第六十話 闇夜のべビィ・ドッグ
ん? なんだこの感じ。
誰かに見られてる? 見られているというよりも、意識を向けられていると言ったほうがいいのか?
探知の範囲にはそれらしいものはいない……はずなのに。
いや、消えた……存在ごと消えた。そんな感じだ。
いったい……?
まあいいか。いや、敵意は感じないが、万が一がある。その時のために一応警戒だけはしておこう。
あくまで警戒するだけ。今は優先すべき事がある。
「人生には大事な袋がある」
お袋、給料袋、堪忍袋。
たまに胃袋や祝儀袋、池袋などに変化する。定番としてキン○マ袋にもなったり。
無難な袋を選ぶと話が膨らまないので、色んな所が膨らみそうなネタに持っていくパターンもあるとか。
「何、どうしたの急に。隠れて変なものでも食べた?」
違わい。
いや、ちょうど今、作ってた袋が完成したから気分が良くて思いついただけなんだ。
みんながカザックの街に戻ったあと魔宝石の魔力吸収用の道具を作っていたが、今しがた一段落したというわけ。
最初は木箱の中に魔宝石を入れて、魔方陣の効果で周囲から魔力を集めようと思っていた。
しかし、よく考えたらそれは持ち運びに不便だ。
運用方法もちょっとクセがありそうな感じになりそうだったので却下したのだ。
箱だと普段から身に付けておくということが出来ない。出来なくはないが、目立つし、かなり邪魔。
そうなると、魔法鞄などに入れる事になるのだが、それだと、いざ使うとなった時に魔法鞄から出して、さらに箱から取り出すなんていう面倒な事をしなきゃいけない。
仕事の時は使わなければいいという意見は当然ながら頭から無しだ。
利便性を追求して色々と考えてるのだから無粋というものだ。という言い訳で作業に没頭。
そういった二重の手間を避けるために少しばかり機能的な布を使って巾着袋を作り、そこに魔宝石を放り込んでしまおうと。
何が機能的かというと。
この布、神樹製の布と似たような機能が働くのだ。
樹園木と共生している蔦状の植物の繊維から作られた布なんだけど、神樹製の布と同じように描いた魔方陣が単体で機能する。
余談になるが、普通は布みたいにシワになったり折れ曲がったりすると空間拡張に使われるような複雑な魔方陣の場合、図形の形や線が変形して意図した効果が得られない。特に同一の図形内でその図形や線同士が接触して魔力の流れが短絡すると確実に機能しない。
一般に売られている魔法袋は大抵、収納用の陣が変形しても機能するように専用の魔法陣が硬い皮などに刻まれて内側に貼り付けられているそうだ。まあ、そこまで大きなものじゃないらしいから問題ないとか。
しかし何故そんな事をしてまで鞄タイプを最低ラインにせずに袋タイプも作っているのかという疑問が浮かぶが、そこはやはり材料の選定とコストの一言に尽きる。
拡張規模が大きくなるにつれて、質のいいものに変えていかなければいけないので自然と値段が高くなる。素材自体の状態は当然ながら、素材に含浸している魔力のムラがないとか、魔力の通りがいいとか、言い出したらキリがないという話らしい。
つまりは商売として値段と用途ごとのバリエーションの多様化のためにも安価な袋タイプも作られているというわけだ。
ただ、袋タイプの場合、補助の魔方陣で機能しているという事は干渉しているとも言える。
それ故、収納の能力が著しく制限されてしまう。
いくら魔力を込めても一定のラインで拡張が頭打ちになるのだ。一定とは言っても品質次第でバラつきはあるようだが。まあ、その制限のおかげで使用素材自体は安価なもので済むらしいので痛し痒しといった所だろう。
最初に木箱を使おうとしたのも、この干渉を嫌った為。
しかしサイールーに聞いたところ、空間拡張のように世界の構造に手を加えるような魔方陣の使用には向いてないけど、ただ魔方陣を機能させるだけなら良いものがあると教えてくれた。
で、その布を使って魔力吸収用の巾着袋を完成させた。
一応、木箱のほうも作ってはある。布の内側の二面と違い、六面を利用した魔方陣記述で吸収効率がいいから、持ち運ばない時はこちらを使えばいいんじゃないかなと。
「それに、この袋なら入れたままでも魔力補充が出来るしな」
「結局、特化型の魔宝石はどうする事にしたの?」
「一通り揃えてあるから、その中から選んでもらう感じだな。でもまあ各々得意なものを伸ばす方向で落ち着くんじゃないか? もともとパーティーでお互いの足りない部分を補いあってるような状態なら、より早く強くなる方を選ぶのもありだからな」
「なるほどねえ。それぞれがスペシャリストを目指すことで底上げを図ろうって事ね」
「ただなー。もう一個、魔宝石を受け取るかどうかなんだよな。変に遠慮してるからこれ以上は、とか言いそう。本音を言えば全部押し付けて実践における使い勝手をくまなく調べてもらいたい。サンプル数は多いほうがいい」
「そうやって実験動物的に見てるから本能的に拒否するんじゃないのー?」
「実際、調べるにはそれしか方法がないだろ? 妖精と同じように使っても効果が変わるかもしれないんだから人間に使ってもらうしかないじゃないか」
「それはそうだけど。こういう事になるとイズミって途端に不能になっちゃうよねー」
「不能って言うな。せめて無能って言え」
「それもどうなの……」
言霊って知ってますかリナリーさん?
口にすると実現しちゃうかもしれないんだぞ。
この件に関して言えば本当に無能だからなオレ。ただし不能はダメだ、不吉過ぎる。
「イメージで確実に魔法の規模を制御しちゃうから、増幅の効果が意味を成さないってのがねえ」
そう。その増幅分も含めて全てをイメージしてしまうから、こういう検証が全く出来ない。
まあとにかくだ。
「おそらくカイナは強化、キアラは風、イルサーナは水でウルリーカは増幅。トーリィは強化か火で迷うって感じか? あーでも治癒系は全員分あったほうがいいよな」
受け取るのを渋るかもしれないが何か対価を要求すれば問題ないだろう。
何を要求するかは思いつかないんだけど。
などとやってるうちに今朝方に森に入ったと思われるトーリィと白のトクサルテのメンバーがそろそろ帰って来そうだ。
「メシでも作って待っとくかね」
「ヒモの鑑だねー」
「誰がヒモか」
まったく、変な事ばかり覚えて。
~~~~
「もう我慢ならん……オレはご飯を作るぞ」
「えっ? 今お昼を食べ終わったばかりニャ」
キアラを筆頭に全員が何言ってんだコイツみたいな眼でオレを見てる。けど言いたいのはそういう事じゃない。
オレが言うご飯とは、もうひとつの意味のほうだ。
午後、全員が鍛錬場に戻ってきたが、激しい運動後でも食べられるようにとドルーボアのロースト肉とパンとレタス系の葉物を用意し、数種類のソースをお好みで選んでもらって、それぞれ好きなサンドイッチにカスタマイズ。それとオニオンベースのスープにジャガイモと人参、によく似た具を入れたもの。
いつもどおり上手く作れたし、みんなには美味しいと言ってもらえた。
だが、オレは違うものが食べたくてどうしようもないくらいに我慢の限界を迎えている。
言うまでもなくオレにとってこれは洋食だ。
そう。オレは和食が食いたいんだ。
日本人にとってご飯とは、つまり米の事だ!
「ああ、発作がでた」
「発作ではない。これは正常な反応なのだよリナリー君」
「だめだこれ。ついに限界突破しちゃった……」
発作ではないが限界突破したのは認めよう。
とにかく米だ! 身体が米を欲している!
「というわけで穀物を総当りだ」
「まあ気持ちは分からないではないけど。わたしも樹園木由来の飲食物がなくなったら結構キツイし」
穀物総当りとはいってもトウモロコシは除外。
既に数種類は発見済みでもあるし、神域にあった果樹のように成っていたものも多数確保してある。
オレが欲しいのは三大穀物のうちのトウモロコシを除いた二つだ。
「だから、オレはこれから探しに行く」
「何がどうしてそうなるのか、全く分からないニャ……」
「取り合えず夕方までには帰ってくる。身代わり君たちはオレがいなくても大丈夫だから、今までと同じように訓練を続けてくれ」
「りょ、了解です」
トーリィにそう言い含め、イヌ型魔宝石とクマ型魔宝石をテーブルに並べる。
カイナとイルサーナとウルはそういえば初見だったか。
目を剥いて固まった後オレの方を見てるが、コレといって特別な説明はないぞ?
「魔宝石の動物バージョンだけど使い方は一緒だから」
「そ、そうなんだ……」
キアラとトーリィにカイナが視線を向けるも、二人からは苦笑いが返ってくるだけ。
カイナはその反応を見て、何かを口にしかけたのをやめたようだった。
ああ。遠慮して口にはしなかったけど、リナリーと同じように気持ち悪いって感想を持ったかな?
うーん、リアルさの追求はなかなか賛同を得られないんだろうか。
それより今はとにかく米だ。
まずは事前準備として無限収納に入ってる各種イネ科の穀物を用意してと。
買ったものや道すがら見つけたものも含めて、小麦、大麦と粟、キビ 稗の近似種であろうもの少量を、それぞれ目の前に並べる。
そして妖精の探知魔法、森林結界を夕方までに往復可能な距離にまで広げる。
森林結界だけではカバーできない細かな隙間を魔力糸で繋いだ樹木を基点に埋めていく。
「食材を探す為だけに、恐ろしいほどの魔力が使われてる気が……」
「カイナ、そこは気にしちゃダメなんだニャ」
「やっぱり偏執的な執着は魔法の上達には不可欠?」
「それも偏った見方だと思いますよー、ウル」
何気に失礼な事を言われている気がしないでもないが、気にせず続ける。
探知範囲の隙間を埋めたら、今度は一種類ずつ穀物に触れて、同質または類似の魔力を結界内で探査。
よし、わずかだが各種、群生していると思しき場所があった。
小麦や大麦はある程度は手元にあるから、野生のものの収穫は余裕があったらで。
「って事で行ってくるけど、リナリーはどうする?」
「んー、一緒に行く」
果樹でも探して実を収穫するのもいいかもな。探知系の魔法の練習にもなるし。
~~~~
なんとか夕食までには帰って来れたぞ。
「みんな悪いんだけど、昼と同じもので夕食は済ませてくれ」
「お昼とは違った組み合わせにすれば全然、問題ないですからいいんですけど。イズミさんは食べないんですか?」
「オレはこれから検証に入るからな。腹を膨らませるわけにはいかない」
「は、はあ……」
困ったような笑顔で、どうにも理解に苦しむといったトーリィの反応だが、オレにとっては重要だ。
それではっと。
種類ごとに束にしてまとめておいたものを収納から取り出し並べる。
まずは脱穀だな。
各種それぞれ三食分くらいにはなるはず。
脱穀機なんてないので、全部魔力を使ってモミガラも取り除く。
細かい作業を強いられるから、かなり魔力を使うけど短時間で終わらせられるのが強みだ。
それにしても、日本で見たものより粒が大きいんだよな全部。
多少大きさが違っても見た目がそっくりなんだから穀類には違いないだろう。
そして、こんな事もあろうかと鍋は事前に造って幾つも用意してある。
簡易的なかまどを魔力操作をして土で成形、乾燥させて炭を置く。
炭に火を入れ、洗い終わった雑穀を入れた鍋を置いて、多めの水を入れてあとは炊き上がるのを待つだけ、とはならないが今はこれで沸騰するまで待つ。
ちょうど十個の鍋が並んでいるが、麦が三種にその他が七種。似ているが微妙に違うものが見つかったので念のために刈って来たのだ。麦三種は水を浸透させるために炊くのは後で。
「お目当てのものとは違うけど、ちょっと楽しみだ」
「そっか、見た目が違っても味がそっくりって場合もあるもんね」
「そそ。分かってるなリナリー。密かにそれを期待してるんだよ」
この手の雑穀は大目の水でお粥のように炊く感じなるが、焦げ付かないようにかき混ぜないといけないので結構忙しい。
小麦は普通、粉にして使ったほうが美味いというのと、割れ易いので粉にしたほうが都合がいいという事らしいが、しかし今回は魔力で脱穀したおかげで粒が揃っているので、炊いてみようというわけ。
まあ、これらは日本で得た情報だから、そのまま使えるかかなり怪しい。
こちらの麦は異様に大きいし、地球のもの以上に見た目で小麦と大麦の区別がつき辛い。
魔力の質で判別出来なかったら、オレには違いが分からないくらいだ。
専門家と違って手に入れたものを臨機応変にその場で判断というのが難しい。買ったときの情報のみを頼りに判断してる部分も大きいので、炊き上がりがどうなるのか全く見当がつかない。
さてさて、取り合えず七種の雑穀は炊き上がったぞ。
リナリーにもかき混ぜるのを手伝ってもらって、なんとかなった。
麦は蒸しあがりを待つ必要があるから、その間に雑穀のほうを頂くとしよう。
「見た目は完全にお粥だけど匂いはいいな……後は味だ。ってことで、実食!」
お粥というかオートミールの亜種だな。
まずは粟に良く似たヤツ二種。
うん、不味くはない。どちらも僅かに甘みがあってこれだけでもなんとか食える。
そしてキビの類似品、二種。
……不味くもないが美味くもない。やべえ、なんだこれ。味がしねえ……
と思ったら苦っ! 後味、悪っ! いや、もうひとつは後味もなかったけど。
最後にヒエっぽい、三種。
甘ッ! すっぱッ! 噛んだらくっさッ!!
一番期待してなかったが、ある意味一番収穫だったかもしれない。
クサイのは論外だが、それ以外のふたつはかなり際立った甘さと酸味だ。甘いほうは何かと使い道があるかもしれない。
小麦も大麦も炊き上がって、期待して食べてみたが、まあ、可もなく不可もなくって感じだ。
白い小さいコーヒー豆みたいな見た目だけど、美味しくはある。日本で食べた十割の麦飯よりはだいぶいい。
ただやはり、ニオイ、食感ともに米の代わりには到底なりえない。
「不味くはない。いや、とんでもなく不味いのもあったけど大半は食える。だが目当てのものには程遠い!」
日本で手に入る材料を前提にして食べたのがいけなかった。
全てが違い過ぎる。というか形も大きさも違うんだから気付けよ。
似てるからって、同じなわけないだろう。ましてやこっちは植生から、いや、もっと根本がちがうだろ。魔素なんていうものが存在する環境なんだから。
「フッフッフ……くっくっくっ……はーっはっはっは!」
「あ、壊れた」
壊れた言うなリナリー。
「三段活用で笑う人、始めて見たニャー」
「結論を出すのは早いと思うが、現時点で同じものを見つけるのは諦めた……だったら造る! そう、なければ造ればいいじゃない!」
「え、ご飯を作るってそういう事なの? 種から育てる気?」
「誰がそんな気の長い事をすると言った。でっち上げるんだよ」
リナリーの言った育てるという方法は、そもそも基になる種がないから無理だ。
だったら米の完成品を造ってしまえばいい。
全て粉にして混ぜ、近い味の米状のものをでっちあげる。
「? ああ、そういうことね。それも、まどろっこしい話だけど育てるよりはマシ、なのかなあ?」
「まあ、言ってしまえば粒状のパスタを作るようなもんだからな。この材料なら比率を変えて色々試せば近い味のものは作れるはずだ」
要するに、かの有名なチ○リ米。某番組で某芸人さんが米の代わりに作ってたアレですよ。
アレを真剣に丁寧に、材料から吟味して作ろうと。
とはいっても手持ちの材料で、という事になるから、どこまで再現できることやら。
みんなが食後のティータイムでまったりしてる横で、オレはチ○リ米作り開始。
いや、あの番組みたいに一個一個なんて作らんよ?
まずは麺状にしてそれを等間隔で刻む。
麺を刻むだけでもそれなりになるんだよ。
以前に焼きソバの麺とかパスタとかを細切れにしてチャーハンを作った事があるが、充分に自分を騙せる。
「面白い事するのねえ。要するにニセモノっていうより贋作? 可愛らしい男子に可愛い服着せて、女の子以上に女の子らしく仕上げる、的な?」
「カイナ的にはそれはありなのか。例えとしては間違ってないが全力で否定したい」
目指せ日本の食品サンプル。
今回はより本物に近づける事を目指し、魔力で全てを米粒状に成形もした。
そして材料を無駄にするのを避けるため比率を変えたものを少量ずつ試していく。
取り合えず、苦いものと酸っぱい材料は避けて試行錯誤するとしよう。
~~~~
「なんで、この組み合わせで辛くなるんだよ!」
茹で上がった試作品を試食してみるも、ニセモノにすらなってないとは。
甘みのある材料を使ったのに、甘みの『あ』の字もない。
という事は今回の分は全部ダメか?
リナリーが顎に指をあて、ん~っと唸って。
「魔力でこね回してるから、おかしな風に味が変わっちゃったとか?」
……在り得る。味の再現を考えていたんだから、余計なイメージで味を変化させた可能性はゼロじゃない。
くそう、味だけじゃなく魔力との兼ね合いも見なきゃいけないのか?
だからといって全部を手作業なんて絶対にイヤだぞ。
それに。
「そうなると穀物以外の材料も試すべき……だよなあ、これは」
魔力を使った結果、予想外の変化をするとしたら意外な材料が適合するかもしれない。
じゃあ、まずは持っている食材は全種類をある程度の量を乾燥させて粉にしなきゃいけないって事だな。
「食材ひとつに、そこまでするというのが理解に苦しむニャー」
「人間は欲望には正直だ。そして際限がないのだよキアラ君」
「胡散臭い学者が、何かウソ臭い実験をしてるようにしか見えないですけどねー」
イルサーナには、この粉を混ぜてる光景が怪しげに見えるようだな。
確かにマスクで口元を隠して計量スプーンでチマチマとやってる姿はそう映るかもしれないが、あんまりな言いようだ。
「ん?」
「どうしました? イズミさん」
また、こちらを伺う気配がしたような……。
トーリィが不思議そうにこちらを見ているが、トーリィも他のみんなも感じなかったようだ。
「いや、なんでもない」
確実性のある話でもないし変に不安にさせても仕方ない。
あまり神経質になってもな。
しかし、まずいな……。
「この調子だと、穀類が足りないな。……よし、採りに行って来る」
「こんな夜更けにですか!?」
「一刻も早く完成させるには、それしかない」
信じられないものを見るような目でトーリィに見返されてしまった。
しかし、こればっかりはどうしようもない。日本人の性というか業だな。
そういうわけで収納からとりだした調理済みの食材をテーブルに並べる。
「朝食は準備しておいたから、あとで各自収納して起きたらそれを食べてくれ。じゃあ、行って来る!」
「あっ ちょっ!」
背後にリナリーの声を置き去りに、オレは既に暗闇に覆われた森の中、疾走を開始した。
ふんむー。かき集めるのに朝までかかってしまった。
鍛錬場に戻ってきたが、すでに朝日が顔を出して一時間といった所か。
「今帰ってきたのニャ? イズミ」
「おう。しばらくは追加で採りに行かなくても平気なくらいは手に入れたぞ」
「となると、やっぱりおかしい。イズミンが今帰ってきたという事は、犯人ではないという事よね」
「うん? 何の話だ?」
いきなりの犯人扱いはなかったものの、カイナの言葉の意味が理解出来ずに素直に疑問が口をついて出た。
聞けば、オレが帰ってくる直前。用意した朝食が全部消えていたらしい。
オレが雑穀刈りをしていた時、誰も盗るような人はいないという理由で朝食を夜中のうちに収納しなかったようだ。
リナリーが結界石を使った小型の障壁で覆っていたので問題ないだろうと。
ところが朝起きたら何もなかった。食器さえも。
誰かが収納して出し忘れただけかもしれないと考えたが、それもないと。
じゃあ誰がという話になり、もしかしてオレが気付かれないように戻ってきて食べたのでは? と疑ったが、そんな事をしても意味がないという意見で一致したらしい。
それはそうだ。オレの無限収納にはうなるほど食材が、しかも調理済みで入っているからだ。
リナリーにさえも気付かれずにとなると、これはかなり厄介だ。
だが目的が分からない。コテージの中に浸入された形跡もない。外の簡易リビングに置いてあるあれこれにも手を付けていない。
物盗りかとも思ったがそんな気配は一切しない。
「なにが目的なのかね。食器もなくなってるのが解せないが、純粋に食い物だけを狙った? ――リナリー、害意みたいなのは感じなかったんだよな?」
「そういうのは全くなかったかな。あ、でも今思い出してみると、なんとなく申し訳なさそうな空気はちょっと感じたかも。気のせいに近いレベルだけど」
申し訳ない、ねえ。訳が分からん。
それはともかく、リナリーの妖精としての感覚が、その謎の侵入者はこちらに危害を加える気はなかったはずだと告げているのであれば、そこは信用していいだろう。
しかし何か目的があるのなら、もう一度来る可能性は高い。
もしそうなったら、ふん捕まえてやる。オレもしばらくは外出する必要はないからな。
方針が決まったからには今は別の事に集中だ。
粉にしたものを混ぜて米に成形して茹でてみたが、なかなかいい感じだと思う。
見た目こそ、赤、青、黄とか信号かよ、などと突っ込みたくなるようなものだったが、味、食感ともに、かなり近づいてきた。
でもなあ、ここまで品質が良くなってしまった事で逆に我慢が出来なくなってきたぞ。
よし、一先ず妥協して、昼食はおにぎりを作ったるわい。
ドルーボアの肉巻きおにぎりじゃあ!
醤油がないので片手落ちの感はあるが、薄めた魚醤に砂糖、塩と各種スパイスとで、なんちゃって肉巻きおにぎりの完成! 海苔が欲しいぜ。
他にもソースベースの鳥マヨも具材として入れてある普通のおにぎりも用意した。
それでは、試食だ!
「……はあ……美味え……いまいちな出来のはずなのに美味え……」
「美味いニャ。これがイズミの故郷の料理ニャ?」
「本物の米には及ぶべくもないが……これはこれで美味いだろ?」
「再現しようとしてるのは米という穀物なんですか?」
「イルサーナは何か知ってるか? 産地とか売ってる場所とか。あ、商売関係ならトーリィのほうが詳しい?」
「いえ、レノスでも聞いた事がないですね。粉挽きせずにそのまま炊いて食べるのですよね? カザック周辺でも聞かないですし、近隣領でも取り扱ってるかは……」
「私のほうは食品関係の情報はあまり強くないですからねえ。聞いた事があるといっても、昨日のように半ペースト状にして麦を使うものでしたし」
燕麦かどうかは知らんが、オートミール風にして食べるって事ね。
うーん、麦があるんだから米だってあってもいいはずなんだけどな。
この辺は気候や地質なんかで水稲栽培には向かない土地って事なのか? もしくは植物分布それ自体が問題? 食文化的にはリゾットとかありそうだと思ってたのに。
「米の話は今は置いておくか。まあなんだ。窃盗事件のほうは気にせず鍛錬に集中、集中。用があるならまた向こうから来るだろ。というわけで、オレはこれから米の再現に集中する」
まだやるんだ、という全員の視線には、当然だ、という表情を返しておこう。
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朝から試行錯誤を繰り返す事、数百。
鍋を増やし効率化を図り、時には息抜きで武術の鍛錬。
その甲斐あって、やっとの事で辿り着いた頂。
そう。
夕方、ほぼ完璧な米の再現が成った
なんの事はない。魔力たっぷりの水で小麦粉とでん粉と、あのものすごい臭かったヤツをほんの少し入れて練ったらソックリに仕上がったのだ。魔力水で茹でたのも決め手かもしれない。
臭いのを入れてこんなに上手くいくとは思わなかった。香水の中にウ○コの匂い成分が入ってるのを思い出し実行したが、それと同じ理屈なんだろうか。
とにかく満足行く結果だ。
これで米を使った、あれやこれやが作れる!
カレーは無理だが、確実にチャーハンとオムライスはいける。
まずはチャーハン。理由は特にない。気分だ。
材料は問題ない。
熟成させたドルーボアの燻製肉。ネギ類も意外と市場では種類は豊富だった。
卵も市販品で充分。なんなら巨大な鳥の巣からくすねてきたのがあるし。
ゴマ油はないが、ネギ油でなんとかなるだろう。魚醤も加熱すれば香気が飛んでちょうどいいはず。
ガラスープも欲しい所だけど、今回は各種スパイスで誤魔化す。
おっと、ニンニクも忘れずに。
とにもかくにも、久々のチャーハンである。若干、ピラフっぽい気もするが。
「なんだ、パスタは食べなかったのか?」
「いい匂いがしてきたせいで、興味がそっちに向いちゃったのニャ……」
オレのチャーハンがいつ完成するか分からなかったので、別に用意してあったパスタだったが。
みんなの顔を見渡すと、目の前のパスタとオレのチャーハンとで、どちらを食べるべきかと精神的綱引きが行われているらしい。
「そんなに迷ってるなら食べてみるか? 余分に作ってあるから全員変更しても平気だぞ」
作り置きのつもりだったけど、まあいいか。
そこまで興味を持ってくれたなら、作った側としても悪い気はしないからな。
おや? 観察者の気配が……?
昼食時は感じなかったのに、なんで今?
「ッ!」
食気!(※注、殺気ではない)
視界に入る食べ物を、余す事無く食べてやろうという気概があふれ出ている状態。
冗談はさておき。
問題なのはその食気はだだ漏れているのに、発生する場所が特定出来ない事。
鍛錬場の外縁部の何処かとしか言いようがない。
かなりの手練れ。
しかし、こちらを獲物として見ている様子は感じられない。仮に肉食獣であるなら、人間など食料でしかないのに、それがない。
あくまでオレが作ったチャーハンに意識が向けられている。
と、オレが勝手に思ってるだけだが、間違ってはいないだろう。リナリーも同じ判断のようだ。
「ニャッ!?」
「な、なにっ!? 急に暗くッ!?」
突然の暗転に身構えるキアラとカイナ。
二人のその姿を一瞬とらえたが、すぐにオレも視界を奪われた。
魔法――闇か?
いや違う。霧だ、黒い霧。
しかも魔力を帯びているために感覚を狂わされている。
「パスタがッ!?」
「こっちも消えた。何か通り過ぎた気がする」
イルサーナとは対照的にやけに冷静だなウルは。
対処を諦めているだけかもしれないが、なんというか、肝が据わってる。
しかし、今の証言で確信した。
メシを奪った不届き者は、魔法などで遠隔で略奪するのではなく、自ら直接強奪しにきている。
それにしても、この黒い霧が厄介だ。
強奪者はもちろん、他のみんなの位置さえ知覚不可能なほどの完璧な目くらまし。声の聞こえる方向さえも狂わされている。
これでは下手に動いたら同士討ちになりかねない。
まあ、殺し合いじゃないから、せいぜい軽い怪我程度で済むだろうけど。
「イズミさん、大変、大変!」
「なんだ! どうしたイルサーナ!」
「合法的にみんなの身体をまさぐれるチャンスですよ!」
「こんな時に何言ってんだッ!?」
余計に動けなくなったじゃねえか!
くそう、どうにかして捕まえようと思ったが、これじゃどうにもならん。
いや、待て。最初はチャーハンに意識が向けられていたはず。パスタはあくまでついで。
だったら、今オレの手にあるチャーハンの皿を餌にすれば勝機はあるんじゃないか?
失敗すれば、せっかく完成したチャーハンが食えないのが業腹だが、致し方な――
「うおっ!?」
何かが高速で目の前を横切った。
咄嗟に皿は引いてかわしたが、一回やり過ごした程度じゃ諦めないだろう。
「くっ! おわっ!? んなろッ!!」
直前まで気配すら知覚できないのをかわすのは正直、至難の技だ。
チャーハンをぶち撒けないように動くのも限界がある。
何度か回避したら攻撃が止まったが、これは仕切り直しと見るべきか。
次は最大速度でかましてくるな、きっと。
どうする? このままだとチャーハン持ってかれるぞ。
至近距離での感覚を信じるなら、この敵は大きくない。というかむしろ小さい。
その小ささを最大限に生かした特攻かけられると取り逃がす公算がデカイ。
一か八か……直接、捕獲を試みるか?
って、来たッ!!
「このッ!!」
その一瞬の気配を頼りに、最速で打つ一手。
ほとんど破れかぶれだが、迫り来る謎の襲撃者の進路を予想して。
希望を掴むがごとく突き出された右手には、果たして何かを掴み取る事が出来たのか。
……もふもふでした。
「……なんだこれ。子犬……?」
「キュゥ……」
オレが右手で掴んだのは子犬の尻尾だったようだ。
観念したのか、おとなしく逆さのままプランプランと揺れている。
どうやら、この子犬が犯人で間違いない。捕獲と同時に黒い霧が晴れてきたのがその証拠。
「うわっ、手遅れだった!」
ん~? どこかで聞いた声だな。
霧が薄れると同時に、魔力の特定も可能になった事で逆に訳が分からなくなった。
なんでここにいる?
「ルー姉さん!?」
「どうしてサイールーがいる?」
林の中から現れたサイールーの姿を見て「……妖精が増えた」とみんながちょっと放心してるのは、この際は横に置いて。
「ひとりで――いや、待て。手遅れってどういう事だ? サイールーが居るって事は、もしかしてこの子犬はラキの関係者か?」
子犬を両手で掲げて顔を確認したが、なるほど確かにラキと同じ種族っぽい。
って、うおおい、ちょっと待て!
「まさかラキの奴、子供生んだのか!? お父さん認めませんよ!?」
「誰がお父さんよ」
そんな場合じゃないだろうリナリー!
ラキが子供産んじゃったんだぞ?
14歳で子持ちだぞ!? ってあれ? 狼だったらおかしくはないのか?
いやいや、イグニスだってラキは子供だって言ってただろう。
「あー、ここにいる事にも多少関係してるんだけど……なんて言ったらいいか。イズミが混乱するのも分かるけど良く見て。魔力を」
「魔力? ……あっ!?」
「そう。その子犬がラキちゃん本人です」
「わふっ!」
「「えッ……?」」
リナリーも同じ反応という事は、ラキがこんな事を出来るとは知らなかったという事だろう。
これはあれか、ファンタジー的な何かか。
キッチリと説明してもらう必要がありそうだな。
じゃないとオレが皆に説明できん!
尻尾ブンブン振って、嬉しそうにしちゃってまあ。
確かにこの笑顔が出来るのはラキだわ。




