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第五十五話 魔力増加、厄介事も……?




「ハァ……ハァ……んニャあ……だめニャ……こんなの入らないニャァ……」


「平気、平気。いけるって」


「ッ! うくぅ……ッ」


「な? 思ったよりすんなり入るだろ? ほら、トーリィも初めてだからって力が入りすぎだ。身体の力を抜いたほうが入れ易い」


「は、はい……」


「よし、いいぞ……」


「んっ……想像した以上に、すごいです……。は、入るとは思いません、でした……あっ……」


「トーリィにも、ちゃんと入ったな」


「……イズミ。狙ってやってるでしょ?」


「さて、なんの事やら」


「私は協力しないわよ?」


「ええッ!? なんでだよ」


 今のヤツ、音声だけくれよ!


「わざわざ声のトーンまで変えて。よく、そういう遊びを思いつくよね」


「な……何の話ニャ? って、もう駄目ニャあ! 限界……ニャ」


「わ、私も、これ以上は……ッ!」


「ふむ、まあ最初だから、こんなもんか」


 崩れ落ちた二人を見ると、若干ながら顔に赤みが差している。

 別にいかがわしい事をしていたのではなく、魔力量の増加に必要な手順を踏んでいただけだ。

 ついでだから、使えそうな音声も収集しようかと思ったのに、リナリーに阻まれた。

 

 最初という事もあって、いきなりこれ以上は無理そうだ。

 しかし、思った以上の成果があったのではなかろうか。

 

 予想より上手くいったようでホッとしたが、始めはどうしようかと色々と悩んだ。

 そしてアレンジを加えるのは難しいという結論に達したのだ。

 いや、教育方針の話なんだけどさ。

 こういった個人の才能に依存した、と言い切ってしまうのは迷うが……とにかく、そういった能力の場合、本来なら個別にメニューを組んで効率化を図るべきなんだろう。

 それは分かってはいる……


 ……んだけどさあ。

 自分の中に、一般的な魔法を教えるなんて下地もないし、それに必要であろう膨大な凡例も情報として持っていない。

 何の制限もなく魔法の情報を開示出来た妖精の里は、かなり特殊だったんじゃないだろうか。

 明かしていい情報と、そうでないものの取捨選択が難しい現状だと、取り得る手段が限られてくる。


 なので、まずは徹底的に基礎を鍛える事にしたのだ。

 要するに、魔力量の増加と魔法を使いまくる事による脳の最適化。

 その最適化を効率的にするために、まずは魔力量の増加となったわけだ。


「魔石経由で他人に魔力を無理矢理譲渡するなんて、可能だとは思いませんでした……」


「そうなのか? 割と一般的な技術だって聞いたけど」


 魔石を使って魔力を補充するのは誰にでも可能。

 そして、自分に取り入れるはずの魔力を操作して他人に渡す事も出来る――はずなんだけど。


「この方法で魔力を増やす人がいないというのが、一般的ではない証拠、ではないかと……」


「ふーむ。失われたワザ、と言うほど有名じゃなかったのかね」


「少なくても、私は魔石から自分以外に魔力を移動させるのは無理ですね」


 オレの持つ魔石に手を置き、同じ事をしようとしたようだが、無理だったらしい。

 表情が、ほらね、と。


 魔力操作が原因か? イメージによって自在に魔力を動かせないと難しいってのが考えられるが、実際はどうなのか。普通に一般化した技術だと思ったんだけどな。

 まあ考えるのは後にして。


「オレが出来るから問題ないだろ。そのうち二人も出来るようになるかも知れないし、取り敢えず魔力の基礎保有量を増やす事を目標にしようか」


 今回の魔力保有量を増やす方法は至って簡単。

 外部から直接魔力をぶち込んで、無理矢理その枠を押し広げるという方法。

 自身に魔石から魔力を補充すると許容量以上は吸収できないが、他人から送られてくる魔力はその制限がない。


「枯渇後の回復以外でも増加させる方法があったのは驚いたニャー。ちょっと意識が飛びそうになるけどニャ」


 風船を膨らますみたいに魔力を注いでいけば、徐々にだが保持出来る魔力量が増える。

 入れ過ぎたからといって破裂するような事はないので、取り敢えずは安心。

 ただ、あんまりいきなり過ぎても、身体が追いつかずに気絶してしまうようだ。

 一種の自己防衛だな。


「それに、他人が動かした魔力が入ってくるのは……ふ、不思議な感覚だったのニャ……」


「そ、そうですね……くすぐられてるような、撫でられてるような……そんな感覚が身体の内側であったんですよね……」


 え、何それ。

 オレにもその感覚プリーズ。

 あれ? そういえばイグニスがオレに試してた時は……。

 あの時は吐き気が凄かったんですが……。

 もっと気を使ってくれてもいいんじゃないの? いや、気を使ってアレなんだろうな、きっと。

 生物としての在り方が違うんだから仕方ないよなあ。


 二人のこの反応からすると、オレの時とは随分違うみたいだ。

 若干、モジモジと照れているような、そんな反応だ。


「オレもやった事あるけど、そんなに生易しいもんじゃなかったんだよなー。何が違うんだ……? まあいいか、ふたりがキツいって感じるようだと後が続かない。それよりどうだ? 増えた感覚はあるか? オレから見て、一割の半分程度は増加してるんじゃないかと思うんだが」


「この場で自覚出来るほど増えるとは思いませんでした。枯渇後の回復だと、何となく増えたような感じがするという感覚が続いて、それから回数をこなすうちに、いつの間にか増えていたというのが魔力増加に際しての常識ですからね」


「思ったより効率が良いな。変化がなくなるまでしばらく続けようか」


「何ヶ月もかかって、やっと増えるかどうかって量なのにニャー。無理矢理とは言え体感出来る程ってなるとちょっと怖い気もするニャ。でも、なんでそんなに急いで魔力量を増やすのニャ?」


「無いより在ったほうがいいのは当然だけど、あくまでも準備だな。一番の目的は最適化だ」


「「最適化?」」


「そう。最適化。オレの持論というより、そう教えられたんだが。人間が歩くのを覚えるというのは脳が身体の使い方を学習して最適化した結果だ。武芸もその延長戦上にあるが、この場合は身体を自在に動かすという最低限の基礎という土台の上に練磨して乗っけていかなきゃいけない。だから時間もかかるし難しい。理想の到達点は歩く、走る、と同じように生物として備わった機能と同等の感覚で身体が動くようになる事だな」


 そこまでやるのかと、目を剥いてる二人に苦笑が漏れそうになる。

 まあ、理想だから。


「話が逸れたな。そこで魔力や魔法はというとだ。ちょっとやそっと使ったくらいじゃ、よちよち歩きにもなってないんだと」


「そうなんですか?」


「どうも、そうらしい。ま、これには原因があってな。魔法が使えると言われる人間の平均的な魔力量――オレはここの所は詳しくは知らないんだが、その魔力量では幼い頃から魔法を使っていたとしても最適化には程遠いそうなんだ」


「えっと、どういう事でしょう。幼い頃から魔法が使えるのなら、相当有利だと思うのですが……」


「確かに、その場合は環境も整ってる可能性もあるし結構有利かも知れない。でもな、やっぱりそれも魔力量と時間に制限されるんだよ。使える回数と回復に必要な時間に。無制限に回復出来ればいいけど、誰がその魔力を提供する? 貴重な個人の財産だぞ」


「それは……そう、ですね。貴族であったとしても、魔力を他人に提供させてまで魔法の訓練をするというのは聞かないですね……」


 仮に居たとしても、大っぴらには言えないだろう。

 魔力を譲るほど持ってるという事は、魔法に適性があるという事。その者の可能性を色々と潰してまでとなるとな。

 金で買っているというのも在り得るが、それこそ吹聴できないんじゃないだろうか。

 軽犯罪者にはいい罰かもしれないと、ちょっとだけ思うけど。

 もしかしたら拘束や拘留した犯罪者、または収監している受刑者なんかの魔力を利用してる可能性はある。

 心情的に、そういう魔力を使う事に抵抗がなければ可能だろう。

 まあ、その手の魔力はおそらくは公共の施設やシステムなんかに利用してるんだと思う。


「そういう魔法具があっても高いだろうしな。何より要求される性能に達してるかも分からんから手も出しづらいんじゃないのかね」


「イズミの言う通り、回復系の魔法具はやたら高いニャ。だったら、はるかに安い魔石を、たくさん買ったほうが断然良いって話になるのニャ」


「だろうな。で、今の話で分かるように、魔石に込めるのも基本は自分の魔力なわけだ。なにかあった時のための備えとして用意するものだから、それを使ったとしてもあまり意味はないだろ?」


「なるほど。魔石に込めてから魔法として消費するか、魔石に込めずに消費するか、どちらにしても使う総量は変わらないという事ですか」


「魔石を使って効率化できればいいけど、難しいかもなあ。逆効果の可能性も高いし」


 効率化も他の事と同時進行が前提だから、どうなんだろうね。

 魔法の訓練を出来ない時間を利用して魔石に魔力を貯めておくのなら多少は有効か?

 でも、魔石に込めるときのロスを考えると、かなり微妙かも。


「で、その問題をアホみたいに魔力のあるイズミが、力ずくで解決しようってなるのよね」


「アホみたいは余計だ。まだ増やせって言われてるんだぞ」


「イズミの魔力の総量はよく分からないのニャ。相当な魔力量だろうなって圧迫感は感じるけど、正確には測れないニャ」


「お漏らししないように頑張ってるからな。オレの魔力の事より、まずは最適化だ。ソレに必要なのは魔法を使いまくる事。魔力量が増えれば一度に放出可能な量も増やせる。とにかく多くの魔力を使うのが脳の最適化には一番良い。あとは成長期だから丁度いいってのもある」


 枯渇させてからの、いわゆる超回復で増量する以外に、自然成長でも魔力量は伸びていくのは一応知ってる。

 何もしなければ、その成長率は微々たるものだ。

 体感的に表現するとすれば、超回復は筋肉を鍛えるような感じで、自然成長のほうは身長が伸びるのを実感できた時のような感じか。

 どちらも一日で変化が分かるようなものではないが、数ヶ月で目に見えて成果が現れてくる筋トレや年単位で実感する身体の成長に例えると分かり易いかもしれない。


 しかーし。

 この成長期に、今回やったような外部からの干渉で魔力量を増やそうとすると、通常よりかなり早く成長させられる。

 本当に風船を膨らませるように、その容量を増やせるのだ。

 実際にオレが誰かにやった事はないが、試しにとイグニスから受けた拡張実験で実証済み。

 実験と言うと聞こえが悪いな。昔は当たり前だったらしいから、確認と言ったほうが良いか。

 

「なんでイズミはそんな事を知ってるのニャ? 話を聞いてると、情報が昔の常識に基づいてるような気がするのニャ。やっぱりお師匠さんの影響ニャ?」


「だな。オレの師匠はかなり特殊だから」


「イズミさんから見ても特殊なんですか……?」


「お? 微妙にひっかかる物言いだなトーリィ」


「えっ、えぇっと……あはは……」


 段々遠慮がなくなってきたな。というより遠慮するという事に意識を割く余裕がなくなってきたのかもしれない。

 オレとしては悪い傾向ではないと思うので、どんどん崩れてくれていいぞ。


「凄そうなお師匠さんニャー。そこまでイズミが言うなんて、一度会ってみたい気がするのニャ」


「ま、いずれな。機会があれば、だ」


 この二人を神域に連れて行っても問題はないだろう。

 神域内に入るのもオレがいれば何の障害にもならない。

 ただし、今のままだとまともにイグニスと対面出来るかどうかは微妙な所だ。


 そもそも、イグニスを認識できるかが怪しい。

 どういうわけか、神域内にいるイグニスは一定以上の魔力を持たないと認識するのが難しい。

 本人が姿を見せようと意識をしない限り目の前にいるのに、いない事になる、なんてワケの分からない仕様なんだなこれが。

 神域の管理を任された時にそういう仕様にしたらしいんだが。


「よし、休憩はこのくらいにして。昨日と同じように身代わり君に魔法を撃ち込もうか」


「え、今から講義じゃなかったのニャ……?」


「はっはっは! ……何を言ってる?」


 時間は止まってはくれないぞ。

 限りある時間を有効に使わないと。


「「…………」」


 まじで? みたいな顔してるけど気持ちは分からないではない。

 無理矢理、拡張されると頭がふわふわして上手く魔法を使える気がしないんだよな。

 詠唱からの魔法行使の場合、集中が乱されるどころじゃない。

 だからかも知れない。もうちょっと魔力が落ち着くまで時間を置くと思ったんだろう。

 場の空気的にも、そんな雰囲気になっていたのは確かだ。昨日の魔方陣の解説の続きでもやると思ったのかもしれない。

 だが、甘い。


「今の状態で魔法を使うと色々と効果的なんだよ」


「そ、そうなんですね」


「うニャ……。分かったのニャー」


 昼食までは3時間以上ある。

 それまで思う存分、身代わり君にリベンジだ。





 ~~~~





『それ程、魔方陣に詳しいわけじゃありませんが、これは、なんというか……すごいですね』


『説明文を読むと、別の意味でもすごいと思うのニャ』


『あぁ、うん。偏ってるよねえ』


 何処がじゃ。


「何処が? みたいな顔してるけど、全ての説明文に、このイタズラに使えそうだ、とかいる?」


「要るだろう。思い付いたからには書いておかないと忘れる」


「イズミの記憶能力って、なんか不思議よね。外からの情報だと音だろうが映像だろうが意識しなくても、かなり残るのに、自分の思考内容は結構忘れるんだから」


「そこまで何もかも覚えてたらヤバイだろ。日常生活が送れなくなるぞ」


「それもそっか」


 キアラとトーリィが身代わり君1号にリベンジしてる傍らでオレが何をしてるのかと言うと。

 昨日の魔方陣の解説がどんな感じだったのかリナリーに確認してる所だ。


 口で説明してもいいけど、と言っていたのに結局、面倒になったらしく妖精の瞳で再生する事になったのだ。

 ちなみに広場のほうから再生映像は見えない。

 画面が小さい上に、遮光のための横幕が張ってあるから向こうからは確認のしようがない。

 その点、こちらはちょっと姿勢を変えれば、向こうの二人を確認出来る。


 お、昨日よりは泥団子の被弾率が下がったかな?「うニャー!」とか「ていッ!」とか聞こえてくる。


『あれは何をしている所なんですか?』


『アレ? ああ、準備運動らしいわよ。柔軟体操なんだって』


『柔軟……身体をほぐすだけにしては、随分と入念にしてますね』


『確か、呼吸法がどうのって言ってた気がする』


『事前準備と呼吸法ですか……今更ですが、始めて聞く事が多いですよね……。えっ? あれって……魔力抑制具マナワイア……?』


魔力抑制具マナワイア? 随分珍しいもの持ってるのニャー。って、着けたニャ!?』


『あれで誤差修正するんだって。循環強化や強化タフ・ドライブで、動きが大雑把になってたみたい』


『誤差修正って……なんで動けるのニャ……本当に魔力抑制具マナワイアなら指一本動かせないはずニャ』


『気合で動いてるらしいわよ』


『そんな馬鹿ニャ……』


『でも、本当に魔力が一切動いてませんね……』


 昨日の夕食の後、オレが鍛錬している時にこんなやり取りがあったわけね。

 リナリーも操気術の事を気合と説明したが、意識で内在力を操作してるのを気合と言えなくもないから間違ってはいないんだよな。


『綺麗な動きですね……見たこともない型ですが、驚くほど洗練されているのが分かります』


 しばらく会話がないと思ったら、オレの鍛錬を見てたのか。

 そんなに見られてたと思うと照れるなあ。

 って、冗談はいいとして。

 口ぶりからすると、やはりトーリィは正式な武芸を誰かに教わった事があるようだな。


魔力抑制具マナワイアを着けてというのが、更に驚きですけどね……』


『驚くよりも呆れるのニャ。何を信じていいのか、土台から崩されるこっちの身にもなって欲しいのニャ』


『イズミと一緒にいるなら、色々とかなぐり捨てて真っ白になっておいたほうが楽よ』


『とんでもない色に染め上げられそうだニャー……』


『少なくてもピンク色は入ってるかな』


『何故、その色限定なんですか……いかがわしい気配しかしませんよ? 興味がないわけじゃないですが心の準備というものが……』


『トーリィは意外とムッツリの部分があるのニャ?』


『えっと、そうなんですかね? 身近に同年代の男性があまりいなかったので自覚はなかったのですが』


『そういうキアラはどうなの?』 


『あたし? あたしはいたって普通のスケベだニャ。かまととぶるようなキャラじゃないのニャー』


 普通のスケベって。

 むしろ気にするべきは、M気質のほうじゃないかと。


「ここから先はガールズトークだから、ダメ」


「なんだよ、やらしいな」


「やらしくない!」


 リナリーの判断なら仕方ない。

 聞きたくないと言えばウソになるが、今のこの3人だとそこまで突っ込んだ話にはならないだろうからな。


 しかし、まあ大体分かった。

 昨日、オレが鍛錬している時間は魔方陣の解説もそこそこに、会話してるかオレの型を眺めながら感想を言ったりしてたわけだ。


 で、いつの間にか眠ってしまったと。

 うーん、昼間に仮眠したのに、それでも睡魔に勝てなかったって事か。

 ちょっと修行内容をセーブしたほうがいいか?

 いや、慣れてないだけでそのうち平気になるだろう。大丈夫、大丈夫。

 オレでさえ慣れたんだから、もとからこの世界の住人の二人ならいけるって。


「そろそろ、一回目の魔力の補充が必要かな? 昨日より魔力の消費が早い。いい感じだな」


「人間の平均というか基準が分からないけど、二人はどんな感じなの?」


「ギルドで見た他の冒険者を基準にするとしたら、かなり良い方だと思うぞ。キアラは腕が良いって言われてるパーティのメンバーだし、トーリィはそのキアラと遜色ないように見える」


「間違ってもイズミを基準にしちゃダメって事だよね~」


 どういう意味じゃい。

 と突っ込みたいけど、いい加減自覚してきたから言わない。

 イグニスという規格外の存在から指南されたオレも、どうやら規格から外れつつあるらしい。

 まあ日本に居た頃から、巨乳の幼馴染には色々おかしいと何度も言われていたので、似たような事を指摘されても今更な感はある。


「あ、魔力が完全に切れたみたいよ」


 昨日よりはマシになったとはいえ、やっぱり被弾してるな。

 一歩間違えればハニワや土偶、いや兵馬俑の兵士に見えてしまいそうなくらい泥だらけ。

 兵馬俑が彩色されていたという情報はこの際は無視だ。


 このまま魔力を補充して続行というのもちょっと可愛そうな気がするし、少しサービスしとこうかね。

 水流ロア・トールの魔法を少しだけアレンジして二人の頭上で待機。

 空中でゆらゆらと渦を巻く水の塊を見て怪訝な表情の兵士俑二人。


 適温になったようだし、そろそろいいだろう。


 それッ!


「ひニャあぅ!?」


「あうっ?……お、お湯、ですか?」


 多少、乱暴だが頭上からバシャアっと。

 首から下を水流に包まれた状態で、なにするの? みたいな顔で期待、じゃないなこれは。

 ちょっと何が始まるか分からなくてビビッてるようだ。


「そう。ちょっと待ってな。――よし、全自動洗濯機~」


「うわにゃにゃニャあーッ!」


「なんですかこれはー!? あぅ! ひゃっ!?」


 言葉にした通りの魔法。

 お湯の塊で二人を包んで、ぐるんぐるん。

 隅々まで汚れを落としてやるぜ。


「く、くすぐったいニャ! なんか色々すごい事になってるニャアッ!」


「ち、ちからが抜けます……!」


 うッ? 何故そんな目で見るリナリー。

 べ、別に変な事なんかしてないぞ! 

 気分転換に時々やってる事を二人にやってるだけだ。リナリーだって何度も目にしてるんだから分かってるはずだろ。


「男女差というものを考えてないでしょ」


「あ……」


 何も考えてなかった。

 普通に考えて女の人のほうが敏感な部分が、ゲフン!

 ……と、という事で、あんまり水流ロア・トールは動かさずに、汚れだけを浮かせて綺麗にしたほうが良さそうだ。


「はぅ……いきなりの刺激にビックリしたニャ」


「ちょっと今までにない体験でした……」


 お、おう。

 そんなつもりはなかったけど、なんか悪い事したな……。

 綺麗に洗い流してすっきりした事で、そっちのほうも洗い流してくれると。


 それはさておき。魔力の補充と休憩を挟んだら、とりあえず昼まで頑張ろうか。

 昼食を済ませたら、お昼寝タイムのあと再開だ。

 幼稚園児みたいなスケジュールだけど、これなら無理なくいけるだろう。たぶん。


 夕食後も継続して魔法を使うが、放出系の魔法ではなく支援系の魔法で魔力を消費していくカリキュラムだ。

 がっつりやるわけではなく、雑談も交えながらなのであまり負担にはならないはず。

 おっと、まだ水流ロア・トールが二人の身体に張り付いて待機したままだった

 汚れた水は既に分離済みだけど、綺麗な水も二人から引き剥がさないとな。


「うにゃにゃにゃニャーッ!?」


「最後に一番すごいのが……ッ!」


 え、あれ?

 はあ、はあ、と若干息が荒いけど、なんで?

 濡れた衣服から後で水分を飛ばす事も出来るけど、だったら水流ロア・トールを引き剥がす時に水分が残らないように操作すれば手間が省ける。

 そう思って今まで使ってたんだけど。


「全身同時に舐められてるみたいで、すごかったニャ……」


「水流の魔法に、こんな使い道があったなんて……」


 自分に対して使ってるのと、そう違わない感覚でやったはずなのに、おかしいな。

 というか使い道ってなんだ使い道って。


「そ、それはそうと! 何故、水流の魔法で水気が全部なくなっているのですか? この魔法で身体を洗うのもそうですが、そんな事が出来るとは……」


「水を操作してるんだから、わざわざ濡れたままにしとく必要もないだろう?」


「それは、そうなんですが……」


「使い方が全く違う発想から来てるのニャー。水流ロア・トールなら、うちのメンバーも使うけど、規模、方向、速さを決めて発動、終了ニャ」


「ああ、なるほど。簡素化で魔力の消費を抑えて、発動までを短縮してるのか。オレは最後まで操作してるからって事なんだな。あんまり気にした事はなかったけど、結構違いがあるんだな」


「完全無詠唱とは、こういう事だったんですね」


「ふーむ、二人の基礎が一息ついたら検証してみるか。同調詠唱にも興味あるんだよな……」


「順番が違うような気が……」


「今更なのニャー。それよりも、一瞬で乾かすってこれの事だったニャ? 着たままでも汚れを落とせるのは便利なのニャ。でも……色んな意味でヤバイのニャ。ノーパンと天秤にかけるのも迷うレベルなんだニャー」


「確かに、汚れるたびにアレというのは、身がもたないというか……」


 身がもたないの意味が良く分からないが、何度もは避けたいのか。

 他に方法がないわけじゃないけど、これを切っ掛けに魔法に対する認識が変われば良い方向に転がるかも。

 洗濯物をなんとかしなきゃと切実に感じるようになれば覚えも違うだろうし。

 オレが乾かしてもいいけど、正直二人の下着を見て、もんもんとしない自信はない。

 というか、するだろ。こんな可愛いコたちの下着なんか見たら、するに決まってる。

 それに。

 

「ノーパンも、ありはありなんだよな」


「うわ。この男ぶっちゃけた」


 



 ~~~~





 とまぁ、そんな具合でその後三日間をすごしていたわけで。

 オレだって自分の鍛錬以外は何もしてなかったわけじゃない。

 鍛錬場に近づく野性の生き物を狩ったり、その周辺の目ぼしい薬草や山菜を集めて素材や食材の充実を図っていたんだから。


「ちょっと街に戻ってナライネを納品してくる」


 起きて鍛錬のあと、オレがそう切り出しても別段疑問には感じなかった模様。

 回復薬などの材料になるナライネは継続的に納品してもらうと助かると言われていたので、ちょっと様子を見がてら、ギルドに行って来ようかなと。

 何の様子かというのは、まだ確信がないのでリナリーにも言ってない。


「それはいいのですが、何時くらいにお戻りですか? 修行内容が今までと変わらずというのは分かるのですが……」


「遅くても昼までには戻ってこれると思うぞ」


「そ、そうなんですね」


「トーリィが心配してるのは魔力なんだろうけど、それもコイツで解決できる」


 僅かだが魔力の消費速度が上がっているので、自分達の魔宝石が空になった場合の予定を聞きたかったんだろう。

 しかし、心配御無用。

 もしものために、ちゃんと対策は考えてある。

 無限収納エンドレッサーから出したソレは。


「魔宝石が犬の形をしてるのニャ……」


「お、大きいですね。それに、異様に造形が細かいというか」


「ね、気持ち悪いでしょ」


 気持ち悪い言うなし。

 大きいと言っても土産物の木彫りの熊程度だ。

 魔石にしては巨大なんだろうけど。

 

「それを使って魔力を補充すれば問題ないだろ。って事で行って来る」


「わかったニャー」


「お気をつけて」


 シュタッと片手を上げて出発。

 リナリーは留守番に残るかと思ったがオレの行動に不自然さを感じたのか、それを解消するために同行する事にしたようだ。


「なんで街に戻る事にしたの?」


「初日にな、途中まで尾行してたのがいたんだよ。しばらくして諦めたみたいだけど」


「もしかして盗賊の残党?」


「……いや、そういう悪意のようなものは感じなかったな。少なくても尾行してる最中は敵意のようなものも向けられてなかったように感じた。でも気にはなるから確認が出来そうなら確認しとこうと思ってな」


「うーん、なんだろうね」


「いくつか予想はしてるけど、どれが的中するかね。またはどれもハズれるか」


 どんな結果になっても、それほど悪い事にはならないだろう。

 こうなったら面白いだろうなという予想はあるが、どうなる事やら。


 移動に時間をかけても仕方ないので、ほぼ最短で街に到着。

 ギルドでナライネを納品した際にジェンから「しばらく顔が出せないかもと聞いていましたけど、来てくれたんですね」と笑顔で言われて微妙な気分になってしまった。

 キアラには理由を黙っていてくれと言われ長期の狩りだという事にしてあるので、ちょっと悪い気がしてる。


 若干、自分でもぎこちない笑顔だったような気もするが、多少の雑談を終えてギルドを後にする。

 街をブラついたほうがいいかと思ったけど、どうやらその必要もなさそうだ。


「言われれば、わたしでも気がつく範囲ね」


 街から出るまでに、リナリーも尾行に気がついたようだ。 

 森に入ってからが、ある意味本番。

 尾行側にとって、になるが。


「鍛錬場に帰るか。全速で」


「いいの?」


「そこまで気を使う必要はないだろ。一応サービスはするけどさ」


 単独の前回と違って、今回はパーティーで動いてるっぽい。

 それなら、お互いにいろいろとフォローが出来るはず。


「じゃあ、いくか」


「ん、了解」


 森の移動は手加減なしの全速移動だ。

 つまり、異相結界も利用した移動。向こうから姿が見えなくなったのを確信した時点から、森の上層を飛ぶように鍛錬場まで移動した。


 途中、サービスすると言った手前、分かり易い痕跡は残してきたつもりだ。

 レンジャー系の冒険者やちょっと気の回る者なら気付いてなんとかするだろう。


「おかえりなさい」


「早かったのニャ」


「ああ、思ったより捗ってな。正直助かった。無駄な時間になるかと心配した」


 何の事か分からないといった表情の二人だが、三日後くらいに理由が分かるんじゃなかろうか。

 オレにも最終的な結果がどういうものになるか予想がつかないので、ちょっと楽しみなのだ。

 なので敢えて詳しい事は告げずに鍛錬に集中する事にする。


 街から戻ってきて二日。

 それまでと同じように過ごしていた昼過ぎ。

 遠くの方でオレの索敵網に人間らしき動体を検知。


「お、予想より早かった」


 三日はかかると思ったのに、二日でここまで来たか。

 ここの魔力の気配を察したか、そこからは勢いが着いたように接近は早かった。


「何、ここは……?」


 森の中からガサリと音を立てて少女が姿を現す。

 急に開けた場所に出て訝しむ表情を隠せないでいる。

 そんな少女に気がついて、動揺を隠せない少女がこちらにも一人。


「カ、カイナ……? な、なんでいるのニャ?」


「キアラーッ! あんたはーッ!!」


「ご、ごめんなのニャーッ!!」


 あら……連れて来ちゃまずかった?





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