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第五十四話 まずは何から始めよう

 





「例えばだ。貴族や王族に生まれた子供が、その地位を継いで権力の座に就くのはズルいか?」


「それは……当然じゃないかニャ……?」


「……責任と義務も大きく重いものになりますが、ズルくはないかと……」


 思ったとおりの認識で安心した。

 この国が王政か帝政かは知らんが、君主制の国であれば、そういった認識で受け入れているであろうと予想して聞いたわけだが、間違ってなくてよかった。

 それにこの反応で分かった事がある。

 上位者に対して妬みや反発の感情が湧き上がらないという事は、カザックの街、あるいはこの地方の統治を任されてる為政者がなかなか上手くやっているのでは、という事。

 街を見ても思ったが、少なくても民衆を追い詰めるような事はなかったんだろう。


「生まれながらに地位が約束されてるというのは、本人にとってどうかは別として、傍から見れば幸運であり恵まれていると、少なくても衣食住の観点から見れば、そう見えるだろう? 本人が勝ち取ったわけではないけど、それが当たり前のものとしてある。まあ、大人になったらその代償を大いに払う事になるのは置いといてだ」


「権力を代償と言いますか……」


 トーリィが苦笑気味に呟くが、キアラ同様、何処か呆れを滲ませてるように見える。

 まあいい、続けよう。


「それと一緒だろう?」


 二人の持つ魔宝石を指差しそう言ってはみたが、両人とも疑問の抜け切らない表情。


「オレと出会った事は偶然だけど、ズルいか? もしキアラとトーリィが、それを幸運だと思ったとして、貴族に生まれた幸運と何が違う?」


「ものすごい屁理屈を聞いた気がするけど、言いたい事は分かったニャー……」


「オレから魔宝石を受け取っても別にズルじゃない。単なる巡り会わせに過ぎないんだから気にする必要はないだろ。それに受け取った限りは責任と義務は発生するぞ?」


「聞くのが怖い気がしますが……」


「可能な限り強くなってもらう。人間てのは不思議なもんで、限界だと思っても意外とその先までいけるからな」


 なぜニコッと笑って言ったのに「ひぃッ」とか引き攣った顔なのよ。


 とまぁ、魔宝石を使うのに前向きになれない二人に、ズルくはないと説得を試みたわけだ。

 キアラなんかは厳しい仕事をしてるのにこんな馬鹿正直で大丈夫かと、ちょっとだけ心配になり、お節介のような感じになってしまった。


「冒険者なんて、厚かましいくらいで丁度いいんじゃないか? それ以前に、強くなるのなんて究極にずうずうしい事を目指してるんだから気にするだけ損だ」


「究極、ですか?」


「ああ。武芸なんて命のやり取りが目的で生まれたようなものだからな。命を奪うってのは、ずうずうしいの極地だろう。他人の、その先の全てを奪うんだぞ?」


「極論のような気もするけど、確かにそうだニャ……」


 精神修養のために自己鍛錬に励む者もいるだろうが、この世界ではそんなのは少数じゃないかと思う。

 それに命を奪わずに済ませたいなら、尚更強さは必要だろう。


 なんにせよ、受け取る事に異論を唱えるのは諦めたようだ。

 オレが持ってても今はあまり使い道がないからな。

 こういうものは使ってこそだろう。


「もっともらしい事言ってるけど、自分以外が使ってみてどうなのか知りたいだけだから、気にしなくていいと思うわよー」


「そこをバラすなよ」


「「あぁ……」」


 なんでそれで納得するかな。

 せっかく上手い事まとまってたのに。





 ~~~~





「夕食まで時間があるから、とりあえず魔法を使いまくってみようか」


 魔力量を気にせず消費出来るという事で早速ではあるが好きに魔力を使ってもらう事にした。

 魔宝石と言っても、魔力を取り出すだけなら普通の魔石と使い勝手は変わらないだろうから問題はないはずだ。ここに来るまでも加工前のヤツは使ってたんだし。

 

 普通の魔石と違いがあるとすれば、魔力を込めた時の効率くらいだろう。

 魔石に魔力を込める場合、入力に対して5割から6割の魔力量が貯蔵される。

 これは個人の魔力の特徴を取り除くと必然的にそうなるからだ。

 純粋に魔力だけを溜めようとすれば不純物は弾かれてしまうというわけだ。


 比べて純度の高い魔石の場合、7割から8割になる。

 イグニスが言うには、不純物の混じった魔力を弾くのではなく、ろ過しているようなものらしい。

 なので効率が良くなるんだそうな。


 ちなみにオレが魔力を込めると9割以上。

 不純物がほぼないから可能な芸当らしい。


 あー、肝心な事を忘れる所だった。

 オレが居ない時の事を考えて、魔宝石に魔力を溜める方法をなんとかしなきゃいけなかった。

 確かイグニスから教わった知識の中に、周囲から魔力を微量ずつ集める魔方陣があったはず。

 魔力塗料を使うちょっと特殊なものだが、似たような材料があるから何とかなるだろう。


「とりあえず身体の強化はしてみたけど、攻撃魔法も使ったほうがいいニャ?」


「あとは知覚系の強化と防御回りの補助になりますが」


「そうだなー。ただ魔法使うのも勿体無いというか面白くないよな」


 少し考えて、これなら退屈はしないだろうという案が浮かんだ。

 早速、魔力を操作して実行。


「的がないと詰まらないだろ。だからこんな感じでどうだ」


「「おぉ……」」


 ズモモモと地面から盛り上がってきたそれに、二人が感嘆の息を漏らしながら、あれはなんだという疑問の視線を向けてきた。


「的を引き受けてくれる、身代わりくん1号だ。移動はしないから存分に魔法を使ってボッコボコにしてみようか」


 ずんぐりとした人型の土の塊が、その姿を現す。

 人型ではあるが、それは上半身だけ。下半身は不恰好な雪ダルマのような感じ。

 いや、不恰好なのは上半身も一緒か。

 モコッとした太い腕と、肩と一体化したような頭部。

 ちょうどTシャツの首の部分から顔だけ出した時のような、ちょっと間抜けなシルエットだ。

 その顔はと言えば、鼻も口もなく目がふたつ付いてるだけだが、つぶらな瞳で愛らしさを表現してみた。


「微妙に攻撃しずらい見た目なのニャー……」


「……昔飼っていた犬を思い出します」


 首がないのに器用にクリッと首を傾げて瞳をぱちくりとしてるのを見ると、確かに犬っぽい雰囲気もあるな。


「見た目の珍妙さのインパクトが凄くてそれどころじゃなかったけど、イズミがゴーレムを使えるのにビックリしたニャ」


「……そんな事も出来たんですね」


「んん? 魔法が使えれば出来るんじゃないのか?」


「その場で事前準備もなしに創造召喚する人にはお目にかかれませんよ。普通は時間をかけて創造の魔方陣を準備して、その上で更に創造体に文字を刻む為の術式や魔法陣も用意しなくてはいけませんから」


「そんなに面倒くさいのか……」


 なんかどっかで読んだなあ。

 72組の単語だか文字列をゴーレムの身体に刻むとかなんとか。

 その文字列が魔神の名前だと言われてた気がする。

 日本に居たときに本で見たんじゃないかと思うが、それに書かれてたのと似たような事を実際にやらなきゃいかんのか。


「ちゃんとしたものを造れば勝手に成長するらしいんですけど、誤った造り方だと制御を受け付けなくなって危ないらしいですよ」


「オレのは勝手に成長するとかないけどなあ」


「とすると、イズミさんの魔法は人形使いに近いかもしれませんね」


「まあ、どっちでもいいわ。やる事は変わらん」


「いい加減なのニャー」


 苦笑するトーリィとキアラとは対照的に、リナリーもオレと一緒でどっちでもいいらしい。

 首を傾げて、「気にする事?」とか言いたげな表情。


「そんな事より、今は魔法の撃ち放題を優先だ」


「分かりました」


「了解だニャ」


 ふむ、キアラは風系でトーリィは火炎系かな?

 詠唱の音声は極力抑えているのは両者とも同じか。


火炎弾デア・レムス!」


封気砲ナーク・アレ!」


 発動もほぼ同時か。

 発動した火炎弾デア・レムスの小型の火炎球が、数発続けて身代わり君1号に着弾。

 連続した小爆発で土の身体が飛び散り、爆発跡はカラカラに乾いてボロボロになってる。

 封気砲ナーク・アレは単発の圧縮した空気の塊だが、着弾と同時に圧縮した空気の爆発的な開放とともに身代わり君1号の身体の一部が吹き飛んだ。


「君たち酷い事するね」


「イズミが撃てって言ったニャ!」


「そ、そうですよ!」


「あっはっは。冗談だ。ほら、続けて続けて。すぐに復活するから」


「はっ?」


「えっ? すぐにですか? って、もう元通りになってる……」


「早すぎるニャ……標的がなくならないのはいいけど、それにしてもニャ~」


「遠距離だけじゃなく、近距離魔法で吹き飛ばしても構わんぞ」


「むう、こうなったら、ボッコボコにしてみせるニャ!」


「見事に焼き上げてみせます!」


 おお、なんかオレの見たことのない魔法が次々と放たれてるぞ。

 とはいっても、あいかわらずキアラは風系でトーリィは火炎系だが。

 爆発音に炸裂音、いろんな音が入り混じってるな。

 さて、そろそろかな? 


「んニャーッ!!」


「キャァッ!」


「言い忘れてたけど、一定以上の魔力攻撃受けると反撃するから」


「そういう事は早く言うニャ!」


「ものすごい速さの泥団子が飛んできますけど、動かないんじゃなかったんですか!?」


「移動しないと言っただけで、反撃しないとは一言も言ってないぞー」


「騙したのニャア!」


「人聞きの悪い。騙してなんかいないっつーの。敢えて言わなかっただけだ」


「この教師、性質が悪いのニャ!」


 致死性の高い攻撃じゃないだけマシだろう。

 それに汚れるのと多少痛いのを我慢すれば、いくらでも継続出来るんだから良心的なはず。

 動物園のゴリラなんて泥じゃなくてウ○コ投げてくるんだぞ。

 そんなもの当たったら一瞬で心が折れる事間違いなし。

 それと比べたら遥かにクリーンなんだから文句を言わないの。


「このッ! このッ! ふニャッ!」


「えいッ! やッ! はぅッ!?」


 近接戦闘に魔法も織り交ぜて身代わり君1号に果敢に挑むも、要所要所で泥団子くらってリズムが狂わされてるみたいだねえ。

 

 取り敢えず、今ある魔宝石の魔力が尽きるまで頑張れ!





 ~~~~





「なんですか、あの的確な反撃は……」


「泥団子で魔法を潰されるなんて思ってもみなかったニャ……」


 うん、二人とも泥ですごい事になってるね。

 元の姿が判別出来ないくらい泥を被ってる。

 しょんぼりというか脱力というか、力なく帰ってきたのは魔力が切れたからか、気持ちが切れたからか。


「イズミの性格が滲み出たアルゴリズムだよね」


「命令を単純化しただけなのに、オレの性格に問題があるみたいな言い方はやめてちょーだい」


「アル、何ニャ?」


「問題を解くための手順って事なんだが、この場合は、様々な入力に対して複数ある定型の対応をするという意味合いになるか。高度化された自動反撃機能の適宜使用であんな感じになる」


「対応が人間に似てるようでいて違うというのは不思議な感覚でした」


 プログラムされた身代わり君1号の動きに理解が追いついてないかな?


「高度化されたといっても、それは照準やタイミングだけで命令自体は単純だぞ? 魔法の発動を妨害しろとしか命令を与えてない」


「それにしては妨害方法が多彩過ぎませんか? 身体だけじゃなく足元も狙って来ましたよ」


「細かい条件だけは決めてあったなそういえば。魔力の集まる場所への直接の攻撃以外にも、集中を乱すためのあらゆる手段を組み込んであったわ」


 顔を狙うのは当然として、泥団子を回避させないために時間差で周辺にばら撒いたり、足元への攻撃も移動の始点、終点のタイミングで当たるようにしたり。

 オレがイグニスにやられた事なんだけどさ。


「ものすごくイヤらしい攻撃だったのニャ。極端でも何でもなく本当にタイミングだけで魔法を潰されたとか、かなりヘコむニャ」


「空でも飛べれば話は違うけどな。まあオレも通った道だから頑張れ」


「……うニャ」


「折れる寸前なんですけど……」


「空は空で、別のいやらしい手段が待ち構えていたりするのよねえ」


 違う方向から止めを刺すような事を言っちゃいかん。

 ふたりがリナリーの言葉を聞いてゲンナリしてるのは華麗にスルーで。


「ま、なんとかなるって。そんな事より、その泥をどうにかしなきゃだな」


「近くに水場でもあるのニャ?」


「魔法で洗い流すのも限界がありますしね……それに、そこまでの魔力が残ってません」


「すぐ準備するから、ちょっと待っててくれ」


 コテージ裏から少し離れた場所に向かうオレに、泥人形二人の疑問の目が追うように向けられるが、離れて見るとちょっとシュールで怖い。

 

 コテージの裏手に無限収納エンドレッサーから取り出したそれぞれを設置。

 これがないと文句が出そうなので、数枚の間仕切り板を隙間無くコの字に立てて完成。

 まあ、この状況で用意するものと言ったらこれしかないだろう。


「何やってるニャー?」


 ん? 我慢しきれずに見に来たか。

 そろそろ泥も乾いてきて早くどうにかしたいと。


「あとはお湯を張るだけだからすぐだぞ」


「もしかしてお風呂ですか?」


「そう。もしかして風呂だ。露天風呂」


 泥人形と化した二人が見つめる先。

 2メール四方の木製の浴槽とその周囲に敷き詰められた目の詰まったスノコ。

 風情のある温泉宿なんかで見る様式を真似てみた。

 ちなみに風呂の土台はこの前つくったレンガを幾つか使ってる。


「修行という事で、ある程度の汚れはそのままだと覚悟していたのですが……」


「野営なら身体を拭けるだけでも贅沢なのにニャ」


「どうせ洗い流すなら、この方がいいだろ? それに、オレもいい加減デカい風呂に入りたいんだよ」

 

 足を伸ばして湯に浸かりたいのよ。

 ここの所は、お湯でシャワーならぬ、行水みたいに身体を洗ってただけだから我慢の限界。

 さてと、直接お湯を浴槽に溜めて、温度を確かめて。

 よし、適温。というわけで準備完了。


「とにかく、その泥を落としてスッキリしてくれ。湯に入る前にある程度汚れを落としてからにしてくれると助かる。一応桶もあるからそれでな」


「そこまで粗忽者じゃないニャー」


「ああ、あと置いてある洗髪剤は身体を洗うのにも使えるから」


「洗髪剤まであるんですか? 香油だけでも贅沢な方なんですが……」


「言いたい事はあるだろうけど、今は、入った入った」


「わ、分かりました」


「ご相伴に預かるのニャ」


「そうだ、替えの服は持って来てるか? 下着は?」


「普通に聞いちゃうんだ」


 生活の利便性に関連した話だから、聞かなきゃいかんだろう。

 決して二人の下着がどんなのか知りたいワケじゃないから。……ないから!


「一応、持って来てます」


「あたしも用意してきたニャ」


「数は持ってきたか? すぐに乾かさないと足りなくなるかも知れんぞ?」


「乾かすと言っても、干す以外の方法がないと思うんですけど……魔法でとなると効率も悪いですし、魔法によってはダメにしてしまう危険性がありますから。何より魔力が残らない状況では難しいのではないですか?」


「イズミなら、あっと言う間に乾かしちゃうよ?」


「下着をイズミに乾かしてもらうのと、ノーパンでしばらく過ごすのと、乙女としてはどっちがリスクが高いか、なんだニャ~」


「まぁ……そこは各自に任せる。ほら、泥が乾いてきちまうから」


 そう促すと、思い出したようにいそいそと風呂に向かう二人。

 と、キアラが足を止めてモジモジと何か言いたげな表情。


「う~、こういう時、やっぱり覗くのニャ?」


 何を聞くのかと思えば。

 聞いたキアラだけじゃなくトーリィも、そこの所は気になるようだ。

 期待通りの答えが何なのかは分からないが、オレのスタンスはこれだ。

 

「いや、覗きはやらない。見る時は堂々とだ!」


「「……あ、はい」」


 なんですか、その反応は?

 そうなんだー、的な諦観の念が感じられる目を向けられてるのはどういうわけか。

 顔を赤くしながら何とも微妙な表情のまま風呂場に入っていったな。


「一応教えておいたほうがいいんじゃないの?」


「何を」


「直観像記憶と、その転写の事。この状況だとちょっとフェアじゃない感じがねえ」


「そうだな。あの二人が風呂から上がったら、そのあたりの注意もしとくか」





 ~~~~





「ふぅ、やっとキレイになりました。それにしても、あの洗髪剤シャンプーは何ですか? 髪の毛がこれまでになく、つるつるになって、髪の毛が無くなったと錯覚するくらい軽くてふわふわです」


 男にとって髪の毛が無くなったら一大事だけどな。

 錯覚でさえ冷や汗ダラダラもんだ。


「あたしも、つるん、すとーん、みたいな感じになって、ちょっと恥ずかしいニャ」


「いい毛並みになったな~」


「ネ、ネコ扱いは時と場合を選んで欲しいのニャ」


「下の……どわっ!?」


 リナリーの水球クルーアが股間に向けて飛んできた。

 オレの言おうとした事は理解してるぞ、という無言の圧力か。

 髪の毛がそんなに変化したなら、下の方は? と聞こうかと思ったけど、どうやらその質問はNGらしい。デリカシーに欠けると言いたいようだ。

 ちなみにオレのはツヤツヤサラサラだ。

 あ、こっちを言わせない為だったか?


 使用した二人に評判の良かった洗髪剤は、実は妖精の里で使ってるヤツを分けてもらったものだ。

 最初は頭の中の情報をひっくり返して、どうにかシャンプーを再現しようと思ってたが、里のみんなが使ってるヤツのほうが断然良かった。

 そりゃあそうだ。人間の髪なんて目じゃないくらい細くて繊細な髪を洗うのが、普通のものであるはずがない。

 ただ、これも妖精の里以外だと再現が難しい。

 里にしかない特殊な植物の煮汁をベースにしているらしいが、加工自体も結構な手間がかかってる。

 劣化版とでも言うべき、人間用に材料から調整したものなら量産も可能らしいが、妖精専用品を使ってしまうと、髪の艶や仕上がりそのものは少しの違いのはずなのに、その違いがどうにも気になってしまって、もう人間用には戻れない身体にされてしまうほどだ。


「今、二人が使ったのが妖精用のシャンプーだ。それほど数が無いから大事に使ってくれよ」


 コクコクと頷く二人には敢えてこう言っておこう。

 里の生産担当のみんなに増産を頼めばやって貰えるが、貴重品である事には変わらないからな。

 アメニティグッズに対する諸注意はこのくらいにして、と。


「そうそう。言っておかなきゃいけない事があるんだが、オレの記憶能力ってのがちょっと特殊でな。見たのもは絶対に忘れないってヤツなんだが」


 いきなり関係ない話を切り出されて、二人は困惑気味。

 関係なくはないから安心してくれ。


「記憶力がものすごくいいのニャ?」


「それともちょっと違う。とにかく見たまんまを記憶出来るんだよ。だから下着姿や裸になったりする着替えの時は注意する事。オレに見られたら最後だと思えよ? 記憶から消えないから毛先ほどの違いもなく思い出せるからな」


「ぶっ叩いても忘れないのニャ?」


 どうしてその方法が一番最初に出てくるかな。


「物理的な方法じゃあ無理だなあ」


「あれ? 覚えないって選択肢もあるんじゃなかった?」


「不可抗力だろうが何だろうが、見せてもらった限りは、両手を合わせて感謝しながら記憶するぞ。そして存分に使わせてもらう」


「な、何に使うのかニャ……」


「な、何でしょうね……」


 自称乙女としてはそう言うのが精一杯か。

 顔を赤くしてる時点でオレとしては、それはそれでアリな反応だ。


「肖像権に関係した注意事項はこのくらいか。それはそれとして。取り敢えず今日は身体を動かすのは終わりだ。風呂に入った後でまた汗はかきたくないだろ? それに朝から動き通しだったから、身体を休めないとな」


「イズミはお風呂には入らないのニャ?」


「ああ、オレはまだ鍛錬が残ってる。でも、それは夕食後だな。ってことで何食べる? 昼のタコスが残ってるけど」


「食べたいです。見たこともない美味しそうな匂いのする食べ物だったので気になってました」


「なのニャー、手軽そうなのに凄く美味しそうに見えたのニャ」


 タープ下の食堂兼リビングでちょっと早めの夕食。

 中に挟む具材とタコス生地を出して、好きな組み合わせで食べてもらう。

 トーリィがリナリーの食べる姿に若干驚いてたみたいだが、味のほうは満足してもらえたようだ。


 ちなみに、薄暗くなってきたので明りとして、里で活躍していた発光植物の植木鉢も設置してある。具材選びでは彩りも重要だからな。


「サンドイッチとも違っていいですね」


 何でも挟めるというのが気に入ったらしい。

 パンだって何でも挟めるし、ホットサンドにすればまた違うと思うけど、そこは好みなのかな。


 ふう、食べた食べた。

 歯を磨いて、自分の鍛錬でも始めようかね。


「それって植物を使って作ってあるのニャ?」


 オレが歯を磨いてるとキアラが歯ブラシに興味を持ったようだ。

 いや、移動中にも気になっていたのを今聞いてきたのか。


「ああ、歯ブラシか。そうは見えないだろ」


 現在使っているのは木の繊維の原始的なブラシではなく、現代的なデザインの歯ブラシ。

 日本で使っていた歯ブラシとほぼ同じ形のものだ。

 柄の部分は妖精の里で様々な物に使われていた樹液を固めたもの。

 琥珀とは違い、魔力を使って固めた樹液は、弾力もあってプラスチックのような感じになってる。

 そこにマジックテープに使った植物と同系統のものを使い、ブラシ部分を作成。

 使用感としても日本で使ってたものと、ほとんど同じものに仕上がっっている。

 最初の魔力の調整でブラシの硬さも変更出来る優れものだ。


「試作品が何本かあるからふたりとも使ってみるか? キアラは固めが良さそうな感じだな」


 獣人ってイメージからか、キアラはオレより歯と歯茎が丈夫そうだよなあ。


 この世界にも歯ブラシは存在する。木製の柄に動物の毛を植えたヤツ。

 馬用ブラシやヘアブラシがあるんだから、それを小さくすればいいって発想になるのは当たり前だよな。

 地球での歯ブラシの歴史だってけっこう古い。

 今の形の歯ブラシがかなり昔に既にあったという話だから、こちらでも同じような形のものがあっても不思議じゃない。


 ただ、デザインや材質、そして質感がオレのと全然違うからキアラやトーリィは物珍しくて食いついたんだろう。


「これも魔力を使って造った形跡がありますね……」


「買ってもそんなに高いものじゃないのにニャ。恐ろしく色や形に拘ってるのニャー」


 青や赤に黄色にピンクと色の着いたクリスタルのような柄に、その形も日本で見たことのあるものを記憶を頼りに再現してみたりと、ブラシ部分のカットも含めて、かなりの数を取り揃えている。


「使い勝手が良くないものはストレスが溜まるからな。木から削り出すより速いし」


「な、なるほど」


 トーリィのこの反応からすると、こんな生活雑貨を作るのに魔力を使うというのがあり得ないといったところか。

 材料次第では魔力を使ったほうが楽なものも多いんだけどな。


「私はこれにします」


「じゃあ、あたしはコレかニャ」


 それぞれ、色と形とブラシの硬さから良さそうなものを選んで使ってみる事にしたようだ。

 一応コップと水差しも用意してあるから、それでお口をキレイにしておくんなまし。


「そんなに違いがあるのかと思ったんですが……これ、気持ちいいです」


「入れた瞬間に違いが分かったのニャー。硬さも形もちょうどイイのニャ」


 そんな意図はなかったんだが……台詞だけ聞いてると、なんか卑猥です。

 ま、まあ、それはさておき。

 オレも歯磨きが終わったし、鍛錬に励むとしよう。


 うーん。その間、ふたりがやる事ないってのも勿体無いな。


「リナリー」


「なあに?」


「覚えてる範囲でいいから、これ使って二人にレクチャーしてやってくれよ」


 無限収納エンドレッサーから出した本をテーブルの上に置く。


「本、ですか?」


「色んな魔方陣が乗ってる本。オレが鍛錬してる間の座学みたいなもんだな。無理に覚えなくてもいいから」


「わたしだって半分くらいしか解説出来ないんだけど、いいの?」


「その厚さで半分って……幾つ覚えてるのニャ……」


 あ~、勘違いしてるか?

 大きくて厚みがあるけど、ひとつの魔方陣を数ページに渡って解説してるのもあるから数としてはそれ程でもないぞ。


「イズミのコレクションだからねえ。わたしも知らない魔方陣のほうが多いかも。それに、知ってても使えるかどうかは別の話だから」


 今まで覚えたものを、一応記録として残しているわけだ。

 イグニスから強制的に覚えさせられたものや、里で皆が使っていた面白そうなものまで。

 下手に魔力を込めて起動しても不味いので、必ず一箇所は繋がずに記載してある。

 その繋いでない部分が何処かなどの解説も含んでるから、座学にも使えるはずだ。


「適当に絵本代わりに眺めてるだけでも、そこそこ楽しいぞ。それに、一度目にしただけでも何かの役に立つ可能性だってあるから、空いた時間に見るぶんには損にはならないんじゃないか?」


「言われてみれば、そうかも知れないニャー」


「一度に大量の魔方陣を見る機会も、そうそうないですからね」


 そういうもんなのか。

 技術として継承されてきたのなら、研究資料として大量に残されてると思ったのに違ったのか?


 その辺は今はいいか。

 取り敢えず鍛錬だな。

 と、その前に魔力抑制具マナワイアを着けて完全な素の状態まで戻すとするか。


「それ、日常的に使う事にしたんだ」


 在り、無し、両方の状態での比較で誤差修正に使いたいだけだから日常ってわけではないけどな。

 ただ、しばらくは必要だろうな。


 ふう。体術と剣術の両方で大体3時間。

 操気術で身体を動かすのは今はこれが限界。だいぶ慣れてきたが、これ以上は疲れによる集中力切れで本当に指一本動かせなくなる。


 そうなる寸前を見極めて本日の鍛錬は終了。

 なんだが……


 3人とも寝てるよ。

 ふたりはともかく、リナリーも結構疲れてたか。


 オレも今日は早めに寝るとするか。

 その前に、ベッドに寝るように言わないと。

 寝入った所を起こすのは忍びないが、そんな所で寝てたら疲れが取れない。

 

「寝るなら中で寝ろ~。ベッドも二つ用意したから」


「うニャ~、いつの間にか寝ちゃったニャ……」


「野営だったのを完全に忘れていました……」


 眠そうな顔の二人をコテージで寝るように再度促す。

 まだ起きてるとか言うと思ったけど、眠気には勝てなかったようだ。

 リナリーはちゃっかり花のベッドを用意して寝てるなあ。

 二人が寝落ちしたのを確認したからこそ、心置きなくベッドで寝る事にしたんだろうがね。



 オレもなんだかんだで疲れたし、風呂に入ってから寝るとするかね







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