第四十五話 動きのいい警備隊とレノス商会
自分でやっておいてなんだけど。
「どうしたもんかな、これ……」
ちょっと途方に暮れてる。
「わたしに聞かれてもねえ。後始末は自分で、が基本なんでしょ? だったら、どうにかしなきゃ」
盗賊の拠点を眺めてみたものの、死屍累々って感じだ。
幸いにして、怪我人は多いけど死亡者は今の所は確認出来ていない。
なんだかんだでギリギリの所で持ち堪えていたようだし、本当に危なそうな場合に限っていえば、リナリーがこっそり回復させていたりと。
戦闘の規模や内容からしてみれば、驚くほど軽微なものだったはずだ。
あまり酷い事にはならずに済んで、よかったよかった。使い減りしてもいい資源だったとしても無駄にしちゃいかんからな。
「まずは武装解除だな」
「……なんで嬉しそうなの?」
「え? いや、だって、タダで武器が手に入るから」
いくらリナリーがジトっとした目を向けても、そこは譲らんぞ。
お前のものはオレのもの、オレのものはオレのもの。
なんというジャ○アニズム。というかコイツらこそが、それを実践してきたんだから、他人にやられても文句は言えんだろうよ。
「その前にだ。取り敢えずイカせとくか」
「……常連の注文みたいに」
いつもの、って?
意識が残ってるヤツらがいると何かと面倒。なので、動けないながらも気絶していなかったヤツらは根こそぎ回復からの快楽へというコンボで有無を言わさず昇天。
残るは盗賊のリーダーだが、強制自慰行為を使うのは控えた。
身体に薬が残ってる状態では、どんな事になるか不安があったから。
仮に何もしないのに逝きっぱなしとかイヤ過ぎるでしょ?
それはそれとして、リーダーの装備も当然ながらボッ○ュート。
魔力を通すと自在に動く帯? ベルト? を、身体から引っぺがして回収~!
これ、なかなか面白い。イメージ次第でいろんな動きが出来る。と言っても、そこまで複雑な事は出来そうにない。仮にもっと自在に動かせてたなら、オレとの戦闘でやっていただろう。
個別に違う事をさせようとすると、えらく燃費が悪い。
おそらくは魔力消費を抑えるために、剣にして攻撃っていう動作に限定したんだと思われる。
ちょっと謎だったノーモーションの針投げも、これでやっていたんじゃなかろうか。
と考察してみたものの、詳しく調べないと確実な事は分からないので、そこら辺は時間がある時にって感じだな。
「どっちが盗賊か分からないわよね」
いいんだよ。火付け盗賊に人権はない。
しかし、やっぱり人間相手は色々と勉強になる事が多い。
あからさまな誘いや、周囲の人間の反応。
主に恐怖や困惑などのマイナス方向への感情が相互に影響しあったりするのは、知識として知ってはいても、なかなか目の当たりには出来ない事の一つだろう。
あとは戦闘の内容に関しても、強化だけでは事を済ませられなかったのが最初の思惑と違った点か。まさか純強化まで使う事になるとは思わなかった。
「でもさ、純強化まで使う必要あったの? その触手の剣だとイズミの服の防御は抜けないと思うんだけど」
「そうだな、このコートの防御は抜けないだろう。でも、それが後々油断に繋がるかも知れない事を考えると、そのまま喰らうのは違うんじゃないかと思ってな。サイールーにも裸で戦うつもりだって言ったけど、別に冗談で言ったわけじゃないんだ」
「そういう趣味だとばかり」
「全裸戦士とか極まってるな……実際、訓練にはそういうのもあるけどな。でもそれはそれで目的が違う。まあ、その話はいい。今回全ての攻撃に対応出来るスピードまで上げたのは、自分への注意喚起と対応可能な速度の検証。あとは相手の心を折るためだな」
何をしても対応されるのは、それだけでプレッシャーになる。
それに一撃でも受けたら後がないという状況だって来ないとは限らない。だからこそ貴重な検証の機会は無駄にはしたくない。
「んー、なんとなく言いたい事は分からないでもない。でも想定してる相手が何かは、ちょっと考えたくないなあ」
と言いつつ、頭の中には候補が挙がってるんだろうな。オレとイグニスとの会話を聞いてれば、最低ラインが鉱石竜というのは聞き流せないレベルで話題に上ってるから。
「ところで、あれはどうするの?」
リナリーの視線の先には宿泊施設化した横幕で仕切られた天幕。
そう、忘れちゃいけないのが捕まってた人が居た事だ。
案の定というか、やっぱり居た。若い女の子が。
10人にも満たない人数の女の子が宿泊施設の隅の区画で眠っていた。
意外にもこの盗賊団、攫ってきても、それに手を出すといった事をしなかったらしい。
こういったならず者集団にありがちの、性の捌け口にされていたという事が全くなかったそうだ。
起きていた数人に聞いた所、完全に商品として扱われていたという。
故に、その商品を傷物にするのは信用問題に繋がるため、徹底され堅く禁じられていたと。
信用問題とか、どうにも違和感が拭えないが、そういう事らしいのだ。
まあ、その分いろんな欲求が外に向かう事になるわけで。
キアラを見て路地ものなんて言ってたのは、そういう事なんだろな。商品にさえ手を出さなければ他で何をしても自由というスタンス。しかし同意も無しに事に至ろうとは、実に許せん。ええ、許せませんとも。
それはさておき。捕まえてきた娘達は皆眠らされ、常にうとうとしている状態だったとか。
起きる時といったら食事か生理現象のときくらいで、その後でまた朦朧とさせられて、の繰り返しだったという。
そうしておけば騒ぎ立てないし逃げない。それに強烈な眠気のせいで暴れて自分で怪我をする心配もないという、そこでもある意味徹底した管理がなされていたようだ。
だが先程行った捕まっていた娘達への質疑応答も、ちゃんと起きてるか怪しい状態での聞き取りだったため、現状を理解してるのかどうかちょっと疑わしい。
この騒ぎで一応目が覚めたらしいが、本来目覚める時間じゃなかったせいで、みんな若干朦朧としていた。だから聞きたい事だけ手短に聞いて、引き続き寝てもらってる。
「どうも睡眠系の魔法か薬品が使われてるみたいでな。しばらくはまともに動けないと思うぞ」
「え、じゃあどうするの? そのままってワケにはいかないんでしょ?」
「いや、そのままで移動できるようにするから問題はない。次に起きた時は、街でお目覚めって寸法だ」
「とか言いつつ、平行して武器も没収してくわけね……」
盗賊を街まで連行するための手段は現地で確保できると思っていたが、なんとかなって良かった。
別に難しい事をしようというわけではなく、ここにある馬車と回収してきた荷車を使って、一気に街まで運ぶ。
そのための準備として、動けなくなった盗賊たちを放り込んでいく。
「そうか、なんか引っかかると思ってたら、こいつら全員男なんだな。これだけ人数がいるから、ガラが悪くても女の一人や二人いると思ってたのに」
「盗賊ってそういうものなの?」
「トップや側近は女を侍らせて欲求を解消してるってイメージが強いのは確からしい。実動員兼、夜のお相手ってヤツ。それを考えると、なんか軍隊みたいな集団だなコイツら」
キアラをどうにかしようとしたのも、この集団内に規律のようなものがあったから外では余計にハメをはずそうとした可能性が高いのか? 組織ってのはどこもそうだけど、末端までしつけが行き届いてるとは限らないからな。
「だからって、いきなりハメようとしちゃダメだろ」
「何、突然に下品な事言ってるの……」
「いや、こういう組織の常だと思って」
とりあえず捕まってた娘さん達が酷い事になってなくて良かった。
精神的なケアはオレじゃどうにもならん。
ちなみにその娘さんたちも馬車で運ぶ事にしたが、馬車にそのまま雑魚寝は不憫なので、少しだけ馬車に手を加えて簡易的に多段ベッドのようにして寝床を増設して仲良く寝てもらった。
それぞれが所持していた毛布だけだと心もとないので、ラグを敷いて寝心地のほうは改善させた。
しかし放り込み終わった盗賊たちにはそんなサービスは皆無。圧死しない程度にすし詰め状態だ。
あらかた移動の支度も整ったし引き上げるとするかね。
それはいいんだけど……。
「いないね、馬」
「いないねえ、馬」
馬が逃げちゃっていないんだよな。
どうするのコレ、的な表情のリナリーの台詞に対して確かにそうだな、という意味で見たまんまの感想をクチにしたオレ。
いないものはいないんだから、どうするもこうするも。
「よし、わかった。見なかった事にしよう」
「なんの解決にもならないけど?」
「はぁ……仕方ない、引っ張るか……」
盗賊だけ放置して、明日改めて人手を借りてとも思ったが、全員がおとなしく寝ててくれるとは限らないからな。万が一があった場合、面倒な事になる。特にリーダーとか。
それに、娘さんたちを早く街に送り届けたいという事を踏まえると、一度に終わらせてしまったほうが手間が省けていいだろう。
「実行出来ちゃうから選択肢に入っちゃうのよね」
普通ならまず口にしない手段だよな。
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武器や防具、そして強奪物資は全部、無限収納に回収させてもらった。
先に回収してあった荷車や馬車を出し、合わせて計8台の馬車を用意。
現在、無理矢理繋げた馬車を牽引中ですわ。
ちなみに娘さんたちの馬車はオレが直で引っ張る先頭の馬車。
「案外重いな。これを街までって、ちょっと早まったか」
「案外で済むなら問題ないって事ね。ここまでそんなに時間もかからなかったじゃない」
相変わらず八咫烏の格好のまま、あくまでも他人事なリナリー。
その通りではあるけどさ。総重量が何トンになるか分からんけど、それでも出発してから割と短時間でここまで来れたワケだし。
朝日も顔を出してしばらく経つが、まだ朝と言ってもいい時間。
見える先には大きな街道へと続く道。もう少しで森を抜けられという、それが確認出来る所にまで辿り着いた。ここまでくれば、後はだいぶ運び易くなるぞ。
「あ、やっと道らしい道が見えてきたわね」
「ふぅ、丁度いい。少し休憩にするか。さすがにぶっ通しはキツイ」
と思ったら、なんか気配がする。リナリーもピクリと反応して警戒に意識を切り替えた。索敵魔法を使ってなかったが、どうやら向こうも隠す気はないらしいな。
一応ではあるが、鼻から下はコートを変形させて見えないようにしとこう。
「まさか一人でここまで運ぶとは恐れ入るぞ」
そんな台詞とともに、森の切れ目の向こうから現れたのは、いつの間にか居なくなっていた黒い仮面のヤツら。
昇天作業をしてる際に幹部と思しき連中が居なくなっている事に気がついたが、まあいいかと放置していたのだ。
逃げたなら追う必要はないかなと。
そうです、面倒だったんです。
「その男を返してもらおうか。その能力は、なかなか有用でな」
数人の仮面の中のひとりが、その仮面の奥の目を細めて言う。
盗賊を積んだ荷車の、一番目に付く所に縛り付けてある盗賊のリーダーを顎で指し、そう要求を突きつけてきた。
ただ強いからってだけじゃないのか。薬に耐性でもあるのか?
幹部だと思っていたが、そうじゃない? 考えてみれば、あの魔毒使いも似たような雰囲気だった。
そんな事より、てっきり娘さんたちを取り返しに来たと思ったのに違ったぞ。
「はいそうですかと渡すとでも?」
「……私たちが、その男より弱いなどと思わない事です」
先程話しかけてきた仮面とは違うヤツがイラついたように言葉にする。わずかだが怒りのようなものが混じった声だと分かる。
そんな感情を向けるのは勝手だがイラっとしてるのはこちらも同じ。
「この男と比べてどうこうってのは意味が無い、な」
早く街に帰りたいのに、こんな事で時間を喰うのは容認できん。
なので、手加減なしの殺意を乗せた指向性魔力を放出。
やってる事は鉱石竜の行動阻害とほとんど同じだ。
「ぐっ……バカ、な……」
「な、何だと……あれで本気じゃなかったとでも言うのか……?」
ガクガクと震え、その場に膝をつき、呻く男たち。
呼吸も浅く、動く事すらままならない様子。
それはそうだ。そうなるように仕向けてるんだから当然だ。
「お、お前は……本当に……何者……だ……」
「さあてな。何者なんだろうな?」
御者台にいるリナリーにチラっと目を向けると、翼のまま器用に掌を上に向けるポーズで『さあ?』と溜め息でもついてるような仕草。
「で、どうする? このままここで死ぬか? 逃げるなら追わないぞ。正直、そんな下らない事に時間を割いてる余裕はない」
「く、下らない……だと?」
「よ、よせ……」
なんとかして立ち上がろうとした仲間の一人を制止しようとしたが、お互い身体の自由が利かないようだ。
このまま行動阻害を続けても話が進まないみたいだし、ちょっと緩めようか。
圧力が減少して、ようやく身体が動くようになった仮面の男達がヨロヨロと立ち上がる。
「……ここで我等を逃がして何の利がある?」
「色々と手間が省けるのさ。ここでこうしてアンタたちの相手をしてるのだって時間が勿体無いくらいだ。さっさと本当の雇い主の所に戻って報告でもしたらどうだ」
「っ!」
ほんの一瞬だが全員が身体を硬直させた。
なんとな~く、その可能性もあると思ってカマをかけたら、その通りでやんの。
ちょっとでも意識が違う所に向いてたら、気が付かない様なレベルの反応に抑えたのを逆に褒めるべきかも知れない。
「……ここで逃がした事、後悔するぞ」
「是非に。どう後悔させてくれるのか楽しみだ」
視界の隅に映ったリナリーが脱力して首を左右に振ってるが、何故そんな反応?
「クッ……撤収だ」
それを合図に、音も無く森の中に消えた仮面の男達。ただの盗賊には不釣合いな技量だと思うが、実際この世界の平均的な盗賊というのがどんなものか、イマイチ掴み切れてないからなんとも言えない。
「昨日とは状況が違うし、あれこそ逃がしちゃって良かったの?」
「捕まえて拷問か? それでも良かったけど別の反応も見たい気がしてなあ。コミュニケーション不足を痛感してる。泳がせとけば後で色んな情報が掴み易いかも知れない。それにウチの闘技関連の話は覚えてるか?」
「あぁ、なるほど」
「後悔するぞ、なんて脅し文句使うくらいだから、それなりに動くつもりはあるんだろう。そこに期待してるわけだ」
「ホントの所は?」
「なんか楽しそう」
ジトっとした目だな。冗談だよ7:3くらいで。どっちが冗談かは明言しないが。
「……色々と他所の技術を目にしたいのは分かるけど。だからって後悔させてみろとか挑発しすぎ」
「あれくらい言わないと近寄ってもこないぞ、きっと。鉱石竜がやる行動阻害とほぼ同じ事やったからな」
「そうかも知れないけど……まあ、いいわ。何も考えてないわけじゃないみたいだし」
何も考えてないとか言ったら怒られそうだ。
何にしても、すぐにどうなるってワケじゃないだろう。
そんなワケで今は街に向かう事を優先しよう。
ゆっくり休憩しようかとも考えたが、これ以上、変なヤツらに絡まれても面倒くさい。
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「と、止まれーッ! 止まれ止まれッ! そこの非常識な馬車ッ!!」
そんなでかい声で叫ばなくても止まるって。
てか、非常識ってなんだ。
「あー、ようやく着いた」
「ようやく着いたじゃないよ! 君は何者で、これは何だ!」
これは何だって何よ? 見ての通り馬車だ。
それに君は何者って? あ、いけね。コート変形させたままだった。とりあえず顔は確認出来るようにしておいたほうがいいか。
鼻から下を覆ってても呼吸とか全く影響ないし、肌に異物感がほとんどないから油断してると忘れる。
「あ、私こういう者です」
「これは、ご丁寧にどうも……って、違う! なんで商人みたいに名詞交換しようとしてるんだ!」
この門番のお兄さん初対面だけど、やけにノリがいい人だ。オレよりやや背が高くガッチリとして強面風だが、実直さが表情に現れてる。なかなか整った外見である。
関係ないけど名刺って存在してるんだな。地球でも結構歴史は古いって聞いた事はあるけど、あると思わなかった。
「ああ、なんだ、ギルドカードか」
手渡したギルドカードを見て、冒険者だという事は理解してくれたらしい。
「どうしたんです? あ、君はっ!」
ノリのいい兄さんの後ろから誰かの声。
大きめにカットされた黒パンと干し肉? を手に、それを頬張りながら詰め所の方から覗かせた顔は見知った顔だった。といっても、この街に初めて来た時にカイウスさんと一緒に顔を合わせた程度。こういった場所での、お行儀的にいいのかね? 早朝だから?
態度や年齢的に、最初のお兄さんの後輩っぽい。
そういえば昨日の夜から何も食ってないな。やばい、意識したら腹減ってきた。
「なんだ知り合いか?」
「いえ、知り合いって程じゃないんですけどね。ほら、つい先日、盗賊を捕まえてきたレノス商会の関係者ですよ」
厳密には関係者ではないんだけど……。
「何ッ? 死の牙を捕らえた、あの? ……こんなに若かったのか」
「自分も最初驚きましたけどね。でもあの人が嘘をつく必要も、意味もないですし。それはそうと、この馬車は? というか、なんで馬がいないんですか?」
「おお、そうだった。今、その説明を求めていた所だ。何せ8台もの馬車を一人で引いてきたからな」
「レノスの会頭から『彼は普通とはちょっと違うから』と聞いてはいましたけど……非常識過ぎるでしょ……何故こんな事に……?」
一列に並んだ馬車を眺めたのち、オレに向き直っての質問には、困惑の色がはっきりと出ていた。
「ちょうど今、話に出た死の牙、その残りを捕まえて来たんですよね」
「「え゛っ!?」」
ギギギ、と音がしそうな仕草で首を馬車へと向ける門番の兄さん達。
「盗賊の事は置くとして――」
「いやいやいや、結構な異常事態だよッ!?」
「――捕まっていた人たちがいまして、その人たちも連れ帰ってきたんですよ」
「何っ? 本当か!?」
先頭の馬車に視線を送れば、その意味が分かったらしく。
アジトにあった天幕なんかを利用して、雑ではあるが幌馬車のように仕上げた馬車。それに駆け寄っていく門番の兄さんたち。中を覗いて「これは……」と漏らす。
「その娘さんたちの処遇をどうすればいいのか分からないんで、教えてもらえると嬉しいんですけど」
「あ、ああ。それは、こちらでなんとかするよ。それが仕事だからね。……それはそれとして、何故全員寝ている、んだよな? まさか死んでるなんて事は……」
中を確認後、後輩氏がそんな事を尋ねる。
「どうも盗賊の拠点に捕まっていた時から、ほとんどの時間、眠らされていたみたいで。まともに動けそうになかったんですよ。盗賊と捕虜、どっちか片方だけ残していくのも不安があったから、一度で済ませてしまおうかと」
「それで、この非常識なひとりキャラバンになったわけか……」
一応の納得を見せる門番のお兄さんズ。
捕虜だった娘さんたちの馬車の検分が終わり、詰め所に駆けて行く後輩氏。
何かをしゃべった後、残りの盗賊たちの馬車の確認のために戻ってきた。
誰かに連絡してるように見えたけど、詰め所の中にチラっと見えるあれって伝声管? 魔法的な道具かな?
「この人数はオレたちだけじゃ、どうにもなりませんからね」
「そうだな。朝一で叩き起こすのは申し訳ないとは思うが、そうも言ってられない」
やっぱり誰か応援を呼んだと。
「もちろん、捕縛者である君にも、ある程度付き合ってもらわねばならんが」
真偽を確かめる必要もあるだろうし、これで失礼します、にはならないよなあ。
はやくメシが食べたい。
門番の二人が盗賊を詰め込んだ馬車を調べていると、ほどなくして応援のために数人の男たちが現れた。格好からして門番のお兄さんズと同じ組織の人間なんだろう。
到着して第一声が「こりゃあいったい……」と半ば呆然としているような感じであった。
そこでノリのいいほうの先輩氏がオレに変わって説明しているが、その内容を聞いて疑問は後回しとなったようである。
とにかく今は拿捕された盗賊の処理が先というわけだ。脅威度からの判断だろう。
娘さんたちには悪いが少し寝ていてもらって、それが終わってから受け入れの手続きやらを済ませるらしい。そうはいっても健康状態の確認は先に行われていたが。
あと、真偽判定で一応の確認をすると、オレが討伐者だという事が認められたようだった。
オレだけの証言だけで認めるのもどうかと思うが、昨日からのオレの行動の真偽を測れば容易な事らしい。普通はそこまではしないようで、オレの疑問に答えるのと平行して判定が行われた。まあ、どちらにしても同意があるのが前提の処置のようだ。
「あ、その男が一応盗賊のリーダーみたいです」
分かり易く御者台に縛り付けていた、リーダーだった男の事を告げる。
「この男が死の牙の……そうか。しかし一応とは? 代理の統率者とかそういう話か?」
「それがよく分からんのですよ。間違いなく統率者の立場にはあったはずなんですがね。盗賊内での関係性がよく分からない」
「ふむ? 実態の良く分からない盗賊組織だったからな……その辺りはこれからになるか。その事で後日協力願うかもしれないが構わないか?」
「構わないです。ギルドのほうに言伝をして頂ければ」
「了解した」
盗賊への尋問と真偽判定。そしてオレからの情報で裏づけのような事が必要なんだろう。
「……ところで……何故、リーダー以外の全員の股間が砂だらけなんだ……」
「天国への階段を上ったんじゃないですかね」
「そ、そうか」
どう解釈したかは謎だが顔が引きつってる。
後で後輩氏に聞いて下さいな。
たぶん、カイウスさんがそれとなく伝えてるはずです。
~~~~
門の外で、かれこれ一時間半。やっと開放された。といってもオレに関する手続きが終わっただけで、盗賊たちへの処置はまだ終わっていない。
しかし、死の牙という名の知れた盗賊だったせいもあってか、不測の事態があっちゃマズいという事で捕縛した人数の割りに異例の速さで事が進んでいる。
それにしても死の牙だというのをいやにあっさり信じたな。
拠点の場所とか、提供した情報が決め手になったとか、そういう事なんだろうか。
討伐隊を出そうかという話が出ていたくらいだから、その手の情報はあったと見るべきか。
うーん……まあいいか。
やっと開放されたんだから、あとはプロに任せるとしよう。
娘さん達も無事にどこかに運ばれていったようで、ラグも返してもらったし。
肩の荷が下りて気持ちが幾分楽になった。
街に入り大通りを歩いていると、つい最近見たばかりの人物が。
なんか、この人とはこんな感じで会う機会が多いなあ。
「お早いですな、イズミ殿」
オレが一時帰宅ではないと確信してるみたいだな、タットナーさんは。
レノス商会は独自に情報網を持ってるようだし、そちら経由かな?
「おはようございます、タットナーさん。どうしたんです? こんなに朝早く街の入り口で」
「いえ、警備隊の人間がバタバタと騒がしくしていたので、もしやと思いましてな」
オレが襲撃をかけると知っていたタットナーさんとしては、真っ先にその可能性が浮かんだと。
「ところで朝食はお済みですかな? もし良ければ、私どもの会館でご馳走などさせて頂ければ」
「いいんですか? 昨日の夜中から何も食べてなくて。それに、ちょうどご相談したい案件もあったので助かります」
「ほっほっほ。それでは、私としても絶好のタイミングでお会いできたわけですな」
正直助かりますの一言ですよ。無限収納に入ってる出来合いのもので済ませてもいけど、やっぱり他人が作ったものは気分的に全然違う。
「では参りましょう」
~~~~
レノス商会の会館に向けて歩き出すタットナーさんに連れ立って歩く事、約15分。
会館に到着し、食堂に案内されたオレとリナリー。
まずはその空腹を満たしていただきたく、という申し出を快諾。
案内された食堂には既に食事が並べられており、タットナーさんに「ご遠慮なさらずに」と笑顔で勧められた。そのタットナーさんはカイウスさんを呼びに行ったようだ。
「シャレオツな朝食ですなー」
「シャレオツって……。でも、ほんと美味しそう」
目の前に並べられた朝食。
メニューの内容は至ってシンプルなのに妙にオシャレに見える。
食器とか、部屋の装飾や雰囲気がそう思わせるのかね?
クロワッサン、そしてサラダにスープ。ミルクの入った紅茶と専用食器に乗せられたボイルドエッグ。バターはご自由にどうぞ。
食材はそれほど高級ではなさそうだが、映画の中でしか見たことないようなカチッとした朝食の風景だ。
格式の高そうな空気が漂う朝食にマナーがなってない自覚はあるが、そこは許して欲しい。
「おはよう、無事に戻ったようだね」
朝食を堪能し、食後のティータイム突入という所でカイウスさんが食堂に現れる。
「おはようございます。ご馳走になってます。なんとか予定通り終わりましたよ。提供して頂いた情報のおかげです」
「お役に立てたなら何よりだよ」
カイウスさんがテーブルにつくと同時にタットナーさんが紅茶をセッティング。
相変わらず、いつの間に準備したんだろう。
「ところで……リナリー君のその格好は……?」
オレはもう気にならないけど、さすがに慣れないと気になるか。
八咫烏の姿は、ほぼそのままだ。しかし、問題はそこじゃないんだろうな。
頭だけベロンと引ん剥いて顔を出してるのはいいけど、カラスの首が後ろにデロっと垂れてるのはちょっと不気味かもしれない。
「これ?」
カイウスさんの疑問に応えるべく、カラスの頭を被って本来の八咫烏に戻ってみせるリナリー。
「……三本足のカラス?」
驚いたような戸惑ったような表情のカイウスさん。
タットナーさんは初見の時に片眉をピクリと動かした程度だったが、タットナーさんにしては大きな反応だったのかな。
「やっぱり不吉だと感じます?」
「そうだね……カラスというのもそうだが、三本足というのがね。カラスは生物の死体に群がる印象が強く、死を連想させる。そして三本足というのは、その昔、大いなる災いをもたらした怪物が奇数本の手足だった事から、死か、それ以上の負のイメージを想起させてしまうんだよ」
ほう、そんな伝承があるとはねえ。
期待した効果がそんな伝承の上に成り立ってたわけか。
「盗賊たちも不吉を運んで来たか、なんて言ってましたね。でもオレの故郷だと逆なんですけどね」
「逆?」
「リナリーのこの姿は、八咫烏といって、神の使いや太陽の化身、または導きの神そのものなんて言われる霊鳥なんですよ。オレとしては縁起を担ぐ意味合いもあった訳です。まあ、盗賊たちが勝手に不吉なものとして見る事も期待はしましたが」
「そうなのかい? ふむ、神の使いか……ところ変わればというヤツか。なかなか興味深いね」
まじまじと八咫烏の姿のリナリーを見つめるカイウスとタットナーさん。
その眼前で、羽を広げたり、その羽で輪を作ったりワケのわからないポーズしてるけど何がしたいのリナリー。
「ところで相談したい用件があるとか? 私が力になれるといいんだが、具体的にはどんな事だい?」
「そうです、そうです。言うまでもないとは思いますが、昨日から今朝にかけて、盗賊を襲撃しまして」
「どっちが盗賊か分からなかったよね」
「茶々入れない。その際に接収した物資がですね――」
そこからは話が早かった。
盗賊を捕まえるだけでなく、また強奪された物資を回収してきた事にでもなく。その話を持ってきた事に驚いているようだった。
「普通は、そのまま自分のものにしてしまっても問題ないものだからね。その代わり、依頼があった上で回収というケースは接収品のリスト化のために一度、ギルドで内容を確認する必要はあるね。もし、被害者が確定している物品があって、それをその被害者が買い戻したい場合、相場にある程度上乗せして取引するのが通例になっているんだ。まあ、危険手当込みの手数料といった所かな。今回の場合は食料品が主な物資だから買取はまずないと思う。卸値ではなく小売時の額での取引になってしまうから赤字になってしまいかねない。それ以前に管理のあやしいものは買い手はつかないだろうしね」
「食料に見せかけて、病気でもばら撒かれたら目も当てられませんしね」
「その考えに至る君も怖い気がするが……ま、まあ、それはいいとして。こちらからも相談があるんだけど、いいかい?」
「? なんでしょう」
「今回、イズミくんが回収した物資を、こちらで全て買い取らせてもらえないかな?」
「え、でも、食料品は買い取りが出来ないのでは?」
目利きで良し悪しを判断するなら、赤字にならないギリギリの線の品だけ買い取れれば、確かに出処は関係ないだろう。でも全部って言ったよな。どういう事なんだろ。
オレが自前で消費する分には、例え毒が入っていようと、それこそ関係ないから抱えていても問題はないんだが。
「大きなネズミを炙り出す、そのエサにしようと思ってるんだ。正直この手は諦めていたんだが、君が盗賊のアジトから丸ごと回収してきてくれたおかげで、打てる手が増えた」
カイウスさんの説明によれば。
盗賊による物資強奪が増え始めた時に、対策の一環として行われた事の中のひとつにあった。物資に魔法でマーキングして、その流れを追って動かぬ証拠として押さえる、というものらしい。
だが、マーキングされた物だけがことごとく排除されていたようで、上手くいかなかったそうだ。
それが今回、オレが集積地からまるごと回収してきた事で、それが機能するのではないかと。
という事で早速中庭に出て、回収物資を放出する事になった。
こうしてまとめて置くと、結構な量があるなあ。
さっきの20畳以上あった食堂の、ふたつ分くらい?
「なんと。まさかこれほどの量を回収してきたとは」
「魔法袋を持っているだろうとは予想していたものの……これは、魔法箱並みだね……」
あれ、カイウスさん達には何にも言ってなかったっけ。
島クジラと言われるランズロックが軽く入りますが。
「タットナー」
「……反応があります。これで予てより準備していた策を実行できますな」
手に持った道具で何かを確かめたタットナーさんは、そう答え頷いた。
今回の盗賊捕縛は緘口令が敷かれ、しばらくは世間に周知さない予定なのだそうだ。
朝方の警備隊の人間が騒がしかったのも、近々盗賊の討伐があるのではと言われていたので、訓練だと言えば誤魔化せるだろうと。
しかし何故そんなにも詳しいのか。商人の情報網も侮れないものがある。
「商業ギルドが旗振りで極秘に進めていた計画だからね。今までは前段階までも行かなかったから、この期に徹底的にね」
ガルゲンを罠にはめる。というより直接的な証拠を突きつけるだけでいい。
その為には盗賊に成りすまし、ガルゲンの商会と取引が必要になるが、そこは抜かりがないようだ。
「ふっふっふ、この時を待ち望んだよ」
あらやだ、イケメンが悪い顔してる。タットナーさんなんて人を斬りそうな雰囲気まで漂わせてるよ。
よっぽど腹に据えかねてたんだろうなあ。
さあて、まあ後のことは任せてオレは市場に行こうっと。
やりたい事の準備もあるし、カラドのおっちゃんたちの店がどうなってるのか見たいしな。
何より、あのジャンクなフードを買い溜めしないと。
遅くなりました(´・ω・`)
2020/12/07 修正、及びトースト削除




