第六十二話 訓練の合間 ~ハリセンは突っ込みの夢を見るのか~
なんか重いな……。
「んニャー!! イズミが食べられてるニャ!!」
顔に何か生暖かいものが乗っかってると思ったら、そういう事か。
久しぶりだったせいか、忘れてたぜ。
「ラキ、起きろ! って舌をやめろお!」
オレの頭を咥えたまま舌を、むいむいっと動かすんじゃない!
胸元を何かで圧迫されてると思ったら、ラキがオレの身体を前足で押さえつけてたんだな。
寝ているオレの頭を真横からずっぽり咥えた所で寝落ちしたのか。
骨のおもちゃ代わりにするのはやめて欲しいと散々言ったのに聞き入れられてない。
「ぷはっ! 油断してたわ……ラキがいると、これがあった」
ラキの口の中から脱出して脱力しながら、神域での生活をちょっと思い出す。
色々と集中して作業した後は肉体の警戒レベルが著しく落ちる。だから疲れてると、こうなるまで気がつかないんだよ。
まあ、ラキはそのタイミングを狙ってやってるわけだが。
いや、良く考えたら神域を出てからここまで警戒レベルが落ちたのは初めてだ。
ラキがいたから安心して気を抜けたってほうが正解か。
「食べられていた訳じゃなかったのニャ……?」
「恒例の寝起きドッキリだから大騒ぎするような事でもないぞ、キアラ」
「わたしとルー姉さんは見慣れちゃったけど、初めて見た反応ってこれだよね」
「頭から食べられるのが目覚まし替わりって、それは日常ではないですよ……」
犬を飼っていた事があるトーリィであっても、非日常に見えるようだ。
顔を舐めて起こしにくるという行動の延長なんだが、その延長した先が遠くにあり過ぎて、そうは見えないらしい。
「ラキちゃんが来てからイズミンが段々と自重しなくなってきたよね」
今のはオレじゃないが、みんなが見た事ない事をやってるというのならばカイナの言う通りであろう。
「昨日はわたし達もヘロヘロでしたからねえ。おかしな光景を見ても、色々と言う元気はなかったですから」
「トウモロコシを使って、訓練なのかオヤツの時間なのか、ものすごい速さでよく分からない事してた」
ああ、イルサーナとウルが言ってるのはポップコーン飛ばしの事か。
いくつか発見、購入したものの中に、乾燥させれば弾けるタイプのコーン種があったので、それを使って遊び倒していたのだ。
一つずつ掌の上で熱して弾けさせ、それをそのまま風系統の魔法も併用して、ラキに向かって投げつけ、それをラキが直接食べる。
傍目からは、ポンッ ビシュっという音のサイクルがひっきりなしに響き渡っていたと思われる。
サイールーが成長魔法を実行した翌日であった昨日は、あまり修行に集中出来なかったようで。
昨日もミニゴーレム造りの合間にポップコーンを飛ばして遊んでいたが、見えていても何も言わなかったのは、成長魔法の影響で頭がふわふわして突っ込む気力がなかったという事らしかった。
あとはポン菓子砲でポップコーンをまとめて弾けさせて派手に空中にバラまいたりしていたのも、何をやってるんだという感じだったのだろう。
他にもラキの食べ方について、いろいろと言いたことが在りそうな顔だ。
砲身を強化した口で咥えて、ドフッ! っと低いくぐもった音ごと食べるような勢いのポップコーンの食べ方にも、力のない視線を向けていた気がする。
オレに種だけ充填させて、牙で留め具を外したりと、セルフで賄ってたというのも意味不明に拍車をかけていたかもしれない。
「美味しかったですけどねー。粉挽きする前のコーンがあんな風に弾けてお菓子になるなんて知りませんでしたよ」
地球でも最古は紀元前って聞いたことあるけど、普及したのは近代なんだよな。
家畜の飼料としての色が濃く、ヨーロッパではそれまで広まらなかったって話もあるし、それと似たような状況なのかね。
「味も色々と変えられるし、ラキも相当気に入ったみたいだけどな。それと、オレが疲れてる事を理解して今の所は遊びで満足してくれてるってわけだ」
「わふっ!」
ぶるぶるっと身体を振って子犬化したラキが腹の上にストンと飛び乗ってきた。
そんな様子を見ていたトーリィが、ちょっと羨ましそうに呟いた。
「ほんとに仲がいいですよね。イズミさんの事をすごく理解してるみたいですし」
「オレの事を、じゃなくて言葉を理解してるんだよ。魔法に関しての専門用語も割といっぱい知ってるぞ」
「「「「「え……」」」」」
「そんなに驚くか? リナリーやサイールーが通訳して事情を聞いたんだから、理解してないって考えるほうが不自然だと思うけど」
「……そこはサイールーさんから状況を聞いて推測したのかと思ってたんですが……。そのままの意味だったんですね」
「そう、何故かリナリー達はラキの言葉が分かる。意思と言ったほうがいいのかね? ちなみに、リナリーたち妖精族の本来の発声だと人間は聞き取る事も無理だからな。しゃべるだけで常時、細かい魔力操作してるのと同じなわけだな」
「イズミとラキちゃんは言葉以外で理解し合ってるって言ったほうが正確じゃない?」
「戦闘に関して言えば、まあリナリーの言う通りだな。同じ環境で訓練を受けてたから、かなり思考が似通ってる。毒されてるとも言えるな」
「それはラキちゃんが言いたい台詞じゃないかなあ。進んで影響受けにいってるみたいだけどさ」
「思考が似通ってるって……イズミはケダモノ染みてるって事かニャ?」
「ケダモノ言うな。別の意味に聞こえるだろうが。同じような魔法の訓練してれば、そういう事もあるんじゃないかね? 魔力操作の基礎が一緒だからな。と、そういえば、魔力操作と言えばコレだ」
無限収納から取り出したるは、完成した五体のミニゴーレム。
もう見た目は完全にフィギュアだ。フィギュアゴーレム。
ある意味、夢が実現したような造形物である。
美少女をモデルにしたフィギュアがぬるぬる動くって、よく考えたらすごくね?
「わあ、完成したんですねー。ほー、これが私達ですかあ。ってこれ……すごくないですか? 髪の毛まで再現してますよね。全部、土で作ったとは思えないくらいの造形です」
そうだろう、そうだろう。
イルサーナの気にしていたメイド服も、ちゃんと再現するために、かなり細かい魔力結合も使ってるからな。
「羽のない妖精?」
「ウルもそう見えた? あ、そうか。色が着いて途端に違和感がなくなったのは、そういう事だったのね」
カイナのその言葉にみんなが、「あっ」と声を漏らす。
「んニャ~、なるほど。見慣れたものに近づいたから、気持ち悪さがなくなったのかニャ」
そう言われると、そうかもしれない。
オレとしては、ちっこい石像が動いてるみたいで、着色してないのも好きなんだけど。
でも何故か不評なんだよなー。
まあ、着色した事で取り敢えずの完成という事でいいだろう。
早速みんなに操作してもらうとしよう。
それほど難しくはないはずだから覚えるのも、きっとすぐだ。
と、思ったら……。
「これ、かなりキツイ……いや、魔力的にって事じゃなくて、肉体的にかなり疲労が蓄積されてる気がする。段々集中するのが難しくなってくる」
あら、カイナがこんな風に言うって事は、なかなかに骨が折れる作業だという事か。
ふーむ、フィギュアゴーレムを動かすと魔力の消費自体は少なくても、細かい操作を要求される事で頭と身体の両方に負担が掛かるようだな。直接身体を動かしてるわけでもないのに、かなり体力が消耗するみたいだ。
始めたばかりで動かすための要領を得てないというのも大きいのだろう。
「慣れるしかないだろうな。その代わり慣れれば魔法の精度が格段に良くなる。極端な話、極めれば完全無詠唱も可能なはずだ。まあ、そうなったら今までの詠唱発動のプロセスをぶっ壊す必要があるかもしれないけど」
「わかった。やる」
魔法の事になると妥協しないのな、ウルは。
しばらくはこのまま様子を見ようかね。
キツくてダメというなら、その時は何か考えよう。
~~~~
ミニゴーレムの動きが僅かだが良くなってきた。
動かし方を口で説明するのが難しいから、実際にやってみたほうが早いと思ってたが、習うより慣れろとはよく言ったものだ。
しかし、説明となるとどう言えばいいか。
身体を動かしながら自分を俯瞰した視点で見る、という事を実際にやる。そんな感じか?
身体を動かすときには、その事はあまり意識しなくても動かせるし、客観的に俯瞰した自分を意識する事もある程度は何とかなる。けどミニゴーレムを動かす場合はその逆で、身体を――この場合ミニゴーレムを動かすほうに意識の大部分を向けないといけない。
うまく言えないが、身体を動かす感覚を身体を動かさずに遠くのほうで再現、とでも言えばいいんだろうか。
慣れるとゲーム感覚で動かせるようになるが、そこまでが大変かもしれない。
オレは製作者本人だから比較対象にならないけど、リナリーとかも割と最初は戸惑ってたからな。
「思うように動かせるようになってきたんだけど……汗ビッショリになっちゃうのはどうにかならないかな? 着替えがいくらあっても追いつかない感じなのがちょっと……」
「身体を動かして出る汗と、また違う種類の汗って感じニャー」
「ですねー。私が錬金術で素材を加工してる時に、こんな風になったりしますね」
「下着までぐっしょり」
「そんな事まで申告しなくてよろしい」
白のトクサルテの面々が口々に現状の不満を漏らす。
トーリィも「お風呂上りの格好でもちょっと限界がありますもんね」と現在の薄着でミニゴーレム操作という対策でも、色々と思うところはあるらしい。
最初のうちだけだとは思うけど、いつまでこの状態が続くのか分からないから、毎回濡れネズミのようになるのをなんとかしたいと思ってるようだ。
オレとしても、薄着で汗びっしょりの美少女たちというのは目に毒だ。
まあ、ありがたく見させてもらってはいるが。
とはいえ、さすがに水着なんて用意してないしなー。
あるとすれば、吸水、速乾の機能を強化したTシャツがあるけど……。
「あ、着心地の良さそうな服。いいの? 使っても」
「特別な機能があるのかニャ?」
取り出したTシャツを、カイナとキアラが手触りを確認するように手に取った。
他のみんなもテーブルの上に並べられたTシャツを物珍しそうに見たり触ったりしてる。
「吸水と速乾の機能だけだな。あとは肌触りにこだわったくらいか。気に入ったヤツを着てもらってかまわんぞ」
色と、多少のプリントデザインの違いがあるくらいで同じものだ。
どれを着ても見た目のサイズ感が変わる程度だから、何を選んでも一緒だろう。
それが分かったらしく、それぞれ思い思いの気に入ったTシャツと、一応の予備も一緒に持ってコテージで着替えてくる事になった。
「…………」
「……なんだよ」
サイールーは何処かイタズラっぽい笑顔でコテージのほうを眺め、リナリーは呆れたような目を向けてきた。
「バレたら怒られると思うけど?」
「バレないだろ。あ、二人とも積極的にバラす気か?」
「私は進んで言うつもりはないけど、こういうのっていつかバレると思うな~」
「わたしもルー姉さんと同じく言うつもりはないけど、ふいに聞かれたらポロっと言いそう。まあ、日本語なんだからバレようがないとは思うけどさ」
そう、Tシャツには日本語でプリントがされている。
いろんな台詞とかパロディ格言が書かれた、いわゆるネタTシャツを作ったのだ。
何故そんなものを作ったのかは、別に深い理由はない。
同じものをいくつも作ってもしょうがないのと、高校の時の友達の話を思い出して勢いで作ってしまったのだ。
ちなみに、妖精族のみんなはある程度日本語が読める。
リナリーにせがまれて日本語の書物をせっせと印刷したからだ。というか今もしてる。
その辺の詳しい話は別の機会に。
「これ、すごく着心地がいいですね。肌触りがサラサラしてます」
トーリィのそんな感想に、他のみんなも同じように感じているようだ。
「んニャ~、着たことない素材だニャー。この辺りだと手に入らない素材かニャ?」
「ですねえ。店に来られた時から気になってましたが、イズミさんが身に着けているものは珍しい素材のものばかりですよねー。ものすごい数の付与魔法が施されてましたし」
ああ、それでイルサーナは店で会った時に服を触って驚いてたのか。
妖精の里で使われる素材だから、普通だったらまずお目にかかれないもんな。
「ねえイズミン。イル姉たちは、ちょうどイイ大きさで問題ないけど、わたしが着るとこうなる」
「ウルが着るとちょっと犯罪臭が漂うのはどうなの。それ以外、着てないように見えるよね」
ノーパンに見えるって言いたいのか、カイナ。
いや、風呂上りの格好が既に際どいんだから、そこはどうでもよくないか?
それに言っちゃなんだがウルが際どい格好をしても、こう、なんというか……。
「今、セクシーさが足りないから、どっちでも同じだと思った?」
「……そこまでは思ってないぞ?」
「むう、一枚になってくる」
「今のままでも充分、いかがわしいから安心しときなさい」
ロリ的な意味で。
まあ、それ以外は概ね問題ないだろう。
汗をかいても、ある程度は今までより快適になるはずだ。
プリントの内容も日本語が読めない限りバレはしない。
と思ったら、いきなりバレた。
何故に? となったが、間接的にサイールーとリナリーがバラしたとでも言えばいいのか。
ミニゴーレムの操作練習後に地面に倒れてへばっていた皆に、おもむろにラキが近づいていったのが発端だった。
どうもラキとしては、疲れて動けないみんなをねぎらうつもりで様子を見て回ったようなのだ。
倒れていたみんなの所へ行き、子犬の姿で身体の上に乗って肉球でマッサージをするつもりだったらしい。それに疲労回復的な意味があるかは疑問だが、どうしてもやりたかったようだ。
そして、その後のラキの行動が不審を招いた。
腹の上に乗り、そのお腹をふにふにとやりつつ、Tシャツに書いてる文字を読む。
そして今度は胸をふにふにやって、何かを納得したような表情、というか仕草をしたという。
それを全員の所に行って、やったもんだから誰とは言わず気がついたらしい。
描かれているものに意味があるのでは? と。
『ラキちゃん、なに?』
『うぉん』
カイナの問いに尻尾をパタパタとさせ答えるラキ。
『ねえ。サイールーさん、リナリー。ラキちゃんは、なんて言ってるの?』
『ん~? なんて言ったの? 今、ルー姉さんとミニゴーレムの対戦中で、よく聞こえなかったんだけど』
『うぉん』
『ああ、だいたい同じだ~って言ってるね』
サイールーのほうが細かいニュアンスを尊重した通訳をするんだよな。
『……だいたい同じ?』
『『あ……』』
『何が同じなの? ねえ、なんで二人とも同じ反応なの?』
全員に詰め寄られて、ここで観念したらしい。
『まあ、私たちが悪いわけじゃないし、イズミの自業自得に近い行動だから、いっか』
そこは、もうちょっと粘れよサイールー。
何を懇切丁寧に意味を教えてんだ。
まあ、何をプリントしていたかというとだ。
高校の友人が彼女にプレゼントした、Tシャツの前後に『貧乳』『巨乳』『爆乳』と描かれた3種類。それを真似しただけなんだ。
そのプレゼントされた彼女はといえば、普通に『貧乳』と『巨乳』Tシャツを着て、コンビニとかにも行っていたらしい。
漢字が読めないのかな?
メンタル強えな。
その二着をヘビーローテーションで着まわしてたって言うし。
残った『爆乳』Tシャツは、「私よりも着るのが相応しい女子がいるんだよね」と、名指しされた女子に譲られた。
それを見ていた全員が納得する人選だったが、当の本人は「え? え?」とあたふたしながら受け取っていた。
まあ、なずなだったんだが。
その、なずなも「貰ったものだから大事にしないと」とか言って普通に着てた。
買い物に行く時とか着てたけど、すれ違う人たちが、みんな頷いてたよ。
話が逸れたが、その三種類に加えて、いくつかバリエーョンを増やしたのが今回用意したTシャツだったのだ。
誰が何を着ていたか。
まずは、キアラが『美乳』Tシャツ。
「ちょっと恥ずかしいけど、当たりニャ」
当たりなのか。どっちの意味で当たりなんだ。
実際、美乳だから正解という意味なのか。文字の意味的に無難だから当たりハズレでいうと当たりなのか。
……本人がいいならいいけど。
で、イルサーナは『巨乳』
「巨乳といえば巨乳なんですかねー?」
こちらも特段、文字の意味に不満はないらしい。実際に見てみれば結構たわわだ。
次はウルだが、ここからネガティブゾーンに突入。
ウルのプリント文字は『微乳』
「微乳って何? 微妙なおっぱいとか、すごい中傷」
とてもとても遺憾だけど、オレが選んだわけじゃないから。
言うほどヘコんでないからネタとして受け入れて……いるのかね?
そして、トーリィからはちょっと目を逸らしてしまった。
「何故コレを選んでしまったんでしょう……」
顔を両手で覆って、今にも泣きそうな雰囲気だ。
『貧乳』
何かを言う空気じゃない。
いや、言うほど小さくない……と思う。
「これは嫌味なの? ねえ、嫌味なの?」
カイナの文字は内容と同じく迫力のある字で書かれている。
崩した書体で『爆乳』と。
「だいたい同じってどういう意味ッ!? 巨乳にも満たない胸が爆乳なわけないでしょ!」
「なんでオレ!? ラキが言ったんだろう!」
「作ったのは、イズミンでしょうがー!!」
うおっ! 八つ当たりキタ!
殺意のこもった火炎弾だな!
すかさずハリセンで迎撃。このハリセンもそろそろ新調しないとな。
「はぁ……はぁ……全然当たらない! でも、まだ成長の余地はあるはず……」
魔法じゃなく胸の事言ってるよな絶対。
と、まあ、何故かみんなサイズというかキャラに合ったTシャツを選んだのだから見事としか言いようがない。
他にも『絶壁』『こちらは背中ではありません』など、ネガティブなものがいくつかあったが、それらの説明はいらないだろう。確実に張り倒される。
「ウォン!」
「みんな似合ってるって」
今は通訳しちゃいかん、サイールー。
ラキに悪気はないんだろうが、数名が地面に手をついて、うな垂れてるから、やめて差し上げろ。
~~~~
時に、みんなの訓練環境が改善されたという事で、オレはオレのやらなきゃいけない事を進めようかね。
ちなみに無地のTシャツも要求されたが。
「サイールー。前々から言ってた、真核の事だけどな。何か良い方法あったか?」
「そのままだと無限収納に入らないってヤツね。こっちでも色々と調べてみたけど、目ぼしいものはなかったわね。そもそも、真核の記述が少なすぎるのよね。ましてや生きてる状態に近いものをどうにかするなんて記述そのものがなかった」
「あんな風に手に入れたのってイズミが初めてなんじゃないの?」
「まさか」
リナリーの言い様にそう返すが、否を断定できるほど情報があるわけじゃないからな。
考えてみれば、発見、即、討伐対象ともなれば弱点でもある真核を入手しようなどとは思わないかもしれない。討伐可能ならまだいい。手に負えないとなったら、避難するか、全滅しかないからな。
オレ達が遭遇した藍見鉱竜のように不完全な状態でもなければ、そんな余裕はないはずだ。
あれが数千年、数万年に一度の稀な事例だった可能性もあるが。
「となると、一からの手探りになるわけか……どうしたもんかね」
「箱に入れてあるんだっけ? それを結界で覆って収納しようにも、今度はそれが干渉して意味がないんだよね。そうなると地道に運ぶのが無難なんだろうけど……」
「不便だ。オレが手に入れた扱いが面倒なものは取り敢えず丸投げするつもりなんだから、里まで宅配なんて非合理的過ぎる」
「今、サラッとおかしな単語が聞こえたよね。まあいいけど。じゃあ、どうするの?」
そう言われてもなあ。
木箱から出して改めて確認してみたが、これといった変化はなし。
依然、オレからの命令待機状態。異相結界は自家生成してるから、管理は楽なんだが。
ふんむー、どうしたもんか。押してだめなら引いてみな、とはよく言うが……。
あ……ッ。
「外側からのアプローチじゃなくて、内側からってのはどうだ?」
「内側? どういう事?」
「いや、作用するのは真核の周りなのは一緒だけど、この場合入れ物の内側って意味だ。つまり、この箱の内側に外と隔離する術を施せないかって事」
「ふーむ、箱の中からの魔法的な影響を遮断しようって事ね。……いけるかも。そうなると魔方陣で効果を得るのが理想的だけど……面倒な機能を盛り込まなきゃいけないから大変かもよ?」
「この先いちいち宅配するより、多少の手間でも一度に終わらせたほうが全然いいだろ?」
「まあねえ。幸いな事に時間は腐るほどあるからって?」
「時間が腐るって、こっちだと在り得そうで怖いな。何にせよ、出来る事から手をつけようじゃないか」
方針が固まれば、あとはやるだけだ。
しばらくはラキの相手はリナリーに頼むとして、オレとサイールーは真核の入れ物造りだな。
などと最初は軽く考えていたが、思ったより面倒くさい!
何が面倒って、魔方陣に必要な機能を盛り込むためにアレンジにアレンジを重ねなきゃいけない所だ。
サイールーの工房からも資料を持ち出して、あーでもない、こーでもないと四苦八苦。
結局、当初予定していた既存のものの組み合わせでなんとかするつもりだったのが、それでは足りず、最終的には、ほぼ一から組みなおす結果になってしまった。
おおう、書き手の仕事だろうコレは。
とか泣き言を言っても仕方ない。やり始めたからには完成まではいくしかない。
「細かい作業が多すぎなんだよ。図形を描くだけでも集中を強いられるし、魔力を使っての微調整、動作チェックと、終わりが見えないぞ……」
「徐々にだけど、形にはなって来てるんじゃないかな。プリントアウトがなかったらもっと大変だったはずよ」
「書き手ってすげえよな……本能的にそういうのが分かるってんだから。あーッ! くそっ! 汗が目に入る! あっちより汗かいてるじゃねえかオレ」
ミニゴーレムの操作をしてるほうを見れば、Tシャツを替えたのが功を奏したのか、さっきよりは全然汗をかいてないようだ。
といっても若干、Tシャツが透けるくらいには汗は出ている模様。
胸にあまり興味が無いオレでも突起が気になるんだが。
本人たちは気にならないのかね。
あ、そうか。洗濯の手間を考えて下着を着けてないとか?
オレもそれに倣ってみるか。
「こう汗だくになるんじゃ、服なんか着てないほうがマシだ」
「「あっ、ダメッ!!」」
え、何がダメって?
サイールーとラキの相手をしていたリナリーが慌てて止めようとしたがもう遅い。
脱いじゃった。いや、上半身だけなんだけどさ。
「あ~あ、脱いじゃった」
なんだよリナリー。
何がダメなんだ? 脱ぐのが悪いみたいな言い方だけど、着替えだって風呂に入る時だって服は脱いでるぞ?
なんで今、ダメなんだ?
「イズミ……それは反則ニャ……」
「反則って何が――って、おおいッ! なんで鼻血垂らしてんのッ!?」
全員オレをガン見で鼻から血ィ垂らしてる!?
顔を真っ赤にして潤んだような目で見られるのは、ちょっと変な気分にさせられそう。
鼻を押さえた手の間から結構な勢いで血が流れてるけど、それは大丈夫なのか?
あーあ、もう。という感じでリナリーがみんなの方をチラっと確認し、急ぎ気味に飛んできた。
「こうなったら、もう目が逸らせないから服着て。それか、みんなから見えない場所に移動! ほら、早く早く!」
「何がなんだか、わけが分からんぞ。って分かった分かった! 移動するって」
グイグイと二人に邪魔なものでも退けるように押され、みんなからは見えない所に移動。
安全のために服を着とけと言われたので、取り敢えず着てはみたが。
「どういう事だ? 二人は前から承知してたっぽいが、何がどうなってる?」
全員が揃った所でそう切り出す。
被害者たち――この場合、被害者と言っていいのか疑問だが――も、何が起こったのか把握しないわけにはいかないといった風だ。何せオレが脱いだだけで血を吹くとか頭おかしいレベルだからなあ。
「実際に見るまでは、ここまでヒドイとは思わなかったんだけど、人間相手だとすごいわね。より直接的に本能を刺激しちゃうみたい。私達が里でちょっと変な反応してたのは覚えてる?」
確認のようにサイールーは言うが、忘れてはいないぞ。
何が原因か分からなくて、疑問に思ってた事のひとつだ。
「あー、オレが目の前で着替えたりすると動きが止まってたよな。え、何? 人前でやるとこうなるって事か?」
「そうみたい。同性には効果はないけど異性にはてき面ね。いわゆる催淫ってやつ。それもかなり強力な」
「常時発動型? まさか対策がない魔法なんて事は……」
「ないのよねー、これが。ああいえ、常時発動は合ってる。魔法じゃないかって所が該当しないの」
トーリィの懸念をバッサリと斬ってから、更に不安を上乗せするようなコメント。
サイールー、それはオレも不安になるんだが。
「私もね、気になって聞いてみたの。えーっと、イズミのお師匠さま? にね。そしたら、どうも暗示に近いものらしいのよ。視覚からも暗示にかかるのは、幻術の入り口としては周知の事だけど、それをイズミの身体は単体で効果を発揮するの。身体の造形のバランス、魔力の質、その魔力の循環の経路。普通なら作用しないはずの個別の要因が絶妙に作用し合って、視覚特化の魔方陣にも似た効果をもたらしているというわけ。鼻血が出るのは副作用。視覚からの情報に刺激されて血が集まり過ぎちゃうから、自己防衛機能として鼻から排出される、って事になるのかな?」
「魔法というより呪いに近いのでは……」
「見てしまったら防げないという意味では、トーリィちゃんの言うとおり呪いに近いかもねえ。自分から目を逸らせない点も呪いの性質に似てるし。でも隠しちゃえば効果は無くなるからね。呪いと違うと言ったのは、そういう意味」
「イズミン、太って」
「なんでだよ」
身体の造形バランスを少し崩せば呪いも無くなると言いたいんだろうが……。
ウルの要求通りにしてもオレに何のメリットもないじゃないか。
そんな事より勝手に呪い扱いするなってーの。
「とにかく、今のままじゃ危険過ぎるニャ。何か身体に描くのニャ」
「だから、なんでだよ! 見ないようにすればいいだけだろ。オレも気をつけるし」
「ええっ!? それじゃイズミさんの裸が見れないじゃないですか!」
「ええっ!? 何言ってんの!? もうちょっと欲求は隠そうぜイルサーナさんっ!?」
「完成度の高い若い男の人の裸はなかなか見れない」
ウルの言う完成度とは、いったい何?
カイナも同意の頷きに力がこもってるぞ。
「とにかく! オレも不用意に脱がないように注意するから着替えも覗かないように!」
なんで男のオレが女の子に向かって、こんな事言わなきゃならんのだ。
どうにも色々と話が脱線しまくったが、魔方陣の調整も終わり、真核をどうにかするための入れ物が完成した。
奇しくも隠してしまえば効果がなくなるというオレの身体と同様に、箱に空間を遮断、隔離する魔方陣、要するに空間をいじるのではなく、周囲から隠すようにしたら無限収納に収納出来るようになったのだ。
予想より上手くいったのはいいが、何故か微妙な気分になった……。
~~~~
ちょっと気分直しにハリセンでも新調しようかね。
といっても既存のものを、そのまま新しくするって事じゃない。
今ままでのはリナリーでも使えるように軽く丈夫に作られたものだが、それとは違い、全く別の用途に使うためのものを新たに作る。
要するに武器だ。
器物破壊に特殊化したスペシャルウエポン。
形状もハリセンそのままではなく、武器に適した特殊化を図る。
とはいえハりセンの形から大きく逸脱はしていないのでハリセンと分かる形状ではあるが。
どうしても強度が必要なため、使用した金属は火緋色金と奮発してみた。
その火緋色金を板状に加工して十枚ほど揃える。
中心の板は柄も同時加工したが形としては、ほぼ剣と言ってもいいかも。
つばの部分は片方の入り口を極端に大きくした四角の筒状のつばを用意。横から見ると扇状に広がって見える形状だ。
そこに扇状になった枠を取り付ける。
これは板がどちらに寄ってもいいようにレールに沿って動ける仕組みにしてある。板は基本的に自由な状態だ。
面倒な構造の解説なんかどうでもいいか。
あとは、全ての板の両端に反発の魔方陣と、打撃面となる部分に接触によって衝撃を発生させる魔方陣を記述。
これによって特化型兵器として完成した。
板の数を変えれば威力の調整が容易いという機能性を有した武器として。
『破城扇』と命名したそれは、魔法金属を使った事により意図した以上のものに仕上がった。
一定以上の力によって振り抜かれた破城扇は衝撃魔法陣同士が接触。
増幅されたその衝撃は恐ろしいほどの威力を発揮した。
「…………なんだコレ」
服が消し飛んだぞ、おい。
試しにと大岩を相手に威力の確認をしたつもりが、えらいことに。
いや、結果から見ればそれは大岩を粉々に粉砕、いや爆砕するほどの威力を示したのだから満足のいくものだ。しかしその際に着ているものが一緒に爆散してしまったのはどういう事だ。
こちらで買い揃えた衣服が反動の衝撃波に晒され全て脱衣するとか。
妖精の里製のトランクスと靴は無事だったから良いようなものの全裸になるとこだったわ。
だが、その事で余計におかしな事になっていると言えなくも無い。
オレは今、紳士と呼んで差し支えない姿をしている。
「「「「「グフッ」」」」」
何の声かと思ったら。
全員の鼻血を吹いたうめき声でした。




