第五十三話 教える方も気を使う?
「はぁ、はぁ、はぁ……うにゃ……ここが、鍛錬場としてイズミが用意した場所ニャ?」
「はぁ、はぁ……ふぅ……街からそれほど離れていない、というわけではありませんが、かといって全く脅威として影響のない所でもないですよね。……そんな危険種との遭遇の可能性もある場所を普通に整備したんですか?」
鍛錬場に到着するなり、荒い息のまま呻くように二人が漏らした言葉。
キアラは、いつの間にこんなものを的な。そしてトーリィは、場所そのものに注目した疑問を含んだ驚き。
「ナライネを採りに来た時に、ちょっと荒らしたのをそのままにしとくのもなって事で、利用する事にしたんだよ。一応、今はこの辺りは安全だから」
納得したかな? って、息を整えるのがやっとで、それどころじゃないか。
「ハァ…ハァ……いえ、今が安全どうこうではなく、……ここの整備をした時に危険ではなかったのかと聞いたつもりだったんですが……というか何故、ひとつも息を切らしてないんですか……」
魔力量のたまものだと思う。
循環強化で永続的な身体強化がかなり進んでるから。
「これくらいはやらないと勝負にならなかったから、だな」
「?」
ラキとの狩りモノ競争だと速さがものを言う。
これが最低水準なんだから負けないためにはやるしかないワケで。
そんな事情を知るはずもないし、そんな事を言われても分からないよな、そりゃ。
「まあ、素の状態だとさすがにこの速度を維持するのは難しいな。いいトコ半分だろう」
「……どこの馬車馬かって感じニャ」
そんな事を呟くキアラのほうに目をやると、ふたりともヘタリ込んでいた。
トーリィは岩にもたれ掛かるように、キアラに至っては半分横向けで突っ伏しているような状態だ。
二人にとっては、かなりキツい移動だったようだが、これも修行のうちという事で。
ぶっ通しで移動してきたが、予想より早く着いた。
今朝、パン色の犬をチェックアウトして街を出てから、休みなしでとは予想してなかったらしい。
まあ、キアラの場合は出掛けから予想外の事だらけだったとは思う。
結局事後承諾になっちゃったしな。
~~~~
『ニャ? なんでトーリィさんがいるニャ?』
ひと足先にパン色の犬に到着していたトーリィさんを見てキアラが疑問を口にした。
こんなに朝早くに自分以外の人間が、オレを訪ねて来るとは思わなかったんだろう。
『すまん、キアラ。急な話で悪いんだけど、トーリィさんも同行する事になった』
『……一緒に修行するのニャ?』
『ああ』
『ん~、それは全然構わないのニャ。それに、同じ立場の人間がいると正直安心できるかもニャー。リナリーがいるといっても、イズミが暴走するかも知れないニャ。ひとりじゃ受け止めきれないかも知れないのニャ。二人になれば許容範囲に収められそうニャ』
『許容範囲? 分散するワケじゃないんだから人数は関係ないと思うが。それに、そこまで心配しなくてもちゃんと限界は見極めるつもりだぞ』
『あたしの体力じゃ、とても身が持たないのニャ。二人で持ち回りならなんとかなりそうなんだニャ』
『ええ!? そこまですごいんですか!?』
『何の話!?』
『分かってるクセに……夜の鍛錬の事ニャ。無尽蔵の体力で蹂躙されたらとても無事に済むとは思えないニャ』
『そ、そこまで……』
何赤くなってんの、トーリィさん!
微妙な言い回しで核心をぼやかして言ってるが、ぼやかし切れてない。というか誤魔化す気もまったくないようだ。
どう聞いても夜の大運動会の話だ。
『いつでもいけるように、密かに覚悟してきたニャ』
『なんの覚悟だよ! そんな覚悟はしなくていい!』
ふたりで示し合わせたように、しょんぼりした顔をするんじゃないよ。
まったく。どうせキアラは冗談半分で言ってるんだろう。
トーリィさんとの距離を縮める為に敢えてそういうネタを振ったんだろうが、信じちゃうからやめてくれよ。
でも本気で言ってるなら、望み通りいつでもいっちゃうぞ?
『……ところでキアラ。他のメンバーには言ったのか? キアラの仕上がり次第では連携その他が随分変化する可能性もあるから、最初から合同でも良かったけど』
『い、言ったニャ! でも他のメンバーはやる事があるとかですぐには無理そうだニャ』
『そっか。まあ、キアラが無理矢理合わせるってのも方法としてないわけじゃないからな。そこから試行錯誤して全体で対応していけば、いずれ良い形に落ち着くはずだしな』
『そ、そうニャ。忙しいメンバーを急かしてまで急ぐ必要もないニャ』
うーん? 何か不自然だな。
もしかして反対でもされたか? 収入を断ってまで優先する事か、とかで揉めたとか。
前に経費が嵩んだとも言ってたし、冒険者が何を一番に置くかなんてそれぞれだから、そういう意見もあるだろう。
メンバー間に亀裂が入らないか気にはなるが、でも、だからと言ってオレが何か言うのもな。
オレとしてはキアラ本人がこうと決めて強くなろうとしてるのだから、それに手を貸すだけだ。
『すみません、キアラさん。急に押しかけた形になってしまって。でもこの機会を逃したくなかったのです。私が知り得る中で恐らく一番強く、そして私の理想に近い形でその強さを体現している。そのイズミさんから学びたいという欲求を抑えきれませんでした』
『あたしも似たようなものだから気にしなくていいですニャ』
『あ、あの……普通に喋って頂いて結構ですよ。呼び方もトーリィとだけ。歳も近いですし、私もそのほうが好きなんですよ』
『ん~、分かったニャ。トーリィの言う通り普通にするニャ』
『イズミさんもですよ?』
『えっ、オレもですか?』
『当たり前じゃないですか。教えを請おうという人間が畏まった呼ばれ方をするのはおかしいでしょう?』
『そりゃそうかも知れませんが……うッ』
ズイっと近寄って上目遣いで抗議、というか身長差で自然とそうなってるだけだが、トーリィさんって押しが強い人?
『……分かった。じゃあ、トーリィも普通に話すようにすれば問題なさそうだな』
『すみません……それはちょっと難しいかと……。幼い頃からこうだったので矯正が出来ないというか……その……』
『それはそれで、どんな環境だったのか気になるけど……そういう事なら仕方ないか』
タットナーさんの孫という事なら、誰かの補佐をするという事を念頭に置いた教育になっても不思議ではないだろう。実際、護衛として実務をこなしているというのなら、余計においそれとは変えられない事情があるのかも知れない。
『年齢が近いって話だけど、聞いても? そういえばキアラにも聞いてなかったよな?』
『私は17ですよ。もうじき18になります』
『あたしは16歳、あれ? 17だったかニャ?』
忘れるなよ。まあ、この年齢で社会人として数年働いてるというなら誕生日なんて気にしていられる境遇ではなかったのかも。
しかし、ホントに見事に同世代だったな。
リナリーも確か16だとか言ってたような。あれ、17だっけ? 18だっけ?
まあ、ズカ爺が150とかふざけた年齢だから、こっちは気にしなくてもいいか。
『イズミは25だっけ?』
『リナリーはオレの年齢知ってるだろうが』
『だって言う事がおっさん臭い時があるんだもん。18歳って知ってても、サバ読んでるんじゃないかって時々疑うわ』
どこがどうオッサン臭が漂ってるのか非常に疑問だ。こんなにも若さが弾けてるというのに。
その続きというワケでもないが、年齢に関係したあれこれが街を出るまで話題に上る。
結婚話の際に出た成人の年齢が15だった事だったり、日本の七五三のように、ある一定の年齢で祝い事をする地域があるなどの話題だった。
『それじゃあ、目的地に向かうとするかね』
門での通行手続きを済ませ、街を出て少し歩いた所でそう切り出す。
『移動に必要だろうから、これを渡しとく。からっぽになったら言ってくれ』
『……恐ろしく純度の高い魔石ですね……』
『……こんなの持ってるのに、なんでお金がないとか言ってたニャ……』
色が付いているが、限りなく透明に近い魔石を見て二人が驚いてる。
純度が低くなると外見が普通の鉱石のようになっていくから、それと比べたんだとしたら納得出来る反応ではある。
『売っても平気だと思うか?』
『うニャッ、やめたほうがいいニャ……』
『ですね……どこからどう目を付けられるか分からないので、ちょっとオススメ出来ません』
鉱石竜から採れた魔石を手渡した所、目を見開いた二人からそんな反応があった。
『ただ……目を付けられたからと言って、イズミさんがどうにかなるとは思えませんけど……』
『鬱陶しいのは嫌いだから、その辺は一応は気にしているけどね。それはともかく、空になったら次のヤツと交換するから』
『……複数所持してるんじゃないかと思ったら、やっぱりそうだったのニャ。水筒感覚で魔石が出てくるニャ』
複数といえば複数か。その大きさがキアラの考えているものと違うだけで。
今渡したのは拳大より若干小さめの魔石だが、無限収納には分割や加工前の魔石が手付かずで放置されてる。
修行にあると便利だから、後でこの二人にもカット済みの魔石を渡したほうがいいな。
『使い道はいくらでもあるからな。リナリーも使い分けたりしてるし』
『イズミは魔石自体を必要としてないから、説得力がいまいちなんだよねえ』
心当たりが無い事もない。幻想の雫さえあんまり使ってない上に、リナリーに押し付けてるような状態だからな。
『つまり、これを渡すって事はニャ?』
『時間短縮が目的だな。遠慮なく魔力を使ってくれ』
『……?』
二人とも、なんとなく分かったような、分かってないような。
そうして目的地目指して移動を開始して、人目の付かない森の中、リナリーがぬいぐるみをローブに変形させた頃。
何故オレが魔石を渡したのか、イヤでも理解できたようだ。
魔力が切れそうになったら次から次へと魔力を補充させ、魔石の交換も何度か行い、断続的にではあるが強化をかけて、移動し続けたからな。
~~~~
一般冒険者の足で3、4日の所を半日強で到着。
「なんとか昼時に到着したな。メシの用意するけど何が食べたい?」
「気持ち悪くて、何も食べる気がおきないニャ……」
「お、同じく……ちょっと今は食べられそうにありません……」
「だから、軽くでも食べとけって言ったのに。まあ、用意だけはしとくから食べたくなったら食べればいいから」
「出発前に食べるか聞いたのはこういう事でしたか……正直、休み無しというのを舐めてました……」
「あの速度での移動中に食事してるのを見た時は目を疑ったニャ。そのあとの歯磨きもニャ」
「虫歯はともかく、人として口臭は予防しないとな」
幼い頃から歯磨きを欠かさなかったおかげか、今の所、一本も虫歯はない。
仮に虫歯になったとしても、魔法で治療が可能だから問題なし。
一応その辺もイグニスに確認してあるからな。
治療というか再生に近い方法で元に戻してしまえばいい。イグニスは実際その方法で折れた牙とかを再生しているらしい。
イグニスを基準にするのもどうかと思うが、要は再石灰化を促進してやればいいのだ。
痛みが出るほどの虫歯だとその方法でいいかは不安はあるが、どうにかして菌の排除と徹底洗浄を行えばいけるんじゃないかと。まぁそうならないためにも歯磨きは割と重要だと思ってるが。
口臭も抑えられて一石二鳥だし。
「相変わらずズレまくった返事が返ってくるのニャー……」
大方、あの激しい動きのなか、よくそんな事をって言いたいんだと思うが、そこは慣れだ、慣れ。
二人がダウンしてる間に昼食の用意を済ませ、コテージの設置も終わらせる。
ちなみにメニューは、すり潰したトウモロコシを混ぜた小麦粉を使ったタコス。
ひき肉と粗微塵の野菜とニンニクとトマトがあれば、あとはアレンジ次第で結構美味い物が作れる。
極端な事を言ってしまえば、何を包んでも大体いけるのがいい。
「建物が出てきましたけど……なんですか、コレ……」
「イズミの野営スタイルなのニャ」
さすがに二回目ともなればキアラは驚かないようだ。
トイレを設置して、今回はコテージの横に柱を2本ぶっ刺してタープを張ってみた。
そのタープの下にテーブルと椅子を置いて完了。
「そんな所で寝るより、とりあえず中で横になったほうが身体が休まるぞ」
「わかったニャ~。一先ず休ませてもらうニャ」
「色々と釈然としませんが……お言葉に甘えます」
壁際に簡易ベッドでも置いて、オレも後で横になろうかな。
とは言っても、やる事はやるべきだな。
などと思っていると、空いたままの扉からコテージの中の会話が漏れ聞こえてくる。
『これは、空間拡張の術式が使われてる? 他にも外部干渉系の術がそこかしこにあるみたいだし……どうなっているんでしょう』
『あたしも詳しい事は全然なのニャ。そういうのも聞けば教えてくれるかもしれないけどニャ。それよりも身体を休めない事には始まらないから、まずは休むのニャ』
『そう、ですね……。教えられない事もあるでしょうしね』
ちょいちょい、マイナーチェンジを繰り返して、このコテージも少しづつグレードが上がってきてる。そのコテージの仕様について、トーリィはとにかく聞きたい事がいっぱいって感じらしい。
変わってキアラは、気にはなるけど回復優先の今は、どうでもいいようだ。
「ん~、このタコス美味しい」
そんな建物内の会話を気にする風でもなく、食べる、食べる。
ここまでの移動で、それほど速度を出して飛んで来たわけじゃないからか、リナリーは疲れ過ぎて気持ち悪いなんて事はなさそう。うまうま、とか言いながらバクバク食べてる。
「ふたりが回復するまでどうするの?」
「とちあえず、魔宝石の加工でもしとうこうかと思ってるけど。どうだ、新作いっとくか?」
「何か特化型? それとも特殊ギミック満載とか? あるんだったらちょっと使ってみたい」
「いや、今はまだカットデザインの変更だけだから、それほど今までとは変わらないと思うぞ。それとは別にちょっと開発したいものもあるけど、まだまだ先になりそうだから今はこっちだ」
「あぁ、魔宝石はそういう感じなんだ。で、別って、何造るつもりなの?」
「魔石塗料使ってハリセンを改造したい」
「何故、ハリセン……」
「まあ、単なる趣味だからそれはいいとして。とりあえず魔石のカットからいくか」
取り出した道具は魔石を加工するためにオレが自作した工具の数々。
ヤニ台と圧縮神樹製の刃物数点と各種タガネ、そして研磨で使う足踏み式高速回転台。
この回転台は魔動製品化して作業を楽にしようと思ってたが、未だ完成していない。
もうちょっとで電動、じゃなくて魔動化できそうなんだけどなあ。
実は、これらの道具の改良も里の皆に手伝ってもらっていたりする。
加工する道具がないんじゃ話にならないという事で、先に挙げた神樹製の妖精用の刃物を造り、他にも道具を、オレの持っている彫金関係の情報とともに渡し、使い勝手や改良点なんかを意見してもらってるのだ。
「そういえば、最初に比べたら随分加工しやすくなったって言ってたね」
「そりゃあな。刃物で斬ってるだけだったからな」
以前と違い、極細のタガネを使って魔方陣を魔石に刻んだりと、今では形を整えるだけでなく、そういった事も可能になっている。おかげで木彫りの熊とかの再現率が段違いだ。
「何考えてるか大体分かるけど……そろそろ、あの動物シリーズなんとかならないかって苦情が出始めてるのよね……」
「あ~、なんだっけ?」
「リアルすぎて気持ち悪いって。動き出しそうで怖いんだってさ」
気持ち悪いって、何気に酷いことを仰る。
そこまでリアルではないと思うけどなあ。
でも、あまりに本物に似過ぎてると勝手に動き出すんじゃないかと心配になるようだ。元は鉱石竜の身体だったものだからな。その気持ちはわからなくもない。
ただまぁ、核がないのに動くなんて事はまずないだろう。
「大丈夫だと思うけどな。活動に必要な重要器官がないんだから。逆に動いたら、それはそれで研究材料になるんじゃないか?」
「そんなに簡単に考え方を切り替えられないとは思うけど……。確かに仮に鉱石竜の身体の一部が暴れまわったとしても、今なら身の安全を確保しつつ逃げる事も確実にできるし、大げさに気持ちを尖らせてもしょうがないといえば、しょうがないのよね」
ふんむーと唸って考え込んでいたリナリーだったが、「ま、いっか」と考えるのをやめたようだ。
なあに、万が一何かあったらオレがなんとかするさ。
というか、里で魔力を抜き終わったらすぐに無限収納に入れてしまえば、そもそも何も起こらんと思うぞ。
「二人にはどのタイプの魔宝石を渡すの?」
「最初は魔力貯蔵増幅タイプでいいんじゃないか? どれに適性があるかも分からんし」
魔力貯蔵増幅。
要は最初にカットした時に判明した、貯蔵量がアップした魔石だ。
適性と言ったのは、その後にカットの種類の違いや魔法陣を刻む事で、その魔力特性が若干変化する事が分かり、使用する魔法によって効率が違うというのが明らかになったから。
火炎系統の魔法を使うとやけに効率が良かったり、強化するとその度合いが増したり効果時間が伸びたりと、その魔石に込められた魔力に属性が乗ったような感じになったのだ。
その事が分かって、じゃあそれぞれの得意な魔法の持ち主と交換したら? とオレが提案したんだが、デザインが気に入って手に入れたものだから嫌だという意見が大勢を占めた。
しかし、それでは勿体無いという事で、皆その効率の良くなる魔法を無理矢理鍛え始めたんだよな。
それもどうかと思うが……。
実際、効率が良くて、えらい勢いで成長してたから何も言えなかった。
まあ、それも異相結界習得後に、魔力の扱いが直感的になったからというのも大きかったらしいが。
「貯蔵タイプの扱いに慣れたらどうするか聞けばいいだろ。本人が得意を伸ばしたいか、苦手を克服したいかでも違うからな」
「そだねー」
「それよりもだ」
「なに?」
「これを早く何とかしたいんだよな……」
オレの視線の先にあるのは、大きな背負い袋。
中には、結構かさ張る木箱が入ってる。藍見鉱竜の核が封印されたような状態で収められてる。
「いつまでもコレを背負って移動とか、無限収納を持ってる意味がなあ」
「そうは言っても、何かいいアイデアあるの? いっそのこと一度里まで戻るのも手だと思うけど」
「一週間はかからんだろうから、キアラの修行が終わったらそれでもいいとは思うが……神域にラキを迎えに行く事を考えると、二度手間になるんだよな。ラキの受け入れの準備が整ってないのが地味に痛い」
「ラキちゃん大きいからねえ」
街中で一緒にいたら、とんでもなく目立つわな。
使い魔が一応ながら認知されているんだから、それで通るかも知れないけど……いや、たぶん無理だ。
とても、小、中型の範疇には収まらないデカさだからな。
となると、魔獣使役系。いわゆるテイミングというヤツだが、カザックの街には一匹も従魔がいなかった。
もしかして今の時代、魔獣を従えるなんて奇特な事をするヤツがいないんだろうか。
バタバタしていて、その辺の確認を怠ったのがいい感じに祟ってる。
「街で暮らすのは諦めるか~。それだったら郊外に適当にコテージ建てて、そこを拠点にしちまえばいいワケだし」
「生活内容は変わらないはずなのに、ラキちゃんにとっては街にいるだけで色々制限付きになっちゃうもんねえ」
旅をするだけだったら問題はない。街で一緒に暮らせるかが問題。
ラキをどうにか出来る人間なんていないから害される事への不安はないが、好機の眼や畏怖や恐怖などの感情を向けられたら居心地のいい環境とは言えないだろう。
それを避けるために、街の外で待機してもらう選択肢もない事はないが、ラキの行動を縛るのは違う気がするんだよな。
暇を見て、キアラやトーリィに従魔の事をそれとなく聞いてみるか。
木箱のほうも里の皆に何か方法がないか、また聞いてみるしかないよなー。
「どっちもすぐに解決は無理そうだな。ま、今はとりあえず二人が回復するまでに魔宝石を作るとするかね」
「じゃあ、わたしは妖精の瞳をルー姉さんに送ろっかな」
本当は編集済みのやつを渡したかったけど、なかなか時間がかかりそうだったからな。
リナリーが記録したそのままをという事になったが、まだ送ってなかったのか。
「オレもまだ見てないんだけど」
「張本人なのに見たいの?」
「どうやって映ってるか見たいだろう」
格好良く映ってるかな?
「変身してなくても、そういうのは気になるの?」
「そっちはどっちかというとゲテモノだから。素の状態でカメラを向けられたら、それはやっぱりそれなりに映りたい」
「あ、ゲテモノっていう自覚はあるんだ」
散々、怪物だって言われたからな。……格好良いのに。
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「お、動けるようになったか」
「うニャ~、やっと手足に力が入るようになったニャ……」
大体1時間半という所か。ちょっと一眠りしたならそんなもんだろう。
枯渇寸前まで魔力を使って補充しての繰り返しだったから、その影響でちょっと眠かったはずだ。
「知らない間に眠ってしまいました……」
「ラグの上は靴を脱がなきゃいけないのを教えて実践したら、意識が落ちたニャ……」
ラグの感触を確かめるために横にでもなったな。
ふたりとも寝てしまった事に、少し後ろめたさを感じているらしい。
いけね、忘れてたわ。ベッドがひとつしかないから、同じベッドというわけにはいかなかったか。
まあ、そこを気にする前に二人とも落ちたみたいだけど。
二人が寝てるだろうなと思って作業音が聞こえないように遮音してたが、そんな状態なら遮音なしでも起きなかったかな? オレとリナリーの会話を漏らさないようにする意味もあったけどな。
あと、二人がしばらく動けないだろうというのは織り込み済みだったから、気にする必要はないと思うぞ。
「起きたなら、何か食べるか?」
「今食べたら、夕食が食べられなくなりそうなので我慢します」
「だニャ~。それよりイズミは何してるニャ?」
「ん? コレを作ってたんだよ」
言って二人にポンっとそれを投げると、慌てつつも受け取る。
「宝石……? にしては大きいような?」
「……まさか、魔石ニャ?」
「そうそう。渡してある魔石と同じヤツをカットしたのがそれだ」
「「え゛っ」」
えらい驚いてるな。里でも最初はこんな感じだったっけ。
ほぼ球形の魔石を凝視して固まってる。
「信じられない事するニャ。高純度の魔石を削ったのニャ?」
「形を整えるどころか完全に加工してますよね……」
「言いたい事は理解出来る。が、加工したほうが色々と、な」
二人の持つ魔石に手を伸ばし、魔力を流し込む。
すると、勢い良く魔力を吸収し始めた魔石が、キラキラと輝きだす。
「なッ! コレは!?」
「なんニャ、この光は!」
目一杯魔力を溜め込むと光り出すけど別に害はないし、しばらくすれば光も和らぐ。
それでもチカチカと眩しい時は、ちょっと手に持って鎮まるように念じれば光らなくなる。
コレが分かるまで、里では光りっぱなしだったんだよな。
光るのが相当気に入ってたらしく、袋に入れろって言ったのに、キラキラしてるのが嬉しいのか知らんが、皆そのまま持ち歩いてて視界がチカチカして大変だった。
光り物が好きって事に絡めて『キミたちゃカラスか何かの親戚?』って、つっ込んだら目の前で光量最大でフラッシュ。
いきなりだったから『ギャーッ!』ってなるほどの目潰しくらったわ。
「ま、この光は最初だけだ。こうすれば、この通りっと」
魔宝石に手を置いて、鎮まるように念じると淡い光がゆらゆらとする程度まで落ち着いた。
「な、何したニャ?」
「光を抑えるように念じただけよ。じゃないと魔力をある程度使うまでずっと光ってるからねー。今はいいけど長時間だと目が疲れるのよ」
「あの、そんな話は聞いた事ないんですけど……」
「とにかく、その魔宝石を確認してみてくれ。どういう事かは理解出来ると思うぞ」
頭のうえに?マークが飛んでそうな顔してるねえ。
お、理解が追いついたみたいだな。
「な、なんでニャ? ほぼ同じ大きさなのに、こっちのほうが倍以上、魔力が込められてるニャ!」
「このサイズでは在り得ないほどの魔力が貯蔵されてます……いったい……?」
「それが加工する理由だ。カットする事で飛躍的に魔力貯蔵量が増えるんだよ。純度が高いものに限るけどな」
透明度が高くないと、カットしてもただ容量を減らしてしまうだけで効果はないに等しい。
一般的な魔石は鉱石と結晶が混ざった状態なのが普通で、その魔石ではない部分をそぎ落として形を整える工程を挟むくらいがせいぜいらしい。
「聞いたことがありませんでした。というかですね……こんな、削るのが躊躇われるほどの高純度魔石なんて、まずお目にかかれませんよ……」
「そうニャ、こんな大きくて宝石みたいな透明度の魔石なんて古代遺跡を発掘したとしても見つかるか怪しいレベルの魔石ニャ」
遺物じゃないからな。
ある意味死体そのものを、そのままリサイクルしてるようなもの。それが遺跡から見つかるとは思えん。古代の誰かが同じく加工したって事なら遺跡発掘で発見も在り得るが。
「それはそれとして。これからそのふたつの魔石はふたりのものだ」
「ニャッ!?」
「こんなプレジーアシング級のものを!?」
「必要な道具を揃えるのは師匠の最低限の義務だからな。それでやっと最低ラインだ。修行するための環境を整えるのが教える側のオレの役割」
大きく見開いた目で、その手に持つ魔宝石をジッと見るふたり。
何かいろいろとグルグル考えてるのかもしれんけど。
「返却も不可だぞ?」
「な、何故ですか……?」
「修行の間の話じゃないのニャ……?」
「それあきりで戦闘を組み立てたりはしない。けど、訓練は違うからな。オレ無しでも同様の鍛錬が積めるようにするためには必要不可欠なモノだから観念して受け取る事。一定の水準に至るまで目一杯使い倒して、無駄を省く。それ以降は各自精進するのに役立てればいい」
「利用出来るモノは利用するのがイズミの持論らしいよ?」
「身の丈に合わない道具を使うのは、ズルをしてるような気がするニャ……」
「……イズミさんから教えを受ける事だけでも、私にとっては破格なのに……」
「生真面目過ぎるのもどうかと思うぞ? トーリィのほうはまだ考えてないが、二人からは対価を貰うから心配しなくてもいい」
「「そ、それは……ッ!」」
「ちがう!」
胸と股間を押さえるんじゃないよ!
顔赤くして何をやってんの君たちは。
それにしても好きだね、その手のネタ。条件反射か何かか? いい加減本気にするぞ?
とにかく。
とりあえず準備は整った。
さあ、始めようか。




