第四十七話 専門家はすごい、というお話
夕飯前の買い物客が訪れるピークの時間帯より、やや早い時刻。
「壁が無くなって便利になったって話を聞いて、買い物のついでに来てみたら更におかしな事になってたニャ」
昼を過ぎて、ちょうど夕方まで客足が減る谷間の時間帯。
人の少ない時を狙って噂の元になっている現場を見に来たらしい。
オレとリナリーは、キアラのその話をウッドデッキにパラソル付き丸型テーブルを出し、軽く屋台料理を摘まみながら聞いていた。
関係ない話ではあるが、この大型パラソル。
神域に居る時に、水系統の魔法でイグニスにボコボコにされたストレスから思いついて作った。まあ、こんな傘じゃ、あの強烈な魔法を防ぐのには全然役に立たないんだけど。
いいんだよ、何か作ると気分が晴れるから。
「確かめに来たらイズミが居て、色々納得したニャ」
色々って? 具体的に言ってごらん? なんで溜め息ついてるのかな?
「なんで壁を取り払うなんて事になったニャ? しかも、こんな場所まで作って」
ウッドデッキを見渡し、首を傾げ疑問を口にするキアラ。
ん~、厳密に言えばキアラも無関係じゃない。……かもしれない。
いや、一番最初にここを訪れた時に一緒にいたってだけだが。
ここでキアラにウソを言っても仕方ないので、正直に話す事にした。
ガルゲンとのトラブルに首を突っ込んだ事。その流れで壁を取り払い、盗賊を排除する事を決めた事。その盗賊が死の牙だった事。
そして今朝、それを終えてから、思いついた事を実現させるために、そのままここで階段とウッドデッキを造っていたと。
「一日、二日、目を離した隙に、どうしてそんな事になってるニャ……」
「普通はそう思うよねー」
ぬいぐるみから顔だけ出して直立したリナリーが、腕を組んでウンウンと頷いている。
「予定も詰まってるし、放置すると遠からず区画がおかしな事になるのは確定みたいな感じだったからな。それにもし潰れたら、二度と再起の芽がないかも知れない。おっちゃん達の事だ、タダじゃ転ばないとは思うけど、可能性は潰しておきたかったんだよ」
「時間が無かったって事ニャ?」
「そうなるな。先延ばしにしても、何もメリットがない。だから即実行に移した」
「死の牙の事は冒険者の仕事の範疇にギリギリ収まるからまだ分かるニャ。分かりたくはないけどニャ。それでも、ここの状況の説明にはなってないのニャー」
「説明っつってもな。いい景色だろ、ここ。気分が変わるとメシが美味い」
「え、まさか、その為だけに作ったニャ……?」
まるでオレの言葉の真偽を測るように、オレを見たあとにリナリーに視線を送るキアラ。
「どうも、そうみたいなのよねえ」
肩を竦めて言うリナリーも、キアラの気持ちが分かると言わんばかりの表情だ。
なんでそんな、痛いコを見るような目で見るかね。
「一応、根回しというか、確認はとってるから問題ないみたいなんだけどね」
「勝手に街の改造した冒険者なんて聞いた事ないニャ……」
そりゃあそうだよな。金にならん。
専門家でもないから普通、冒険者はこんな事に手を出さないだろう。
しかしオレは手を出す。我慢出来んとですよ。
「オレ専用の場所として作ったワケじゃないからいいだろ?」
切っ掛けは酷く個人的だとは自分でも思う。
買ったものを、落ち着ける場所ですぐ食べたいと思ったら、浮かんだのがコレ。
ないなら、じゃあ作ってしまえとなったワケだ。
今まで使われてなかったスペースを利用してるから、邪魔にはならないしな。
「階段を造って何をやってるかと思えば、この為の階段だったのか」
屋台料理を摘まみながら、キアラの疑問に答えていると。階段のほうから顔を出したカラドのおっちゃんが目を丸くしてデッキを見渡している。
「面白え事考えるな。景色のいい所で飲み食いするのか? そうか、日陰を作って炎天下でもある程度イケるってワケか。急な雨にも多少は対応出来そうだな」
「商売のタネになりそうだと思うけど、どう?」
パラソルテーブルの近くで、腕組して思案するおっちゃんにそう尋ねる。
「もしやと思ってはいたが、やっぱりこの区画のためにやってくれたのか」
「そうでもあるし、そうでないとも言えるかな」
「? 良く分からんが、費用はどうなってる? オレ達の今のふところ具合じゃあ、すぐには出せんぞ」
「いやいや、それは、こっちで勝手にやった事だから気にしなくていいよ。代わりといったらなんだけど、屋台の料理をお安く提供して欲しいかな~って」
「がっはっはっ! そんな事だったらお安い御用だぞ。――そうだな、一年間半額ってのはどうだ? 正直タダでもいいくらいだが、それだとお前さんが気を使いそうだしな」
「おおっ! いいの?」
「ああ、構わん。他の連中も文句のあるヤツはいないだろう。ただし、その場で100個とか200個とかはやめてくれよ? 事前に言ってもらわんと用意出来ないからな」
「いくらオレでも、そんなに頼まないって。せいぜい4、50個だよ」
「充分、多いニャー」
「手間以外の費用ゼロ。それでその条件引き出すって、あくどいよねイズミって」
「そうなのか、嬢ちゃん?」
「実験と趣味を兼ねて作ったのに、それを利用して食べたい物を安く提供させるって、わたしは思いつかなかったなあ」
軽食を食べる手を止めずに中空を眺め、背後のおっちゃんに言ってるのかオレに言ってるのか。
オレに対しての軽い非難の篭った視線に、若干だが感心したよう感情が乗ってるから素直な感想なんだろう。
「クックック……なるほどな。そうでもあるし、そうでもないってのは、そういう事か。思惑はどうであれ結果的にはイズミに、まんまとしてやられたってワケか?」
「おっちゃん、人聞きが悪いな」
「がっはっは! 冗談だ! 費用ゼロなんて、お前さんだから可能だったって事くらい分かってるさ。いまさら半額の話を無しにするなんて事はしねえから安心しろって。それよりもだな……」
おっちゃんが何を言いたいのか大体分かった。
ぬいぐるみから頭だけ出してるリナリーをずっと見てるのがその答えだろう。
「ん?」
やっと見られてる事に気がついたらしい。
「嬢ちゃん……妖精だったのか……?」
「え、あーッ! バレたッ!」
バレた、じゃねーよ。
わたわたと、ぬいぐるみの頭を被ろうとしてるけど、今? 今、気付いたのか?
おっちゃんになら、バレても平気だろうと思ってたから、てっきり、リナリーもそのつもりだと思ってた。その辺りを察してたから気が緩んでたんだろう。
「ぬいぐるみがしゃべるなんて在り得ないと思ったが、その正体が、もっと在り得ないものだったとはな……。おかしいと思ったぜ、ぬいぐるみの使い魔なんて聞いた事なかったしな。……いや、イズミなら、ぬいぐるみの使い魔も在り得るか?」
なんでオレだと在り得るのさ?
ま、ぬいぐるみの使い魔だって、なくはないと思うけどね。
実際は、犬、猫、鳥なんかの小、中型の生物と縁だか絆だかを結んで、契約するらしい。
その話をイグニスから聞いただけで詳しくはない。
動物が好きだった事もあって「面白そうだな」って言ったら、ラキが涙目で「ダメーッ! なんで? ねえ、なんで?」みたいな感じで、小一時間ほど、ベロベロと顔をヨダレまみれにされてからは、聞かないようにしてた。
ヨダレまみれならまだいい。途中、何かに憑かれたようにベロンベロンするから、強制ヘッドバンキング状態にされるのが地味にキツいんだよ。
あとでリナリーにラキがなんて言ってたか聞いたら、ほぼ、オレが感じたそのまんまだったらしい。
完璧に近い異種族間コミュニケーションが成立した瞬間だったのに、何故か微妙な気分になったよ。
「ふむ、嬢ちゃんが妖精だったなら、正体を隠してたのも納得だ。魔道実験体か、古代の使役獣かとも思ったが、なるほどな。それ以上だったわけだ。まさか伝説の種族が現存してたとは驚きだぜ」
「おっちゃん、やけに詳しいね。冒険者時代のメシの種?」
「ああ、ハンターだったんだよ。珍しい生き物を探したり遺跡探索が専門みたいなもんだったな。所謂トレジャーハンターってヤツだ」
「うニャー、ハンターって事はかなりの腕利きニャ」
そうなん?
「あ、思い出した! 探り屋カラドっておっちゃんの事ニャ?」
「今の若い連中がそんな通り名を知ってるとは思わなかったぜ。確かに、そりゃあ俺の事だ。覚えててくれる人間がいるとは、冒険者時代の俺もなかなか捨てたもんじゃないな。苦労して探索してた甲斐があるってもんだ」
聞けば、遺跡探索というのはかなり難易度が高いらしい。
殺意の高い罠を潜り抜けて、目的の場所まで到達するのは容易な事ではないと。
関係ないが、こういう話を聞いて、いつも思うのは、なんで遺跡と罠がセットなんだろうって事。
小説に限らず、映画なんかの創作物でも必ずと言っていいほど遺跡には罠が付き物だ。
地球の遺跡で罠があったなんて聞いた事がないのにねえ。
オレが知らないだけで、罠いっぱいの遺跡とかあったのかね?
それとなく、その辺りも聞いてみたが、罠のない遺跡もチラホラあったりはするようだ。
まあ、そういう遺跡はだいたいハズレらしいが。
で、罠がある遺跡はというと、予想に反せず、魔力の影響で迷宮化すると。
ここで言う迷宮化ってのは、魔力が溜まり易く拡散しにくい遺跡に魔物や魔獣が住み着いて、無秩序に拡大する事を指すんだとか。
住み着いた、それらの生物が捕食のために罠を設置するという事らしいが、納得出来るといえば納得できるかな。
「そうじゃない罠だらけの遺跡もあるみたいだけどニャー」
とはいえ、本当の所は全く解明されておらず、迷路ミミズとかメイズワームなんて呼ばれてる、巨大な蟲が食べ進んだ痕が迷宮になってる、なんて都市伝説みたいな説もある。
そんな話を聞くと行ってみたくなるが、それはおいおい考えよう。
とりあえず、おっちゃんは昔、ブイブイいわしてたと。
「全然、現役でいけそうだけどね。いや、実はそう見えて打ち止めとか?」
「誰が打ち止めだッ! そっちもまだ現役だ! まだ退役なんぞしてねえ!」
「え、そっちもって、冒険者家業はまだ続けてるの?」
あ、それはオレも思った。
っていうか、リナリーの下ネタに対するスルースキルのレベルアップが最近著しいな。
「突っ込ませといて本人は投げっぱなしかよ……ああ、ホントにたまにだがな。それも遺跡探索なんかじゃなく、その辺を軽く狩りをする程度だ。さすがにもう遺跡に潜るなんて、リスクがでか過ぎる。実質引退したようなもんだ」
「なんで引退しちゃったニャ? 探り屋カラドって、探索から足を洗ったのは結構前だったはずニャ。なにかあったのニャ」
随分グイグイ立ち入った話をするけど大丈夫なのか?
おっちゃんの顔をみれば、そこまで重い理由じゃなさそうではあるが。
キアラにしても先達の選んできた進路に興味があるのかもしれないな。同じ冒険者であれば無関係な話と、言い切る事は出来ないんだろう。
すると、おっちゃんがいきなりデレッとした顔面破壊を起こした。
やだ、キモイんですけどー。
「いやな、これが、これでな。ではははは」
小指立てて、お腹が膨らんだ?
嫁が妊娠、のジェスチャーかよ。異世界でも共通なの?
「「「あ、さいですか……」」」
独り身3人。
そんな境遇のヤツがしていい質問じゃなかったわ。
完璧なシンクロで中空眺めて、3人ともチベット砂狐のごとき表情だよ。
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あるかもと思っていたハンターのカテゴリーがやっぱりあった。
それはそうだ。特定の獲物を狩るのが儲かるとなれば、それに特化した方が効率的だろう。
依頼する側にしてみても、ハンターと呼ばれる程の実績があるならば、頼み易いというのもあるかも知れない。
ただ、その儲かる獲物というのが問題なだけで。
当然、低ランクの冒険者でも狩れるような獲物をいくら狩ってもハンターと呼ばれるようにはならない。皮肉や揶揄する意味で、低ランクの獲物ばかりを狩る冒険者を『○○ハンター』と呼ぶ事はあるそうだが。
オレの場合だとギルドの実績的に、ナライネハンターになるのかな?
実はキアラも、ハンターと呼ばれる事にちょっとだけ憧れを抱いてるようなのだ。
「霊樹草ハンターなんて呼ばれたら、嬉しくて小躍りしちゃいそうだニャー。薬師冥利につきるニャ」
そんなハンターもいるのか。
そう思っていたら、どうもキアラがそう呼ばれたいだけらしい。
実績がものを言うだけあって自称では意味が無く、周囲の冒険者やギルドに認められて初めてハンターだと。
目安としては、難易度別にギルドが定めた獲物を最低でも20。個体数なのか依頼数なのかキアラもイマイチ理解してないみたいだが。
生半可な事では討伐系でハンターと呼ばれるようにはならないようで。
凄まじい修羅場を潜り抜けてやっと、というのを聞けば、ハンターというのが冒険者にとってどれだけのステータスになるのか分かろうというものだ。
「ハンターなんて呼ばれてるヤツは、どいつもこいつも、まともじゃねえぞ。変態的な強さとぶっ飛んだ思考。道師に通じる所があるな、ヤツらは」
「おっちゃんだって、ハンターって呼ばれてたんだろ?」
「オレか? オレはヤツらよりは、だいぶマシだ。トレジャーハンターはそれとはまた別の基準だからな」
「そうか、同じ変態でも夜のほうか。奥さんすげえな。こんなガッツリ系の変態を受け入れる、度量がすげえ」
「ガッツリ系って何だ!? 変態から離れろ! そんな基準でハンターになったヤツがいたら逆に見てみてえよ! ……ったく、これだから思春期ってヤツは……嬢ちゃんたちが顔赤くしてんだろうが」
おや? リナリーまで顔を赤くしてるって何を想像したんだろう。
それをここで突っ込むと、魔法が飛んで来そうだから何も言わずに、ゲス顔だけにしとこう。
おわっ! ちっこい水球が飛んできた。
冗談はともかく、トレジャーハンターの基準がどんなものか、仕事内容を考えれば当然そうなるだろうというものだった。
そのほとんどの獲物が生き物じゃないんだから、当たり前と言えば当たり前だ。
トレジャーハンターも呼称が細分化されてはいるが、基準はどれも獲物の価値。
要するに評価額だ。それによってトレジャーハンターと認められると。
しかし中には歴史的価値とか、そういった類のものもあって、一概に金額だけで判断されるわけじゃないらしい。
キアラが言うには、発掘系のハンターには別の才能が必要だという。
情報収集や、その情報から推理し的確な解答を導き出す能力。罠に対する回避や察知の技能。
加えて、一番重要だとおっちゃんが熱く語ったのは、儲け話を嗅ぎ分ける嗅覚、俗に言う勘ってヤツだ。
一流と言われるヤツらは異能かと思うくらい、その勘がズバ抜けて鋭敏らしいのだ。
「そんなヤツらと勝負するなんて度台無理な話さ。結局俺は一流にはなれなかったんだよ。辞めるにはいいタイミング、潮時だったって事だ」
肩を竦ませて神妙な顔になったと思ったら、まーたニヤけて。
さては嫁の事考えてるな?
「そんな俺だが、人を見る目は意外とあってな。お前さんの纏ってる空気。一流のハンターのそれに近いな。俺は実際眼にしたことはないが、もしかしたら道師が似た雰囲気なのかもしれん」
あれれ、嫁の事じゃなくてオレの事だった。
「そうそう、あたしもそれは思ったニャ。最初はエロい気配かと思ってたニャ。でも偉い人みたいな気配だってさっき分かったニャ」
「今かよ! って、えっ? ちょっと待って。今の今までエロい人扱いだったの?」
「なんでかニャ?」
知らねえよ! こっちが聞きてえよ!
エロい気配って何ッ!?
「がっはっは! いやー若いってのはいいな。羨ましいぜ!」
何が羨ましいのか、さっぱりですよ。自分の若い頃でも思い出してるのかね。
ガッツリ系の変態が、どんな無茶をしてたのかちょっと気になるな。
「おっと、こんな所で油を売ってる場合じゃなかったな。そろそろ混み合う時間だ。ここらで俺はいくぜ」
「あ、おっちゃん!」
階段を下りていくおっちゃんに向けて。
「ここ自由に使ってみてよ。拡張も改装も好きにやってくれていいからさ」
「おう! わかったぜ!」
ニカッとした笑い顔で振り向き。
おっちゃんは、階段から上半身だけをこちらに見える状態で手を挙げ、そして降りていった。
あの様子なら変な遠慮なんかなしで、いろいろと工夫してくれそうだ。
「さて、オレたちも宿に帰るか。で、いいんだよな? キアラ」
「んニャ~、スケジュールの打ち合わせはした方が良さそうだニャ」
「了解だ。と、その前に」
テーブルセットとパラソルを収納し、別の物を取り出す。
まだ、ウッドデッキの最後の仕上げが残ってたんだよな。
樹園木の樹液と里にある植物の煮汁を合わせて作った液体。
それをニスと同じように保護膜としてデッキに塗布する。
大き目のビンから、プリントアウトの応用で直接吹きつけて終了。
これでやっと完成だ。
「見た事ない魔法だけど、芸が細かいニャー」
「いろいろ覚えとくと身を助けるからな」
きょとんとした顔されたよ。
日本の諺なんか言われてもわからんよな。
あと、これを忘れちゃいかん。
キィン
壁を斬って二人ほどが並んで通れる穴を、階段から少し離れた所の壁に開けた。
一応、モルタルで表面を補強。
これで旧外壁の外側にもすぐに行ける。
「……誰も見てないと思って、非常識な事をやりたい放題なんだニャ」
控えめの大きさにしたのに、これでもまだ非常識だってか。
~~~~
「おかえりなさい。あら、キアラちゃんも一緒だったのね」
ふう、パン色の犬に戻って来たー。
さっきまで食べてたせいで、まだお腹が空いてないな。
夕食はちょっと遅めにしてもらおう。
「了解よ。それもサービスのうちだから。……えっと、全然普段と変わらないようだけど、昨日言っていた話は?」
「うニャ、ミミエさんも知ってたニャ?」
「え、キアラちゃんも聞いたんだ? 盗賊のこと」
「聞いたニャー。今朝終わらせてきたみたいだニャ」
「え゛っ? け、今朝? 死の牙でしょう? 大規模盗賊集団だったはずよね?」
オレたち以外誰もいない食堂なのにも関わらず、声を潜めるミミエさん。
いわゆるティータイムと夕食の隙間の時間帯。ちょうどオレ達だけだったのに、話題が話題だけに誰かに聞かれてはマズイと警戒している模様。
「大漁、大漁ってご満悦だったのニャ」
「そんな軽い感じなんだ……タットナーさんがそんなに心配しなくてもよいのでは、なんて言ってたけど、ホントに日々の仕事を終わらせてきたって感覚なのね……」
「そこまで言うのは大げさかな。さすがに大仕事だったと思うよ。特に街まで運んでくるのが意外としんどかった」
「苦労のポイントってそこなんだ……。ま、まあ、何にせよ無事で良かったわ」
「おかげさまで」
「大仕事も終わらせて、しばらくはゆっくり出来るのかしら?」
「どうだろう。キアラの修行が後に控えてるから、キアラ次第かな?」
「そっか、そういえば、そんな事言ってたわね」
「そうなんだニャ。その事があって、今日はこっちに顔を出したのニャ」
なるほどね、と頷いたミミエさんが何かに気付くような素振りを見せた。
ん? 何か思いついたのかな?
「じゃあ、食事は部屋で食べる? っていうか今日はそうしない?」
えーっと、なんでこんなキラキラした目で見つめてくるんだろう。
何か理由があるんだろうけど、直球で用件を言わない所を見ると、その時までのお楽しみというヤツなんだろうか?
正直、夕食の場所は食堂でも部屋でもどっちでも構わないんだよな。
「やった! じゃあ、若干遅めの8時くらいに、という事で」
そう言ってミミエさんは厨房のほうへと軽い足取りで戻っていった。
「なんだったのかしら?」
リナリーとキアラが首を傾げ、不思議そうにミミエさんを見送る。
「新作料理、とか? だったらちょっと楽しみだ」
お茶も飲んだし、そろそろ部屋に戻るとするか。
で、オレとリナリーの部屋にキアラと一緒に3人でしけ込む事に。
いや、別に如何わしい事しようってんじゃないから。
「うおお、ベッドだ……やべえ、寝そべったら眠くなってきたぞ……いや、イカンイカン。打ち合わせが先だ……」
あー、でも眠い。ベッドに睡眠の魔法でも掛かってるんじゃねえのか……?
ボーっとして考えるのが億劫になってきたぞ。
「そうニャ。でも、寝物語で打ち合わせって新鮮でいいかもニャ」
……ほう。
それは、そういう事なんだな?
ならば真面目に応えねばなるまい。
「同衾で枕語りするのか。よし、キアラがそこまで言うなら覚悟を決めようじゃないか! あんなことやそんなこと、思いつく限りの打ち合わせをするぞ!」
「うニャー!! じょ、じょじょ冗談ニャッ! こころの準備が……っ!」
ガバっと立ち上がり両手を広げて、顔を赤くしたキアラににじり寄る。
スパーンッ! と乾いた音。
「目を覚ませ! 桃侍!」
え、あれ? オレなんか言った?
ハリセンで叩かれた気がする。それに桃侍なんて不本意な呼ばれ方も。
そこは桃太郎侍じゃないんだ? いや、そんな事どうでもいいか。
「久しぶりにハリセンが見える……」
「ボケ倒してキアラをベッドに引きずり込もうとしたのよ」
「ああ、眠くてやっちまったか」
「正気に戻ったのニャ……?」
「眠くなったタイミングで、ああいう事言うと真に受けちゃうのよね~」
「そ、そうだったのニャ。今度からは、ちゃんとタイミングを考えて言うニャ」
もじもじと赤い顔でオレの顔見てるけど、可愛いじゃないか。
待て、そんなにエロ激しい迫り方をしたのか……?
他人の口から聞かされるのも微妙な気分になるから、話題を変えてしまおう。
「悪い悪い、極限まで眠いと心の奥底のもう一人のオレが出てくるらしい。で、本題のキアラの準備のほうはどんな感じだ? まだかかりそうか?」
適当ないい訳に加えて、いきなり話題を変えたので、キアラがちょっと面食らってる。
「資料整理が、まだかかりそうなんだニャ。早くてもあと一日欲しいニャ」
「いや、そこまで急がなくてもいいぞ。ここを一旦引き払ってからになるから、それまでは自分の予定で動いてくれてもいいし」
「イズミから目を離すのは抵抗があるニャ……でも了解ニャ。それよりも場所はどうするのニャ?」
「そうだよね、キアラの家の庭もダメそうな事言ってたし、どうするの?」
「そこの所は考えがあるから安心してくれ。快適な修行ライフを約束するぞ」
「そこはかとない不安があるのニャー……」
大丈夫よー。至れり尽くせりよー。
思ったよりも簡単に打ち合わせが終了したので、夕食までの時間を利用して中庭で軽めの鍛錬と成果の確認。
鍛錬のほうは、朝までぶっ通しで戦闘してたから、その内容を反芻するための型の確認という意味合いのものになる。
要は、戦闘で使った技の元になる型を、どのように応用したのかの確認作業だ。
疲れて帰ってきたのに、市場で作業して、そのうえ鍛錬をするのかとキアラに聞かれたが、軽く流す程度だからオーバーワークにはあたらない。
その代わり、じゃあどんな感じの戦闘だったか聞きたいというキアラに、説明しながらだったのでかなり変則的な確認作業になった。
「ほとんど反射で対応してるっぽい後半は参考にならないニャー……。前半の襲撃の話は、変身とか、もっと参考にならないのニャ」
オレとしては前半のほうが面白かったんだけどなあ。
一方的な襲撃と言えばその通りなので、毛色が違うと言われればそうかも知れない。
面白かったというオレの感想に、微妙な表情をしたキアラだったが、それ以上は何も言わなかった。
部屋に戻り、お待ちかねの本日の成果。
盗賊から盗った、もとい、巻き上げた、いや、没収した武器の確認だ。
「ぬっふっふ~。見よ、この武器の数々。使い物にならないのばっかりかと思ったら、意外と手入れされてるものが多い! ほとんど元手をかけずに手に入るなんて実に運がいい!」
「前にタダより高いものはないって言ってなかった?」
「それは貰うだけの場合だな。今回は少なからず労力を割いてる。正当な報酬だ」
「すごい理屈だニャ~……イズミは賞金稼ぎにでもなるつもりかニャ?」
「盗賊に興味はない。と、思ったけど……タダで武装が手に入るのは美味しいな」
「やりたい放題だニャ……」
キアラが遠い目をしてそんな事を口にした。
そのタイミングで、コンコンッとノック音。
お、もうそんな時間か。「どうぞー」と言うと、扉の近くにいたキアラが扉を開けてくれた。
「何コレ……武器屋でも開くつもり?」
ほとんど床一面に並べられた武器を見て、ミミエさんの一言。
「戦利品の確認してた所で」
「……わざわざ回収してきたんだ。武器防具の売却益も報酬に含まれたりするんだけど、それはしなかったのね……」
「そんな勿体無い事しませんって」
「そ、そうなんだ……っと、いけない。料理を運び入れたいのだけど……」
このままじゃ食事にならないよな。
武器を収納して、テーブルを元の位置に戻してっと。
おお、美味そう。
さっきまで、そんなに空腹だと感じなかったのに、テーブルに並べられていく料理を見ると空腹感を煽られる。
「ちょっと、この場で感想きかせてもらってもいいかな?」
「? 全然構わないよな?」
二人にそう尋ねると、頷きが返ってきた。
料理をみると、以前食べたものと似ている。
薄切りにされたローストビーフのような肉と付け合せの野菜を乗せられた皿。
大き目の肉が入ってるシチューのようなスープ、そしてサラダとパン。
違うのはソーセージが増えてる事か。
並べ終えたミミエさんが「どうぞ、お召し上がりを」と笑顔の接客モードで勧める。
「それじゃあ、遠慮なく頂くとしようか?」
キアラもリナリーも待ちきれなかった様子。
全員がほぼ同時に、一番気になってた肉を口に運ぶ。
おお……美味い。
プロがやるとこうなるのか。
「すごいニャ……」
「こうなるんだ……」
オレと同じく、ふたりともニオイの時点で正解に辿り着いていたようだが、その肉の変わりように感動している。
「約束通り、ドルーボアの肉を使っていろいろ調理してみたけど、どうかな……?」
ちょうどソーセージを食べている最中に尋ねられたが、正直それどころではなかった。
美味すぎる。
粗挽きでもない標準的と思われるソーセージなのに抜群の食感。
腸は何を使ってるかは分からないが、たぶん一番合うものを使ったんだろう。そう確信できるほどバランスが絶妙だ。
「びっくりした。特にソーセージがすごい」
「よかった! これだけの素材だから、下手に手を加えるとバランスがおかしくなって違和感が大変な事になるんだけど、それも避けつつ、ちゃんとした味に仕上がったみたいね」
味見はしてるだろうから、自信はあったんだろう。
ただ、オレの好みに合うかどうかが、ちょっと気になったわけね。
「ミミエさん、ものは相談なんだけど、これ売ってくれないかな? ほんとはベーコンもあると嬉しいけど……オレの持ってる熟成肉の半分を加工してほしい。代金は納入する肉の半分の肉払いで」
「ダイエット女子には微妙なネーミングの取引きだニャー」
「え!? いいの? うーん、やっぱり半分は貰いすぎだと思う……3分の1でどう? で残り3分の2は加工肉にして渡すわ。ベーコンも一緒だと、時間はかかるけどイイ?」
「分かった。じゃあちょっと中庭で」
中庭、の一言で意図は伝わったようで。
全員で中庭に移動して、無限収納から熟成ドルーボアの肉を丸ごと取り出す。とりあえず一頭分。
ドズンッ
「……ブロック肉かと思ったら、ほぼ丸ごと一頭……」
「いける?」
「ちょっと予想と違ったけどなんとかしてみる! 問題はうちで消費する分が、食べごろのうちに捌ききれるかどうか……は、心配しなくてもいいわね!」
なんか男前な感じで決心したぞ。
これで更に美味いものが確保出来そうだ。やったぜ。
「イズミは明日から、どんな予定でいるのニャ?」
そのまま家に戻るつもりだったらしく、その帰り際にキアラが尋ねてきた。
「明日は修行する場所の準備だな。そのついでにちょっとやる事がある」
修行場所を確保すると同時に、大量に、あるモノを手に入れるのを忘れないようにしないとな。
くっくっく……。
「なんか、ものすごい悪い顔してるニャー……」
「あぁ、ああいう顔の時はね、碌でもない事だけど、本人としてはたいした事は考えてないって時の顔よ」
「ワケが分からないニャ」
キアラは明日も資料整理。
オレも、キアラの訓練開始までの間にやっておかなきゃいけない事が結構あるぞ。
さあ、明日は修行場所の整備だ。




