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第四十八話 メイド イン……



「ひどい」


「実に不幸な出会いだった」


 修行場所確保のために、適当にカザックの街の北の森を散策していたら出会った。

 くまさんに。

 立ち上がったそのくまさん、実に5メートル以上。

 神域の周辺にいた熊に似てるけどちょっと違う。

 こっちのほうが大型。でも性能は向こうが上。どうでもいい情報か。

 頭からじゃなく、背中から骨みたいなものが角のように何本も生えてた。


 早く修行場所を準備したいオレとしては、その辺を通り過ぎるなら無視してもいいと思ってたのに積極的に猛アタックしてきた。

 子持ちでもないのに、なんでそんなに積極的なんだよ。

 いや、子持ちの人妻に積極的に来られても世間の目とかあるから、ね?


『確かにそういうシチュエーションは抗い難い魅力がある』


『なんの話ッ!?』


 森のなかで出会ったので、花が咲きましたよ。

 血の花が。

 襲ってきたので、有無を言わさず首を落とした。

 で、リナリーに非難されたわけだ。


「オレのいた所と違って、こっちの熊の肉はあんまり臭くないからいいな」


「この状況でお肉の感想言うんだ……そういえば、キアラが高級品みたいな事言ってたね」


 大型の熊の肉もなかなかの希少価値らしい。当然ながらおいしく頂くとして。

 毛皮は原曲の歌詞と同じく敷物にしてしまおうか。

 それは後でいいか。血抜きも終わって収納したし、修行場所確保のために動くとしますかね。


 あ、よく考えたらイイ場所知ってた。

 街からだと、ちょっと離れるけどここからそんなに遠くなかったはずだ。


「あれ、ここって藍見鉱竜ジェレミアが居た辺り?」


「そうそう。確か洞窟みたいなのも近くにあって便利そうだなって思い出したんだよ。街から適度に離れてるし色々と都合がいいと思ってな。食料調達も、ここなら手頃で丁度良さそうだし」


 そんな会話をしながら、ちょっと移動すると藍見鉱竜ジェレミアと戦った場所に到着。

 うん、そうだよな。

 ほったらかしで街に帰ったんだから荒れたまんまなのは当たり前だよな。


「こうやって改めて見ると、派手に戦ったよねー」


「相手が、曲がりなりにも鉱石竜だったしな。この程度で済んでるならイイほうだろ。正直、黒曜竜クラスと遣り合うのは、もうちょっと間を置きたい感じだ」


「こんな短期間で2回も遭遇してるのが、どうかしてると思うの」


「ほんとだよ。どうなってんだよ」


 そこで、なんで疑わしいものを見るような目を向けるのか。

 しかし下手に反論すると藪蛇になりそうなので放置。

 とにかく整備してしまおう。


「リナリー、この辺りを更地にしよう。神域の鍛錬場に近い感じで」


「あ、それなら手伝うのは問題ないね」


 神域を参考に、という事で、オレがこの場所をどう改造するつもりなのかは伝わったようだ。

 

「というわけで、作業開始ーッ!」


「おー!」

 

 シュビビビッ! とレーザーブレス発射。

 これと言った打ち合わせもしてないのに、リナリーもレーザーブレスで木の根元を切りまくっている。

 

「うん、やっぱりスカッとするねっ! 切った木はどうするの? 燃やす? 粉々にする? 狩りで串刺しに使えるように尖らせとく?」


 なんか物騒な事言ってる。

 そんな台詞が出てくるって事は、相当溜まってたんだろうか。


「いや、こっちで回収するからそのままでいいぞ。あとでまとめて乾燥させたりとか、いろいろと処理するつもりだからな。――まあ、レーザーブレスの制御の練習したいならそれでも構わんけど、ある程度は残しておいてくれ」


「はいはーい!」


 すごい勢いで細切れにし始めたな……。

 神域から出てこっち、藍見鉱竜ジェレミアとやり合った時しか使ってなかったから、感覚が鈍らないようにするのはいい事なんだけど……すこしは残しといてね。


 時間にすれば1時間もかかってないだろうか。

 神域より小さめの直径200メートル程の範囲の木をなぎ倒し、とりあえず円形の広場をおおざっぱに完成させた。残っていた木の根は、根こそぎ魔力の操作で土ごと掘り返した。

 掘り返した木の根は一箇所に集めておく。


 整地するのに邪魔な岩や大きな石も、一箇所にまとめておく。

 よしよし。粗方、邪魔なものは排除出来たので、一気に整地だ。


 ウネウネ、ボコボコと地面が動き、平らになっていく。

 地面に着いた手を放し、立ち上がって広場を見渡す。


「ふぅ、思ったより時間かかったな」


「岩とか石も取り除く必要あったの? てっきり訓練で利用するのかと思ってた」


「これはこれで別の使い道があるんだよ」


「あ、なんか悪い顔してる」


 おっと、普通に笑ったつもりだったのに悪人笑いになってた?


「いいけどね。今聞いちゃったら面白くなさそうだし」


「楽しみにするほどの事じゃないぞ? でもまあ、ストレス解消にはなるかもな」


「ふーん?」


 目を細めて横目でじっと見るその表情は、『どうせ碌でもない事なんだろうな』と思ってる顔だ。そうに違いない。

 碌でもないかどうかは別にして、やっておいても損はないとオレ自身は思ってる。

 なので、その準備をパパッと終わらしてしまおう。


 岩や大きな石を木刀でドカッ、ドカッ、と拳大程度に砕いて収納。

 木刀で砕いた瞬間に、その砕いたものを中心に半球状の障壁を展開して飛び散るのを防ぐ。

 何度かその作業を繰り返して、かなりの量になった。千個までは届かないくらいか。


 あとは掘り返した木の根だが、これは神樹刀で適当な大きさに斬って全部炭にする。ただ燃やしたんじゃ勿体無い。

 強制的に乾燥後、内部から全体を同時に熱していき、出来るだけ均一な品質になるように成分変化を魔力で感じ取りながら仕上げていった。

 今後使うかは分からないが、何かあった時のために炭はあったほうがイイと思う。

 いや、貧乏性の言い訳とかではなく。


 それと、整地する前段階で刈り取った雑草は、ひとまとめにして、とりあえずは放置だ。

 あとで牧草みたいに固めるか。でも、あれって確か発酵させるんだよな? うーん、オレが食べるわけじゃないからどうでもいいか、そんなに量もないし。

 誰か肥料の材料として買わないかな。……買わないよな。

 考えても仕方ない事は横に置いて、やっと、ひと段落か。


「ふむ、こんなもんかな。訓練中にどうせボコボコになるだろうし、あんまり綺麗にする事もないよな」


「キアラは普通の人間なんだから、その辺ちゃんと考えてよ?」


「わかってる、わかってる」


「キアラのお肉の感想なんて聞きたくないからね」


 溜め息まじりに怖い事をおっしゃる。

 元の身体能力が高そうだから大丈夫だろう。ま、それは様子を見ながらだな。


「爆散したキアラはオレも見たくはないなあ。それより、今はメシだな。肉食べるか、肉」


 テーブルと椅子を用意しつつ献立のお伺いをたてる。


「今、とんでもない連想したよね?」


「誤解だな。昨日のドルーボアの料理がなんとなく後引いてる感じなんだよ」


「ああ、そういう事。確かにあれは美味しかったー。妖精フェア・ルーの調味料を使ったイズミの料理とはまた違った味で新鮮だったもんね」


「調味料も分けてもらったほうが手っ取り早いかもな。交渉して、なんとかなるか?」


 言いながら作り置きしてあったドルーボアバーガーセットを二人前取り出し、かぶりつく。

 ちなみにセット内容は、ハンバーガー、ポテト、ドリンクと定番のもの。

 実は油は以前に入手済み。

 聞くも涙、語るも涙、紆余曲折を経て手に入れた油である。


 なんて事は全く無く。割りとすんなり手に入れてたりする。

 ま、その話はいずれ。


「……あー、いい加減、米食いてえ。豚丼食いてえよー」


「日本で主食だった穀物だっけ? 似たような植物はあるんだから根気良く探すしかないねー」


「むう……それはそうなんだが……」


 米どころか蕎麦の実だってまだ見つけてないんだよな。

 いや、買い漁った食材のなかに、実はそれらしいのがあったのか?

 時間がなくて食材の確認より武器防具の確認を優先させちゃったから、未確認のものが結構あるんだよな。

 違うものだと思って買ったものが実は米だった、とかあったら悔しいから早いうちに確認しなきゃだな。


「それとは別に、こうなったらもう違う食材で米を再現してやる!」


「どんだけ食べたいの」


 それはもう、禁断症状が出そうなくらいじゃ。





  ~~~~





 修行するための訓練場も一先ず用意出来たという事で、さっさと街まで戻ってきた。

 まだ行ってない店に掘り出し物でも探しに行こうかなと。

 武器防具に関しては、供給元が確保出来そうなので、今は特に用事はない。

 とはいっても、そんな頻繁に、ならず者に出くわすなんて事は無いかもしれないが。


 装備品関連は、その都度追い剥ぎしていけばいいんじゃないかと思ってる。

 なので武器屋とかは行かず、今日は魔動製品が置いてある店を見て回りたい。


「うーん、確かこの辺にそういう店が集まってるって言ってたはず……お、あったあった」


 やっと見つけたそこは、魔動製品を扱う店が軒を連ねる通りになってるようだ。

 これだけ同じような看板下げて密集してると、競合しないのかとか他人事ながら心配になる。

 けどまあ、そこは上手い事住み分けて客の取り合いにならないようにしてるんだろう。日本にもあるように、いわゆる専門店街みたいな感じなんだろうな、きっと。


 というわけで、意気揚々と物色する事に。

 見て回って思ったのは、意外と手頃なお値段の魔道製品も多いという点。

 主に生活雑貨のような安いもの、例えば点火に使える使い捨てではないマッチ、みたいなモノや、単なるロウソクに魔法的な細工をして燃焼時間を延ばしたりと既存の性能をちょっとだけ引き上げたモノなど。

 そういった生活に直結するものは結構安かったりする。


 逆に家電製品みたいに、冷蔵庫や洗濯機のような機能のヤツはかなり高い。

 複雑な魔方陣や複数の魔方陣を組み込まなければいけないので、どうしても製作に時間がかかり値段に跳ね返ってくるからだ。

 しかし、値段もだけど、どれも見ただけじゃ、どんな機能なのか皆目見当がつかないモノが多いのが困りものだ。


「生活環境のベースからして違うから、発想がかけ離れてるな……判断に困るぜ」


「(イズミがそれを言う? でも妖精の道具ともまた違うから見てて面白いかも)」


 だろうなあ。技術体系というか、方向性が微妙に違うように思う。

 人間の魔動製品は機械みたいな雰囲気でカラクリっぽくて、妖精のほうは自然の力を利用するとかそんな感じ。

 それぞれ特色があるんだな、やっぱり。

 この通りの店も個々に特色があって面白い。最初に予想したように上手い事住み分けが機能してるみたいだ。

 生活雑貨、便利雑貨、それとはまた別のアウトドア系の雑貨など。

 取り扱ってないだろうなと思っていたのに、装備品関係の魔動製品もあったり。

 特に装備品関係はちょっと欲しかったけど、高いから手が出なかったよ。


「(このローブがあれば、大抵のものはいらないでしょ!)」


 フードの中から襟元をキュッとされて、首を軽く絞められながら却下され泣く泣く諦めた。

 他の魔法雑貨も興味はあったけど、大体はオレの持ってる道具や魔法で代わりが利くから今の所は必要ないってさ。

 食材をしこたま買い込んで、今はそんなに財布に余裕があるわけじゃないからなあ。


 ……盗賊の賞金、どのくらいになるんだろ。


 ちなみに魔法書やスクロール、呪符なんかを扱ってる店もこの界隈にあったりするようだ。

 さすがに専門店が成り立つほどの需要はないらしいが。

 ん~、どこにどんな店があって何が売ってるのか、傾向はおおよそ掴めたし、ふところに余裕が出たらまた改めて来ようか。


「ん? あんなトコにも店があったのか。……店、だよな? 何々?」


 開店の札がぶら下がってるドアの横に大きめの立て看板。『盗むなら盗め! ただし死と引き替えだ!』と書かれてる。


 えぇ……これが店名?

 あ、違った。ドアの上に『メイドの土産』って書いてあるわ。

 屋号より警告のほうが主張が激しいんだけど、どうなんだろうコレ。

 若干引きつつも、何故か妙に興味をそそられるその店を覗いて見る事に。

 誰もいないのか?

 扉を閉め薄暗い店内を見る。並んでる品物も気になるが、人がいないのが気になる。

 呼べば誰か出てくるのかな?


「ごめんくださ~……いッ!?」


「死んでくださーーーーいッ!!」


 ドゴォッ!!

 何事ッ!?


「ぐべっ!?」


 ……何事?

 勢い良く襲いかかってきたと思ったら、なんか途中で力尽きて倒れたぞ。


「(ねえ、これって色々と触っちゃいけない感じなんじゃ……)」


 ああ、うん。あんまり関わり合いにならない方が良さそうだって意見には賛成だ。

 扉を開けたら、いきなり物騒な事叫んで、ウォーハンマー振りかざしてくるって、ちょっと色々おかしい。

 おかしいとは思うが……。


「そうは言ってもなあ……このまま回れ右して知らん振りするのも……いや、そっちのほうが正解だとは思うけど……」


「うぅ……す、すみません……助けて下さい……」


 倒れた拍子に、振りかぶっていたハンマーがそのまま自分を潰す重石になってるな。

 うつぶせで身動きが取れなくなっているが、なんとか声を絞り出したという感じがひしひしと伝わってくる。


「助けるのはいいが、説明が欲しい所ですね」


「します、します! 何でも説明しますッ! 身体のサイズでも体重でもなんでも! あ、出来れば寝相の事は黙ってて欲しいです」


「そもそも、そんな説明は要求しない」


 うつぶせでモゴモゴと呻いてる殺人犯(未遂)の上からハンマーを持ち上げる。

 こんな重いもの振り回してたのか。そりゃあバランス崩したらそうなるわ。


「あ、ありがとうございます。ふぅ」


 大きく息を吐いてフラフラと立ち上がる人物を見て、でかいハンマーとのギャップに若干驚いた。

 明らかにこんなでかいモノを扱えるとは思えない華奢な身体。先程からの会話の声で女性というのは間違いないだろう。

 疑問なのは、何故にメイド服? この店の制服なんだろうか。

 こちらからは顔が見えない方に向き、髪やら服やらをパタパタと整えている。

 それが終わると、おもむろにこちらに向き直り頭を下げる。

 

「あ、あの、ありがとうございました。てっきり忍び込んできた賊かと思いまして……」


 申し訳なさそうに、うつむき加減で強襲した理由を述べるメイドさん。

 目鼻立ちがハッキリとした、若干幼さも残る可愛らしい容姿をしてるが、ロリというほどでもなさそうな年齢だろうか。15~18歳と言ったら大人から見れば立派なロリかも知れないが、そこは同年代なんでロリにはならんはずだ。たぶん。

 赤みがかった金髪をアップにした頭にはホワイトブリムだっけ? 確かそんな名称の飾りが乗ってる。

 メイドとしては割りと定番で地味目なエプロンドレスと頭飾りが、逆に整った外見を際立たせてる印象。


「いや、あのな。オレそこの扉から入ってきたよな? 店の入り口だよな?」


「よ、よく考えればそうなんですけど……その、なんと言いましょうか……お腹が空き過ぎて判断力が……」


「メシ食ってないのか。……儲かってないの?」


「い、いえ、決して儲かってないワケではないんです。この店が抱えてる顧客は特殊ではあっても、定期的に購入して頂けるので、それなりの収入はあるんです」


「金がないわけじゃないなら、なんでそんな事に」


「えっと、単なる店番なので、お店のお金を自由にするワケには……あう」


「おっと。立ってるだけでもフラフラじゃねえか。よくそんな状態でハンマー振り回してたな。どこか座る所は――」


 その場にへたり込みそうなメイドさんの肩を抱え聞くと、「お、奥に……」という弱々しい声で店の奥を指差す。

 このまま肩を貸して歩いてくのも身長差があるからちょっと難儀しそうだな。


「面倒だな。よっと」


「え、あ、きゃっ!」


「悪い、勝手に身体に触るのもどうかと思ったけど、緊急時だと思って勘弁して欲しい」


「あ、いえ、そそ、それは全然構わないです。私をこんな風に抱えられる人がいるなんて思わなくてビックリしただけですから。ただ、その……ハンマーの柄がお尻に……」


 真っ赤になってそう訴えるメイドさんの言葉で初めて気がついた。

 いわゆるお姫様だっこで、右手にハンマーを持ったまま足側を抱えたら、どうやら変な角度で柄がお尻に当たっていたらしい。

 お尻というか、ゲフン!


「あああ、す、すまん!」


「いいい、いえ、んんっ! ひゃん」


「ぐえっ」


 柄をずらしてお尻に当たらないように動かしたら、艶かしい声が。

 と同時に首を絞められた。


「あ、あの、どうかしましたか?」


「い、いや、何でもない」


 的確なタイミングの首絞めだが、不審に思われるから今は勘弁してリナリー。


 メイドさんを抱えて奥に歩いていくと、小さいながらも接客用の部屋らしき場所に到着した。

 途中、ハンマーを持つ手を見て、目を丸くしていたり、オレの着てるローブの感触を確かめていたりと、面白い反応をしていたが、空腹を紛らわす程ではなかった模様。


「しばらく横になって休むしかないな」


「……はい……ご迷惑をおかけしてすみません……」


 ソファーっぽい長椅子にメイドさんを寝かせて、言い聞かせるように言ってはみたものの、どうしたもんか。

 力なく答える様子を見ても分かる通り、寝て休んでも空腹の解消にはならないからなあ。

 はぁ……ここまできて、このまま放置して帰るのもな。

 そもそも、一応買い物目的で来たんだから、せめて並んでいる魔動製品の事くらいは聞きたい。

 

 ……ギブアンドテイクという事にしとこうかね。


「この時点でメシが食えないって明日以降はどうするつもりだったんだ? 店の金には手を付けないって事みたいだから、自分の生活費は自己管理か?」


「ペース配分とかその他もろもろの見通しを間違えたんです……あと二日すれば親方が帰ってくる予定で、それまでは余裕でもつはずだったんです。うぅ……あれさえ、あれさえ買わなければ……くぅ」


「何を買ったか知らないが、何も、メシを食えないリスクを負ってまで」


「だって、滅多に手に入らない木材だったんですよ!? 一般の人間には他の木材との違いなんか大した事じゃないように思われがちですけど、私たち錬金術師系の技術者にしたら喉から手が出るのが当たり前なくらい希少な木材だったんです!」


 起きているのか寝ているのか分からないような状態でグッタリしていたのに、ガバッと起き上がって理由を述べたメイドさん。

 それまでの、今にも死にそうな声ではなくハッキリとした声で。


「あう……大きな声出したら余計に目眩が……って、えっ!? なんですかこれ!」


 倒れる瞬間にハンバーガーセットが目に入ったらしい。再び勢い良く起き上がった。

 ゼロ距離でガン見するような勢いでハンバーガーセットに近づき固まっている。


「何って、メシだよ。腹減ってるだろ?」


「えッ!? ご飯ですか? ……じゅるり」


 ヨダレをすするな。


「いや、でも、その、会ったばかりの人にそんな事……」


「もちろん、タダでとは言ってないぞ?」


「ええ!? 会ったばかりの人にそんな事!」


 顔赤くして胸と股間を隠すんじゃないよ。

 同じ台詞なのに、意味合いが違い過ぎるだろ。それに、なんで二度目は微妙に嬉しそうなんだ。

 オレの会う年頃の娘はこんなんばっかりか!


「最近よく見る既視感!? なんでそう思ったか詳しく聞かせてもらおうじゃないか!」


「あ、いや、だって、売れるなら幼女だろうが老女だろうが売り飛ばしそうな目だったから、ご飯の対価に身体くらい朝飯前で要求されるんじゃないかと思いまして……」


「オレどんな鬼畜ッ!?」


 久しぶりに目つきの悪さがマイナスに働いたよ、ちくしょう!

 とにかく、こんなアホなやりとりしてたら話が進まん。


「はぁ……まあいい。とりあえず、その腹の虫をなんとかしてくれ。話はそれからだ」


 先程から、きゅるると小動物の鳴き声みたいな音が聞こえるのは、考えるまでもなくメイドさんのお腹が鳴ってる音だ。


「はぅ……お世話になります……こんな恥ずかしい音まで聞かれちゃうなんて――」


 まてまて、誤解されるような言い方はやめようか。


「いっそホントに身体で買収されてくれませんかね?」


 うるせえ! 早く食え!





 ~~~~





「……すごい、こんなの初めてです……」


 くそう、いちいち引っかかる言い方しやがって。

 最初の真面目そうな印象とだいぶ違うぞ。いや、もしかして素がこうなのか?


 オレの無言の突っ込みで買収云々の話を切り上げ、バーガーセットを食べ終えたメイドさん。

 なにやら感動しているみたいだが、そんな事はあとあと。


「まあ、いろいろ聞きたい事はあると思うが、まずはこっちの聞きたい事から」


「あ、はい」


「まず、最初からおかしかったよな。玄関あけたら5秒で撲殺って」


 賊の侵入を警戒していたような事を言ってたが、何故そんな状況に陥っていたのか。


「えっと、それはですね――」


 前提として、この店は盗みを一切許さない事を信条として、というか、売っている魔動製品の都合上、そうなっていると言ったほうがいいのか。

 要は防犯関係の製品を扱ってるので、盗まれるなど言語道断。

 盗みを働いたヤツには考えうる、あらゆる報復が推奨されているんだとか。

 

 ……物騒な店だな。まあ、盗むほうが悪いんだから容疑者には同情なんてしないがね。

 そういった感じの店らしいのだが、いろいろ判断がおかしかった所にちょうどオレが入店して襲い掛かったわけだ。

 それはいい、よくはないけど、何故そんな精神状態になっていたのか。

 膝の上で両手をギュッとにぎり、それを見つめるように視線を落とし独白を始めたメイドさん。


「親方が帰ってくるまでは食料は余裕だったんです。木材を大量に買ってもその余裕は揺らがないはずだったんです。でも備蓄していた食糧が、いつの間にか数が合わなくなり気付いた時には底をついていて……。最初は分からなかったんですけど、狭い隙間や倉庫の隅、庭先にまで何者かが食べ散らかした形跡があったんです。明らかに複数による犯行。そして私に見つからないように実行する綿密な計画性。親方がいない、私ひとりの時に狙い撃ちにしたかのような凶悪さ。それらの事から間違いなく賊の犯行であると」


 ……いや、それって……。


「そこで私は考えました。待ち伏せして捕らえようと。この店で盗みを働く事の意味を身体に刻み込んでやろうと!」


「ああ、うん。良く分かった。かなり前から食料が底をついてたんだな」


「え、どうして分かったんですか?」


「その複数犯の賊だけどな。たぶん、ネズミとネコだぞ」


 無くなった原因が判明したのに、冷静な判断が出来てないからなあ。相当前から食べれなくて、それで思考が在り得ない方向で短絡してる。

 建物の中はネズミ、外に持ち出された食料はネコの仕業じゃなかろうか。

 人知れず両者の攻防もあったかも知れない。


「…………ハッ!」


「今ッ!?」


 俯いていた顔を勢いよく跳ね上げ、大きく見開いた目。

 指摘されるまで気付かなかったって、すごいな。


「気付いた時点で既に手遅れだったんだな。オレがハンマーの餌食になりそうだったのも、起こるべくして起こったわけか。いつからまともに食べてなかったんだ?」


「完全に食料がなくなったのは三日前です。それまでは庭先や周辺に生えてる野草を食べてました。不思議なのは、前に食べた時は苦くて食べれたものじゃないと思ったのに、今回は美味しかったんですよね。あははは」


「笑い事じゃないと思うが、前にも食べたのか……もしかしなくても毒草が混じってたんじゃないのか? 味覚がおかしくなった上に思考力まで変になったとしか思えないぞ」


「あ、あー、無きにしも非ずですねえ。あは、あははは……」


 オレが来なかったらどうするつもりだったのか聞くと、あと二日もすれば店主が帰ってくるはずだからと。ならば、最悪死にはしないし、耐えれば済む。

 まあ、水は飲めていたみたいだし、ネズミなんかの食い残しに手は出していなかったようだから、変な病気で急死、みたいな事にはならなたっかのは良かったとは思うが。

 その辺は少ない理性が働いてたようだ。


「はぁ……ぺしゃんこにされそうになった理由はなんとなく納得出来たから、いいか……」


「いいんですか……?」


「こんな事になるとは思わなかったけど、ここに来た理由は買い物だからな。おかしな事に巻き込まれたんじゃなければ、そっちを優先したいんだよ。まあ、こんな街の中、しかも店内で行き倒れに会うなんて充分おかしな事だとは思うが……それにしても、ハンマーの襲撃はオレじゃなかったら色々ヤバイ事になってたんじゃないかと思うんだけど」


「うぅ……すみません……」


 オレは初撃を回避できたから、その後は凄惨な光景にはならずに済んだからよしとしよう。でもあれって力加減も怪しかったから、一般人だと下手するとスプラッタだぞ。


「まあ、様子を見た感じだと滅多にない不測の事態だったんだろうってのは分かる。――まさか頻繁にこんな事があるなんて事は……」


「ないです、ないです!」


 ぶんぶんと首を振るメイドさんだが、冷や汗混じりの半笑いの表情があやしい。


「あの木材がなければ、こんな事にはならなかったんです。錬金術師を狂わすあの木材が悪いんです! 最近冒険者が持ち込んだものらしいんですけど、大量にあったのがいけないんです! 少数なら決まった数を早い者勝ちや、くじ引きなどで割り振るのですが、大量にあったが故に、金銭に糸目をつけずに手に入れようとした人が大勢いたんです! かくいう私もそのうちの一人ですが……」


「そこまで言うんだから、よっぽどのモノなんだろうな」


「ええ! 魔力伝導性や魔方陣の効率、その他もろもろの特性が魔動製品や魔法具に格段に適しているんです! ――あ、加工途中のものがありますので見ますか?」


 ニコニコとそう言って立ち上がったメイドさんが別室から何か持ってきた。

 手渡されたモノが何かは全く分からなかったが、オレでも理解できる事があった。


「(ねえ……これって……)」


 分かってるリナリー。

 ……知ってる魔力だなあ。

 間違いなくオレが売った木材だわ。神域のすぐ外でラキとの勝負で切り倒した木材のうちのひとつだ。

 確かに言われた。珍しい木材だからいくらになるか、売れてからじゃないと確定出来ないと。

 だから、手付け金のような形でその時は取引して、利益が確定したら全額を払うという事になっていたはずだ。

 ガルタのおっちゃんが「また面倒なものを……」とか苦笑いしてたくらいだ。

 今のところ使い道がなく不良在庫として抱えていたものを少しでもお金にしようと、半分くらい売ったんだよな……。


「……素人でもなんとなく魔力親和性が高いのは分かる、かな……? ハハ……と、ところでずっと気になってたんだが、それってこの店の制服? なんでメイド服?」


 かなり直接的に近い、間接的な関連性が判明した事で、ちょっと動揺しそうになったぞ。

 オレが売った木材が原因で行き倒れ騒動になったと言えなくもない。認めたくはないが。

 本来なら自己責任や自己管理の範疇なんだから、オレに対するお門違いな責任追及は勘弁願いたい。

 なので気付かれる前に疑問優先でこっちのペースに話を持っていこう。


「お客さん、素人って言う割には色々分かってそうなのがちょっと気になりますね。ふふ、ついでにこの服の事も理解がありそうですねえ。この店の制服ってわけじゃないんです。店の名前の「メイドの土産」にかけて個人的に制服扱いしてるだけですよ。死出の旅路の土産に、なんて意味より、メイドさんのお土産のほうがイメージ的にいいじゃないですか」


 何か腑に落ちないが、こっちの言葉でもメイドと冥土が同じ発音のようだ。

 しかも、作り手という意味合いのメイドとも同じときてる。

 おそらくだけど、本来ならこの店の名前は『作り手の土産』というような意味じゃないだろうか。


「オレも嫌いじゃないから、そういう解釈でも一向に構わないけどな。っと、そんな事より ちょっと顔色が良くなったか? 毒に当たってたとしても、その顔色なら抜けてそうだな」


「そういえば、心なしか頭がスッキリしてきたような気がしますね」


「やっぱり毒に当たってたんじゃねえか……まあ、持ち直したなら何よりだ」


「ありがとうございました。おかげで大変な事にならずに済みました」


 立ち上がって深々と頭を下げたメイドさんの表情は他意のない笑顔。

 耐えればいいみたいな事言ってたけど、実際はかなり切羽詰ってたんだろうな。


「あの、それでですね。先程買い物にいらして下さったとおっしゃっていたと思うのですが。御礼に何かご入用のものがあればお譲り致します。もちろんタダで」


 製品の並んだ店内に促され提案されたのは、なかなか魅力的な条件だ。


「一番高いものでも?」


「あう……出来れば私が造った物で限定して頂ければ……」


「ははっ、冗談だよ。でもすごいな、魔動製品を造れるのか。単なる店番だって言ってたのに、そんな事まで出来るんだな」


 メイド イン メイドになるワケか。


「正確に言うならば、弟子のほうが近いかもしれませんね。雇い主であると同時に魔法技巧の師匠でもあるんですよ。ところで、どんなものをお探しですか? 私の作品なら無料で、師匠の製品なら多少お安く融通できますよ」


「これといって決めていたワケじゃないからなあ。どんなものがある?」


「これとかどうです?」


「なんだこの毛虫……」


 うねうねと動いてどう見ても毛虫にしか見えない。ホントに魔法で動いてるのか?

 それよりも、オレの知ってる毛虫より動きが格段に気持ち悪いんですけど。


「口の中をお掃除する魔動製品です。どうです、可愛いでしょう?」


「こんなもん気持ち悪くて口に含めるか! それに飲み込んだらどうする!」


「大丈夫ですよー、体内には侵入しないように制限してありますから。万が一飲み込んでしまったとしても速攻で出てきますから。……どこからとは言いませんけど」


「……体内で爆発したりしないだろうな……」


「こ、怖い事言いますね……でもいいですね、それ。考えもしませんでした。魔獣退治なんかで役立つかも知れませんね」


 囮やエサに仕込んで遠隔で仕留めるのか? 凶悪過ぎるだろ……。

 思いついてないみたいだから、ここでは言わないでおいたほうが良さそうだ。

 オレの意見をもとに人間に応用されたら適わん。


「何かを洗うっていう最初のコンセプトから外れ過ぎだろう……。もっとこう、洗いにくいものを洗うのに使うとか――いっそ、まとめて食器を洗うのに使うとかさ」


「ああ! いいですねソレッ! 特に冬場とかは喜ばれるかも! ……となると問題は魔力消費量と魔力の補給方法。随時供給型ではなく、外部充填式? いえ、それとも……」


 思いつきで言ったのに、すごい食いつきだな。

 この世界の洗い物事情を知らないからイマイチついていけない。

 オレ自身は、魔法で分離した汚れを少量の温水で洗い流すというのを同時にやってしまうからその辺がよく分からん。

 それに気分の問題で温水を使ってるだけだ。汚れだけなら分離するだけで事足りるから余計にそう思ってしまう。


「あ~、そろそろ他のも見せてもらっていいか?」


「え、あっ! ごめんなさい! 夢中になるとつい……! 他の方の意見なんてなかなか聞く機会がないものですから。で、これなんてどうですかね? 何か他の用途にも使えそうな気もするのですが――」


 何かのスイッチを入れちゃったのかなあ。

 ものすごい勢いで色んな自作の魔動製品を勧めてくる。


 大人しかったリナリーも何が琴線に触れたのか、さっきからウズウズしてる魔力の動きを感じるし。


 長くなりそうだな……夕食までに帰れるんだろうか。






ちょっと長くなりそうだったので、ぶった切った感じに


毛虫のネタ、知ってる方いますかね(´・ω・`)

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