第四十一話 無事、依頼達成?
いきなりの遭遇戦でどうなる事かと思ったが、人里への侵攻という最悪な事態は回避できた。
今回の藍見鉱竜という鉱石竜。
印象として、不完全な状態だったのでは? と感じたが実際どうなんだろうか。
発見時も半分土に埋まってるような状態で、最初はその場所の魔力の違和感みたいなものしか感じ取れなかった。
「鉱石竜は鉱石竜なんだろうけど……なんというか色々とおかしくなかったか?」
「……そうね……攻撃が単調だったり威力も低かったよね。行動阻害の魔力も弱かったし反応もお粗末だったような気もする」
正直、魔力保有量と強さのバランスが悪かった気がする。
ぶっちゃけ、黒曜竜と比べるとかなり弱かった。
「3体だった事と関係あるのかね? もしかして合体すると完全体になったとか」
「やめてよ、コワい想像しちゃうじゃない」
そうだったりすると、前回の黒曜竜戦以上の苦戦でボロボロになる、なんて事も有り得たワケだ。
似たような事をリナリーも考えたらしく表情が硬い。
「仮定の話だ。これ以上は考えても仕方ない。神域に戻った時にイグニスに聞けば何か分かるかもな」
「今はそれしか浮かばないかな。イグニス様以上に知っている可能性のある候補者も思いつかないし」
結論のでない事をあれこれ考えるより今はメシだ。
思考の整理のために止まっていた食事を再開するとしよう。
こんな時のために神域で作り置きしておいたのが役にたった。
疲れて何もする気が起きない時のための準備が、これほど早く出番がくるとは。
ちなみにメニューはというと、ジェノベーゼもどきのパスタと白パン、コーンみたいなポタージュと果物のジュースがテーブルの上に並べられている。
もどき、とか、みたいな、とかいうのは気にしない方向で。
「それはそれとして、コアの説明がまだされてないけど?」
お互い思い出したように食事に集中していたが、リナリーが、また手を止めて質問を口にした。
「んあ? ああ、あれな。鉱石竜のコアの異相結界に触ったら、干渉出来るようになったんだよ」
「なっ! ……コワい事するわね~、イグニス様に人間以外のものに変身する可能性もあったみたいな事言われてなかった?」
「言われてたけどな。でも後でまた確認したら、おおもとのイグニスの結界に接触しても変化がなかったから、おそらく他の異相結界に触っても何も起こらない、みたいな事も言われてたんだよ。生物としての格がどうのって話らしいけどな」
「まあ、イグニス様以上の生命体って事実上いないに等しい、か。同等で他の祖竜の方たちぐらいだから……それを凌ぐ情報体なんてないよね……」
「そう。それをあの時、薄っすらと思い出したからやってみたんだよ」
「その思い切りの良さは時々、尊敬する……」
「一応は勝算があってやった事だぞ? そうそう人間辞めてたまるかってーの」
やれやれといった感じのリナリーだったが、説明が終わった事で別の事が気になったらしく、視線が背負い袋に留まっている。
「それはいいけど、どうするの? ソレ」
「そうなんだよな。里で色々と実験してもらいたいけど、安全性がな。異相結界を解いても平気なのか、龍脈ど真ん中の里で放置しても大丈夫なのか、確認しなきゃならん事が山ほどある」
異相結界を張ったせいで無限収納に入らないから、それを経由して送れないって問題もある。
おそらくは異相結界を解けば収納可能。しかし、だからといって現時点では裸のまま収納するのも送るのもコワすぎる。
結界で覆ったまま収納するなんて考えた事もなかったわ。
収納が無理な理由として、魔力的な機能が衝突でもする、とか?
「しばらくはオレの異相結界で覆って様子見するしかないか。収納できないってのは不便だな……」
とにかく、この場で異相結界を解くのはリスクがあり過ぎる。
どんな手段で復活されるか分かったもんじゃないからな。
せっかく倒したのに目先の欲を優先して復活されたら目も当てられない。
「遅かれ早かれ、思いついたら実行してたでしょ? しばらく不便なのは身から出たサビね」
「否定できねえ……」
万象石のリセットが可能になるかもと思い、どうしても手に入れたかったんだよ。
あらゆる魔法に適合する魔石。
一見して魔法を込めることが可能な魔石である魔法石と違いがないように思えるがそうではない。
魔法石の場合は毎回、使いたい魔法をその都度込める。
それも、対応した属性石といわれている魔石にしか込められない。
ちなみに生活魔法程度なら一般的な魔法石でどうにでもなるが、それ以上の戦闘に使用可能な魔法となると石の純度の高さが必要になってくる。
そうなると数もないしで、お値段爆上がり。
対して万象石は一度魔法を込めると、術式そのものを記録して後は魔力の補給のみで、いつでも発動可能になるので利便性がまったく違う。
書き換えが出来なくても、強大な魔法が込められる万象石の価値は計り知れないものがある、らしい。
それに、同じ大きさでも込められる魔法の規模が段違いとくれば、その有用性は言わずもがなだ。
その有用性を更に追求しようという事で、多少の無理をしてでも手に入れたわけだ。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、コアを覆ってる結界の出力が変わったような……」
何もしてないのに、供給する魔力が減ったような。
何かの前兆だったらイヤだし、ちょっと確認。
「別段、何か変化してるわけじゃないよな……」
背負い袋から取り出して上下左右と隅々まで確認したが、結界が消えてるなんて事はなかった。
今、気が付いたが、オレの異相結界の展開規模が増加している感じがする。
新たな情報体を取り込んで性能が上がった?
でも、それで消費魔力がここまで極端に減少するって、ある事なのか?
こうしている間にも徐々にだが、どんどん減っている。
魔力の流れはどうなってるか見てみるか。
これって……魔力の供給元がオレからコアに少しずつ変化してる?
「なんか、自立型の結界に移行してるな……」
「えっ、何それ……どういう事?」
「どうも、オレが魔力供給しなくてもコアからの魔力で異相結界が維持されてるみたいだ。僅かに残った繋がりは――ああ、解除や発動の命令系統だな」
「放置しても特に気にしなくてもいいって事?」
「そうみたいだな――っと、やっぱり結界が在る限りは収納は無理か」
命令系統の繋がりといってもほぼ無いに等しい繋がりだったんだけどなあ。ダメか~。
オレとの魔力的な繋がりがどうのじゃなくて、やっぱり異相結界の存在自体が収納の際に何らかの機能と衝突あるいは干渉するって事か。
「ふーむ、ここで色々やっても落ち着かないし、やる事やって宿に帰ってからだな」
「姉さんや里のみんなにも聞いてみれば? 何かいい解決策があるかも」
「それもそうだな」
リナリーの言う通り、ひとりよりみんなで、がいいかもしれないな。
手荷物が増えて若干不便にはなったが、それも一時的な事だろう。
展開規模、反応速度、ともに向上しているようだし悪い事ばかりじゃなかったという事で、今は良しとしようか。
「さてと、メシも食ったし、街に戻るとするか」
「ん、りょうかーい」
無限収納にイスとテーブル、洗い終えた食器類を仕舞い込めば片付け完了。
背負い袋を斜め掛けに背負い、出発の準備も整った。
「イヤな気配に釣られて結構奥にまで入り込んだけど、ここからって街まで結構あるんじゃない? 普通に帰る?」
「面倒だからさっさと帰る」
上質なナライネを求め、リナリーの探知の習熟も兼ねて捜索範囲を街から遠ざかる形で広げたのが鉱石竜との遭遇の切っ掛けだ。
漂う魔力の微妙な違和感に途中で気が付き原因を探ろうと、更に進んだ事でかなり街から離れてしまったのだ。
普通の冒険者の足で3、4日ほどの距離に鉱石竜がいた事が驚きだが、被害が出る前に対処できたのは運が良かったんだろう。
と、そんな感じで街からは距離が結構あるが、帰るのに時間はかけたくない。
なので一番早い方法で街まで帰る事にした。
「それって、あんまりやらないほうがいいって言ってなかった?」
「ま、大丈夫だろ。一応、怪しい恰好はしとくし」
鳥のような、そんな恰好。
「それに普通に帰ったら釣りをする時間がなくなる。時間が惜しい時の移動は無駄でしかない」
言いつつ、木を飛び越える高さまで飛び上がり、異相結界を足場に、跳ねるように森の上を高速で移動。
やっぱり障害物がないと楽でいい。
足元に一瞬だけ異相結界を出現させて足場にしてるけど、大きさ的にまだ無駄が多いかな。
理想としては足裏と同じくらいの大きさで出せるようになる事。それまでは要練習だな。
高速になればなるほど、タイミングがシビアになってくるから今は大きさで誤魔化してる状態。
こういった、所謂、空を移動するというのが世間的にどうなのか。
その辺り未確認なので人前で披露するのは現在はNG。まあ奥深い森の中で誰とも遭遇する可能性もないなら使っても構わないだろう。
今、遭遇したらモンスター認定待ったなしだけど。
「なんで、そんなに釣りがしたいのか、わたしには理解できな――あっ、そういう事か。新しく作った釣竿の仕上がりを確かめたいワケね」
いやん、バレてた。
~~~~
約1時間で街に到着。距離的には、こんなもんだろう。
時刻は大体2時過ぎ。釣りを楽しむ時間は、まだたっぷりあるぞ。
早朝、夕方といった釣りに適した時間とは言いがたいが、イツツメはそれほど時間帯に関係なく釣れる魚らしいから、充分楽しめるだろう。
そう思ってたんだけどなあ。
「……釣れないね~、イズミだけ」
「ここの魚、頭良すぎねえか!?」
街に戻ってから街の中には入らずに、そのまま河川敷まで行き、そこからちょっと離れた場所で釣り糸を垂らしたが……。
釣れん! 何故だ!
なんでオレだけ釣れないんだ!?
近くまで寄ってきてる気配はあるのに!
道具はリナリーとほぼ同じだぞ? 大きさや重さが多少違うだけで、オレが自作した同シリーズの竿とリールだ。
自作といっても簡単な構造の所謂ベイトリールだけど。あ、いやこれってタイコリールか?
ホースの巻き取りリールとか、電気コードのドラムリールを小さくして竿にくっ付けた、といえば分かるだろうか。
どちらにしてもかなり単純な構造にして、あとの機能は魔法でちょっとズルをしてる感じ。
ルアーも各種取り揃えて、どんな獲物にも対応出来るようにしたしラインなんかガッチガチに強化。
そのルアーだって自力で泳ぐんだぞ。
それなりに苦労して作ったセットだから絶対いけると思ったのに!
リナリーが釣果を上げてるポイントと交換してもらったのに、それでも全然ダメだった。
初心者のリナリーが釣れて、何故オレは釣れないんだ。
「邪念があるからとか?」
「なんでだよ。こんなに純粋に釣る事に集中してるのに、どんな邪念があるってんだ」
ポイントを変えに変え、岸からかなり離れた中州、というか小島にまで来てるが一向に釣れない。
釣りを開始して2時間ちょっとでリナリーは10匹以上釣り上げてるのに、オレは未だゼロってなんでじゃ。
依頼の目標数は達成してるから、ここで切り上げてもいいけど……。
オレだけボウズって、なんか悔しい! キィーッ!
悔しいから今度はオレの修行スタイルでいく。
小島から離れた場所、上流側を前に、異相結界を足場にして川面に立つ。
目は半眼で意識を集中して、イツツメの気配を探る。
「ふッ!」
一息で白木の杭を水中に向けて撃つ!
さすがに10本同時には無理。だから一呼吸のうちに連続で。
ビシュシュシュッ! と小気味良い音で水中に吸い込まれていく白木の杭。
「よっしゃ! 撃ち漏らし無しっ! 全・弾・命・中!」
「ずるい」
「わはははっ、なんとでも言え!」
さあて、あとは引き上げるだけ~♪
杭の尻には釣り糸を繋いであるから、それをたぐり寄せる感じで回収。
サッと回収も出来るんだけど、杭に返しが付いてないから今回はそれをやると魚から抜けてしまう。なので抜けないようにゆっくり目で。
「ふっふ~ん♪ 最初からこうすればよかった」
「もはや釣りじゃないよね」
ぐっ、い、いいんだよ。結果的にイツツメは獲れたんだから。
「これだって簡単じゃないんだぞ? それなりの集中力と技術がだな」
だから未だに身体の前面っていう半分の範囲しかカバー出来ていない。
熟練者になると真後ろ以外ほぼ全てのエリアをカバーしてる。……じいちゃんの事なんだけどさ。
振り向いてそう主張するオレに向けて、呆れてる感満載の視線が。
「すごいのは認めるけど……あっ」
「ん?」
リナリーの呆気に取られた表情の、その視線の先に振り返ってみれば、
ザバアッ!!
巨大な魚が、ものすごい勢いで右手側の水中から飛び出し、これまたその巨大な口でオレの獲物であるイツツメ全てを、同時に飲み込むところだった。
は? いや、その光景は目に入ってるけど、理解が追いつかない。
ひとまとめにして、たぐり寄せてたのを全部横から掻っ攫われたって事?
そう理解するまで結構時間が経過したと思ったけど、そうじゃなかったらしい。
その証拠に、鋭い歯で糸を引き千切ったその巨大な魚はまだ空中にいた。
その大きさに若干驚いていたら、その巨大魚と目が合った。
ニヤリッ
野郎、笑いやがった!
気のせいじゃない、確かに笑った! デカいからっていい気になりやがって!
「うぉのれ! 許さんッ!!」
「イズミッ!?」
このオレから横取りとはいい度胸だ!
無限収納から木刀を出し、異相結界の足場でヤツの着水予定地点に先回り。
木刀に今までで最大の羽子板障壁をまとわせて、思い切り身体をひねり引き絞る。
くっくっく、こいやあ!
巨大魚の目が驚愕で見開かれているが、もう遅い!
「往生せいやあっ!!」
ドガァッ!
ヤツの左側面、上流側に向かって、これでもかと羽子板を叩き付けた。
ドバッ! ドバッ! ドバッ! ドバッシャーン!!
幾度かの豪快な水切りのあと、大きく水面を跳ね、派手な水しぶきを上げてヤツは落水した。
ぷかぷかと浮いて、こちらに流れてくる巨大魚に目を向けるリナリー。
なんともいえない表情をしている。
「ものすごい八つ当たりを見た気がする」
「人のものを盗ろうとしたんだぞ、当然の対応だ」
確かに浮かれていた隙を突かれたのは認めよう。
しかし、その事に対して腹を立ててぶっ飛ばしたワケじゃない。
あのバカにしたような目で笑われた事にだって、別に、という感じだ。
盗むというその行為に、頭にきただけです。
全く釣れなくて、杭を飛ばして無理矢理釣り上げた事を見透かしたような、そんな顔に見えたからカッとなったように思うかもしれないが、気のせいだ!
誰がなんと言おうと、あのニヤリ顔でブチっときたワケじゃない。
「どう見ても釣果ゼロをバカにされて頭にきてたようにしか見えなかったけど。イズミが言うならそういう事にしといてあげる」
「むう、まあいい。ストレス発散出来たのも、ある意味アイツのおかげだからな」
流れてきた巨大魚を見やり、言いながら魔力で操作した糸をその巨体に遠隔でぐグルグルと巻き付ける。
見た目ほどは重くない巨大魚を引っ張り上げ、本日の釣果を確かめた。
「これで淡水魚って絶対間違ってるよな。余裕で5メートル以上、10はあるか?」
「そう? 目の前で見ると、さすがにビックリするけど、大型の川魚としては珍しくない大きさよ?」
そうなのか? あ~、そいえば、なんか里で宴会の時に聞いたような気がするな。
「異世界の醍醐味といえば醍醐味なんだろうけど、これを川魚と呼ぶのは抵抗がある」
ふむ、とどめはいらなかったか。
ショック死か打撲死か、とにかくお亡くなりになってるからさっさと収納しちまおう。
「なんかもう釣りって気分じゃなくなったな。この辺で切り上げるか? どうせこの騒ぎで魚なんか逃げちまっただろうし」
「これだけ派手にやったらさすがにねえ。いいんじゃない? イツツメはわたしが釣ったのがあるし。わたしが釣ったのが」
「うわ、二回言ったよ、この娘っ」
~~~~
ドヤ顔のリナリーを引き連れてギルドまできた。
といっても着ぐるみの中の表情までは分からないが、漂う魔力の気配がなんかドヤってる。
夕方に近いこの時間から徐々に混み始めるらしく、建物の中は結構な賑わいを見せていた。
「さっさと手続きを終わらせたいけど、窓口が空いてないな……先に解体所で巨大魚を査定してもらうか……」
「依頼達成の手続きは明日の朝でもいいんじゃない?」
小声で言うリナリーに、「そうだな」と頷き、解体所に向かう事にした。
解体所は朝の時間帯とは違って数人が作業中だった。
その中で一際目立つのは、声を張り上げて指示を出しているガルタのおっちゃん。
目立つ理由はその風貌、特に頭部が光り輝いているからではない。と思う。
そんな中、目ざとくオレを見つけたガルタのおっちゃんは、ニカっと笑い
「おっ! どうしたニイちゃん! いい獲物でも手に入ったか」
と、ドスドスっという足音が聞こえそうな勢いでオレの所までやってきた。
「ほぼ無傷で手に入れたはいいけど、いい獲物かどうかが分からないんだ。自分で調べるのも面倒だからここに持ってきた」
「便利に使えとは言ったが、昨日の今日でワケのわからんものを獲って来たのか」
「イツツメの捕獲の邪魔をされたから、ついでにね。――これなんだけど」
無限収納からドスンと赤黒い巨大魚を出してみたが、屋内のせいか外で見た印象より大きく感じる。
それはそうか。この解体所が大きなスペースがあるといっても、いきなり10メートル近いもので場所を占有されたら手狭に感じるよな。
「っ!! 何を獲って来たかと思えば、こりゃあ……カラゴウザじゃねえか……」
おっちゃんの驚きようを見て気がついたが、解体所の作業者も全員手を止めてアングリと、って表現がピッタリな表情をしていた。
「しかもこの大きさ……異常成長した個体か。っと、待てよ? 確かコイツは……」
何かを思い出したのか、カラゴウザを屈んで調べていた手を止め、すっくと立ち上がるおっちゃん。
「おい! ジェン! いるか!?」
え、ジェンが解体所にいるの?
「はい! 何ですかあ?」
外に続く開け放たれた扉の影からジェンが姿を見せた。
植物で編まれたお洒落目な小さなカゴを持ち、そこから何かつまみ上げ、口に入れて飲み物と一緒に飲み込んでいた。
よくこんな場所でものが食えるなと感心しちまう。
だって周りは、言っちゃえば屠殺場のようなもんだよ?
そんなところで平気で女の子が食事って豪胆過ぎるでしょうよ。
「来たか。早速だが見てくれ。――コレなんだがな」
「カラゴウザですね、しかも異常に大きな。あ、それであたしを呼んだんですね」
「そうだ、確かコイツは討伐、捕獲依頼が来てなかったか?」
「ありましたねえ。なかなか発見出来ずに暗礁に乗り上げてた案件です。漁の邪魔はする、網は壊すしで頭の痛い問題になってたんですよ。そのうち人も襲われるんじゃないか、なんて言われてたので早急の解決が望まれてた依頼ですね」
そういう依頼もあるのか。害獣扱いって事か。
「なかなかにずる賢い個体で、見つけるのも容易じゃないと評判でしたが……それにしても大きいですね、誰が捕まえてきたんで――え、あっ、イズミさん?」
ジェンは小柄だからなあ。カラゴウザの影で見えなかったか?
そうだよ、オレだよ、オレオレ。詐欺集団のクズどもの台詞みたいだな。
「おう、さっき帰ってきてな」
「おかえりなさい――って、そうじゃなくてですね。イズミさんが討伐してきたんですか?」
「あ~、なりゆきで?」
「ついでで捕まえてくる獲物じゃないんだがな……」
説明しろ、みたいな表情の二人に、午前中のナライネ採取の後、河で釣りをした事。
リナリーの存在は適当に誤魔化しつつ、自作の釣竿の事や2時間ほど全く釣れなかった事も説明。
そしてその後に、強引にイツツメを釣り上げてる所を横取りされ、それを仕留めた場面をちょっと思い出しイラっとなりながらも、その事も説明に加えた。
「カッとなってやった」
「そんな、犯罪者じゃないんですから」
大きな汗の描写でもされそうな表情でジェンにそんな事を言われたが、まだ腹の虫は完全には治まってない。思い出したら腹立ってきた。
「それにしても、なんで最初は釣れなかったんだ……?」
「なんだ、イズミはボウズだったのか? ……二人してオレの頭を見るんじゃねえよ」
おっと、失敬失敬。ボウズって単語に反応しちゃったよ。
言われてジェンも苦笑いで視線をサッと逸らした。
「道具は充実してたはずだけど、釣竿だと全く当たりがなかったんだよなあ」
「面白ぇ仕掛けだな。カラクリもだが、魔法的な機能も盛り込んだのか? 釣竿にここまでやるって聞いた事ねえぞ……」
取り出した釣竿に興味を示したおっちゃんに手渡したが、覗き込むジェン共々微妙な反応だ。
「少し魔力を流しましたか? 仕掛けの魔力と反応した痕跡が微妙に残ってますねえ。生き物が警戒しそうな魔力が僅かに感じられますけど。これのせいで魚が寄り付かなかったのでは?」
「え゛」
いい泳ぎをさせようと魔力を流したのがいけなかったって事?
確かにリナリーは余計な事はしてなかったような……。
「マジか……集中したのが裏目に出たのか」
オレがちょっと落ち込んでいると、猪バージョンのリナリーが前足で乗っていたその肩を、ほら見なさいと言わんばかりに、パンパンッと叩いてきた。
「うおっ!」
「きゃっ!?」
いきなり動いたから二人ともビックリしたみたいだけど、そんなに?
「そ、それ、動くんですか? ただの変わったお洒落アイテムじゃなかったんですね……」
『変わった』と『お洒落』が同時に成立するかは微妙だけど、今日会ってからリナリーが動くまでジェンの中では痛いヒト扱いだったとか? うそん。
「子供がお気に入りを連れて歩くアレと同じだと思ってたぜ……」
可愛そうな子扱いはやめて!
「くっ 使い魔っていうかゴーレムみたいなもんだよ……ちょっとおバカだけど」
後ろ回し蹴りとかどこで覚えた!? 側頭部への前足の連撃のあと後頭部直撃したぞ!
こう言っておいたほうが、後々便利だろう?
「そ、そうか。ところで、このカラゴウザはどうする? というかジェン、扱いはどうなる?」
回し蹴りの後もオレの頭にポカポカと当り散らしてるリナリーを見て顔を引き攣らせてる、おっちゃんだったが、これ以上は触れないほうがいいと思ったようで別の話題に。
ジェンもそれに乗っかる形で、これ以上の追求はしてこなかった。
「そうですね……大きさと尾びれの色、身体の傷も、おそらく手配されていた個体に間違いないかと。というか、この大きさで疑いようがないと思います。仮に別の個体がいたとしても、討伐対象に変わりはないはずですから」
リナリーはこのくらいの大きさは珍しくないって言ってたけど、この辺りだと珍しいのか。
里のみんなが言ってたのは、どこで獲った話だったのかね?
「なら、時間外ですまんが討伐依頼の完了手続きに回してくれ。オレは査定のほうを終わらせちまう。買取はどうする? 全部換金するか?」
前半はジェンに向けて、後半はオレに対して換金の意思の確認だ。
見た目が若干グロイし、美味い所があるとは思えないけど、もしあるなら確保しておきたい。
「美味い部位があるならそこだけ残して換金、かなあ」
すると、意外な事にカラゴウザという魚は捨てるところがないくらい色々な料理に使えるそうだ。
なら、とりわけ美味い部分を見繕ってという事で。
それを聞いたおっちゃんが「そうか!」と何やら嬉しそうにしてたが、こういう時に役得があるらしい。
残った部位を、職員の希望者が買い取れる事になっているとか。
もちろん一人当たりの買い取り量は上限が定められているが、いち早く手に入れられるとあって、臨時ボーナス的な扱いのようだ。
このシステムもあってか、この仕事は希望者が意外と多い。
とはいえ、滅多にない事だとは言っていたが。
手続きのためにカードを渡し、ジェンが解体所から出て行くのを見送った時に気がついた。
「あ、ナライネとイツツメの採取依頼の手続きもしてもらうんだった……」
「なんだ、そっちが本題だったのか? ならここで済ませちまえ。一応、ものは確認させてもらうが、その間にジェンも戻ってくる。二度手間にはなるが、それもまあ仕事のうちだ。カラゴウザも優先的に回してやれば文句は言わんだろうさ」
なら、お言葉に甘えて。
査定額としてはなかなかのものになった、と思う。
ナライネが100株10万ギットと、イツツメ18匹で2万7千ギット。
端数は無限収納の中だ
査定の途中で「数がおかしいが……それより、やけに質のいいナライネだな……どこまで行ってきたんだ」と少し呆れていたおっちゃんが、何やら思案顔でこちらを向いた。
「イズミ、こういう時の優遇措置ってのがあるが、それは聞いてるか?」
「?」
「採取依頼ってのは報酬が原則一律なんだが、高い品質のものを一律で引き取るのは、それはそれで問題があってな。だからこういう場合は選べるんだよ、報酬に買い取り額の上乗せ分を加算するか、冒険者としての実績ポイントのほうに加算するかをな」
「へぇ、そんなシステムになってるんだ。ん~、金は欲しいけど、それは稼げばなんとかなるだろうし、そこは実績のほうかなあ」
「そ――」
「そうですか、イズミさんはそのほうがいいかもしれませんね」
おっちゃんの台詞に、ちょうど本館から戻ってきたジェンが言葉を被せてきた。
「すみません、イズミさん。まさか、初っ端からその説明がいるとは思わなかったものですから」
「いや、それは全然いいけどな」
申し訳なさそうにしていたジェンだったが、オレの言葉でホッとしたような表情に変わった。
その後、おっちゃんとナライネの採取数やら何やらの確認が終わると、ここでもカードを使った手続きは可能なようで、手早く終わらせ現金を持ってやってきた。本館に戻ったのは討伐依頼の確認と手続きだったのか。
「採取と合わせた報酬がこちらになりますね。しめて62万7千ギットです」
カラゴウザのほうは50万もする依頼だったの?
これだけあれば武器や魔法書の類が買え――
「まさか、さっそく武器屋に行こうとか思ってないでしょうね?」
オレの耳をひっぱり、猪の鼻を押し付けてきたリナリーが、ドスの効いた声で思考の先回りをしてきた。
「まさかっ」
「「ん?」」
いけね、つい声に出てたよ。
「ああ、いや、何でもない何でもない!」
おっちゃんもジェンも、クエスチョンマークが飛び回ってるけど、追求するほどではなかったか。
しかし、なんでこんなに報酬が多いんだ? 1匹だけなのに。
「指名手配されていたようなものですからね。だからこの金額なんです」
よっぽど困ってたって事ね。それならまあ、納得できる額ではあるか。
手続きが終わって、少しのあいだ3人で雑談という名の情報交換? をして、その時の話で、なんでジェンがここにいたのかの理由も教えてくれた。
職員の勤務形態が早番、遅番のシフトを敷いてして、今日はジェンは早番だったと。
とくに用事のない時は、勉強も兼ねてここで解体の見学や時には手伝いもするそうだ。
あまり長い事話し込んで、おっちゃんの邪魔になっては悪いと、あとは次の目的地に向かおうかという流れに。その際にオレが市場にブラブラしに行くと言ったら、ジェンもちょうど買い物に行くという事で、二人で解体所をあとにする事になった。
「時間が時間だからな、遅くなるようだったら送っていってやれよ」
おっちゃんのなんだかニヤニヤした顔が気になったが、それを断るのも憚られた。
たぶん、オレの査定と手続きがなければ、ジェンはもっと時間に余裕をもって行動出来たはずなんだよな。
「了解~、じゃあまた頼むよ」
「おう、気をつけてな」
おっちゃんに挨拶を済ませ、この場を後にする。
解体所の外で待っていたジェンのもとまで行き声をかけた。
「じゃあ、行くか」
「は、ははは、はい! い、行きましょう!」
なんかキョドってるけど、まあいいか。
~~~~
市場は夕食前という事もあってか、結構な人出。
お互いはぐれるというほど酷い混み方じゃあないだけ、まだマシか。
「ジェン、はぐれるなよ」
「わたしは、そこまで子供じゃありませんってば!」
「いや、オレのほうが、はぐれそうだから念を押しておこうと思ってな」
「クスッ なら、そう言って下さい」
見た目で言えば、どう見てもジェンのほうが迷子になりそうな感じだけどな。
「ブラブラするって言ってましたけど、何か欲しい物でもあったんですか? なんでしたら、わたしが案内しますよ? こう見えて、わたし結構、この市場に詳しいんです」
ちょっとドヤ顔で胸を逸らせて自慢げだ。
うーん、ないと思ってたけど結構あるな。
いや、胸がね。
おおう、速攻で「どこ見てるの」って突っ込みが猪の鼻先から入ったぞ。
目に入ったんだから仕方ないだろう。
「ゴホンッ、欲しいものっていうか、食べたいものだな。奥に入った所に、美味いもの食わしてくれる店があったから、また顔を出そうかと思ってな。でも、どうしてもってわけじゃないから、ジェンの買い物優先でいいぞ」
「ふふっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えますね。でもそこも行きましょう。わたしも久しぶりに行きたいです」
「よし、じゃあ、そうするか」
「はい」
ニコニコ顔が相変わらずタレ目で愛嬌があるな。
奥の屋台に行きたいって言葉が、無理してる感じじゃなくてよかった。
ジェンの買い物に付き合って、一緒に市場を見て回ったが、予想以上に見落としがあったようだ。
というか、やっぱり朝と夕方だと店先に並ぶものが多少違うらしく、初めて目にするものが多かった。
当然ながら、そういったものは即買いだ。食材ならリナリーも文句は言わないからな。
前回のキアラと同じく、ジェンに解説してもらって正直助かった。
ジェンの買い物も目的のものは揃ったようで、じゃあ、行きますかという事になった。
人混みの中を進んできたが、やはり目的地に近づくにつれて人足が減っていくのが分かる。
「なにが変わったというわけじゃないんですが……なんか雰囲気というか、そういったものが前と違う気がしますね……」
「やっぱりそうなのか? キアラもそんな空気は感じてたみたいだけど……まあ、今は食い物屋台に行くのを一番に置こうか」
「そうですね」
しばらくジェンと連れ立って、入り組んだ屋台街を進む。
あんまり迷う事無く来れたな。「目的地周辺です、ナビを終了します。お疲れ様でした」はい、お疲れ様でした。って、おい! まーたオレの知識から余計な遊びを思いついたなリナリー。
「おーい、また食い散らかしにきたぞー!」
「散らかすな、散らかすな。なんだまた来てくれたのか? こんな奥まで物好きだな」
「美味いものがあるなら、どこにだって行く。それがうちの家訓、いやポリシーだったかな?」
「がははっ、いい加減な家訓だな。今日は他の屋台のも食ってくってんだろ?」
「正解!」
まずはおっちゃんの所の餃子、いやコルドゥーニだったか。
他にも食指が動くものが、ちらほらとあるので今日は存分に味わうとしよう。
まずは手始めにおっちゃんトコのコルドゥーニを貰おう。
とりあえずは三つということで代金を台に置く。
何も言わずにオレの意図を理解してくれたのは、さすが商売人というべきか。ちゃんと一つずつ三角形に折った葉っぱに餃子を入れてくれた。
その一つをジェンに手渡す。
「はいよ」
「えっ、あの……?」
「あ、もしかしてダイエットでもしてる? いや、そんなわけないか、ジェン細いもんな」
「そんな、細いだなんて褒められると照れちゃいますねえ。 って、そうじゃなくてですね。えっと、いいんですか……?」
ん? オレの顔と自分の餃子を交互に見てるけど……ああ! お金を払わなくていいのかって言いたいのか?
「遠慮しなくていいって。オレの用事につき合わせちまってるんだしな」
それに、こんな安い値段の物でおごったなんて言い張るのもなあ。
「クスッ そういう事なら遠慮なく頂きますね」
「それでも気が引けるって言うなら身体――」
お約束の台詞を言おうとしたら、ぐいっと耳を引っ張られて『身体で払わせようとか言う気?』という鼻息の荒くなったリナリーの言葉に、見事に打ち消された。軽い冗談なのに。
「はい?」
「いや、何でもない!」
ジェンとしては、オレの今の一連の不審な行動がよく分かってないっぽいし、まあいいか。何がいいんだか分からんけど。
とりあえず歩きながら食べるのもという事で、二人で店の前で食べる事にした。
接客の邪魔にならない程度にわきに避けていたが、オレたち以外に客がいなかったから関係なかった。
餃子を口にし、それぞれの感想を、美味い、美味しい、などと言い合っていると、ぐいぐいと耳を引っ張られた。
いや、忘れてたわけじゃないって!
「ほいよ」
肩越しに猪のぬいぐるみに餃子を手渡すと、両手で抱えたかと思ったら、あっという間に口のなかに吸い込まれた。器用にも葉っぱの包みだけ残して。
「何度見てもわけが分からんな……」
おっちゃんのその言葉に、苦笑いしか返せない。
ジェンを見れば、両手で持った餃子にかぶり付いたまま目を見開いて固まっていた。
なんかリスみたいだな。
ドガァ!!
どうすんだ、この空気、と思っていたら、遠くのほうで大きな音が。
この区画の入り口付近から聞こえたような。
「ちっ、あいつらまた来やがったのか……」
そう渋い表情で呟くおっちゃん。
いったい――
ドガッシャー!!
「なにするんだい、あんたたち!」
少し離れた場所で女の人の声が聞こえてきた。
「うるせえ、ババアッ!! こんな通り道に置いてるのが悪ぃんだよ! 見ろ! コイツの足が折れちまったぜ、どうしてくれんだ、ああ!?」
「ああ~、いてえ、いてえよ~! 痛くて暴れちまいそうだ~、なッ!!」
ドガッドガッ!!
うわ、いかにもなヤツが、いかにもな事を喚き散らしてるよ。
いてえとか言いながら、宣言通り暴れてやがるし。
気分がいいもんじゃないな。
オレが足を踏み出そうとしたその時、いつの間にか近くに立っていたおっちゃんに肩をグッとつかまれた。その事に少し驚いたが、振り向いてみれば、おっちゃんは小さく首を振っている。
……部外者は余計な事に首を突っ込むなって事か。
いや、オレをトラブルに巻き込ませまいとする気遣い、という所かな。
「酷い……」
ジェンの、その呟きに顔を見てみれば、今にも泣き出しそうな顔をしてその光景を見つめていた。
何か声をかけるべきかと考えたが、事態の変化にそちらに注目せざるを得なかった。
「クックックッ、やめなさい、お前たち。こんな場所でも懸命に生き抜いてるんだ、少しくらい道に何かが転がっていても大目に見てやりなさい」
足元に落ちた、近くの店のものであろう食材を踏みつけながら、周りの数人の男たちに言う紳士風の男。
暴れていた男たちは、その言葉に従いながらも、下卑た笑いを顔に貼り付け、含み笑いのまま周りをねめつけている。
この紳士風の男が一番上の立場っぽいな。
その男が先程まで暴れていた男たちを引き連れ、ねばっこい視線を周囲に這わせながらこちらにやってきた。
その様子をじっと見ていたおっちゃんも含め、この周辺の店主は皆一様にピリピリした気配を漂わせている。
うーん、なにやら不穏な空気だねえ。
10万PV、2万ユニーク達成、ありがとうございます。
いつの間にかという感じですが、本当に嬉しい限りです。感謝、感謝(´∀`)




