」
と、慌ててリナリーが捕捉すれば、目の前に無事な姿でいるのだから、ああそうかと、リアを見てホッと胸を撫で下ろす一同。
「……どんな風に受け止めたんですか?」
何を疑ってるんだイルサーナは。
ああ、なるほど。年長者としては、本当に女の子の身体に傷なんか付けてないかと心配になったのか。
怪我なんかさせるような救助の仕方はしてないぞ。
「そんなもん、こんな風にだな」
掌を上に向けて両手を前に出し、受け止めた時の格好の再現をしてみた。
するとそのタイミングで、ラキがクルっと回転して両腕の中に飛び、ポスッと収まった。
何がしたいのラキは。
「……つまりお姫様抱っこをしたんですね」
「まあ、そういう事になるけど――」
あら、リアの顔が真っ赤だ。
これは、お嬢様的には異性に身体に触れられるのはまずかったか?
良家の子女の慣わしとしては、充分、在り得る……。
「すまん、リア。勝手に身体に触ったのは申し訳ないと思うけど、何ぶん緊急事態で……」
「い、いえッ! 全然、問題ないです……はい」
「そ、そうか」
良かった。
お嫁に行けないとか言われたら、どうしようかと思った。
良家のお嬢様の結婚問題なんて責任持てないぞ。
「そうだったニャ。この男、緊急時には躊躇なく女体をまさぐるのニャ」
「おかしな言い方すんな」
「私も抱っこして下さい! もう一度いやらしいお姫様抱っこをッ!」
「うるせえよッ!」
どさくさに紛れて変な願望垂れ流すなよ、イルサーナは!
~~~~
「ふーむ、どうするか……」
「どうするかって?」
結局、空をどうやって移動しているのか、つまり異相結界の話はいつの間にか有耶無耶になってしまった。
と言っても、解体を優先したせいで、その場の追及がなくなっただけで後で聞かれるだろう。
ラキに空中を歩いて見せてくれと、お願いしてるくらいだし。
それよりも、まずはどうにかしなきゃならん事がある。
「いやなリナリー。色々と、とっ散らかってきてるなあと。鍛錬のカリキュラムも修了してないし、リアをこのままってワケにもいかないだろう?」
ワイバーンを解体しながら、そんな考えが頭を巡る。
今後の方針だけでも軽く、決めておくか?
「リア」
「はいっ」
広場の臨時解体場から声をかければ、何故か嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
「なんでしょう、イズミさん」
「リアはワイバーンの美味しい食べ方とか知ってる?」
「た、食べるのですか?」
「そりゃあ、美味ければ食べる。骨だって無駄にはしない。ダシも取って確認する。ただな、それ以前に気になった事なんだが。このワイバーン、誰かに使役されてたものか?」
「……まず、間違いなく」
そうだろうな。足の爪でリアを傷つけないように掴んでいたようだったしな。
「もし使役されてるだけならワイバーンに罪はなかったんじゃないかとか考えちまったんだけど、その辺りが分からなくてな。野生が普通に人を襲うのとワケが違うだろ? もし飼いならされただけのヤツだったら、捕獲に留めておくべきだったかな、なんて思ってな」
「私を無事に運ぶ事と、目的地までの到着しか行動を縛っていなかったはずです。現に人は襲われました……」
「よし、食材決定だ」
「あ、あの……食べるのは宜しいのですが、私は魔獣の調理など詳しくは……」
「ふむ。じゃあ色々と試行錯誤してみるか。まあ、それはそれとして、だ」
改めてリアの目を見て、言葉を続ける。
「リアは今後どうしたい? すぐに元居た場所に戻りたいのか、無事だけでも知らせるか。それとも、しばらくは身を潜めるか。どれを選ぶにせよ、何か伝手があるのかどうなのか。今、言った中に何か候補はあるか?」
いきなりの話題転換に少し面食らったような表情をしたリアだったが、オレの言いたい事を理解したのか、すぐに表情を戻した。
「そう、ですね……」
「ああ、あとひとつ。それに加えて自衛の手段をある程度、身に付けるか」
「え……?」
「時間さえ許せば、だけどな。オレ達のしてる事に興味があるようだったから。正直リアは鍛え甲斐がありそうなんだよなあ。いや、近接戦は無理だと思うけど、それ以外の部分は年齢的に伸び盛りのはずなんだ」
「あ、あの! 魔法が使えるようになりたいです!」
「ん? 使えるんじゃないのか? 生活魔法とかそんな感じの術式の痕跡みたいなのが見えたけど」
「はい、そういった魔法なら少しは使えます。ですが私にあるのは基本的には『祈り』だけなのです――」
リアの語った所によると。
『祈り』とは、大地の力を見る力だという。その土地の活力を、文字通り見て判断できる眼を持っているという。
そして、診る力もだ。活力がなければ注ぎ込み、あり過ぎれば他へと流す。
周囲とのバランスの調整も行う。
それが『祈り』
「しかし、その力を振るう為には詠唱の魔法は覚えてはいけなんです。というより覚えられないのです……。祈りの力の締める割合が多すぎて、同調詠唱を受け付けないのです……」
「魔力が扱えてるんだから、魔法が使えないはずはないんだが……」
うーん、リソース不足?
いや、なんかしっくりこないな。同調詠唱のシステムやプロセスを全くと言っていいほど、実感として理解してないからなんとも言えないが。
それにしても『祈り』か……。
「どう考えても、龍脈、だよな」
「そうだよね。あたしもそう思った」
「ッ!! どうしてそれをっ!?」
「いや、どうしてと言われても、大地の力と言われれば、それしか思い浮かばない」
「そ、そういう事を言ってるいるのではなく、ですね……大地の力の事、その根源の龍脈という呼称は限られた一部のものしか知らないはずなのですが……」
「と言ってもな。妖精の里では普通にみんな知ってたぞ。それに関連した問題も力ずくで解決したしな」
どうやら、『祈り』というのは龍脈操作で間違いないらしい。
一般に知れ渡ってないのは、一種の儀式として浸透しているだけで概要は知ってはいても詳細までは明かされていないようだ。
不作の土地へ行き『祈り』を捧げる。
次の年には例年通りの収穫を得る。それだけで充分というわけだ。
龍脈を操作するなどという情報が出てくるはずもないし、人為的に行っているなど言えるはずもない。
良くない事を考える輩が絶対に出てくるからな。
「か、解決、ですか?」
「結果的に、直接、龍脈をいじる必要はなかったけどな。それにしてもすごいなリアは。あんな大アルカナにでも描ききれないような魔法陣の術式を、一人でやるんだろ?」
「いえ、補助の魔法陣をいくつか使用しなくては――えっ!? 龍脈操作の魔法陣があるんですか!?」
おっと、顔が近いぞリア。
「こういう所でも常識の違いがあるのね……まあ、私達の存在の根幹に関わる事だからねえ」
「経路変更、流路固定、あとは流入増幅か? 無理に捻じ曲げるのは良くないって話だがな」
「そんな事が出来るのですか? 初めて聞く術式です……」
「まあ、正確には妖精だけの技術って訳でもない。経年で変化する可能性のある範囲に限定して行うだけのようだし無闇にいじったりはしないそうだ」
「妖精の方々は大地と木とともにある、という訳ですね……」
「とりあえず、その魔法陣の勉強は必須だな」
「そんなに簡単に教えてしまって宜しいのですか……? 私が悪用して良からぬ結果を招くという事もあるかもしれませんよ?」
「それは悪用しない人間の典型的な台詞そのものだな」
「クスッ、そうですね」
「それにな。何か龍脈に不穏な気配があれば、すぐに対処して強引にでも元に戻す事も出来るから問題にならない」
リアは信じられないといった様子で眼を瞬いているが事実だ。
龍脈の変化はイグニスや他の祖竜が目を光らせてる。
オレ自身が龍脈の事で気になった事があるなら、妖精の里経由でイグニスに伝える事も可能だ。
そして緊急時は実働隊員としてオレが動かされるんだろう。
……いいけどね。
「まあ、とりあえず魔法を学びたいというのは了解した。でも期限はあるだろ? どう考えてる?」
「一週間だけ、ご教授頂けないでしょうか……おそらく、それ以上引き伸ばすのは色々と不都合が出そうな気がするのです……。その後はカザックに向かい、なんとかして私の身内のものに連絡する手段がないかを探ろうと思っているのですが……」
なんだろう、ちぐはぐな印象があるな。
引き伸ばすのは難しいと言いながら、修行後に連絡方法を探すというのは。
もしかして確実な連絡手段が何かあるのかな?
まあ、リアの中でどういう算段がなされているのか定かではないが本人がそのつもりなら、その予定で動くとしようか。
ん? リアの表情が不安な、というより言いにくい事があるような、そんな顔だな。
「カザックへの道中もだけど、何処まで助けてくれるんだろうって考えてる? それと、巻き込んでもいいのかって」
「えっ……」
リナリーの指摘に、リアが心底驚いたような表情を見せた。
そうか。それを懸念していたのか。
しかし、良く分かったな。感情に敏感な妖精ならでは、だな。
そう感心しているオレの視線に気付いたらしく。
「私も、あの時そう思ったもの」
それはね、といった感じでリナリーが答えた。
なるほど。鉱石竜の事があった時に自身も思った事だからか。
「安心していいよ、リア。イズミは、お願いすれば絶対に断らない。というか、断っても首を突っ込むわよ?」
「そうなの、ですか?」
「否定はしない。ある意味それが目的みたいなものだからな。珍しいものを見たり、感じたいと思ったら普通に暮らしてたら無理だろう? オレの最終的な目的ってのは普通にしてたら辿り着かないんだよ。ま、その話はいい。つまり、リアが正当な居場所に戻れるまで放り出す気はない。言ったろ? 利用しろって。オレもそれを利用する。だから気なんか使うな」
「はいッ!」
今度は、涙のない良い笑顔だ。
~~~~
大まかな方針は決まった。
あとは細かい所をどうするかだ。
「変装は? リアを攫ったヤツの仲間が近くに居ないとも限らない事を考えると、念のためにした方がいいんじゃないか?」
「あ……確かに、そうですね」
「だったらまずは髪の色を変えるのが有効だと思うぞ。偏光薬で変色した髪なら地毛にしか見えないから絶対にばれない」
「髪の色を変えるなんて考えた事もなかったです。正直戸惑いはありますが、すごく興味あります。色んな髪色にしてみたいです」
やっぱり、リアも女の子やね。
先程、話の流れでリアの年齢を聞いたが、十三歳なら身だしなみやオシャレに対して興味を持ってもおかしくない年齢のはずだ。忌み髪とか忌み色とか言われる環境のせいで、そういった事ができなかったのかもしれない。
っていうか十三歳! その歳で、こんなにしっかりしてるのは素直にすごいと思う。
オレが十三歳の時なんて、鼻血垂らしながら爺ちゃん倒す事しか考えてなかった。
「じゃあ、これ塗って、しばらくしたら好きな色に変えてみな。魔力の通し具合とイメージである程度自由に変えられるはずだ。で、落としたくなったら、こっちの小瓶に入ってるのを数滴たらした水に浸して流せば綺麗に流れ落ちるから。まあ、色を任意で戻せば落とす必要はないとは思うがね。そういう意味でもすぐに地毛の色にも戻せるし、手触りも良くなる。伸びてもちゃんと根元まで効果が広がるから放置しても大丈夫だ。だいたい一年は持つはず」
「そんなにっ……破格の性能ですね」
オレの説明に眼を見張り、渡された二つの小瓶を見つめるリア。
「……それにしてもイズミさんは何処まで先の事を考えておられるのですか? 偏光薬を見せたのも、その一環ですよね?」
「そこまで深く考えちゃいない。ただ、リアの置かれた状況だと、また誘拐される事態になるのは警戒しなきゃいけない事のひとつではあると思った」
「あとは帽子とマスクで完璧ね」
「それじゃあ、犯罪者だ。余計に目立つわ」
リナリーの言うとおりの格好をしたら、逆に怪しすぎて意識を逸らせるかもしれない、などと少しばかり下らない考えがよぎる。
「まあ、その辺は色々なグッズを試して、追々決めていこう」
街に行ったら、どうするか聞こうと思ったが、今はいいか。
細かい所を詰めとかなきゃいけないかと考えていたんだがね。
リアにしてみれば、髪の毛の色を変えたり、魔法の勉強の事、特に龍脈の魔法陣の事だけでも知れるという事で、すごくうれしいらしく、それどころじゃないみたいだし。
うーん。なんかスケジュールがタイトだ。
キアラたちには一週間後に一旦、街に戻ると伝えて、少し予定より早いが共鳴晶石を渡しておくか。
何かあれば、それで連絡って事で。
「とりあえず街に戻った時の事は、街に着いてから臨機応変にって事でいいだろ」
「えーっと、それは行き当たりばったり?」
「そうとも言う」
リナリーの細められた横目と、その向こうで苦笑するリアの反応が対照的、と言えなくもないのが見ててちょっと面白い。
「時間が勿体無いし、早速リアの魔法の勉強に入るか?」
「はいっ!」
こりゃまた、待ってましたと言わんばかりの返事だね。
「その前に、魔力の容量を拡張しておいたほうがいいな。んーっと……リア用のは、まだ作ってないからっと。今はコレを間に合わせで」
ゴソゴソと無限収納から加工前の魔宝石を出してリアに渡す。
「な、ななな、なんですかこれ……」
加工前といっても高純度の魔石だから、初めて見ると驚くかもな。
「一人、二つか三つは携帯義務があるから、リアもそのつもりで」
「え、えっ?」
オレと魔宝石とを見比べて、なんなんだコレは、といった感じで混乱してるように見える。
リナリーが、いいトコのお嬢さんなら「コレくらいの魔石なら見たことあるんじゃない?」と他意はなく聞くも「あるわけありませんよ!」と困ったような表情で声を上げた。
「ここでは理解出来ない事が当然のようになされているので、そういうものかと、なるべく気にしない方向でいたのですが……無理です。もう無理です……私の理解の範疇を逸脱し過ぎています……」
おおう、目の焦点が合ってない?
スッと眼から色が抜けたような表情だ。
「あー……やっぱり思考を放棄してたのか。わかった、ちゃんと順を追って説明するから。落ち込むような事じゃないって。な?」
「はい……除け者にされているようで寂しいです」
少しばかり疎外感を感じてたのか。
申し訳ない事をした。
「あ、説明で思い出したけど」
「なんだ、リナリー」
「リアもイズミの裸は見ちゃダメだからね」
「……はい? み、見ませんから!」
「ああ、そういう意味じゃなくて。イズミの裸は危険なの」
疑問符がくるくる頭上を回ってるリアに、リナリーが掻い摘んで説明。
うっかり見てしまうと催淫状態になってしう事。鼻血が止まらなくなる事を伝えた。
「そんな体質の方がいるなんて、初めて聞きました……」
そんな体質だったのをついこの間、初めて聞きましたが何か?
「でね、言い忘れてたんだけど。イズミの周りにいる女の子の言動が、ちょっとエッチになるのも、その影響かもしれないんだって」
な、なんだってー!?
って、なんとなく納得出来る話ではある。
しかしリアもそのうち、イルサーナのような下ネタジュークボックスになってしまうのか?
「いやでも、リアに関して言えば、今の所その兆候はなさそうなんだが……?」
「うん、なんでだろうね?」
「あそこにいるメンバーが、元からって事じゃないのか? 個人差はあっても、オープンかムッツリかナチュラルスケベのどれかだろ?」
背中越しに親指で集まっている辺りを指差すと
「ニャー、何てこと言うニャ。イズミに会うまでは、おしとやかで可憐なキアラさんだったニャ。こんな事した事なかったニャ」
いきなり背中にガバッとおんぶ状態でキアラが飛びついてきた。
うおっ、キアラに気を取られてる隙に、右腕に当ててんのよ状態のイルサーナと、オレの左腕を自分の腰に巻き付けているトーリィ、そしてカイナとウルがオレの正面でもたれ掛かるようにしてオレの身体の上でクルクルと指を這わせてる。カイナは胸板、ウルは腹筋に。
ていうかウル。 それ以上、下に行く気か?
「ええい! こういう時に妙な連携を発揮すな!」
オレが振りほどくと、揃って大笑いしている。
「確かにその手の事は言い易いかニャ」
「ですねえ。それで人間性を否定されたり、ドン引きされたりしませんしね」
いいや、ドン引きしているが?
ネタとして、だけど。
「反応が的確で面白いから、ついね」
「ドギツイ事を言っても距離が変わらない」
カイナとウルの言葉にトーリィもうんうんと頷き「反応を勉強させてもらってます」とズレた事をのたまっている。
「褒められてんだか、何なんだか……」
「褒めてるのニャ。実在の証明が下ネタってすごいのニャ」
「そんな何かを超越したような存在はイヤだッ!」
ああもう。
……リアだけはそのままでいてくれよ。
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