第四十六話 街に貢献?
今まで市場の特殊区画のような扱いになっていたガルタのおっちゃん達が屋台を構えている区画。
大通りからかなりの時短で辿り着けるようになったおかげで、迷う心配もない。
「え、他人事みたいに言ってる」
ドルーボア姿のリナリーが突っ込みをを入れるのも、段々違和感がなくなってきたな。
「他人事じゃなくて、自分で自分を褒めてるんだ」
「……」
そこで黙るなよう。
レノス商会からこちらに向かう、その出掛け。
カイウスさん達に結構な爆発物を残してしまったのではないかと、ちょっと気持ちがモヤモヤしてたから、気分を変えるために軽口を叩いてみたんじゃないか。
『どうも死の牙は普通の盗賊集団じゃなかったみたいなんですけど、その辺りの情報って何か掴んでますか?』
レノス商会の会館を後にする時に、そういえばと、もうひとつの気になる事を聞いてみたのだ。
『……どういう事だい?』
『本当の雇い主が居るようなんですよね』
『『ッ!』』
ソンク商会はあくまで取引先であって、雇い主ではなかった。
物資の確認をしていた手を止め、こちらをガン見するカイウスさんとタットナーさん。
『一番大きな荷物が出てきたね……その可能性も排除はしていなかったが……。何か明確な根拠でもあるのかい?』
『根拠って程じゃないんですが。ハッタリとカマかけで、そうとしか思えない反応がありまして』
拠点からの帰り道で、盗賊の幹部だったヤツらとどんな経緯があったかを説明すると、完全に否定する材料も見当たらないとの事だった。
ある意味、極限状態に晒されて心理的抵抗が過剰に表面化してしまったのでは? とタットナーさんが分析。それを聞いて、なるほどと納得してしまった。
『本当の雇い主。それってどんなヤツが該当する可能性があるのか、ちょっと興味があるんですよね』
『我々も大いに興味はあるが、何故イズミくんが?』
『イズミってば、盛大に挑発しちゃったの』
並べられた木箱の上に白いローブ姿で降り立ち、二人にそう告げるリナリー。
ああ……そんな、あからさまに困ったような顔しないでおくんなまし。
『普通に対応したんだと言いたげだね……オホンッ! 考えられるのは、この辺境の都市カザックの領主の対立勢力。要するに他の地域の貴族か、中央の貴族あたり。そして国外の勢力。考えたくはないが、その両方というのも在り得る』
『別々の組織から、似たような時期に何かしらの約束を取り付けて動いていた可能性も?』
両組織には悟られないように、自分たちの利益の為に有利な条件で上手く立ち回っていたとか。
『もしくは死の牙がパイプ役を果たしていたか……どちらにしても捨て置ける事態ではないだろうね……』
顎に拳を添え、難しい表情で考え込むカイウスさん。タットナーさんも眉間にわずかにシワを寄せ何かを思案しているように見える。
『……今ここでこうして考えていても仕方がない、か。まずは目の前の事を終わらせてからにしようか』
『そうですな。この件についての対応は、盗賊の討伐の公表の時期にも左右されるでしょうし』
『それにしても、何故こうも事態が予想もつかない方向に加速するのか、全くもって不思議だよ』
『自分に正直に生きてるだけで、何故かそうなる不思議。悪化するのか、解決が早くなると思うのかは受け取りかた次第?』
リナリーのその言葉に、奇妙な連帯感を見せる3人の視線がオレに集まる。
何故二人が共感してるのか謎だ。
そんなやり取りがあってレノス商会を後にしたのだ。
「ほぼ確定した情報として扱っても問題ないって言ってたから、結果としては良かったんじゃないの? 情報の有無で対処も違うから助かるとも言ってたし」
「まあなあ、それはそうなんだが。経済面での切り崩しを狙ってカイウスさん達が標的になったって事なら確かにその通りなんだけどな」
「何か気になる事でもあるの?」
「うーん、言われてみれば気にしてもしょうがない事だったな。どちらにしても、オレたちの不利益になる事はなさそうだ」
「?」
「ま、今はそんな事より、屋台だ屋台」
「盗賊の賞金が食材に化けるわけね」
まだ入金はされてないけど、そこそこの額にはなるだろうな。だけど手元にない金を当てにするのは控えておこう。お肉の売却でちょっと懐が温かくなったから、それでいこうかと思っている次第です。
~~~~
屋台区画への近道を進むと、なんだか随分と騒がしい。
「何だこれは! 一体どういう事だ!」
なんだなんだ?
どっかで聞いた声がするな。
おや? アレは――こんなオヤツにも早いような時間にこんな所まで来て、ご苦労な事で。
隠れてやり過ごしてもいいけど、良く考えればオレのほうに隠れる理由なんてないんだよな。
知らない仲じゃなし、一声かけておくかね。
「今日は股間のお宝はどうした。ご開帳しなくていいのか? 誰か祈ってくれるかもしれないぞ。早く帽子が脱げますようにって」
「「「ぶふっ!」」」
あ、受けた。屋台の店主たちが全員顔を逸らして笑いを堪えてる。
オレがガルゲン一味の後ろから、そう声をかけたら、笑いと殺気で空気が二分してしまった。
「だ、だれだ! ぶっ殺されてえのかっ!!」
一斉に振り向いたガルゲン一味。
「あ、コイツは!! おかしなぬいぐるみ野郎!」
ふーん? 覚えてるヤツもいたか。
あいにく、こっちはガルゲン以外の顔は誰一人覚えてないよ。当然ながら記憶能力はコイツ等には使ってないからな。微々たるものとは言え、リソース割くの勿体無いし。
しかし、おかしな、は余計だ。
「……確か、トイグドが警戒していた冒険者でしたか……?」
初めて明かされる死の牙のリーダー(仮)の名前!
トイグドって言うのか。どうせ偽名なんだろうがね。
多少警戒してる所を見ると、情報を共有する過程で、トイグドがガルゲンに何か吹き込んだんだろう。
「……この壁も貴方の仕業というわけですか」
「不思議な事もあるもんだ。オレが最後に見た時は確かに壁があったけどな」
そう、壁が無くなるという、その最後までは確かに存在していた。オレが切り刻んで消す瞬間までは確かにそこに在り、オレは見ていた、というわけだ。ウソは言ってない。
店主の人たちはポカーンとしてるけど、おかしくはないよな?
『すごい屁理屈』
オレだけに聞こえるようにリナリーは言うが、何の説明もなしにオレの意図する所が分かるリナリーも大概、オレとイグニスに毒されてる。
「……色々とやってくれたようですね」
アンタが思ってる以上に色々やってると思うぞ。でもそれは、ここでは言わない。
教えてやる義理は1ミリもない。
「それはあんた達だろ。仮にオレも何かやってたとして、どっちにも証拠がないなあ?」
無言のままこちらを睨むガルゲンの目を、口の端が吊り上るのを自覚しながら見返す。
「どうやら、私がどういう立場の人間か良く分かっていない様子だ。どこの田舎者か知らないが、冒険者風情が、この私に逆らったらどうなるか、時間をかけてたっぷりと分からせてあげましょう。多少強かろうが、どうにもならない事があるのだとね」
夜討ち朝駆け、誘拐、人質、どれもありそうだ。というか、実際にやってきたんだろう。
「クフフッ。そうですね。考えようによってはこの壁も、無駄な投資をしなくて済んだとなれば、むしろ感謝しなくてはなりませんね。クハーハッハッハッ! ……そして、この先貴方が何をしようと、確実にここは私のものになる。その時を楽しみにしましょう。それまで貴方の周りの人間が無事だといいですねえ。クフフフッ」
お? そういうこと言うと、過剰防衛しちゃうぞ。
この場では手は出さないけど、そう宣言されたら手加減できないなあ。
「さて、ここは引き上げるとしましょう。何しろ私は、これから忙しい。クハハッ」
すれ違い様のイヤらしい笑みでの捨て台詞が、コイツの人間性を良く表しているよな。
それに、お世辞にもセンスがいいとは思えない香水の使い方だ。クサいっつーの。
けっこう離れるまで息止めてたけど、目がかゆくなりそうだったぜ。
「ひとつ忠告していいか?」
「……何です?」
「自分の体臭がクサイって自覚を持ってるのはいい事だと思うが、大量の香水で誤魔化すのはどうかと思うぞ。それとも、はしゃぎ過ぎてクソでも漏らしたか?」
『プッ!』
今までぬいぐるみに徹してたリナリーが吹き出したのが聞こえた。
が、取り巻きのチンピラどもの声にかき消される。
「貴様ッ!!」「てめえっ!」
一人のチンピラがこちらに詰め寄ろうとした動きを見せた瞬間に、オレは10メートルの距離を瞬時に移動。木刀を抜き、切っ先をそのチンピラの首に突きつける。
「~~~~~ッ!?」
一瞬の事で驚いたのか、または恐怖で固まったか。
コイツにしてみたら、顔に突き刺さるイメージが頭をよぎったのかもしれないな。
他のチンピラも、何が起こったのか分からないといった風に動けずにいる。
ふーむ、その反応で興味が失せた。
さっさと帰って悪巧みでも何でもすればいいんじゃないの。
木刀を服の内側に仕舞うフリをして、無限収納に放り込む。
そして、野良犬でも追い払うように、シッシ、と掌をヒラヒラとさせ踵を返す。
「……そういえば、自己紹介がまだでしたね。ここにいる連中に聞いているかもしれませんが、私はガルゲン。あなたの名は?」
意識が屋台での買い物に傾きかけたその時、背後から声が。
まだ居たのか。今更、自己紹介が必要とは思えんがね。
単純に、オレの素性を調べる手掛かりにしたいだけだろう。
「アケビ」
「……よく覚えておきましょう。あなたにとっても私の名は忘れられないものとなるよう歓迎しなくてはなりませんね。生温い覚悟など、無いも同然のおもてなしをご用意してね。」
お互い背を向けた状態。顔と視線だけは肩越しに向けてはいるがガルゲンの言葉なぞ耳に入っとらんわ。美味そうな食い物のニオイが気になってそんな事はどうでもいい。
チンピラどもが怒声をあげ野次馬を掻き分けて去っていくのを眺め、一言。
「さては急いでトイレに行くつもりだな? いい歳してパンツ汚すとは」
『ぷはっ! 最後にそれはずるい! 我慢してたのにぃ!』
そんなん知らんわい。
~~~~
「それにしてもイズミよう。お前さん、さらっとウソの名前を教えたよな。いい性格してるわ」
「あの状況で本名言うなんて、普通しないでしょうよ。どうせロクでもない目的で聞いたに決まってる」
「あの場面で、あまりに自然に名乗ったから、そっちが本名かと疑ったぞ」
ガルゲンたちが去って屋台の立ち並ぶエリアに着くと、カラドのおっちゃん達、屋台の店主に囲まれてしまった。
みんなオレとカラドのおっちゃんとの会話に「あ、私も信じそうになったわよ」「あー、オレもだ」とか、うんうんと頷いてる。
「それより、今日は早い出勤だな。昼飯にはまだ時間があるぞ?」
「いやね、臨時収入が入ったから、ここのジャンクな食い物を買い溜めしとこうかなと」
「がっはっはっ! ジャンクとは言ってくれるじゃねえか! 確かにカッチリした料理じゃあないが、味はそこらの専門的な料理屋にだって負けねえぞ、なんて事は言わなくても分かってるわな。こんな状況下で、しかも面と向かってガルゲン達にケンカ吹っかけて、その上、犬でもあしらうような態度でバカにしときながら、平然とここの食い物食わせろなんて物好きは、お前さんくらいのもんだからな」
「なんか、遠まわしに頭おかしいって言われてる気がするんだけど」
「いや、おかしいだろ」
「ひでえ!」
「がっはっはっ! 冗談だ冗談! 実際、実利の面でもそうだが、気持ちの面でだいぶ救われたのさ。こんな先の無い屋台区画の問題に首突っ込むなんて、怖がって誰もしなかったからな」
「おっちゃん、それってフォローになってる?」
「あれ、なってないか? まあ、いいじゃねえか! それでここにいるヤツらの気持ちの方向がちょっと変化したのは確かだ。ありがとよ」
その言葉に周囲を見渡すと、屋台の店主たちが頷き、ニカっと顔を緩ませた。
「何かしらの切っ掛けになったなら良かったよ。これからも美味いものが食えると思うとオレのほうが感謝したいんだけどね」
「……これからも、か……」
うん? 店主の人たち、なんかいきなり暗くなったぞ。
「イズミ、何にも教えないで、それを言ったら落ち込むって」
「あー、そうか。つい先走ってオレの中で確定した事をクチにしちまったな」
「ぬいぐるみの嬢ちゃん、どういう事だ?」
「多分、問題は解決したんじゃないかなって事」
「「「「?」」」」
その言い方じゃ益々分からないと思うが。
きっと、オレから言ったほうがいいって判断なんだろうな。
「んー、ちょっと事情があって、情報が漏らせなかったんだけど、当事者ならおいそれとは漏らさないよな」
半ば独り言のように呟いてから、本題を切り出す。
「えー、皆さんには信じ難い事とは思いつつ、ご報告する事があります。ソンク商会と繋がりのあった盗賊、死の牙の討伐を、ここにいるリナリーと一緒に今朝、完遂してきました。なので近々、仕入れ等の買い付けは以前のようになるのでは、と」
おや、聞こえてなかった?
シーンとなって、誰一人声を発しないから不安になってきたぞ。
もう一度言ったほうがいい?
「「「「うおおおおーっ!!」」」」
うおっ、ビックリした。
大きな歓声と共に、「マジか!」「これで……!」とか色々な声が混じってるが、誰もオレの言葉を疑ってない様子。
「あれ、信じるの?」
「あのなあ、前回の魔法といい、今回の事といい、イズミが普通の冒険者じゃないってのは、皆思ってたんだよ。中央の騎士団の団長候補が、お忍びで武者修行にこの街に来てるんじゃないのか、なんて話も出たくらいなんだぞ」
「そんな話になってたのか……」
「だからな、厄介な盗賊をとっ捕まえてきたと聞いても、誰も驚きゃしない。――ん、いやいや、ちょっと待て! 死の牙って言ったか? 関わってる盗賊って死の牙だったのか!?」
「おそらくは。誰に聞いても、それが一番濃厚だって話だったよ」
「危ない橋を渡りやがる……まさかとは思うが、単独で遣り合ったのか? 死の牙と」
「いや、二人で」
「どっちでも変わらん! 大方、そこの嬢ちゃんとなんだろうが……」
「ちょっとビックリしたけど、そんなに危ない相手じゃなかったよね?」
「だなあ。ま、あの人数とリーダーには意表を突かれたかな?」
「ここ最近は鳴りを潜めていたって話なのに、こんな辺境に出張って来てやがったのか……しかし中央の連中が手に負えないって言ってたヤツらだぞ……それに二人で手を出す? 口ぶりから何も知らずに突っ込んだわけでもなさそうだが……そこまでする理由が分からん」
「オレの食生活に邪魔だったから」
「「「「はッ?」」」」
「うーん、最初はソンク商会と繋がりのある盗賊を排除すれば、ここの仕入れがなんとかなると思って動いただけなんだ。情報を集めるにつれて、その盗賊が死の牙だと分かっただけの事だよ。この街に来る時にレノス商会がらみで色々とあって、後回しにしたのをちょっと後悔してたところだし。言っちゃえば成り行きみたいな流れかな」
「か、感覚が俺達と違う……」
カラドのおっちゃんは、こめかみを押さえて頭痛でも我慢してるかのように、そしてその他の面々も眉を寄せたり、腕を組んで考え込んだりと、一様に理解に苦しむといった表情。
「……確かに、突出した強さがあれば、出来る事の範囲が違うのは分かる……分かるんだが、なんなんだその動機は……」
「なんだと言われても。美味いものを継続的に食いたかったからとしか」
「はぁ……さっきのガルゲン達とのやりとりといい、お前さんを食い物の事で怒らせちゃならんというのは良く分かったよ……」
みんな頷いてるけど、オレそんなに怒ってたか?
リナリーを見ると、『ピリピリしてるのは分かった』と小声で言われた。
どうもそういう風に見えたらしい。
「それはそれとして。一応この件は当分、内密でお願いしますよ? 近々とは言っても計画に支障が出ないとも限らないから」
「まだ何かあるのか?」
「商業ギルド主導で予てから水面下で進めていた計画が動き出すそうで、関係者には緘口令が敷かれているとか。オレの回収してきた物資を、徴収するのではなくて釣り餌に使うみたい。だから、それのケリがつくまでは外部に情報を漏らさないようにと」
「それは了解したが……標的は当然……ヤツ、なんだな?」
「芋づるも狙ってるとは思うけどね」
「そうか。何も知らずに嵌められるとは気の毒に、とはならんな。再起出来ない所までキッチリやってもらわないと、おさまりのつかない人間の方が多いだろう」
カラドのおっちゃんの言葉に、この場に居る者は皆、厳しい表情で頷きを返す。
みんな、大なり小なり迷惑を被ったんだろうなというのが良く分かる。
「ふーむ。何にしてもその件に関しちゃ俺達に出来る事はなさそうだ。しばらくは事の成り行きってヤツを見守るとして、俺達は自分の出来る事をやるだけだな」
「「だな」」
表情と気持ちを切り替えて「さて、商売、商売!」「美味いもの用意するから食ってけよ!」などと口々に、自分の屋台へと店主たちが散っていった。
「さて、イズミよ。難しい話はこの辺にして何か買ってけ!」
「切り替え早えなあ。そもそもその目的で来たんだから買うともさ」
カラドのおっちゃんの店から始まり、今日は他の店も完全に網羅。
良く見る屋台料理である、串焼き肉、惣菜っぽい野菜メインの炒め物、粉物もバリエーションがあって見た目にも楽しい。
「またえらく買い込んだな。ん、もう行くのか? 今朝まで仕事してたようだし、宿でひと寝入りか」
「実を言うとメインはこれからなんだなあ。ここで何かするワケじゃないから、おっちゃん達は気にせず商売、商売」
「また何かやらかそうってのか?」
「今回はむしろ推奨されたから、誰にも気を使う必要もないのが楽でいいなあ」
そんな、何かを疑うような目で見なくてもウソは言ってないのに。
「推奨の意味が分からんが、俺達に関係する事なら楽しみに待つとするか」
「そうそう、悪いようにはしないから?」
「疑問系で言うなよ、不安になるだろ……」
「じゃ、そういう事で、オレはその壁の向こう側にいるから」
旧外壁に視線をやり、飛び越えようとした所で一応言っておいたほうがいいか? と思い直す。
「ちょっと魔力使うけど、気にしないで。物騒な事はしないから」
それだけ言い残し、壁の上に飛び上がり、続いて旧外壁の外側に着地。
その際内側から聞こえてきた「おいおい、これを素で飛び越えるのか?」とか「あー、納得」などの声。死の牙のリーダーもこれ位は跳んでたけどな。
~~~~
旧外壁と現外壁の距離は結構あって、しかも旧外壁がまだあるせいでこの辺りは整地もされてない荒地に近い感じだ。だからこそ誰にも迷惑かけないから、心置きなく作業に没頭できるわけだ。
早速カイウスさんに話した計画を実行に移そうか。
計画と言うほど大層なものじゃないが、壁を斬り壊した時に思った事を実現させてみようかなと、唯それだけである。
『この壁の上でメシが食えたら、景色も見えて気持ち良さそうだよな』
オープンカフェとか、ビアガーデンみたいに街中の景色の良い所で飲み食いするという、そのテレビ映像を思い出しのだ。
下の屋台で色んな食べ物を買って、この上でのんびり食べる。
それを無性にやりたくなったんだよな。
『思いつきでやるには規模が大きすぎない?』
リナリーの指摘ももっともだとは思う。
前のオレならそうかもしれないが、今なら思いつきだろうと可能な範囲だから問題ない。
『面白そうだから付き合うけどね』
リナリーも付き合い良いよな。
最初に考えていたのは、大きな岩を切り出してそれを使って階段や円弧アーチを使った増築。そう考えたが、血液レンガの事を思い出し、それを試してみてから決めても遅くないと。
この辺は荒地同然だし多少は掘り返しても問題ないよね。
後で綺麗に地ならしでもしておけば何処からも文句は出ないだろう。
掘り返した土と無限収納から取り出した旧外壁の石材。
そして、カメに入った大量のガングボアの血液。
石材は全部砕いて砂状にしておく。掘り返した土は、粘土質のものを選んで使う事にした。
作業効率を考えて、レンガの木型も用意。魔力で成形してもいいけど、焼成の事を考えると魔力をここで使うのは勿体無い。神域に居る時にレンガも造ろうとして作った木型だったが、結局レンガに手を出す時間がなかったんだよな。
土、砂、ガンボアの血。それを撹拌するための木枠の中に投入。
見た目に血のインパクトがすごいが、気にせず混ぜる!
「なんか、すごい色ね……」
そうだね、赤黒いね。っていうかグロイね。
前にオレが見た映像より、なんというか色が主張してくるというか……。
分かっていた事だが、ニオイも結構強烈なんだよな。まあ、壁の向こうに迷惑かけるほどじゃないからオレが我慢すれば済む話か。
「じゃあ、木型に入れてっと」
いくつかの長方形のマスに区切られた木枠のひとマスに土を押し込んで魔力で圧縮。
空気と水分を徹底的に抜いて干乾しレンガ状態にする。
色が若干赤っぽくなったな。取り敢えず一個だけ焼いてみようか。
近くにあった大きな岩を神樹刀でスライスして1枚は座布団代わりに、そして一枚は地面に敷き、その上でレンガを焼成する。
陶器を焼いたときの手順とほぼ一緒だから、焼成は問題ないはずだ。
ただ、陶器のときより余計なものが混ざってるから、それがどういう結果になるか。
高温での焼成になるから、いわゆる耐火レンガに近いものになるだろう。
突き出された両手の間で赤く熱せられた土の塊から、ピキッ、キンッっという甲高い金属音が響く。魔力で探りながらの作業だが、過熱による変化がなくなり安定したようだ。
あとはコレをしばらく維持して、それから冷却のために放置っと。
「んん、綺麗な色のレンガになったね」
「綺麗って言っていいのか? 毒々しい赤に見えるけど……鮮やかといえば鮮やか、なのか?」
かな~りドギツイ赤色だと思うけど、一先ずはこれで良しとするか。
もし、あんまりにもレンガの色が気になるようなら、何か上から塗ってしまえばいい。
懸念していた強度のほうはどうだろう。
キンキンッ
なかなか良い感じの金属音。
壁に使われていた石材と比べるとどうだろう。
木刀を取り出し、石材に振り下ろす。固いものどうしが当たる鈍い音を発し割れる石材。
同じようにレンガに振り下ろしたが、ガツっという音がしただけで木刀がレンガを割る事はなかった。
「お、結構いい出来? じゃあ――」
「ちょっとッ!?」
ドガンッ!!
立ち上がって木刀を強化して思いっきり振り下ろした。
今ので丁度割れるくらいの強度か。おっと、地面がわりと派手にへこんでる。
レンガを手に取って確かめていると、壁の向こう側から「なんだ! どうした!?」「敵襲か!?」とか色々聞こえてきた。
やばっ。
「ごめんっ! 穴掘ってただけだからー!!」
壁のむこうのおっちゃんに、ちょっと事情を端折った言い訳をすると、「穴ぁ!? 驚かすな!!」と怒られてしまった。
「強度的には良さそうだな。でも強度と耐久性は必ずしも比例しないから、そこが不安ではあるな」
極端な例で言えば、木造と鉄骨を使った建築物。
木造で千年の間、朽ちる事無く現存してる建物がある中、現代の鉄筋コンクリートの建築物は果たして千年の間、原型を留めていられるのか。技術革新がない限り、鉄筋のほうは無理だって言われてるよな。確か水分が原因とかなんとか。
「強度を確かめるにしても、やりすぎだってば」
ま、ま、ま。そこは念には念をって事で。
なんとか満足のいく結果が得られたので、量産に取り掛かろうか。
「よし、作れるだけ作るぞ」
「わたしもやるー」
一度に10個作れる木枠に土を練っては詰め、詰めては練ってを繰り返し、乾燥と圧縮をして積み上げていく。
焼成は一度に焼く数量を徐々に増やしていき、最終的には同時に50個まで焼成可能になった。
あ、リナリーが30個だから、同時に80個か。
「あ、いつの間にか昼過ぎてるじゃないか」
「あれ、ほんとだ。オヤツオヤツ」
「オレも結構残り少ないのに、そこから搾り取るのか」
「いいひゃはい、ほうせふはいひははひゃいへなひんへひょ?」
何言ってるか分かんねえよ。
それはともかく、思ったよりもいい材料が用意出来たから、あとはコレを使って造るだけだな。
その前に、オレも何か腹に入れようっと。
~~~~
作ったレンガの大部分を無限収納に仕舞い込み、その辺の岩も石材として使う予定なので一緒に収納。
今居る、壁のこちら側は結構やる事が多い。なので早速作業に入ろう。
壁沿いに階段を造りたいので、切り出した石材を階段状に積み上げていく。
一応地面を圧縮してからとも思ったが、後から誰かが手を加えたいとなると、かえってそれが邪魔になりそうだという事で石の重みに任せるだけで積み上げる事にした。
このままでも階段をして使えるとは思うが、一歩の段差と幅があまりにも大きいので、その間をレンガで適当な段差の階段に仕上げる。
ちなみにこの石材。神樹刀で切り出したので恐ろしく表面が平滑だったが、木刀の羽子板障壁でザリザリと削り、梨地に仕上げてある。
石材のほうは積み上げただけでも、そう簡単には動かないが、レンガはそういう訳にはいかないので、接着しなきゃいけない。
なので、モルタルのようなものが必要になるが、それも一応考えた。
レンガを作ったときの土と砂の比率を変え、砂を大目にして血液と混ぜたものをモルタル代わりにしてみた。
魔法で強制的に乾燥させれば、あっという間だ。
ついでに熱も加えてみたが、いい仕上がりになった。
かなりの力で蹴飛ばしてみても剥がれる気配がない。
「いいねえ。予想より全然いい」
「またすごい音がしてるんだけど……」
文句がこないから、平気だろ。
それより、このモルタルもどき。地球のヤツより性能がいいんじゃないだろうか。
さすがは魔法なんていう訳の分からない力がある世界だ。
血液にも魔力が残ってたし、それがこっちの予想もしない反応をしてるみたいだな。
あとは壁の高さに揃えた、板張りの大きな足場を造らなきゃな。
オシャレな言い方だと、ウッドデッキ?
木材は沢山あるからとうとでもなるだろう。
ラキとの勝負の時に必ず自然破壊してしまうので、その時の木材は全て回収してある。
なるべく自然破壊はしないようにしてるんだけど、獲物という相手がいる事なので、どうしてもゼロには出来ない。
話が逸れたが、ウッドデッキはシンプルにする事にした。
これも後から手を加え易いという理由から。
石の土台を6個、その上にほぞ穴をあけて組んだやぐらを立て厚い板を乗せ足場の完成だ。
太い木材を使って組んであり、それにわずかな段差を削って造り、その中に板をはめ込んでいる構造にしてみた。極薄の大きな木造浴槽のようなイメージで造ったが巧くいった。
当然柱は手すりにも利用。適当な桟木を使ってウッドデッキの横枠を作り安全性を確保。
ふう、この方法もなかなか手間がかかるな。
妖精の技術を使うと楽なんだよ、すごく。特殊ではないけど、里にある木材を魔術的、そして生物的に結合、または融合させるから安心感が段違い。
でも今はまだ、技術を外に流すのはどうなんだという話で、その方法が使えない。
と、まあ若干の不満もありながらも概ね満足できる結果だ。
シンプル、イズ、ベスト。
釘とか、その他もろもろの金属類は全く使っておりません。
「へんな所に拘るよね。針金とか釘とか使っても良かったんじゃないの?」
「手元に鉄とか安価な金属がないし、サビる。それにバラす事考えたら、こっちのほうが楽だと思ってな。評判がよければ拡張って話にもなるかも知れんから、ガチガチにしちまうよりはいいんじゃないか?」
その事もあって石積みは避けたんだよ。
なにぶん時間もかかるし、こっちのほうが楽だ。
さあて、こっち側でやる事は大体終わった。
広さにして約20畳くらいだろうか。そのデッキの上に立って周囲をみると、なかなかいい景色だ。場所が高いだけあって、日の入りはいい眺めになりそう。
もしかして日の出も拝めるのかな、ここ。
屋台区画側に行き、今度は階段の設置だな。
こっちは壁沿いの形式と折り返しの複合にしよう。
学校の階段みたいに、中間に踊り場があるあの構造。それよりは規模は小さくなるがレンガを使うには丁度よさそうな感じ。
「その前に、適当に斬った壁をなんとかしなきゃな」
「あ、そのまま階段にするんじゃないんだ」
斜めに残っていた壁の残骸を斬り、外壁から直角に飛び出していた部分を取り払った。
使える石材はそのまま壁伝いにドンと積み上げて階段の基礎に。
あとは、先程と同じ工程でレンガを階段と踊り場に敷き詰めていくだけ。
モルタルもどきを塗り、レンガを敷いて熱乾燥。
その作業中に屋台区画のほうから「なんだ、あれ……」とか「信じられん早さで出来上がってくな……」なんて声も聞こえたが、そこは色々工夫して時間短縮してるからねー。魔法の力って便利。
「よし、完成っと」
「誰かと思えば、何やってるニャ……」
一番上の段を敷き終わった所で階段の下から聞き慣れた声。
腰に手をあて見上げるキアラの顔はどこか呆れを滲ませたような表情だ。
何やってるって、階段造ってたんだけど。
それにしても変な感じだ。色々あったせいか長い時間会ってなかったような感じがするな。
「よっ! 久しぶり」
「二日前に会ったばかりなのに、その感想……何やらかしたニャ?」
えー、何をどうすればその結論に達するの?
なんとか年内に間に合いました(´・ω・`)




