第四話 実感
目の前が光に包まれて数秒。
光が徐々に薄れていくと周囲の輪郭がはっきりしてきた。
転送によって送り出されたのは森の中。
雨でも降った後なのか、木漏れ日にキラキラと水滴が照らし出されている。
濃い緑の中に光が散りばめられ、幻想的な光景が目の前に広がる。
陽の高さから、まだ昼前。
確認するように見上げると木々の間から雲一つ無い空に白い月が浮かんでいるのが見えた。
それも二つ。
大小二つの月が並んでいるのを見てここが地球ではないと急に実感めいたものが沸き上がる。
小さな方は地球の月と同程度の大きさに見えるが大きい方は5倍以上の大きさがある。
ロシュ限界とか大丈夫なのか? とちょっと心配になるような大きさだ。
「ここがルテティアか……」
目に映るもの全てに圧倒され、自然と言葉が漏れ出た。
地球でもよく見かける樹木とは別に、見たこともないような植物もそこかしこに生い茂っている。
しばらくそれらに目を奪われていたが、ハッと我に返る。
じっとしていても仕方ないか。
どちらに向かうか逡巡していると、ある方向からわずかに引きがあることに気が付いた。
魔法が使えるようになったせいなのかは定かじゃないが、地球に居た頃には感じたことのない奇妙な感覚だ。
現状、何の判断材料もないという理由で、その感覚に従ってみる事にした。
クイーナの説明では、ここは特殊な結界内で安全は折り紙つきとのこと。
とりあえずの安全が保障されてるのなら、好奇心を優先させても問題ないだろう。
引きのある方向に歩みを進める。
そう長くは無い距離を歩くと森が途切れ、視界が広がる。
それを目にした瞬間、思わず息を呑んだ。
そこには恐ろしく巨大な木が天地を貫いていた。
樹齢にして数千年どころか数百万年と言われてもおかしくないほどの巨木。
その巨体を支えるに相応しい巨大な根。
幹の直径が100メートル以上もありそうな、地球の常識では考えられない大きさの木だ。
物語の中で世界樹と呼ばれるもの。
思わずそんなことを考えてしまうほどイメージとの差異がない。
どうやらここが不思議な感覚の中心地のようだ。
妙な吸引力の原因を確かめるように巨木に近づくと若干その力が強くなったような気がした。
その幹から続く根に腰を下ろしつつ見上げる。
「この存在感みたいなものが妙な感覚の正体か?」
オレには魔法は使えても、まだ魔力を充分に感知する事が出来ない。
しかし、わずかに感じた違和感の正体が魔力だとしたら、この巨木自体が魔力を放出しているのかも知れない。
そこでふと思いつく。
案内人を探すにしても、この森を出るにしてもすぐにという訳にはいかないだろう。
特に森を出る選択をするには方向もはっきりしてない上、危険に対応できるかどうか怪しい。
案内人を探す場合も、あてもなくフラフラしていたら見つかるものも見つからないだろう。
だとしたらここを拠点にして探索をするほうが効率がいいかも知れない。
離れていても巨木の位置が感知出来るなら迷う心配がない。
「そうと決まれば、落ち着ける場所の確保だな」
まだ午前中っぽいが、まずは寝床になる場所を見つけておくか。
眠くなってから準備するのは億劫だ。
しばらく巨木の周辺を歩き回って見つけたのは巨木の根が洞窟のようになった場所だった。
広さは4畳ほどで風雨が凌げていい感じだ。
その中に落ち葉を集めて敷き詰めることにした。
落ち葉と言っても1枚が2畳程もある巨木の葉っぱだ。それを数枚持ってきて敷いてみた。
ここを探している時に周辺に何枚も落ちているのを見てベッド代わりに出来ないかと考え、良さそうなものを持って来たのだ。
結果として寝心地もそこそこの、くつろぎ空間が出来上がった。
靴を脱いでしまうのはやはり日本人の性か。
あとは水と食料の確保だ。
実を言うと食料のほうはあまり急いではいない。
クイーナが持たせてくれた荷物を確認したらあのクッキーもどきが半月分ほど入っていたからだ。
それと一緒に、クイーナとの連絡用の名詞ほどの大きさの金属プレートが入っている。
これは絶対に失くすわけにはいかないな。
まあいつでも繋がるかは口ぶりから怪しいかったが……。
着替えのほうは、諦めるしかないか……。
着の身着のままこちらに来てしまったから、しばらくは制服で我慢するしかない。
ポケットに入っていた携帯電話は背負い袋に入れてある。ここでは使いようがない。
カメラ機能を使う可能性もなくはないが、記憶できるしな。
さて、当面の目標は水の確保。
水源が見つけられなかった場合、最悪は植物から確保するしかないのか?
と考えて、あるものが目に入る。
巨木の葉っぱ。
「……もしかして食えるか?」
いざという時のために、まだ気持ち的、体力的に余裕があるうちに色々試しておいたほうがいいだろう。
分厚い葉っぱの端を千切って匂いを確かめる。
うん、臭くはない。
一応クイーナが言うには、ここには人体に害のある植物はほとんどないらしい。せいぜいが食べて1分以内に腹を下す、ただそれだけの機能を持った植物が生えてるとかなんとか。
超速攻の下剤とか十分に強烈な害だと思うけど、その植物自体見つけるほうが難しいくらいの植物らしいのでコレは大丈夫だろう。たぶん。
他の植物もだが、もし毒だった場合はクッキーもどきの解毒作用に期待しよう。
千切った葉を食べてみる。
「……おっ? 意外と美味い」
絶品という程ではないが、甘みがあってちょっと硬い感じもするが食感は葉物野菜のそれに近い。
充分に食料として使えそうだ。念のため少しクッキーもかじっておく。
食材を敷物にしてるのは気が引けるが、それはそれ。
これである程度クッキーは節約出来るな。
非常食として出来るだけ残しておくべきだろう。
葉物野菜だけってのも飽きそうだから、せめて何かしらの果実なんかも見つけておきたい。
森の中を探索するなら、色々と欲しい道具があるけど、生憎と手元にはないから作るしかないか。
周辺を探して見つけたのは黒曜石と何かの動物の角らしきもの。
火山帯でよく見かける石だが、この辺りもそうなのかな?
これを使ってナイフを造る。
石を使って適当な大きさに黒曜石を割る。
丁度いい大きさの黒曜石をまた石を使って大まかに握りの部分と刃の部分の形を整える。
あとは動物の角の先をつかって刃の部分を細かく剥離させて刃をつけていく。
柄の部分にはツタっぽいものを巻いておく。
ついでに鞘も作る。
と言っても木の枝を4本使ってアルファベットのAの形に組んでツタをグルグル巻きにするだけ。
刃の部分が剥き出しにならなければいい様にしただけの造りだ。
ベルトを通す輪も作っっておく。
慣れていないと、これらの作業に結構時間がかかるが、そこは何回か経験させられているのでそこそこの時間で仕上がった。
いざと言う時に経験がものをいう、というのを実感出来たのは良いのか悪いのか。
幼い頃から両親に連れられての、アウトドアと言う名のサバイバル訓練がこんな所で役に立つとは思わなかった。
普段から海外の奥地でサバイバルのような生活をしているのに、何故そんなに好きなのか。
うちの両親はオレが小学校高学年になる頃には既に海外での仕事が多かった。
年に数回の長期休暇以外はほとんど日本には帰ってこないのだが、その数回の帰国時に必ずキャンプ系のレジャーに行きたがりオレを同行させるのだ。もちろんレジャーといっても稽古つきの。
そういう時くらい純粋にレジャーとして楽しみたかった。
しかし今こうしてその経験が役に立っているのだから、人生とは分からないものだ。
と自分を納得させてみる。
ちなみに両親は現在も海外だ。元気にサバイバルしていることだろう。
まだ造っておきたいものはあるが今はとりあえずナイフだけでも充分だ。
さて、水を探しに行くか。
陽が沈むまで探索した結果、巨木から300メートルほど離れた所に岩の間から水が染み出ている水源を見つける事ができた。
食料になりそうな物もいくつか見つけ、その中で持ってきたのはキュウリに似た果実。
見た目はちょっと太いキュウリなのに、味はほぼメロンというものだった。
ズッキーニの見た目で味がメロンだと最初は脳が混乱したが。
だがこの状況で糖分は貴重だ。正直ありがたい。
葉っぱとメロン、少量のクッキーで気分は虫、な食事を済ませると完全に陽が沈んでいた。
夜空に大小の月がくっきりと浮かびあがり世界を照らす。
満月にむけて満ちていく時の所謂十三夜月というやつ、かな?
「明るいな……」
本が普通に読めそうな程の光量。
月の大きさからいって明るいだろうとは思っていだが、ここまでとはね。
さすがに昼間と間違うような明るさではないが街灯の下にでも居るようだ。
陽が落ちて大分経つが寝るには早すぎる。
寝るまでの時間を魔法と体術の鍛錬にあてることにした。
まず3日間クイーナに教えてもらった事の復習から始めるとしよう。
魔法の練習は体内の魔力を認識することが何に置いても重要らしい。
開放処置で薄っすらとだが体内の魔力を感じる事が出来るようになった。
次はそれを体内で循環させる。
最初はここで手こずったが、血が全身を流れるイメージを重ねたらうまくいくようになった。
これを長時間持続させればさせるほど物理的身体強化につながる。
慣れれば寝ていても出来るようになるらしいが、まだそこまでは無理のようだ。
というか普通は睡眠を魔力回復にあてるために、まずやらない。
循環だけでもわずかずつだが魔力を消耗するため寝てる間もとなると、相当な量の魔力がないと持続出来ない。それに循環を行っていると魔力の自然回復が行われず寝てる間に魔力枯渇になってしまう可能性が高い。一番効率のいい回復手段である睡眠を、犠牲にする価値があるのかという事で行われなくなった強化方法のようだ。
加えて、魔力量によって費やせる時間が左右されるのだから他の訓練も行っていたら際限なく永続強化をできる訳がない。
それ故に魔力量の限界値によって物理的身体強化の度合いも人それぞれということになる。
自然回復量が消耗量より上回っていれば永久機関の出来上がりだと思っていたが考えが浅かったようである。
循環させる魔力量を増やしたり、循環速度を上げたりと様々なパターンで身体中に巡らせる。
物理的身体強化の流れはそんな感じだ。
これと、ほぼセットなのが魔法力強化。
循環させた魔力を今度は放出する。
一点に集めて打ち出す方法と身体全体から放出する方法とがあるが、一点に集めて放出するのが初心者向きで基本というのが一般的な認識のようだ。
この段階で放出される魔力は所謂無属性と言われるものだ。
事象変更のイメージを加えると属性や様々な効果が現れる。
イメージなしの無属性魔法は物理的干渉力がほとんどないので安心して撃ち出せる。
イメージの有り無しで、なんでそんなことになるのか不思議で仕方ない。
そう思ってクイーナに聞いたら「説明出来ない事もないけど、脳の細胞や構造、原子、分子なんかの専門的な話になるけど聞く?」と言われ、知らなくても問題ないならと断った。
オレに理解できるとは思えん。
クイーナが説明できるほど理解してるというのが悔しい、というか信じないぞ。
出来るだけ魔力を集めて放出、という作業を繰り返すことで一度に放出できる魔力の量を増やす事が出来るようになる。
蛇口を無理矢理広げ放水量の限界値を増やすとでも言えばいいか。
一度に放出できる魔力量が増えれば魔法の規模も拡大できるし、魔法構築の速度にも影響する。
それと同時に自身の魔力量も増やすことが目的でもある。
この魔力量を増やすというのは効果的な方法がある訳ではなく、魔力放出を行って枯渇と回復を繰り返すことで自然と増えていくそうだ。
王道だな。
クイーナは風船を膨らますようなものだと言っていたが、ピンとこないなあ。
質の向上という観点から見れば、魔力の高密度化と高効率化に尽きる、ということらしい。
魔力量に関して言えば限界値になれば成長はそこで止まるので、それまでは修行あるのみだとか。
そしてもう一つの強化。
精神強化はいまいち良く分からない。
魔法を使うことそれ自体が精神強化の方法だと言っていた。
考えるな感じろっ! と言ったのは考える必要がないからか?
『難しいこと考えても、あんまり結果は変わらないよ?』
と苦笑気味にクイーナはオレに言った。
どうやらちゃんとした理論はあるようなのだが知っていようがいまいが影響しないと。
そんなものなのか? と若干疑問に思ったが深く考えない事にしよう。
一連の作業を一通り終えて体術の鍛錬に移る。
体術の鍛錬と同時に魔力循環が出来れば効率も上がるのだが、平行しての鍛錬はまだ無理だ。
相当難しいけどね。とはクイーナの言。
オレとしては、なんとなく出来そうだなと思っているが実際の所どうなんだろう?
その辺りは今後の課題だな。
本当はもっと長時間、魔法の訓練をしたかったが3日間体術の鍛錬より魔法の訓練を優先していたためこれ以上はさすがにまずいと思い、体術の鍛錬を再開。
いつものメニューをこなして、しばらくしたら眠気が襲ってきたので我慢することなく眠ることにした。これからの事に不安がない訳じゃないが考えた所で状況が変わる訳でもない。
だったら楽しんでやるくらいに考えたほうが建設的だ。
目を閉じ、なかなか濃い1日だったと思いながら睡魔に白旗を上げた。
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次の日、ほぼ夜明けと同時に目が覚める。
顔を洗いたいが水がない、歯を磨きたいが歯ブラシがない。
今日はせめてその辺りはなんとかしたいなあ。
早朝の剣術の鍛錬は、落ちている木の枝を使って行った。
あとでまともな木刀を作ろうか。
朝食は軽く葉っぱとメロン、少量のクッキーで済ませ、昨日見つけた水源に向かい顔を洗い喉を潤す。そして取り敢えず指で歯を磨く。歯は大事。
すっきりして、この後の予定を考える。
今日はここでやりたいことがある。水属性魔法の練習だ。
クイーナとの練習では水の操作までは出来ても発生までは出来なかったのだ。
発生まで出来ていれば無理に水源を探す必要も無かったのだが、残念ながら間に合わなかった。
今考えると何より水属性魔法を優先するべきだったかも知れない。
早い段階で水源を発見出来たのは運が良かった。
両手に水を汲み上げそこに魔力を流してかき回すように動かすイメージを浮かべる。
するとゆっくりとだが水が渦を巻き始めた。
しばらくかき回し続けたら止める。
これを何度か繰り返したら次は水の量を増やすイメージで魔力を流す。
徐々にだが水が増え始める。
手の平から水が溢れたら止めて、水を減らしてからまた繰り返す。
ここまではクイーナの用意してくれた水でも出来た。
問題はこの次だ。何もない手の平から水を出すこと。
境界で数回挑戦した所で時間切れになってしまい、結局、何の成果もないままルテティアに来てしまったのだ。
水を出す事をイメージしながら魔力を放出する。
出ない。
何度繰り返しても出ない。増やせるのに出せない。何故?
イメージの仕方が悪いのか? うーん。
少し考え、次は周囲の空気中から水分をかき集めるイメージで集中してみる。
「おっ? おおッ!? 出た! 水が出たッ!」
嬉しくなって思わず声も出た。
しかし、何が理由で今回は水が出たんだ?
水を出すってだけじゃイメージとして漠然とし過ぎてたのか?
それくらいしか理由が浮かばないが……。
次は注ぐ魔力を増やしてみる。
「おお、結構な勢いで出てきた」
注いだ魔力の割には多く出せた気がして結構嬉しくなった。
これでわざわざ水源まで来なくても日常生活で水に不自由する事はなくなったぞ。
水を出すことが出来たのはいいがちょっと気になることがある。
このイメージの方法だと周囲が乾燥していたり炎熱等で水分が少ない環境だと厳しいんじゃないか?
それにスピードも気になる。
実戦で使い物になるか疑問だが慣れればイケるのか?
別のイメージ法でも色々試してみた方がいいかも知れないな。
……ベタな方法ではあるがやってみるか。
手の平の上にバスケットボール程度の大きさの水の固まりににするつもりで、先程思いついたやり方を同時にイメージして魔力を放出してみる。
するとバランスボール大の水の塊が出来上がって手の上にバシャっと音を立てて落ちる。
「うおっ! 一瞬でこの量か!」
方法としてはなんの事はない、無数の水分子、つまり酸素原子と水素原子が結合するイメージをしただけだ。
化学反応のように結合時に必要なエネルギーもイメージとしてあったほうがいいかと思ったが、それ無しでもいけた。デタラメだ。
意外といい加減なイメージでもいけるのか?
それにしても、イメージが違うだけでここまで変わるのか。
より詳しく具体的にイメージするのが有効なようだが確信が持てるまでは至ってない。
この辺も要検証か。
何度も水を出しているうちに、いつの間にか太陽が頭上で照らしていた。
色々と試行錯誤するのが楽しくて時間が過ぎるのを忘れていたみたいだ。
当初の目的は果たせたのでひとまずは拠点に戻ることに。
水を入れておく容器が欲しいと思ったが、土属性魔法で造るのはまだ無理。
なので大きめの石を円冠状に置いて巨木の葉っぱを真ん中をくぼませるようにして、その中に水を貯めておく。
軽く食事を終え次の予定を考える。
他の魔法も練習したいが、その前に必要なものをいくつか作っておきたい。
まずは歯ブラシ。
適当な木の枝を何本か用意して、石で叩いて水に浸けを繰り返し先端をブラシ状にしていく。
その中で良さそうなものを何本か試し、程よい硬さのものを使っていくことにした。
途中、何本か硬すぎて歯茎が血だらけになるかと思った。
それと巨木の周辺で拾った枝や木片を使って弓と木刀を作る。
木刀は黒曜石のナイフで削って、太目の木刀を作った。
持ち手の部分を多少削る程度でなかなか良いものが出来上がった。
修行にも使えて、いざという時に武器にもなる便利道具、になるはずだ。
弓も作ろうかと思ったが弦になる適当なものが見つからなかった。
そういえば矢も必要なんだよな。
面倒くせえ……弓はやめとこう。
今はまだなんとかなってるが、いずれ肉が食べたくなった時のために遠距離武器をどうにかしようとは思っている。肉は正義だ。とは誰の言葉だったか。
とりあえず投擲系の武器は、石や短槍で間に合わせるか。
よく考えれば無理に武器じゃなくても捕獲罠でもいいのか?
獲物は己で仕留めるべし、と言われ続けていたので頭から抜け落ちていた。
とは言うものの罠を使うのはなんとなく気が向かない。
言われ続けただけあって半分洗脳されてるな。
なら、攻撃魔法を早く使えるようになれって話になってくるのか。
攻撃手段としての魔法が使えるようになれば極端な話、手ぶらでもなんとかなる。
だとすれば、やはり次は火か。
人間の生活には欠かせないし、野生動物に対しても有効な対抗手段になり得る。
森の中で火属性魔法の練習はどうなんだと思ったが、水を出せるようになったのでなんとかなるだろう。
実を言うと火も発生までは至ってない。
クイーナの指導のもと、小さな種火を揺らしたり大きくさせることまでは出来たが、やはりこれも時間切れ。
というか教えてもらった魔法全てがそんな感じ。
とにかく魔力で状態変化させることが出来ないと先に進むのも難しいということで3日間はそれに慣れることに費やしたのだ。
さて。火自体を発生させるにはどうしたもんか……。
クイーナはとにかくイメージだと言っていたが、水の例も考えると漠然としたものはダメなんだろうな。
いきなり火を出そうとするから難しいと感じるのかも知れない。
乾いた細い木の枝を拾い、それを燃やす所からやってみることにした。
何もない所に火を出すより何かを媒介したほうがいいんじゃないかと思ったからだ。
枝に魔力を纏わせて先端にその魔力を集めるように動かす。
燃えている枝を思い浮かべ発熱するイメージで集中。
すると煙が立ち昇る。そして次第に枝の先が黒く焦げ、火が点いた。
「……燃えた」
思ったより簡単に成功した事に拍子抜けしたが、水を出すよりも容易なのは当然か。
水の時は物質を出していたが、今のは木に熱を発生させるイメージで状態を変化させただけだ。
可燃物さえあれば火が扱えるようになったのは大きな収穫だが、まだ攻撃手段には程遠い。
何度か繰り返し、スムーズに木の枝に火を点けられるようになったが、やはり火そのものだけを出すのはうまくいかない。
もう少しという感じはするが決定打がない。
気分を変える意味でも別のイメージでやってみる。
といっても体術、武術の鍛錬の時によくやる方法だ。
武術の鍛錬は、ただ漫然と型をなぞるのと、明確に相手や状況を想定して鍛錬するのとでは全く効果が違う。
身体の中の力の流れなども意識しイメージすることで技の理解の深度も明らかに変わる。
その入り口にあたる初歩のイメージ方法が、サッカーボールを持つように両手を向かい合わせて腕は軽く肘を曲げ、電柱を抱えるように円を描いて構える。
両足はあぐらの状態で、背筋は伸ばす。
その状態で両手の間に火の球や氷の塊があるのをイメージする。というものだ。
するとイメージしたものによって掌が熱くなったり冷たくなったりするのを感じることが出来る。
イメージが身体に及ぼす影響を体感できる方法だ。
奥義や秘伎につながる入り口の修練方法。
最初は氷の塊を両手で持つイメージをして目を閉じて集中する。
魔力は変わらず注いだまま。
段々と掌が冷たくなってくる。
いつもの感じだ。
次は火の球だ、と思った時に違和感があった。
ゴトンッ
「はっ?」
足元に氷の塊が落ちていた。