第三十六話 宿屋『パン色の犬』
「あの人の紹介で来たお客さんの中でも、飛びっきりだわ……」
リナリーの姿を見て固まる店員さん。
その反応は今までリナリーを目にした人たちと面白いくらいに同じだった。
「あのー……?」
「ああっ! すみません! ご宿泊でございましたね!」
何やら一瞬、素の感情が表に出ていたみたいだが、声をかけるとすぐに接客モードに。
「大丈夫です。お二人でのご利用で問題ありません。お食事はお部屋までお持ちしましょうか?」
「いいんですか? じゃあ、お願いします」
台帳に名前の記入を促され、イズミ、リナリー、と記入。
「イズミ様にリナリー様ですね。一応確認なのですが、窓口のほうの用件というのは……」
「今の所はリナリーの、妖精の存在を他言無用といった感じですかね。それ以外の対処は正直、宿に泊まれれば他はいいかなという感じでして」
「なるほど、承知致しました。他のお客様もいらっしゃいますが、鉢合わせ等の対策も万全のようですし、こちらもそのように致します」
自身もフードの中に居るリナリーに気が付かなかったというのを、そのフードに視線をチラリと向けて引き合いに出し、人目がある場合はリナリーはいないものとして対応するつもりのようだ。
部屋は一階の角部屋を勧められ、じゃあ、そこでという事に。
「なんとか泊まれそうニャ。って事であたしは家に戻るニャー」
「ああ、ありがとな、宿までの案内助かった。そういえば明日はどうするんだ? 適当に集合場所決めて、そこで落ち合うか?」
「またこっちに顔を出すニャ。イズミを野放しにするなんて、そんな怖い事できないニャ」
「人を頭の悪い猛獣か何かと一緒にするな」
何その、『うわぁ、マジかコイツ』みたいな表情は。
「ギルドとかのもろもろはその時ニャ」
流しやがったな。
まあいいか、至れり尽くせりの世話役をやってもらう訳だから、多少の認識の齟齬なんてどうでもいい。……という事にしておこう。
また明日ニャーと、ニパッとした笑顔と言葉を残し宿を後にしたキアラを見送り、やっと一息ついたといった感じだ。
「今のは『白のトクサルテ』のメンバーのお一人ですよね?」
キアラを見送ってから、かけられた声は店員さんのもの。
「白のトクサルテ?」
一瞬何の事か分からなかったオレに変わってリナリーが反応した。
「彼女が所属するパーティ名です。結構有名ですよ。ご存知ありませんでしたか?」
「ああ、いや。有名だってのは聞いてたんですけど、所属パーティーの名前までは聞いてなかったんですよね」
「そうでしたか。彼女たちも何度かうちの宿を利用した事があったので久しぶりに顔が見れて、少し嬉しくなってしまいまして。しかも親しげにする男の子を連れてくるなんて、と」
「そう見えるほどキアラには男っ気がないと?」
「動じませんね……お若いのに既に枯れてしまっているとは……」
誰が打ち止めか。
童貞も卒業しないうちに弾切れなんて考えたくもない。
しかし、道理でキアラが迷いなく案内出来た訳だ。宿に入った時に店員さんがオレとは違った笑顔をキアラに向けた理由もそこから来てるのね。
「話が逸れてしまいましたね。それではお部屋にご案内します」
案内された部屋は外観から想像したものから、それほどかけ離れたものではなく、テーブルやイスもセンスの良さを感じる、なかなか雰囲気の良い落ち着く部屋だった。
6畳ほどの小さめな部屋ではあったがバス、トイレが備え付きというわけではないので圧迫感がなく、広く感じる。
ちなみにトイレは共同。風呂というものはなく、布で身体を拭うか、井戸で水浴びという感じらしい。
トイレはどんな感じなのか後で確認しておこう。
「それでは、お食事の用意が出来次第、部屋にお運びしますので、それまでごゆっくりおくつろぎください」
「分かりました、ありがとうございます」
店員さんが一礼してその場を去ると、オレとリナリーはベッドに身体を放り投げ、街に着いた事をしみじみと実感する。
「うあ゛~、やっと文明に有り付いた~」
「人の生活圏っていう意味ならそうね~」
「意味ならって~?」
「生活水準はバストイレ付きで、神域のほうが良かったんじゃない~?」
二人してダレた声での会話が、今の心情をよく表してると思う。
やっと人間の暮らす場所に辿り着いたという事で、一区切りついたみたいな感じになってるんだよな。
「簡易コテージもだけど、日本と変わらない水準を目指したから確かにな~」
ふうと息を吐いて、のっそりと起き上がる。リナリーはリナリーで花のベッドを無限収納から出して窓の横の壁に設置し始めていた。
普通の板壁に花から伸びているツタみたいな茎がわさわさと伸びていき壁に張り付く。
いつでも自分のベッドで寝られるって、かなり便利だよなそれ。
落ち着いたのはいいけど、夕食までの時間は何をしようか。
というか鍛錬をしたいけど部屋の中だと厳しいな。
店員さんに鍛錬が出来る場所があるか聞いてみるか。庭がありそうな感じだからなんとかなりそうな気はするけど、食事の後のほうが良さそうだ。
とりあえず熊の魔石に魔力をぶち込んでおこう。
この熊の魔石、夜には空になってるからこういう時に助かる。
今日みたいに魔力の消費がそうでもない時は、魔力枯渇までもってく手段がないから、これがないと正直困る。
街中で大量の魔力を消費する魔法なんて使えないし。
そんな事を考えていたら、コンコンッと扉をノックする音が。
「お待たせしました。お食事の用意が整いましたので、お持ちしました」
どの程度の時間、魔石に魔力を込めていたのか分からないが、いつの間にか食事が運ばれて来たようだ。
「今開けます」
扉を開けると、先程の店員さんがワゴンに乗せた割と大き目のトレーで食事を部屋に運び入れ、テーブルの上に並べていく。ああ、この為の一階って事か。
そういえば、片付けはセルフなのかと思っていたら、声をかけてくれれば店員さんに任せていい形式らしい。
セッティングが終わり「失礼します」と笑顔で扉を閉めようとして、何故かギョッとしていたのはなんだったんだろう。
ああ、視線が床付近に向いていたから、熊の魔石を見てたのか。
驚いた理由がよく分からないが何かが珍しかったんだろうな。
それにしても、いい匂いだ。
久しぶりの他人に作ってもらった料理。
「美味しそ~」
リナリーにしてみても、オレ以外が作った料理は久しぶりという事もあって、楽しみにしていたのが分かる。
「それじゃあ、いただくとするか」
メニューは、パン、肉、野菜、スープと結構なボリューム。
パンは表面の固い、フランスパン系のものを厚く切ったものが数枚。
肉は煮込んだものを野菜と半々で盛り付けられている。
スープは何かのポタージュかな?
ドリンクは何かの果汁ジュース。
「美味いな」
「ほんと、美味しい~」
毎度思うが、そのナリですごい器用にスプーンやフォークを使って食べるよな。
硬めのパンだが、この手のパンはスープに浸して食べても美味い。
バターも木の小皿で添えられていたが、風味の良いバターだ。
中世っぽい街の雰囲気から、食事はどうなのかと思ってたけど、なかなかの水準だ。
肉も長時間煮込んだのか、柔らかく味も染み込んでいて食べ応えがある。
スープもコーンのような、かぼちゃのような、とにかく甘みのある材料を使った優しい味のポタージュ。
「ふう、食べた、食べたー」
楽しみだった食事が予想以上のレベルだったのは嬉しい限りだ。
こういう美味いものを食べると自分でも作りたくなってくるんだよな。
金が入ったら食材を買いまくって料理に没頭するのもいいかも知れん。
食事を済ませ、食器の片付けのために店員さんに声をかけたついでに、井戸の場所の確認と鍛錬の出来るスペースがないかを尋ねた所、予想通り裏庭として充分なスペースがあるとの事だった。
鍛錬中はコートを着てるわけにもいかないので、リナリーに部屋で留守番しているかどうか聞いたが、それも退屈だという事で、ぬいぐるみ姿でオレの鍛錬を眺めたり庭の探索をしていた。
ちなみに、ぬいぐるみは別バージョンでラキのデフォルメタイプだった。
デフォルメのクセにドルーボアとは違い、やけにリアル。
パッと見、子犬に見える程だったが……二足歩行が全てを台無しにしている。
違和感がハンパないからやめてくれ。
二時間ほどの鍛錬後、井戸で水浴び。というか水温を上げたので湯浴みになるのか? を済ませて部屋に戻る。
庭を借りた事の礼を店員さんに言いつつ、明日の朝の使用の許可も頂いたり。
その際、店員さんは二足歩行のぬいぐるみを見て顔を引き攣らせていたが、それはスルー。
妖精をまんま目撃されるよりはいいし、誰かに見られても魔法だと言い張れば問題ないはずだ。
たぶん。
部屋に戻り、魔方陣等の魔法の復習なんかをしようかと思っていたのに、思いの他、気を張っていたらしい。ベッドに横になったら何もする気が起きなくなってしまったのはちょっと自分でも驚いた。
たまには寝るまで何もしない時間があってもいいか。
リナリーは共鳴晶石でサイールーと今日一日の事を話している。
何やら興奮気味だったが内容を聞いてみると、なんだかんだで楽しかったらしい。
そうか、楽しかったなら良かったわ。
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いつものように夜明けと同時に目が覚める。
まだ朝食には早いようなので、それまでの時間は鍛錬にあてる。
リナリーは気持ち良さそうに寝ていたので、そのままにして部屋を抜け出して裏庭に来たが、いつの間にか庭の中をぬいぐるみの姿(ラキバージョン)でトコトコと歩いていたのを見つけて一瞬凝視してしまった。
まさか、昨日に続いてそれで部屋から移動してきたのか?
いやまあ、いいんだけどさ。
あんまり他人の目を気にして過敏になっても疲れるだけだし、このくらいは許容範囲に……なるかコレ?
朝食も部屋までのデリバリー形式で、メニュー自体は昨日よりシンプルなもの。
三日月型ではないクロワッサンとカップスープにサラダ、両面焼きの目玉焼きと生姜に似た風味の甘さ控えめドリンクといった、これぞ朝食といったメニュー。
いいね、なんか本当に観光地のペンションに来てるような気分になる。
本当に現代と錯覚するほど食のレベルが高い。
この宿が特別なのか、この街の食文化が発展してるのか。
その辺りも、知る楽しみのひとつだな。
腹も膨れたし、食休みを兼ねた娯楽にリナリーの協力を仰ごうかな。
ん、店員さんとは違うノック音?
「イズミ起きてるニャ~?」
キアラか、早いな。朝イチで来たのか。
「開いてるぞー」
「ギルドに行くニャ!」
ババンッ! と音がしそうな勢いで扉が開けられ、その勢いのままの格好で扉の外に立つキアラ。
まるで何かの変身ポーズだ。
「……何やってるニャ」
「何って……見れば分かるだろう」
「分からないから聞いてるニャ……なんで二人して犬のぬいぐるみになってるニャ。ぬいぐるみはいいけど、イズミの完成度が酷い事になってるニャ」
「辛辣な評価きた!」
リナリーのローブは毛皮の再現も可能なようで、手触りも、もっふもふ。
比べてオレのコートだと毛皮の再現が出来ないから苦肉の策で、ずんぐりとした、ゆるキャラ風に仕上げてみたんだが、残念な評価が下ったようだ。なんでだ。
犬の口から顔を出した状態が気持ち悪いのか?
いや、毛皮じゃないからダメなのか?
これはちょっとサイールーに言って、毛皮機能も追加だな。
「また余計な機能を付けようとしてる」
一足先にぬいぐるみモードを解除したリナリーがジト目でオレに視線を向けている。
あれ、声に出てた?
「そんな事よりギルドに行くニャ!」
「そんな事よりというのが聞き捨てならんが、そうだった! 忘れちゃならん最大の目的だったからな」
コートを元に戻した所でキアラの目が点になっていたが、説明してなかったっけ?
頭を振って「何も見てないニャ」と無かった事にしたみたいだけど、いいのかそれで。
「コートの本来の使い方も忘れてそう」
そこは忘れてないから大丈夫だって。
さあ、お待ち兼ねのギルドに行こうではないか。
と思ったけど、宿の連泊希望を早めに店員さんに言ったほうがいいかな。
ご飯も美味かったしベッドも寝心地が良かった。
最大の懸念でもあったトイレも、驚くことに現代とまではいかないまでも、惜しいところまできている腰掛タイプだった。
ストレスなく過ごせたから、しばらく厄介になろうかな、なんて考えてるんだけど。
「確実に泊まりたいなら早めに言っておいたほうがいいニャ。いつ部屋が埋まるか分からないからニャー」
入金予定はあるけど、それはあくまで予定であって、それをあてにして予約をしてしまっても大丈夫だろうか。皮算用になりはしないかちょっと心配だ。
そうなったらドルーボアの肉で直接交渉するか?
多少の不安材料はあるが、受付の店員さんに聞いてみよう。
「大丈夫ですよ。もしダメだった場合でも言って頂ければ問題ないですから。期間はどうされますか?」
「取り合えず一週間なんですけど……」
連泊の予約が可能か聞いてみた所、問題はないようだ。
しかし今現在、金がないんだけど本当にいいんだろうか。
「実の所、その辺りは心配していません」
「そりゃまたどうして?」
おっと、つい素で聞いてしまった。
店員さんも少し目を見開いた程度で、思わずといった風に笑顔が漏れる。
「中級冒険者の彼女が何も言わないという事が、確かな金策があると思わせる理由、ですかね?」
思案顔からの笑顔のコンボがなかなかに強力だ。
「金策の目処はついてるから、その見立ては正しいニャ。それよりも、やっぱり変な感じニャ」
「何がだ?」
「ミミエさんが前と違い過ぎるニャ。昨日は敢えて何も言わなかったけど、化け物サイズのネコを被ってるニャー」
店員さんはミミエさんっていうのか。
それはいいとして、何が変なんだと思ったが、以前と対応が違ったのか。
盛大に自分を偽ってるという指摘のようだが、本当に?
「あら、失礼ねえキアラちゃん。華麗に接客をこなす今の私が本来の私よ?」
「何企んでるニャ~?」
本当でした。
えらく砕けた感じでキアラと会話してるけど、こっちが素のミミエさん?
「企んでなんてないってば。人聞きが悪い事言わないの。カッコイイ男の子が来たから、ちょっと本気で接客してみただけよ。若い子っていいわねえ」
じゅるりと口を拭うジェスチャーをしながらオレを見るけど、どこまで本気なんだろうか。
ちょっと乾いた笑いが出ちゃったぜ。
「ああ、ウソウソッ! 冗談だから!」
いやまあ、こっちもポーズで引いてみただけなんで。
「ここって何故か男の人があんまり来ないのよね。来ても横柄な態度だったりで、まともな接客にならないし。でもイズミくんがスマートに対応してくれたから、嬉しくて接客にも熱が入っちゃったのよね~」
「男が来ないのは宿の外観とか雰囲気じゃないのかニャ~? 立地は悪くないけど、普通の男なら女の子寄りの雰囲気に二の足を踏むんじゃないかニャ? ……でもイズミは平気で踏み込んだニャ」
どうして? とキアラとミミエさんの表情が言ってる。
この宿に来た時に感じた事が、そのまんま理由だったか。
「躊躇するほどの外観じゃなかったから普通に入っただけなんだけど、何かおかしかったか?」
「……おかしくはないけど、平然と入ったのが不思議だっただけニャー」
「ああ、そういう事か。珍しくはあるけど、目にする機会は結構あったからなあ。センスがいい建物だとは思ったけど、女の子ウケとか、そういうのは考えてなかったわ」
珍しいけど頻繁に見ていた、という矛盾に首を傾げているキアラとミミエさん。
自分で言ってて変だなとは思うけど、情報が溢れてる現代日本だとそうなっちゃうんだよ。
実際に実物を見る事はあんまりなかったけど、テレビとか旅行雑誌とかには取り上げられてるから、見た事はないが見慣れてる、なんて事になるワケだ。
この話が続くと、いらん事までしゃべりそうだから、修行の際に立ち寄った村とかで見た事にして適当に誤魔化しておいた。
「街の常識に染まってなかったから疑問にも思わなかった、って事かしらねえ」
いい具合にミミエさんが独自解釈のもとで誘導してくれたので、この話題はなんとかなったようだ。
「それはそうとキアラちゃん、こうやって話してるのも楽しいけどギルドはいいの?」
「そうだったニャ! 金策以外にもやる事があったニャ。イズミ、行くのニャ!」
「お、おう」
ミミエさんの指摘にオレのメンタルを考察していたキアラが我に返り、ギルド行きを急かすように扉を開け出て行く。
ミミエさんの「行ってらっしゃい」の声と笑顔に見送られ、「後でまた来ます」と言い残しキアラの後を追った。
それにしても朝から元気だな。
朝から着ぐるみで遊んでたオレが言う事じゃないんだろうけど。
「そういえば、聞いたぞ。キアラのパーティーって、白のトクサルテって言うらしいな」
「ミミエさんかニャ? そうニャ、どこにでもある花だけど、白は滅多にお目にかかれないニャ。他に類を見ないパーティを目指して、その名前がいいって事になったんだニャ。幸運とか希少とかの代表格みたいな意味合いがあるのニャー」
それを聞いて、ちょっと微妙な気持ちになったぞ。
ちょろっとフードから顔を出したリナリーも微妙な表情してるよ。
「どうしたニャ?」
「いや、そういう由来があったのかと思ってな」
世間一般では希少価値が高いって事なんだろうけど、オレたちにとっては……なんだよなあ。
薬草や草木の研究をするなら、これは黙ってるわけにはいかないだろうなあ。それを聞いた時にキアラがどんな顔するか。
折をみて話す事にしよう。
「キアラもパン色の犬に世話になった事があったんだな。ミミエさんとは久しぶりだったのか? そんな感じはしなかったけど」
「たまに市場とかで会ったりはしてたけど、言われてみれば、ここ最近は顔を見てなかったニャ」
考えてみれば、こんな切っ掛けでもなければ店の人と親しくなるなんてのは、いきなりは無理だよな。いくらアットホームな宿だろうと、日本だったら一週間や二週間、宿に泊まった所でそう簡単に仲良くなれるもんじゃない。悩みを打ち明けるなんてまずありえない。
異世界に来てなんのイベントもなしに店の主人と仲良くなる話の小説とかあるけど、コミュ力高くて羨ましいぜ。
キアラのおかげでミミエさんとの距離が縮んだのは素直に感謝だ。
接客に徹して距離を置く人間をまじまじと観察するのも失礼だろうから、意識的に詳細な人間観察は避けてたけど、ミミエさんは笑顔が印象的な人だよな。
目鼻立ちが整った、ライトブラウンでセミロングの髪型。凛とした佇まいの大人の女性といった感じ。
服装はブラウスにロングスカートと、いたって普通なのに何故かお洒落に見えたな。
いや、普通とはちょっと違うか?
柔らかめの生地で、動きによってはたまに身体の線が出てたよな。そのおかげでスタイルが良さそうだというのも分かったし。
決してお尻を見てたわけじゃない。
「あれがギルドだニャ」
まだ朝早い街の風景を見つつ、ミミエさんの後姿を反芻していると目的地に到着したようだ。
「――道は覚えたニャ?」
「そこまで、ぼんやりしてないぞ」
石造りの大きな建物。
季節柄かは分からないが、入り口の大きな扉は開け放たれている。
建物に足を踏み入れ周囲を見渡しても、時間的にも早いせいか人影はまばらだ。
ギルド内は大きなホールのようになっており、壁際に長椅子やテーブルなどが設置されているのを見ると、どこかの待合室のような風情も伺える。
ホール内の奥には役所の受付のようなカウンター。
「すみません。登録の受付はこちらですか?」
「冒険者の登録ですね。ええ、こちらで大丈夫ですよ」
何やら書類の処理をしていた受付嬢さんだったが、オレの質問に笑顔で回答。
イスに座ってるから正確には分からないけど、小柄な人だなあ。
「こちらにお名前と年齢をよろしいですか? あ、代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
出された紙に『イズミ 18』と書いて差し出す。
あれ、17だったか? まあいいか、時間的には確実に誕生日は越えてるはずだ。
「はい、確かに。ではこちら――どの指でも構いませんので触れて下さい」
手で示された先にある15センチ四方の黒い箱。
指先で触れると幾何学模様が淡い光りとともに浮かび上がる。
おお、魔動製品か?
光りが消え、受付嬢さんの「もういいですよ」の声で手を放す。
「では登録とカード発行の手続きをして参ります。発行まで少々お待ち下さい」
黒い箱をもって奥に消えていく受付嬢さん。やっぱり小柄で、それが可愛らしい感じだった。
「……思ったより簡単に登録できたな。簡単過ぎて逆に不安になってくるんだけど」
「大丈夫ニャー。あの黒い箱は遺失技術の塊ニャ。生物のありとあらゆる情報を読み取るなんて言われてるくらいの代物ニャ。今の技術じゃそんな事は出来ないから、カードの複製も偽造も不可能ニャ」
誰しもが至る疑問なのか、先回りしての回答だったな。
セキュリティは万全って事か。 いや、ほんとにそうか?
「あれを盗まれたらどうするんだ?」
「あれだけ盗んでもどうにもならないニャ。あれは読み取り専用で、発行する側のヤツがないと意味がないニャ。あ、でも盗んだら身代金の要求は出来るのかニャ~?」
それ単体で役に立たないなら、あとは金品との交換くらいしかないか。
でも、なんでその発想になるかね。
あ、最初に盗むって言ったのオレか。
「盗むのはオススメしませんねえ」
おう、ビックリした!
受付嬢さんの声にじゃなくてキアラの驚き顔にビックリしたわ。
死角側からの声かけに、『ぴゃッ』とか変なリアクションしてたぞキアラ。
てか、もうカード発行出来たの?
「オススメしないっていうと?」
「これだけでは何の用も成さないのは周知の事実なんですが、対の道具と一定以上離れると、特殊な術式が発動するんですよ」
「まさか、殺傷系の魔法?」
有りそうな機能に、思わず真剣に聞き返してしまった。
しかし、キョトンとした表情を返されてしまった。
「ふふ、それこそ、まさかですよ。そんな物騒な魔法は発動しません。一定距離、離れた時点で一番近くの人間に対して眠りの魔法が働きます。で、その後が重要なんですけど、その睡眠中の人間の記憶が、厚みのある動く絵として書き出し側の晶石板から音付きで映し出されるんですよ。しかも、その人間が恥ずかしいと思ってる記憶のみを、何故か“第3者視点”で」
「「そっちのほうが物騒!」」
うわぁ、これとんでもない道具だぞ。
全てを読み取るっていう機能で、記憶とそれに絡んだ生体情報を。
そして、それを元に立体映像に変換して出力する。
イグニスのやったのと似たような事が出来るってのは、かなり高度な演算装置だぞコレ。
分かってて使ってる……ワケじゃなさそうだな……。
恥ずかしい記憶を白日の下に晒す機能も恐ろしいけど、キアラとは別の意味で顔が引き攣るわ。
「私は見た事がないので、らしい、という事みたいですけどね。盗んでみますか?」
黒い箱を差し出す受付嬢さんの笑顔がやけに爽やか!
「「いやいやいや!」」
ちょっともう触るのが嫌なんですけど!
「ふふふ、まあ仮に盗んだ所で売り物にはならないんですけどね。ギルドや一部の機関でしか使用してないですから、足がすぐ付きますし、対の魔動製品も必要ですから誰も買い取らないんですよ」
それに書き出し側は大きいですから、と黒い小箱をカウンターに置きながら笑顔で付け足す。
「あ、話がだいぶ逸れてしまいましたねー」
「イズミといると、なんで知らない情報が次から次へと入ってくるニャ……」
「それをオレに言われても困るけどな」
「この端末に価値を見出す人なんて、まずいないですからね。珍しい話題だったのでつい興が乗ってしまいました」
ふーむ、記憶云々の話で反応を楽しんでたのかね。
「面白かったですけど、これ以上関係ない話はダメですよね。さて、これからギルドのシステムや規則などを説明したいと思います。少々お時間頂きますがよろしいですか?」
「お願いします。なにぶん初体験なもんで」
「何、しれっとセクハラかましてるニャ」
え、あっ……受付嬢さんが赤くなってる。
「そんな意図はねえよ!」
確かに童貞だけれども!
やっと説明にまで漕ぎ着けたのに、不本意な疑惑をかけられた。
ん、リナリーは何の反応もなしか?
空気を読んで黙ってるのかと思ったら、寝てたよリナリー。
さて、冒険者というのがこの世界ではどんな職業なのか。
聞くのがちょっと楽しみだ。
ごめんなさい、なかなか話が進まないですね(´・ω・`)




