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第四十二話 首を突っ込む



「……何をしに来た、ガルゲン」


 おっちゃんがガルゲンと呼んだ男の視線から、オレを遮るように数歩、歩み出た。


「クフフッ、ご挨拶ですねえ。決まっているでしょう、交渉に来たんですよ」


  中年で細身の紳士風の男、ガルゲンが口の端を歪め、舞台の演劇人よろしく大げさに両手を広げて、この場にいる理由をもっともらしく告げた。

 オールバックに近い七三に分けられた頭髪を撫でつけながら細い目を更に細める。

 一見して紳士に見えるせいか、余計にその目つきが際立つ。いやらしい目つきをするヤツだ。


 不穏な空気の中、買い物を続ける肝の据わった人間など、そうそういるワケはなく。少なからずいた客も、この騒ぎに巻き込まれまいと足早に去っていった。いつの間にか関係者と思われる者以外の姿はなく、オレとジェンの他は誰もいなくなっていた。


「交渉? 脅しの間違いじゃないのか。何度来ようが、お前の要求を受け入れる人間なんて、ここにはいないぞ」


 おっちゃんのその言葉に店主たちが無言で頷く。


「おやおや、それは残念ですねえ。しかし、いつまで続きますかねえ、その意地が、その覚悟が。早いうちに私の提案を聞き入れたほうが良かったと、後になって悔やむ事になるかもしれませんよ?」


「お前の言う、懸命に生きている人間の意志を甘く見るな。どんな提案だろうとドス黒い魂胆しか見えないものに誰が乗るか」


「魂胆? クフフ、何を言っているのか分かりませんねえ。私が誰に対して何をしたと言うのです? 根も葉もない言いがかりですね。……まあいいでしょう」


 言ったガルゲンが懐から葉巻だろうか? それを取り出し、小さな魔法石のついた道具で火を点けた。


「どちらにせよ、此処はいずれ私のものになる」


 ほう、ライターが既にあるのか。ってそんな事に感心してる場合じゃないな。

 煙を吐くガルゲン。雰囲気が現れた時と違うものになっている。


 これは……楽観してていい状況じゃなくなってきたか?

 タイトコートを徐々に長めに変形させ、不自然にならない程度の動きでジェンの姿をチンピラからは見えないように背後に隠す。


「(イズミ……さん?)」


「(一応……オレの傍から離れないようにしててくれ)」


「(は、はい)」


 雲行きがどんどん怪しく、いや、最初からかなり悪かったけど、どうやっても平穏無事というのが無理そうな気配。即排除も出来なくはないが、それだと、おっちゃんのせっかくの厚意を無駄にする事になる。ここは安易な手段や強攻策は執るべきじゃないだろう。


 とは思うんだけど……。


「既にこれは確定事項! ならば商売の取引に先払いがあるのと同じように、先に邪魔なものを掃除しても問題ないでしょう? クフッ、クックック」


 盛大に歪めた口元から、吐き出した煙と言葉に酔っているかのような表情。から一変。

 一切の感情をそぎ落とした顔と、その声音こわねが告げる。


「やれ」


 底冷えのするような低いトーンの号令に、取り巻きの男たちが一斉に動き出す。

 その手に握られたハンマーやら穂先のない槍のようなもの等を振りかぶり。


「「オラぁ!」」


 ドガァッ!!

 ガシャッ!!


「何をするッ!!」


 手当たり次第に屋台を破壊し始めたチンピラどもに口々に抗議する店主たち。

 なかには自分の店を守る為に身を投げ出し、それにイラついたチンピラに暴行を受ける光景が繰り広げられていた。


 ここまできても後ろ手に掌を向け、オレを制止する姿勢を崩さないおっちゃん。

 だが口元はギリギリと歯を食いしばり、ガルゲンを睨みつけている。


「やめろっ! やめさせろっ!!」


 しかし、さすがに我慢も限界とばかりにおっちゃんがガルゲンに詰め寄る。

 襟首を掴もうとしたその時。ガルゲンの背後から現れた者の手に、その手首を掴まれた。

 そして手首を掴んだまま流れるような動作で、おっちゃんの腹部への拳の一撃。


「ぐっ! てめえ……何者だ……」


「ほう……」


 一人だけ、チンピラと言うには雰囲気が違いすぎる男。

 黒のスーツのような、夜の商売の黒服とでも言えそうな格好。しかし暗殺者と言われたほうがしっくり来そうな雰囲気だな。

 後方に流れる短髪に細面、特徴と言えば極端に薄い眉か。

 いや、顔の特徴が印象に残らないんじゃなくて、その大きくはないのに異様にギラついた目が、他の印象を喰ってるのが原因か。


「おや、この者の一撃を耐えますか」


 崩れ落ちるのを耐えていたおっちゃんだったが、つかまれた腕を極められ、そのまま地面にうつぶせに組み敷かれてしまった。

 足元に組み伏せられたおっちゃんを見て、丁度良い所にあるとばかりにガルゲンがおっちゃんの顔を踏みつけやがった。


「クフフ、そういえばカラドさん。あなた確か昔は冒険者でしたねえ。しかし今のあなたではこの者の相手は到底務まりませんよ? 掃除が終わるまで大人しく見ている事です。クフッ、クハハハハ!」


 あー、駄目だコレは。

 一気に感情が冷えていく。どうしてくれようかっていう思考に一瞬で切り替わった。

 さすがに血の雨を降らすつもりはないけど、ただで返す気もない。

 フードの中に隠れていたリナリーに、イグニスの発声法でやってもらいたい事を伝える。

 それを聞いたリナリーがオレの背後で素早く地面に降り立ち、屋台の物陰に消えていく。

 それを文字通り目の前で見ていたジェンが「え、な、何?」と驚いていたが、今は説明するより優先することがあるから後でまとめて説明って事で。


 無限収納になっている腰の両ポケットに手を突っ込み、石つぶてを数個握ったまま取り出す。


「ぐあっ!?」


「ぎゃっ!!」


「がっ!?」


 親指でつぶてを弾いて、チンピラどもの手足を撃ち抜く。

 穴が空くほどの強さで撃ち抜いたワケじゃないから、しばらくは痺れて感覚がなくなる程度のはず。

 所謂、指弾というヤツだけど、実際にこんな歪な石ころでやると難易度が跳ね上がる。

 やってやれない事はないが素の状態でやるとなると、とんでもない集中力が必要だ。

 そんな余裕のない今回としては魔法での射線イメージで補正している。


 うちに伝わる技術だと基本的にこの技は真円の豆粒くらいの鉄球を使う。

 そうでないと正確に標的に当てるのは難しい。常識的に考えれば、大きさも重さも形も違うものを、同じように指で弾いて狙った的に当てるなんて不可能に近い。飛ばすモノの形をあまり選ばない飛穿孔とはかなり使い勝手が違う。

 今回は魔法でベクトルを操作して正確にあてる事ができるからこそ成立している技だ。


 “旋牙”と名づけられてるが、ぶっちゃけ指弾と同じようなものだ。

 というか指弾と言えばかなりの人間に通じる分、旋牙なんて呼ぶ意味はあまりないかも、と思わないでもない。


 余計な事を考えていても撃ちまくっております。

 ぎゃっ! とか、ぐわっ! とか悲鳴が聞こえてくるけど無表情で撃つのがポイント。


「なっ!? どこから!」


 ガルゲンが叫んで周囲を警戒するが、ワケが分からないといった表情だ。

 さもありなん。ほとんどのつぶてを直線では飛ばしてないからな。その上、リナリーも物陰から移動しながら狙撃してる。

 ていうか、てめえはいつまでおっちゃんを足蹴にしてやがる。


「がっ!?」


 さすがに全身に満遍なく10発も喰らえば立っていられないようだな。

 黒スーツ、お前も転がっとけ。


 お? 強めにいったのに耐えやがったな黒スーツ。不完全ながらも魔法障壁を使ったっぽいな。

 まあいい、おっちゃんからは引き剥がせたからな。


『リナリー、仕上げだ』


『了解』


 リナリーの遠隔音声の返事と同時に魔法を発動。

 不可視の極小の風の刃で、ガルゲン一味を縦横無尽に飛ばした刃で切り刻む。


 と言っても切り刻むのは服だけ。生体に触れたら消滅するようにしてあるから風の刃で怪我をするという事はない。

 代わりに、着てないほうがマシなくらい徹底的に服をボロボロにしてやる。


 よしよし、この辺でいいか。

 あとはオレの仕事。これからが本当の仕上げだ。


 球状にまとめた風の刃を全員の股間めがけて発射!

 命中した瞬間に、シュバッ! と小気味いい音で当たった部分の布を微塵にして消し去った。

 うーん、やっぱり黒スーツはレジストしたか。服を多少刻んだ程度だったな。


『いやーッ!!』


 うん、見たくないモノでも見たのか、リナリーの悲鳴が聞こえる。

 オレの耳元への遠隔音声の設定のままだったようだ。


 それはいいとして、色々なものが舞い上がって視界がよろしくなかったのが、段々と落ち着いてきた。遅れて状況を理解したらしいチンピラの数人が「な、何がどうなってる!?」「ふ、服が!」とか、分かり易く狼狽えるのを見て、ちょっと胸がスッとした。

 正直どこまでやろうか迷っていた。あまりやり過ぎて見えない所での報復が過激になったら面倒だ。その辺の事を気にしておっちゃんも我慢してたんだろう。

 それを考えると、これが適切な対処だったか非常に判断に迷うが。

 オレに敵愾心が向けば多少は、おっちゃんたちから意識が逸れるかね?


「……貴様がやったのか?」


 気絶したガルゲンと周囲に目をやり、迷いなくオレに向き直り問いかける黒スーツ。

 ちなみにガルゲンの股間は布地が残っていやがる。全体的に割と布地が残ってるな。黒スーツがついでに障壁を張ったか。


「どうだろうな?」


 いままで起きた事のない事態で、見た事もないヤツがいる。

 状況として黒スーツはオレが犯人で間違いないと確信を持ってるみたいだな。しかしだからと言って素直に答えてやる義理はない。勝手に警戒してろって話だ。


「なぜ全員をヤってしまわない」


「虫を潰すのはいつでも出来る」


 一寸の虫にも五分の魂とかいうが。こいつ等みたいな虫でもプライドがあるならボキボキに折っておくのが常識。と教えてくれたのは誰だったか。

 まあこれで、どこまでプライドが折れたかは分からないが、下手な行動は躊躇するくらいには牽制できただろう。


「ククッ……そうか、虫か……」


「そこのエセ紳士もちゃんと連れて帰れよ。死体の処理は面倒だからな」


 これは半分はハッタリ。

 無事なヤツだけで逃げたら、残ってるヤツらがどうなるか分からんぞっていう。もう半分は本当に死体として残されても面倒だから。なんかこいつ平気で殺りそうなんだもんよ。


「……今日のところは引き上げるとしよう。雇い主がこのざまではな」


 言うと、ガルゲンをひょいと肩に担ぎ、チンピラたちには顎で指示を出し退散の意思を見せた。

 ギラつく目でオレを見るその顔が暗い笑みで歪む。


「貴様とは、また会いそうだな」


「ない事を祈れ」


 変なフラグ立てるんじゃねえよ。


 オレの言葉に低く笑い、一瞥して去っていく黒スーツ。と色んな意味でボロボロのチンピラの一団。

 気絶してるヤツは無事なヤツがなんとか手分けして連れて行った。その為に半分残したんだから、放置されたら迷惑だ。


 しっかし


「一人だけ格好つけても、他が股間丸出しとか……すごい光景だ」


 去っていく一団を遠くに眺て自然と呟きが漏れた。

 あれを見ても乾いた感想しか出てこないわ。自分でやっておいてなんだけど。

 すると何処からともなく、スタタタタッ! と茶色い物体がすっ飛んできた。

 何か、えらい剣幕だ。

 オレの胸元に飛びついて来たのは、言うまでもなくリナリー。

 その蹄で器用に胸元の襟をグイと掴み、ドルーボアのぬいぐるみの鼻をオレの顔に押し付けて、その口をガパっと開く。

 オレだけに自分の顔が見えるようにと、したようだが……。


「なんて事するのよ! もう! 変なもの見ちゃったじゃない! やるならやるって言ってよ!」


 ああ、うん。普通にしゃべってるけど、まあいいか。この状況で黙ってろっていうのは酷だよな。

 フルチ○ポだドンの刑について、よっぽど言いたい事があるんだろう。

 あー、聞き流していいかな?


「何を今更。何度もオレのを見てるだろうよ」


「だってイズミのピンク色とは違って変な色して――って、何言わせるのよ!」


 何のとは聞かないが、詳細を言うんじゃないよ!

 オレとのやり取りを見ていた周りの人間が「メスだったのか」「メスだな」「メスね」などと、ぬいぐるみの性別に言及していた事に気付いたリナリーがピタっと動きを止める。

 声を出していた事に今更ながら動揺してる。

 これは場を繕うために何でもいいから何か言わなきゃって考えてるな?


 それはいいが。おい、誰だ「ピンクなのか」って違う所に興味持ってるヤツは。


「ゴホンッ! でも、まっさらだって自慢してたよね!」


「自慢じゃねえよ!」


 話を逸らしたいにしても、なんでソレをブっ込んできた!?

 あれ、辺りが静まり返っておかしな空気になってる。


「「「ぶはっ!」」」


「「「あーはっはっはっはっ!!」」」


 ガルゲンとチンピラどもが逃げ帰ったのを、唖然として眺めていた屋台村の店主たち。オレとリナリーの会話の応酬に、今度は呆気にとられ思わずといった感じで聞き入ってしまっていたが、そのあまりにもな内容に我慢できずに全員が吹き出した。

 オレ自身あの会話はねえな、とは思うけれども!


「はっはっは、ワケのわからん、あんちゃんたちだな」


「ほんと、ガルゲンを追い払った時は、抜き身の刃みたいだったのにねえ」


「ぬいぐるみの嫁がいるとか、いろいろすごいな」


「使い魔だ!」


 ぬいぐるみは嫁じゃねえ!

 ダッチな嫁文化にはまだ世話にはなってない!

 誰だ、童貞は恥ずかしくないって言ったの!






 ~~~~






「結局、にいちゃんを巻き込んじまったな。あのガルゲンって男は手広く商売をやってるせいか、冒険者の中にも頭があがらないヤツが多いって話でな。黒い噂も多い。だから、なるべくなら関わらせたくなかったんだが……」


 店主たちが、それぞれの店の片付けを始めるなか、カラドのおっちゃんがドカリと手近な木箱に座り、申し訳ないという感情を隠せずにオレに言った。


「気が付いたら勝手にアイツらの服が破れてた」


「確かにオレを含めて何が起きたか理解してる人間がほとんどいないのは認めるが……あの男は用心すべきかもしれないな」


「あの男だけは雰囲気が違ってましたね」


 黒服暗殺者か。

 人生で陽の当たる所と日陰のどちらを歩いてきたかは、お察しレベルの空気を纏っていた。

 ジェンも仕事柄そういう気配には聡いのかね。


「目をつけられたと?」


「……あの黒服の男は自ら騒ぎは起こさんだろう……だが、ガルゲンが何をするか分からん。ちまちましたイヤガラセもそうだが、忘れた頃に、なんて事になりはしないかとな」


「そうなったら、そうなったで自分でなんとかするよ。目に余るようなら物理的に……クックック」


「怖え事言うな、お前さん」


「冗談……ですよね?」


「んふ?」


「その含み笑いは怖いです……」


 あら、そんな困ったような笑顔される顔してたか。


「ま、その辺は気にしなくていいよ。それより、おっちゃんたちが後で何かされないかのほうが気になる」


「それはないな。というか今更の話だ。いままで何度もイヤがらせはあったし、仕入れのほうでもかなり露骨な締め付けがされ始めててな。こうなるのも時間の問題だったんだよ」


「……人通りが少なかったのも、そのイヤがらせが原因ですか?」


 ジェンもそこが気になったらしく、少し気まずそうに尋ねた。


「ここに辿り着くまでの道、とまではいかないが人の流れを変えられてしまってな。店舗の配置や向きなんかを細工して、この通りの入り口を分かり辛くしてる。ここの入り口より向こう側のあの辺りはガルゲンの息がかかってるのが多いんだよ」


 問題の場所に視線をやるおっちゃんは渋い表情で語る。


「そんな感じでな、直接的なイヤがらせも加えて客足が減っていたわけだ」


「あのガルゲンってヤツが言ってた交渉ってのも、要するに地上げ?」


「まあそうだな。ここで営業するための権利を渡すか、傘下に入れって要求だ。ただ同然で権利を譲渡して今の場所から移れだと。あんな場所で誰も納得するわけがない。お上に何か言われたときの言い訳の材料に過ぎん取引だ。もうひとつのガルゲンの下で働けというのは論外。仕入れは全部ガルゲンの商会を通して現在の3割り増しの金額でだ。品質は保障するとか言ってたが、そんなもの守るとも思えん。いずれその額を吊り上げていくのだって目に見えてる」


 頷かないと分かってる要求?

 それともじわじわと借金漬けが目的?


「なんでそこまでして。何故この場所を手に入れたいのかが分からないけど。下に付けって言ってるくらいなんだから、おっちゃんたちの商品がなきゃ意味ないんじゃ?」


「それがそうでもないらしくてな。あの壁」


 そう言って自身の背後にある遠くの壁を半分ほどふり向き、親指で指し示す。


「あの壁を取り壊すんだそうだ。そうすれば大通りは目と鼻の先、オレたちの店じゃなくても客の入りは充分以上に見込めるって事らしい。色々含めてのイヤがらせなんだろうよ」


「……なるほど。現在の外壁に拡張する以前の壁の一部がそのまま残ってるんですね。街の財政的に後回しになってはいますが、そんな話は拡張時に出ていましたね。自分達の資金でとなれば街はイヤとは言わないでしょうし」


 ジェンは事情を吞み込めたらしい。


「ああ、実際に許可自体は既に降りてる。あとは誰がやるかだけだがヤツの資金力なら造作もないはずだ。というか今はヤツが止めてるんだろう。オレ達では資金もなければ自分たちでやる時間も技術もない。長期の返済計画を良しとする商会が間に入ってくれればなんとかなる可能性はあるが……」


 地形的に他より若干高めの壁。

 その5メートル弱の壁がなくなれば、人の流れが変わり色々と美味しいらしいと。

 長期の返済計画とは要するにローンか。おっちゃんの口ぶりからすると、その制度自体が整っていないか、審査に通るかどうかが怪しいといった所か。またはそれ自体をガルゲンに邪魔されてるとか。


「だがな、ここまでかもしれん……これまでの事を合わせて、ここでの商売に不安を感じている者も少なからずいるのは確かだ。実際、仕入れも安定しなくてな。頷く者はいないとは言ったが限界に近い者もいるだろう。いつ脱落者が出てもおかしくない」


 おっちゃんの口ぶりと表情を見ていると、それだけが原因じゃないように思えるんだが。


「おっちゃん、何かどうにも出来ない事情があるとか? 仕入先だって他にないはずはないだろうし……」


「レノス商会か? あそこは食材関係はあまり強くない。いや、敢えてその方面は力を入れていないように感じるからな。真っ当な商会と言っても、この件に関しては期待は出来ないだろう。他の仕入先もガルゲンのソンク商会とは下手な対立は避けている」


「何故ですか……?」


「……ソンク商会は、流通の過程で盗賊を使ってる」


「そんな……」


「確実な証拠はない。しかし状況がな。輸送の際に奪われた荷物が、ご丁寧にも入れ物を変えて偽装して市場に流れている節がある。それに、襲われても殺されないからと、護衛代をケチっているヤツがいるのも良くない傾向だ。性質が悪い事に全部は奪わないんだよ。活かさず殺さずじゃなく、ギリギリの活かして殺さずが強行に抗う事を躊躇わせてる。……まあ、そうなったのも、抵抗した護衛が容赦なく殺されるからなんだが。結果、最初の頃は人件費、その後は損失分として価格に上乗せされてしまっている。輸送馬車の全てが襲われる訳じゃないからという理由で、余計な面倒は避けてソンク商会には深く関わらないというのが現状を作り上げてる」


「多少の物価の変動には目を瞑るという訳ですか……最近、盗賊の被害が増えてましたがそんな事に……。いえ、もしかして私が知らないだけでギルドは情報を掴んでいたんでしょうか……」


「そこの所はオレはなんとも言えんな。だが家族の事を調べ上げられ、遠まわしに脅されたなんて話もあった。人身売買の噂もあるような、ろくでもない連中が関わってるのだけは確かだ」


 最終的な所は人の売り買いの可能性があると。

 そこまで語ったおっちゃんだったが、何か力が抜けたように息を吐いた。


「……仕入れ先を変え、店の場所を変え、手を尽くせば続ける事は出来るかもしれん。しかし、同じ味、同じ値段で同じ物を売るのは難しくなるだろうな……今でもギリギリだ」


 自分の店を見つめたカラドのおっちゃん。何かを諦めたような、そんな表情だ。


「エセ紳士め、美味いものを作れる人間が貴重だって事を分かってないな……」


「イズミさん……?」


「レシピがあれば、ある程度は再現出来るけど、それはあくまで、ある程度だ。毎日、常に一定以上の品質を維持するのは経験とセンスが要るんだよ。気候なんかも絡んでくるしな。その期間が長くなれば長くなるほど味の維持ってのは難しくなってくる。よく代替わりして味が変わったなんてのは、最初は記憶が鮮明なおかげで辛うじて再現と維持出来ていた味が、時間とともに記憶も薄れ自分の感覚頼りになって微妙に変化していくからだ。指摘されても、なかなか元のようには戻らない。経験ないか? 新しい事に挑戦して、何度も同じ事してるうちに何が正解か訳が分からなくなってくるってヤツ。誰かに指摘されても何処をどう直していいか分からず、うまくいかないとか」


「あぁ、なんとなく分かります。生活魔法を覚えたての時に、そんな事があったような気が」


「その感覚に陥る事無く、確信を持って味を守り続ける。簡単なようで、かなり難しい。だからオレは、おっちゃんたちのような美味いもの作れる、言い方を変えれば、高い水準でそういったものを構築、再現できる。そういう人間ってのは、ある種の特殊な才能を持った貴重な人材だと思ってるんだよ」


 オレ個人の意見、というか思い込みに近いかもとは思うがね。


「「「「お~!」」」」


 お~って何? おっと、いつの間に。

 片付けをしてたはずの店主さんたちが手を叩いてこっち見てる。


「はっはっは、そこまでオレたちの事を良く言ってくれるのは嬉しいが、そんなに大げさな話じゃない。気がついたら自然とこうなってただけだ」


「そうだな、そこはカラドのいう通りだ。難しい事なんざ考えずに、ただ食材扱ってるだけだ」


「その難しい事を考えずにやってるのが、能力がある証拠なんだけどなあ」


「フッ、まあそうかもしれんがな。しかし変な話に付き合わせちまって悪かったな。つい愚痴みたいになっちまった」


「いや、それは全然」


「それにしても、ヤツらが逃げ帰ってく姿には胸がスッとしたぜ。なあカラド」


「そうだな、あんな笑えるガルゲンを見たのは初めてだ。案外才能あるんだなアイツ」


 何の才能? っていうかオレのほう見て、さっきの事について感想言ってるなあ。


「あの……イズミさん? さっきの事、本気で誤魔化せてると思ってます? 最初から、みなさんそう言ってたじゃないですか」


「んー……?」


「何だ、本気で自分がやったんじゃないと言い張るつもりだったのか?」


「言うだけならタダだし?」


 コクリと頷いて言うと全員がピタっと動きを止めてオレのほうをジッと見る。

 なに?


「くくっ、そりゃ無理ってもんだ、にいちゃん」


「そうそう、あれだけ派手にやったら誰だって分かるわよ」


「実際のところ隠す気あったのか?」


 どうだろうか。


「実はあんまり?」


 正直どっちでも良かったかなと。バレなきゃバレないで良かったしオレに標的が移っても構わなかったという感じ。


「くくくっ、まあ、ここにはあんな派手な魔法を使えるようなヤツはいないしな」


「「あー……」」


 久しぶりにリナリーとハモった。

 そういう基本的な事を気にしてなかったな。そりゃそうだ。

 派手かどうかは疑問が残るが。


「それに、ぬいぐるみの嬢ちゃんもありがとな。ああ、安心してくれ。喋れる使い魔とか聞いた事はないが……世の中、不可思議な事なんてのはどこにでも転がってるもんだ。……まあ変な詮索はしないからよ」


「あ、あははは……」


 思いっきり苦笑いだなリナリー。

 中身がおかしな事になってるのもバレバレか。

 でしょうね。さすがに妖精かどうかまでは想像してないみたいだけど。

 

「にいちゃんもありがとうな。っと、改まって自己紹介……はなくていいか。そっちのギルドの穣ちゃんがお前さんの事をイズミと呼んでいたし、オレがカラドと呼ばれている事も分かってるだろうしな」


「はは、確かに」


 名前と同じで、いろいろ誤魔化すのも意味はない、か。


「なあ、おっちゃん。聞きたいんだけど」


「何だ?」


「現状でも、あの壁がなくなれば何か変わる?」


「そりゃあ人の流れが変わるから多少はな。ガルゲンのヤツも最初の邪魔する手段が、人の流れを変える事だったしな。かといって、それで全てが好転する訳じゃないがな」


「一応意味はあるって事か。前倒しでガルゲンを喜ばせるのもなと思ったけど……」


「何の話だ?」


「結構イラッとしたから、手っ取り早い意趣返しがいいなあ。おっちゃん、あの壁壊して問題は?」


「無いが……えっ、あ、おい?」


「え?」


 おっちゃんとジェンの戸惑う声を背に壁に向かって歩き出す。

 肩の上で身を乗り出したリナリーの何か言いたげな様子が、ぬいぐるみ越しでも分かった。 


「いいの?」


「まあ、いいんじゃないか?」


「退屈はしないからいいのか、な? いいのかなあ」


 リナリーの疑問符を張り付けた顔が容易に想像出来る声だ。

 さて、腰の神樹刀の出番だな。


 スラッと抜き放った刀身に高速振動の魔法を発動っと。

 探査魔法の応用で、ある程度、壁の構造を把握。

 厚さ約1メートル半、高さ5メートル、幅10メートルとちょい。


 あとはとにかく斬るべし!


 キィンッ! と硬質で甲高い音が響く。


 適当な大きさに斬った壁は、全て無限収納エンドレッサーにダイレクトで収納。

 後で崩れないようにという事で、外壁に繋がってるほうは斜めに斬り落とした。

 建物と接してる側は斬った後に、建物の一部に見えるようにちょっとだけ魔法で細工。


 こんなもんか。

 チンッっという硬質な鍔鳴りの響きで刀を鞘に納め、一息吐く。

 そしてジェンたちのいる場所に戻ってきた。


「イズミ、お前さんいったい……」


 店主の方々がザワザワしながら、こっち見てるのは気にしない方向で。


「あれ、冒険者だって言ってなかったっけ?」


「そういう事を言ってるんじゃないんだが……」


「イズミさん、普通の冒険者はあんな壁を剣一本で壊すなんて無理ですよ。しかも残骸も残さずになんて……」


 この世界の人間の身体能力なら、充分に可能だと思ったんだけどな。

 手付かずだった所を見ると、やっぱりそれなりの人手が必要なのか。


「意外そうな顔してますけど、同じような事を冒険者に頼んだとしても、結果的には専門の業者に頼むのとそう変わらない金額がかかりますよ? 解体後の石材の処理、運搬に魔法や魔法袋を使ったとしても、やはりそこは料金に上乗せされますし」


 場所が狭いというのもネックになるようだ。

 今回みたいに周りになんの影響もなく作業が出来ればいいが、攻撃魔法や武器類での破壊や解体となるとそれなりの安全確保が必要という事で、近くに店舗がある今の状態では無理らしい。

 仮に充分なスペースが確保され自由に解体出来たとしても、専門の業者でもない限り近くの建物に影響を与えずにというのは難しいとか。

 そもそも冒険者の場合、こんな解体に大事な武器は使わない。

 結局、つるはしなんかの解体工具を使う事になるから、せいぜい工期が多少短縮される程度だと。


「うーん、そうなのか」


「……あんまり深く考えてませんね?」


 ジェンにジト目を向けられた。タレ目のジト目ってレアな感じがするな。

 とにかくだ。

 目の前の壁が綺麗になくなって気持ちがいい。


「むふー、すっきりしたぜ。いいストレス解消になった」


「そうだと思った」


 器用にもぬいぐるみの格好で足を組んで、掌を上に向けてやれやれってポーズしてるよ。

 さて、あとは開通した事を知らせるための看板を用意してだな。

 丸太の杭に紐をつけた板をひっかけておけば取り敢えずはいいだろう。


 書く図柄は矢印と、『おいでませ』とでも書いておけばいいか。


「おっちゃん! 取り敢えずアソコに看板ぶっ挿しておいたけど」


「お、おお? そうか。って、いつ用意したんだよ……」


 店主の皆さんと何やら話し込んでいた所に声をかけたが、看板設置は見てなかったようだ。


「しかし、とんでも無い事をしてくれたもんだ」


 カラドのおっちゃんの言葉に「まったくだ」と苦笑しながら同意する店主たち。

 今はなき壁を眺める目は、何かやる気のようなものが感じられる。


「壁がなくなって、やる事が山ほど出てきやがった。もう今日は仕事にならんな。お、そうだ、これ全部持ってけ。こんなんじゃ、やってもらった事の礼にはならんが、ひとまずは気持ちってヤツだ」


「え、いいの?」


 おっちゃんが売り物を気前良く差し出したのを見て、他の店主達も、うちのも持ってけと、いつになったら喰い終わるんだという量をオレの所に持ってきた。


「はっは、その魔法袋なら入りそうだと思ったんだろう。実際全部入ったじゃないか」


「ま、そうなんだけどさ」


 と、やや微妙な笑い顔が張り付いていたのが自分でも分かった。


 しこたま店の売り物をオレに手渡した後、せわしなく動き出した屋台の店主たち。

 その会話や様子から見るに、早いとこ店の配置やら何やらを色々と手を加えたいらしい。

 さすがにそこの所は口出し出来ないからな。ここらでお暇させてもらおうかね。


「おっちゃんたちも忙しいみたいだし、そろそろ帰るとするか。陽もすっかり落ちたしな」


「そうですね。色々あり過ぎて……家でゆっくり休みたい感じですよ……」


 オレとジェンがそんな会話をしていると、店主の輪のなかで、あーでもない、こーでもないと意見を交わしていたおっちゃんがオレたちのそんな様子に気が付いた。


「お、帰るか? 引き止めちまったみたいで悪かったな」


「いや、また来るよ」


「ああ、毎日でも歓迎するぞ」


「ははっ、わかった」


 そう言って新しく開通した道を行く事にした。

 ジェンとオレが軽く手を振って挨拶の変わりにしたが、作業を止めてまで手を振り返す人ばかりで驚いた。ほぼ全員だったんじゃないか?

 ちなみにリナリーも肩の上で手を振ってる。


「こう繋がるのか。こりゃあ儲かるって考えるわけだ」


「凄く便利になりますねえ。ここが通れると私としては地理的に凄くいいですね」


「ここから、近いのか?」


「ええ。そんなに歩かずに、うちまで帰れますよ」


「じゃあ真っ暗になる前には帰れそうだな」


 ジェンの言葉通り、大通りをしばらく歩き幾つ目かの通りに入った所まできた。

 そこをまたしばらく歩くとジェンが立ち止まった事に気が付いて振り返る。


「今日は買い物に付き合って頂いて、ありがとうございました」


「こっちこそ、ありがとな。楽しかった。……まあ、最後は変な事になっちまったけど……」


 怖い思いもしただろうに、改まった感じで頭を下げられたので、ちょっと驚いた。


「いえ! 気にしないで下さい! その事も含めて楽しかったですから」


 クスッと笑みを零したその表情が嘘ではないと感じられ、ちょっと安心した。


「あの……っ! あ、いえっ、何でもありません! ここからうちはすぐなのでもう大丈夫です。わざわざ送って頂いてありがとうございました」


「いいって、ガルタのおっちゃんが自分の娘みたいに心配してたからな」


 そんな言葉に、あの人は若い人には過保護なんですよ、と笑顔で言うそれに続く言葉は、親しみのこもる別れの挨拶だった。


「フフッ ではまたギルドで。おやすみなさい」


「ああ、またギルドでな。おやすみ」


 と返したオレに2度ほど振り返るジェン。

 掌をヒラヒラと可愛らしく振り、通りの奥へと歩いていった。


 軽く手を振り返すオレの、その肩でリナリーも小刻みに手を振る。

 そういえばリナリーに対してあまり突込みがなかったな。みんな意図的にスルーしてる?


 お、ちょうど人がいなくなったし、ちょっとショートカットして帰ろう。

 屋根伝いに帰ればパン色の犬までそんなにかからないだろう。


「で、どうするの? やっぱり――」


「ぶっ潰す!」


「だと思った……食べ物の恨みは怖いって言うけど、恨みになる前に目を点けられた盗賊に、ちょっと同情するわ……」


 オレの豊かな食生活を脅かすものはなんであろうと許さん。

 飽食の国、日本で生まれ育ったのは伊達じゃない。いや、なんか違うか? まあいい。



 フフフッ どうしてくれようか。




間違ってけしてもうた!

バックアップがなかったらと思うと ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル

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