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第六十三話 天空より



 みんな最近、調子がいいな。

 訓練でメキメキと上達してるのを見ると、教える側としても実にやり甲斐がある。

 といっても、ほぼ身代わり君一号に丸投げしてるんだが。

 一方オレのほうはというと、あまり調子がよろしくない。

 いや、体調的な事ではなく食生活的にだ。

 ラキが来てから数日経ったが、その間まったく遠慮しないんだもんよ。


「ラキ、美味いのは分かるけど、もうちょっと加減してくれないかな~。擬似米がほとんどなくなっちゃったんだけど……」


「ウォン!」


「ああそうね、美味しかったから我慢出来ないよね」


 『呪いの裸体』騒動がなんとか収束して、それから数日。

 真核コア無限収納エンドレッサーへの収納という厄介だった難題も、なんとか解決して、無事にズカ爺のもとへ届ける事が出来た。

 その際に『……サイールーから聞いてはおったが、また強力な隔離魔法陣を組んだのう。隔離というより断絶じゃな。仕様書が添付されていたという事は、こちらも要研究という事でいいんじゃな?』と、これから丸投げにする案件が増える可能性にやや苦笑していたようだった。

 しかし、問題がひとつ解決したと思ったら新たな問題が浮上した。

 それが、この米問題だ。


「そう思ってるのはイズミだけだよ?」


 なんでじゃ。

 米がなくなるなんて一大事だろリナリー。


「いや、ラキもこれだけ擬似米が気に入ってるんだから無くなるのは問題のはずだ」


「ウォンッ!」


「そうだろう。肉巻きオニギリにボア丼、チャーハンにオムライス、ドリアにリゾット。まだまだ米を使った料理は山ほどある」


「じゅるり」


「ラキの合いの手代わりのヨダレも、それを欲している何よりの証拠。というわけで、でん粉の材料と、ちょっと臭いヒエに似たヤツを根こそぎ刈ってくる」


「本当に自重しなくなってきたのニャ」


「ラキちゃんがいるからね。警戒の範囲と精度が増して、イズミの負担も軽減されるから、行動の自由度も増しちゃうの」


「なんだか、イズミン一人の時より手に負えないような気がする……」


 カイナ、人を猛獣か何かのように言うのはやめたまえ。

 とまあ、そんなやり取りがあって訓練拠点から、かなり離れた場所まで遠征に出る事になった。

 オレ、ラキ、リナリーと、久しぶりにこのメンバーでの活動にちょっと懐かしさを感じる。

 ほかの皆はというと、修行組は訓練場で継続して訓練を行う事になる。

 ここ数日間で上り調子になってきた成果を見て、ちょっと訓練内容をグレードアップ。

 身代わり君一号から、カチ割り君三号にバージョンを上げて、武器を装備した移動可能なゴーレム二体を相手に戦闘訓練をしてもらう事にした。

 

「一気に凶悪さが増しましたよーッ!?」


 そんなイルサーナの悲鳴にも似た抗議の声はスルーだ。

 死なないから平気だろ。

 怪我をしてもサイールーもいるし、魔法で治療可能だからばっちりだ。

 最初はサイールーも一緒に食材探しに行くかと思ったが、残って色々と里に残していた研究の気になる所を見直すらしい。

 それに、ここ数日であっという間に意気投合した修行組のメンバーと話もしたいと。

 特に薬学に詳しいキアラと、錬金術師であるイルサーナには聞きたい事が在り過ぎて、などと言っていた。

 何を話すつもりかは知らないが、どうもオレが居ないほうが都合がいいらしい。

 明言はしなかったが、そんな事を匂わせていた。

 オレに対する愚痴でも言いたいのかねえ。悪口だったら、ちょっと立ち直れない。


『言って欲しいの? あはははっ! ないない! 言いたい事があるなら直接言ってるってば。とはいえ? 取り扱いについての愚痴ならいっぱいあるけど』


 あるんじゃねえか。そこまでサイールーに厄介事なんて押し付けたか? ……押し付けたか。

 まあ色々と話したいと言ってもだ。イグニスの事もだけど、鉱石竜の事とか内緒にしておいたほうがいい話題なんかも承知してるだろうし問題はないだろう。

 一応、二日間の遠征を予定しているが、何かあったら共鳴晶石ユニゾンクォーツでの連絡と、いざとなったらレーザーブレス、それに異相結界の使用を躊躇わずに、と言い含めてあるしな。


 さてさて、食材の群生地が近づいてきた。

 思う存分、刈りまくろうか。






 ~~~~





 久しぶりにラキの背中に乗ったなー。

 ヒエの群生地をラキの背に乗って、はしごして、でん粉の材料になる植物の根も取れるだけ採っている。

 芋なんだか根菜なんだか良く分からない丸みを帯びた細長い芋とか、巨大なカタクリの花のような植物の実と根っことか、とにかく片栗粉の素材の植物も採りまくった。

 先日刈った時にも感じたが、よく分からないのは、気温的には初夏くらいなのに麦のような穀類も実が生っている事だ。

 野生なだけあって冬播きの品種って事かな?

 まあどっちでもいいか。食うものがあるのはいい事だ。


「多少、地球の植物に似てるから助かるな。たまに似てても、とんでもないヤツもあるけど」


 そのとんでもないヤツも、いくつか集めて保存していたりする。

 本来なら集めたくはない部類のものだが、キャスロの再現には絶対に必要なものだったりするので、集めないわけにはいかない。

 それは、タキナガレという植物だ。

 どう見てもアザミの仲間っぽいのに、同じように若芽や根を食べたりしたら、えらい目にあう。

 おかげで、こっちのアザミは、最初は怖くて手が出せなかった。


「……超速攻の下剤になるタキナガレも集めとくか……神域にあったものとちょっと種類がちがうけど、効能はほぼ一緒だしな」


「種類が違うといっても、葉の形と花の色が違う程度だから同じタキナガレって事でいいんじゃない?」


「まあな。スイカとメロン程の違いもないし問題ないって話だからな。しかし、誰だよ……タキナガレなんて名前付けたヤツは……。確かに物によっては下からだけじゃなく上からも滝のように流れ出るんだから間違っちゃいないけど……」


 最低でも十分以内に症状が現れるタキナガレ。

 地球の常識だと、余裕で毒物や劇物に指定されそうな効能だ。

 しかしこちらでは毒物に指定されていない。

 腹の痛みや嘔吐感はあるものの、健康上まったく影響がないのが理由らしい。

 身体に毒物判定されないので衰弱や脱水症状などが現れないからだと言われても、全く理解出来ない。

 身体に良くないものとして排出される、または身体の機能が阻害されて、という事ではないらしいが……。

 一説には強制的に毒物を排出させる効果があるとかなんとか。

 どういう原理なのか知らないが、これも魔法的な作用なんだろう。

 うん、そういう事にしておこう。


「触っただけで症状がでないだけマシなんだろうが……ん? どうしたラキ」


「クゥン?」


 開けた場所で採取作業をしていたが、ラキが遠くの空を見つめて首をクリ、クリっと左右に捻っている。

 目を凝らすと大型の飛行生物が移動しているように見える。ややこちらに近づきながら横切る形だが、オレの目でもギリギリ確認できた。


「珍しい生き物か? すごいレア物なら近くで見たいくらいだけど」


「珍しいと言えば、ある意味珍しいみたいだけど……何か抱えてるみたい。え、ラキちゃん、あれは人間を運んでるんじゃないかって?」


「騎獣で移動か! そりゃ確かに珍しいな」


「ウォン!」


「え? 餌みたいに運んでる? ラキちゃん、それって」


「何っ?」


「人間って美味しいの? だって」


「怖い事言うなよッ! 人間なんか食べちゃダメだからな!? って、そんな事より! もしそうなら連れ去られる前になんとかするぞ!」


 既に走り出したオレに、遅れる事無く付いてきた二人にちょっと感心。

 異相結界を足場に最短距離の空を駆ける。


「なんとかするって、どうするの?」


「可能な限り接近して、奪うしかないだろう。遠距離から攻撃して万が一、盾にでもされたら適わん」


「……だよね。速さ的には追いつけそうだけど、でも……」


 リナリーの表情が曇ったが、その懸念は杞憂だ。


「大丈夫だ、生きてる」


 オレの探知範囲を最大にして、空に駆け上がってすぐに確認した。

 ただ、標的がこちらに気付いた後の行動に別の不安はあったのだが……悪い予想ほどよく当たる。


「まずいな……野郎、上昇しはじめやがった。オレたちなら極端な話、成層圏近くまで行っても平気だけど、捕まってる人間は気絶してるっぽい。このままだとヤバイ」


 ずっと同じ高度を移動してきたとは限らない。

 高度によっては既に高山病を発症してる可能性だってある。

 加えて、そんな高度を長時間移動してきたとしたら体温が相当下がってるはずだ。

 もしかしたら、それが原因で意識を失ったとも考えられる。

 そんな状態で魔法の恩恵もなしに更に上昇されたら。


「え、じゃあ早くしないと!」


「分かってる。今、精密探査で照準を合わせてる所だ」


「ウォン!」 


「まーかせてー! って言ってるけど」


「頼む!」


 何をどうやるのか分からないが、任せろと言ってるなら迷うより即行動に移してもらうべきだ。

 おお、なるほど。

 超長距離の威圧で相手を怒らせて、こちらに向かわせるつもりなんだな。

 極小範囲で、しかもあんな遠くまで届くのか。

 お、結構でかいリアクションだな。

 って、あっ!?


「落ちた」


「おいぃーッ!!」


 落としやがった!

 ってかラキの威圧が強過ぎて、硬直したように見えたな。


「クゥン……」


 これは通訳しなくても『ごめんなさい……』って言ってるのが分かるな。

 オレも上手くいくと思ってたし、標的がそこまで根性なしだと思わなかったから責めるつもりはない。


「気にするな! リカバリー出来る。問題ない!」


 大急ぎで、落下中の人物の周囲に上昇気流を発生させる。

 落下速度に合わせて、急激な減速をしないように徐々に風を強めていく。

 全速力で連れ去りの被害者の下まで空を駆けて、無事確保。


「ふぅ……落ちたときは、一瞬パニックになったわ……」


 大きな怪我は無さそうだし、まだ空の上だから確認は地上に降りてからだな。

 それより、やらなきゃいかん事がまだある。


「手間かけさせやがって、逃げられるわけないだろう」


 何かの手がかりになるかも知れないし、人間を餌として見ているとしたら尚更だ。

 照準したままだった連れ去りの犯人に向けて、数発のレーザーブレスを発射。

 はるか上空から落ちるソレに向かってラキが駆け出す。


「ウォンッ、ウォンッ!!」


「回収してくるって。任せてーだって」


 気にするなって言ったのに律儀だねえ。

 ふむ、即座に無限収納エンドレッサーで回収したか。

 これで一応、一段落したわけだな。





 ~~~~





「親方! 空から女の子が!」


「誰が親方よ。そういうネタは――って、それを言うタイミングが無かったからネジ込んできたのね……」


 お姫様抱っこの状態で地面に降り立ったが、どうしても言いたくなったから言ってしまった。

 そう。飛行生物に運ばれていたのは女の子だった。

 男子なのに女装を強要されているのでもなければ、間違いなく女の子。

 草が生い茂っているといっても、そのまま地面に寝かせるのは気が引けたので、オレが使っている簡易ベッドのスペアに寝かせる事にした。

 若干体温が下がっているようなので、女の子の周囲の気温を少しばかり温める。

 ついでに魔力でザックリとだが怪我の有無も診ておこう。


「ふーむ。骨折もしてないし、大きな擦り傷や切り傷もない。気を失ってただけだとは思うが……もう少し体温が上がらないとダメかな?」


「可愛い、というか綺麗なコね。服装も見たことない服装してるし、どこから連れて来られたのかな?」


 貫頭衣のようにも見えるが、長袖のワンピースのようにも見える。

 とにかくヒラヒラとした、と形容したくなるシルエットの服。

 髪の毛も独特の色だな。

 高高度を強風のなか運ばれてきたせいか多少乱れているが、綺麗な濃い青色の髪だ。

 光の加減では黒に見えなくもない。


「結構、いいトコのお嬢さんなのは確かじゃないか?」


「どうしてそう思うの? 見た目に品があるからとか?」


「それもあるけど、着ている物の素材がかなり良さそうなんだよ。カザックの街では着てる人を見たことがないくらいの素材だぞ」


「そういえばそうだね。んー、ところで、このコが目覚める前に変装しておいたほうがいいよね?」


「悪いがいいか? 初見だと相当驚くらしいからな。といっても、しばらくは目が覚めないだろう。どこにも異常はないと思うが、すぐに動かすのもなあ。さて、どうしたもんか……取り敢えず、お茶でも飲みながら目を覚ますのを待つかね」


 朝からぶっ通しで収穫作業してたからな。

 午後のオヤツの時間が近いから、ちょうどいい。

 イスとテーブルを出して、いつものようにまったりと休憩。

 途中、日差しが強くなってきたのでパラソルでこちらとベッドの両方を日陰にするのも忘れていない。


「なあ、思ったんだけどさ」


「なーに?」


「助けたはいいけど、こんな胡散臭い人間に事情を話してくれると思うか?」


「イズミが胡散臭いのは否定しないけど、無事を知らせたいと思う相手くらいはいるんじゃない?」


「他人に言われると案外くるよな……まあ元居た場所に帰すのがベストだろうけど……」


「けど、なに?」


「そこが安全じゃなかった場合――んお? 気がついたかな?」


 魔力の動きがちょっとだけ活発になってきたように感じる。

 オレより、いち早く気がついたラキはそれを確認するように少女の顔を覗き込む。


「ん……んん……」


 意識が戻る寸前にイヤな記憶でも甦ってきたのか、ちょっと苦しそうな声だ。

 夢見が悪いだけならいいが、性質の悪い魔法でも使われたとかないよな?

 オレに感知出来ないタイプの魔法だったらどうしよう。

 じっくりと検査したほうが――


「ダメェーッ!!」


 うお、叫びながらガバっと身体を起こした。

 ラキもその勢いに合わせて身体を引いていたのは、さすがだな。

 しばらく荒い息で俯いたままの少女だったが、呼吸が落ち着いて目の焦点が定まってきた様子。

 ハッとしたように表情を変えた少女が顔を上げ――


 あっ……


 ダメェーッ!!


「ひぅッ……」


 ……忘れてた。

 リナリーよりラキを見せちゃダメだった。

 目の前のラキと目が合って、また倒れちゃったぞ。

 ラキが心配そうにしてたから気の済むようにさせてたら、すっかり意識から抜けてたわ。


「クゥン……」


「ま、まあ、落ち込むなって」


「そ、そうよラキちゃん。怖い思いした後だもの、しょうがないって」


 それはフォローになってるのか?

 とにかく少女の意識は一端は戻ったのだから、一安心。という事でいいだろうか。

 ……ラキを復活させるほうが骨が折れるかもしれん。






 ~~~~





 再び気絶してしまった少女。

 いつ目覚めるのか分からなかったので訓練拠点に戻る事にした。

 意識のない少女と共に、あんな草原で一夜を明かすのは現実的にどうなんだという話になったからだ。

 何より拠点に戻ったほうが歳の近い女の子もいて安心するのでは、と。


 ちなみに少女はラキの背中で寝たまま。

 ラキが、その豪勢な体毛を使って細心の注意を払えば、寝ている人間に気付かれずに運搬するなんてのは朝飯前。


「ただいまー。ご主人様が帰りましたよーっと」


「主従プレイに付き合うような人は、いな……いたねーひとり」


 予想の範囲内の突っ込みと表情やね。


「おかえりなさいませ御主人様! お早いお帰りですね。お食事になさいますか? それとも先に湯殿をご所望ですか? それとも、それともっ! わ・た……ええーーッ!? なんですか!? どうしたんですか、その女の子!」


 こっちも予想の範囲内のボケだった。

 でも、さすがに後半は女の子に気付いて、イルサーナもボケ倒す勢いはなくしたか。

 半分ボケを無視してラキの背中から少女を降ろしていればイヤでも目に入るだろうからな。

 取り敢えず今はコテージに運び入れよう。

 コテージから出て、これで一息ついたとホッとしていたら、イルサーナがとんでもないものを見てしまったと言わんばかりに目を剥いていた。


「ま、まさかッ! 誘拐してきたんですかッ!?」


「してねえっ! 人聞きの悪い事言うなっ!」


「冗談ですよう」


 いいや、あの目は本気だった。

 何故一番最初に誘拐してきたと疑うか! 地味に傷つくだろう。


「事情は話すから変な疑惑は持たないように! それと、みんなに頼みたい事がある」


 イルサーナが騒いだせいでオレが声をかけたり等、何もしなくても集まってきた。

 というか囲まれているとも言う。

 まあ事情を話すとは言っても、大した内容じゃないから時間もかからなかった。

 でかい飛行生物が餌のように運んでいたので、撃ち落として助けたという感じで説明しただけだ。

 異相結界で空を駆け上がったのも説明しようかと思ったが、異相結界の説明もしなきゃいけなくなるから面倒でやめた。

 サイールーだけは何となく救助方法も理解してるっぽい表情だ。

 ああ、ラキがこっそり説明したのか。


「なんというか……普通は遭遇しない類のものだよね……」


 まったくだ。

 何故そんなものに出くわすのかとカイナは言いたいようだが、今回はラキが居たのが大きい。オレだけだったら見つけられたか怪しかった。


「で、頼みたい事っていうのは起きるまで誰か付いててやって欲しいって事だ。男のオレよりは警戒されないはずだからな。出合った経緯が経緯だから、なるべくストレスを減らしたい」


「顔が怖いのを気にしてるのニャ?」


「う、うるさいな。そうだよ。さすがに十代前半の年頃の女の子にウケが良くない事くらい自覚しとるわい」


「目つきは最悪、でも身体は極上」


 何言ってんだウルは。

 けなすか褒めるか、どっちかにしてくれ。

 というか、その発言は事情を知らないと色々と誤解を招くぞ。


「とにかく。やってもらいたいのは、あのコの相手だ。色々聞かれたら教えてやってくれ。それと身元の確認もできればしたいが、そこは無理にしなくていい。聞かないほうがいいって場合もあるからな。あ、ラキの事はそれとなくだが、ちゃんと説明しといてくれよ? 初対面で怖がられて落ち込んでたから、またそうならないように」


「ウォン!」


 照れながら拗ねたように『なんで言うのー』って主張してるのが、ちょっと吹き出しそうになった。

 顔が怖いもの同士。まあ気持ちは分かる。

 だからというワケじゃないが、怖くないみんなに丸投げしてみた。

 

「面倒を押し付けて悪いが、女の子の世話なんてオレにはちょっと荷が重い。代わりと言っちゃなんだが、明日は座学だけにしよう」


「んニャー、正直カチ割り君三号の相手をしなくていいのは魅力的ニャ」


 何があったんだ。

 そこまで、おかしな命令は組み込んでないはずだぞ。

 おや? その顔だとイルサーナも同意見のようだな。


「確かに致死や大きな怪我をするような攻撃はないですけど、連携を先読みして妨害してくる、そのやり方が凶悪なんですよ。なんですか、あのマキビシって。見た目が地面と同化してて、すごく分かりづらいです。時間制で崩れるとは言っても訓練用じゃなかったら穴だらけですよ」


 なるほど。サイールーにマキビシの事を聞いたか。

 オレ自身はあんまり使う機会はないと思うが、一応の安全対策として制限時間を設けてある。

 簡単に言うと、自爆を防ぐための安全措置だ。

 逃走用ではなく戦闘に使用するために牽制で使えるかと、思い付きで作ってみた。

 実際の戦闘ではどうなのかと思ったが、意外といけるらしい。

 とはいってもゴーレムが使うのが前提になりそうな魔法だな。生身での高機動戦闘になると邪魔にしかならないよな、たぶん。


「あと地味にお尻を狙ってきますよね」


 あれー? そんなプログラム組んだ覚えはないんだが。

 それは死角を突いて動く事を指して言ってるのか?

 まさかとは思うが、製作者であるオレをゴーレムを通して連想してる?

 だとしたらイメージって怖い!


「……いや、死角へ動くようになってるだけなんだが……」


「えっ、そ、そうなんですか? イズミさんが製作者という事で、てっきり……。ごっ、ごめんなさい!」


 てっきり……何?

 トーリィの中では既にそのイメージで固定されちゃったのか?

 はっはっは! 

 ……いいけどね。間違ってないし。





 ~~~~





 女の子の世話、といっても今は起きるまで様子を見るくらいだ。

 交代で様子を見ながら、今はオレとサイールーの雑談を交えた講義の時間。

 それも夕飯の準備をしながらだな。

 その夕飯の準備が整う頃に、少女が起きたとウルが伝えてきた。

 キアラと一緒にいろいろと説明しているらしいので、顔を出すのはもうちょっと先になりそうかも知れないと。


「まあ、働くヒモとしてはやる事は変わらん。美味いものを作るだけだ」


「ヒモは受け入れるんだ。あむ」


 いつものように食事の準備中はリナリーのつまみ食いタイムでもある。


「師匠でヒモってなかなかレアじゃないか? それとも教師でヒモか? なかなか背徳的な響きだな」


「すごくどうでもいい」


「あ、師弟制度だと弟子が献身的に身の回りの世話をする事もあるだろうから、師匠ってのは立場的にはヒモでもあるのか? いや、待てよ……。良く考えたら、男の持ってるものに価値を見出して女の子が集まるというのがヒモやジゴロの定義だとしたら、この状況はある意味正解なんじゃないだろうか」


「でもそれって女の子が貢いでいる場合でしょ? イズミの場合は完全にお母さん的な立ち位置では? ヒモというより義母?」


「性別が変わっちゃったぞ、おい」


「与え育てるって事なら、むしろ乳母?」


「いつの間にか経産婦!?」


 ってあれ、なんでこんな話になってんだ?

 夕食の準備でリナリーと雑談してたら、ヒモからクラスチェンジしてる。


「プッ」


 ん? クスクスと聞いた事のない笑い声が聞こえるような。

 と思ったがキアラがニャハハッと、ご機嫌な様子でウルと共にコテージから出てきた。その笑いの出端の声だったのかしら?

 

「イズミが産むとしたら、きっと卵だニャー。それもドラゴンが生まれてくるはずニャ」


「とうとう人間じゃなくなったッ!?」


「私は未だにイズミンが人間かどうか疑ってる」


「何をどう疑う。そこは見たもの、見てるものを信じろよ、ウル」


「見たものを信じたら、そうなったのに?」


「何を信じたんだよ何を。――ん?」


「ああ、そうそう、そうだったニャ。意識が戻ったから、一緒に食事をしたらどうかって誘ってみたのニャ」


 二人の後ろには、急な紹介に気恥ずかしそうな表情を見せる少女が立っていた。

 こうやって正面から眼を開いた表情を見て思ったが、ホントに整った顔をした女の子だ。

 胸元まで伸びた、カラスの濡羽色という表現がピッタリのやや蒼が濃い黒髪。

 幼い顔つきから十代前半なんだろうとは思うが、纏っている空気がそう思わせない説得力を持たせている。

 リナリーの言葉じゃないが、気品が漂っているとでもいうのかね。

 本人としては無理なく、ごく自然にそれが当然のように振舞っているのだというのが見て取れる。


「食事のほうは急に食べて大丈夫なのか、まだちょっと不安があるんだけどニャ」


 ほう。さすが薬学に精通してるだけあるな。

 急激な体温の変動や、絶食状態からの摂食の影響を考えてるようだ。


「それより何より、どんな人物が助けたか実際に見てもらったほうが早いと思ったニャ」


 なるほど。誰が自身を助けたのか、それを少女に尋ねられたんだな。


「イズミンは説明が難しい」


「それは同感。誰かに紹介するってなったら絶対言葉に詰まるよ」


 ウルの言い分にカイナも同意してるが、この言いようだと少女に説明するのが面倒になったか。

 いや、端からオレの事は説明する気がなかったのでは、という疑いもあるな。


「当てはまる適当な言葉が思いつかないんですよねえ。剣士? 魔法士? 人形使い? 魔獣使い? 淫魔なんて、おかしな属性もありましたねー」


「属性言うな」


 あれは暗示だって事で落着しただろうが。

 それにイルサーナは比較的にだが、軽度だったはずだぞ。


「確かに、ただの冒険者だと紹介するのは騙してるような気がしますよね」


 トーリィ……騙すというのは外聞が悪すぎだろう……。


「え、イズミを言い現すのなんて簡単でしょ」


「……いい予感が全くしないが、取り敢えず言ってみ」


「女の子を下半身で見分ける、稀代の判ケツ師」


「妖精を奴隷にした男」


「誤解を招くだろうが!」


 リナリーだけだと思ったらサイールーも被せてきやがった。

 奴隷にしたとか悪質過ぎる言いがかりだ。冗談めかしてオレの魔力を食べるためなら何でもすると言ったのを歪曲するな。ていうか判ケツ師ってなんだ、判ケツ師って。


「はあ……おかしな事ばっかり言うから、お嬢さんが眼を白黒させて困ってるぞ。悪かったな、うるさくして。ふむ、こうして言葉を交わすのは初めてだから、はじめまして、になるのか。オレはイズミ。一応、冒険者なんてものを端っこのほうで、やらせてもらってる。よろしくな」


「は、はじめまして! あ、あの、助けて頂き本当にありがとう御座いました。あのままだったら、どうなっていたか……イズミ様にはどれほど感謝しても感謝しきれません」


 自分がどういう状況にあったのかとか、無事助かった事とか、色々と感情が入り混じっているらしく、目を潤ませて感謝の言葉を述べる少女。


「さ、様はやめてくれ。イズミとだけ呼べばいい……って無理か。イズミさんでお願いするわ」


「はい、わかりました。改めましてイズミさん。私はイツィーリアと申します。この度は、私のためにご尽力頂き、誠に感謝に堪えません。そのコウセ、いえ、御厚意に報いる為に何か私に出来る事があれば良かったのですが……なにぶん、持ち合わせすら何もないという状況で……」


「ああ、気にしなくていいって。そこまで感謝されるような事は……したと言えばしたか。まあ、いずれ何かで返してもらうさ。それにしてもイツィーリアか。イツィーリア、イツィーリア……。よ、呼びにくいな。オレだけか?」


「それでしたら、リアとお呼びください。イズミさんにはそう呼んで欲しいです」


 いきなり愛称での呼び方をせがまれる程、特別な何かをしたわけじゃないんだが……。

 なんで全員、疑うような目で見る。そこ! 変な魔法を使ったとか言うな! 怪しくない。

 笑顔のイツィーリアを見れば何も裏なんかないと分かるはずだが、逆に懐かれるのが早過ぎると言いたいんだろうか。


 とまあ空から現れた少女と、こうしてこの時、お互いを知る事になる。

 そしてイツィーリアとのこの出会いによって、歯車が動き出す。

 この出会いが果たして、どんな運命をもたらすのか。

 その時のオレには知る由もなかった。


「そういう事を言うと、色々とスペシャルなフラグが生えてきちゃうってば」


「おっと、声に出てたか」


 しかしリナリーの言う通りだ。

 イベント的な事で密かに盛り上がったが、余計な事は考えないに限る。

 とにかく帰すにしろ何にしろ事情を聞いてから、だな。





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