第六話 続 遭遇
ドドドドドドドッ
大量の水が落ちる音が、滝つぼの深い水の中でも聞こえる。
急いで水面まで浮上する。
着水した瞬間、かなりの衝撃があったが、どうやら死んではいないようだ。
「はぁ…はぁ……助かった、のか?」
思ったほど痛みはなかったが正直死ぬかと思った。
身体に異常は、ないな。
強化の効果か何処にも異常はなかった。
出来るだけ魔力を込めておいて良かった。
見上げると崖上では巨狼がこちらを覗き込んでいる。
これで諦めてくれるか? と希望を抱いたその時、こちらに向かって飛び降りてきた!
両手足を広げ、まるでムササビやモモンガのようなポーズで。
「モモンガにでも育てられたのかああッ!」
飛び降りた姿を見てからのオレは早かった。
突っ込みを入れつつ下流に向かって一目散に泳ぎ出す。
強化はまだ切れていない。
全力で泳ぐ。大量の水に流されながら、もう泳ぐ泳ぐ。
すぐにでも水から上がろうと思ったが上陸できる場所が見当たらない。
川の中をそのまま行くしか選択肢がない。
しかし、そこには渓流のライン下りというにはあまりに豪快な地形が待っていた。
巨大な岩、不規則な水深、強烈に曲がりくねった流れ。
「ぐっ、ぶはっ、こっちのほうがキツいって、どういう、ことだ!」
激しい流れに翻弄され上も下も分からないくらいだ。
岩肌や川底ですり下ろされるのだけは回避しているが、ひと時も気を抜けない。
森の中を逃げ回ってた時よりかなり消耗が激しい。
こんな所で洗濯機に洗われる服の気持ちなんて知りたくなかった。
全くいらない情報ありがとう。
そんな流れの中、しばらく下流まで流されると水流の勢いが落ちてきた。
そこでやっと上陸出来そうな場所を見つける。
河原に這い上がり、空を正面に見るように仰向けに倒れた。
「はぁ……はぁ……いつの間にか強化も切れてるな……」
ここから早く移動しないとまずいと思ったが、陸地に辿りついた安堵感からかすぐには動くことが出来なかった。
「漸く来おったか」
「っ!!」
その声に驚き、ガバッと上半身だけ起き上がり辺りを見渡す。
川から30メートル程離れた、河原と森の境目の少し薄暗い場所に大きなヒスイの塊があった。
若干下流側に位置するその辺りから声が聞こえたように感じたが、何者が話しかけてきたのか。
目を凝らしてよく見ると、それはヒスイの塊ではなかった。
長い首を持ち上げてオレを見るソレは。
「ドラ……ゴン?」
そう呟き、呆気に取られていると背後からバシャリと水音がした。
追われていた事を忘れていた事実に舌打ちしそうになったが、すぐに立ち上がり振り返る。
川から上がり身体をブルブルと振って水飛沫を飛ばしている巨狼。
それを見て、ある確信めいたものがオレの中に生まれる。
そこに、オレの疑問に対する答えのような言葉が投げかけられる。
「ご苦労じゃったなラキ」
「ウォンッ!」
やっぱりか。
~~~~~
河原にある大き目の石に座り、オレは今すごいものを見上げている。
目の前で首だけを持ち上げてこちらを見下ろしているのは、全身を薄い緑色の金属を思わせる艶のある体毛に覆われた竜と思しき生物。
首以外は身体と尻尾を丸めているが、伸びたら軽く見積もっても全身で20メートルは超えてるように思える。
翼も折りたたんでいるために正確な大きさは判らないが、折りたたんだ状態でさえ相当な大きさだ。
竜というと厳つい顔のイメージがあるが、どちらかというとスマートという印象だった。
シュッとしている、とでも言えばいいだろうか。
オレはその威容を感嘆をもって眺めていた。
ちなみにラキと呼ばれた狼は、その隣で後ろ足で耳をかいたり毛づくろいをしている。
「聞いていると思うがワシが案内人のイグニス・ファルタールじゃ」
聞いてない聞いてない、オレなんにも聞かされてないよ?
男とも女ともとれる中性的な声にもビックリしたがセリフの内容にもビックリだ。
「なんじゃ、何も聞かされておらんかったのか?」
オレの表情を見て察したのか、どこか楽しげに言うイグニス。
「いや、案内人がいるのは聞いてたけど、まさかドラゴン? とは……」
「ふむ、クイーナ殿にも困ったものじゃな」
「クイーナを知っているのか?」
「当然じゃろ。まあ滅多に会うことはないがの」
それはそうか、クイーナを知らなければ案内人なんて自ら紹介するのは不自然だ。
「クイーナとは古い付き合いなのか? っていうか、イグニスってドラゴン、でいいんだよな?」
カテゴリ的に疑問に感じたのでクイーナとの関係を問うついでに聞いてみた。
どうにもオレが思うドラゴンと見た感じが違う気がしてならなかったからだ。
「うむ、ドラゴンで間違っておらんぞ」
イグニスは自分が超古代竜、ハイエンシェントドラゴンという種族だと語った。
希少種であるドラゴンの中でも更に希少な種族が超古代竜である、と。
本来ドラゴンとはハイエンシェントドラゴンの事のみを指す言葉だったらしい。
祖竜と言われる彼らのみがドラゴン足り得る存在だと。
彼ら以外の竜は、例え種族名にドラゴンと付いていたとしてもあくまで亜種であって竜ではない。
しかし、いつの頃からか亜種と共に一括りにされてしまった。
人間にとっては脅威には変わりはないので仕方がない話だろうとため息まじりに言葉にした。
イグニスが何かしたという訳ではないのだが他のドラゴンがちょいちょい悪さをするので、そちらの方が認知度が高くなってしまい、とばっちりの形で風評被害を受けているらしい。
なんとも世知辛い世の中になったものじゃ、と年寄りみたいなことを口にしていた。
いやまあ、実際すごい年齢みたいなんだけどさ。
あとは見た目に関して言えば、希少になればなるほど体毛の比率が高くなるらしい。
加えて希少種ほど強くなる傾向があるそうだ。
つまり強ければ強いほど毛深くなるってこと?
なんか言葉にすると微妙な感じがするが毛が多いのは良い事だ。
話を戻そう。イグニスとクイーナの出会いは2万年程前に遡る。
想像もつかないような単位の時間だが、お互いの存在自体はそれ以前に知っていたという。
当時もあまり俗世とは関わりを持たず、気の向くまま世界を放浪していたようだ。
時には50年、100年の単位で眠りにつくこともあったり、成層圏近くを1年以上も飛び続けていた事も。
そんなある時、クイーナが自分のもとを訪ねてきて、暇だったら手伝わない? と言われたのがきっかけだったそうな。
暇だったらって、軽くねえか?
色々端折ってるとは思うが、ホントにその一言で済ませた可能性もあるんだよな。
「ワシも暇だったのでな、二つ返事で了承したわ」
やっぱり端折ってなかった。
誰にでも出来る簡単なお仕事です。みたいな感じがするけどいいの?
ここって割と特別な場所じゃなかった?
それに、ここに居たほうが暇を持て余す気がするんだが。
世界を巡ってたほうが暇つぶしにはなるんじゃなかろうか。
「そうでもないぞ? 時々おぬしのように面白い者が現れる事もあるからの」
オレ何か面白い事したか?
身体を張ったギャグをかました覚えはないんだが。
そう疑問符を顔に貼り付けたオレを、気にした様子もなく話を続けるイグニス。
「待っても一向に来んからラキを迎えに行かせたが、それにしても一週間も神樹の側で何をやっておったのじゃ?」
神樹ね。その類の名前で呼ばれているのも頷ける大きさだったからな。
それはそうと……。
やっぱりラキと呼ばれたデカ狼は迎えだったか。
姿を現した時から殺気がなかったから、もしやと思ったが。
しかし、殺気を隠して襲ってくる可能性も捨て切れなかった。
確認しようかとも考えたが、博打に打って出る気にはなれなくて全力で逃げたのだ。
何よりあの形相で迫られたら殺気とか関係無く逃げるだろう。
「魔法の練習をしてたんだよ。何の準備も無しに未知の森だか樹海を歩き回る気にはなれなくてなぁ」
オレは肩を竦めながら答え、神樹の傍で何をしていたか大まかに説明した。
あとはちょっとした不満をぶつけてみた。
「迎えはいいんだけど、もうちょっと穏便にいかなかったのか? あんな顔して飛び付いてきたから絶対に食われると思ったぞ」
するとイグニスはラキの方に顔を向けて数秒動きを止めた。
そしてオレの方にイグニスとラキが同時に顔を向ける。
「おぬしを背中に乗せるつもりだったと言っておるぞ。それにラキは食うつもりで牙を剥いておった訳ではない」
「?」
「あれがラキの笑顔じゃ。はっきりと笑っておったろう?」
「わかるかっ!」
何故わからん! と驚いたように目を丸くするイグニス。
逆に何故わかる。そっちの方が驚きだ。
そこで、よく見てみよとイグニスがラキに笑顔と威嚇の表情を交互にオレに見せるように促した。
威嚇の表情
鼻にしわを刻み、歯をむき出して口の端を横に広げ、目は若干細められながらも射殺すような視線を放っている。
怖っ!
笑顔
これも鼻にしわを刻み……、ってどこが変わった?
「違いがわからねえ! どっちもこえぇよ!」
「何を言う、ちゃんと笑っているではないか。一目瞭然であろう?」
オレの分からないという言葉を聞いて、ラキは耳を伏せてシュンとしたような表情でオレを見る。
あ、その表情は分かる。
イグニスの解説によると、笑顔のほうが口角が上がって目が威嚇の時より細い。
更に威嚇のほうが歯茎がよく見え鼻のしわが増える。……らしいが。
わ、分からん……。
「無理だ。判別がつかねえよ。そもそもあの状況で、しかも初見で分かる訳ないだろう」
「む、そういえばそうじゃのう。人間にラキの表情を読み取れというのも酷な話か……?」
そうだよ、ドラゴンの常識で語らんでくれ。
思わずため息が出るが、一応改善策も提示しておくか。
「せめて歯を剥き出しにするのはやめてくれよ。怖すぎるって」
するとラキは口を閉じたまま口角を器用に上げ、目を細め、どう? と言わんばかりに見つめ返してきた。
若干、鼻にしわがよってるが、これなら笑顔と言えなくもない。
「あ~、それなら分かり易い。雰囲気が柔らかくなっていいな」
オレの感想に満足したらしく尻尾をブンブンと振っている。
なんかこんな表情の犬をネットで見たな。
嘘みたいに愛嬌がある顔になった気がする。
身体がデカイから圧迫感がすげえけど。
~~~~
「して、おぬしがここに来た理由は?」
「イズミだ。ルテティアに来た理由か……」
名乗っていなかった事を思い出し、今更ながらの自己紹介とルテティアに来た経緯をイグニスに説明した。
ラキも理解しているのかどうか分からないが、相槌のように時折尻尾をパタパタと動かす。
「ふむ、すると帰る為にはサシャ殿を探さなくてはならんと」
サシャとも面識があるらしいな。
「まあ、最悪3年たてば連絡はつくらしいから、それを待つってのも選択肢としてあるにはある。が、ただ待つってのも面白くない」
「ならば、これからどうするのか考えておるのか?」
「すぐにって訳じゃないが、とりあえずは近くの街に行って、それからだな。何をするにしても先立つものがない」
どんな世界だろうと対価は必要なはずだ。金品や労働力、または知識や情報など。
労働ならなんとかなりそうな気もするが、この世界で暮らすための基本的な知識が足りない状態では余計なトラブルを招きそうだ。
なにより通貨や暦等の一般常識の情報も欠けているのは、どうにも落ち着かない。
やはりその辺の情報は現地で仕入れるべきだというクイーナの言葉に、説明するのがただ面倒くさいだけなんじゃないのか? と思ったが、生の情報だったら案内人に聞くのが二度手間にならずに済むと思い敢えて抗議はしなかった。
あとは様々な危険に対処する為の知識も必要だろう。
その前に一度神樹の所に荷物を取りに戻りたいと言うと、ならばラキの背に乗って行けと勧められた。
当のラキは予定とは違ったがオレを背に乗せるのが嬉しいらしく、尻尾をブルンブルン振っていたので遠慮なく乗せてもらった。
とんでもない速さで神樹の場所まで戻り、荷物を纏める。
背負い袋に採取した食材を詰め、木刀とクルリと丸めた神樹の葉を3枚ほど持ってイグニスの元に戻った。
復路も容赦ないスピードだったが、振り落とさないように気を使ってくれたようなのはちょっと意外だった。
荷物を取りに戻ったのは連絡用のプレートの事が気になって仕方なかったのが原因だ。
誰かみたいに知らないうちに失くしていたなんて事になったら泣くに泣けない。
腰を据えてイグニスの話を聞くためにプレートは手元に置いておきたい。
戻って分かったが、転送された場所からここまで獣道を通って500メートル程だった。
神樹の方向に行かずに獣道に沿って歩けば、ほぼ確実にここに辿り着けていたようだ。
ここ一週間が無駄だったとは思わないが、ちょっと微妙な気分になったのは内緒だ。
~~~~
「色々とこの世界の常識とかそういったものが知りたいんだが教えてもらえないか? それと、魔法についても。イグニスって魔法に詳しい?」
「詳しくないこともないのう」
希望するのであれば、その辺りの事を教えるのも役目のうちだということでオレの申し出も問題はないようだ。
ただ細かな文化や風習、政治状況などは詳しくはない、と前置きされた。
よく考えれば俗世を離れているイグニスが、リアルタイムでその手の情報を集めるのは無理だろう。
と思っていたら、どうやら随時情報を手に入れる手段はあるようだ。
しかし「あまり人間社会には興味がないからのう」と案内人の仕事を全否定しそうな勢いの台詞が飛び出したので、そこは聞かなかった事にする。
それはさておき、イグニス先生の講義の時間。
その時間の単位だが、秒、分、時間でこれは地球と変わらない。というか言葉が置き換わっただけでそこを気にする必要は無い。問題なのは60で繰り上がるかどうかだったがこれも問題なかった。
60秒で1分、60分で1時間、1日を24分割も一緒。
半日12時間でひと括りも一緒。もう不自然なくらい一緒。
1日、1週間、1ヶ月、1年も同じだったが、一週間6曜が約5週で1ヶ月だった。
そこは七曜にしてよう。無駄に混乱しそう。
1年は365日で前半7ヶ月が30日、後半5ヶ月が31日、うるう年はない。自転とか公転のズレとかってないのかね?
ま、この辺はそれ程気にしなくていいだろう。日本でも気にして生活した事なんてないしな。
そして通貨。数字の数え方は時間の表し方でもわかるように10進法。になるのか?
硬貨の材質や大きさ自体でも区別できるが、表面に刻印されている数字で金額が分かるようになっている。
1、10、100、500、千、5千、1万とコインに刻印され、それ以上の金額になるとその形状が変わる。
10万から薄板状になり100万が金、一千万が白金と材質も変化する。
ここラクスフィラール大陸での主な通貨単位はギット。手元に実物はないが刻印がされてるなら見ればなんとかなるだろう。
偽造の問題とか、どうなってるんだろうと思ったが、俺が心配するような事でもないからその辺の話はどうでもいいか。
あとは距離や重さ等の単位。
これがまたややこしい。
メートル、ヤードのように地域や文化圏で変化するらしい。
一応共通で通用しそうな単位があるという事だが……正直面倒くせえ。
もうオレの中では日本式でいいんじゃないかという考えに傾いている。
正確な計測機器があるわけでもなし、どうせ距離などは何処そこまで何日とか、そういう表現がされるはずだ。
もし違っても、その時はその時。必要に迫られたら覚えればいい。
現状覚えなくても困りそうにないことは放置で。
しばらくは日本式の知識で押し通す。
そうこうしているうちに陽が傾き始めたことに気が付いた。と同時に腹部から抗議の声があがった。
ラキに追い回されたり、イグニスとの遭遇とバタバタして今の今までまともに食事をしていなかったので、いい加減空腹を我慢出来なくなったのだ。
了解を得て食事の準備に取り掛かる。
昼に食い損ねたトウモロコシを茹でて食べることにする。
石を円冠状に置いて、適当に千切った神樹の葉を真ん中を窪めてそこに置き、水を貯める。
貯めた水を、木の枝に火を着けた要領で温度を上昇させていく。
沸騰させつづけるためには魔力を流し続けなければいけないが、大した魔力量じゃないので気にしない。
イグニスとラキが興味深そうに見ているのを横目に魔力を流し続ける。
茹で上がったトウモロコシを作っておいた箸で即席鍋から上げ、少し冷めるのを待ってからかぶり付く。
茹でるときに塩がなかったからどうかと思ったが、美味い。
「やっと飯にありつけた」
トウモロコシ、神樹の葉、クッキーと、半日ぶりの食事にやっと腹の抗議も収まった。
食事に集中していると、ジッと見つめてくる視線が一対。
「イズミよ、おぬし神樹の葉を食っておったのか?」
目を見開いて、若干呆れを含んだ声で確認するかのように言うイグニス。
「んお? 美味いぞ。って、なんか不味かったか?」
「不味くはないが、普通、生物が神樹の葉を摂取しても腹を下すはずなんじゃがな。ましてや、その栄養や力を取り込むなど出来んはず。おぬしの中に微妙に神樹の力が交じっておるが、どうなっておる?」
イグニスが顔をズイっと近づけて来たので、思わず身を引いてしまう。
顔デカイなー。
「どうなってると言われてもなあ。コレのせいじゃないか?」
と、クイーナにもらったクッキーを見せ、効能を説明する。
「また珍しい物を……」
「珍しいって、知ってるのかコレ?」
目の前にかかげてまじまじと見る。
ラキが顔を近づけ、フンフンと鼻を鳴らしてニオイを嗅ぐ。
なに、食べたいの?
「今では知る者のない幻のレシピの食料じゃな。遥か昔に流通していたが見なくなっって久しい。しかし神樹に対してここまでの効果はなかったはずじゃが……どこぞで改良でもされたか? 確かキャスロと呼ばれていたか」
ほう、キャスロって名前だったか。
そのキャスロを割ってラキにおすそ分け。
うおっ、手首ごといきやがった!
「普通に、渡された、から、こっちでは、当たり前のように、売ってると思ってたんだけどな」
しゃべりながら手首を引き抜こうと、もがいてみるが全然抜けないので後半は諦めた。
甘噛みどころか、ただ口に含んでいるような状態なのに何故か抜けない。
うおぃ、ねぶるな!
はぁ、もう好きにしてくれ。
そんな状態でもキャスロの説明はまだ続いている。
流通している時代もあったが、文明が衰退していくにつれて魔法的な手間と食材のコスト、そして効能が釣り合いの取れているものではなくなったようで、費用対効果だったか? が悪すぎて廃れていったようだ。
今は、そこから派生した技術が発達し広まっている。
軍事物資と聞いていたから、割高ではあるがそこそこ流通していると思っていたが予想が外れた。
「クイーナ殿の価値観は一般的ではないからの。それを基準にしていると苦労するやもしれんぞ」
「よく分からないが、クイーナの価値観がおかしいってのには同意だな」
「他人事のように言うておるが、おぬしのその魔力も人間の常識からは著しく逸脱しておるぞ」
「そうなのか? でも思うように魔力は増やせてないし、打ち出しだってうまくいってない。だからイグニスに魔法の事を教えてもらおうって願い出たんだけど」
関係ないがオレの手首はまだラキの口の中だ。
「自覚がないというのは始末に負えんな。人間の枠からはみ出ているというレベルではないぞ。今は放出の技術が充分に身に付いていないせいで漏れ出す量も少量で済んでいるが、魔力量が増すに連れて漏れ出す量も増える。威嚇目的ならそれでも構わんが、対策なしにダダ漏れにしていると、そのうち厄介事に巻き込まれるやもしれんな」
「脅すような事言わないでくれよ。ということで魔法教えて」
「元よりそのつもりじゃ。役目のうちではあるが、その魔力量はちと無視出来ん。ここで暴走されたら適わんからの」
お、やっと手首が開放された。
あれ、なんでヨダレが付いてないんだ? まあいいか。
これで魔法に関する知識はある程度確保出来たかな?
「いつから始める? オレは今からでも構わないぞ」
武術鍛錬もあるから際限なしって訳にはいかないが。
「そうか。しかしその前に貰うものがあるんじゃがな」
「金ならない」
「フッ、真っ先にその台詞か。それは承知しておる」
「資本主義が幅を利かせた世界の挨拶みたいなもんだ」
ま、冗談だけど。それはイグニスも分かってるみたいだな。
「酷い挨拶じゃな。欲しいものは金ではない―――」
え、身体ですか?
「――――記憶じゃ」