第六十一話 べビィ・ドッグのいる日常
いい度胸だ。
これからオレがやろうとしている事を正面から受けようというのか。
高温に熱せられた砲身。
そう、まさに砲身としか言いようがない、一抱えもありそうなそれを左腰だめに構え、オレはラキの居るほうへと照準を合わせる。
撃鉄が雷管を弾くかのように、右手に握られたハンマーを留め具に向けてスナップを利かせて振り抜く。
「くらえっ!」
金属的な打撃音を掻き消すように重低音と衝撃を伴って轟砲が炸裂する。
轟音とともに考えられないほど圧縮されたそれ《・・》が放たれた。
「ウォン!」
放たれたのは通常の散弾銃など目じゃないほどの凶悪な物量の散弾。それが蒸気とともにラキを襲う。
やや上方に狙いを定めたそれは意図した効果を発揮する。
油断なく構えていたラキは、高速で縦横無尽に駆けまわる。
「わふっ、わふっ うぉんっ!」
「おー、すげえ。その身体でも全部落ちきる前に食べたな」
小回り利くなあ。
意外と便利そうだな、そのちっこい身体。
さすがはラキ。と身体能力に感心していると寝起きの顔を隠そうともせずにコテージから全員ぞろぞろと出てきた。
「ニャ……、朝から何やってるニャ……」
朝と言うには随分と過ぎてるけど。
「すごい音だったけど何? 敵襲?」
やはりキアラとカイナ、この二人はこういう時いち早く動くよな。半分寝ぼけてるけど。
イルサーナは、こういう時はウルの初動のフォローをするためにウルの側を離れない。
トーリィはどう動いてもいいようにと全体の把握に努めている。
といっても寝起きだからか、何処か気の抜けた警戒感。
まあ何かあったら真っ先にオレとラキが対応するから、あまり気を張る必要はないが。
リナリーはこの音でも起きて来ないのはさすがだな。耳栓でもしてるのか?
「いやいや、ラキと一緒にお菓子タイムだ。特製のポン菓子砲」
「ポン、菓子……?」
この反応からすると膨化食品はないのか。
というわけで、これまた神域でストレス解消のために造ったポン菓子製造機。
携行可能な形状として、若干の遊び心も手伝ってバズーカのような形に落ち着いた。
色々と武器っぽく装飾は施してあるが構造は至って単純。
筒状のものに密閉性の高いフタをして、魔法で高温、高圧にするというだけのもの。そのフタの留め具をハンマーで勢い良く振り拭いて外せば、あら不思議。お菓子型散弾銃の出来上がりだ。砲身のおかげでそこそこの指向性もある。
弾丸は麦。いわゆるモルトパフ。
ポン菓子というからには米でライスパフを作りたかったが、さすがに贋作の米では、モルトパフにしかならないので、せっかく作った擬似米は使わずに、という事で。
ストレス解消のために暇つぶしも兼ねて造ったが、ラキが大層気に入って、今みたいな事をさせられるようになったのだ。
お菓子が気に入ったのか、落ちる前に全てを食べるという遊びが気に入ったのかは知らんがね。
しかしよく考えたら、魔法でいろいろと簡略化出来るんだから、他の膨化食材も加工するために膨化機も造ろうか? コーングリッツでカ○ルや、うま○棒が再現出来るかもしれない。
チョコがあれば麦チョコも作れるんだけどなー。
それはさておき、とりあえずポン菓子も堪能したし、紙袋に入れてシャカシャカやった粉砂糖をまぶしたヤツは後のお楽しみにしておこう。
「それはそうと。昨日その犬のコからの事情聴取はどうなったのニャ?」
「そうね。妖精がもう一人増えて白い子犬も増えて賑やかくなったけど、正直何がなんだか」
「子犬から事情聴取ってもっと意味が分からないですけどねー」
「もふもふ」
ウルが子犬姿のラキを胸に抱き上げ、その感触に顔が緩んでいる。
トーリィがものずごい羨ましそうにウルを見ているが可愛いものが好きなのかな?
ともあれ、昨日はあれからラキとサイールーから事情を聞くのに、結局寝る時間を結構超えてまで聞く事になった。
長くなりそうだったので、あらかじめ他の皆には先に休んでもらって正解だった。
そのはずだったのだが、気になって寝付けなかったのか今日は朝が遅かったようであまり意味はなかったかも。
そんなこんなで、昨晩はオレとリナリー、ラキとサイールーは新たにコテージからは離れた場所に簡易パラソルとデッキチェアそしてローテーブルという南国風のくつろぎ空間をあつらえて、じっくりと聞き取り調査したのだ。
何故神域に居たはずのラキがここにいるか。
それは前提条件がクリア出来たから、というのが大きな理由。
「前提条件ってなんニャ?」
「まあ、見てもらえば分かると思うが……ラキ」
「ウォン!」
ひと鳴きしてウルの腕から飛び出し、鍛錬場にトテトテと駆けていくラキ。
少し離れた場所へ到着すると、今度は伸び上がるような姿勢で、
「ウヲォォオオン!」
と遠吠え。それを切っ掛けに身体をブルブルと水しぶきを飛ばすように振ると、それに伴い魔力が膨れ上がる。そして枷を外したかのように身体が巨大化し強大な魔力と、その存在をあらわにした。
「なッ!? 白銀の狼!?」
それは誰の驚きだったか。
ラキが元の巨大な狼の姿に戻ると、みな一様に驚きを隠せないようだ。
「大きい……というか大き過ぎ……ます」
そりゃあ、まあな。
バイツを見慣れてるトーリィでも、馬ほどのサイズの狼なんて初めて見たらビックリするかもな。
でも犬型の魔獣って、これ位の大きさとか普通にいるんじゃないの?
ああそうか、ラキの最初の子犬姿との対比で余計に大きく感じてるのかもしれない。
もふもふが好きそうなトーリィでも尻込みするかー。
「ラキの種族って、オレが聞いた所によると白夜の一族らしいぞ」
「白夜狼!?」
オレ、リナリー、サイールー以外の全員がズザザっと後ずさり警戒を顕にした。
どうも知られた一族らしい。どう知られているかは、見ての通りか。
「有名なのか? その反応からすると、あまり良くない印象が強そうだけど」
「……神話の中の伝説として語られるフェンリルと違って、白夜狼は実在する伝説、のような存在として語られているわ……幻の一族として。ただ、その逸話のせいでみんなこんな反応になるのはしょうがないと思う」
カイナの言う逸話って、いったいどんな逸話だよ。
大量虐殺したとか、そんな話があるのか?
「山が消し飛んだとか、大河が一瞬で干上がったとか。現実味のある所だと、数万の軍をただ一体で壊滅に追い込んだ、とかね。とにかく下手に触れてはいけないって逸話が多いの」
「何か怒らせでもしたのかね。でもまあ本気で怒ったらそれくらいはやりそうだよなあ」
鉱石竜との戦闘の様子から考えると無いとも言い切れない。
ラキが子供だというのを考慮に入れるとすれば、大人がそれくらいやるというのは在り得る話だ。
おっと、こんな事言うと余計に不安にさせちまうかな。
「全員そんな顔しなくても、ラキは大丈夫だから。せいぜい、時々油断して笑顔が怖くなるくらいだ」
「意味が分からないニャ……」
だよな。普通は犬や狼が笑うって何? ってなるよな。
「ラキー! 笑ってみ!」
「クゥ? わふっ!」
見てもらったほうが早いという事で、広場の中央付近にいるラキにそう声をかけると「よく分からないけど笑えばいいの?」とでもいうように小首を傾げた後、満面の笑顔に。
その、なんとも言えない愛嬌のある表情にトーリィが感想を漏らす。
「き、器用に笑いますね。狼の笑顔なんて初めて見ました……でも可愛いです」
「あの笑顔はな。問題なのはもうひとつのほうだ」
事情を知るオレ達以外は、何を言ってるんだろうって感じだな。
「ラキ! そっちじゃない笑い方もいけるか?」
「ウォン!」
「威嚇してるようにしか見えないが、あれが油断した時の笑顔だ。実際、威嚇してる時とあまり変わらんけど」
「「「怖っ!」」」
初めてだと余計にそう思うだろうな。
でも最初にソフトなほうの笑顔を見てるだけマシだ。
オレなんてハードなほうの笑顔で突撃かまされて、隣の晩ご飯になるかと思ったんだぞ。
「ラキの笑顔の話は置いておこう。どっちの笑顔でも笑ってると分かるんだし問題ない」
「私達に判別は無理」
確かにウルの言うとおり、昨日今日じゃ無理か。
鼻のしわの数で大体は判別可能なんだが。
「そのうち分かるようになるから大丈夫だ」
「そこを心配してる訳じゃないんだけど……えっ、そのうちって……?」
「カイナのその予想で合ってる。ラキはこのまま一緒にいる事になるから。で、ここで話が最初に戻るわけだ。一緒に居る為の前提条件が、ラキもオレ達も違和感なく周りに受け入れられる環境を整える事。例えば、従魔や使い魔として認知させられるかとか、そういった感じだな。オレとしても予想外だったが、これなら何の問題もない。どう見ても子犬にしか見えないからな」
「白夜狼が人に懐くなんて聞いた事もないけどニャ……でも逆に正体がバレても信じる人がいないかも。そもそも目撃される事自体が稀な種族だからニャー」
「そうかもしれませんねえ。でも白夜狼が身体の大きさを変えられるなんて知りませんでしたよ」
「ああ、それな……」
イルサーナ、それはオレも知らなかったんだ。
種明かしするとだ。ラキが小型化出来るようになったのはオレが神域を出てから。
どうしたら人間社会に解け込めるのかとイグニスに相談したらしい。
この大きさが問題なら、どうにか出来ないかと。
イグニスとしては最初は幻影などの魔法でお茶を濁すつもりだったようだ。
しかし、生活の不便さや露見した時の周囲の反応を考えると良策とは言えず、ラキの事を思えばそれだけでは足りないとなったらしい。
そこで、本来なら五十年以上は先になるであろう能力の開花。それについて、ある可能性に賭けて開示した。
それは長い年月をかけてラキの一族が習得する質量の操作。
これは別の次元を明確に認識する事が必要な能力なようで、普通であれば生まれて十数年のラキが習得可能なものではなかった。
ところが異相結界を得た事で、かなりのショートカットになったようなのだ。
結果としてイグニスの賭けは正解を見たわけだ。
『で、そこにタイミング良くなのか、悪くなのか私が神域に行っちゃってねー』
オレとの雑談で、サイールーも街に来ないかという話をしたから、ラキと一緒に行く事になりそうだとイグニスに報告したと。
『ふむ、質量操作を覚えた今なら何の問題もあるまい』
これを言った後、しまったという顔をしたらしい。
聞いた瞬間、ラキが目をキュピーンと光らせて神域の出口に走ったという。
何言ってくれちゃってんだイグニス。
『すまん、サイールーよ。イズミと合流するのを手助けしてやってくれんか』
甘い、甘いぞイグニス。ラキに甘すぎる。
確かに懸念していた問題の大半が解決したから、いいっちゃいいんだけど……。
「ここにいる経緯としては、どうもそういう事らしい」
イグニスや異相結界に関する事はぼかして昨日の聞き取り調査の解説をしたが、納得してくれただろうか。
「白夜狼と一緒に暮らしてたという事が理解の範囲を超えてる気がしますが……それを、私が飼っていた犬と同列に語っていたイズミさんが信じられません」
そうは言っても、見た目がイヌ科だからな。
この世界の人間ならデカい犬も飼ってそうだったっていう思い込みもあったのは否定しないけど。
「面白い能力ではあるよな。別次元に質量を預けてるとかワケが分からんのは別にして。本体をその次元に置いてるとかじゃないんだろ?」
「んー、そうみたいよ? 私も、なんとなく感覚でしか言えないけど、残りの質量を現界させると今の姿になるんだって」
ますます分からん。どういう理屈で身体を小さくしてるんだ。
しかし質量操作っていうくらいだから、減らすだけじゃなく増やす事も出来るんだろうか。
これ以上デカくなられても困るぞ。
「私としては気になる事が幾つかあるんですが、まあそれはいいです。イズミさんと一緒にいるための条件が満たされたという事で、ラキちゃんがここにいるというのもなんとなく分かりました。ただ……それなら何故、食事を奪うような真似を? 普通に出てきても良かったと思うんですよねー」
「それにも理由があったらしくてな」
イルサーナの疑問はその場にいる事情を把握していない者全員の疑問でもある。
勢いで神域を飛び出してきたラキだったが、その後の事は何も考えてなかったようなのだ。
とりあえず大きな身体さえなんとかなれば、どうにでもなると。
最初は勢いのままオレの魔力の残滓を探す事に没頭していたが、それが他の事を考える妨げになっていた原因でもある。
そして半日ほどしてサイールーが追いついた時、その状態は脱していたが、今度は考え込んでいたらしい。
迎えに来るから待っていろと言われたのを思い出し、そこで初めてどうしよう、となったという。 それもどうなんだ。
そこでサイールーが提案したのが、とりあえず近くまで行って様子を見てみようと。
街に入らずとも近くまで行けば様子を伺う事は可能と判断して。
その後の事はそれから考えてもいいだろうとなったと言うが、ホントどうするつもりだったんだ。
ところが、街に着く前にオレの魔力を感知した事で、コレ幸いとこちらに来たわけだ。
しかし来たはいいが、やはり約束を思い出して踏み込む事を躊躇した。
ならばという事で、最初の予定通り様子を見る事になったのだが、しばらくしてオレが出掛けた事で我慢出来なくなったらしい。
遠方からの監視を中止して、サイールーを置いて突入したくらいだ。
「何が我慢出来なくなったのニャ……?」
「オレの料理を久しぶりに確認したくなったんだと」
無防備に置かれた作り置きの朝食は、ラキの目には食えと言わんばかりに映っていたそうだ。
しかし、なんとなく後ろめたさのようなものはあったようで、それがリナリーの感じた申し訳なさそうな気配だったと分かった。
その場は一端サイールーの元へ戻ったが、相変わらず、どうオレと合流しようかは決まっておらず、じゃあサイールーがその晩にオレと話す事にしたという。
ところが、監視を続けていると、オレが見たこともない料理を作った事で限界を迎えたようだ。
このままでは無くなる。自分の食べる分が無くなる。その前になんとかしなきゃ、と。
「それで直接、強奪しに来たんだ……寂しさを食欲で満たそうとしたのかな?」
「いや、単に食欲に負けただけだろう。珍しいものに目が無いから」
「そ、そうなんだ……は、はは……」
カイナの乾いた笑いには色んな意味が含まれているんじゃないかと思う。
料理を強奪するためだけに、えげつない魔法が使われた事や、オレ以外が捕捉不可能だった事などを思い出すと無力感に襲われたのかもしれない。
ちなみにラキも無限収納を持っている。首にぶら下げる関係で非常にコンパクトなものだ。その紐もいつの間にか長さの自動調節が可能になっていたりする。
なので、食器ごと回収したほうが手間はかからないという理由で食器ごと持ち去ったようだ。
結界石による小型の結界も、ラキにとっては問題にもならない。
そして、あまり無茶な事はしないようにと祈りながら鍛錬場まで追いかけてきたサイールーだったが、そこには既に捕らえられたラキがいて、手遅れだったという台詞に繋がる。
チャーハンを強奪しようとした時も、約束を破っているという後ろめたさから、黒い霧の魔法を使って正体を隠そうとしたというのは、まあ葛藤した末の行動なんだろう。
「さすがにオレも今回はビックリしたけどな」
「ラキちゃん小さくなっちゃったね。産まれた時より小さかったりして」
いつの間にか起きてきたリナリーが、オレの側でふよふよと飛びながらラキの変化に感心している様子。
そう言われるとその可能性もあるのか。だからどうだという話ではあるが。
「イズミがラキちゃんが産んだ子供だと勘違いしても仕方ない面はあるかもね」
そんな事を言うサイールーに思わず非難の目を向けてしまう。
「そもそもサイールーが事前に教えてくれていれば、こんな事にもならなかったんだが?」
「そこは、ほら。やっぱりイズミの驚く顔が見たいじゃない? だからギリギリまで粘ったの」
「頑張りどころが違う」
いい笑顔過ぎる。こういう所はやっぱり妖精は妖精なのか。
おや、まだ何か言いたそうなメンバーがチラホラいる?
「あのー、やっぱり気になるので聞いちゃいますけど……どうやって、所在の分からないサイールーさんと連絡をとるつもりだったんですか? どうにも腑に落ちないというか」
「イルサーナが聞きたかったのってそれか」
「ええ、まあ……私だけじゃなく、全員の疑問だと思うんですけど」
「目標達成の証明代わりにと思ってまだ言うつもりはなかったけど、いずれは渡すものだから、まあいいか。オレ達がお互いの場所が分からなくても連絡出来るのはこれを使ってるからだ」
ポケットから出した名詞サイズの金属製のプレートを一番近くにいたウルに向かって放る。
両手の平の中にポスッと落ちたそれを見て眉をひそめるウル。
「これは、何?」
「そこに埋め込んである小指の爪くらいの赤い宝石みたいなのが答えなんだが、共鳴晶石って聞いた事ないか?」
「「「「共鳴晶石ッ!?」」」」
「なんだ、知ってるのか」
「か、軽すぎる……超級遺失物にして国宝級とも言われるようなものを、なんだで済ます、その感覚に目眩が……」
「いや、だって、冒険者ギルドも他のギルドと連絡とれるんじゃなかったか? だったら同じようなものがあるんだろ?」
カイナの呆れたような態度に反論してみるが、
「あれは登録機器の機能で、何処とでもという訳ではありません。しかも文章のみに限定されたものです。共鳴晶石のように音をリアルタイムでやりとりするなんて無理ですよ」
トーリィからも追い討ちをかけられてしまった。
なるほど、ギルド間の情報伝達はそうなっていたのか。
「すごい貴重」
まじまじとプレートを見つめていたウルから、ジトっと細められた視線を向けられると、ゾクゾク、はしないな。
「ほらね。私達の里でも貴重だったでしょう?」
「でもなー。作り方が分かるとそれほど貴重でもないんだよなあ。サイールーだってそんな感覚はもうないだろ?」
「うッ……それは……」
そんな風にわざとらしく斜め上に視線を逸らせるのは、認めてるようにしか見えないぞ。
「作り方を知ってるの!? どうやって!?」
「意外だな。カイナは研究者気質だったか? こういうのはウルかイルサーナが真っ先に食いつくと思ったのに」
「そ、そういう訳じゃないけど……超級遺失物となればやっぱり気になるでしょ……」
「ふむ、そうか。同じ冒険者であるトレジャーハンターにとっては最上位に近いお宝っぽいし、気になるのは当たり前か。ただまあ、作り方は教えられるけど材料の出処は言えないぞ。それなりにリスクがあるからホイホイと言う訳にはいかないのは理解してくれ」
「そこまでは求めないニャー」
「ん。渡すつもりでいたって言うけど、それだって分を超えてる」
変な所で真面目だな。
ウルの場合、魔法に詳しいからこその見解なのかね。
「貴重じゃないからな」
「というか、イズミにリスクがあるなんて言わせるものを、勢いと好奇心に任せて聞くのはすごく怖いニャ……。その時点で貴重じゃないって言葉に信憑性がなくなってるのニャ」
「信用がないな……材料は大量に持ってるからウソは言ってないぞ」
「どうやって手に入れたのか本当に聞くのが怖い……」
「ウルが言っても説得力がないなあ」
「むう、どういう意味? いつか寝込みを襲う」
そういう所だよ。
剣士でもないのに、ノリノリで接近戦する魔法使いなんて物語の中以外で聞いた事ねえよ。
教えたら絶対探しにいくだろ。
というか寝込みを襲うとか興奮するじゃないか。寝首を掻く、の言い間違いか?
「どっちにしても、すぐって訳には行かないからお楽しみに取っておいてくれ。作り方もその時にな。ウルにだったら造れるはずだ」
「料理のレシピみたいに言いますね……」
おお、うまい事言うなトーリィは。
皆さん、『何、感心してんだ』みたいな顔はやめようか。
~~~~
「視界に入る所で、そういう非常識な事されると、すごく集中力が乱されるんだけど……」
昼食後に久しぶりにラキとの時間を有意義に過ごしていると、カイナがそんな不満を口にした。
みんなの修行の邪魔にならないようにと、身代わり君からは離れた場所でオレとラキが遊んでいたが、どうにも目に入って気が散るらしい。
しかし、謂れの無い非難だ。誹謗中傷だ。
神域に居たときからの定番の娯楽なんだぞ。
「非常識って何が?」
「何がって……その気持ち悪いくらい精巧なゴーレムを使って何をやってるのかって話なんだけど。そんな生き物みたいなゴーレム、っていうかゴーレムなの? もはや禁術の類じゃないの?」
「勝手に禁術指定するなよ。造形が細かいだけで普通のゴーレムだ。魔力操作の向上を図る上で非常に効率のいい訓練を兼ねた遊びだ。な?」
「ウォン!」
神域に居た時に、イグニスの立体映像を見たのが思い付いた切っ掛けだ。
大きさにすると八分の一スケールの人間と魔獣などのゴーレムを作って、それを定められたフィールド内で操作して戦う。
要は対戦格闘だ。
もちろん操作キャラには本物準拠のスペックや縛りは入れてある。
ただし、操作する者の反応速度によって本物と同じようにはならないので、いま少し調整が必要かもしれないとは思ってる。
「その発想自体が何処から出てきたのか全くもって想像つかないけど……そこは百歩譲るとして。どうしてラキちゃんが人間を操作して、イズミンが魔獣を操作してるのかが全然理解出来ない」
「いや、ラキの人間に対しての理解が深まるし、なによりラキが魔獣を操作すると勝負がつかないんだよ。それに倒した種類や数で装備が更新されて選べるようになるから、それが楽しいみたいでな」
「何その無駄に凝った仕様は……」
対戦格闘プラス、某ハンティングゲームの要素も入れてみました。
ちなみに現在ラキは元の大きさでゲームに興じている。子犬化に魔法としてのリソースを割くと充分に楽しめないからだそうだ。
「なんなら皆もやってみるか? 身代わり君と違って作る技能がなくても魔力さえ動かせれば操作可能だから全然いけるぞ?」
「……ちょっとやってみたいかも……」
むっふっふー。魔力操作で壁にぶち当たった時にどうやって乗り越えさせようかと思ったけど、この道に引きずり込めれば、その心配はなくなるかも知れないな。
「イズミン、魔法使いはない? ラキちゃんが使ってるのは剣士っぽく見える」
「言われてみればウルの場合、武器格闘の経験が乏しいからそっちの選択肢も欲しいか。うーん、そうだな。いっその事、なじみのある自分の分身体をそれぞれ用意するってのはどうだ? それなら入り口としてはかなり入り易くなるだろ?」
「いいかも。ミニチュアの自分ってだけでも、ちょっとワクワクする」
「あのー、そうなると私ってどうなりますか? メイド服のひらひらって再現可能ですか?」
「そっちなのか?」
「造形や体重、ウォーハンマーなんかの再現度は疑ってないですから、あとは外装だけの問題なんですよね。結構わたしの戦闘スタイルにも響いてくるので」
なに? 今のメイドスタイルって何か秘密があるの?
まあ、それはミニゴーレムを作る時にでも聞き出せばいいか。
自分で言い出しておいて何だけど、なんだか急に忙しくなったぞ。
造るからには徹底的に突き詰めて再現したいからな。それなりに手間をかけるつもりではいる。
たまにリナリーやサイールーも参戦するから、娯楽としてはかなり充実してきた。
「トーリィはどうする? 男装バージョンか素の状態か。それとも男装状態から脱いで、防御を犠牲にパワーアップってギミックでも入れるか?」
「何故、私の切り札が分かったんですかッ!?」
「え、リアルで脱衣格闘すんの?」
「ししし、しませんよ! 防御、というか一時的に身体の治癒能力を攻撃力、つまり強化に変換するんです」
「あぶねえ使い方するなあ。自己破壊ギリギリの純強化か? いや。それよりも扱いの難しい技だな。予想するに、使うとしばらくは治癒系の魔法を受け付けなくなるとか?」
「……そうですね。治癒魔法自体は弾くわけでもなく患部には届くのですが、身体がそれに応えない、といった感じですか」
おそらくは継承魔法か、それの血統派生。
この魔法作ったヤツは頭イカレてるぞ。『死んでも殺す』を実践するとか在り得ないっての。
自身を犠牲にしてでも徹底的なまでの殲滅を目的にしてるように思える。
正直、どういう理屈で自己治癒のエネルギーを強化に回してるのか見当もつかないが相当えげつない魔法だ。
細胞の分裂するエネルギーの前借りなんていう、信じ難い事を魔法で可能にしてるんだろうか。
「イズミも人の事言えないんだけど? あんな使い方の過強化なんて狂乱一歩手前なんだからね」
リナリーはまだあの時の事言ってんのか。わかってるって。
治癒加速と併用だなんて知らなかったんだから、しょうがないだろう?
「古い文献に記されている強化魔法のひとつですよね? イズミさんはその過強化が使えるのですか?」
「使える。どうやら狂戦士にも成り損ねてたみたいだな」
無駄な感情を排して戦う事のみに脳という器官を使う技。
人間性を自ら捨て去る外法。
機械的に動くもの全てを標的と認識し、魔力が尽きるまで限界を超えた強化で立ち塞がるモノを殲滅する。
痛覚を遮断された肉体は、合理的と判断すれば攻撃を自ら喰らい、他者の命の喰らう。
限定された脳機能の下、強化以外は発動不可にも関わらず肉体の損傷も厭わない。
その狂気に背筋が――
……あれ?
「どうしました?」
「いや……狂戦士って、いつもオレがやってる事とあんまり違いがないような……」
「は、はあ。そうなんですか?」
良く分からないといった表情のトーリィ。
オレの脳内の連想したものを見たわけでもないのだから、当たり前ではあるが。
自分で止まれるだけ、オレのほうがマシのはず。きっと。
「そんな事は今はどうでもいいな。そのトーリィの奥の手をあまり使わなくて済むように過強化も教えるからな」
「いいんですか? それこそ秘技の類では?」
「昔はそこそこ普及してたらしいし、隠してる訳でもない。ただ、完全無詠唱が前提だから、まずはそこから、どうするかだな。んー、そうだな。ちょうどサイールーもいることだし、エキスパートの技を体験してみるのもいいかもな。トーリィのもうひとつの目的とも合致してるし」
「ん? 何の話?」
オレと入れ替わりでラキと対戦していたサイールーが、話題に自分の名前が出た事で興味を惹かれたようだ。
良く見れば、トーリィはちょっと恥ずかしそうに視線を泳がせてる。
「トーリィに成長魔法を体験させてやってくれよ。最終的には覚えたいらしいけど、まずはどんな魔法か知る事からって事でな。開発者としては妖精以外への効果は興味あるんじゃないか?」
「あるある! いいの? 手加減しないけど」
「何するつもりだ……」
「冗談だってば。じゃあ今夜にでも早速ね」
ミニチュアゴーレムの対戦ゲームから意外な方向へ話が進んだな。
成長魔法だけはオレが女の子に使うわけにはいかないからなー。
リナリーがサポートに入れば、この人数でもいけるだろ。
不穏な発言が不安ではあるが、ここはサイールーに任せるとしよう。
任せたんだが……。
一夜明け、体験学習がどうなったのかというと……
「す、すごいです……この世の神秘を知りました……」
「お姉さま……すごいニャ……絶妙ニャ……」
「姉さん最高……お、男なんてこの世にいらないかも……」
「身体の内側を千匹のヘビゾウ君が……」
「大人になった……」
なってねえよ!
どれが誰の台詞かは敢えて解説はしないけれども、なんか奴隷が出来上がっちゃったよ!
コテージの中になんとも言えない淫靡な香りが充満。
ベッドの上で虚ろな表情で頬を染めて、いかがわしい事この上ない。
見えちゃいけない所はちゃんと隠れてるが、衣服が乱れに乱れてる。
「体験させろとは言ったけど、一晩中、何してんのッ!?」
「えへっ、つい」
可愛く言ってもダメだ!
「だ~い丈夫だって、そのうち元に戻るから」
「はぁ……はぁ……ルー姉さん、酷い……なんでわたしまで……」
リナリーも餌食になったのかよ。
任せたオレがバカだった!
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