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第五十二話 レノス商会にて その弐




「このレンガで建物や城壁、もっと言えば城そのものを建てれば相当に強固なものに仕上がるだろうね」


 リナリーがオレの常識が崩れただの何だのと言ったからという訳ではないだろうが、焼き上げたレンガのうち、ひとつだけを応接室まで持ち込んだカイウスさんが呟く。

 丹念にレンガの感触を確かめるように手に持ち、用途の候補を挙げる眼は真剣だ。


 それと、モルタルもどきの製法を知った事も、真剣に吟味する大きな要因だろうか。継ぎ目がなくなったかのように積み上げられた階段について、いろいろと疑問が氷解したのか、どこか満足気に見える。


「耐久年数は不明ですけど、使用に不安はないんですか?」


「これでも建築に携わる者の端くれだからね。少し魔力を通してみた所、普通のレンガとは比べ物にならない強度だよ。魔力がおかしな作用をして、いきなり崩れるなんて事もまずあり得ないだろう。そう断言出来るほどに安定しているんだ」


 魔力が関係してるからなのか、安定してるという独特の言い方だが専門家がこう言ってるんだから、そういう事なんだろう。

 この世界で生活して、且つ、そういう仕事に従事していないと分からない事だな。


「レンガと繋ぎの製法。ほんとにコレを公開してしまっていいのかい? うちは建材とはいっても扱ってるのは木材が中心。実際問題として検証となるとうちだけでは不可能だろう。そうなると検証のためには公開せざるを得ないという事になるのだが」


「いいんじゃないですか? いっその事、この街の特産品にしてしまうとか」


「面白い提案だとは思うが……発案者のイズミ君を差し置いてかい?」


「特許料や使用料なんて概念や制度が整ってないですからね。そこはしょうがないですよ」


「先程も口にしたそれは、考えた人間がその事のみで報酬を得る制度、という事なのかな?」


「大体そんな感じです。その商品の売り上げの何割かを発案者に支払う。アイデア自体を高額で買い取って、買い取った者がそれを売って儲ける。形態は様々ですが、どれも似通ってますね。最初の発案者がないがしろにされないシステム、ですかね」


「そういう事ならば、私たちはイズミくんに売り上げに応じて使用料を払うか、または発案を権利ごと買い取る事にしよう。まだ独自に再現も出来ないのでは、詳細な額の算出に時間がかかるかもしれないが、うちとしては出来る限りの事をしよう。それでこの件は貸し借りなしの対等の案件と出来ればと思っているが、どうかな?」


「いいんですか?」


「そのかわりと言うのも変だが、うちの贔屓以外には要の情報は渡さない事にしようと思う。そこである程度の差別化を計って少しばかり優位性を確保しておく」


 さすがに専門家だ。

 頭の中では既に、いかにして商会の事業として組み込むのか戦略を練り始めてるのかも。


「あとは、競技会とかあると面白いですね。各工房をコンペに参加させてレンガの品質を競うんです。色の美しさを品評するのも面白いかもしれませんね。あと、付加された機能とかもあれば、実演してるのを見たいですね。触ると鳴くレンガなんかあったら思わず買っちゃいそう」


「私には、それがどんな風に役立つのか見当がつかないが……機能も競うのか。ふふっ、実際にやるとしたら、会場が賑やかな事になりそうだね」


「音が出るというのは使い方としては色々とあるんじゃないですかね。敷地内に敷いて、浸入警報とか、鳴子の変わりが可能ですよね。美術品を大量に抱えてる場合は結構役に立つかもしれないですよ」


「ふーむ、そういわれると否定は難しいかも知れないね。もしかしなくても、結界で警備するよりも低コストなのは確実だろう。全てをそれで賄う訳にはいかないが、簡易な警備で済ませられる場所はこれというように住み分けが可能かもしれない。それによって、重要施設の結界をより強固なものにするという選択も出てくるわけだ」


「侵入警報のほうは、その場で爆破したほうが手っ取り早いですけどね」


「敷地に入っただけで爆破されるのかい? 軽く悪夢だね……」


 苦笑はしているが、否定はしてない所を見ると、浸入即排除というのもありなものとして考えているのかもしれない。


「あとは足をくわえ込むとか。あ、でもそれって良く考えるとダンジョンの罠ですよねえ」


「そうか、そう言われると確かにそうだ。魔方陣を使った警備のシステムはそこそこ見るが、ダンションの罠を警備に流用するなんて、発想自体なかっよ。しかし、誰もやらなかったという事は、ダンジョンの罠は何か制限でもあるんだろうか。持ち出しが不可能で研究が出来ないという事も考えられるが」


「どうなんでしょうね。発見や解除、破壊には研究の跡が見られるようですけど、その構造や原理なんかは調べた人がいないんですかね? どこかに文献が残ってそうですけど」


 人間が、どういうものに引っかかり易いとか、そういう観点からも研究した人が居てもおかしくない。

 とは思うが、どうなんだろうか。


「その手の罠は対象を選ばないというのが、流用の研究がされていない理由かもしれませんな」


「実際はダンジョンなり遺跡なりを造った者は対象外かも知れないが、それを確かめる事はほぼ不可能だからな。魔方陣と違い、対象が無差別と考えられていたなら後回しにされても不思議ではないだろう」


 タットナーさんとそれぞれの意見を交わし、


「そんな危険で不確実なものを研究するよりは魔方陣の改良に注力するだろうね」


 最後にカイウスさんはオレに向けて、そう予想の形で考えを述べた。

 うーん、物体そのものに機能を持たせるっていうのはあんまり現実的じゃないって事なのかね?

 魔方陣が一度限りの使い捨てか、永続的に使用可能かでも変わってくるだろうとは思う。何にしてもこの研究も面白そうではあるな。

 

「しかし、このレンガで建てていれば、ガルゲンの屋敷も壊れずに済んだかもしれませんなあ」


「はっはっは、確かにそうだな」


 あ~、同じ方法で壊すのは苦労しそうだなあ。

 でも、自然現象を装わなければ、やりようはいくらでもある。

 レーザーブレスで切り刻むとか。


 しかしこの流れでその話になるのか。


「イズミ君も話は聴いたかい? ガルゲンの屋敷が一夜にして瓦礫の山になった事を」


「ええ、街ではその話題で持ちきりらしいですね。ミミエさんが結構興奮気味に教えてくれましたよ。寝起きの昼食時にはピンと来ませんでしたけど、ここにくるまでの街中は結構ざわついてましたよね」


「見物客が後を絶たないようでね、警護隊もなかなか忙しそうだ」


「しかし、イズミ殿が昼まで寝ているとは少々意外ですな。疲れがたまっておいでですかな?」


「いえ、そんな事はないですよ。ただの夜更かしで寝不足になっただけです」


「ほっほっほ、このタイミングで寝不足と聞いて、てっきりガルゲンの屋敷の事はイズミ殿が関わっていると思っておりましたが、違いましたか」


 紅茶を飲む手が一瞬止まった。が、それはほんの一瞬だ。

 思いがけない質問に思わず手が止まっただけとも取れる。なので、すぐさまそれまで通りの振る舞いで紅茶を口に運ぶ。


「いやいや、さすがのオレでもあんな事はしませんよ」


「おや。出来ない、ではなく、ですか?」


 あ、コレはやってもうたか。

 いやいや、まだどうとでもなるはずだ。

 にこやかな表情のタットナーさんが余りに自然に言うから、釣られて変な言い方になったが大丈夫なはずだ。

 ここで変に否定すると余計におかしな事になるだろう。


「同じ結果を求めるなら可能ですよ」


「ほう。参考までに聞かせてもらえないだろうか? いや、イズミ君やその言葉を疑っている訳ではなく、純粋に興味からくる疑問なんだ。どうすればあんな事が出来るのかとね」


「……そうですね。振動系の魔法で建物を壊すとかですかね。所謂、地震というヤツです。建物の中心からわずかな距離だけを限定して振動を与えれば、近隣の建物に影響を与えずに目標のみを破壊可能だと思います」


 固有振動とかも利用出来れば、尚よし。


「あとは、遠距離から石や岩を飛ばしての破壊も出来なくはないですね。魔法力具現化の過程の応用で狙いを付ければ外れる事もないですし。あれ? そういえば魔法を使った形跡はあったんですか? 今言った方法だと、どれもわずかに魔法使用の痕跡が残ると思うんですよね」


 そこでオレを見ちゃいかんリナリー。

 それと、口からお菓子がこぼれてるぞ。


「詳しい事はまだだが、その痕跡はなかったという話だよ。うちでも独自に探りを入れてみたが、警護隊や調査官は、意見が一致しているらしい」


「他に何か方法は思いつきませんか? 今のふたつの方法も私では思いつきもしなかったので、とても勉強になりました。何か方法があれば、お聞きしたいです」


 トーリィさんが魔法も使えそうなのは分かっていたけど、同じように魔法が使えると他人の魔法の使い方とかに興味があるのかな。


「ん~、呪いとか? この場合は、条件を満たした時に発動する遅延型の魔法に分類されますが。しかし、いくら見つけにくいと言っても、まったく痕跡が無いわけじゃないから、それは除外して。あとは……直接魔法とは関係ないかも知れないですけど、魔法の痕跡を残さずに同じ結果を得る方法なら思いついた事があります。あまり現実的ではない方法ですけど」


「それは?」


 現実的ではないと聞き、そんな方法があるのか? と少し怪訝な表情のレノス商会一同。


「空です。飛行可能な生物に乗って上空まで行き、魔法鞄マジックバッグなどを使って石を降らせる、という方法です」


「それは、さすがに……。ふーむ、確かに現実味がないね……」


「リナリーも空は飛べますが、さすがに建物を壊すほどの石を降らせるのは無理ですからねえ」


 リナリーがなんかすごい目でこっち見てる。開きすぎて目が飛んできそうだ。

 言いたい事は分かるから、そんな目で見るなって。

 どうせ、「自分でやったくせに、わたしを引き合いに出して他人事のように言ってる」とか、そんな感じの事言いたいんだろ?


「いない事はないが、飛翔獣を扱える者はその数も限られているし、この街に来ているなんて事はまずないだろうね」


「国の管理を離れる事はないですから、その所在は明確ですな。それに飛翔獣が接近したならば、その魔力の気配で誰かしら気付くはずです」


 あ、今もそういうのいるんだ。

 昔は小型の飛竜の品種改良が盛んだったってイグニスが言ってたから、今はどうなんだろうって、気になったんだよな。

 国の管理って事は、定番の竜騎士とかかな?

 なんにせよ、この話題はここで頭打ちだろうか。これ以上発展させようがない。

 そういう事にしておく。


「空を飛べるってすごい素敵ですよね」


 おや、空繋がりでそっちに行くのか。

 やけに感情の篭った台詞を言いながらリナリーを見てるなあ、トーリィさん。


「ん~、わたしは歩くより楽なくらいだから、それについてはなんとも……」


 だよな。生まれたときからそれが当たり前なら、そんなもんだろう。

 しかし、色々と話をしたが肝心の話題がまだのような気が。


「ところで、気になったんですけど」


「ん? 何かな」


「今日の本題ってレンガの事で良かったんですか? てっきりドルーボアの肉の事だとばかり思ってましたが」


「おっと、これはいけませんな。すっかり忘れておりました。なにぶん興味深い話題ばかりでしたので、そちらに集中してしまいましたな」


「そういえば、その事をタットナーから聞かされていたのを私も失念したいたよ。いや、無理を言うつもりはないんだ。もし在庫があるならイズミ君が街を離れるまでに一度か二度、取引が出来ないかと思った次第でね」


「構わないですよ。今すぐ――は要りませんよね」


「はは、そうだね。ミミエの所から仕入れたばかりだからね」


「ああ、そうだ。こちらも忘れていた事がありました。以前、希望の品があったら、というお話を頂いてましたが、その事でお聞きしたいと思ってたんですよね」


「ほう、何か決まったのかい? 君が欲しい物というのが何なのか非常に興味があるね」


「そう言われると言い辛いですねえ。錬金術師に言わせるとかなり微妙なものらしいんで」


 期待されても、ちょっと苦笑するしかない感じですわ。


「これなんですけど」


 そう言ってコートのポケットから魔力抑制具マナワイアを出し、テーブルに置く。


「アクセサリー、ですか?」


「ブレスレット……いや、バングルかい? しかし錬金術師が絡むとなると……」


 トーリィさんとカイウスさんがそれぞれに反応を示す。

 真っ先に装飾品関係と当たりをつける所とか、トーリィさんは間違いなく女の子だよな。


「これはまた珍しい物を……」


「知っているのか? タットナー」


「おそらく、魔力抑制具マナワイア麻痺拘束具パラワイアではないかと。軟体金属生物ライブワイア製の魔法具です」


「これはそのハイブリッドらしいですよ」


「なんと、そんな奇特な事をする術師がいるとは」


 言われてるぞイルサーナ。


「その術師曰く、魔力コストを考慮しなければ非常に有用である事は間違いないと。なので、その材料である軟体金属生物ライブワイアがなんとか手に入らないかなと。色々と研究すれば面白そうだと思いまして」


「なるほど。では如何ほどご用意すればよろしいですかな? 希少ではあるものの市場に全くないわけではございません。それなりの数は揃えられるかとは思いますが」


「可能であれば、最大でお願いしたいんですが。あ、あ~……」


 あんまり多いとお金の事があるなあ。


「お金の事はお気になさらずに。それほど値段の張るものではない故、集められるだけ集めましょう」


「そういう事なら。ではお言葉に甘えさせてもらいます」


「ふむ、面白そうだね。うちでも独自に研究すれば何か発見できるかな? ああ、もちろんイズミ君に渡した後の話だがね。しかし、そうなると一応の期限なり数量なりを指定してもらったほうがいいのかな?」


「あ~……っと、そうですね……一ヶ月だとどのくらいになりそうですか?」


「そうだね……うちがあまり派手に動くと商売の種と勘違いした他の商会が横槍を入れてくる可能性があるのが少々鬱陶しいが……選り分け前の鉱石をクズ石材と一緒に一括で安く買い叩くフリをすれば、市場で仕入れるのと合わせて――20と言った所か?」


「その辺りが妥当な数でしょうな」


 カイウスさんに可能かどうか、そう目で問われたタットナーさんが、所見を述べる。


「というわけだが、どうだい? 前後すると思われるが凡そ20と言った所だね」


「それだけあれば当面の研究には充分でしょう」


「問題なのは数量ではなく品質が一定ではない可能性があるという事だが……それは構わないのかい?」


「正直、均一がいいのかどうか判断つかないんですよね。ですが、研究するなら多様なサンプルがあれば、それはそれで無駄にはならないと思うんですよ」


「なるほど。ところで、数ではなく期限を切ったのには何か理由があるのかい? 研究がしたいのなら手に入り次第、順次手渡したほうがいいと思うのだが、明日からしばらく街を留守にするのと関係があるのかい」


「ですね。明日からキアラの修行に入るつもりなんですよ。しばらくそちらに手が取られるので軟体金属生物ライブワイアをいじってる暇がないというのが理由ですね」


「ほう。本当にキアラくんの修行に入るんだね。稽古をつける程度のものかと思っていたが、本格的にキアラくんの戦闘力向上のために動くわけだね」


「そこまで大げさではないんですけどね。基本的な事に留まるかと。それに交換条件で薬学と薬草学の事を教えてもらうのも目的のひとつなんですよ」


 いい加減、クイーナに教えてもらったレシピの再現に取り掛かりたい。

 キアラにご教授願ったとしても、どこまで再現するための知識が得られるのか分からないが、何もしないと前に進まないからな。

 実を言うと、リナリーやサイールーに早く再現しろと急かされていたりする。

 あれ、君たちトイレには……などと言うと無言で魔法が飛んできたりするから、その辺は突っ込めないが、オレとしても野外放出を避けられるという意味でも早く再現したいと思っている。


「ふむ、そうか。しかし、イズミくんは楽しそうに勉強の事を話すね」


「えーっと、そうですか? 自分ではあんまり勉強が好きって自覚はないんですけど」


「イズミは趣味に全力を傾けてるだけで、勉強が好きなわけじゃないもんね。その割にはいろんな事、調べないと気が済まないみたいだけど」


「自分がやりたい事を優先してるのは否定しない。趣味として楽しむのに必要なら、何だって覚えるつもりでいるだけだ」


「ほっほっほ。動機はどうであれ、知る楽しみをご理解してるご様子ですな。今どきの若者にはその意義さえ見出せない者がいるというのに」


 キアラとか、イルサーナを見てるとそんな感じもしないが、やっぱり勉強嫌いな若いのが多いって事なのかな?


「貴族や商人の若い世代だと、楽しみながら勉強する者がいないわけではないが、どちらかというと責任や義務感から勉学に励む者のほうが多いだろうね」


 オレの表情から、その疑問の内容を理解したのかカイウスさんがそう答えた。

 貴族の現状を知らないと出てこない回答のような気もするが、さすがに大店の商人ともなれば、貴族とも多少は繋がりがあるって事か。


「うちの若者はそうではなかったようだがね」


 そう言って意味有り気に笑顔でトーリィさんを見るカイウスさん。

 その言葉にわずかに頷くトーリィさんだったが、何かを言い淀んでいる様子。

 はて? この流れだと成長魔法の事かな? 確かにこの場では言い辛いだろうなあ。


「あ、あのイズミさん! その……私もその修行に連れてってください!」


「「はい?」」


 意を決して言ったと思われる台詞。

 てっきり成長魔法の事だと思ってたのに……。

 えっと、どういう事?

 同じリアクションって事は、リナリーも成長魔法の事だと思ってたんだろう。


「同世代の君の強さに衝撃を受けたらしくてね。短時間でも構わないからイズミくんに指南して貰いたいと思ったらしい」


「是非とも連れて行ってくれませんかな? トーリィは武芸のほうはまだまだ未熟ながら、その他の家事全般は高い水準で身に付けておりますぞ? 修行とは言っても全ての時間をそれに費やすわけではありますまい?」


 薬草学の事もあるから、戦闘のみの修行ではないのは確かだけど。


「ならば、うちの孫を連れて行っても邪魔にはならないはずですが、いかがです?」


「トーリィさんって、タットナーさんのお孫さんだったんですか!? そうかも知れないとは思ってましたが……いや、それはいいんですけど、完全に野宿になりますよ? いくら武芸を嗜んでるといっても良家の子女と思われるトーリィさんが、そんな所で男と修行って、いいんですか?」


「野宿なら、経験があるので問題にはならないでしょう。それにキアラ殿も女性です。白のトクサルテと合同になったとしても、これまた女性だけのパーティーなので心配しておりません」


「大事な孫が何処の馬の骨とも知れない男と一緒に、というのが問題だと思うんですが……」


「何を懸念しているかは大体予想出来ますが、その心配はいらないでしょう」


 どういう意味か分からないが、タットナーさんの視線はリナリーに向けられてる。


「というか、むしろ間違いがあれば大歓迎ですぞ。イズミ殿を婿に迎えるにあたって、これ以上ない理由が出来ますからな」


 なんか、とんでもない事言ったぞこの人!

 そこでトーリィさんも顔赤くしてないで何か言って!


「いやいやいや! オレは――」


「い、いきなり結婚とかおかしいでしょう! それに修行中にホントに妊娠したらどうするの!?」


「なな、なんてこと言いやがる! 修行中にそんな事するか!」


 オレの台詞を奪っておいて、言う事がそれか!

 キアラの時は別段、反対とかしなかったのに、なんで今回は余計な事を口走るかな!?


「えっ……しないんですか……」


「なんで、しょんぼりしてるのトーリィさん!?」


「私に女としての魅力がないから……やっぱり胸が寂しいと、男性も寂しいものなんでしょうか……」


「そんな寂しがり屋は聞いた事ないけど!?」

 

「イズミは胸の大小なんか気にしないわ! 何よりお尻が一番にくる審美眼の持ち主よ。だから問題なのはお尻と全体のバランスなの。って、ちがーう! 言いたい事はそうじゃなくって! と、とにかく! イズミが結婚なんて早すぎるの!」


 オレの嗜好を理解してくれてるのはいいが、なんだこの微妙に辱めを受けてるような気分は。

 フォローしてるのか貶めてるのか、どっちなんだ。


「ほっほ。そうでもありませんぞ。貴族などは成人を迎えると同時に結婚など当たり前ですし、一般の人間でも20前後で身を固める者も多いですからな」


 街を見ても身を固めていると思われる人間はいた。その中でも、やけに若い人たちが目に付いたのは確かだ。

 社会の構造や、寿命など、様々な要因で、結婚というシステムが生死感にまで絡まって、独自の文化形成で成り立っているとなると、オレのもつ常識は役に立たないのではと不安になってくる。

 この世界では一般的な考え方でも、日本の考え方からしたらすぐには受け入れ難い社会通念が、広く浸透しているように見受けられる。


「でもでも……っ!」


「それにしたって……」


「はっはっは。いきなりの話で驚くのは当然だろうね。タットナーの気持ちも分からないではないが、まだ色々と早いだろう」


「はっ! 申し訳ありません。これは先走り過ぎましたな」


 オレたちふたりが、更に抗議の言葉を口にしようとしたが話題を切られてしまった。

 多少言い回しに引っかかる所はあるが、結婚云々の話はお終いという事でいいのかな。

 しかしなぜ、いきなり結婚の話になったか謎ではあるが、タットナーさんのいつもの悪ノリだろう。


「で、どうだろう。トーリィが修行に同行したいという願い。私からも是非ともお願いしたい。君のその隔絶した強さの一端に触れる機会を、トーリィにも貰えないだろうか」


「ん~、まあ一人増えた所で手間は変わらないので、というか白のトクサルテのメンバーが合流する可能性もゼロじゃないので、増員は問題ないと言えば問題ないですが……」


「お願いします!」


 あ~、うん。ここまで熱心に頼まれると断るのも悪い気がするな。

 というか、明確な断る理由がないのがまたいけない。


「えっと、頭を上げてください、トーリィさん。分かりました。修行と言っても何を求めての事なのか、具体的には魔法なのか体術なのか、それとも剣術か。戦略、戦術の類なのか。それが分からないので、どこまでオレに教える事が出来るかは今は何とも言えませんが、やるからには何かしらの成果が出るように精一杯努めましょう」


 言うオレの眼を見て、コクリと頷くトーリィさん。


「それと、キアラの定めた目標への到達具合で変わってくるので、これと言って期間は決めてません。なので、その期間ならば一日でも一週間でも構いませんし、何か途中で用事があるのなら中抜けでも問題ないです」


 と、トーリィさんの表情を見ると、期間までは考えていなかったようで、タットナーさんとカイウスさんに、どうしよう、と不安気な眼差しを送っている。


「そうだね……一週間に一度程度は戻ってこられるのかい?」


「そうですね。毎日となると時間的なロスで戻るのは勿体無いですけど、そのくらいなら平気だと思いますよ。急ぐ必要があるなら、オレが送ってもいいですし」


「では、一週間か10日を目安にトーリィはこちらに顔を出しなさい。警護の状況の確認とそれに関連した情報の交換、それと、修行の進捗の報告も忘れないようにな」


「はい! ありがとうございます!」


 深く腰を折り、頭を下げるトーリィさん。

 その声は心地よく耳に響く、元気なものだった。





 ~~~~




 長々と話し込んでしまったが、そろそろお暇しようか。

 いくら呼ばれた側とは言え、カイウスさん達だってそれ程、暇じゃないだろうからな。

 ちょっと予想外の展開になったが、お互いの要望が叶ったから良しという事で。

 その事で余計にお開きっぽい雰囲気だし。

 って、リナリーがなんだか難しい顔してるな。


「むう、また女の子が増えた」


 何を唸ってるのかと思えば。

 頑なに拒んでいた訳でもないが、何処か納得してないといった所だろうか。

 オレが女の子を侍らすのが、そんなに気に入らないのだろうか。

 修行中にそんな気にはならんぞ。

 特に今回は成果を出すって言い切っちゃったからな。

 密かにプレッシャーがかかってるんだよ。


 それとも、あれか。オレが寝ぼけた時の心配をしてるのか?

 トーリィさんに変な事をしやしないかと。だったらまあ、分からないではないな。

 その都度突っ込まなきゃいけないリナリーとしては、面倒くさい事は避けたいのかも。

 とは言っても決まってしまった事だからなあ。呑んでもらうしかない。


「おっさんが増えるよりはいいだろ」


「そこらに生えてくるみたいに言わないでよ。とにかく! 子供なんか増やしたらただじゃおかないからね!」


「増やすかッ!」


 どうやってそこまで持っていくのか、その経験もないオレが、一足飛びに子供なんか作れるワケなかろうが。

 知識だけは充分過ぎる程あるから、準備は万端なんだがな!


「はは、そのあたりは心配はしてないよ。ところで、明日トーリィは何処に向かえばいいのかな?」


「そうですね。朝方にパン色の犬に来て頂ければいいかと。おそらくキアラが朝一で顔を出すと思うので、そこから一緒にという事になると思いますよ」


「分かりました。では明日の朝、お伺いします」


 上機嫌に笑顔で言うトーリィさんに、食料はこっちで用意するので、それ以外のものを必要と思うだけ持参して欲しい旨も伝えた。

 さて、本当にお暇しようかね。

 ソファから立ち上がり、扉に向かう時になって気付いた。

 あー、しばらく街を離れるなら、どうなるかだけ知りたい事があったわ。


「そういえば、ギルド主導の対ガルゲンの作戦ってどうなってます? 屋敷が瓦礫になって、その上、不正に仕入れた荷物の事も追求されたりしたら、踏んだり蹴ったりで再起出来るんですかね?」


「おそらく、君たちの修行期間中にガルゲンの商会の件はカタがつくと思うよ」


「これで泣かずに済む人が沢山いそうですねえ」


 何もしてないのに開いた扉に少し驚いたが、どうやら店の人が開けてくれたようだ。

 その扉をくぐりながら言ったオレの言葉に商会一同、頷きで同意してくれた。

 あの商会、相当にやらかしてたんだろうな。


「最後にひとつだけ。興味本位で聞くのだが、イズミ君がやるとしたら、先程の方法でガルゲンの屋敷に仕掛けるかい?」


 と、本当に帰り際、そんな事をカイウスさんがオレの背中に向けて投げかけてきた。


「いえ、どの方法も取りませんよ。証拠も絶対に残しません。その上で命以外の全てを奪います」


 肩越しに振り返りニヤリとそう答えると、フッと息をもらし、


「そうか」


 とだけ、しかしカイウスさんも口の端を緩めて答えた。

 何を思ってそれを聞いたのか分からないが、オレのその答えに納得したようだった。

 

「明日からトーリィの事、なにとぞ宜しくお願いします」


 玄関まで同行したタットナーさんにそう言われ、やはり身内の事は心配なんだろうなと。

 ちなみにトーリィさんも見送りに来ようとしたが、明日までに時間がないのだから準備をしなさいと言われ来ていない。

 どうせ明日会うし。


「期待に沿えるといいんですけどね」


「ほっほっほ、うちの孫との事も充分期待しておりますぞ?」


「その話は勘弁して下さいよ……」


 オレの苦笑のかたわらで、頬を膨らませて「むう」とまたリナリーが唸っているが、ほっといていいよな。


「では、お茶のお誘い、ありがとうございました」


「また、いつでもいらして下さい」


 少し街をブラブラして宿に戻ろうか。

 欲しかった軟体金属生物ライブワイアの入手の目処もついて、よかった、よかった。


 トーリさんの修行参加なんていう思いがけない展開になったけど、一人も二人もたいして変わらんから問題はないな。

 問題があるとすれば、リナリーの感情くらいのものだ。


 忘れそうになるが、鉱石竜の核を入れた箱の持ち運びが面倒といえば面倒なくらいかな?


 ブラブラするついでにギルドにも寄っていくか。

 しばらく顔を出せないかも知れない事を、一応ジェンにも言わないと。


 まさか、ジェンもついて来るなんて言い出さないよな。

 まあ、ないか。











ぶった切りの後半です。


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