第五十九話 イズミという男
カザックの街に向かって移動を開始して、ちょうど半日。
昼食のため、あたし達『白のトクサルテ』の4人とトーリィは少し開けた場所で休憩中。
「バタバタしてて何も詳しい事がキアラから聞けてない気がするけど、その辺は家に戻ってから聞くとして。みんなはどう思った?」
カイナはパーティーのリーダーとして気になる事を率直にみんなにそう尋ねた。
聞くまでもなく、イズミとの修行の是非について。
ある意味、自分達の今後を左右する事柄なだけに、意思確認は大事だという判断だと思われる。
最初はリーダーをやるのを渋っていたけど、こういう事にいち早く気が付くのは向いてる証拠じゃないかな。
「彼、全然、私達の事口説かないね」
あれ、違ったニャ。
いけない、いけない。頭で考えるだけなのに口グセが出ちゃったニャ。
まあいっか。誰に咎められる訳でなし。
「他の冒険者の男と違って、わたし達をモノにしようとか利用しようとかが全く感じられない」
「ウルもそう感じましたか。そうですねえ、大体の男性は私達の容姿目当てか、所詮は小娘だと侮って色々な思惑で群がってきますよね」
本当にそういった者が多い。腕のいい冒険者ほど、上から目線であたし達に近づいてくる。
品行方正とまではいかなくても冒険者ともなれば自制すべき事のはずなのに、お構い無しに要求を突きつけてくるのには閉口せざるを得ない。
そんな輩ばかりじゃないのが救いになってるけど、何かと対応が面倒なんだニャー。
「容姿に惹かれて集まってくるのは、それ自体は悪い気はしないのですが、如何せん、やり方がスマートでない方が多いんですよね。まあ、私の場合、身体の事が知られると大抵は引かれるんですけど。でもその事を全く気にしないイズミさんは、ある意味すごいですよね~」
気にしないというか、気付いてなかったというか。
それはそれで、どうなんだと思うけどニャ。
「イル姉はイズミンの事、気に入った?」
「そうですね。最初はあの鋭い目つきで怖い人かと思いましたが、全然そんな事もなかったですしねえ。店での対応も横柄な感じもなくて好ましいものでしたよ」
田舎から出てきたという割には、そういう事に慣れてるように思えるから不思議ニャ。
パン色の犬でも、ミミエさんがえらく感心してた。
「彼って女の人に興味が無い訳じゃないのに私達に対して、変に身構えたり、気負った素振りが見られないよね。未経験とか言ってる割に妙に女慣れしてるというか」
「あ~、それニャー……」
「何、キアラは何か知ってるの? 実は未経験を装ってるとか?」
それになんの意味が――ああ、そういえば。身分のある成人の男の場合、身がキレイだというのがプラスに働くこともあるって聞いた事があったような。
でも、あの盗賊に対する経験者への態度からすると絶対に違うと思う。
「未経験を装うには、欲求をさらけ出すのに躊躇が無さ過ぎだと思うニャー。でも、前にちょろっと同じような疑問を感じてリナリーに聞いてみた事があるニャ。そしたら、どうも故郷の環境とも関係があるのと、何よりその故郷で、ものすごい美少女といつも一緒にいたからって事らしいのニャ……」
「「「「え……?」」」」
トーリィ含めた全員があたしを凝視して固まったけど、その反応に思わずビクっとなったニャ。
「ものすごい、美少女……? それはイズミンがそう話していたのをリナリーが聞いたという事? それともリナリーがその子の事を知ってた?」
「カイナが何を聞きたいのか何となく想像がつくけど、イズミ自身で美少女と仲良しだって自慢してたわけじゃないらしいニャ。リナリーがどうしても気になって、どんな子か聞いたら、魔法のなんだったかニャ……? あ、確か“ぷりんとあうと”とかいう魔法で描かれた精緻極まりない絵を見せてもらったらしいのニャ」
「なんだか高度な魔法みたいなのに、使い所が間違ってるような気がしますねえ……」
「で、リナリーが言うには、容姿だけでもあれに勝つのは難しいって。更には幼馴染っていう立場も相まって一歩どころか百歩くらい先に居るって言ってたニャ」
「幼馴染は厄介」
ウルがこういう話題で、むむっと唸るなんて珍しいけど、でも確かにそれだけで壁が一段も二段も低いからニャー。
「小さくて可愛らしい雰囲気。なのに巨乳でスタイルも抜群で人当たりもいいなんて、世の不公平を感じたニャ。しかもどうやら、イズミのお尻の審美の基準はその子になってるらしいのニャ」
「聞いてはいたけど、イズミンってそこまでお尻に厳しいの?」
「リナリー曰く、あたしとトーリィはいい線いってるらしいニャ」
全員の視線がトーリィの腰辺りに注がれると、当の本人は目をパチクリさせて顔を赤らめてる。
あたしのはみんな見慣れてるせいか、今はトーリィの方に意識が向いたみたい。
「たぶん、みんなもチェックされてるニャ」
「え、見られてる気配は感じなかったけど……」
「甘いニャ、カイナ。秘技があるって話ニャ」
「何処までお尻に対して血道を上げてるの……」
「イズミがリナリーに語った所によると『胸に貴賎なし、尻に若干の貴賎あり!』だそうだニャ」
「詳しく聞きたいような聞きたくないような……」
「ん~っとニャ……確か、『胸の大きさや形は本人の努力ではどうにもならない要素が多い。厳密には努力や工夫の余地はあるが、あくまで余地だ。大は小を兼ねないし、小は大たりえない。だからこそオレは胸には貴賎はないと思ってる。しかし、尻は違う。
骨格に合った筋肉の付き方、その筋肉とのバランスの取れた脂肪の比率。
そこからくる、腰から太ももまでの芸術的なまでの曲線。
それらは本人の努力で突き詰められる余地が大いにある。そう、努力次第で本人に合った黄金比というものを手に入れる事は充分に可能なのだ』って、力説したらしいニャー」
「やっぱり、才能が突出してる人って、何処か欠けてるか何かがハミ出してるんですかね~」
「きっと脳ミソがハミ出してるニャー」
なんて感想を口にしていたら、ウルが何かに気が付いたかのように眉をピクリ。
「ある意味カイナの仲間?」
「わたしは可愛いものが好きなだけ! その中にたまたま女の子のふわふわ感とか、おっぱいとかお尻が要素として含まれてるだけよ」
そういえばカイナも女の子の身体に並々ならぬ拘りを持ってたのを忘れてた。
最近は鳴りを潜めたけど、ちょっと前までは過剰なスキンシップが定期的にあったのニャー。
目が血走ってる時は、身の危険を感じる事もあるから正直やめて欲しい。
「違った意味でライバル?」
「そこまで偏執的に拘ってないってば! はあ……でもなんとなく分かった。つまりは私達程度じゃあドキドキするようなレベルじゃないって事ね。それはそれでなんか悔しいけど」
「何の偏見も過度の下心もなく接してくれる同世代の男の人は貴重」
「まあ、ね」
ウルの意見には全面的に同意したい。
特に冒険者などをやってると、女はサポート役に徹しろとでも言わんばかりの態度の人間に遭遇する事も結構ある。
自分たちより強く、稼ぎが良いのを認めたがらない輩もいたりもするしニャ。
リナリーが言うには、イズミのあたし達に接する態度が自然体なのは、環境の影響が大きいって。
仮に今の強さがなくても同じだろうとも。
仮定の話は真偽を図れないけど、今のイズミが性差や強弱で見方や態度を変えないだろうというのは理解出来る。
だってイズミからしたら性別は別にしても強弱なんて、きっと誤差の範囲だから。
「それにしてもイズミンってお人好しだよね。こんなもの持たせて、しかも返却不可って」
カイナの手にあるのは腰に下げた小さな袋から出した魔宝石。
目の高さまで掲げたそれに、みんなの視線が集まる。
「どういうつもりで返却不可と言ったのか真意が分かりかねますね~。店でのやり取りからすると何か見返りを要求されるのかもしれませんけど、どうなんでしょうね。身体で払うというのもありなんですかね?」
「いい笑顔でサラっと言うのニャー。要求されたら拒否出来な……ってそうじゃないニャ! その事についてだけど、何となくこうじゃないかって推測は成り立つニャ」
「私達より接する時間が長かった上での見解って事ね?」
「そうニャ。魔宝石に関して言えば、既に取引が成立してるって考えると不自然じゃなくなるのニャ。あたしとイズミが交わした取引の内容は、あたしの薬学と薬草学の知識と、イズミの持つ強くなるためのノウハウを互いに提供するというものニャ。あたしとトーリィが魔宝石を渡された時にリナリーが言ってた『他人が使ってどうなるか知りたいだけ』というのが、建前でも冗談でもなく、本当にそのままの意味だったとしたら。イズミが欲するのは知識と情報。修行さえもあたしたちがどう感じて、どう判断するのか、それを見てるんだと思うニャ。おそらくは、としか言えないけど、イズミの中では魔宝石を渡しても惜しくない情報だとみなしてるんじゃないかニャ」
「情報、か……なるほどね。私達の価値観からすると不釣合いな気もするけど、イズミンにとってはそうではないと。でも、こんな希少なもの渡して、私達が売り払っちゃうとか考えないのかしら?」
「そこは信用してるんじゃないですか?」
「信用かあ……トーリィもキアラと同じ意見?」
「概ね同じですね。信用というのは冒険者として、そして剣士として強くなりたいという思いを、だと思いますよ」
少しばかりの捕捉と苦笑でトーリィがそう答えると、カイナも少し納得出来たっぽい。
ふむふむ。人間を見るんじゃなくて、強くなりたいという欲を信用してるという事かニャ。
「付け加えるならば。仮に売られたとしても、それは想定内なんだと思います。もしくは貴重品が貴重品でない場合。どう扱われようと構わないと考えているのかもしれません」
確かに魔宝石については、そんな印象を受けたニャ。
イズミ自身が、その手の道具をあまり必要としてないとしても、あまりに気軽に加工し過ぎだと思う。
でもまあ、イズミから貰ったものを売るのは在り得ないかニャ。
「ここからは私見になりますが……いえ、私のお爺様の見解も含まれますか。イズミさんがお人好しに見えるのも立っている場所の違いによるものだという事です」
「場所の違い?」
「到達している強さの領域です。全てを見た訳ではありませんが、少なくとも常人の域にはいません。もし私達が何らかの形で裏切ったとしても、後からどうとでも出来ると思うんですよ。おそらく何の感情の揺れもなく排除すると予想出来ます。言い換えてしまえば、相手の行動など意に介していない、という事です。私もこれには同意するところですね」
「レノスの人たちが感じた印象がそうだと?」
「そうです。実際に盗賊たちは、それに近い感覚で魔法の実験台にされてましたからね」
「なかなかに振り切ってる人間像よね……という事は、トーリィにとってはイズミンって、ちょっと怖い存在?」
「ふふ、いいえ。私の本音は少々違います。というかレノスの人間もこちらの感覚のほうが強いと思います」
「まだ何かあるの?」
「リナリーさんを見てると分かるんですけど、イズミさんって、すごい過保護なんですよ」
「「「あー……」」」
「自分の関係した、言うなれば身内の人間が傷つくのがイヤなんです。ましてや死ぬ事なんて絶対に許せない。だから徹底的に鍛えて、尚且つ、自分がいなくなってもなんとかなるようにと魔宝石を持たせてくれたんだと思いますよ?」
「私達もキアラのおこぼれで、身内の端っこに身を置けたって事かなあ……」
「ふふ、おこぼれではないと思いますけどね。裏切られても気にしないという対人関係の入り口は、ある意味、人間関係を築く上で理想に近い形と言えなくもないでしょう。そういった感覚で私達とは異なった風景を見てるのかもしれません。後でどうとでも出来るとなれば、違った視点からその人間の本質を捉えるのに、さほど時間がかからない可能性だってあるんじゃないでしょうか」
「そこまで簡単に信じてもらえるほど、自分達の事を善良だとは言えないんだけど……」
「そこはもう、今の状況で納得するしかないでしょうね。鍛錬場でもそうでしたが、今もこうして間接的に守られているんですから、ね?」
「「「「……」」」」
う~、顔が熱いニャ……。
守られてるって言葉を聞いて、みんな同じような反応ニャ。
言われて改めて気付いた。街までの道のりの全てで敵性生物の気配がしない。
どうやったかは分からないけど、つまりそういう事。
おそらくは妖精の秘術で、今も植物を介してあたし達の周囲を警戒してるはず。
仕事柄守る事はあっても、ここまで過保護なほどに守られた事がないから、どうリアクションしていいのか分からない。なんだか気恥ずかしいニャ……。
態度を見る限り、みんな似たような気持ちを抱いてるようだけど。
「ですが、まあ。私達とあまりに違う感覚で行動されると怖いと思ってしまうのも頷けるんですけどね。食料調達に際して、ただ都合が悪いと言うだけで、死の牙を壊滅させるなんて誰も想像出来ませんよ」
「「「え……?」」」
「あれ、キアラさんから聞いてませんか?」
「食後の運動みたいに聞かされたせいで、今の今まですっかり忘れてたニャ」
「死の牙を壊滅……? そんな話はどこからも聞いていないけど……本当なの?」
「本当ニャ。あたしがここに来る二日くらい前に、朝帰りしてきたと思ったら、そうだったニャ」
「何その色気のない朝帰りは……。朝イチでヤってきたって報告する男もイヤだけど、殺ってきたって報告する男もどうかと思う……」
「あ、そこは誰も殺してないと思いますよ。その代わり、漏れなく再起不能の状態で引き渡されたらしいですが。キアラさんの言ったその日の朝に、警備隊が騒がしかったのを覚えていませんか?」
「なるほど、あれがそうだったんですか。てっきり噂にあった盗賊の討伐の準備が本格化したのかと思ってましたが、誰かさんが討伐した後だったんですねえ」
イルサーナがたまに店番をするお店の性質上、彼女がそういう情報に触れる機会は多い。
討伐準備の話も割と早い段階で耳にしたらしい。
でも、それが誰かさんのおかげで無駄に終わったと。
まあ、そういった組織を動かすにもお金がかかるだろうし、何よりそうなった場合、少なからず犠牲が伴うのは避けられない。それが無くなったのだから良いことだと思う。
「はい。聞いた話によれば、一度に10台近い馬車を一人で牽引してきたそうです。人質か捕虜かで迷って結局、両方一度で済まそうという事だったらしいですが。そのせいで通常の勤務体制では人手が足りず、急遽、召集をかけたようで、それで少々騒がしくなったという事のようでした」
「百人近い規模なら仕方ないのニャー。馬車を一人で引っ張ってくるような人間の対応をしなきゃいけなかった警備隊の人たちには、朝からお気の毒に、としか言えないニャ」
「百人って……一人でどうにかなる人数じゃないよね普通」
「人質と事前に襲撃した人数を除けば、5、60人ってとこじゃないかニャ?」
「それにしたって……どうやれば一人でそんな事……」
「リナリーがサポート役に徹してたらしいのニャ」
「あの二人、契約してないはずなのに、なんであんなに息が合ってるのか不思議だわ……」
「どういう戦い方をしたのか見たかった」
「ウルは興味があるのニャ?」
「リナリーは完全後衛って言ってた。イズミンもその人数相手には何かしらの魔法を使ったと思う。何をどう使ったのか知りたい」
「あんまり参考にはならないと思うけどニャー。でもあたしが聞いた範囲でいいなら夜にでも話すのニャ」
「ん、了解」
事前の襲撃の内容も聞いてはいるから、そっちも教えたほうがいいかニャ?
あれこそ参考にはならないと思うけど。怪物に成りすまして襲うとか、呆れるにもほどがあるニャ。
「さて。それでは私はこれで、先にカザックに戻りますね」
「了解ニャ」
昼食も済んで、そろそろ街に戻ろうかという所でトーリィが先行して出発していった。
実はこれ、イズミの提案。
最初は全員で行動。強化にバラつきがある集団での移動を想定したもの。
強化の度合いが違うなか最速での移動を目指す。
後半は所属や仕事の関係上、トーリィが単独で行動する事も視野に入れておいたほうがいいという理由で、トーリィひとりで帰還する事に。
「いろいろと、かゆい所に手が届いてますよねえ。昼食も用意してもらいましたし、なんだか申し訳ないですよね」
「リナリーは趣味でやってるんだから気にするなって言ってたけど、確かに貰いすぎ、ね」
「身体で払う。幼馴染も意識から消してみせる」
「ウルの発展途上のお尻だと難しいんじゃないかニャ」
「むう。じゃあバインバインになる」
ウルの冗談か本気かよく分からない言動はさておき。
最初はイズミと反りが合わなかったらどうしようというのもあって、話すのを躊躇したというのもある。けど、そんな事にならずに済んでホッとした。
ただ……みんな好意的なのはいい。でも普段見せないような表情をするのが何というか、自分でもよく分からない気持ちにさせるのニャ。
これは、あたしも頑張らねば。
って、あれ? なんでそう思ったニャ?
……今は取り合えずカザックに戻ろう。
イズミに出会ってから、それほど時間は経過してないのに山のように話す事がある。
信じられないような事ばかりだけど、実際にこの目で見たのだから疑いようがない。
イズミと出会えたのは確かに偶然だった。けれど、運命の女神がいるのなら本当に感謝したい。
あたしたち全員で、この幸運を無駄にしないようにしないとニャ。
だって貴族に生まれるよりもずっと幸運な事なのかもしれないから。
~~~~
「入れ」
「ただいま戻りました」
「戻ったか。――ほう、たった数日でここまで変化するとは」
昼食後、3時間程で街に到着した。レノスの商館には行かず、その足で御館様の私邸へと向かう。
報告のため執務室へと通され、帰還の挨拶を済ませ顔を上げると。
執務机の椅子にゆったりと背を預けていた御館様が私を見て目を丸くした。
少しばかり執務机から離れて立つお爺様も、少し分かり辛いが同様に私の変化に驚いている。
「ふむ、これは思った以上ですな。魔力量が5割は増えている」
「彼は本当にビックリ箱だな。確かトーリィは魔力量の増加が伸び悩んでいると記憶していたが、そんな気配が微塵もない」
そう。私の魔力量はここ数年、増加の伸びが鈍化していました。
それでも専門の魔術職である特化魔法士には及ばないまでも、剣士としては多いほうだったのですが。
しかし、それが、たった数日でウソだったかのように増えている。
自分でも信じられないのだから、他の人から見れば余計に目を疑いたくなるでしょう。
「どんな方法か詳細の報告は可能か? 秘伝であるならば契約で縛られたりは?」
「いえ、そういった事は全く。むしろ何故知らないんだと疑問に思ったようです」
「……本当に彼は、こちらの予想の外にいるな……。で、修行の内容はどのようなものだった? この短期間では入り口程度だとは思うが」
「主に魔力量の増加と魔法の使用に終始していました。魔力量の増加方法としては恐ろしく単純なものでしたが――」
魔宝石を使った魔力移動による強制的な増量。それには完全無詠唱が必要であろうという事。
そして、魔法を可能な限り使うというその意味を解説し伝える。
「そんな方法があるとはな……。方法としては単純だが、真似が出来るものでもないな。時間をかければ同様の機能の術なり魔法具なりの開発は可能かもしれないが、その時間がどれほどのものになるのか。フッ……しかし、今現在の魔法が児戯に等しいとは厳しい見方だな」
「ほっほ、そうですな。しかし言われてみれば、なるほどと納得出来る部分が多いのも確か。歩くという人間の動作に置き換えてみれば、否定するのも難しいでしょうな」
御館様もお爺様も、なんだか嬉しそう。
隠されていた宝物を見つけたような、そんな表情。
自分で言っておいて今更ですが、宝物を見つけたというのは正鵠を射ているのかもしれません。
大げさでも何でもなく、誰も知り得た事のない情報というのはそれだけで充分に価値がある。
ましてや世界の根幹たる魔力のものとなれば尚更。
私を介してとはいえ、その情報はお二人にとっては相当なものだったようです。
「ところで、以前よりも直接感じ取れる魔力が増しているのには、何か訳があるのか?」
「イズミさんが言うには、漏れ出る魔力を抑えるのは限界を迎えてからでいいそうで、それまでは必要ない、というか増加の効率が落ちるので禁止されています」
「5割も増えて、まだ限界じゃないのか……」
「最低でも3倍だそうです」
「ッ! 3倍ッ!? 恐ろしい事を平気で言う……それでは特化魔法士以上ではないか。学園のものが聞いたら卒倒しそうだな」
「なんでも、成長期だと楽なんだそうです。面白いくらいに増えるなあ、と嬉しそうに言っていましたし」
「彼は自分が何をしているか分かっているんだろうか」
「分かっていても止める気はないようです。『オレの時は頭痛に吐き気と、そりゃあ酷かった。それよりはだいぶマシなんだから、いいだろ?』と、本当に理解しているのか甚だ怪しい事を言っていましたが」
「ハッハッ、それは理解しながらも、どうでもいいと考えているな」
「お、おそらくは……」
「ほっほっほ、お前が申し訳なさそうにしてもしようがあるまい」
「そ、そうでした」
何故か謝ったほうがいいような気分になってしまいました。
そ、それはそうと。
このあとミミエさんが来るという事でしたが私は退室しなくてもいいんでしょうか。
私がいてはミミエさんの報告にお邪魔ではないかと思うのですが……などと考えていたらミミエさんが入室してきましたね。
「あら、トーリィちゃん。戻ってきてたのね。……んん? 随分と魔力が増えてない?」
ミミエさんも、私がイズミさんの修行に参加しているというのは知っています。
ですが、その内容まではイズミさんからは聞き出せなかったようで、私の状態を見て驚いた様子です。
疑問を解消するために大雑把にですが、ミミエさんにも魔力増加について説明すると。
「はー、どんな環境なら、そこまで特殊に育つんですかね」
「なんだ。ミミエも、そう思うような事柄があったのか?」
「いえ、特段に変わった事があった訳ではありません。ですが、逆にそれが疑念を招くんです。接客への対応もそうですし、会話の内容もです。あれ位の年齢の子が自然と対応を切り替えられるというのは、余程慣れていないと出来ないと思うんですよ。それに知識の幅が普通じゃありません。不自然なほどの教養を身につけているのも疑いようがなく、料理に関する事や武器についても詳しい。何よりあの年齢で達人並みの武道の腕前とくれば、ある可能性を疑いたくなるのが人情というものでしょう」
「つまり、王族や貴族のように高度な教育を受けることが可能な地位にいる者、またはそれに類する立場に連なる者だと?」
ええッ!? そうなんですかッ!?
でも確かに、今ミミエさんが言ったような人物像だと、そういう方たちを想像してもおかしくない……。
おかしくはないのですが……イズミさんが?
うーん……。
「あくまで可能性を否定出来ない、という程度ですが、そういう事ですね」
「私もそれは考えたがね。しかし、もしそうなら私の耳に入ってこないのはおかしい。となると他国の人間か、他の大陸の人間。それもある程度の家柄が必要だろうな。もしくは情報収集のために専門に教育されたか。それくらいしか当てはまるものがない。もっとも。教養がありながら常識に疎いなどという状態が目に付きすぎるのは不自然ではあるが」
「他国の人間が情報を……間者ですか?」
そう言ってミミエさんの表情が少し硬くなったような気がします。
まさか……イズミさんが間者?
「フフ、自分で言っておいてなんだが、その可能性は低い。周囲に溶け込む努力をしていない。聞けば、自らトラブルに突っ込んで行くそうだからな。それに、邪な事を企んでいる者に、あれほどリナリー君が懐くかな?」
あ、そうです。
伝説によれば、妖精は人の悪意に敏感だと。
本当かどうかは分かりませんが少なくても、あの二人を見てると、とてもそうは思えません。
「ほっほ、そうですなあ。他国の人間であったとしても、せいぜいが武者修行という所でしょうな。あれほど、ほぼ全てを武に捧げるような者は貴族にはまず、おりますまい。そういった一族の者の可能性が一番高い。どうやら、うちの孫も同じ意見のようですぞ」
「はい。えーっと……本当に他はどうでもいいと考えているようで……お爺様の仰るように、特殊な一族の出のようでした。生まれた時から鍛錬が始まると」
「それはまた徹底しているな……」
「おそらくは比喩でもなんでもなく、そうなのでしょうな。赤子の時分から興味の向く方向や、行動に対してどう褒めるかなどで誘導していく。ノウハウのない状態では気の遠くなるような方法ですが、イズミ殿のご実家ではそういったものが蓄積され、ごく当たり前に成されているであろうと想像が出来ます」
「確かに特殊に過ぎるな。そこまでやるなどと、武門の家であっても不可能だ」
御館様のその言葉にお爺様が頷く。
私も同感です。少なくても私の常識では困難を極める事のように思えます。
「そこまで武を優先しているのに、モノを知り過ぎてるのが不思議ですね。いつ学習しているのやら」
ミミエさんの言うとおり、余程高度に効率化された教育でないかぎり難しいような気がします。
ですがイズミさんなら同じ時間をかけても違った成果を得られるのでは、とも思ってしまいますが。
「もしかしたらですが、彼の記憶能力も一役買っている可能性もあるのかもしれません」
「記憶能力とはどういう事だ?」
普通に考えればイズミさんの記憶能力は学習に際して非常に有用です。
見たままを記憶でき、しかも取捨選択が可能。それをいつでも反芻出来るとなれば反則もいい所です。
「稀にそんな能力を持つものがいると聞いた事はあるが、彼がその能力の持ち主とはな」
「ある意味恐ろしい能力ですぞ。イズミ殿の強さと全くの無関係ではないでしょう。しかし何故可能性などという言い方を?」
お爺様は私が何か言い淀む理由があるのかと少し疑問に思っているようです。
その疑問も最もなのですが、イズミさんの言いようをそのまま伝えてもいいものかどうか迷ってしまうのです。
ここで黙っていても仕方ないので言いますけど。
「本来はどのように使うのか尋ねた所、帰ってきた答えが『立ち読みに便利だ、買わずに済む』と」
「稀に見る、能力の無駄遣いだな……」
御館様がそう言いたくなる気持ちも分かります。
冗談ではあるのでしょうが、きっぱりと言われてしまうと微妙な気持ちになってしまったんですよね。
「まあ、本気かどうかはさておき。その能力だけでは知識や教養として己が身に吸収はできまい。やはり教育なのだろう」
「本当に不思議な子ですね。料理や武器、建築について造詣が深いなんて、益々人物像がぼやけてきますね。およそ高貴な人間が学ばないような事ばかりに深い理解を示しているのが余計に混乱に拍車をかけるんですよ」
「謎の塊だな、彼は。しかし付き合い方が難しいようで実は簡単なのが面白い。敵対さえしなければ無害どころか有益でさえある。まあ、彼の厚意に甘えてばかりなのは些か心苦しくはあるが」
溜め息交じりの笑みは私を安心させるものでした。
少なくとも御館様はイズミさんと敵対する意思はないようです。
「問題はイズミ君が、この街を離れた時だろう。権力を持った輩が、変なちょっかいを出さないといいが。下手な事をすれば国が滅ぶぞ」
「そこまで、ですか?」
ミミエさんが眉をひそめ、そう聞くも、御館様は確信を持って言葉にしたようです。
「大都市を丸ごと消すような事が出来るかは定かではないが、結界が役に立たなければ、城など簡単に消し飛ばせるのではないかな。……もちろんその中身ごとな」
こくりと喉が鳴るのを抑えられませんでした。
間近でイズミさんの魔力を感じていた者としては否定する事ができません。
「そうは言っても、彼だって厄介事はごめんだろう。いざとなれば、さっさと身を隠してしまうのではないかな。トラブルに首を突っ込むのも、自分にとって不利益があると判断した場合であればこそだ。まあ、その譲れない何かという、その基準が私達の理解の範疇にないのだが」
「そこがまた面白いと。そういう事ですな」
「フフッ、そういう事だ。イズミ君にとっては無駄な時間にしかならないだろうが、学園に放り込みたいという衝動に駆られてしまう」
あの佇まいなら、何もしないのに目立ちそうですね……。
それに、リナリーさんとセットなら大混乱でしょう。
などと考えていたら、御館様が何かを思いついたような表情を一瞬見せたあと、私を見た。
「トーリィ」
「はい」
「一ヶ月もすれば、あれが帰ってくる。それまでは修行に専念しなさい。定期的に戻れと言ったが、それは無しだ。こことの往復にかかる時間が惜しい。たった数日でこれほどの変化なら、例え半日でも無駄にするのは大きな損失だ」
移動の際にも魔力は常に使用していたので全くの無駄ではないのですが、全面的に修行に集中する事を許されるとなると、素直に嬉しいです。
「ありがとうございます。可能な限り吸収して参ります」
「あ、トーリィちゃんほどの剣士でも一ヶ月じゃ底が見えないって判断なんだ」
剣術と魔術。どちらか一方でも追いつければなどと考えていたのが、自分でも笑ってしまうくらいおかしく感じます。
お許しも出た事ですし、このまま戻りたい所ですが、今からでは夜中になってしまいますね。
ふふ、そんな時間に移動したら、森を媒介した探知魔法を使ってるイズミさんが、寝ずに警戒を続けそうです。
なので鍛錬場に戻るのは明日の朝にします。
さあ、私の報告は終わったのでミミエさんの報告のお邪魔にならないように退室しましょうか。
ガルゲンとのニセの取り引きについては、私も興味が無いわけではないのですが、出来ることはありませんからね。
ところが、私が退室しようとすると、お爺様に魔力抑制具の研究のほうはどんな感じだと聞かれました。
そういえば、と慌てて答えましたが、イズミさんの魔力抑制具の使い方を聞いたら皆さん呆れていましたね。
それでは明日に備えて準備に取り掛かるとしましょう。
魔法鞄に詰められるだけの食材と魔法書。
それとオシャレな下着も、ちょっとだけ持っていこうかな。
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