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第五十話 星降りの夜

夜中に投稿。

完成したので取り敢えずお楽しみください。


誤脱字だらけの可能性大(´・ω・`)



 空気が澄み渡って星が良く見える。

 今日は時間的にふたつの月はまだ顔を出していない。

 そのおかげで天体観測にはもってこいのコンディション。


 遮るもののない視界に、もとの世界の地球で見る天の川より、遥かに豪勢な星の集団の光が空を埋め尽くす。

 この惑星――いや、この星系が銀河のどの位置にあるかは分からないが、光が密集しているのは銀河の中心方向だろう。

 その幻想的な光を、この星の大地まで送り届けている。

 気の遠くなるような時を経て届いた、恒星からのメッセージ。

 日本から漫画とか小説のデータが、超長距離パケット通信で届かないもんかね……イグニスに変換してもらうのに。 


 ――カザックの街の遥か上空。


 オレは、最小限に展開した異相結界の上に立ち、そこから見える景色に軽く感動していた。


「月が出てたとしても、この高さなら誰も気がつかないだろう」


 必ずしもそうとは言い切れないが、300メートル上空で魔力隠蔽マギンズ・マスカーを使い、真っ黒のコートを纏ったオレを、仮に見つける事が出来るとしたら逆に褒めてやりたい。


「街にいたら、わたしでも気がつかないと思う」


 ある意味一番信頼出来るお墨付きが出た。


「念には念を入れたからな」


 視界を埋める微細な光りの洪水に、身を打たれたような錯覚を感じたが、何故かそれが心地良く感じる。

 まるで早くやれと急かしているようだ。

 ご都合主義的な解釈と言うなかれ。


「それじゃ、いってみようか」


「ここで止めるって選択肢はないんだね……」


「あるわけがない!」


「あ、そうですか……」


 栄枯盛衰は世の常。生まれ落ちて死に至り。始まりと終わり。

 宇宙開闢以降、変化のなかった事など在りはしないのだ。


 とまあ、無駄に大げさな堅い言い方でモノローグ的に語ってみたが、要するに何が言いたいかというと。

 ガルゲンよ、覚悟はいいか。

 命は奪わん、その代わりに別のものを奪う。





 ~~~~





「ねえイズミ。今夜何かやるとしてもその状態で大丈夫なの? 魔力抑制具マナワイアが装着されたままだよね?」


「魔法は使えなくなってるけど、動けるは動けるからな。ただ、時間までに異相結界が使えるかどうかで、ちょっと予定が変わるかもしれん」


 相変わらず、魔法はうんともすんとも言わないが、メイドの土産にいた時から比べると、だいぶ動けるようになってきた。

 循環させている力の流れが、なんとなく先程より把握出来るようになったように感じる。

 その事で効率的な身体の動かし方のコツみたいなものが掴めた。


「わたしは全然想像出来ないんだけど、魔法なし、魔力なしで動くって、やっぱり大変? 麻痺してるのに動けるって、見てるとすごい不思議なんだけど」 


「……今オレがこんなに難儀してるのも、リナリーが原因なんだが?」


「うっ……それは謝ったでしょ。わたしだってこんなに簡単に長時間効果が持続するなんて思ってなかったんだもん」


 拗ねたような申し訳なさそうな、そんな表情でオレの手に巻かれた魔力抑制具マナワイアを見ている


「まあ、こういう類の道具は普通、試着時にはすぐ外れる機能も付けとくもんだよなあ」


 右手のバングルを見て息を吐く。

 ホントにいつ外れるんだろうか……。


 などと考えていたのだが、何の事はない。

 夕食の最中に、何事も無かったかのように腕から外れ、元の形のバングルに戻っていた。


「びっくりしたぜ……急に外れるから、皿が割れてテーブルにまでフォークが刺さっちまった」


 あとでミミエさんに謝らないと。


「あの時考えた事が原因かな……? ご飯食べる時に不便になるから、その時になったら外れるかなってチラっと考えたんだよね」


「なるほどな。無意識に期限を切ってたのか。何にしろ助かった。予定を大幅修正しなきゃならんのかと思った。動けるとは言っても予定を考えると不都合だらけでいただけない」


 イルサーナに言ったように気合で動いてるのに近い状態だったからな。

 便宜的に『操気術』と呼ぶ事にしたこの方法。

 仙道では操気法と呼ばれるものと酷似しているが、微妙に違うらしい。

 イグニスも仙法の技の全てを把握しているワケではないので、断言は避けているようだったが。


 先程まで、この操気術で魔力抑制具マナワイアに抵抗していたのだが、相変わらず魔法は使えず、永続強化の効果もほとんど打ち消されていた。

 つまり、日本にいた時と同程度の身体能力まで落ちていたのだ。


「最初は気が付かなかったけど、ここまで色々と変化してるとは思ってなかったな」


「日本に居た時との身体の感覚の違い?」


「ああ、速さと力の上昇に補正が追いついてない。結構大雑把になってたかもしれない。演算能力が上がったといっても、そう簡単には誤差が修正しきれてなかったみたいだ。それが知れただけでも買った甲斐があったな。それに、同じように魔力が使えなくなる状況だってないとも限らないから、その意味でもいい買い物だった」


「ふーん、使い道をどうするんだろうとは思ってたけど、その誤差修正に使えるって事ね」


「最初は、面倒くさい輩が絡んできたら、いきなり拘束してやろうと思ってたんだけどな」


「らしいと言えばらしい発想ねー」


 対人戦特化で運用する。

 コストは考慮しないと仮定したとしても、結局は接敵してこれを相手に装着しなきゃいけないんだから、それなりの身体能力と経験が必要だろう。

 その力があるなら、しばき倒したほうが早いよな確実に。


「ただなあ。あまり意味がない上に、多分オレしか出来ない。組織立ってこれを使うのも魔力と時間の浪費になりかねないしな。サイールーに伝えるにしても、参考にもならないかもな。いやでも、妖精フェア・ルー族の魔力と隠密性、それと機動力があれば制圧手段として有効になるのか? 短時間の効果に限定して改良出来るなら必要魔力量も抑えられるはず。拘束後の魔力の管理は吸魔の魔石で対処すれば充分に実用範囲に収まる可能性があるな」


「咄嗟に思いつくのは、いつもながら凄いと思う。じゃあ、一応ルー姉さんにそれも伝えておかなきゃね」


「ついでに、下らない発想も期待してると伝えてくれ」


「イズミ以上の下らない発想なんて、普通は出てこない」


「どういう意味じゃい」


 何者をも寄せ付けない下回る思考で、いつも馬鹿みたいな事考えてるって事かい?

 全く、失礼しちゃう。





 ~~~~





 一時は魔法が使えなくて予定の変更も已む無しかと思ったが、元通り魔法が使えるようになって事無きを得た。などと言うと大袈裟だろうか。

 魔力が動かせないと、異相結界も反応しないから予定がずれ込む可能性もあったからな。


 そんなわけで予定通りガルゲンのソンク商会の場所を確認しにきたのだ。

 事前にタットナーさんやミミエさんに聞いてはいたものの、自分で確認するのも大切な事だから怠るワケにはいかない。

 宿の裏庭から上空に昇り、ソンク商会の建物と思しきものを見つけて魔法で対象の探知。


 思った通りこの時間ならガルゲンはまだ商会にいたようだ。

 他にも市場で会った数人の魔力も確認したから、ここがソンク商会で間違いないだろう。


「でかい建物だな。どれだけの他人の苦労を踏みにじってきたんだか知れたもんじゃないな」


 遥か上空でソンク商会の建物を見下ろし、そんな言葉が漏れ出る。

 聞けば、真っ当な取引のほうが少ないくらいだという話。ガルゲン自身は、それが自分にとっての当たり前の手段だという認識だというのが始末に負えないところだろう。

 まったく、どんなヤツに教育されたんだか。

 やっぱり教育って大事なんだなあ。それに環境も。


 現在の時刻は8時くらい。

 建物の中の会話を拾う事も考えていたが、その矢先にガルゲンが数人を引き連れ屋敷から出てきた。

 馬車に乗り込み商会から離れていったガルゲン一行。

 その時の会話を集音で聞くと、どうやら帰宅するとの事だった。

 ふむ、こりゃまた都合がいい。オレの計画としてはソンク商会には本人がいないほうがいいしな。

 それにこのまま自宅も確認してしまおう。


「ほうほう。あそこがガルゲンの屋敷っと。益々好都合」


 思わず顔がニヤけてしまう。

 隣家との距離があり、自宅の庭か知らないが、森のような木々に囲まれた屋敷。

 面倒な手間が省けるのはいい事だ。


 空の上で良かった。

 こんな含み笑いをしてるとこを誰かに見られたら変な噂が出そうだ。

 一先ずの目的は達したから、一旦宿に戻ろうかね。


 開いた窓から部屋に戻ってみたが、どう考えても不審者だよなコレ。

 部屋に入ると、壁に蔦を伸ばす緑のオブジェが淡い光りを灯している。

 その中心にはリナリーの花のベッド。

 そこから顔を出すリナリー。


「あ、おかえりー、空で何してたの?」


「場所の確認だ。今夜の本番で間違いがあっちゃ色々とマズイからな」


 共鳴晶石ユニゾン・クウォーツでサイールーと通信してたところだったか?

 花のベッドにそれを置いて、ふわふわと舞い降りてきた。


「他の準備は終わったの?」


「ああ、修行場所を整地した時に既に終わらせてあるぞ。だから、あとは夜中まで待機だな」


「なんとなく、やりそうな事が分かったかも……」


「お、さすがだな」


『ねえ、なんの話ー?』


 花のベッドに置きっぱなしになっていた共鳴晶石ユニゾン・クウォーツからサイールーの声が聞こえてきた。

 なんだ、通信状態のままだったのか。


「今夜のイベントのための準備だよ。フフフ……」


『あ、なんかすごい悪そうな顔してるでしょ、イズミってば』


「うん、二度見間違い無しの顔してるよ、ルー姉さん」


『悪戯を考えてる時に、目は笑ってないし口元も笑ってないのに声だけで笑ったりして、なんとも言えない表情だった時もあったよね。小さい子がヒキツケ起こしそうな笑い方だった』


 おう、言いたい放題言ってくれるじゃないの。


『でも、いいな~! なんか楽しそう』


 声だけでどんな表情してるか分かるかも。

 そのくらい感情が目一杯乗っかった台詞だ。

 むう、とか唸るように眉間にシワ寄せてそう。

 ふうむ、だったら。


「一度こっちに来るか? 人間とか街の様子なんかは聞いただけじゃピンと来ないだろ。ラキを迎えに行った時に合流すれば手間が省けるし。その時に一緒に街にくれば問題ないんじゃないか」


『いいの? あ、でも街の様子とかは妖精の瞳で見てるから結構分かってるわよ』


「そうなのか?」


「私の『瞳』を何度か送ったの。だから里のみんなは街の事もいろいろ知ってるはず」


 コートの無限収納エンドレッサーと違って、繋がってるヤツは基本的にリナリーも好きに使ってるからな。

 というか外出時以外は、机とかに置いてある状態だから、リナリーも自由にゴソゴソしてるだけなんだがね。時々良く分からない、妖精のお菓子みたいなモノを取り出してるのを見るんだよな。


「ほう、そうなのか。まあ、どっちにしてもラキをどうするか決まってからだな。サイールーとしては、ずっと街に居たいわけじゃないんだろ?」


『そうねー、こっちと同じ研究環境があるなら別だけど、やっぱり色々と突っ込んだ事やるのは、こっちのほうが何かとね』


「そうなると、普通の見学ツアーになりそうだな」


『取り敢えずはそういう事になる、のかな?』


「欲しい魔動製品とか魔法具があったら、言えばその時に付き合うぞ? そのへんの情報もこれからなんだろ?」


「そだねー、今回ちょろっと見て回ったのも『瞳』に撮ってあるから、魔力抑制具マナワイアと一緒に今送ったとこ」


「サイールーが軟体金属生物ライブワイアを欲しがるとは思わなかったから意外だったな。何か文献に良さげな使い道が書かれてたとか?」


『私の手元にあるコレと、イズミも持ってる魔力抑制具マナワイアが同じものだって事だけど。聞けば、ロウワー、ダウナー系のいわゆるデバフ系統の抑制型って事よね』


 身体能力低下がロウワー系、精神活動の低下、阻害がダウナー系だったか確か。

 何に対して作用してるのか怪しい感じの魔法もあるから、一概にこうだとは言い切れないけど、系統としてはデバフ、要は全般として抑制が主な効果なワケだ。


「さっきまで動くのもしんどいくらいだったからな。相当だと思うぞこれ」


「普通に動けてた人が言っても説得力無いんですけど」


『まあ、イズミが動けたのは、おかしいからいいとして』


「なんだそれ。動けたのがおかしいのか、頭おかしいから放っておくって意味なのか」


「その違いを区別する必要があるの?」


「…………」


 大有りだよ。

 ……もう、いいです。

 

「……で、話はなんだったか」


『デバフが出来るんだから、バフ系統はどうなんだろうと思ってさ。そのあたりの話は聞いてない? あるはずだと思うんだけど』


「いや、ギルドでも聞いた事ないな。いや、支援系の効果の乗った道具や装備はあったな、そういえば。でも軟体金属生物ライブワイア製で、そういうのはないんじゃないか? あればオススメされるだろう。それともオレが知らないだけで実際はあるとか、高価だったり効率が問題で話題にならないって可能性は考えられるな」


『強化・支援系の術式と相性がいいと思うのに、なんでやらないんだろ。やっぱり起動コストかなー。これを機に本格的に研究してもいいかも。実物が手に入ったおかげで探し易くなったのは事実だものね』


「必要なかったから探さなかったのもあるけど、探索時間が短縮出来るから、今まで探せなかった場所の調査なんかも捗るよね」


 坑道や狭い場所は避けてたとも言ってたな。

 どうしても必要な場合は仕方ないとして、空を飛べる優位性が失われかねない場所や、一網打尽にされかねない状況はなるべく陥らないようにするべきだろうと。

 異相結界を扱えるようになって状況が変わったからこその変化なんだろう。身の安全を第一に神経を尖らせる必要がなくなったのが、好奇心優先になった理由って事かな。


『何か面白い使い方が思いついたらいいんだけどねー』


「取り敢えずは小型化と、起動の魔力コスト削減だよな。すぐ思いつく所だと指輪タイプにして、両手に装着して10連装とかな。どういう仕組みで魔法が付与されるか分からんから、装着者の魔力的にそこまで無茶な事は無理そうだけど」


『そうねー、でも複数っていうのはいいかも。合成や複合に応用出来たら面白いと思うわ』


「あとは基本的な事として、生態の研究だな。どうやって生まれるのか、何を食べてどう成長するのかを徹底的に調べ上げれば、もしかしたら意外な利用法が出てくるかもな」


 まあ、それだって限界はあるだろうがね。

 それでも魔法なんて良く分からない力を、良く分からないまま使ってる世界の事だからな。

 いい加減な状態でも、充分な成果と言えるくらいの事がわかるようになる可能性もある。


 こんな感じで夜中まで話題の尽きなかった研究談義。

 この手の話は里にいる時からイヤと言うほどしたのに、話題が尽きることがなく、なかなか有意義な時間だった。


「そろそろ時間だな」


『ちょっと悔しいなー』


「あとで『瞳』で見ればいいだろ? やる事としてはたいした事はしないから、がっかりするかもしれないぞ」


 研究談義の間に『瞳』の情報の複製は終わったらしく、すぐに返却されてきたようだ。


「されたほうは、たまったものじゃないと思うけどねえ」


「ま、見てのお楽しみだ」


『むぅ、りょうか~い』


 不貞腐れたような声に、思わず吹き出しそうになった。どんだけ交ざりたいんだ。

 そんなに楽しそうにしてるかね、オレたち。

 ……楽しくないと言えばウソになるけどさ。





 ~~~~





 ふむ。待ち時間のサイールーとの会話を反芻して、何か他にもいいアイデアがないかと思考が傾きがちだったが、今は集中しないとな。


「それでは、ご覧の皆様に悪徳商人の調理法方のご説明。現在、目標の遥か上空。具体的には600メートルくらいの場所に待機中。と言っても距離の単位が分かり辛いと思いますので、すごい高い所とだけ言っておきます。さて、まずは異相結界を大規模展開致します。そして、その上に事前に用意していた大量の石を取り出し、下ごしらえは完了」


「ねえ、なんで私に向かって調理の実演みたいになってるの」


「あれ、分からないか? リナリーもイグニスに見せられてたじゃないか、料理番組」


「見たけど、それと何の関係が……ああ、見せる事前提で実行するのね」


「そうそう。だからリナリーにちょっと頼みたい事もあるんだよ」


「何?」


「ここからじゃ遠すぎて詳しい結果が確認できないだろ? だから鳥に化けて迫力の映像を撮ってきて欲しいんだわ。直後にオレが見に行って、万が一にもオレがやったとバレるのは避けないとな。まあ、別にバレてもイイと言えばイイんだけど、原因不明の怪現象で精神的にも追い詰めたいからな。それに里のみんなに見せるならちょうどいいはずだ」


「ん~、確かにそうねー。……ひとつ確認だけど、人死には無しなのよね?」


「こんな事で人を殺してもな。あくまで、命以外の全てを奪うってのが今回のコンセプトだからな」


「ん、わかった。で、何をするの? ――これを見れば、わたしの予想が正解だったんだろうけど……」


 石の山を見下ろして困惑気味に呟くリナリー。

 まあ、この状態を見ればイヤでも正解に行き着くわな。


「石の雨を降らす。超局所的、範囲限定の流星群だ」


「やっぱり……」


「というわけで、しばらくしたら現場に様子を見に行くのはリナリー記者に任せるので、私は早速調理開始であります!」


 異相結界の上に積み上げられた石の山の前に立ち、次々と石を放り投げていく。

 無造作に投げ捨てているように見えるかもしれないが、指定範囲から外れないように細心の注意を払っている。

 万が一狙いがズレても、レーザーブレスで消し飛ばすので問題ない。


「さあ、はじまりました。次々大きな石が目標に向かって落ちていきます」


 時々、実況を挟みながらも手は止めず、流れるように石を投下していく。

 一投目が着弾。

 それを合図に切れ目なく商会の建物に石が降り注ぐ。


「それほど大きな音じゃないけど、ここまで聞こえてくるとは思わなかったな。おーおー、やっと出てきた。結構な人数が建物に残ってたようだな。けど、もうちょっとスパッと動かないと助かるものも助からないぞー」


 遠くて人影を確認するのも一苦労だが、魔力探知で人間の位置は把握済みだ。

 間近で聞けばかなりの騒音かもしれないが、構うものか。ある意味それも目的のひとつだ。


「よし、建物の中から誰もいなくなったな。てなワケで――せいッ!!」


 ヒュゴッ!!


 ッゴォォン……と、遠方で大きな音が聞こえる時の独特の響きが耳に届く。

 建物のど真ん中に、なかなか大きな穴が開いたな。

 強化してない石を勢い良く下に向かって投げたが、予想より派手な事になった。


「隕石衝突には程遠いなあ」


「隕石衝突なんて見た事あるの?」


「目の前ではないな。ニュースとかの映像だったり超リアルなシミュレーションCGだったりは良く見てた。それと比べるとちょっと地味だな」


「ああ、偶然記録されたものとか本物じゃない映像ね」


 オレが見たのは直径数メートルのクレーターが出来た隕石の映像とか、地球に巨大な隕石が衝突したらどうなるか、それをコンピューターで予想したもののCGだったりだな。

 でかい隕石がぶち当たって地殻が捲れ上がるとか、かなり怖い、絶望的な内容の予想映像だったのを覚えてる。


 こんな事を考えてる間も、下にむかって石は投げ続けている。

 ドヒュッ ドヒュッ!

 と盛大な風切り音を周囲にばら撒いて、ソンク商会に向けて降り注ぐ石の数々。


「次はもっと派手にいくから、リナリーは記録に向かってくれ。破片が飛び散るから怪我だけはするなよ」


「それは大丈夫だけど……これ以上って、やりすぎじゃない……?」


「まだ、ぬるい。ぬるすぎて風邪ひくわ。冷やすのはオレの身体じゃなくて、やつらの肝だからな。オレ自身はもっと熱いのがお好みだ」


 力の入れ具合を増しながら、どんどんと直下に石をぶん投げる。


 ゴッ! ガゴンッ! ドゴォッ!

 聞こえる破壊音が、次第にその大きさを増していく。

 

「じゃ、いい画を頼んだぞ」


「凝ったアングルとかを期待されても困るってば。そのうちに、遠見の道具を買うか、作ってもらうからね。好みを言うならその辺も気を配ってもらわないとね」


 言いながらヤタガラスに化けて現場へ飛んでいくリナリーを「へいへい」と苦笑気味に見送る。

 遠見の道具か。望遠鏡とか双眼鏡って事かな? いずれは、物理的なものか、それとも魔力的なもので遠距離を視認する為の道具は用意しなきゃだな。


「あとは弾が尽きるまで撃ち込むのみ」


 ドヒュヒュッ!

 ッガゴォン

 既に先程から、ただ石を降らすのはやめて、遊星からの物体X(ただの石)を全力に近い感じで投げてる状態。

 ソンク商会の建物が時間を追う毎に、瓦礫へと姿を変えていっている。


「いい感じに廃墟マニアが集まりそうな見た目になったな。でも原型を留めているうちはまだダメだよな。棟上式ならぬ、棟下げ式をせにゃあならんからな」


 手加減無用で、連続で大きな石を直下に向かってぶっ放す。

 石壁もほとんど崩れ落ちて、屋台骨らしきものも見る影もないくらいボロボロだ。


「お、やっとお目当てのものが出てきたか?」


 商館の所々に魔力が込められた物体が幾つかあることはわかってた。

 おそらくアレがそうなんだろうな。


「さて、どの程度で壊れるかな? 狙いは3つか。――そぉいッ!!」


 超高速で3連続。

 純強化フル・ドライブを付与した上で実行された投擲。


 ズドンッ!!


「おっしゃ! ビンゴッ!!」


 思ったとおり、金庫や貴重品を収納したものだった。

 過去形なのは、既にその形がないからだ。

 気持ちいいくらい木っ端微塵ですわ。


 さて、ここからもう一仕事。

 今しがたぶっ壊した金庫や貴重品入れの周辺に向かって小さめの石を当て、その衝撃で敷地の外まで瓦礫もろとも大量に吹き飛ばす。

 何をやってるかって? お金や貴重品を撒き散らしてるんですよ。


 夜中なのにも関わらず、この大きな音で近所の人間が何事かと集まってきているが、その人たちにも協力してもらう。まあ、協力とかいう意識は本人たちにはないんだろうがね。

 こんな時間に起こしちゃったから、その侘びも含めての迷惑料として頂ければと。


 これぞ棟下げ式。

 建物の完成を祝ってやる儀式ではなく、破壊と同時にご祝儀をばら撒く。

 ガルゲンが溜め込んだ財産を、強制的に吐き出させる。

 正、不正、どんな手段で手に入れていようが関係ない。

 オレにとっては場を盛り上げるための添え物に過ぎないから、どんどん持ってちゃって~。


 多くの見物人が危険だという事で遠巻きに見ているようだが、そこに硬貨や金貨、貴金属が飛び散ってきたものだから、そりゃ驚くよな。

 

 でもな。

 目の前に金目の物が降ってくれば、取り敢えず拾うのが人間だ。

 取得物に関して、割りと厳しい日本でだって取り敢えず拾う。その後どうするかは拾った者次第だけれど、その辺がうるさくない、この街なら思惑通りの結果が得られそうだ。


「全てを奪うって、こういう意味だったのねー」


 オレが居る上空に戻ってきたリナリーが、眼下を眺め得心が要ったように呟く。

 徹底的に貴金属類は敷地内から排除した。

 敷地外へと吹き飛ばせなかったものも、判別不可能なくらいの破壊か、地面深くに埋まったりで、すぐには回収出来ないだろう。


「まだ全てじゃない」


「まだ何かやるの……?」


「やるなら徹底的にだ。明け方までには終わると思うけど、それもソンク商会のヤツラがどれだけ優秀かで、待ち時間が変わるだろうな」


 着ぐるみからローブ姿になったリナリーが、どういう事? と言いたげな顔をしたが、詳しい説明は不要だろう。どうせすぐ分かる。


「来た来た、意外と早かったな」


 ソンク商会の従業員は案外優秀だったようだ。自分達の手に余ると判断する前に即座に連絡をしていたように思える。

 実際は、どうしていいか分からんから丸投げしたというのが真相かもしれないが。

 商会の建物から離れた場所を、真夜中にも関わらずかなりの速度で移動する馬車を発見。

 大きな音で疾走する馬車なんか、何事かあったと宣伝してるようなものなんだがなあ。

 瓦礫の山と化した商会の敷地近くに停車。その馬車から降りて、何やら捲くし立てているように見える数人と別の反応を見せる、お待ちかねの人物。


「放心しちゃってまあ。お気の毒」


「ソンク商会の会頭が来るを待ってたの? やる事って、どんな顔してるかこっそり見るとか?」


 お気の毒って台詞で、そういう連想をしたんだろうけど、違うんだなあ。

 それはそれで面白そうだとは思うが。


「ガルゲンの顔を拝むタイミングは今じゃないな。言ったろ、徹底的にだ。これからヤツの屋敷に出向いて同じ事をする。どちらも自分がいない時に起こったらどう思うのかねえ」


「うわ……意地が悪いというか、歪んでるというか……」


「失礼な。怪奇現象として認識されたとしても構わんが、何者かの意思の介在を多少なりとも匂わせておけば、勝手に疑心暗鬼になってくれるだろう。それに恐怖の演出にも一役かってくれるからな」


 遠い目をしながら「あー……うん。イズミだからね……」と意味の分からない呟きを漏らすリナリーはさておき。


「それじゃあ、仕上げといこうかね」


 それにリナリーも頷いて、ガルゲンの屋敷へと空を駆ける。





 ~~~~





 結果から言えば。

 もー、粉々。

 跡形もないとはこの事だろう。

 ガルゲンの屋敷は、それはもう立派な外観の建物だった。

 それが今は別の意味で壮観。


 屋敷に残った人間が外に出るまでは下ごしらえとして石雨、前菜で強めの投擲、その後の大破壊はメインとして美味しく頂きました。

 徹底的にをモットーの下、そのままの意味で実行したのだよ。


「自分でやっておいてなんだけど、あの家の関係者はこの後どうやって生活するんだろうな」


「人間全部がイズミと同じ感覚じゃない事を祈るわ……」


 感覚とは? 他の人間も同じ事をやるのかって意味かね?

 それはないでしょうよ。わざわざ他の人間が執りえない方法を選んだんだから。

 リナリーの引き攣った笑顔からすると、言いたい事は分からないが、嫌悪とかではないというのは分かる。


「普通に気にならないか? 金持ってたヤツが何もかも失ったらどうなるんだろうって」


「そういう事を言ってるんじゃないんだけどね……」


 じゃあ、どういう事なんだろうか。さっぱり分からん。

 ガルゲンがこうなったのも、ヤツ自身の言動が原因だろう。

 オレはただ、それにリアクションしただけだ。

 その方法の賛否なんか、立場でいくらでも変わるだろうから、そこを論じても意味はなさそうだと思うわけ。


「まあ、宣言通り人死にはなかったし、成果としては上出来だな」


「鉱石竜の対処と基本的に変わらないよね……相手の手足をもぎ取るようなやり方が」


 言われてみれば、そうかもなあ。

 相手を弱らせる時の基本だからな。攻撃手段などの選択肢を奪っていくっていうのは。

 今回は、徐々にではなく一気にだったから、オレ自身も自覚が乏しかった感がある。


「なんだかんだ言っても、スッキリしたぜ」


「そりゃあ、これだけやればそうでしょう。いくら熱いのが好きだからって、瓦礫全てを砂にするくらいの勢いで更地にするとか、どうかと思うの。ちょっとだけ鍛錬場を整備した時の事を思い出しちゃったわ」


「そういや、似てるな」


 鍛錬場の整備は、魔力を使い放題だったから楽だったなあ。

 さてと、後はこれでホントに最後の最後だ。

 仕上げが残ってるから少し待機しないといけない。まだデザートが残ってる。

 いや、デザートと言うよりは、ある意味メインだ。


「ここからだと良く見えないから、あの林の辺りまでいくぞ」


「ん」


 離れた場所に着地してから、屋敷のあった敷地を囲んでいる林に潜む事に。

 ちょっと見通しの良さそうな場所の高枝に腰を下ろし様子を伺う。

 しばらくすると、ガラガラと音を立てて敷地に馬車が止まった。


「リナリー、記録頼むぞ。ありゃあ、大急ぎで帰ってきたな」


「取り敢えず、ずっと記録はしてるから平気」


 バンッ! と大きな音と共にひらかれた馬車の扉からガルゲンが飛び出てきた。

 キョロキョロと周りを見渡し、何かを探しているように見える。


「(ぶふっ! まさか屋敷探してんのか?)」


「(イズミも大概悪趣味よね……)」


 なんとか笑うのを我慢できたけど、突っ込みは我慢出来なかった。

 呆然と更地を眺めていたガルゲンだったが、やっと事態が飲み込めたらしい。

 そりゃそうだ、商会の建物が同じような状態だったんだから、自然とそこに辿り着くはずだ。

 

『何だこれは! 何が起こったというのだ! 誰か説明しろッ!!』


 普通に聞いても、聞こえなくはないが、ちょっと聞き取り辛いので、あらかじめオレの周辺に届く人の声の振動だけを増幅するようにした。一応リナリーの耳にも届くようにしてある。

 普段使ってる集音とはちょっと違うが、これも割りと使い勝手がいい。


『……じ、自分たちも、何がなんだか……』


『それが……石の雨が降ってきたと思ったら、星が降ってきまして……』


 おお、なかなか上手い事言うね。

 この屋敷で働いてた人間はそういう認識だったわけか。


『なんだ、ソレは……。何の冗談だ……! 星だと!? そんなバカな話があってたまるか!』


 フラフラと屋敷があった砂の山まで歩くガルゲン。

 ガクリと膝をつく姿は哀愁漂いまくり。


『一度に商会と屋敷を失うだと……? 私が何をしたというんだ……普通に生活し、普通に取引して商売をしていただけ……業績も順調、何も悪い事はしていない。こんな理不尽な目に遭う理由がない! それが! 何をしたらこうなる! 私がいったい何をしたとッ!!』


 タチわりぃ……あの野郎、自覚なしで他人を踏みにじってきたのか……?

 その人らこそ、理不尽だと叫びたいだろうよ。


『クフ、ククク……クハハハハッ! ようやく手が届きかけた、その事が原因か!? クハハッ! だとすれば、神が! 運命が! オレを怖れてコレを成したと! そうに違いない!』


 うわぁ……とうとう逝っちゃったよアイツ……わけの分からない事言ってやがる。

 何気に一人称も変化してるし。


「(あの人間、なんか怖い……)」


 得体の知れないものを怖いと感じるのは人間も、妖精も一緒か。

 オレとしては、そこまで怖がらなくてもと思ってしまうが。


「(いろんな意味で怖いな、確かに)」


 現実逃避の方向がな。

 あくまで自分はすごいと思ってる、その精神がおめでたい。

 呆れるしかない。


 ん? ガルゲンがブルブルと震えて何か呟いてるけど、よく聞き取れないな。


『……ぜだ……何故だ……何故だーーーーーッ!!』


 普通に考えれば、そうなるわな。

 疑問を叫ばずにいられなかったって事は、意外に冷静だったか?

 何故だと言われても、お前の言動のせいだとしか言えんな。


 はぁ、まあ、見るモノも見たし、引き上げるとするか。

 ガルゲンを見て思ったのは、オレには人の心を変えるなんて無理だってのを痛感したことだな。

 ガルゲンの心を変えようとは思わないが、この類の人間もいるというのを改めて認識させられた。


 それにしてもリナリーには悪い事をした。

 人間のドス黒い部分を、いきなり直視させるつもりはなかったんだがな。

 オレはといえば、かなりすっきりしたというのに。


 帰ったら、デザート代わりに魔力吸い放題で勘弁してもらうか。

 しっかし、こっちのデザートは胃もたれしそうだったな、まったく。






オチがうまい事いきませんでしたわ。

何かこうしたほうが良かったかとか色々と悩んでみたものの……何かこっちのほうがいいんじゃない的なご意見ご感想ありますかね?(´・ω・`)

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