第四十話 色々と予定外の事があり過ぎる
ちょうど、こんな夕暮れ時だった。
赤く焼けた空に、ヒグラシがカナカナと鳴く。
無性に何処かに帰りたくなる、そんな切なさを孕んだ情景。
あれは、いつだったか。
釣りに出かけて、その目的地の川原で黒い綺麗な石を見つけた。
その川原では、探すと結構見つかる類の石だったが、何故か妙に惹かれ釣りに来ていた事を忘れて収集に没頭した。
川原だけじゃなくて、川底まであさって探しまくった。
後になって知ったが、その綺麗な黒い石は黒曜石だった。
どれも尖っていて、そのくせ表面がツルツルで、見つけた時は妙に嬉しかった。
それがきっかけで色々な石を探しては集めるようになったのは間違いないと思う。
紫色の石、緑の石、青や乳白色や透明なものまで、探せばあるもので、かなりの種類を集めた記憶がある。
あの透明なのなんかは、なかにはダイヤも混じってたんじゃないか?
言われなくても、そんな事は有り得ないのは分かってる。でも、そう考えるとなんか楽しいじゃないか。
思えば、それが事の始まり……
その全てだったかも知れない……――
「なに綺麗にまとめてんのよ」
「なんであんな事したのか説明しろって言うから」
「要するに、自分でも忘れてた収集癖が、ここに来て顔を出したのかニャ?」
「目の前にたくさんの武器が並んでるのを見たら、どうにも……」
「我慢できなかったと」
武器屋に寄った、その後、何故か河川敷の公園に来ている。
宿に帰るとリナリーの行動が制限されるという事で、まずはここで色々と聞く事にしたらしい。
リアルに小一時間ほど問い詰められております。
腰に手をあて、はぁ~、と大きな溜め息で、どうしたもんか、という風情のリナリー。
いや、どうしてくれようか、の方かもしれない。
「今までは、一種類しか武器を使った事がなかったけど、実際にこの目で実用可能な武器を見たら、無性に欲しくなったんだよ」
「イズミの稼いだお金だから、本来ならどう使っても構わないとは思う。わたしとしては無駄遣いはあんまり許容したくはないけど、どうせ反省も後悔もしてないんでしょ?」
「大変、遺憾ではあります!」
「残念にも思ってないでしょうが! なんで他人事な感想が出てくるのかしら……」
「逆に考えるといいんじゃないかニャ?」
「どういう事?」
いまいちピンときていないリナリーだが、オレもピンときてない。
逆とはいったい?
「今日はなんとか一軒で正気に戻ったけど、他の店に行って気に入った武器とかあったら、どうする気だったニャ?」
「コレクター魂が火を噴くぜ!」
「そんなものが火を噴いたら全力で消火するわよ!」
わおっ、すんごいデカい水流槍だ。
火どころかオレごと消えちゃうぞ、それ。
「まあまあ、落ちつくニャ」
キアラのその言葉で、仕方無しといった風に水流槍を消すリナリー。
あれ、舌打ちした!?
「で、武器を集めるなんて行動が完全に予定外だったなら、本来はどうする予定だったニャ?」
「そうだな……しばらくは街の様子を見て回ったり、趣味に没頭しようかなとは考えてたな。図書館で色々と読み漁ったり、自堕落な生活送ったり」
「んニャ~、趣味にお金が必要かは分からないけど、図書館に行くにも屋台を冷やかすにもお金は必要ニャ。だから今回の事で、とりあえず自堕落な生活は選択肢から消えて稼ぐしかなくなったのニャー」
「うっ……って、つまり何が言いたい?」
「積極的に武器を買い漁るために、稼ぎまくるって方針に転換すればいいんじゃないのかニャ?」
「おおっ!?」
「おおっ、じゃないでしょっ! 買うのを控えれば済む話よね!?」
「多分、無理!」
「やる前から諦めた!?」
収集癖ってそういうものだからな。
オレとリナリーの問答の様子を見て苦笑いのキアラが話を戻すように続ける。
「コレクター魂って豪語するくらいだから、無目的に働くより、そのほうがやる気が違ってくるんじゃないかニャ~なんて思うニャ」
「……確かに、そのほうが気分的には前を向いてる気がするわね……」
「後ろ向いてても前には進めるけどな」
おう、そんな怖い顔して睨むなよう。可愛い顔が台無しだぞ。
リナリーからは目を逸らして。ついでに口笛でも吹いてこの場の空気を誤魔化そうかしら。
しかし、オレのその行動よりいち早く、リナリーが表情を変えて大きな溜め息。
「はぁ~。残り1万ギットの所で踏みとどまったのは、イズミのせめてもの良心からなのかしらねえ……」
「にゃはは。そうかもニャ~。それにしても散財の仕方が豪快というか何というか……予想もつかなかったニャ」
冷静になってみれば、そう思うのも無理ないかもしれないな。
普通は自分の使い慣れた得物以外は、そこまでして手に入れようとは考えないだろう。
武器による恩恵が生活に密接に関係してくる職業だと、余計にそういった考えにはまず至らない。
使わないもの、扱いきれないもの、そんなものに金を出すなんて非効率もいいところだ。
値段だってバカにならない。いくら安い普及帯の価格の武器だとしても10万くらいだし。
それ以下ってなるとナイフやダガー、小剣の類か。それでも5万とかするからな。
「言い訳をさせてもらえば、だ。今回、武器を買い漁ったのは集めて愛でるだけが目的じゃないからな?」
「コレクションのためじゃなかったの?」
「当然使う。見るだけで何が楽しいんだって話だ。とはいっても武器本来の使い方なんだから、これもある意味、愛でる事になるのかもな。あとは改造とか自作のために現物が欲しかったのも大きい」
「なんだ……結局、戦う事に集約されてるのね……納得」
「そこで納得しちゃうリナリーも、そっち側にいる証拠ニャー」
「うぅ……やだなぁ」
何が不満なんだ。
とまあ、よく分からない感じで話がまとまった。
という事にしておこう。
行動に優先事項が加わったのは仕方ない。
目新しい武器を目にしたら多分買うのを我慢できないから、稼ぐのを第一位に置くしかないのは、まあ妥当だろう。
そうなると明日からギルド通いが始まるわけだが。
「その事なんだけどニャ。明日から2、3日は顔を出せないかも知れないニャ」
「そうなのか?」
「薬草関係の資料整理と、仲間に修行で一時抜ける許可、または修行に付き合ってもらうための説明とかで時間を取られる可能性があるニャ」
「そっか。さすがに無断でって訳にはいかないもんな」
修行の日程が具体性を帯びた事で、キアラの方でも色々と根回しが必要なようだ。
研究の資料にしても、オレに説明するにもある程度は確認が要るのだろう。
明日から少しの間、キアラとは別行動になるがギルドと宿の場所さえ覚えていれば問題ない。
一応、明日からのオレの行動を把握しておきたいというキアラの意向で、その話はパン色の犬でする事になった。
と言っても、これといった確実なプランがあるワケでもないので、依頼票を見てからでいいか、というグダグダな感じの意見で一致した。
それと、修行内容や修行場所を聞きたがったキアラだったが、当日までのお楽しみという事でそれはお預け。
食事を部屋まで運んできたミミエさんとの雑談で、ギルドに通勤する話題になっったので、その経緯をキアラが説明すると
「分からなくはないかなぁ。私も刃物集めるの好きだし」
という、なんとも微妙な感想が返ってきた。……笑顔がちょっと怖い。
ちなみにキアラの食事代は店側のおごり。
ガングボアの現物、プラス解体費用の事を考えるとオレの滞在期間中は、毎食一人や二人増えても問題ないと。
キアラも急に予定が詰まった事もあり、食後に少し雑談した程度で家に戻る事に。
「イズミを野に放つのは若干不安だけどニャ」
またまた、ご冗談を。
なにひとつ不安な要素なんて見当たらなくってよ?
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お、受付以外の仕事もしてるのか。
建物に入ると見知った顔が依頼票が貼り付けてある区画にいた。
ジェンが依頼票の追加やチェックをしている。
「そんなにお金に困ってるなら、購入したものを少し売ってみては?」
翌日、依頼を探す為にギルドへ足を運んだリナリーとオレ。
朝一でギルドに現れて、手頃な依頼はないかジェンに尋ねた。
昨日は依頼を積極的にこなそうという空気がなかったのに、今日になって依頼の事を聞かれた事で、何故急に? となったジェンに事のあらましをざっくりと説明。
と、その反応である。
最もな意見が返ってきたなあ。しかしだ。
「せっかく買ったのに困窮したからって、すぐに売り払うってのはバカのする事じゃないか」
「どの口がそれをいうのかしら」
最近、突っ込みが厳しいなリナリー。
ご丁寧にも、オレにだけ聞こえるようにしゃべってる。
「もしかして、手に入れたものはなるべく手元に置きたい性質ですか?」
オレの言い分を聞いたジェンは、困り顔ではあるが笑顔で予想を口にした。
「ん~、そんな感じだな」
どうしても、という場合以外は極力手放したくないというのが本音だ。
食材にしても道具にしても、今は必要なくてもいつか使うかも、などと考えてしまう。
要するに貧乏性なんだろうな。
「そうなると、新たに売却用の素材を手に入れるか依頼をこなすか、ということになりますね」
「そうそう。そこで依頼完了までの流れを知りたいのもあって、何か採取系のヤツがあればと思ってな。オレの階級だと、値の張る素材の依頼なんかは受けられないんだろ?」
「ですねえ。階級超えの素材を持ち込む事自体は出来ますけど依頼は受けられません。そもそも階級超えの獲物を狩ってくる人がそれほどいませんから、あくまで可能だというだけです。安全性と効率を考えれば、低い階級の冒険者がわざわざ危険を犯してまで階級超えに手を出す理由がないんですよ。まあ、ギルドとしてはそういうバランスになるように階級別に依頼を調整、割り振っている訳です」
そこまで話して、ですが、と続けるジェン。
「イズミさんの場合、手っ取り早く稼ぐ方法としては有効かもしれませんね。冒険者になってもいないのに2級、3級の獲物を持ってきたようですし。ただ、ギルド側から言わせてもらうと、歪な状態は早く解消して欲しいのが本音ですね」
「歪な状態?」
「上級の力がある者を、下級で遊ばせておくのは勿体無い、馬車馬のように働かせろ。というのがギルドの考えなんですよ」
「それがギルドの利益にも繋がるから?」
「実際の思惑は私には分かりかねますけど、そんな所でしょうねえ。個人的にも力量に相応しい仕事をして頂きたいな、とは思いますが」
「……考えとくよ。オレがそれに当てはまるのかは、さておきな」
「ふふ、そうですね。事情も人それぞれですからね」
厄介事にさえならなければ、短期で階級を上げてもいいとは思うが……果たしてそう上手く事が運ぶかどうか、なんだよな。
目立つとトラブルになるのは、人が集まる所では避けられないと個人的には思ってる。
日本でだって出る杭は打たれる、なんて言われてるくらいだから、人間社会ってのはそういうもんなんだろう。
ま、今は考えても仕方ないか。
「そういえば手頃な依頼でしたね。これなんかどうです? 採取系の依頼で手頃だと思いますよ」
ちょうど整理をしていた依頼票がオレの希望に沿ったものだったようで、ジェンは笑顔で依頼票を手渡してきた。
ナライネの採取 5株単位から 報酬5000ギット
イツツメの捕獲 3匹単位から 報酬4500ギット
この二つの依頼だった。
ひとつは定番といえば定番な、薬草の採取だ。
通年で採取可能な魔法植物ナライネ、それをある程度の数を揃えておくための常時依頼。
もうひとつは、これも数を確保しておくための常時依頼だが、植物ではなく魚だ。
こちらは毒線が役に立つものらしく、いくらあっても困らないという。
「常時依頼なら、二つ同時に受けても問題ないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。あ、ついでに私が手続きしちゃいましょう」
「ああ、そうしてくれると助かる」
昨日座っていた場所とは違う、依頼処理側のカウンターで2枚の依頼票と手渡したカードで手続きを手際良く終わらすジェン。他の人の手際を見てないから何とも言えないけどオレから見たらそう見えたのは確か。
「ナライネは分かりますか?」
「そうか、そういえば名前だけじゃ、どうにもならないよな……何か実際に見るとかって」
ゲーム世界系ファンタジーじゃないから鑑定なんて便利なスキルや魔法がないんだよな。
いや、もしかしたらあるのかも知れないけど、少なくてもイグニスは何も言ってなかった。
イグニスの場合その膨大な知識によって、自身が鑑定の魔法そのものと言えなくもないけど。
「一応、書物にも図解付きで記載されていますが、やっぱり実物を見たほうが理解し易いですもんね。――そうですね、ちょっと待っていて下さい」
そう言って奥に消えたジェンが何やら小さめの木箱を持ってきた。
「これが、ナライネとイツツメですね。手に取ってもらって構いませんよ」
ジェンの言葉に甘える形で、実物を隅々まで確認。
「いいのか? こんな事してもらって」
「ふふふっ、イズミさんには特別ですよ?」
いてっ! なんだよリナリー!
なんか洗濯ばさみで挟まれたような痛みなんだけど!
肘と膝で背中の肉を挟むなって!
「な~んて。大した手間でもないですし、採取系は間違った物を持ち込まれたりすると、それはそれで選別にひと手間かかってしまうので、職員の裁量でこういうのもアリです」
ただし、時間がある時だけですけどね。と、タレ目の笑顔に納得させられた。
ふむ、これはやっぱり近いうちに図書館に行くかして資料を頭に叩き込んでおくべきだな。
「ありがとな、助かった。さてと、それじゃ早速行ってくるわ」
「はい、無理はしないでくださいね。あ、こんな忠告もイズミさんには余計なお世話でしたね。ふふっ」
「いや、そんなことはないと思うぞ。そういう気遣いだけでもやる気が違ってくるからな。何気ない事でもかなり嬉しいと思うヤツはいるんじゃないか?」
「……イズミさんもですか?」
「ん~、オレも例外じゃないな。ジェンみたいに可愛い子から言われたら、素直にうれしいって感じるのは」
「そ、そそ、そうですか」
俯き加減に目を逸らしたジェンだったが、どこか嬉しそうだ。
そりゃあ、嬉しいって言われれば誰だってイヤな気はしないだろうしな。
嘘じゃないんだから、こういった事は素直に口にしてもいいだろう。減るもんじゃなし。
ていうか……なんかさっきから首筋を噛まれてるような気がする……ジェンと話してるとリナリーが不機嫌になるのはどういう訳か。
と、とにかくだ。
「じゃ、じゃあ、行ってくる」
「はい、頑張ってくださいね!」
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さて、やって来ました街の外。
ジェンから聞いたおすすめの採取エリア。
初めてカザックの街に来た時に通った門を出て北に少しの場所。
森というより雑木林といった感じの所だな。
いつ聞いたかって?
ああそうさ、場所が分からず、あの後戻って聞いたさ!
ちょっと気まずかったんだからね。
「ここまで来れば平気よね?」
フードから肩に乗り出して辺りを確認するリナリー。
「そうだな、感知でも他に人間はいないみたいだしな」
いつまでもリナリーに不便な思いをさせるのも心苦しいので、気にしなくても済む場所まで移動してきた。ジェンが勧めてくれたエリアから更に普通の冒険者の足で4、5時間の移動が必要な場所。
都合がいい事に奥に行けば行くほど品質の高いナライネが生えているという。
とはいえ採取でこんな所までくる冒険者は滅多にいないらしい。
初級、下級冒険者が探索するには距離的にも、遭遇する生物的にも些か厳しい場所であるらしく、こんな奥まではまず来ないと。
採取目的で来ても、いろんな生き物にちょっかいを出されて、採取に集中できないのもその理由らしい。
中、上級になると腰を据えて奥まで採取にくるパターンもあるにはあるが、余程の金欠でもない限りは、採取量や遭遇する生物的にも、もっと割りのいいエリアに足を運ぶそうだ。
「どうやって採取するの? 初の依頼だから地道に歩いて見つける?」
「それは時間がかかり過ぎるな。感知の別バージョンの探知でやればお目当てのものもすぐ見つかるだろ」
この察知系の魔法、オレの場合、目的別に改良して名前を付けて使い分けている。
索敵と感知は似ているが、索敵は生物の大きさ、魔力、距離と出来る限りの情報を集めるための魔法。感知はどこに何があるかを大体把握するだけの索敵の簡易バージョン。
探知は、感知にアレンジを加えて魔力の質ごとに対象を選択する、まさに探し物専用のような魔法。
「あたしはまだ探知がうまく機能しないのよねえ。索敵や感知だったらいけるのに」
「対象の魔力を覚えて、同じものを探すってのが面倒なんだよな確かに。選り分けの時に情報が混ざって精度が落ちる」
「そうなのよねえ、なんとかならないコレ?」
「オレの場合、記憶能力に依存した力だからな。助言のしようがないんだよ。オレとしては能力なしでそのレベルって、すげえと思うけどな」
「えへへ、そ、そうかな」
「でも、オレと同じ精度を目指してるなら、数をこなすしかないだろうな」
「はぅ、やっぱり、そうだよね。イズミが使ってるの見るとすごい便利そうなんだもん。使いたくなるのよね。ま、いっか、時間はあるんだし、あとはやるだけってね」
お? なんか妙に機嫌がいいな。
いつも褒めてもそんなにいい反応じゃないのに何があった?
ああ、久しぶりに誰の目も気にする事無く、しかも思う存分魔法が使えるからか。
「じゃあっと、早速やってみるか!」
「うん!」
ギルド会館でジェンに現物を触る機会をもらったので、それを余さず活用しよう。
ナライネの見た目もだけど、主に魔力特徴を頭に叩き込んである。
当然イツツメも同じ要領でデータベース化完了済み。
それでは探知魔法、発動。
足元から円盤状に薄く広範囲に魔力を展開。
目的の魔力に触れれば、方角と距離が分かるこの魔法。
感覚で言うと、音が聞こえる感覚に近いかもしれない。音はしないが継続した音がどこから聞こえてくるか、その発信源が知覚できるといった感じだ。
これ、他人と共有できたら便利なんだけどな。改良すればなんとかなるのかね?
おっと思考が逸れた。それは、いずれって事で。
おお、結構あるな~。
入れ食いとまでは言えないけど相当な数のナライネが、そこかしこに生えている。
直径100メートルの範囲でも、その数40~50株といったところか。
片っ端からスコップで掘り起こしてっと。
どんどん無限収納に放り込んでいく。
とりあえず魔法で作った保護ネットのようなものを根の部分に覆っておくのも忘れない。
「どうだー? こっちは粗方回収し終わったぞー」
「ん~、こっちも見つける事は出来るけど、精度がイマイチ」
「いや、だいぶ良くなってきてるだろ。――おっと、さすがにこの辺りまでくると、突っ掛けてくるヤツがいるな」
言いながら胸元のポケットから極細の白木の杭、というと格好良さげだが、要するに太目の団子の串だ――を取り出し、同時に放つ。
現れた獲物の眉間に吸い込まれていく。
ギュッ! ギャッ! グゴォッ!
なんて鳴きながら、それを断末魔に倒れ伏す熊っぽい生き物たち。
強化した白木の杭に脳天を貫かれても、お構い無しに襲い掛かってくるかと警戒したが、そうはならなかったようだ。生物としての基本構造からは外れてなかったか。
ファンタジー世界の理不尽ってヤツをちょっと期待してたけど普通の生き物でした。
「これはどうみても熊っぽいけど、種類が分からん。やっぱり図鑑系のデータは必要だな」
神域の近辺で見る巨大熊とも違って、ちょっと小さいが、それでも3メートルは超えてるか。
しかし素材としてどうなのか、味はいいのか。
そこの所の情報が全くないから扱いに困るんだよな。
あ、いや、無限収納にぶち込むだけの簡単なお仕事ですが。
「相変わらず容赦がないよね。やっぱり物足りない? そりゃあそっか、イズミの基準はあの二人だしね」
「そうだな~、早いとこラキの事をなんとかしないと腕が鈍るな」
「そうねえ、早くしないとラキちゃんがどんな態度とるか」
「うっ、それを言うなよ……ただでさえ出てくる時に号泣されながら舐め回されたんだから」
「あははっ、でもまあ2、3ヶ月くらいは待ってくれるでしょ」
「……だといいんだけどな」
こっちの準備が整う前に押しかけて来る可能性が無きにしも非ず。
仮にそうなったとしたら、どうしよう……考えてもどうにもならない事は考えないようにしよう。
うん、それがいい。
「それはいいけど、どうする? 帰るには早いし、もうちょっと奥まで行ってみるか?」
「そうね、まだお昼にもなってないしね。それにもう少し探知の魔法を練習したいかな」
「じゃあ、昼に街まで戻れる場所まで行ってみるか。で、午後からは釣りだ」
「あ、午後は趣味に費やすワケね。りょーかい」
「一応、仕事なんだが……」
おい、なんで、『えっ、そうなの?』みたいな顔してんだ。
~~~~
「ねえっ! わたしたちってナライネの採取にきてたよね!?」
「そうだなっ!」
「じゃあなんで、こんな事になってるの!?」
「知らん! こいつらに聞けよ! っと、やっぱりしぶといっ!!」
異相結界とレーザーブレスの全力展開。
オレとリナリーは互いの死角を補うように立ち回り、敵対者と戦っている。
敵対者
そう、鉱石竜と。
しかも複数の。
「くっそ! 小さいっつっても鉱石竜か! 藍見鉱竜だったか!?」
「そう! 青色で光りが乱反射する身体は確か、そんな名前だったはず!」
全長はワッパーより若干小さい10メートル弱、しかし、ずんぐりとしているので遥かに大きく見える。前回の黒曜竜に比べるとだいぶ小さいが、それでもその特性は鉱石竜のものだ。
3体に囲まれないように移動しながら常に3体を視界に納めるようにたちまわるのも一苦労だ。
しかし、オレとリナリーも2ヶ月前のままじゃない。
それにこいつ等の攻撃は、黒曜竜に比べると2枚も3枚も落ちる。
複数の厄災とはいえ、黒曜竜ほどの圧力は感じない。
様子見はせずに全力戦闘。久しぶりの全力戦闘にいささか高揚しているが、そこは冷静に、だ。
とにかく相手に何もさせない事が肝要。
遭遇して鉱石竜と分かった瞬間からオレとリナリーはリミッターを外し、ヤツラがこちらを認識した瞬間にレーザーブレスの雨を降らせてやった。
その際のリナリーの台詞は「完全に闇討ちね、ちょっと卑怯くさい」だったが。
きーこーえーなーいー!
その後、リナリーの遠距離魔法攻撃と異相結界、魔法障壁で1体を分断し、レーザーブレスと神樹刀でその1体の外殻を削りまくっている。当然その外殻は収納済み。
どこまで削れるかの耐久レースだ。
「あ、そうだ忘れてた! リナリーッ!」
「なにッ!? わっ! わわっ!! いきなりこんな怖い物、投げないでよ!」
ポケットから取り出し、リナリーに向かって放り投げたのは幻想の雫だ。これでリナリーの魔力切れの問題は解決だな。
「これは反則じゃないかって気がするんだけど」
いそいそと胸に仕舞い込んだリナリーの顔が、若干の困惑の色に包まれているのは、際限のない魔法攻撃を加えろというオレの意図に気が付いたからだろう。
ちょうどいい、神域を出て腕が鈍りそうだったオレとリナリーにとってこの相手は好都合だ。
分断していた1体の体表を、尻尾を、レーザーブレスと斬撃で削り、切り落とし、その全てを回収。
地脈のエネルギーの遮断結界陣も施術済み。回復手段なんぞ与えん!
ブレスのモーションなんか見えようもんなら、魔力糸つきの拳大の鉄球で頭をボカスカと狙い撃ち。
そして、斬って斬って斬りまくる!
どのくらいの間、そうしていたか定かじゃないが、再生速度が落ちてきたあたりで身体の中央にコアの反応。
よっしゃきたー!
「イズミ!」
「分かってる!」
異相結界を藍見鉱竜を拘束するように身体の各部に展開。
複数のレーザーブレスを一点に集中しつつ、神樹刀は高速振動開始!
「いけぇーッ!!」
藍見鉱竜のコアに向けて突進。
渾身の突きを繰り出す。
コアを覆った小さな6角形の集合体である異相結界の、その1枚を狙い撃ちでブレスで負荷をかけ粉砕したのは、突きが繰り出される寸前だった。
ドンピシャのタイミングだ!
抵抗なくコアに吸い込まれた神樹刀。
1秒たったか、2秒たったか。
パキィィィンッ
澄んだ音と共にコアに大きな亀裂が入り、藍見鉱竜は、その動きを止めた。
「ふぅ、割と早く片がついたな」
「こっちー!」
おっと、まだ向こうで2体を抑えてるんだった。
まずは1体をリナリー側から引き剥がしてっと。
横合いからレーザーブレス撃ちまくったら簡単に釣れた。
「リナリー! 倒せそうなら倒しちまっていいぞ!」
「無茶言わないで!」
「できる、できる!」
「もう! 分かったわよ!」
いや、普通に2体を相手に意識を逸らすための牽制のみとはいえ、危なげなく戦闘してたんだから、1体なら、よゆーよゆー。
そうは思うが、すぐにでも助けに行けるようにさっさと片付けるか。
効率優先で行こうか。
接近戦では噛み付きや尻尾の攻撃、圧し掛かりなんかの事故が怖いからちょっと趣向を変えよう。
レーザーブレスと鉄球で牽制しつつ、異相結界で足場を形成し上昇、目標の30メートル直上で見下ろす形で空中に陣取る。
これなら被害は最小限にできるはずだ。
バスケットボールサイズの魔力粒子球を形成しながら真下に向けて照準。
何かを悟ったのか、その場を退避する素振りを見せたジェレミア。
しかし、そうはさせない。
異相結界で拘束。一瞬でいい。
「落ちろォ!」
魔力粒子球の完成と同時に通常のブレスを真下に開放!
ズゴォォオオッーーー!
地響きと共に土煙をあたりに撒き散らしながら目標ごと地面をえぐった。
「このくらいじゃまだまだか……いや、あと少しか?」
見るからに再生力は落ち、動きも鈍っている。
おっと、あぶねっ!
土埃が舞う中からブレス撃ってきやがった。
新たな足場に移動済みだからかすりもしなかったけど。
「じゃ、これでどうだ?」
こんな事もあろうかと、ある物を無限収納に入れてある。
無限収納から取り出したるは、巨大な岩。
それを、そのまま重力にまかせて落とす!
ブレス開放時に消していた異相結界を再度、展開して藍見鉱竜を拘束。
オレ自身は更に上空に移動してから頭から自由落下。
身を屈め、足元に出した異相結界を蹴る。
目標に大岩が着弾。
重量物に押しつぶされる、ゴシャッ! というイヤな音。
しかしこれで終わりじゃない。
間髪入れずに、反転し魔法障壁を足元に展開したオレ自身が砲弾と化して大岩に衝突。
その衝撃に耐えられずに、周囲の木々をなぎ倒しながら大岩が勢い良く砕け散る。
そして、刀を逆手に構えたまま落ちてきた勢いそのままに、がら空きの背中に神樹刀を突き立てた。
ギュイォォーーーッ!!
その咆哮が合図かどうかは知らないが、コアの気配を感知。そして切っ先には異相結界の手ごたえ有り。
斬る、斬る、そして斬る!
藍見鉱竜の背の外殻を、果物の皮を剥くが如く剥ぎ取っていく。
異相結界があらわになった!
よっしゃ、さっきと同じ手順で――。
と、待てよ……?
今まで考えた事もなかったけど、これにオレが触るとどうなるんだ?
イグニスが言うには異相結界それ自体には攻撃能力はないみたいな事を言ってたから、触るのは問題ないはず……。
それに、既に異相結界が使えるんだから……ええいっ! 面倒くせえ!
とにかく! 何も問題はないはずだ!
バシィッ!!
叩くように異相結界に左手を置くと、何かがオレの中に流れてくる。
形容しがたいエネルギーの奔流がオレの中を駆け巡る。以前と同様の感覚。
理解した。
これ、壊せるじゃん。
試しに、今、触っている1枚を握り潰してみる。
パキンッ
壊せたよ。
正確には、こちらから干渉して存在を維持できなくしただけ。
ま、結果だけ見れば壊したのと変わりないか。
よし、さっさとコアの機能を停止させよう。
ん? 待て、待て待て待て!
こいつの異相結界を壊せるって事はだ。
思いついた事を実行するために、拘束用の異相結界を更に増やす。
そして、コア周辺も更に斬り広げて作業し易いように。
半分近く露出したコアとそれを覆う異相結界だが、これから何をするかと言うと。
まず、露出した部分の異相結界を全て壊していく。
って、暴れるな!
次に、埋まっている側のコアと異相結界の間にある、わずかな隙間に手を突っ込む。
で、残った裏側の異相結界を片っ端から壊す。
よしよし、完全に無防備な状態になったぞ。
さて、オレが思いついた事が出来るかどうか。
隙間に突っ込んだままの両手で今度はコアを抱え込む。
そして引っぱる!!
「むおっ!? ダメか? いや、いける!」
むぐぐぐぐっ!
ブチブチブチブチッ!
何かが引き千切られる音が確信させる。
おそらくこれは魔力路が千切れる音。
「むおおおおおっ! しゃあーー!!」
ブチィッ!!
コアが完全に藍見鉱竜から抜き出されたのが、抵抗がなくなった事ですぐに理解できた。それに伴い地に崩れ落ちる藍見鉱竜。
ふっふっふ、目論見通りだ!
「獲ったどーッ!!」
直径にして40センチほどのコアを右手で掲げ、一度は言ってみたかった台詞が思わず出てしまった。
おっと、このままだと何があるか分からないから、今度はオレの異相結界で覆っておこう。
ん? この状態だと無限収納には入らないのか。
しょうがない、久しぶりに背負い袋を使うとしよう。
いけね、結構時間食ったな。
リナリーの援護に向かわなきゃ。
と思ったら、なんかリナリーと藍見鉱竜が戦闘そっちのけで、こっちを凝視してるぞ?
50メートルと離れてない場所で戦闘を繰り広げていたはずが、いつの間にかそんな事になっていたようだ。
一応リナリーも油断なく対峙していたようだが、攻撃の手が止まってる。
よい、しょっと。
トーン、トーン、とリナリーの戦闘の邪魔にならない位置まで跳んだところで、リナリーがハッと我に返るような表情。
「信じられない事するわね……」
「どれの事だ?」
「全部よ!」
お? 今のが切っ掛けになったのか、ジェレミアが攻撃態勢になったぞ。
「もう! イズミのせいで仕切り直しよ! あとちょっとだったのに!」
「オレのせいか!?」
ん~、言われた通り、さっき横目で見た時よりちょっとだけ回復されてるなあ。
地脈の力は切り離してるから、何かしらの回復魔法か?
「あ~確かに悪い事したな。じゃあ、オレは援護に徹するわ。リナリーの思うようにやっていいから」
「……ん、ありがと……」
これ以上は怒るに怒れないし、援護はありがたいしで、戸惑ってる?
とりあえず、相手はやる気だ。
気を引き締めていってみようか。
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リザルト ―― 完・勝!
打ち合わせ通り、オレが援護で、リナリーがメインのアタッカー。
この布陣で戦闘に突入した結果、戦いにおける理想。相手に何もさせずに屠る事に成功。
リナリーは異相結界を展開しつつ、常に移動して的を絞らせず、水流系、氷雪系の魔法で牽制。
要所でレーザーブレスを撃ち込み、外殻を削っていく。
オレはといえば、異相結界で相手の行動を阻害――嫌がらせとも言う――しながら、せっせと尻尾を切り落とす事に専念。
藍見鉱竜の注意を分散させた事で、お互いにかなりの余裕が出来た事もあり、途中からは、自分の出来る事を確認しながらという訓練じみた戦いに終始した。
しかし、それでも魔力にものを言わせて圧倒する事が出来た。
勘を取り戻すようにオレとリナリーは攻撃のテンポを上げていき、終盤まで息切れせずに戦えた。
ところが、止めを刺すという段階になって、リナリーの表情が渋いものに変わる。
『わたしって、ここから先の決め手を持ち合わせてないのよね……さっきはなんとかしてみせるって思ってたけど……』
と、自分の手札の中に、オレの神樹刀に該当するようなものがないというのを思い出し、悔しさを滲ませていた。
『いや、今回はそれである意味助かった。とどめの手段は今度一緒に考えよう。だから、今はちょっとオレに譲ってくれ』
『いいけど……って、もしかして』
了承の言葉を聞いて、異相結界でガチガチに拘束。
先程と同じ手順でコアを露出させ、コア側の異相結界を干渉破壊。
『なんで結界を握っただけで壊せるの……』
『それも後で説明する。今はコレを引きずり出す!!」
オレの作業を間近で見ていたリナリーが呆然としているが、今はさっさと決着をつけてしまおう。
『ふんぬぅーッ! おおおーーーッ!』
ブチィッ! という魔力路を千切る音を合図に、藍見鉱竜の動きが止まった。
『よっしゃ! 二つ目のコア確保ッ!』
以上、戦闘終了。
「無傷のコアを掲げてたのにも目を疑ったけど、その入手方法も目を疑うやり方ね……」
辺りに散乱している藍見鉱竜の外殻や、本体を無限収納に放り込んでいると、リナリーがそんな事を口にする。
「そうか? 理屈が分かれば納得出来る結果だと思うけどな」
「ちゃんと説明してもらいますからね」
「分かったって」
ふぅ、とりあえずは無事に切り抜けられたな。
久しぶりに本気の戦闘でちょっと疲れたし腹が減ったぞ。
ちょうどいい時間だし昼飯にしようかね。
それにしても……予定外にも程があるなあ。
ちなみに藍見鉱とは、完全に造語です(´・ω・`)




