第四十三話 首どころか身体ごと突っ込む
「おお、帰られましたな」
パン色の犬に帰ると、意外な人が待っていた。
「タットナーさん、どうしたんですか? あ、もしかして随分お待たせしちゃいましたか」
「いえいえ、こちらが勝手にアポイントメントもなしに押しかけたのです、お気になさらずに。それに私も今しがた到着したばかりですからな」
柔和な笑顔からの言葉が本心である同時に、オレを気遣うための台詞だという事も察しがつかないほどオレは鈍感ではない、と思う。
そうは言うけどなあ、待たせちゃった感がミミエさんの苦笑で、なんとなく伝わってくる。
「夕食など、ご一緒にいかがですかな? せっかく来たのですから、こちらでと思いましたが、一人でと言うのは味気ないですからなあ。お食事がまだでしたら是非」
「あ、そうですね、オレたちもまだなんで。ミミエさん、夕食三人分いいですか?」
「はい、すぐにご用意しますね」
おや、今は接客モードなのね。
ミミエさんもタットナーさんもリナリーの存在は認知してるから問題ないだろう
他の客は、時間がずれているせいか誰もいない。
「それでタットナーさん、どういったご用件で?」
ミミエさんに促されたテーブル席にタットナーさんと共に座った所で、率直に聞いた。
「早いほうが良いと思いましてな。今日手続きが完了したのでお持ちしました」
そう言って胸の内ポケットから折りたたまれた用紙を取り出した。
「えーっと、これは……? ああッ、盗賊の!」
「そうです。盗賊討伐の証明の書類ですな」
テーブルに置かれた用紙を開いて書面を見れば、硬い言葉の文章と誰かのサイン、そして金額が書かれていた。
「ありがとうございます。どういった流れで報奨金が渡されるのか説明はされても、いまいちピンと来てなかったんですよね」
「そうですなあ。階級の高い冒険者でも盗賊専門などというのは、おりませんからな。稀に遭遇して討伐しても、その辺りの手続きの情報があやふやな方も居るようで」
オレの頭をかきながらの台詞に、ほっほっほと目を細めて笑うタットナーさん。
「実を言うと、用件というのはもうひとつ御座いまして。改めて直接のお礼をという事で、我が商会にご招待させて頂きたく。その旨をお伝えにあがった次第です」
「ありがとうございます。……正直願ってもないタイミングです」
「ほう、何か在りましたかな?」
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「ふむ……市場でそんな事が。ソンク商会のガルゲンという男、いよいよタガが外れたという印象でしょうか。いえ、以前から暗がりに好んで潜み、そこから毒を撒き散らすような事をしていたようですが、より直接的に周囲を巻き込む事を厭わなくなりましたな」
食事の用意が整うまでの時間を利用して、夕方に遭遇した事件を大まかにタットナーさんに話すとそんな言葉が返ってきた。
第一印象で、いかにもそんな感じだなと思っていたのが的中したわけだ。まあ、どう見てもソレ系の人間の言動だったからハズれようがないっちゃあないよな。
「そこでですね、レノス商会の一員であるタットナーさんにお聞きしたい事が」
「私でお答え出来るものなら、なんなりと」
「ソンク商会が盗賊を使っているというのは事実ですか?」
「……やはり、そこに来ますか……私どもが入手した情報ですと、限りなくクロです。襲撃後の積荷を追跡して直接的な証拠を掴む、というのは無理でしたが、詳細な聞き取りで、なんとか物の流れを把握した、といった感じでしょうか」
「かなり確度が高い、というか疑いようがないといった感じですか……その流れで聞いちゃいますけど、各地に出没して勝手に動いてるように見える盗賊。その元締めは……死の牙ですか?」
「……そう思われる根拠が?」
「根拠という程のものじゃないんです。オレがそう考えたのも、冒険者がローレック方面に動くタイミング的にというのと、性質の悪そうなのが他に浮かばなかったから、なんですけどね」
「……一般的には死の牙の関与は疑われていないでしょうな。何しろ、我々が盗賊の正体を死の牙だと知り得たのも先日の遭遇があってこそでしたからな。毎年この時期は少なからず盗賊の被害が増加していましたが、今年はローレックへ冒険者が移動したのを見計らったかのように近隣各地で急増。なかなか尻尾を掴ませず、警護隊も後手に回ってしまっている状態です。その事からも死の牙が主導している可能性は極めて高いと言わざるを得ません」
眉根を寄せて、はあ、と息を吐くタットナーさん。
商会関係者としてみれば頭の痛い問題なんだろう。
「しかしそれを尋ねるということは、何かあるとお見受けいたしますが?」
「あの時、幹部を捕まえたその足で乗り込むべきだったと、ちょっと後悔してるんですよ。で、その後悔を清算してしまおうかなと」
「まさか、おひとりで死の牙と事を構えるおつもりで……? 確かに今、警護隊は十全に機能してるとは言えませんが、盗賊捕縛の準備を整えてるとの話も聞きます。それを待つか、あるいはそれに参加というわけにはいきませんか?」
ギルドからそういった部隊の補佐的な任務依頼もあるらしい。そこに参加して連携しつつオレの目的を果たせばいいのでは、と。カイウスさんの推薦と、なにより死の牙の幹部を捕獲した事で、おそらく参加基準は満たしているはずだという事らしいが。
「どうにもこのままだと、オレにとって都合が悪すぎるようなんで。それにあまり時間をかけるのはいろんな意味で下策かも知れないんですよね」
美味いものが食えなくなるのは痛すぎるからな。
相手に時間を与えるのも、何一つこちらに利する事がないというのも理由のひとつだ。
「しかし……」
「執事さん、心配も尤もだけど、イズミは人間には負けないから」
ぬいぐるみからローブ姿に戻ったリナリーが、オレの頭の上に着地して、オレの顔を覗き込むように、そんな事を言う。
「トーリィからイズミ殿の強さの程がどれほどか聞いてはいますが……いえ、やるやらないを問うのは野暮でしょうな。どうやら、お二人の中では既に決定しているご様子」
「何が決定なんですか?」
そこへミミエさんの声が。興味を隠せないといった表情であっても仕事は疎かにはしないとばかりに、流れるような動作で皿をテーブルへと並べていく。
「相変わらず、ここの料理は洗練されていますな」
タットナーさんの、並べられた料理を見ての感想には、オレも禿げ上がるほど同意。
「ふふっ、ありがとうございます。で、なんのお話?」
その言葉にタットナーさんから漏れ出す、どうしたものかという空気。
「あ、別にいいですよ。隠すような事でもないんで」
「ほっほ、そのようですな」
しかし、折角の暖かい食事を目の前にして、おあずけと言うのも殺生だという事になり、説明は食事をしながらで。
マナーも何もあったもんじゃないが、そこはそれ。他には誰もいないし、いいんでないの?
「イズミくん……本気?」
タットナーさん6割、オレが残りの4割を捕捉しつつという形で今日あった事と、これからやろうとしている事を説明すると、そう不安げにミミエさんが表情を曇らせた。
「本当はもっと色々と準備してからが良かったんだけど、そうも言ってられなくて。あの手の資源はどこにでも転がってそうだから、今回はちょっと時間優先のほうがいいかなと」
「え? 資源ってなんの話? わたし何か聞き逃した?」
「ん、ああ。いやいや、資源ってのは言葉のあやで深い意味はないから、流して流して」
「……別の意味で凄く不穏な気配を感じたのだけど?」
「彼が言う資源とは、盗賊達の事ですな」
「やっぱり不穏だった……」
片手でこめかみを押すような仕草と、おもいっきり眉間にシワが寄ってる表情は接客モードじゃ見られない顔なんだろうな。
うん、頭痛が痛い感じ? てな冗談はいいとして。
「その盗賊の件で、ミミエさんの所に影響はなかった?」
「え? うーん、多少仕入れ値に変動はあるけど……今はそれほど影響はないわねえ。ほら、あのお肉があるから」
「なるほど」
「お肉とは?」
合点がいったオレとは対照的に、事情を把握していないタットナーさんがミミエさんに説明をと、目でも訴えかけている。
そこでミミエさんが、肉の入手についての経緯を解説。オレが食べたかったからという理由も添えて。
「ほう、それで納得です。さきほどから何の肉かと気になっていましてな」
「正直、あの量だと普通にお客さんに提供しても1ヶ月以上もつのは確実なんですよね。だから、今は他の肉を仕入れなくてもよくなっちゃったんです。処理が良かったおかげか、部位毎の味の違いも際立ってるから同じ獲物の肉とは思わなかったんじゃないですか?」
そうタットナーさんに説明するミミエさんは苦笑気味だ。
「言われてみれば確かにそうですな」
頷いたタットナーさんは肉料理の味を確認するように、口に運んだ料理に集中しているようだ。
リナリーはといえば何やら思案顔。
「ねえイズミ。他の肉も調理してもらいたくならない? 熊肉じゃなくて」
そんな事考えてたのか。そういえば熊も仕留めてたよな。
「そうだなあ。キアラには止められたけど、どんな風になるか興味あるよな」
「キアラちゃんに止められた?」
「ガングボアの肉の後にお願いしようかと思ってたんだけど、いろいろまずいから止めとけって」
「……何のお肉?」
「ドルーボア」
「ッ!! 売ってッ!!」
ちょ、近い!
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結局、勢いに押されて、ドルーボアの熟成肉を1ブロック、まあ10キロくらいかな? それを売る事になった。手付けで40万ギット。当初、残り40万ギットは月末の決済が終わってからという話だったが気が変わった。
代わりに、この宿の料理すべてのレシピと交換という条件を提案。
ものすごい葛藤の末、ミミエさんが折れた。もちろん他所には漏らさないと付け加えたが、それでも、うぐぐ、と聞こえてきそうな葛藤具合だった。
いや、それにしてもすごいね。80万ギットか。ちょっと高すぎる気もするけど、それだけの価値が、ほんの10キロの肉にあるってか。
それでも世界一高いA5神戸牛よりは安いか? でも、あれって仕入れ値、売値、どっちだっけ? まあいいか。
オレとしては濡れ手に粟な感じがしてちょっと気が引けるけど、レシピは欲しかったからなあ。
「イズミくんって結構エグいわね……」
「イズミってば、欲しいとなったら手段を選ばないもんね」
「ただより高いものはないぞ」
「ほっほ、それ相応の対価があればこそ安心して取引きが出来るというものですな」
肉の取引きでの駆け引きの様子を、笑顔で聞いていたタットナーさんがそう評したが、こっちでも似たような諺があるのか。
そんな事を内心で考えていると、少しの間をおいてタットナーさんの表情が変わる。
「……ところで、盗賊の討伐に向かわれるのはいつ頃に?」
「早ければ早いほど、とは思ってます。でも正直に言えば情報が欲しい。行き当たりばったりでもいいけど、余計な遠回りで時間を無駄にする可能性もあるから、ちょっと迷ってたんです」
「なるほど、それでいいタイミングだと」
オレの言いたい事がなんとなく伝わったようだ。
追跡調査をしたというくらいだから、盗賊についてある程度は情報を掴んでるはず。
その辺りの事をタットナーさん、というかカイウスさんに聞けないかと思ってたんだよな。
「そういう事ならば、明日にでも旦那様とお会いできるように致しましょう」
「いいんですか?」
「最初からイズミ殿の予定優先でこちらは動くつもりでおりましたからな。なんの問題もありません」
面会までに時間が必要かと思ったが、その問題もなくなったようだ。
食事を終えると、こうしてはいられないとばかりに「さて、ゆっくりもしていられませんな」と、挨拶もそこそこに、タットナーさんはパン色の犬を去っていった。
「……イズミくん……本気で盗賊を討伐するの?」
タットナーさんを見送って自室に戻ろうとするオレに向けて、ミミエさんからの不安の滲む言葉。
「大丈夫。さっきも言ったけど、人間じゃあイズミには、まず勝てないから」
「え……?」
リナリーさんよ、そりゃ、そういう反応になるだろ。
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自室に戻って片付けておかなきゃいけない事を早速やる事にした。
背負い袋に入った真核を、どうにかせにゃならん。
『じいちゃん、起きてる?』
『そこまで早寝はしておらんぞい』
共鳴晶石での、いきなりの呼び出しにも速攻で返事が返ってきた。
ズカ爺に鉱石竜のコアをどうしたらいいか意見を聞くために、入手の経緯と、ついでにその鉱石竜の様子がおかしかった事を報告。
なにやら、通話口の向こうで絶句していたような気もするが、とりあえず鉱石竜の異常の件は文献を調べてくれるという事で一応まとまった。
しかし、コアの方は取り扱い自体、見当がつかないという困った事に。
じゃあどうしようかとなったわけだが、当面は金属箱にでも入れて、溶接するみたいにして開かなくしてしまえば、万が一の盗難でもなんとかなるだろうと。
この宿でそんな事があるとは思えないし、どちらかと言えばこの部屋に放置して何かあった時の時間稼ぎの外装というべきか。
開ける時は斬ればいいから、むしろそっち方面の意味合いが強い。
ふう、間に合わせではあるけど、時にコアの件はこれでいいか。
やっと手ぶらで動ける。
日が変わって朝。
今日はギルドには向かわず、ミミエさんに住所を確認し、レノス商会に。
「おっきな建物ね~」
「有名な商会だけあるな」
リナリーに同意だな。この街の建物のなかでもかなり大きい。
3階建てはそこそこ見かけるけど、門がでかいし敷地も広い。手入れの行き届いた庭も、日本庭園とはまた違った落ち着きのある立派な庭だ。
「お早いですな」
敷地を見回して感心していると背後からタットナーさんの声が。
「朝一でも構わないと言われたので、お言葉に甘えようかと」
「ほっほ、それでは早速ご案内しましょう」
大きな扉をくぐり、中央の階段を上がると、正面に見える扉が目的の部屋のようだ。
「旦那さま、イズミ殿がお見えになりました」
開けられた扉の向こうに見えたのは、執務室であろう部屋のデスクに座るカイウスさんだった。
「やあ、三日ぶり、かな? 元気だったかい?」
「そういえば『お久しぶりです』と言うほど昔じゃなかったですね。この街にもある程度は慣れて来ましたよ」
椅子から立ちあがり、ソファに座るよう促すカイウスさんに軽く頷き、ソファに腰を下ろす。向かいのソファにカイウスさんが座った所でタットナーさんがカップ&ソーサーを置く。
紅茶かな? ……いつの間に準備してたんだろう。
カップに口をつけ、香りを堪能する時間を利用して間を置いた。
「まずは改めて、盗賊襲撃の際のご助力、何とお礼を申し上げてよいか、感謝の言葉もない。トーリィの事も含め、本当にありがとう」
座ったままではあったが、深く頭を下げるカイウスさんの言葉には、気持ちが篭っているのがよく分かった。
トーリィさんの事? 巨乳化に希望が見えた事かな? そんなワケはないか。
おそらく後遺症なしで麻痺毒を除去した事だろうな。
「また随分と改まりましたね……」
「フフッ、そうだね。でも決める時は決めないと示しがつかないからね」
どことなく照れくさそうにするカイウスさん。
それを見るタットナーさんの表情も柔らかい。
「ところで……タットナーから話は聞いたが、本気かい? 死の牙といえば、幾度となく騎士団などの討伐組織を退けてきた手練れ。それを相手に一人で戦うというのは、私としては賛成できかねるが……いや、二人で、なのかな?」
「そうよ」
今までフードの中でぬいぐるみの格好だったリナリーが、白ローブ姿でふわりとオレの肩に降り立つ。
「しかし、いくら君達でも、百人からなる盗賊組織を相手にするのは厳しいのでは……? いや、君たちの強さを疑ってる訳ではないんだが、恩人が三日と空けず危険な目に合うというのは、いささか抵抗があってね……」
「大丈夫ですよ。本当に危なくなったら、さっさと逃げてきますから」
「はぁ……タットナーが言うように、やめる気はないんだね……。となると、欲しいのは情報という事だね?」
「助かります」
「本来なら、この街の騎士団……警護隊と本隊がほぼ総出で行うような事例なんだけどね……。かと言って、力ずくで止めるのは難しそうだから、何も言わない事にしたよ」
本当に渋々、といった感じの苦笑を含んだ表情で言われると、なんか悪い事してるような気になっちゃうな。
「さて、こちらが提供できる情報のうち、何がご希望かな?」
「そうですね……まずは、死の牙の拠点ですかね。それと関連して、その拠点には常にどのくらいの人員が配置されているのか。また、流通路を押さえているというのであれば、その散らばった人員の分布状況ですか。あと、一番重要なのが、拠点にトップの人間がいるかどうかです。拠点が複数あって寝座を一つと定めていないとなると、盗賊の頭がいる確率の高い場所の算定も必要になってくる。それ如何に依っては多少スケジュールの見直しも考えないといけないですから」
「そうだね……おそらく死の牙の拠点は西の街道から南に進んだ所、森の中の岩山の辺りじゃないかな。ああ、すまない。情報と言っても確実な拠点の割り出しは今の所はこの程度なんだよ。探索に向かわせた者の報告によれば、一定の範囲に近づくと問答無用で排除されるらしい。既に幾人か帰ってこないという話でね。警戒度合いからの推測になるが、おそらくこの辺りに拠点があるだろうというのが、こちらの見解だ」
苦い表情で広げられた地図を指差し、そう説明するカイウスさん。
人間が対応してるとすると過敏に過ぎる警戒だと思うが、別の可能性もあるな。設置型の罠とか。
「しかし囮としてワザとそうしている可能性も捨てきれない。それと商隊の荷物を奪うための主な地点は、ここと、ここ、あとこの辺りだね。街の東側でも時折あるが、拠点から離れているせいか、それほど頻度は高くない」
襲撃地点と頻度、それから荷物の動き等から、拠点のおおよその位置を割り出したって事か。
でも、その裏づけがまだ不完全というわけだ。
「あとは人員。これは完全には把握出来ていないのが現状だ。百人規模とは言ったが、推測の範囲でしかないんだ。襲撃地点、その回数、目撃例、物流に関わる仕事の総量などから割り出した人数にしか過ぎないから実際の人数は定かじゃない。また盗賊とは別の協力者がいる事も考えられる。まあ協力者が居たとして、協力してる時点でカタギじゃないけどね。推測に推測を重ねて申し訳ないけど、主要拠点にいる人数は50は超えないんじゃないだろうか。そして拠点に頭目がいるかどうかだけど、常に居るかは正直分からない。しかし、規模と統率の取れた行動から見れば、それに近しい人間が指揮をしているはずだ。そうでなければ盗賊なんて輩は好き勝手に動くからね。間近で目を光らせておく必要がある」
「絶対的な力で従わせていたとしても、それだけの仕事をこなすには優秀な副官クラスの人間が必要ですしね」
「その通り。――とは言うものの、確定した情報が少なくて申し訳ない」
「いえ、拠点が絞り込めてるだけでも全然効率が違いますよ」
「そう言ってもらえると少し気持ちが楽になるよ。商会を担っている者としては他人事ではないからね。……ところで、一応プランを聞かせてもらってもいいかい?」
その言葉に了承したという頷きを返し、作戦と言うほどのもんじゃないが、ざっくりとその内容を説明した。
「――と、こんな感じでいっちゃおうかと思ってます」
「なるほど……君たちが出来ると言うのであれば、移動は何の問題もないのだろうね。しかし、そんな短時間でカタがつくものなのかい?」
「問題なのは数だけよねイズミ」
「そうだなあ、ちまちまとやるのは性に合わないけど、今回はこんな感じだよな。まあ遅くても二日くらいでなんとかなるでしょう」
リナリーの見立て通り、面倒な点は人数の処理だな。
二日でなんとかなるとカイウスさんに向けた言葉も、実は自信がなかったりする。
「おおざっぱにやった時の事を聞くのが怖い気がするね……。ところで、今更聞くのも何だけど、どうして、そこまでして盗賊を排除しようとするんだい?」
「え? 美味しいものが食べられなくなるのが我慢出来ないからです」
「お、美味しいもの……?」
「普通はこういう反応よねえ……」
食は重要だろう。極限状態ならいざ知らず、そうでないなら、美味いものを求めるのはそれほど可笑しな事じゃないはず。
「なるほど……イズミ殿にとって都合が悪いとは、その事でしたか」
「ま、まあ、強さが常人のそれではないんだから、動機も我々の常識では推し量れないものなのかも知れないね……」
二人して、そんな困ったような目で見られると、こちらも困るんですけど……。
「あ、そういえば。カイウスさんに聞きたい事がまだあったんですよ」
「な、何かな? 私の頭で処理出来る範囲の質問であるといいんだけど」
「市場の壁を壊したというか斬ったんですけど、何か問題があったりしますか? カイウスさんなら、なんとなくこういう事に詳しそうだなと思ったんですが」
「ああ、タットナーから聞いた時は驚いたが、そうらしいね。実際、使いの者にも確認に行かせたけど、全く問題ないよ。逆に街としては助かるくらいだね。老朽化していた旧外壁を、拡張を兼ねて新たに建造した際に、まだ現役で頑張ってくれそうな所は予算の関係もあって後回しになっていたんだよ」
「そう聞いています。でも実を言うと、それで終わらすのは勿体無いかなと思ってまして」
「ふむ、どういう事か聞いても?」
「えーと、それはですね――」
あの壁を壊した後で、現在の外壁と立地を見てちょっと思いついた、というか思い出したというか。まあ、最初はオレがそれをしたいと思っただけで深く考えてはいなかった事を、カイウスさんに尋ねてみた。
「面白いね……盲点とさえ成り得ない常態のあの外壁を見て、そこからアイデアをひねり出してくるとは、正直驚いているよ。うん、問題ないんじゃないかな。街が少しでも活性化するなら歓迎すべき事だからね。時に、それは具体的な設計図のようなものはあるのかい?」
「いえ、そこまではまだ。測量もしてないですし、せいぜい完成予想図くらいでしょうかね」
オレの頭の中だけの完成予想図ですが。
「完成予想図? 聞きなれないが、それはどういったものかな? いや、だいたい想像は出来るが」
「その言葉の通り、完成後の姿を絵に起こしたものですね」
「ふむ……ものは相談なんだが、その完成予想図とやらがあれば見せてもらえないだろうか」
「あー、実はまだその予想図はまだこの中なんですよね」
オレは自分の頭を指差して説明するが、苦笑も混じるのは仕方ないと思う。
要するにまだ想像でしかないという中途半端な状態だから。
「盗賊の事が終わったら、その後で、なんて考えていたもので」
「そうか、そうだね。商売柄、興味を惹かれると、つい気が逸ってしまってね。確かにイズミくんの言うように、まずは盗賊をなんとかしてからだろうね」
何故か話が商売関係にズレてしまっていたけど、カイウスさんはそれ以上尋ねてこなかった。
タットナーさんの、後日の楽しみに取っておかれては? という言葉にカイウスさんが妙に嬉しそうに同意したのには思わず苦笑が漏れた。
話がズレたついでに、市場周辺の街の地図を見せられ、この辺までならいじって問題ないはずだよ、と教えられた。
何故にカイウスさんがそんな情報をと思ったが、やっぱり大きな商会になると、そういう情報も持ってるものなのかね。
「さて、こちらからの情報はこんなものだろうか」
「そうですな。他に目ぼしいものは、これといって」
「朝っぱらからお騒がせしてすみませんでした。情報なしでも行こうかと思ってたんですけど、正直助かりました。――ありがとうございました」
席を立ち、礼の言葉と共に頭を下げる。
じいちゃんとの立会い前の、うち独自の礼のクセが出そうになったが、なんとか見苦しくない程度の挨拶にはなっていたはずだ。
「すぐに取り掛かるのかい?」
「そうですね。この足で向かいます」
「なんとも慌しい気がしないでもないが、君たちの落ち着き払った様子を見ていると、盗賊退治も日常のひとつに見えてしまうね」
「いやー、ははは……」
神域に居た時のほうが過酷だったからなあ……いやマジで。
「いかん、肝心な事を伝えるのを忘れていたよ。言葉だけでなく何か形のあるもので恩に報いたいと伝えるのが本題だったはずなのに盗賊の事で話が逸れてしまって申し訳ない」
「え、いえ。全然構わないですけど……形で?」
「そう言う訳で、何か必要な物、欲しい物はあるかな? うちで扱っている物でも、そうで無い物でも、国宝級の物でも、というのは言いすぎだが、希望に沿う物を用意してみせるよ? もちろん代金は心配しなくていいから。命という何ものにも代えがたいものを救って貰ったのだから、これくらいはしないとね」
何やら、やたらと熱を帯びた主張で身を乗り出すカイウスさん。
こういう申し出を断るのは失礼にあたるんだよな、きっと。
「う、うーん。いきなりそう言われましても……どうしても必要なもの……何かあったかなあ?」
「武器はダメだからね」
そんな耳元で言わなくても分かってるよう、リナリー。
趣味を他人の金でなんて考えてないって。
「ははっ、確かに、いきなり欲しい物と言われても困らせてしまっただけのようだね。では、何か思いついたら、その時に聞かせて貰っていいかな」
「分かりました。じゃあ、そんな感じでお願いします」
「了解だよ」
カイウスさんはそう笑顔で応え、引き止めて申し訳ないと、そこで別れの挨拶を済ませた。そしてそのまま執務室を辞去する事に。
タットナーさんはというと、見送りという事で門まで一緒だ。
「くれぐれもご無理をなさいませんように。などという忠告もお二人には、いらぬ世話でしたかな」
「いえ、肝に銘じておきます」
オレのような若造にも、気遣いの言葉を忘れないタットナーさんに見送られ、レノス商会を後にした。
それにしても、ずっとリナリーが大人しかったな。
「えらく静かだったな」
「んー? なんか邪魔しちゃ悪いかなって。まあ、それ以前につい観察しちゃってたのよね。真剣な話し合いって見てて面白いから」
そういうもんかね。
よく分からんけど、リナリーにとっては人間を見ること自体が楽しいのかもなあ。
いや、盗賊は見てても楽しくないな。
さて、その居ても楽しくないものを、楽しく狩りにいこうか。
すみません。盗賊とのあれこれまで行くつもりだったのにダメでした(´・ω・`)




