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第五十六話 合流




「どうして黙ってこんな所に!」


「だ、黙ってたわけじゃないのニャー!」 


「何処に行くか、何も言わなかったでしょーが!」


「ニャ! あたしだって直前まで知らされてなかったのニャ。それに、しばらくは仕事が出来ないかもってちゃんと言ったニャー! みんな了承したはずニャ!」


「ちっがーう! なんでこんな面白そうな事言わなかったの!」


「そっちニャ!?」


 キアラに詰め寄った時はどうなる事かと思ったが、心配するほど深刻でもなかったのかな?

 栗色の髪をひとつに、ポニーテールと言うには若干、首もと寄りに束ねて動物の尻尾のようにフリフリと揺らしている。

 ギルドで野生のおっさんが自分のものにしようとしたのはこの娘か。

 確かに綺麗な女の子だ。

 革鎧をベースに所々に金属プレートで補強された軽鎧とでも言うんだろうか。

 何処か物語りに出てくる女性騎士のような、そんな空気を纏った少女だ。

 あくまで外見の雰囲気を評すれば、となるが。


 キアラとの会話を聞くと、かなりの元気タイプ? かなあと。

 あとはキアラより身長は高め。

 パッと見では尻尾も見当たらないし、耳も普通の人間のそれだ。


「あの方は……キアラさんと?」


「ああ、多分、というか間違いなく白のトクサルテの仲間だろうな」


 仕事が出来ないと伝えたという会話のやり取りでほぼ確定。

 心配そうに近づいてきたトーリィだったが、オレの言葉に少し胸を撫で下ろしたようだ。

 自分でも、そう思ってはいても、誰かの言葉で自分の思考の補強が欲しかったといった所かな。


 続いていた言い争い? とは違うような気もするが、どうやら二人とも落ち着いてきたようだ。

 ひとまずはキアラに言いたい事を言ったんだろう。

 溜め息を吐いて、しょうがないなという顔でキアラと向きあっている。


「うちの猫が色んな意味で餌付けされちゃったみたいね」


 少女――カイナはやや苦笑気味に言いつつ、こちらに歩いてきた。


「何が餌になっていたかはオレにも分からないが――そうなのか?」


「え、餌付けなんてされてないのニャ。ちゃんとした取引の結果ニャ」


「だ、そうだ」


「ふんむー。キアラの好きなタイプって、こういう方向なのねー」


 下から覗き込むような小さな顔に思わず目を見張る。

 遠目でも思ったが、本当に整った容姿をしている。

 日本人が好みそうな外国人顔とでも言えばいいんだろうか。

 やや吊り上がった大きな瞳だが、そこには意思の強さを感じる。


「ち、違うニャ! 好きとか、そそ、そういうのじゃないのニャーッ!!」


 ……動揺しすぎだろう。

 日ごろの態度からは嫌われていないというのは分かるが、好きなんて感情も向けられてない、と思う。残念な事に。

 カイナも本気で言ってるように見えないが、テンパり過ぎてキアラは気が付いてない。

 黙って消えた事に対する意趣返し的な煽りっぽい。


「キアラ、焦りすぎだ。誰もそんな事思ってないから」


「うニャあ……そうなのニャ……?」


 フォローしたのに、何故ヘコむ。


「まあ、その場の空気を明るくしようっていうキアラの言動には助けられてるし、そういうの好きだけどな」


「ニャッ!?」


「あはは、参ったわね……。そういうの嫌いじゃないな、うん」


「ニャニャッ!?」


 んん? どういう意味だ? 笑顔と台詞の意味がわからん。

 キアラは分かってるのか? すごいビックリまなこだけど。

 でも問い質す雰囲気でもないな……。

 取り敢えずここは、キアラに別の事を確認するのが先か。


「なあ、キアラ。やっぱり黙って来てたのか?」


「うニャっ……誰と行くかは誰にも言ってなかったニャ……」


「どうもこの間の休みから怪しいと思ったんだよねえ。いつも出掛ける時間も早かったし」


「そこから話してないのかよ……」


「だって……話しても信じられないような話ばっかりだったニャ……。ウソだと思って流してくれるのならいいのニャ。でも絶対みんな確かめようとするニャ。それだとイズミがパーティに入ったように見られかねないのニャ……」


「あ~、それはあるかも。しばらくは質問攻めにして色々連れ回しそう。あっ……そういう事か。キアラは彼に気を使ったわけね」


「あたしたちのせいで迷惑かけるワケにはいかないと思ったニャ」


「なんでそれが迷惑になるんだ?」


 あら、困った顔してるけど、オレ変な事聞いたか?


「傍から見て、というか……イズミから見て、あたしたちってどう見えるニャ?」


「どう? 質問の意図が分からんけど……すぐ出てくる単語とすれば――」


 カイナを指差し「美人」

 キアラを指差し「可愛い」 


「――だな。で、トーリィはキリっとした美人か?」


「い、いきなりは卑怯ですよ……!」


「ここで言わないのも気ぃ悪いだろう」


「そうかも知れませんけど……」


 まとめ髪を触る手がせわしなく動いてるし、顔もちょっと赤いか?

 トーリィのこういう照れ顔もそう何度も見れないかもしれないから、よく拝んどこう。


「痛っ! 分かってるって! リナリーが一番可愛いって!」


 今まで黙って肩に乗ってたのに急に反応するとか、乙女か! いや、乙女だった。

 いまだ、ぐいぐいと耳を引っぱるリナリーは放置で。


「ぬ、ぬいぐるみが動いてるって、なんなの……?」


「それも後で説明――してもいいニャ?」


「ま、構わないんじゃないか。キアラの仲間なら問題ないだろ」


「了解ニャ。とにかく私たちが世間にどう見られてるかがこの話の肝ニャ。まさかイズミが騎士が剣を突き立てて胸を張るように堂々と言うとは思わなかったニャ」


「美人、可愛い」


「な、何度も言わなくていいのニャッ! ボケにくいニャ」


 どんなボケをかまそうとしたんだ、おい。 


「ゴホン。そんな超絶美麗な、あたしたちと一緒にいると嫉妬とやっかみで闇討ちされかねないニャ」


 超絶美麗って自分で言っちゃうかー。

 まあ、このレベルの子たちが謙遜しても嫌味になっちゃうからな。加減が難しいわな。


「私たちの方にも逆切れしたのが来る可能性大だしね。男が入ったなんて噂が流れたら、恋愛解禁したのかなんて言って押し寄せてくるだろうし」


「あ、そうか。白のトクサルテは恋愛禁止だっけ」


「そもそも、そこが誤解なんだけどね。当初、男の人が入った場合を想定してパーティー内での恋愛を禁止したんだけど、恋愛自体は禁止じゃないの。何故かうちは全面的に恋愛禁止って話になってるみたいだけどね。でも今は、それを男避けにしてるのも確かだから明確には否定してないの」


「そうか。言われて見れば、キアラとジェンが競争してたもんな。でも周りにはあえて知らせていないと」


「そういう事」


「だからっていうのもあって、みんなに話す機会を探って迷ってるうちに、ここに来ちゃったのニャ」


「え、でもそれはここに来る事を言わなかった理由にはならないわよ?」


「うニャっ……」


「本音は?」


「は、恥ずかしかったのニャ……なんとなくイズミと一緒に居るっていうのを言いたくなかったニャ……」


「ひ、酷くないか? それ……。オレそんなにおかしな事してないぞ」


「ち、違うニャ! そういう意味じゃないのニャッ!」


 違うの? ちょっと泣きそうになったけど、違うならいいか。

 ゆるキャラとか変身とか、若干心当たりがあったから、そうかと思った。


「そういう意味じゃないけど、イズミはおかしな事してると思うニャ」


「そこは敢えて言わないのが思いやりだろうに」


「ぷっ! あははは! いいわ、大体分かった! キアラは自分の事はあんまり分かってないみたいだけどね」


 キアラを見るが、当人も何の事か把握できてないようだ。眉毛をハの字にして困惑気味。

 じゃあ、と第三者のトーリィに視線を向けるが、首を振って分からないと主張している。

 どうやら仲間だからこそ分かる類の事らしい。


「うん。今更だけど自己紹介させて。私はカイナ。白のトクサルテっていうパーティーで普段キアラと仕事をしてるわ。よろしくね」


「イズミだ。一応オレも冒険者になるか。仕事らしい仕事はしてないが、今はこの二人の修行に付き合うのが仕事みたいなもんかな」


「トーリィと言います。キアラさんの修行に便乗する形になってしまったんですが、お二人にはお世話になりっ放しで」


「えっと……トーリィさんって、何処かで見た事あるような、ないような……」


「トーリィはレノス商会の護衛ニャ」


「……そうだったの!? え、ちょっと待って! 女の人だったの!? しかもこんな綺麗な!?」


 微妙な時間フリーズしてたな。

 やけにリアクションが大きいけど、そんなに驚く事だったのかね?


「マジかー……。イケメンだって噂だったんだけどな~……」


 なんだ、えらいションボリしてる。

 もしかして、トーリィが男だったら、粉かけようとしてたのか? 

 こんな美少女から、モーション……だとう?

 イケメンは得だな、ちくしょう。


「強くてイケメンで、物腰の柔らかい人って、なかなかいなかったのにぃ~」


「なんだ、トーリィが男だったら付き合いたかったのか?」


「そこまでは考えてなかったけど、いずれはそういう候補になるかもしれないでしょ? うう~そっかあ、数少ない、私より強そうな候補だったのに……」


「良く分からないな。強いと候補に入るのか?」


「自分より強い。うちのチームは全員それが最低条件よ。そのせいもあって余計に恋愛禁止みたいな感じで見られてるの」


「カザックの街だと、ほとんどはそれで除外されるかニャ。カイナより強くても、性格面で難ありが多いのニャ」


「という訳でイズミさん。私と戦って」


「どういう訳で、そうなる……それと呼び捨てでいい」


「じゃあ、私の事も普通に呼んで。キアラにしてるみたいにね」


「それはいいけど、何故戦う必要が?」


「キアラが認めたその実力を知りたいの。彼女が強くなりたいと思った切っ掛けの、その強さを」


 目力がすごいな。


「……今からか?」


「もちろん、今すぐよ」


「んニャ、カイナ……今すぐは……」


「いや、いいキアラ。言い出したら聞かないんだろ?」


 カイナを止めようとしたキアラを手で制し、戦いに応じる事にした。「でも……」とキアラは渋ったが、この流れだと彼女は止まらないだろう。何故かそう思わせる空気を纏っている。

 今の状況での戦闘が、吉と出るか凶と出るかは分からないが……。


「舐めてるわけじゃないが、なんとかなるだろう。何かあったら頼むぞリナリー」


『……わかった。即死だけはダメよ』


 不吉な事を言うなあ。





 ~~~~




「ルールは?」


「真剣勝負」


 致命の一撃もあり、か。

 その眼は真剣であり、自分が被る致命傷も考慮した上での言葉のように思える。

 何がそこまでさせるんだ?

 キアラが認めた実力、と言ったくらいだからある程度の強さは承知してるはず。

 いや、オレの甘さを見抜いて言ったのだとしたら……相当な場数を踏んでいる人間の揺さぶり方だ。


「……了解だ。キアラ、はダメだな。冷静さを欠いてる。トーリィ、そういうルールだが一応判定役を頼む」


「……分かりました」


 不承不承といった感じだが、あの顔は危なくなったら介入する気だな。

 万が一そうなったら頼むぜ、ホント。


「それでは……始めッ!」


 くっ! 様子を見てくるかと思ったら先手必勝か。

 間合いを詰めるのが早い。

 カイナはロングソード、オレは木刀。

 剣の間合いとしては似たようなものだが、速度で圧倒される。


「あなたの強さはそんなものなのッ!?」


 ギリギリでかわし、いなし、なんとか凌いでいるが本当に紙一重だ。

 それにしても、この世界の人間の身体能力は馬鹿げてる。

 こんな速度の斬撃や体捌きは向こうの世界ではまずお目にかかれない。


「ある意味ではな!」


 一瞬、怪訝そうな表情を見せたカイナだったが、本当に一瞬。

 すぐさま、そんなの関係あるかとばかりに無数の斬撃を繰り出す。

 もうちょっと手加減してくれよ。ホントに死ぬぞ。


 などと、言ってはいられない。

 真剣勝負と言ったからには手を抜くなど在り得ないと、殺意をも内包したカイナの意思が、形を持ったかのように錯覚するほどの気迫。


 集中しろ、集中だ。集中……集中……。

 余計な思考をそぎ落とせ。今、目の前にいる人間を人間として見ず。

 剣戟の流れの中、人間を装置として捉えろ。


 数限りなく繰り出される剣線。

 僅かな隙、剣を振るう時のミリ単位のクセ。足運びと切り返しのタイミング。

 虚と実の使い分け。

 その全てを視ろ。


 フッ……フゥ……フゥ……フゥ……。


「攻撃が!?」


 フぅ……フぅ……ふぅ……っはは。

 やっと、やっとだ。防御を起点に、やっとそれらしくなってきた。

 無駄な動きを一切排除し。

 カイナに迫る。


 久しぶりだ。このヒリヒリするような感じ。


「その速さで、どうしてッ!?」


 オレに数倍する速度での撃ち込みによる飽和攻撃。

 にもかかわらず、オレが反撃している事に驚愕するカイナ。そのせいか、剣筋に動揺が見られるようになってきた。


 あと9手。

 5手、3、2、1……


「せあッ!!」


「くっ……!」


 お互いの動きが止まる。

 オレの木刀は首もと。

 カイナの剣はオレの心臓に狙いを定めている。


「引き分け、だな」


「……いいえ。私の負けね……」


 ふむ……。かなり危うい橋を渡ったが、オレの狙っていたものが何か気付いたようだ。


「私はやや後退しながらの横薙ぎに近い突き。それに対してあなたは完璧な体勢での突き。等しく急所に向けられていると言っても、この後の結果が大きく違うわ」


「……そうだな」


「どういう事ニャ? 横薙ぎでもカイナの剣なら心臓に届くはずニャ。どうして負けになるのニャ?」


「それは、カイナさんの言う通り、イズミさんの狙いがここで終わりではないという事によるんだと思います。おそらく……まだ間合いに余裕のある突きを出し切るのではなく……更に踏み込むのではないかと……」


「ニャ!? それじゃあイズミも深手を負うニャ! カイナなら距離が多少変わろうがその場で対応して心臓まで届かせる斬り方が出来るはずニャ」


「カイナさんも当然それを狙っていたんでしょう。ですが、最後の場面。見覚えがありませんか?」


「見覚え……って……ニャッ!」


「そう、あの魔毒使いを倒した時の突きです。あの時とは左右逆ですが」


 良く見ている。

 トーリィの解説は捕捉が要らないな。

 カイナとの決着の時、変形の左霞構えではなく、右の霞構えでの突きを繰り出している。

 そして、既に右足を引き寄せ始めて踏み込む寸前の状態になっていたのだ。

 シルエットとしては微妙なポーズ。


「本来なら、右手のみの突きが右足の踏み込みと同時に出されて完成するはずです。ここからがあまり信じたくない話なのですが……その技を出すにあたり斬られる事を前提としている、ですよね……?」


「ニャッ!?」


「すごいなトーリィは。ほんの一瞬の事なのにそこまで分かるか。確かにその通り。かなり際どいタイミングだけどな」


「とてもそうは見えなかったけど……」


「いや、ほんの少し間がズレただけでも真っ二つだぞ。まあ、そうならないように手は尽くしていたつもりだけど、実際ひやひやもんだ。ちょっとでも遅れればオレの狙いは崩れてたな」


「斬られる事を狙ってたのに、その上まだ何かあるのニャ?」


「ああ、そういう意味じゃない。狙いってのは斬られ方の話だ」


「何がなんだか分からなくなってきたニャ……」


「そう難しい話じゃない。踏み込んで斬られる時に、剣を上手く肋骨で滑らせられるかどうかって話だ。身体の回転を利用し一瞬でも逸らせる事が出来たら残った左手で剣を払いのけつつ、突きの完成だ」


「左手も犠牲にするつもりだったんですか……」


「角度次第だけどな。指が飛ぶか腕が飛ぶか。まあ、手足とお別れしても、現物が残ってさえいればリナリーがなんとかしてくれただろうしな」


「一歩間違えば死ぬ。なのになんの躊躇もなく、その選択が出来る事が信じられないんですよ……」


「そこまでしないと勝てなかったんだよ」


 でも予想以上の結果が得られた。

 即死もなかったし、手足も繋がってる。お互い五体満足。

 結果としては最上と言ってもいいんじゃないだろうか。


「あ~あ、同じような条件ならいい所までいくと思ったんだけどな~」


 同じ条件? どういう事だい。

 と思って聞けば。

 ここまでの強行軍で魔力の消費がかなりあったと語るカイナ。

 先程の戦いも、ほとんど強化せずに臨んでいたと。

 オレのほうの状態を見てそう判断した理由としては、直前までこの鍛錬場で大量の魔力が消費されていた事を、オレの魔力が感じられなかったのと結び付けていたようなのだ。

 

 同じように魔力を失った状態なら、と思ったわけだ。 


「……カイナ、その事なんだけどニャ――」


 これ以上黙ってるのが居た堪れないと、キアラが言いかけたその時。


「あーっ! やっぱりこうなってましたね!」


 森の中から二人の人物が現れた。

 一人は見た事はないが、もう一人は見た顔だ。


「イルサーナか、遅かったな」





 ~~~~





「イズミ……さん?」


「おう。紛う事無きイズミさんだ」


「「知り合いなの(なのニャ)!?」」


「メイドの土産のお客さんで、常連さん候補ですけど。そんな事より! またカイナは戦おうとしてる!」


「いやまぁ、ねえ……」


「いつもいつも、品定めするみたいに挑むクセ。なんとかしてくださいってば! 気が気じゃないんですよ、相手がいつか死ぬんじゃないかって」


 いつもこんな感じで戦いを始めちゃうのか。

 しかも模擬戦ではなく、真剣勝負で。「言うほど、いつもではないんだけど……」とカイナは言うが、そりゃあ仲間としては気になるだろうな。

 しかし、まず気にするのが相手の安否なのは、ちょっとどうなの――いや、何も言うまい。

 イルサーナの言いようから推察するに、大事になるような怪我は負わせないようにはしてるようだが。


「でも今回は止めさせてもらいますよ。魔力が少ない状態で勝負なんて危なくてしょうがないですよ。イズミさんも受けないでくださいよ? って、あーッ!?」


「なんだ、オレが何かしたか?」


「魔力を感じないと思ったら私の造った魔力抑制具マナワイア着けてるじゃないですか! 絶対戦っちゃダメです! そんな事したら、イズミさんでも死んじゃいますよ!」


「それはそうだろうなあ」


「どういう事ニャ!?」「どういう事なんです!?」「どういう事なの!?」


 それぞれ、キアラ、トーリィ、カイナ。輪唱とかサラウンドみたいな感じで、いいチームワークだ。問い質したい内容は違うだろうけど。


「なんだ、気付いてなかったか?」


「え~っと、何の事ですか? イズミさんが魔力抑制具マナワイアを着けてる事で何か問題があったんですか……?」


「イルサーナの疑問も最もなんだけどな。実はもう戦った後なんだよ」


「え゛……その状態で、ですか?」


 他にどんな状態があるというのだ。


「無茶しますね~。真っ二つになっていないところを見ると、途中でお開きになりましたか?」


「いや、勝った」


「やっぱり仙人か何かじゃないんですか……?」


「それはない」


 そんな会話をイルサーナとしていると、ちょこんと小柄な女の子がオレの脇に立って見上げていた。

 オレの服の裾をくいくいと引っ張り。


「どうやって勝ったの? 教えて」


 どこからどう見ても魔法使いだな、この子。

 ヒラヒラのローブに杖。ローブの下は、短めのワンピース風のスカート? 

 いわゆる魔法装束なのに帽子も含め、なかなかオシャレに着こなしてる。色使いとかもポイントなんだろうか。

 それにしても表情が薄いコだ。


 イルサーナも聞きたいようだし、おさらいといこうかね。

 そのつもりでいたのに……。


「――で、私が後退しながらの横薙ぎしかないって状態に追い込まれて、そこで終了。今にして思えば何手か前の時に選択肢が潰されてたのね」


 いつの間にかオレの説明ではなくカイナとキアラ、トーリィの、当事者と第3者目線による反省、感想会みたいになってた。


「ん、大体わかった」


 魔法使いの子は知りたかった事が知れて、取り敢えず満足した様子。


「は~、本当に無茶しますね~」


 変わってイルサーナはというと、だいぶ呆れていた。

 それもそのはず。リナリー以外で、かなり正確に現状を把握してる一人だからだ。

 今現在、付与魔法ガチガチのローブは着ていない。

 魔力が動かせないと、途端に感度が悪くなるから。通常の状態ならローブを着ていても空気の流れ等の微妙な気配の差も感じ取れる。そういう仕様にしたから当然なんだが。

 だが魔力抑制具マナワイアを装着すると逆に付与された術が邪魔をして、全く察知出来なくなる。

 それを解消しようと魔力抑制具マナワイアを付けている時はローブは脱ぐ事にしたわけだ。

 そのせいで別の弊害があるので、ちょっと頭が痛い。


「……何回死にそうになりました?」


「4回?」


「何故、疑問系なんですか……」


「無駄な思考をそぎ落としてたからなあ。覚えてるのがそれくらいって事で」


 その答えでさらに呆れたというか、困惑の表情になった。

 イルサーナとしてはどう反応していいのか分からないのかもしれない。


「そうニャ、その事にゃ。死ぬってどういう事ニャ?」


「あ~、なんて説明すりゃあいいか……。これ着けてると、魔力が全く動かせないし、回復もしない。おまけに全ての永続強化も機能しなくなる」


 コクリと頷くキアラとトーリィ。カイナは「え……そ、そうなの?」と僅かに動揺しているように見える。どうやら魔法が使えなくなるだけと思っていたようだ。いや、魔力抑制具は知っていたが詳しくは知らなかったか、もしかしたらイルサーナ製のこの魔力抑制具マナワイアが特別なのかもしれない。

 魔女っこのほうは、素直に「そうなの?」と、知らなかった事を知った時の、感心したようなリアクション。


「でな、感度も鈍るからローブも着てない。そうなると防御力がガタ落ちなわけだ。なんせ全ての強化がキャンセルされてるからな。魔力への抵抗力も落ちてる。ぶっちゃけただの打撲でも死ぬ可能性があるんだよ」


「「「ッ!!」」」


 向こうの世界の人間と戦うのなら問題はない。

 しかし、こちらの人間との場合、必ずと言っていいほど攻撃には魔力が乗ってる。

 今の状態でその魔力を叩きつけられると、ただの打撃であったとしても数倍の威力になって衝撃として全身に駆け巡る。


 先程のカイナの魔力状態でも斬撃と合わせれば、実は相当危ない。

 血で骨の上を滑らせるなんて言ったが、本当に危うい賭けだったのだ。

 そうならないように保険として剣の腹を叩いて逸らせるつもりではいたけど、確実に指は飛んでいただろうな。

 まあ、そうならなくて良かった。お~怖っ。


「そんな状態なら言ってくれればやめたのに……」


「本当に?」


「う……」


 魔女っこに突っ込まれて言葉に詰まったカイナを見て、怪しいと思ったのはオレだけじゃなかったようだ。白のトクサルテのメンバーは特にそう思ったみたいだ。

 ま、オレも別の思惑があったから、それはいいんだけどな。


「戦った事に関しては気にしなくていい。オレも打算で動いたからお互い様だ」


「打算?」


「温い環境が続くのはオレとしては避けたかった、ってのが理由だな。悪いとは思ったが利用させてもらった」


 告げた内容に眼を白黒させるカイナ。

 溜め息混じりに、「そんな危ない打算は聞いた事がない……」という、その口調に力はない。


「それ以前にですね、そもそも普通に動けてる事がおかしいんですよ? カイナはこれがただの魔力抑制具マナワイアだと思ってるようですけど、これは更に拘束力を上乗せした麻痺拘束具パラワイアとの交雑種ハイブリッドですからね?」


「えぇっ! そうなのッ!?」


「ただの魔力抑制具マナワイアでさえ動く事自体困難なのに、麻痺拘束具パワイアを装着して戦闘なんて常軌を逸していますよ」


「そこまで言わんでも」


 な~んか拗ねてるなあ。

 自分の作品が想定通りの効果を発揮していないのが悔しいのはわかるけど、オレに八つ当たりされてもなー。


「なんですか仙道って。そんな人間を辞めたような方法で動くなんて完全に想定外ですよ」


「研究し甲斐があっていいだろ?」


「それも程度によります。内在力なんてワケの分からない力、どうやって調べればいいって言うんですか。解剖させてくれるって言うんですか。そうですね、解剖しましょう! 是非そうしましょう! そうすれば――」


「止め」


 魔女っこが後ろから杖で頭を殴りつけたけど、結構強くいったな。

 手馴れてる感がすごいんだが。


「ハッ!? 生の研究対象を目の前に我を忘れました」


 忘れるなよ。まあ、協力すると言った手前、解剖以外なら力は貸すけど。


「あっははははは! はぁ~。まさか仙術まで使うとはねえ。剣術もだけど、弱体化して尚、上を行かれたんじゃ、いい訳のしようがないかな。キアラが認めるのも当然って事ね」


「ニャッ、あたしも仙術は知らなかったのニャー」


「それにしてもイルサーナは何故、彼の強さを知ってたの? 店員とお客なんてそんな事知る機会ないでしょ?」


「ここまで強いとは思ってなかったですが、私とハンマーを同時に軽々と持ち上げてましたからね」


「ッ! それは……魔力抑制具マナワイアを着けてなかったら、私はミンチになってたかもね」


「キアラの仲間をいきなり挽肉にするわけないだろ!? それよりも、イルサーナを持ち上げるとなんでそうなるんだ? この前も聞きそびれたけど」


「気付いてないってすごいですね。ある意味私は嬉しいですけどね~。えっとですね……私を持ち上げた時、重くありませんでしたか? 私、普通の人の五倍は体重があるんですよ」


「マジで?」


「マジで」


 五倍……イルサーナの見た目のみで判断すると、多く見積もっても50キロ前後か? それの五倍なら約250キロ?

 この外見で、どうしてそんな事になってる。


「すげえ着痩せだな」


「着痩せで済ますのニャ?」


「あはは、そんな訳でイズミさんが強そうだなというのは分かってました」


「なるほどね~……ちょっと待って。なんでそんな事になってたの? 抱きかかえるなんて普通は……イルサーナ、まさか欲求不満で押し倒したのッ!?」


「欲求不満ってなんですか! 違いますよ! 空腹で倒れただけです! ……でも、憧れのお姫様抱っこも経験出来て夢のような時間でした。ただ、その時にハンマーの柄が私の大事な所に……欲求不満になったのはその後です!」


「何したニャッ!?」


「何もしてねえ! ってか欲求不満とか言うな!」


 誤解されるだろうッ!

 それに、そんな事を聞かされてオレが悶々としたらどうしてくれる。

 それはいいけど……。

 あの……トーリィさん? 「お姫様抱っこ……」って遠くを見ながら何を想像してるの?


 ん? なんかリナリーがごそごそと……


「あーっ! もうッ! また女の子が増えた!」


「「「妖精ッ!?」」」


 あ、リナリーが放置されて爆発した。

 




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