第四十九話 交渉成立
これはビジュアル的にはどうなんだ……?
この製品もだけど。コレを使った時の事を考えると、なんというか……。
「何を考えてコレを造ろうって思ったんだ……?」
「いやー、頭を洗いながら身体も同時に洗えないかなと。頭を洗ってると両手が塞がりますよね? その時に勝手に身体を洗ってくれるアイテムが欲しいと思ったのが切っ掛けですねえ」
肌触りは確かにいい。素材が何なのか分からないが、とにかくお肌には優しそう。
問題は見た目だ。
……蛇じゃねえか。
これが身体を這い回るの?
「自分で使ってみたりは?」
「してないですよ? いかがわしい事になりそうなニオイがぷんぷんしたので自分では試してません!」
「何故それを売る!?」
なんかもう、いろいろアレだ。
優先的にメイドさんの製作した魔動製品を紹介されたが、どれも返答に困る。
正直、微妙なラインナップだ。
毛虫型歯ブラシと蛇タオル? を筆頭に、機能は凄いのに使い道が間違ってるんじゃないかと思えるような物ばかりだ。
中には、ネコを号泣させるだけという、何のために使うのか全く分からない、存在自体が間違ってるアイテムなんかもあった。
比較的ましな物としては、とにかく二の腕をブルブルさせる腕輪だとか、眠りそうになったらバチンと額を痛打するカチューシャなんかだろう。用途が微妙過ぎて評価に困るが、改めて考えると機能はすごいんだよ。見かけがムダにスタイリッシュでセンスもいいのが逆に納得いかないだけで。
しかし何故か身体に使う製品が多い。
多分、自身が不便だなと思ってる事とかで、こうすれば便利になりそうって感じで造ったんだろうな。
あと、美容関係が多い気はする。
この店で扱うにはやや場違い感が否めないが。
「うーん、これなんかはうちの店で扱ってもおかしくない製品ですね」
「これもメイドさんの自作?」
手渡されたのは少し幅広の輪っかだ。
先程の腕輪よりはすっきりとした形状のもの。
「大事な事を忘れてると思ったら、自己紹介してませんでしたね。助けて頂いたのに名前すら名乗っていなかったとは不徳の至りです」
「客と店員の関係なんてそんなもんだろう。特別な注文でもしない限り客の名前も担当者の名前も知ってる必要もないし」
「それはそうなんですけど、命の恩人ですからね。あのままだったら餓死の前に圧死していたかもしれません」
オレが来なければ、ハンマーを使う事自体なかったような気もするんだけど。
でも誰かが尋ねて来たら同じ状況になっていたかも知れない。
ハンマーの重さが普通じゃなかったから、オレで良かったのかも、とは思う。
「それに私的には、是非このままこの店のお客さんになって欲しいです。正直に言えば、私の製品に対しての意見をもっと頂きたいと思ったんですよ。私の周りにいる人とは違う感覚で判断してもらえそうなので、ちょっとこの機を逃したくないというのが本音です」
「意見くらいなら全然構わない。と言っても、ずっとこの街にいる可能性が低いからな……継続的にってなると難しいぞ」
「それでも構いません。この街にいる間だけでも意見を伺えるのなら嬉しいです」
「まあ、そういう事なら」
「ありがとうございます! 改めまして、私はイルサーナ。この工房で弟子、兼 メイドで店員の錬金術師。そして冒険者でもあります」
「肩書き多いな。オレはイズミ。同じく冒険者だ。なったばかりで分からない事だらけの駆け出しの上に、この街にも来たばかりだから、どれだけ役に立てるかは怪しいからな?」
「え、駆け出しなんですか? そんな雰囲気まったくなかったんですけど」
「こんな事でウソついてもな。正真正銘、成り立てほやほやの冒険者――あ?」
「え、きゃッ!?」
リナリーがフードの中から、ずいっとボアぐるみ姿で肩に乗り出してきたを目の当たりにしてイルサーナが目を白黒させている。
今日はピンクのぬいぐるみか……。
どうも、長ったらしい自己紹介にしびれを切らしたようだ。
「え、え? なんですか、それ?」
「一般的には使い魔? で通るみたいだな。この輪っかに興味があるみたいだ」
腕に飛び乗りタシタシと腕を叩き、渡せと催促している。
オレの持っていた輪っかを両手で抱え、いじくり始めたリナリー。
「ほー、ヘー、ぬいぐるみの使い魔ですか? 可愛いですねえ。初めてみましたよー」
「……だろうな」
だって使い魔じゃないからな。
「それより、リナリーはこれが気になってしょうがないらしいから説明してもらってもいいか? 防犯グッズに関係してるって事のようだけど、具体的な機能とかはどんなものなんだ?」
「そのぬいぐるみはリナリーちゃんって言うのですか? なんだか妖精みたいなお名前なんですねえ。えーっと、そんな事より製品の解説でしたね。まあ、これは見た目のとおりバングルですね」
イルサーナの言葉の中に図らずも正解が混じってたから、一瞬身構えてしまった。
不自然には思われなかったようだが。
「ただ、機能が特殊といいますか……使いどころが難しい部類に入ってしまっているんですよね」
「特殊とはいうけど、イルサーナさんが造ったんだろ? そういう変わった製品が造れるなら腕が良いって事だ」
「イルサーナ、とだけお呼びください。メイドの私はお客様の一時の召使のようなものですから。なんでしたら気が済むまで、おはようからおやすみまででも構いませんが」
本気なのか冗談なのか分からない事をいい笑顔で言うなあこの人。
本人がそう言うのなら呼び方はそのようにするけれども。
「あ、ああ、わかった。そういう事なら遠慮なく……イルサーナの口ぶりから、面倒な仕様のアイテムだろうってのは想像出来るけど、実際の所は?」
「確かにある程度の技術がないと造れません。また、それ以上に厄介な性質のせいで、あまりほかの錬金術師は造る事がないのです」
「ある意味、貴重品だと?」
「そう言えなくもない、ですかね……。実際のところ起動するまでに必要な魔力が多くて、一ヶ月以上魔力を溜めないと使用する事が出来ないんです。しかも、それだけやって稼動は最長三日前後」
それはまたキツイ足枷がついてるな。それが厄介な性質ってヤツか。
イルサーナのような仕事の内容を考えれば、魔力をそっちに割く余裕はないだろう。
冒険者という職業の観点からも、貴重な魔力をそれだけに注ぐわけにはいかないのは理解できる。
「このナリで、そこまで魔力が必要な機能の想像がつかないが……いったいどんな事をするアイテムなんだ?」
「身に付けた者の魔力を抑制する、魔力抑制具と呼ばれる魔法具ですね。魔法力、いわゆる魔力具現化という能力を一時的に無力化するんですよ」
「ほう、魔力抑制か」
イルサーナの言葉でオレとリナリーの視線がバングルに向かう。
こんなに小さいのに、機能的にはかなりすごいもののように思える。
ん? リナリーが、テシテシっとバングルを手で叩いてオレに向けて差し出してくるが、イマイチ言いたい事が分からない。
「(魔力込めてみて)」
ああ、そういう事ね。
わざわざ遠隔発声してまで伝えるくらいだから機能を見てみたいんだろうな。
「これって魔力を込めれば、すぐ使えるようになるのか?」
「えっ、あ、はい。今は空ですけど、大量の魔力を吸収させれば起こして使えるようになりますよ」
何か奇妙な言い回しだが、必要なのは大量の魔力だけという事のようだ。
まだ魔力には全然余裕があるし、ここで大量消費しとくのもいいかもしれない。
というわけでバングルに魔力を込めていく。
「え? うそ……こんな短時間で……?」
「うーん、まだ入りそうだけど、どれくらいで使えるようになる? やっぱり限界までか?」
「ダ、ダメですッ! 限界までなんて魔力入れたら死んじゃいますよッ!?」
いくらなんでも大げさだろ。オレのほうはまだ全然余裕あるぞ。
それに魔力がなくなったくらいで死んだりはしないだろ。
いや、もしかして魔力抑制っていうくらいだから、魔力枯渇状態でバングルに魔力を補充すると何か、そういった不都合でもあるんだろうか。
「じゃあ、これくらいにしておくか。この状態なら、もう使えるようになってるのか?」
「そ、そうですね。それだけの魔力が含浸した状態なら起動可能なはずです」
イルサーナが言うと、リナリーがバングルをオレの手から持っていく。
自身の前に掲げて、いろんな角度でそのバングルを穴が開くくらいの勢いでガン見。
「魔力が満たされれば、その模様に切っ掛けになる魔力を流すことで機能が有効化します」
おお、ホントだ。リナリーがちょっとだけ模様に触れて魔力を流したら、いかにも起動開始とでもいうかの様な反応があった。
「ただ、この魔力抑制具には他の機能もあって――あっ!?」
カチリッ!
「んっ?」
オレの手首に装着されたバングル。分かりきってはいるが犯人はリナリーだ。
うおぃ! いきなり何しやがる!? まだ説明の途中でしょうが!
しかもイルサーナの説明に不穏な気配が在ったのを分かってて、わざとこのタイミングで装着した、な……あ?
「ぐッ……?」
な、なんだ? 身体の力が抜けてくような感覚が……!
思わずその場でうずくまってしまった。
「どうなって……る? 身体の自由が……」
水の中にいるような、粘液の中で動くような、そんな感覚。
空気に全身を押さえつけられて思うように動けない。だが動けないだけで会話するのはなんとかいけそう。かなりしんどいけど。
大丈夫? と気遣わしげに覗き込むリナリーにちょっとイラっときた。
誰のせいでこんな事になってると。
「だだ、大丈夫ですかッ!? しばらく外せないので、もうひとつの機能に気をつけて下さいって言おうと思ったんですけど……遅かったみたいですね」
「みたいですよ……じゃなくて……いつまでこの状態が続く? というか、これは……麻痺系統の魔法か」
「さすがに体験すると分かりますか。お察しの通り、麻痺属性の能力も備えた魔法抑制具です。指一本動かせなくなるという麻痺拘束具と呼ばれる魔法具とのハイブリッドです。拘束時間は任意で設定するはずだったんですけど、設定なしでやったせいか、いつ外れるかはちょっと……あは、あははは……」
「笑って済ませていいのか、これ。オレ動けないんだけど……」
片膝立ちで、バングルを着けた手を床に身体を支えるような格好でピクリとも動けない。
バングルが魔方陣の延長のような模様を延ばし、腕に張り付くように変形していた。手の甲の側には触覚のように伸びた二本の線。
……蜘蛛のアートが手首から腕まで描かれている、と見えてしまうほどに結構禍々しい見た目だ。
無機物と生物的なデザインが混じった独特の雰囲気が余計にそう思わせるのか。
それはいいが、なんとか動けるようにならんものか。
魔法的なアプローチは、どうもダメらしい。さっきから強化を使おうとしているが、まともに発動しない。
体内のエネルギーの循環は阻害されていないから、純粋に魔法の具現化を阻害するだけという事か。
いや、これは新たな魔力の生産も阻害されてるような気がする。
魔力以外の別の方向から考えないと動くのはちょっと難しいか?
こっちに来てから、なんとなく分かるようになった体内のエネルギーを使うのはどうだろう。
イグニスが言うには、日本で生活してた頃に感じていた概念的な『気』というものを魔力や魔素によって間接的に感じ取れるようになったということらしい。
仙道ではよく耳にするとも言っていたな。
普段意識はしてないが、このエネルギーの循環を促進してやればなんとかならないだろうか。
……少しだけ早くできたか?
魔力の余計な動きがないせいか、いつもよりちょっと分かり易い。
「……ちょっと動けるようになってきたかも」
少しだけ身体に力が入るのが分かって、ゆっくりと立ち上がる。
どっこいせっと。
「え、ウソですよね? なんで動けるんですか」
「気合」
「ええー……」
イルサーナは納得してないみたいだけど、まるっきりのウソというわけでもないんだよな。
「ふぅ、普通に動くのは、まだちょっとしんどいな」
「あらゆる面から対象を無力化するはずなのに……私の腕が悪いから? 想定されたはずの機能が働いていない? しっかり手順も確認したし、魔方陣もどれも間違いはないはず……じゃあ、何が、何がいけなかったんですか!?」
オレの胸元をわしっと掴んで詰め寄るイルサーナの顔はちょっと半泣き状態だ。
「ま、待て。落ち着けって。モノはちゃんと作動していたから造りのせいじゃない。どこにも不備はないと思うぞ、たぶん」
「じゃあ、なんでイズミさんは動けるんですかあ」
ちょっとふくれた顔で見上げるイルサーナだが、若干目が潤んでる。
錬金術師と名乗ったくらいなんだから、自分が作った物が誤作動起こしたなんて、モノ作りに携わる者としてのプライドが許さないんだろう。
「少しばかり変わった方法で身体の制御をしてるから動けてるだけだって。仙道って知ってるか?」
「聞いた事はあります――まさかイズミさん、仙人だったんですか!?」
「いやいや、そうじゃない。その技をちょっと使っただけだ」
「その若さで、ですか……?」
「誰でもすぐに出来ることじゃないってのは理解してるつもりだ。確かに稀なケースだろう。だから今回は例外としてもいいんじゃないか?」
「うぅ……そうなんですかね? 何か釈然としないものがありますが……」
「深く考えても答えは出ないぞ? オレだって、なんで動けたか分かってないんだから。それにしてもなかなか便利な魔法具だよな。これも展示品ってわけじゃないんだろ?」
「うまく話を逸らされた感じがしないでもないですけど……まあいいです。一応展示品ではなく売り物ですよ。でも造ったはいいんですが、なかなか買い手がつかなくて……」
「どうしてだ? かなり高性能じゃないか」
「いや~、相手を拘束するならロープでもいいわけですし、魔法を使わせないという事なら目隠しでも充分なんですよね。魔石に魔力を吸収させるというのも道具が必要ですが、これよりはずっと使い勝手が良いものがあるんです。何より拘束という時点で、反抗出来ないからそうなったわけですよね? 言ってしまえば、こてんぱんにされた状態でコレが必要かというと……」
「……まあ、そういう事だよな」
一般的な基準で一ヶ月。
起動に必要な魔力だけを見ても、コスト的にどうなんだって話になるわな。
豊富な資金と魔力という意味での人的資源を抱えた組織ならば、もしかしたら対人戦特化で使用可能かもしれないが、あまり現実的ではないだろう。
効率的にこの種の道具に魔力を込める方法がなければ、システムとしていずれ破綻するのは目に見えてる。
犯罪に使われるケースもありそうだと思ったが、それなら直接、麻痺や睡眠などを使ったほうが余程安上がりだ。
魔力であふれてる世界だといっても、人ひとりが扱える魔力というのは、いわば個人の財産であって、しかも際限無く一度に湧き出るものでもない。ある意味貴重というワケだ。
「それに、お値段も割と特殊な事になってまして」
「いくらだ?」
「お値段、たったの80万ギット!」
「高ッ!」
「今、ご購入されると更にもうひとつ、80万ギットでお譲り致します!」
「全然サービスされないッ!?」
「というのは冗談で、もうひとつあるというのを言いたかっただけです」
そう言って奥の部屋に視線を向けるイルサーナ。
ワンオフに近い、こんな妙なアイテムがまだあるのか。
「ふーむ、これをもらう訳にはいかないか?」
「えっ、 こんなのでいいんですか? 80万ギットとは言いましたけど、それは材料や手間から見た価値であって、純粋にこの魔法具の価値として見れば微妙なところですよ? ハッキリ言って買い手どころか、貰い手もいない不良在庫ですが……あ、そうか! イズミさんは容易に稼動させられるから」
「そういうこと。思うに、これも使い方次第じゃないかなって。オレだったら検証が簡単だろ? だからちょっと欲しくなっったわけだ。貴重だから欲しくなったというのもある」
「あはは、正直ですね。貴重は貴重なんですけど使い道が限られるので、そこもまた微妙なところではあるんですが」
「で、どうなんだ? 素材と手間とを考えたらやっぱり譲るのは難しいか?」
「いえ、構いませんよ。手間と言っても、そこは修行のためにやった事ですから全然気にしないで下さい。素材も軟体金属生物ですが、全く手に入らないというわけでもないですし」
「(軟体金属生物! やっぱり!)」
お、なんだ、どうした。
リナリーがいきなり反応したけど。
「ライブワイア?」
「ご存知ありませんか? 意思を持たない生きた金属です。鉱山などで稀に見つかる金属で滅多に市場に出回らないんですよ。主に使い道がないという理由で」
金属ではあるけど、生きてるとかすごいな。
向こうの世界でそんなのが見つかったらすごい騒ぎになりそうだけど、こっちではいらないコ扱いなのか。
こっちの世界でだって、もっと研究したりすればいいのに効率優先とか、なんとも世知辛いな……。
しかし、そうか生きてるのか。それでさっき起こすだとか、過剰な魔力を流しすぎると死んじゃうとか言ったんだな。
「魔力を込めすぎて死なせてしまうと、デロっと溶けてしまうらしいんです」
なんか切ない最後だ……。
途中でやめて正解だったみたいだな。
ん? どうしたリナリー。って、そんなに何度もオレの顔を蹄で押すな。
「(イズミ、わたしも欲しい)」
珍しいな、リナリーがおねだりなんて。
ん~、そうなると二つ譲ってもらう事になるワケだけど、さすがに二つともタダで譲ってくれとは言い辛いな。どうしようか。
「あー……イルサーナ。ものは相談なんだが、二つとも譲ってもらう事は出来ないか? いや、さすがにどっちもタダで欲しいと言ってるワケじゃないんだ。お互いの精神衛生上、ひとつは適正な価格での取引がしたい」
「えっと、どういう事でしょう……?」
「ひとつはイルサーナの謝意として、何でもひとつという条件でオレが貰う。それでイルサーナを助けたのはチャラにするという事。もうひとつのほうはオレのわがままだからな。だから正当な対価を支払った上で手に入れたいんだよ。いくら貰い手のつかない後家さん状態でも、費やした時間と技術はタダじゃない。だろ? その対価という意味で」
裏の意味では、オレの売った木材がもとでイルサーナが窮地に陥った事への罪滅ぼしという側面もある……自己責任といえばその通りなんだが、なんか悪い気がしてなあ。
「費やしたという意味ではその通りなんですが……死蔵確定の不良在庫をそのままの値段で売るというのはちょっと気が引けますよ。ふたつとも貰って下さって全然構わないというのが正直な気持ちなんですけど……それでもですか?」
「言ったろ、精神衛生上って。それだとこっちがモヤっとするんだよな。職人のかけた手間にはそれ相応の価値のあるもので報いるべきだと思ってるからな」
「ん~、そいう事であればある程度の金額でお譲りしても構わないのですが……こちらに利があるばかりのようなのが……」
「イルサーナはもうちょっと商売人として小狡い事に頭ひねってもいいと思うがね。がめついとまではいかなくても、もうちょっと商売っ気を出してもいいんじゃないか?」
「時と場合によりけりですねえ。その……信頼を構築したいと思ってる相手には商売優先で接したくないんですよね……あは、あははは……」
照れくさそうに髪をいじりながら、誤魔化すように笑うイルサーナ。
合理的なだけで金が手に入るわけじゃないし、イルサーナの言う事も理解は出来る。
「自分なりの方法論があるって事か。じゃあ、売ることで信頼の上乗せをしてみようか。いくらならギリギリ売れる?」
「そうですね……50万ギット、という所でしょうか……?」
「すまん、値段を提示してもらっておいてなんだけど、今は金がなかったわ。纏まった金が入るまで取り置きって可能か? それか……そうだな、肉払いとか」
「なんですか、そのいかがわしい取引きは……」
引き攣らせた笑顔に身体を隠すポーズ。何を想像したかすぐに分かるな。
字面だけ見たら、確かにそう受け取られてもおかしくはないわな。
「あえて何を想像したかは聞かないけど、要は物々交換の事だぞ。さっき食べた肉が取引する物資になるかな」
「ホントですか!? かなり魅力的ですね」
「他にも換金物資がないわけじゃないんだが、いつになるか……あっ」
思い出した。ここのところバタバタしてて、すっかり忘れてたけど、すぐにでも換金可能なものがあった。
最初の盗賊の賞金が受け取れるようになってるはずだ。
「イルサーナ。換金可能なものがあったわ。ちょっとギルドに行って来るから待っててくれ。簡単な手続きだけだって話だから、それほど時間はかからないはずだ。それまでに通常の支払いか、肉払いか決めておいてくれよ」
「えっ? あ、はい、分かりました!」
イルサーナの返事を確認して足早に扉へと向かった。
オレのいきなりの行動で、やや戸惑っていたけど待つのは問題ないようだ。
~~~~
「そういえば、最初の盗賊の賞金がまだだったね」
ギルドで手続きして換金という言葉でリナリーも、そういえば、と思い出したらしい。
「すぐに本命の討伐に出発したから意識から抜け落ちてたんだよな。それにしても急に欲しいって言い出すなんて珍しいな。何かあるのか、あの軟体金属生物だっけ?」
「里の文献に載ってはいたんだけど実物がなかなか手に入らなかったのよね。ルー姉さんが欲しいって言ってたモノの中にあったから、手に入るなら確保しておきたかったの」
「なるほど、里に送るのか。サイールーが何に使うのか知りたいような、知りたくないような……どうせ改造するんだろ?」
「ん~、よく分かんないけど、たぶん」
「まあ、オレで実験するとか言い出さないなら、どっちでも良いんだけどな」
「え?」
何その、実験しないわけないでしょ的な『え?』は。
予想はしてたけど、やっぱりなんかやらされるのか?
面白そうなら協力はやぶさかではないが……。
そんな事よりギルドでさっさと換金してしまおう。
おう、やっぱり夕方近くなると結構混むな。
「ジェン、これの換金って今出来るか?」
「あ、イズミさん。お疲れ様です」
タイミング良く掲示板のほうから歩いてきたジェンを捕まえる事に成功。
人ごみの中、オレだと分かると笑顔での挨拶。それにオレも「お疲れ」と返す。
「この前はありがとうございました。えっと、ああ、証明書ですね。すぐご用意できますよ」
「助かる」
いつものカウンターの脇で待つように促され、証明書とオレのギルドカードを持ったジェンが奥に行くのを見送る。
しばらく消耗品雑貨のコーナー辺りで冷やかしているとジェンが戻ってきた。
「お待たせしました。手続きが完了しましたので入金の確認をお願いします」
渡されたカードに微量の魔力を流すと、残高が表示された。
今回の入金は110万ギットか。なかなかいい稼ぎだな。
5人と幹部で、内訳はどんな感じだろうと思ったが別に必要ない情報だったな。
重要なのは、これで軟体金属生物のバングルが買える事。
「(そういえば、イズミさん。また盗賊倒したんですか?)」
声を潜めて聞くジェンに、思わず片眉を上げて顔を見返す。
「なんで知ってる? 大っぴらにならないようになってるはずなのに。ああ、ギルドには話が通ってるのか」
「やっぱりイズミさんだったんですね」
「あれ、オレってカマかけられたのか」
「ふふっ、ギルド長が話してるのを聞いたんですよ。職員には他言無用の通達が出ていますけどね。討伐者の名前は伏せられてましたが、どう聞いても当て嵌まる特徴がイズミさんしか思いつかなかったので、本人になら聞いても問題ないと思いまして。それにイズミさんなら、もし違っても漏らすような事しませんよね」
「まあ、そうだな。関わりがなければ面倒な事はしないだろうな」
クスッと小さく笑い、ですよね、と納得顔のジェン。
よし、用事も済んだしメイドの土産に戻るとするか。
「ジェン、悪いけど行くわ。買い物の途中なんだよ」
「あはは、どうしてもソレが欲しくなったんですね。――(今回の盗賊討伐の報酬はいつになるか定かじゃないので、無駄遣いしないほうがいいですよ?)」
後半の小声の悪戯っぽい忠告に苦笑が漏れたが、ありがたい情報だ。
「わ、わかった。ご利用は計画的に、だな」
「フフッ、ですね」
「じゃあ、また今度ゆっくりな」
「え、あ、はは、はい」
なんでそんな反応なんだろ。まあ、いいか。
ジェンにいつものようにカウンターから見送られ、ギルドを後にすると少しだが陽の光りに赤みが混じり始めていた。
ではメイドの土産に戻って、商談、商談っと。
~~~~
「イルサーナ、戻ったぞー!」
「おかえりなさいませ、ご主人さま! ああ、この台詞を言う時がくるなんて!」
なんで、こんな無駄にいかがわしく聞こえるんだろう。
そりゃあ、実際にメイドとして働いてなきゃ言う機会はないだろう。
「この後に続く、お食事になさいますか、お風呂になさいますか、それとも……というのも言いたかったですけど、恥ずかしくて言えませんでした!」
いや、それを今ここで言ったら意味がないような気が。
それに、それはメイドではなく夫婦ではないだろうか。
メイドコスで、そういうプレイを楽しんでる夫婦というのもいるかもしれないが、今のオレにはまだ早い。
「おかしな事言ってないで商談の続きだ。現金払いか肉払いのどっちがいいか決めたのか?」
「それなんですけど、半々って出来ませんか? さすがに肉だけというのは不安になってしまいまして。現金のみというのも先程のお肉の味が忘れられず」
分からなくはない。ドルーボアの肉だったからな。
「別に構わないぞ。で、ホントに50万でいいのか? 正当な対価として80万でも構わないぞ? 一応それで支払い出来るようにはしてきたからな」
「いえ、50万で結構です。さすがに不良在庫に80万はいき過ぎと思いますし。かといってこれ以上安くすると、イズミさんの気分的によろしくないのですよね?」
「まあ妥当な値段か。じゃあ、これとこれな」
10万硬貨と1万硬貨で25万ギットを用意し、ミミエさんとの取引で大体の相場が分かったドルーボア肉を約30万ギット分。
ちょうどいいブロック肉がこれだったので、多分大丈夫だろう。
「……この残留魔力は……もしかしなくても、やっぱりドルーボアですか? だとすると貰い過ぎのような……」
「ああ、それな。この先もしかしたら、魔動製品や魔法具の製作依頼をするかもしれないから、その時になったら融通を利かせてもらおうって魂胆だ」
「あはは、分かりました。迷惑かけた上に図々しいお願いをしたんですから、それくらい全然平気ですよ。そういう事ならお言葉に甘えさせて頂きますね」
笑顔でオレの申し出を快諾するイルサーナだったが、すっかり顔色が良くなったようだな。
「さて、欲しいものは手に入ったし、そろそろ帰るかな」
「もうお帰りですか? もう少し製品の感想を聞きたかった気がします」
「それも面白そうではあるけど、まだやる事が残ってて、そういうワケにもいかないんだよ」
「いえいえ、そういう事であれば無理にお引止めは致しません。残念ではありますが、これで関係が終わってしまうわけじゃないですしね」
「誤解を招きそうな言い方だな」
「え、あっ! あははは……」
指摘に気がついて誤魔化すように笑うイルサーナに、「じゃあ、またな」と。
出口で見送るイルサーナに軽く手を挙げ宿への帰途についた。
「なんか面白いコだったね」
「そうだな。メイドで錬金術師で冒険者か。色々と、とっ散らかってる気がしないでもないけどな。さあて、メシを食ったら一旦出掛けてくる。リナリーはちょっと宿で休んでてくれ」
「ん、分かった。その間にルー姉さんと魔力抑制具の話もしておきたいし」
「何か面白そうな使い道があるかも聞いておいてくれよ」
「その辺はイズミのほうが突拍子もない事思い付きそうだけどねー。でも、りょうかーい」
今夜の本番のために下準備はしっかりしておかないとな。
クックック。
これは、あくまで正当防衛だ。そう、正当防衛!
脅されたから過剰に怯えてしまった末の行動だ。
決して抱えている財産全てを使い物にならなくしてやろうだとか、そういった先制攻撃的なものではない。
当然、面白そうだからとかそういった事もない。
……いや、ホントに。
とにかく! 色々と覚悟しろガルゲン。
精神的に涅槃に到達出来たら、オレに感謝してもらおうか。




