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第五十八話 属性

ほぼ説明回(´・ω・`)




 目の前のちみっこい魔法使いが、何かを確かめるように自身の掌を見つめている。

 数回、閉じては開くを繰り返し、そしてギュッと拳を握った。

 溜め息のように言葉がこぼれ出る。


「こんな方法があったなんて知らなかった」


 ウルが言う、こんな、とは魔力量の増加方法の事だ。

 昨晩のうちに聞かされてはいたようだが、聞くのと実際に体験するのとでは大違いらしく。

 魔法関連に明るいと思しきウルでも知らかなったという事もあり、カイナとイルサーナも施術風景を見て随分驚いている。


「ウルは私の知る限り、魔法に関しては随一よ。そのウルが知らない知識や技術。完全に私達が知っている系統の魔法技術ではない、という事?」


「オレの師匠が古代の魔法に詳しくてな。あとは兄弟弟子の影響もデカいな」


 兄弟子? 姉弟子? まあ、ラキの事なんだが。


「イズミンのような人がまだいるの!?」


 それはどういう意味の驚きなんだカイナ。表情からは、いまひとつ読み取れないな。

 太古の技術と情報を基に魔法を修めた者がまだいたのかという驚きか、それとも……


「その人もやっぱり考え方おかしいの?」


 人じゃないけどな。

 そんな事より「おかしい」の枕詞まくらことばがおかしいぞ。

 

「やっぱりってなんだ、やっぱりって」


 魔法の利用法がズレてると言いたいのかウルは。

 というか、案の定そういう方向での驚きだったか。

 確かに、便利だから思いついたら何でもすぐ試してるのは否定しないが。


魔法抑制具マナワイアを使って矯正とか、正気を疑われても仕方ないと思うんですけどね~」


「自分の製品のユーザーを前に、なんて事言うんだ」


「それはそれ、これはこれですよ」


 朝から言われっぱなしだ。昨日、言いたい事が言えなかったせいだろうか。

 昨日の夜は色々聞かれると思ったが、キアラやトーリィとの最低限の情報の摺り合わせだけで終わってしまったらしい。

 オレの鍛錬を見ているうちに、また眠ってしまったからだ。

 前と同じく途中で起こしてコテージに移動させたが、結局詳しい話は後回しに。


「そんな事より。二人とも始めるぞー」


 真っ先に体験を希望したウルには予想より多い魔力を詰め込む事が出来たが、カイナとイルサーナはどうだろう。


「……これも、刺激がそこそこあるのね……前回は外からで、今回は中からって事ね……?」


「いや、前回はって、丸ごと洗濯しただけだろう……」


「後ろから前から。両方攻める」


「……意味分かってて言ってんのか? 何処で覚えるんだ、そんな言葉」


「ウルは魔術書もよく読むけど、他の本もよく読むからニャ~。恋愛モノも読んでるのをよく見かけるニャ」


「それホントに恋愛モノか?」


 こんな耳年増が出来上がるって絶対、恋愛モノじゃないだろう。

 あ~、いや。肉欲の生々しい描写があるだけで、ある意味恋愛モノなのか。

 そんなどうでもいい話題は置くとして。

 各自の魔宝石から魔力の過剰入力が終了。

 初回の3人は感動やら困惑やらで複雑な表情を見せている。


「ホントに、たったこれだけの事で魔力量が増えてる……」


「その『これだけの事』がいかに難しい事かというのは別にして、ですけどね~」


「魔法として構築してない魔力を、魔石を介して他人に移動させるなんて盲点だった」


「そうみたいだな。キアラとトーリィに聞いたけど、純粋な魔力は人間同士だと直接はやり取りが出来ないんだってな。その上、魔石からは自身に魔力を取り込む事しか出来ない、ああいや、違うか。魔石からの魔力補充があまりに簡単すぎて、他の選択肢に目が向かなかった、と言ったほうが正しいか? ほとんど意識せずに出来ちまうからな」


 魔毒のように魔法として構築されたものなら他人の身体に干渉出来る。同化させる目的ではないから当たり前ではあるが。

 しかし魔力のみを他人に譲渡するのは個人の魔力特徴が邪魔をして不可能。

 厳密には不可能じゃないが、現実的とは言えないだろう。

 近い所で言うと、輸血が分かり易いかも知れない。

 どの血液型にも輸血可能なO型に、他の血液型から変質させる作業のようなもの、とでも言えば、どれだけ困難かは分かるだろうか。


 実際に血液でそんな事が出来るかは知らないし、可能であっても、どうやればそんな事が可能になるのか想像もつかない。

 オレ自身、直接の魔力譲渡なんてのは出来ない。

 それらの事から考えても、魔石というのは恐ろしく便利な代物という事だ。便利さ故に、その機能さえ知っていれば良いという状態に陥ったのかもしれない。

 一応、妖精と契約した人間が直接、魔力を受け取れるとイグニスは言っていたが、それも契約時の特殊な作用という事らしい。

 

「……つまりどういう事?」


 大きく首を捻っていたカイナが、溜まらずといった風に場を代表して言葉にした。


「普通に考えれば、それ専用の魔法でもない限り魔石を介しても他人に魔力移動なんて出来ない。私は聞いた事ないし出来ない。上限を超えて送り込むなんて発想は尚更。でもイズミンは意思の力でそれを可能にしてる」


「イズミさんの完全無詠唱というのが根幹にある、というわけですね」


 トーリィの言葉にコクリと頷くウル。

 その様子を見てイルサーナが続く。

 

「なるほど~。真の意味での完全無詠唱というわけですか。詠唱短縮、詠唱破棄、発動詠唱のみでの魔法行使はウルで見慣れていましたが、完全無詠唱の更に上があったんですね~。魔力移動にはそれが不可欠と……あれ? 先程、人間同士はと言ってませんでした?」


「ああ、それの事か。魔力移動に関して言えば補充以外にも一応、魔力が移動する事はあるから、だな」


「どういう事?」


 カイナの疑問の答えがキアラの頭の上にいる訳だが。

 退屈だったのか知らんが、いつの間にか寝てるよ。

 パンツ見えるぞリナリー。まだ大の字で寝てないだけマシか。


妖精フェア・ルーもだけど、一部の動物や魔獣は魔力だけを直接身体に取り込めるんだよ。まあ、食べるんだけどな」


「魔力を食べるというのがピンときませんが、妖精って魔力を食べるんですね~。でも魔力を食べる動物って何かいましたか?」


 魔獣は思い当たっても、動物はそうじゃないようだ。

 と思ったらトーリィは何かに気付いたのか、表情を僅かにハッとさせた。


「あっ……もしかしてバイツですか?」


「そうそう。アイツ、オレの腕から好き放題吸い取ってたぞ」


「何やってるかと思ったら、そういう事だったのニャー」


 のどちんこ掴んでたわけじゃないと、やっと納得したか。

 キアラが、なるほどと頷くと、その揺れでリナリーが起きたようだ。

 自分に視線が集まってる事に気が付くと、小首を傾げて、キョトンとしてる。


「何の話?」


「リナリーが魔力を食べるって話だよ。人間が魔力のやり取りが出来ないって話題からその話になった」


「ああ、そういう事。イズミの魔力って美味しいからねー。純粋な魔力ともちょっと違う風味だから、かなり希少なの。魔石に込めてもその風味が消えないから不思議」


「魔力に風味とかあるんだ……」


 言葉を漏らしたのはカイナだけだったが、オレとリナリー以外の全員が微妙な表情だ。

 オレは最初からラキにそういうもんだと思い込まされていたから、あまり気にした事がない。

 ここだけの話、風味うんぬんは神樹の葉っぱが影響してるんじゃないかと密かに考えてたりする。


「人間は魔力を食べるなんて無理だから理解できんよな。まあ、とにかくだ。大きな変化がなくなるまでか、または時間の許す限り増量計画は継続だから、そのつもりで」


 




 ~~~~





 人数が増えた事に対応するため、現在、身代わり君も増量中。

 3体を召喚して背中合わせで、前面120度を一体で受け持つ形で5人の魔法の的になってもらっている。

 しかし、こうして見ると、それぞれの戦闘スタイルが良く分かる。

 

 カイナは典型的なアタッカー。

 剣と魔法も使う、どちらかといえば、万能寄りの攻撃主体のタイプか。

 オレと戦った時はロングソードを両手で扱うというスタイルだったが、今は左手にやや小さめのカイトシールドを装備して身代わり君を前に奮闘している。


 イルサーナは見た目とのギャップがすごいな。

 メイドの格好してるのに、やってる事が完全にタンクだ。

 ウォーハンマー片手に、大盾とか、どこの重装歩兵だと言いたくなるような戦いっぷり。

 それでいて、動きは割と軽快なのだから、これはこれで少し反則クサイ身体能力だ。


 ウルはといえば、遠距離主体のほぼ完全後衛職だ。

 ただ、役割がそうなだけであって、結構無茶な事もしてる。

 連携の息継ぎの為とはいえ、一瞬だけ前衛に出て、魔法をぶちかまして仕切りなおすタイミングを作り出したりと、オレのもってる純粋な魔法使いのイメージからすると、相当ヤンチャな部類に入るんじゃなかろうか。


 今更になるがキアラは完全な遊撃。

 片手剣に投げナイフ等で撹乱、援護。

 風系統の魔法も使い、サポートの役どころも多い。


 トーリィは仕事柄、単なる魔力消費の訓練であっても判断に慎重さが伺える。

 護衛という仕事の性質上、護衛対象を守るのはもちろんの事、その為に先に死ぬような事は論外、という事を念頭に動いてるのではと感じる動きをしている。しかし、いざとなったら自分の命と引き換えに、とか考えていそうだな。

 対象の排除と、自身の身の安全を図りつつ、護衛もこなす。

 立場上とはいえ、この歳でかなり高度な事を要求されているよな護衛って。


「魔法のほうは……カイナは強化主体で風系統と火炎系統か。イルサーナも強化を使いつつ、水系統の魔法、ウルは強化は抑え目で、基本的には何でもって感じだな」


 ウルの場合、魔法を使う事で最適化が促されるというのを聞かされる以前から、感覚的に分かっていたのかも知れない。

 魔力の補充に制限がなくなって嬉しそうにぶっ放してる。

 ほぼ無表情なのに不思議とそう思えるのはなんでだろうなあ。


「ちょっと気になったんだけど……属性じゃないの? 普通は、風属性、火属性とか、何々属性って言われてるけど」


「ふむ、系統って言い方が耳慣れないか。オレが言ってるだけだから気にしなくてもいいとは思うが……説明はしておいたほうがいいかもなー」


「何か、昔の魔法使いは、そう言わない理由があったのニャ?」


「理由ってほどじゃないらしい。それに属性って言われてるのも、あながち間違いでもない。でも、そう言われても混乱するだけだよな。詰まるところオレが系統って言ってるのは、最初に教えられれた時に魔法に属性なんかないって言われたからだ」


「「「「は?」」」」


「まあ、そうなるよな。言われたのは、魔法ってのは基本的に誰もが何でも使えるんだと。でもそうなると属性って何だって事になる。オレもそうだけど、ウルなんかは満遍なく火、水、土、風、他にも使えるだろ?」


「ウルの場合も参考にはならない気がするけど……確かに属性って何ってなるかも」


「属性って概念は、後天的に適性として付加されてしまった状態を説明、または解釈するために生まれたものらしい」


「後天的、ですか?」


 いまいち得心がいかないといった顔のイルサーナ。

 奇特な人でも見るような目はやめて。ああ、いや、ぐるぐると思考の渦にはまってる表情か。


「そう。イルサーナは水系魔法が得意そうだけど、どうしてか自分で分かるか?」


「えっと……そう問われると、明確な理由を説明するのが難しいですねえ……」


「例えばだが、小さい頃に良く水遊びをした。泳ぎが得意。雨の日が嫌いじゃない。生まれ育った場所が水とは切っても切れない縁のある、そんな所だった。他にも挙げればキリがないけど、とにかく水と慣れ親しんだ環境だった、とかな」


「そうです……一番古い記憶が水遊びをしていた時のものです。良く分かりましたね……」


「そんなに難しい話じゃない。極端な事を言えば、“洗濯が好き”なだけでも、それが無意識下に刷り込まれていれば水の適性になり得るからな。逆に、溺れたり水害で苦い記憶があったりすると水に苦手意識を持つようになって魔法の習得にも影響が出てくる場合もある。本人がそうと意識しなくてもな」


 皆の表情を見れば、なんとなく心当たりがある、という感じかな?


「とは言っても、他にも詠唱のイメージ伝達なんかも関わってくるから、そればかりが得意か苦手かを決めるわけでもないけど」


 下手をすると、人間同士の相性までの話になってくるからねえ。

 同じものを見て同じように感じるか、なんてややこしい事まで絡んできて収集がつかなくなる。


「原因の特定も難しく何が影響してるかも分からないから、便宜的に、その属性に適性があるって表現方法が取られるようになって、それが定着したわけだ」


「それで、間違いではないと言ったんですね」


「もしかしてイズミンは、苦手とか、ない?」


「オレの場合は物理的な側面から捉えて、それをイメージしてるから、あんまり関係ないかも知れない」


 そのかわり、イメージに正確性が求められるから詠唱で半自動みたいなのは無理なんだよなー。

 最近はイメージすることが魔素に対して命令に近い働きになっているのでは、と感じたりもしているが。

 

「受け売りの説明だけど、あくまで人間が使う場合は、だからな。肉体を持たない生物、いわゆる精霊と言われてるワケの分からない属性持ちの精神生命体なんてのもいるし、そういったモノには当てはまらないから、本当の所は分かってないのと一緒だな」


「ここまで説明した事を、自分で全否定してる気がする」


「そうは言うがなリナリー。オレのこの認識でも魔法を使う分には他の人にも応用が利くんだから問題ないんだろ、きっと。要は使えれば何でもいいんだよ。使えれば」


「あ、色々と面倒になっただけか」


 分からないものを色々考えてもしょうがないんだから、いいじゃないか。


「そうだ。イメージに関しては、いずれ試したい事があるから、その時はウルに協力してもらいたいけど、いいか?」


「ん、了解。何処からでも来て」


「……誤解を招きそうな返事を……」


 全員で、「え、何するの」みたいな目で見るのは止めて欲しい。

 魔法使い然とした格好をしてるだけあって、ウルはこの中で一番使える魔法の幅が広い。

 となれば、当然ながら同調詠唱もお手の物のはず。

 まずは魔力容量の拡張が先だが、それが落ち着いたら一手御指南というか体験させてもらおう。

 普通はどうやって魔法を覚えるのか是非知りたい。





 ~~~~





 それから魔力容量の拡張を続けて三日。

 皆、順調に容量を増やしている。

 魔力の許す限り、常に魔法を使うようにしているため、一日の終わりにはかなり精神的に疲弊しているようだが、まだ余裕がありそうだ。


「衣食住の心配をしなくてもいいのが大きいと思う」


「正直、家にいるより快適なくらいだニャ」


 カイナの考察に同意を示すキアラの言葉は、視線をコテージに向けながらのもの。

 簡易リビングのテーブルを囲み、寝るまでの時間を雑談をして過ごすようになったが、今もそんなひとコマだ。


「料理をしなくていいのは、ちょっと気が引けますけどね~」


「わたし達は手が出せない。見た事のない食材が時々混じってる」


 それは妖精の里と神域の食材だな。

 

「私も料理をもっと覚えたほうがいいんでしょうか……」


 トーリィの護衛としての役割に直接必要かと言うと、いらないスキルかも。

 でも毒を盛られる等にも配慮が要る状況となれば、あったほうがいいスキルではあるよな。


「確かに、自分で料理が出来れば長旅が快適になるし、どの獲物も仕留める時にテンション上がるよね」


 リナリーだけ視点が違うが、それにはオレも同感だ。


「え、何?」


 リナリーが不思議そうにみんなの顔を見てるが、オレ以外の全員が微妙に笑顔が引き攣ってる。

 

「やっぱりイズミといる時間が長いとこうなるのニャー」


「ああ、うん。なんか段々分かってきた。キアラの言う感覚の違いってこういう事なんだ」


「どうやって倒すか、じゃなくて倒した後の事が先にくるのは、なかなかですよね~」


「確実に仕留めるだけの力がないと、こういう考え方にはならない」


「え、え?」


 リナリーが結構焦ってるのをみると、ちょっと面白い。

 散々オレの事を常識がないと言ってた本人が、実はオレの生息域に既に片足どころか半身まで突っ込んでると言われてオロオロしてる。


「リナリーの場合、人間だったら切り札になりそうな空を飛べるってのが基本にあるからな。他にも二枚は確実に札が隠してあるし、そりゃあ感覚はオレ寄りになるわな」


「そんな……わたしだけは常識のある感覚を保たなきゃいけないのに……」


「まだ何か隠してるのニャ?」


「妖精の秘術……だとすると人間は習得出来ない? でもイズミンは知ってる?」


「底が見えないですよね~。知れば知るほど、聞けば聞くほど」


「聞くのが怖いのよね。こうやって私達も知らず知らずのうちに感覚がズレていくのかな?」


 隠してるわけじゃないが、習得が不可能に近いものを見せるのは気が引ける。

 異相結界とレーザーブレスは、現状ではまず無理。というか、この先も難しいかもしれないから、見せていいものかどうか。

 それにしても、女の子が6人もいると姦しいな。

 なかなか会話に入っていけないわ。

 でも、こんな周りに何もない環境の中、楽しそうで何よりだ。

 オレはというと、少し離れた所にデッキチェア――プールサイドにあるようなイスがどうしても欲しくて造った――に身体を預けて風呂上りのリラックスタイム。


「魔法の事については踏み込んで聞かないけど、剣術に関してなら聞いてもいい?」


「やっぱりカイナとトーリィはそっちのほうが興味あるか?」


「そうですね。私の場合、近接戦闘の技術が必要不可欠ですから、どうしても興味がそちらに向かいます」


「だよな。と言っても何が聞きたい? 秘技とか極意の類か? 適性があれば絶招として体得するのも不可能じゃないぞ?」


「さすがにそこまでは……。聞いたとしても自分のものに出来るとも思えないし。それに、そういったものって抽象的だったりして、すぐには理解し難いでしょ?」


「あ~、それはあるかもな。理屈は分かっても、技量が要求水準にまで達してなくてダメだったりってのもあるな。そもそも本人にしか分かってないもの――本来なら膨大な数の人間を動員しての検証が必要なはずなのに、それをせずに感覚だけで文字に起こしたりして、結局、誰も理解出来ずに再現できなかったりな。技の流出を嫌っての事なんだろうが、それで結構、失伝したりしてるのがなんとも」


「やけに詳しいのね」


「うちは逆に集まって来てたんだよ。口伝、巻物、書物と色々とな。なかには武器に刻まれていた、なんてものもあったな。だから、ある程度そういう秘奥の技の現状が見えてるってわけだ」


「集まってきてたんですか? 普通そういうものは秘匿するのでは……」


「ちょっと特殊な環境でな」


 現代ならでは、という感じだと思う。

 この世界の人間からすると耳を疑いたくなるだろう。

 現代社会では必要としなくなった技の数々。新しい武器にとって変わられ、または安全な社会には必要ないと記憶の彼方へと追いやられてしまったモノ。

 しかし、歴史の遺産を後世に残したいと思う人間もいるのだ。

 中には、現代じゃなかったら間違いなく人斬りになってそうな人もいたけど。


「研究のために、色んな所からウチに持ち込まれるんだよ。書かれているもの、伝わっているものから、これはどういう意味なのか、肉体に作用するのか精神に作用するのか等を、資料を基に様々な角度から検証するのをウチが中心でやってた。最終的な目標が、再現する事だったから詳しくなるのは、ある意味、当然と言えば当然ってことだ」


「その……イズミさんの家? は、特別な育成機関、だったのですか?」


「そんな大げさなもんじゃないって。単なる道場だよ。メチャクチャ小規模のな。」


「小規模な割に、やってる事は普通じゃないと思うけど。極意の復活や再現を依頼されるなんて、王家の指南役でさえ、そこまでの信用は得られないわよ?」


 こっちの価値観だと、そうだろうなー。

 人間同士なんか何があるか分からないのに、自分の命を守るための情報を、おいそれと渡すわけがない。

 というか、何気に王家とか出てきたけど、この国は王政で確定?

 それとも、単なるモノの例え? あとで聞こうっと。


「そこまで特異な事をしてるって事は、何かやっぱり特別な武術なの? 聞けばわかるくらい有名な流派?」


「いやあ、誰も知らないだろう」


 そもそも世界が違う。

 それに日本でだって一部の人間以外は全く知らないくらいだったからな。

 知られちゃいけないってわけじゃないのに、何故に? と思う事しばしば。


「言えないような流派ってワケじゃないんでしょ? 教えてよ」


「別に強烈な暗殺術って訳でもないから、いいんだけどな。ただ、流派というのとはちょっと違う。ウチのは『舞楽』って言われてる」


「ブガク?」


「故郷の言葉で、舞い楽しむと書いて『舞楽』」


「舞い?」


「そう、舞い」


 ただし、雅楽を伴奏にするヤツとはちょっと違う。


「神事として舞う時だけ『舞楽』と言われてる。本来は武道を楽しむと書いて『武楽』だが、奉納する際に『神舞楽』とも言われていて、『神武楽』とも記載され伝わってる。舞踏が転じて武闘になったのか、またはその逆か。まあ、その辺はオレは詳しくないし、身内だと神楽かぐらなんて呼んだりしてるから結構いい加減なんだよ」


 剣術、空手、柔術、合気、ボクシング、ムエタイ、カポエラ、カラリパヤット、サンボ、システマ、etc……。

 つまり、何かの派生ではなく、そういう武術として成り立っているというわけで。

 だから、○○流○○術とか名乗ったりはしない。

 そこだけは、ややこしくなくて非常に助かってるからご先祖様に感謝だ。


「うーん、要するに。どの流れも汲まない武術って事?」


「または、全ての流れを汲む武術、だな」


 爺ちゃんが、そう言っていたけど、何処まで本当なのやら。

 最終目標とか、そういう気概を持てとか、そういう意味なのかも知れない。と最近は思う事にしてる。


「大きく出たわねえ。武の始祖を自称するの? って、そういう事を言ってる顔じゃないか」


 カイナにどう見えたか分からないが、大言壮語を吐いたようには見えなかった様子。


「あ、言っとくけど魔法はまた別だからな。武術は生まれた時からだけど、魔法はずっと後だ」


「生まれた時から……なるほどね。――え? 魔法は幼い頃からじゃないの?」


 おや、そういえばコレはキアラにも言ってなかったか。

 みんな固まってこちらを見てる。


「本格的な訓練は一年にもなってない」


 そんな目を皿のようにして見なくても、騙すなんて事はしないって。


「……イズミンのお師匠様はかなり厳しい?」


「苛烈、激烈って言葉がよく似合う。魔力の塊が息して歩いてるようなもんだ」


 全くもってウソは言ってない。

 あれを息してると言っていいかどうか迷うが。

 あと、何度でも言うがオレの扱いが雑だった。


「修行内容といい、どんなお師匠さまなの……」


「カイナの言いたい事も分かるけど、聞かないほうが幸せになれそうだなあ」


「……じゃ、じゃあ聞かない。でも修行内容はそのお師匠様のものを使ってるんでしょう?」


「オレが少しアレンジしてある」


「アレンジしないと、どうなる?」


 魔法の話になったら、今度はウルが食いついてきた。


「基本は24時間、魔法を使う」


「もしかして、今も?」


「ああ。今は探知、索敵系の魔法を使ってる。妖精が得意な魔法で、常に森の中の警戒が必要な時に低コストで発動、持続が可能なヤツだ。具体的に言うと、魔力の糸を木から木へと繋いで大きな蜘蛛の巣を形勢してる感じだな」


 知らなかったんだが、植物ってのは割と周囲の刺激を敏感に感じとっている。

 地面の振動を根が、幹や枝、葉が空気の匂いや生き物の吐く息に僅かに反応するのだ。

 こちらの世界の植物だからというのもあるのかも知れないが、魔力の糸を繋ぐと良く分かる。

 ただこの魔法。ものすごい省エネ魔法だけど、移動しながらだと無理な魔法だ。

 それに、ある程度の大きさの植物がないとダメだから、街中だと使い勝手があまりよろしくない。

 

「知らない魔法がどんどん出てくる」


「ウルとしてはショックかニャ?」


「むしろ楽しい。この国の最高学府でも手に入らないかもしれない情報。しかも生きてる情報。やっぱり生が最高」


「しばらく恋愛ものは読まないほうがいいな」


「何故? 生娘の価値は宝石に例えられる」


 そういう意味だったか。

 そりゃあそうだ。技術の粋を凝らした極薄の避妊具なんかあるわけがない。

 いや、ホントにそうか? こっちの避妊事情ってどうなってんだ?

 ……さすがに女の子には聞けない。


「というか、どうして魔法の話から生娘の話に行くんだ。ちなみにオレは経験者でも一向にかまわん」


「聞いてないから! なんで被せるの!」


 この話題から、その言い回しは危険だリナリー。

 と思ったけど、オレは該当しないから関係ないな。被ってないし。


「童貞属性のクセに間口が広いニャ」


「童貞属性だから間口が広いんですよ~」


「童貞属性御用達の館に突撃?」


「童貞、童貞、うるせえよ!」


 あと属性言うな。生まれ持った天職になんてしてたまるかってんだ。

 生娘はありがたがられるのに、男が未経験だと何故にこういう扱いか。


「でもイズミは知識はすごいよね。みんなが想像も出来ないような事も知ってると思う」


 人聞きの悪い事を。

 今の日本なら平均的な知識に収まってるはずだ。

 だがまあ、経験ないのに実物を知ってるという、この世界からしたらおかしな状態だな。

 ネットは広大だ。


「ん? カイナとトーリィは変な顔してどうした」


「「す、すごい知識……」」


「って、そっちのタイプかよ……」


 話には加わらなかったクセに、興味津々の表情を隠そうともしてないぞ。

 若干、ムッツリが入ってるのか、この二人は?


「オレの下半身事情はどうでもいいんだよ。それよりもだ! トーリィはそろそろ一度レノス商会に戻らなきゃいけないんじゃないか?」


「そうですね。向こうの状況も聞いておきたいですし、ここで一度戻ったほうがいいかもしれませんね」


「ほかの皆はどうする? 今なら二日もあれば往復出来るだろうから、必要な物でも取りに戻るか?」


「3人ともどうするニャ?」


「そうね……悪いんだけど、キアラも一緒に戻ってくれる? 魔法鞄マジックバッグを目一杯使いたいの」


「分かったニャ」


「じゃあ明日の朝、出発で良さそうだな」


 という事で、二日間はリナリーと二人でお留守番。

 久しぶりに一人でゴソゴソと、楽しめ――いや、もとい。

 一人でコツコツとものづくりだな。

 

 まずは周囲から魔宝石への魔力の自然集積をどうにかしようか。

 みんなが居ない間にこっちも必要な物を揃えておくかね。




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