第五十七話 何はともあれ、コミュニケーション
「キーたんの魔力量が増えてる」
「本当ですねえ。何をやらかしたんです?」
何故やらかしたと決め付けるイルサーナよ。
聞き流しそうになったけど、ウルリーカはキアラの事をキーたんと呼んでいるのか。
「どんな手品を使ったの? 家を出た時より3割近く増えてるっておかしいでしょう。この短時間でそんな事が出来るなんて聞いた事ない」
「どうもそうらしいな。オレが教えられた方法がここまで廃れてるのはちょっと想定外だった。けど、誰でも増やせるから安心していい。成長の止まった大人でも増量が可能なくらいなんだから、成長期の皆なら望む結果が得られるはずだ」
「ち、ちょっと待って。それは私たちもやるの?」
当然。こんな実験に適した素材が何人もいるのに、何もしないなんて勿体無い。
カイナは何に対して躊躇してるんだろうか。
「イヤなのか? キアラとの連携を考えたら、少しの間だけでも一緒に頑張って欲しい所だけど……」
「イヤという訳じゃないんだけど……アレを見せられて、頑張れと言われると嫌な予感しかしないの……」
身代わり君1号の事か?
猛烈な勢いで被弾してるキアラとトーリィを見て、どういう予想を立てたんだろう。
確かに女の子としては土偶にはなりたくないだろうけど、怪我の心配がないんだからそこまで警戒しなくても。
「みんなが躊躇してる理由は別の事だと思うんだけどな~」
リナリーには見当が付いてるのか。なんだろう。
でもまあ、来たばかりで色々と戸惑っているみたいだけど、面白そうだと言ってたくらいだから興味はあるはず。
「ま、取り敢えず二人が休憩に入るから、被験者から意見を聞くのもありだな」
「被験者って言っちゃった」
リナリーの突っ込みはさて置き。
今はコテージ横のタープ下の簡易リビングでお茶を飲んでる所。
移動と、オレとの模擬戦でくたくただったカイナ、イルサーナ、ウルリーカの三人は疲労と魔力の回復をしてるという訳だ。
リナリーを初めて目にしてちょっと放心してるというのもあるかも。
いや、あの流れでそれはないか。
~~~~
「増~え~た~!」
「何が? 体重? それとも――ぐふっ」
「違う! 胸を見て涙を拭うなあッ! 胸は成長してるから!」
いや、増えたって言うから。
その言葉を聞けば、そりゃあ何処がってなるでしょうが。
そして増えてないと分かれば、嗚咽を堪えて涙も出ようというもの。
「そうじゃなくてッ! あー! もう! また女の子が増えた!!」
ああ、ぬいぐるみから飛び出してきた時にも言ってたな。
「そうなる可能性もあるって分かってただろうに」
この修行の話が出た時に、キアラのパーティーメンバーと合同でという事になるかもと。
その後の連携などの事を考えれば、合理的だというオレの意見は理解を得られていたはずなんだが。
「それとこれとは話は別なの!」
なんだろうねえ、この娘は。今更、反抗期でもないだろうに。
若い娘の不機嫌になる理由は、とんとわからんのう。
「えっと……キアラ?」
「この二人はいつもこんな感じニャ」
「そういう事を聞いてるんじゃないんだけど……」
キアラ以外の白のトクサルテのメンバーはリナリーがぬいぐるみから出てきた時に、あまりに驚いたのか、しばらく固まっていたが、なんとか再起動したようだ。
しかし、カイナとキアラの会話はどこか噛みあってない。
「あの……皆さんはリナリーさんの事が聞きたいのではないでしょうか」
「よく分かったのニャあ、トーリィ」
忘れてたのか? 自分で、後で説明するって言ったじゃんよ。
あ~いや、色々と疲れて説明するのが億劫になってるな?
「イズミの事を皆に言えなかったのは、リナリーの事もちょっとあったからなのニャ。会ってからのインパクトはイズミのほうが性質が悪いけど、会った時の初見のインパクトはリナリーの上を行くのは難しいニャ」
「性質が悪いって、なんだおい」
「そうですねえ。その存在の可能性は指摘されていましたが、伝説の存在ですからねー。殊更、周りに言うような事はないでしょうけど、いろいろ気になって連れ立って行動しますよね、絶対」
おい、話を聞けイルサーナ。
何事もなかったように話続けやがって。
「そうなると他の男どもが厄介。イズミんが闇討ちされる」
「ありそうですねえ。それでイズミさんがどうにかなる事はないでしょうけど、はた迷惑なのは変わりませんからね」
魔女っことイルサーナは先程のカイナとの会話を聞いていなかったはずなのに、同じ予想だ。
確かに可愛い子たちに囲まれてる男を見たら、オレだったらリア充殺す! ってなるからな。
それはいいが、魔女っこはなんて言った?
「なあ……そのイズミンってのはオレの事だよな」
「嫌?」
「イヤってワケじゃないが……」
「イズイズ、ズイミー、他にもある」
イズイズはまだ分かる。ズイミーって何? 業界人?
「イズミンでいいです……」
「ウルは、ちょっと慣れてくると愛称で呼ぶクセがあるのニャ」
「慣れる要素が何処にあったか疑問が……まあ、それはいいけど。ウルはその、随分と年齢が……」
「ウルリーカ。みんなはウルって呼ぶ。一番若いくてピチピチ。垂れてない」
「「「んなッ!?」」」
おう、一斉にキッっと眼を吊り上げて一点集中。
「「「わたし達だって垂れてない(ません)(ないニャ)!!」」」
「誰もみんなの事、言ってない。この先も使い道のない果物なんか、もげればいい」
すげえ事言う。
仲間だから遠慮がなく、冗談めいて言えるんだろうけど。
「つ、使い道はこれから……ゴニョゴニョ…」
「そ、そうニャ。今に、これでもかってくらい使い倒すニャ」
「私だって、いつかに備えてお手入れを怠ってません!」
使い道がない=彼氏なしってのを、この3人は気にしてないと思ったけど、そうでもなかった。
イルサーナに「無駄な努力?」とか言って追い討ちをかけるのはやめなさい。
「あ、でもカイナにはもうじき追いつく」
「な、何をー!?」
カイナを煽るのは、いつものやりとりなのか……?
キアラは自分の胸を凝視して、ふにふにやってて何考えてるのか分からん。
イルサーナはウルの言葉に「うぐっ……」と呻いて胸を押さえてるし。
それに、何気にトーリィが流れ弾に被弾してダメージくらってる。
「もぐだのなんだのは横に置いて、だ。聞きたかったのはリナリーの事じゃなかったか? 美容に対する意識が高いのはいい事だけど話が逸れ過ぎ」
「まあ、イズミは胸はどうでもいいもんね」
どうでもいいとまでは考えてない。上下のバランスの兼ね合いもあるから、その意味では胸も重要な部位ではある。
ん、何か言いたそうだなカイナ。
「胸に興味が、ない……? もしかして、ホ――」
「濡れ衣がびしょびしょだな!」
それはそれで、みたいな顔で期待するんじゃないよ。
イルサーナもだ!
「イズミん、ロリコン?」
「何故にいきなりロリコン認定?」
「わたしなら大丈夫、ちゃんと成人してる。手を出しても世間からちょっと白い眼で見られるだけで済む。ある意味合法ロリ」
「それは大丈夫とは言わないぞ……というかロリコンで話を進めるのはやめるんだ」
「自分でロリって言ってて平気ニャ?」
「ちょっと痛い」
だろうな。
捨て身のネタは意外と精神にくるからな。
どうでもいいが、話が進まない。
「なあ、キアラ。このまま説明しなくても別にいいんじゃないか?」
「さすがにそれはニャー……確かに、乳談義で明後日の方向にズレたのは認めるニャ。でも、あたしが強くなりたいっていう動機に少し関係してるからニャあ」
まあそうだな。
妖精の里まで単独、あるいはパーティーで辿り着けるようにというのも目標としてあるわけだから、説明を省くワケにはいかんか。
「この妖精さんが関係してるの?」
3人のメンバーを代表したかのように聞くカイナ。
最初はどう説明したものかと迷っていたキアラだったが、要点を掻い摘んで話す事にしたようだ。
オレとリナリーが知り合った切っ掛けから始まり、キアラと出会った経緯。盗賊を倒したのを目の前で見たこと。
それと、薬学、薬草学の知識のために妖精の里に行きたいと思った事を。
「なるほど、ね。知識は確かに中央でも手に入らないものがありそうね……」
「伝説の妖精だけじゃなく、その里も見つけていたんですねえ」
「それも驚きだけど、私は盗賊の事が気になったわ。魔毒使いがいるなんて普通じゃない」
「ん、いろいろ噂はあった。その辺のゴロツキとは訳が違うって言われてた。かなり性質の悪い盗賊がカザックに的を絞って動いてるんじゃないかって」
「レノス商会の人たちが確信してたみたいで、死の牙の幹部だったニャ」
「ッ! 死の牙!? 遭遇した盗賊って死の牙だったの!? ま、まあ……こうして無事でいるのだから何事もなかったって事なんだろうけど……キアラはその戦闘を間近で見ていたのよね? ……どうだったの?」
「さっきの話の人数だと、うちで討伐となったらギリギリの獲物。上手くふいをつかないと危ない」
そう呟くウルの言葉に頷いたカイナは、どうなの? と眼でキアラに促した。
カザックで活動してるだけあって、やはり盗賊のほうが冒険者としては気になるか。
何か独自の情報を得て危機感が増していたという事も考えられる。
「イズミに騙されて、すごく腹がたったのニャ。敵だけじゃなく味方も騙すってどういう事ニャ。心配したこっちの身にもなって欲しいニャ」
「それは謝っただろう。それにリナリーが事前に教えてれば騙す結果にもならなかったと思うんだけどな」
「ええー、あれはわたしは悪くないと思う。あんな事するなんて思ってなかったもん」
「イズミンの戦闘の時の様子を聞いたつもりだったんだけど……さっぱり訳がわからないわ」
そんなオレたち3人の会話を聞いても、なんの事か要領を得なかったんだろう。
カイナが困惑気味に不満を漏らす。
ところでカイナもイズミンて呼ぶの?
「イズミさんが、わざと敵に刺されたんですよ。どうも相手の感情を煽る目的だったようですけど、心臓に悪いです。大きなブロック肉で剣を止めていたのが分かって安堵しましたが、あの時レノスの者は『ああ、巻き込んでしまった……』と酷く後悔したのを覚えています」
「そ、それはキアラじゃなくても怒るかも……」
キアラの代わりに、もう一方の当事者でもあったトーリィの補足が入る。
それを聞いてカイナが呆れたように呟く。
うーん、そうか。あの時のみんなの表情はそういった感情が出たものだったのね。
「ちなみに、その時に使った肉は美味しくいただきました」
「そういえば、魔毒の効果がどんなものか調べてたよね。ちょっとだけ味が変化してた、かな?」
「意外な発見だったよな」
オレとリナリーでしっかりと確かめた。
正に毒見。
「効果って、味の確認!?」
そうは言うけどなカイナ。
食べても死なない事は分かってたし、生体にどう影響するのかはブロック肉からだと細かい検証は難しい。そうなると、あとは味がどうなってるか調べるくらいしかなくない?
「その時の様子が聞きたいなら夜にでもキアラに聞けばいいんじゃないか? すぐに帰るわけじゃないんだろ?」
「そ、そうね、取り敢えず色々と話も聞きたいし」
「じゃあ、到着したばかりのメンバーはお茶でも飲んで休むとして。キアラとトーリィは続きといくか」
「分かったニャ」
「はい」
身代わり君1号の鎮座している場所まで向かう修行組み二人。
残った3人にはコテージ横の簡易リビングへ行くように促す。
コテージを見て「こんな所に家がある……」と眼を剥いていたが、今まで眼に入っていても意識する余裕もなかったみたいだ。
「そうだ。さっきのリナリーの事を知りたいっていう事の役に立つかは分からないけど」
「「「?」」」
「オレがいなくてもレノス商会を襲った盗賊くらいならどうにでも出来るから、リナリーの身の安全までは気を使ってくれなくてもいいからな」
「「「えっ……」」」
「そこはウソでもか弱い乙女にしといてくれればいいのに」
「無駄に気を使わせるのも悪いだろう」
「無駄って何よッ!?」
何故だろう。
3人とも「そうなんだあ……」と遠い目をしてる。
ま、いいか。ところで、お茶は何がいい?
~~~~
「相変わらず泥団子が容赦ないのニャ~」
「心なしか速度が上がってる気がします……」
魔力が切れて戻ってきた二人だったが、まだ泥の着いてない部分のほうが断然少ない。
身代わり君1号に慣れてきたはずなのに何故、と思っているようだ。
それはそうだ。魔力を消費するのが目的だけど被弾率は変えないよ?
「ご名答。少しづつ反応を早くしてるからな」
「やっぱりニャ……」
「これに慣れておくと大抵の妨害は気にならなくなるぞ」
「イズミさんのお師匠様はどれほどの苦境を想定されていたのでしょう……」
トーリィのその呟きに、神域での鍛錬の記憶がよみがえる。
「想定というんだろうか、あれは」
「イズミの時は、いきなり本物の魔法が飛んできたよね。ゲームなのに」
訓練以前の魔法に慣れるだけのメニュー。
魔法の攻撃をかいくぐり目標地点への到達を目指す。回を追う毎に魔法の威力と規模がグレードアップするという悪夢のようなゲーム。
ああ、懐かしい。そんなに昔でもないのに。
「どんな環境にいたの……」
泥パック状態のまま簡易的な丸太のイスに座った二人を見て、これより酷いのかとカイナが眉を寄せて呟く。
そこで二人が取り出した魔宝石にギョッとする3人のメンバー。
「……もしかして魔石?」
いち早く気が付いたのはウルリーカ。
込められた魔力を感じ取って、そう判断したようだ。
「ちょっと手を加えてあるけどな」
「純度の高い魔石を加工するなんて思い切った事しますねー。あぁ、なるほど。これを使って最初のカイナの追跡を振り切ったわけですか?」
「休み無しで移動するために魔石で何回か補充したな」
正確には加工前の魔石だが、大した違いじゃないから今は言う必要もないか。
そのオレの様子に何か引っかかる所があったのか、カイナとキアラがピクリと眉を動かした。
「イズミはもしかして気付いてたニャ?」
「微かな気配はな。誰かまでは分からなかったから、一応盗賊の残党である可能性も考えてた」
「あれで気付くんだ……キアラの野生に近い察知能力を考えて充分距離を取ったつもりだったのになー」
そう肩を落としたカイナだったが、あれはあれで充分だと思うぞ。
「で、気になったから確認しようと思って後日ギルドに納品するって理由で街に行ってきたって訳だ。釣れるかどうか確信が持てなかったから何回かギルドに顔を出すつもりではいた」
「転がされた?」
「もうちょっと言い方を考えましょうよ、ウル。でもそういう事なんでしょうねー」
そこの所をキアラが詳しく聞きたがったので、少し掘り下げてみると。
初回はカイナ一人だけしか動けなかったようだ。
いつからキアラが家を空けるのかだけは分かっていたので密かに行き先を探り、後で全員で向かう予定だったとか。
しかし途中で魔力が切れ追跡が困難になり、その上、移動の痕跡も判別がつかなくなって仕方なく諦めたらしい。
ところが、オレが街に戻ったタイミングも、実は悪くなかったようで。
次にオレが現れた時のために、丁度準備が終わってすぐだったようだ。
オレの外見的特徴を知っていたのがカイナだけだった事と、その他の二人があまり尾行がうまくないという事で、先行してカイナがオレを追い、二人はそのカイナを追う形にしたのが今回。
この段階でカイナがイルサーナに特徴を伝えていれば、オレの事だと分かったかも知れない。
何せ、ぬいぐるみを肩に乗せる冒険者なんて他にいないだろうから。
と言っても、それが追跡の役にたったかどうかは疑問だが。
オレの方はというと、イルサーナが来ている事に気が付いたのはここに戻ってから。
カイナたちが、どの辺りまで来ているのか何度か確認した際に、何処かで感じた事のある魔力だなというのが切っ掛けで気が付いた。
「そういえば、イルサーナは店番はどうしたんだ? 冒険者の活動してるくらいだから長期で休む事だってあるんだろうけど、どうなってる?」
「最近は滅多に店番もしませんよ。親方の都合が悪い時だけ店番を任されたりしますね~。今の活動のメインは冒険者と錬金術の研究になってます」
「ほうほう。じゃあ長期不在でもあまり問題はなさそうなんだな」
「念を押されると怖いんですが」
若干、引き攣った笑顔のイルサーナ。
笑顔を返したら、更に引き攣ったのはどういうわけだか問い質していいだろうか。
そんな事を考えているとカイナが、やや不満気な表情で口を開いた。
「今回は道案内があったからおかしいと思ったんだよねー」
「道案内ニャ?」
「分かり易く移動の痕跡が残ってたの。枝が折れてたり、土に足跡が残ってたりね。追跡能力者じゃなくても間違えようがないくらいハッキリと」
肩を竦めながら息を吐くカイナにじっと見られているが、ちょっと苦笑いしか返せない。
「予想通りならキアラのリアクションが見れそうだなと」
「悪趣味ニャー」
「「「言わないのがいけない」」」
「……ふニャ」
そういう風に耳をペタンとさせる所はネコというより犬っぽいな。
普通の人間と変わらぬ場所にある、大きめのケモノ耳が倒れるというのも、ちょっと違和感があるが。
~~~~
「キアラ、トーリィ。人数が増えてバタバタするのも何だから、今日の模擬戦形式の訓練は終わりにしよう。で、全員が風呂から上がってきたら今後の方針を決める」
「そのほうがいいかもしれませんね。私達の話を早く聞きたいようですし」
「話といってもニャ。普通に同じ事しかしてないんだけどニャー」
「ゴーレムがいる事が既におかしい。普通とは言わない」
トーリィとキアラの、どこかズレた会話にウルが真顔で突っ込む。
ついでとばかりにイルサーナもそれに乗っかる。
「その事もですけど、野外演習の類でお風呂があるのもおかしいですよねえ」
「その事はお風呂に入りながらでも順を追って話すのニャー」
「ああ、それと。とりあえず荷物はコテージの中でいいから。狭くて悪いが、寝る所もそのコテージで頼む。ベッドはまだ人数分を用意出来ないが、すぐになんとかするつもりだ」
「それはもう野営とは言わないんじゃ……」
釈然としない表情で、どこか焦点のズレたような反論をしようとするカイナだったが。
「余計な事に気を取られると訓練の効率が悪くなる。そうならないための環境を整えるのがオレの役割」
「でもそれって甘やかす事にならない?」
「言ったろ? 環境を整えるって。追い込む時は徹底的に追い込む環境にするぞ。そういった切り替えも役に立つからな。常在戦場を心がけろとまでは言わないが、素早く気持ちを切り替えるクセをつけておく事で、いざという時に意外と助けになる事が多いんだよ」
「わからなくはないけど……」
「そんな事より風呂に入ってさっぱりしてきたらどうだ。露天だから気持ちいいし、疲れも取れる」
「う、うん」
結局は風呂という言葉に抗えなかったようだ。
泥だらけの二人と回復組みの3人で連れ立ってコテージ裏の屋外浴場へ向かった。
さすがに5人も女の子がいると、賑やかだな。ワーキャー言って風呂を楽しんでいるようだ。
ひとしきり騒いだ後は湯に浸かってリラックスしたのだろう。
静かになって、しばらくしてから戻ってくるのもキアラとトーリィとリナリーの3人で入っていた時と同じだ。
二人が以前と少し変わったのは、洗い場で服や装備もある程度キレイにして、オレの所に持ってくるようになった事と。
二人ともタンクトップとホットパンツのようなラフな格好で風呂上りの余韻を楽しむようになった事か。
まあそれもこれも、リナリーが似たような格好で風呂上りに乳系飲料をプハーっとやってたのを二人が真似したがったからなんだが。
「む、無防備すぎない?」
「お風呂あがりはコレに限るニャ」
見ているカイナたちの方がやや顔を赤らめている。
下着のようにも見える姿を晒しているので若干眼のやり場に困るが、どうも習慣付いてしまったらしい。
それと風呂上りに洗濯も済ませてしまうのが、何やら気分的に安心だとか。
「じゃあ、乾かすぞー」
専用置場に置かれた洗い物の一切を、水流操作で空中に持ち上げぐるんぐるん。
汚れと水分を取り除き洗濯終了。
当然、下着も丸見えだが、洗濯物として見ればそこまで刺激的なものでもなく、案外平常心を保てる。
「すごい。でも何故?」
どうしてわざわざ魔法で乾かすのかと聞きたいのかな? 干して乾かせばいいのにと。
ウルのその疑問ももっともだ。
「これが一番ダメージが少ないのニャ。ダメージコントロールは冒険者の基本ニャ」
「替えの服の数も関係しますが、その、なんというか……こうするのが一番いいんですよ」
キアラとトーリィの回答に益々ワケが分からないといった感じのカイナたち。
ならば体験してみればわかるという事でオレにオファーがきた。
「服を着たままで洗濯と乾燥の魔法を一度体験してみるといいニャー」
用意しておいた乳系飲料のコップ片手に腰に手をあて、真剣な眼差しでキアラは言うが、その姿だと説得力があるのかないのか。
カイナたちは着替えはせず、先程まで着ていた物を着ている。
さすがに鎧などのごてごてしたものは脱いでいるが、その下は同じだ。
普段の仕事の感覚だと、野営で着替えたりはしないそう。
持てる荷物の量にも限りがある。魔法鞄だといっても、目一杯詰めて仕事に出掛ける事などまずない。仕事で何が手に入るか分からないという理由で、その分は余裕を持たせる必要があるから。
さすがに破れたり破損した場合のための最低限の衣類などは準備するが、替えの衣類等はかさ張る為に持ち運ばない。
何があるか分からない冒険者稼業では、自然と生存率を高める道具類の優先順位が高くなるのは当然、というワケだ。
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな……? 着替えなんかほとんど持ってきてないし」
「ですね~。お風呂に入っても服がキレイになるわけじゃないですしね~」
「便利そうなら覚えたい」
新規組に対するキアラの要求としては、おそらく全自動洗濯機と称した魔法を使う事。
ホントにいいんだろうか。
何故キアラたちが拒否してるのかは考えないようにしてるんだろうか。
それとも、冒険者なら何事も経験しなければ分からないって考えが前提?
「苦情はキアラにな」
「「「?」」」
はてなマークが三つ出てるが、温水の塊も三つ出して3人の頭上で待機。
「やっぱり完全無詠唱で……わっ!?」
あ、すまん。ウルが喋ってる途中でお湯落としちゃった。
さて、全身をお湯で包んだ事だし、全自動洗濯機~!
「ひゃッ! 何、コレ……くぅ」
「なん、ですかコレ……ヘビゾウ君が何匹もいるみたい……!?」
「何か、トンでもない事されて、る。水商売で、稼ぐ、の?」
「上手い事言ったつもりかッ!?」
それより気になる単語があったぞ。
イルサーナの言うヘビゾウ君って、もしかしてヘビ型タオルの事か。
使ってないって言ってたのに、あの後使ったんか。理由は……いや、何も言うまい。
これ以上、うにょうにょと水を動かしてると要らぬ誤解を招きそうだ。
さっさと仕上げにかかろう。
「ひゃう!?」「あうっ」「ぁふ……クセになる」
誰だクセになるとか言ったのは。せめて“なりそう”くらいで抑えておかないとダメだろう。
という事で水分を完全分離して、ひとまず体験入浴は終了だ。
「どうだったニャ?」
「最後がなんというか、理解を超えてるというか……」
「ちょっと比較対象が見当たりません……」
「……想像の遥か上をいく絶技……大人への扉が開かれた」
こんな事で開いちゃいかん。
自分でやっておいて何だが、これホントにダメだな。
「魔法でこんな事が出来るのにも驚いたけど、これを汚れるたびにってなると……。確かにちょっと考えちゃうかな。乙女的に不都合があり過ぎる気がする……」
そんな頬を赤くして恨みがましい眼で見られても。
文句はキアラに言ってくれカイナ。
「毎回これはキツいニャ。というより、後々に変な影響が出そうで怖いニャ」
「それはちょっと問題ですよねえ。イズミさん無しでは生きていけない身体にされそうです」
「しねえよ! 何言ってんの!?」
「イズミはまた余計な技を身に付けたよね。と言っても、もっと強烈な魔法があるから派生止まりかな?」
余計な技ってなんだよリナリー。
強烈な魔法って、強制自慰行為のこと?
「あれニャ……」
「あれですね……」
「トーリィはある意味避けて通れないけど大丈夫?」
「うっ……そこはリナリーさんにおまかせします」
「うーん、わかった。なんとか人間用に調整して頑張ってみるよ」
そういえばトーリィの目的に成長魔法の習得もあったよな。
オレはノータッチだから進捗がどうなってるかはしらないが、止めるという選択はないのね。
「なんかいろいろと不安になる言葉が飛び交ってるけど、何?」
「今は聞かないほうが幸せだと思うニャ~」
「そ、そうなんだ」
不審に思ったカイナの気持ちも分からなくもない。
実際、惨状を目にしているキアラとしては、ここはバッサリいくべきとの判断らしいが。
「カイナ。時間が許す限りここにいよう」
「え、どうしたの急に?」
おや、何やらウルが考え込んでると思ったら、積極的に参加する方向で決心したという事かな?
「発生点からして全く違う魔法の技術なんて聞いた事ない。異質過ぎて理解できる人間がいないかもしれない。でもだからこそ知りたい」
「ウルがそこまで言うなんて珍しいわね。でも、そうね……。私もイズミンの強さがどれほどのものか知りたいというのも確かだし。とは言っても隔絶した技量の中で、どれだけ理解出来るかは分からないけどね」
「私も聞きたい事はいっぱいあるんですよね~。常連さん候補だから時間がある時にいずれ聞こうとは思ってましたが、そういう事を気にせず済むなら歓迎ですよ」
イルサーナも賛成に回ったか。
風呂で何か重要な会話が交わされたのかどうかは分からないが、全員が修行に参加する事で意向を固めたようだ。
これで当初の予定通りの道に復帰したという事だな。
「ふむ、そういう事なら出来る限りの事はしよう。キアラもそれでいいんだよな?」
「盛大にバレたからには、反対する理由も意味もないのニャ」
「そうか。じゃあ手始めに、と言いたいところだが……なんで全員身構えてんの? さっき言っただろ、今日は実践形式の訓練は終わりだって。この後はメシと雑談タイムだな。情報の刷り合わせくらいは必要だろ? 仮に時間が余ったら軽い座学くらいは考えてるけど」
というわけでメシの準備にとりかかろうかね。あ、忘れないうちに渡しておこう。
「その前に、これを3人に渡しとく」
無限収納から魔宝石を出しテーブルの上に並べる。
キアラとトーリィの分を加工した後、追加で三つ用意しておいたものだ。
「……キーたん達と同じ、魔石?」
「イズミは魔力を宿す宝石だから、魔宝石って言ってるニャ」
「宝石にしては大き過ぎですよねー」
「……どう見ても価値はそれ以上なんだけどね」
脱力して、何を言う気力もないといった空気が流れてるが、キアラとトーリィも最初は似たような感じだったな、そういえば。
「ちなみに、返却は不可だからな」
「えっ、なな、どうして? こんな希少なものを前に、出されたパンは全部食べろよ? みたいな勢いで言われても、どうしていいか分からないんだけど」
「今後の事に必要不可欠だから、としか言い様がないなあ。しかし、これでようやっと舞台が整ったわけだな。いや、舞台はどうでもいいか。役者が揃ったんだな。ふむふむ。これで当初思い描いた通りに、あれやこれやが出来るようになるわけだ……フフフ」
「イズミさんそれは……」
闇医者笑いに引き攣った笑顔のトーリィの言葉で気がついたが、何故全員が肩を抱いて胸を隠すように身構えてるんだ?
リナリーに解説を求めると。
「イズミが言うとイヤらしい意味にしか聞こえない」
「いやらしい意味しかない! と言いたいところだが……うん、地引網なみに引いてるな」
そんな事するわけないだろう。
そもそも何を想像したんだ?
まったく失礼にも程がある……していいなら、したいけど。
そうじゃなくて!
とにかく。
これで準備も整って、明日からの修行が楽しみだ。




