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第三十三話 後始末のその前に


「大丈夫でしたか?」


 魔法障壁ごしに紳士に尋ねると、大きく頷いて笑顔を覘かせる。

 おお、きりっとした目鼻立ちの金髪イケメンだ。

 歳は35,6? 40歳はいってないだろう。

 多少汚れてはいるがスーツとは若干違ったタイプの中世というよりは近代に割と近いセンスの服。

 若干乱れたオールバックでも品の良さが伺えて、これでもかと、いい男オーラが出てるのは、やはりイケメンだからか……。

 あと、この人って醸し出す空気がオレの良く知っている気配に似ているが……いや、今はいいか。


「ありがとう、本当に助かったよ。何やら揉めているようだったので声をかけ辛かったが……大丈夫かい?」


 あら、逆に心配された。


「あー、あははっ! いや大丈夫です。刺されたフリをしたのがいけなかったようで……」


「はは、それはまあ、そうだろうね」


「当然ニャ、味方を驚かしてどうするニャ」


 苦笑気味にキアラの言動を肯定した紳士。それが当然だとばかりにキアラはふくれっ面のままだ。

 まーだ、怒ってんのか。


「すまない、壁越しではなく礼を言いたいが、まだ結界石の効果が切れなくてね……しばらく待ってもらってもいいだろうか?」


「構いません。壊してもいいですけど、それだと結界石も壊れちゃいますからね」


 障壁の表面を軽く撫でながら、結構いい出来の障壁だったんだなあとか考えたり。


「え? 君はこの障壁を壊せるのかい……?」


「え? ええ。ちょっとコツはいりますけど……」


 説明するのが難しいが、魔力の性質――魔力波形とでも言うんだろうか、それの全く逆の波形で一部に干渉すれば、そこを足がかりに結界を壊す事は可能だ。

 ただ、その真逆の波形の魔力というのが面倒くさい。


「イズミ……普通はこの水準の結界は、そう簡単には壊せないニャ……」


「そうなのか?」


「結構な威力の魔法をぶつけるか時間経過で消えるのを待つか……自由に起動と停止が出来る結界だと、ここまでのものにはならないニャ。この結界、かなりの出力だから魔力切れでの停止まで待つ必要があるけど……。イズミの口ぶりからすると高威力の魔法じゃなくて、技術で壊すみたいに聞こえるニャ」


 おっとお? これはダメなヤツか?

 イグニスが当然のように言っていたから、それなりに器用なヤツなら出来るんだろうと思ってた。

 でもよく考えたら、魔力波形をいじるって難しい?


「……まあ、たいした魔力は使わないな。技術的には面倒だし無理に信じてもらう必要はないけどな。斬ったほうが早いし」


「斬ったほうが早いって、それも聞き捨てならないけどニャ……でも本当に技術だけで出来るなら見せて欲しかったくらいだニャ」


「ん~、壊す手前までは大丈夫だと思うぞ」


「えっ?」


 キアラのきょとんとした顔が、本当に? という表情をしているが、そこは敢えてスルー。

 木刀を手に障壁に近づき、一応の許可をという事で紳士に尋ねる。


「すみません、結界は壊さないんで、ちょっと障壁をいじらせてもらってもいいですか?」


「あ、ああ。構わないけど……本当に……?」


「少しばかり事情があって、こういう問題を先送りに出来ないんですよ」


 そんな事が可能なのか、と、その表情に隠せずにいる紳士に苦笑でそう告げる。

 微妙にズレた返答だとは思うが。


 さっそく木刀の先端で障壁に触れ、魔力の性質を隅々まで読み取る。

 それをイメージで鏡像反転させる。これに時間がかかるんだよな。

 これで真逆になっているのが実に不思議だが、何故か出来てしまっているので深く考えない事にしている。


 その反転した魔力を木刀に纏わせ、ズズズッっと障壁に差し込む。


「なっ!?」


「本当に出来てるニャ……」


 結界の中にいる3人とキアラが、顔前で起きた現象に驚きの声を上げた。

 長時間刺していると何かの拍子に壊してしまいかねないので、スっと木刀を引き抜く。

 とは言っても魔力の模倣と一緒で、そう長い時間は維持できないが。

 それにしても、やって見せろと言ったのにおかしな反応だな。やっぱり信じてなかったな?


「こんな感じだけど」


「イズミ……これはマズイかも知れないニャ……」


「何が?」


 眉間にシワを寄せて、かなり真剣な様子でそんな事を口にするキアラ。

 ピンときてないオレは思わず聞き返してしまった。

 すると紳士が口を開く。


「確かに危険な情報かもしれないね……言った通り、大量の魔力を使った気配がない」


「そうニャ。そんな少しの魔力で結界が壊せるなんて知れたら、どこまで影響が出るか予想がつかないニャ……」


 おおう、思った以上にやらかした?


「大げさな。魔力を読み取るのはいいとしても反転に時間がかかるから、あんまり実用的じゃ――」


「や、やめるニャー! 聞きたくないニャ!」


 耳を押さえてイヤイヤをしているが、何がそこまでダメなんだ?


「まあ待て、ちょっと落ち着こう。要するに誰でも真似出来るかが問題なんだろう?」


「そ、そうだけど……余計な事は聞きたくないニャ……」


「そうかも知れないけど、オレじゃ分からない事が多すぎる。後々オレがやらかしたらどうする? キアラにとばっちりが行くかも知れないぞ」


「やり口が汚い商人みたいな事言ってるニャ……」


「だからな、可能な限り聞いておいたほうがいいと思うぞ?」


「わ、わかったニャ……」


 渋々とだが、なんとか了承してくれた。非常にイヤそうな表情で。

 正直、何がどうヤバイのか完全には理解できていない。なんとなくヤバそうだな、くらいは分かるが。

 オレの理解が追いつくために、余す事無く情報を開示した。

 しかし、魔力を読み取るというのは納得できた風だったが、魔力の性質を反転させるというのが全く分からないらしい。

 イメージで鏡像反転させると説明しても、何故か余計に混乱しているようだ。

 オレの場合、逆異相の音で消音するという現象を元にしてイメージしているが、音を消すというそれが理解出来ないらしい。

 実を言うと、このイメージ法はイグニスに若干助けてもらったりしているので、オレとしてもこれ以上の説明のしようがない。


「分からないという事が分かったニャ」


「私が聞いても良かったんだろうか……」


「あ……」


 キアラが理解出来ないと胸を張って告白すると、困ったようにイケメン紳士も呟きを漏らす。

 それに対するキアラのリアクションはそこまで気が回ってなかった、というもの。

 というかオレは気にしてなかった。

 なんとなくだが、この人は大丈夫なんじゃないかと思ったから、一緒に聞いて貰った方が手間が省けるかもと期待したのだ。オレの勘は良く当たるし。

 という言い訳は通用する?


「しかし、今の話が本当だとすると、当面は大丈夫そうだね。いくら聴いても君以外の者が出来るとは到底思えない方法のようだ。まあ、それはそれで驚きだが……誰も再現出来ないというのであれば、君の強さのおかげで、『技術ではなくゴリ押し』という事でいくらでも誤魔化せるだろう」


「あ、それがあったニャ。さっき言ってた斬ったほうが早いというのを利用すれば問題ないニャ」


 オレがよく分からないといった表情をすると、強い者であれば結界を壊すというのは可能な事らしく、その強さを隠れ蓑にしてしまえば追求されずに済むのではないかという事を、キアラとイケメン紳士が妙なコンビネーションで説明してくれた。

 ついでに、誰にも気付かれずに結界をすり抜けたり、壊したりするのはしないほうがいいと釘を刺されたりもした。


「それにしても、何をどうすれば魔力を反転させるなんて事が出来るのか想像すら出来ないよ」


「確かに珍しい技術ではあるんでしょうけど、不可能ではないですよ? 分からないのは、どうしてオレ以外の人たちがそんなに焦っていたか、なんですけどね。結界の破壊自体は珍しくはないんですよね?」


 どうも御者っぽい人も護衛の人も焦ってたみたいなんだよな。


「そうそう破壊されては困るものなんだが……ま、まあ結界というのは国の維持の根幹にも関わってくるからね。誰でも結界を壊せるんじゃないかなんて、そんな事を聞かされるのかと思って肝が冷えたよ。いまいち実感がないようだけど、そのお嬢さんの反応は至極真っ当なものだと思うよ? そんな情報を持っているとなったら、どうなるか分からないからね」


 そんな技術を持ってるオレはどうなるの?

 国の維持に関わってくるとか、結構ヤバいネタのような気が……。

 でもまあ、盛大にやらかしてないから良しとしとこう。

 やらかしてない、よな?






 ~~~~






「ところで、その護衛? の人は大丈夫ですか? 結構辛そうに見えるんですけど……」


 さっきから全然しゃべらないし、盗賊を片付けた後、安心したのか馬車の車輪を背に崩れ落ちてしまった。


「命に別状はないが平気、とは言い切れないだろうね……強力な麻痺毒を喰らってしまってね。回復までにかなり時間がかかりそうなんだよ……致死性の毒でなかったのが不幸中の幸いなんだけどね」


 ああ、なんの毒かは分からなかったけど、麻痺毒だったのか。

 致死性の毒は再現が難しいとか有りそうだ。


「それよりも、助けてもらったのに名乗らずにいて申し訳ない。驚くことばかりでつい興味を優先してしまって言いそびれてしまった」


 少々バツの悪そうな笑顔で自身の行動の非を詫びる紳士。

 名無しのままの会話は、お互い様だから気にしなくていいと思うんだけど。


「私はレノス商会のカイウス・タンザーラ。一応、商会の代表みたいな事を任されている。こちらの護衛がトーリィ、そして御者を任せているのがハイス。ここにはいないが、合流する筈の者があとひとり」


 キアラの言っていた通りレノス商会で正解だったようだ。

 合流というのも気になるが今はお互いの素性の確認が先か。

 視線から、辛そうに身体を起こすのがトーリィさん。その傍らに立つ、遠目には細目に見えたのに割とガッチリしてそうな20代半ばの青年。『困り笑い顔』とでもいえそうな見た目のハイスさんが頭を下げた。それに軽い会釈を返す。

 

 トーリィさん辛そうだ。

 それも気になるが……。 


「ああ、すまない。トーリィは事情があってね……人見知りが激しいというかなんというか……」


 オレの視線に気が付いたカイウスさんがチラっとトーリィさんに視線を送り、少しばかり気不味そうに言う。

 オレが気になったのはトーリィさんの体調もだが、何より格好が気になった。

 兜とはちょっと違うが、鳥の頭を模したようなシルエットの装備を頭にかぶり、顔がほとんど見えないのだ。装備のない部分も、マスクのように布のようなもので覆われていて、全くと言っていいほど顔が露出していない。

 装備自体はロングコートと革鎧が混ざったような、バランスの良い格好いい装備だけに、顔を完全に隠しているのがやや違和感があったので余計に、といった感じだ。

 

「あ、いやいや、全然構わないですよ」


 うちにも似たようなのが今いるんで。


「えーと、じゃあオレからになりますけど、イズミと言います。で、こちらがキアラ」


 順番に自己紹介をするとカイウスさんが何かに気付いたようで、オレがリナリーを紹介するか迷ってるうちに話題が切り替わってしまった。


「――君は確か、カザックの街を拠点にしてる冒険者では?」


「知ってるんですかニャ?」


 キアラを見て尋ねるカイウスさんに、確認するように返すキアラ。

 面識はないけど、人伝に聞いたことはあるとかそんな感じだろうか?


「若いのに腕がいい、しかも可愛らしいお嬢さん達だけで構成されたパーティー。珍しいという事もあって知ってる人間は多いと思うよ。こうして直接会うのは初めてだけど、街で何度か見かけた事があるし噂は良く耳にするからね」


 ほう、他のメンバーも可愛いのか。そして結構認知度が高いと。

 ただ、キアラと気が合うという部分で、他のメンバーに対して一抹の不安はあるが。


「イズミッ! 可愛いって言われたニャ!」


「ああ、うん。可愛いんじゃね?」


「なんニャ……そのなげやりな反応は……なんかモヤモヤするニャ」


 本心から言った言葉なのに何でモヤっとする?


「でも素直に喜ぶニャ! そんな事言って貰えると嬉しいですニャ!」


 下ネタも平気なキアラだけど、やっぱり可愛いと言われれば嬉しいみたいだ。

 カイウスさんに向けたのは満点の笑顔。オレには笑顔はないの?

 あれ、なんで急に暗い顔になる?


「ただ……腕がいいと言われても……自信が無くなっちゃったんですけどニャ……」


「ああ……それは……」


 何、なんで皆してオレを見る?

 オレが何か言うの待ってるの?

 

「ねえ、わたしはー? イズミー」


 このタイミングで!?

 いや、ある意味ナイスなタイミングなのか?

 今までぬいぐるみの中で我慢してたけど、自分の紹介がないから、しびれを切らしたな。

 リナリーは割と空気が読めるほうだ。わざとこのタイミングを選んだか。

 これまでのオレとの遣り取りで害意や悪意に染まった人間ではないと判断したか。それともバラしてもどうとでもなると思ったとか? まさか面白がってる?

 仮にどれだったとしてもその判断は信じるが、先に一言……いや、いいけどね。


「……しゃべるのはいいけど、それ以外はまだ我慢してくれ」


「むう、わかった~」


「ぬ、ぬいぐるみがしゃべった!?」


 そういうハイスさんもしゃべったね。


「何やら微妙に動いてるし、声も聞こえてたような気がしてたが、気のせいじゃなかったのか……イズミ君、それは一体……」


 カイウスさんも驚いたようで、頬を引き攣らせながら、恐る恐る尋ねてくる。


「あ、うーん……どう説明したらいいか……」


「いや、すまない。無理に説明してくれなくてもいいんだ。何か事情があるようだし。ただ、驚いてしまってね……」


「あー、すみません。話せる状況になったらお話します。盗賊の事があるんで今はまだ」


 その言葉と盗賊に向けた視線で、オレの言いたい事をなんとなくではあるが察してくれたらしい。

 盗賊が近くにいる状態で、リナリーの正体は明かしたくない。

 聞こえてはいないはずだが録音の道具や録画の道具が無いとも限らないからだ。

 キアラが縛り上げる時に、そういった物は持ってないようだと言ったが、念には念を入れてリナリーには我慢してもらう。既に遅い気もするが……


 身体に埋め込まれていたり、耳や目からの情報を直接脳から吸い取る場合だってあるかもしれない。本人が覚えていなくても、目が見ていた、耳が聞いていた、という事実だけで目的の情報が得られるという技術だってあるかも知れない。その可能性が捨てきれない限りは迂闊な事はしないほうがいいだろう。遅い気もするが……(二度目)


 そこまで具体的に察してくれた訳ではないと思うが、この場で言い辛いというのだけは分かってくれたようだ。


「いやいや、いいんだ。恩人に対して野暮な詮索はしないと誓おう。ただ、本音を言えば、興味は引かれるが、ね」


 いたずらっぽい笑顔もイケメンだー。

 これは詮索はしないけど、忘れないよ? って意味かなあ。

 返せる反応が乾いた笑いになっちゃったよ。


「ところでキアラ」


「ニャ?」


「通常、倒した盗賊の扱いってのはどうなる?」


「どうって言っても……状況に因って違うニャ。今回みたいに生け捕りの場合は最寄の街の警護組織に引き渡すのが妥当なとこニャ。生け捕りだと報酬が多くなるしニャ」


 しかし実際は生け捕りというのは滅多にないらしい。手加減してたらやられるような状況では、まず生け捕りなんて方法は選ばないからだ。

 改心するかも分からない相手に、手心を加えるなんてのは労力の無駄だと。

 油断すれば死あるのみ、という事らしい。

 それに生け捕りだと輸送の問題もある。


 そもそも、この場にある馬車もそうだが、その馬車は何の為の馬車かって事を考えるとそれも現実的じゃないようだ。

 本来は物資や人の輸送の為であって、余計なものを乗せる余裕なんてないと。


「じゃあ、どうするんだ?」


「街まで行って警護の人間を馬車ごと連れてくるのがいいと思うけど、あたしも生け捕りなんて初めての経験だからニャ……」 


 ってことは倒した事はあるのか……。

 

「一応聞くけど、殺した場合はどうなる?」


「カードの有無で変わってくるニャ」


 カードというのはもしかして……?


「冒険者登録証の事ニャ」


 キアラが腰のバックから取り出した一枚のカード。

 おお、これがかの有名な!

 目の前に差し出されたそれを手に取って――


 って、おい。なんで直前でやめる。

 声は出さずに口の動きで『おあずけニャ』って、そういう事か。

 あくまで街までのお楽しみってか。


「盗賊がこれを持ってれば、倒した盗賊が登録者本人だっていう証明は、かなり簡単になるニャ。カードは色々便利だから盗賊も持ってる可能性が高いニャ。切り取った身体の一部とセットならすんなり事が運ぶニャ」


 まあ、その辺は想定内だよな。

 指とか手とか耳とか。細胞か、血かは分からないが、同定にそういった物が必要なんだろう。


「持ってない場合もあるけど、その時も耳とか手とかを切り落としたり、首を落として持っていくニャ。ただ街から遠いと面倒ニャ」


 おおう、生々しい話だ。


「でも盗賊なんてのは大体が街からそんなに離れた所にはいないニャ。食料や物資の調達の事を考えれば自然とそうなるニャ。自給自足もしてる大規模盗賊集団なんて聞いた事ないしニャ。だから近場の場合、大抵身体の一部を持ってくニャ、首を運ぶのがイヤだって冒険者もいないわけじゃないから、それぞれニャ」


「なるほどな。でも首を持ってくのもそうだけど、カードがあっても盗賊を倒した事を証明するのって難しいんじゃ?」


 自分たちで襲って、その相手を盗賊でしたって言ってしまえば、やりたい放題になるような。

 

「その点は大丈夫ニャ。証言の真偽を測る道具があるニャ」


 犯罪の立証とかに使われる道具とかって事?


「怖え道具があるな……大丈夫なのか?」


「何がニャ?」


「いや、なんでもない。つまり、その道具とカード、更には身体の一部があれば証明できると。もっと言えば複数の証言があれば尚良しって事か」


「そういう事ニャ」


 よく出来たシステム、なのか?

 でも真偽を測る道具がなかったとしたら結構怖いな。その道具自体も怖いっちゃあ怖いが。

 カードもだけど、なかったらどんな世界になってたんだ……。


「お話は終わった? で、結局あれはどうするの?」


 相変わらずキアラの肩にのったままのリナリーが盗賊の方に首を巡らす。

 器用に動かすなあ。綿が詰まってるわけじゃないんだろうけど、どうなってんだろ中は。

 リナリーの指摘で離れた所に纏めて縛り上げた盗賊に視線が集まる。


「一応、護送の方法は考えてはいる。でもその前にやりたい事があるし、やらなきゃいけない事もある」


「「?」」


 まあ、わからんよな。

 二人して同じように首を傾げてるけどリナリー、それホント中身どうなってる?

 と、それよりも


「誰かきたぞ」


 オレの宣言から数秒、木陰からその人物が躍り出てきた。


「なんとか間に合いましたな」






 ~~~~






「真に申し訳ありませんでした! 旦那様の恩人に剣を向けるなどと! 斯くなる上はこの命を以って償うのみ!」


「だぁーッ! いきなり何してんですか! 気にしてませんて! 命で償うとか勘弁して下さい!」


 短剣を抜いて自らの身体にそれをつき立てようとした男性の腕を押さえ、短剣を寸での所で止めている最中。

 何を血迷ったか、いきなりの不穏な行動。


「我が家の家訓にあるのです! 命を救われたなら命を以って返すべし!」


「それ、たぶん意味違うから! ホントに気にしてませんから!」


「おや、そうですか?」


 急に力を抜いて、動きを止める男性。

 あー、やっぱりそういう事ですか。 

 パフォーマンスに付き合わされる身にもなってくれ……。


「ホントに勘弁して下さい……疲れるから……」


「はて、なんのことやら」


 言ってニッコリ笑う男性が短剣の先を、指で柄の中にびょんびょんと出し入れしている。

 この世界にもこの手のオモチャがあるのか……。

 オモチャの短剣を本物のように見せかける気迫を見せたこの男性は、先程現れた合流予定だった残りのひとりだ。

 銀髪のような白髪をビシっとオールバックに決め、シャツにベストという、いかにもと言った服装。

 その予想通り、カイウスさんの家で執事として仕えるタットナーさんという人物だった。

 初老というには若々しいタットナーさんは、どうやら護衛も兼ねていたようで、柔和な面立ちでありながら、漂う気配は戦う者のそれが見え隠れしている。「ちょっと動ける老いぼれです」なんて言っていたが、執事バトラーというより戦闘士バトラーでも通りそう。


 まあ、一連のやり取りはタットナーさんにからかわれた、という事らしい。


「すまないねイズミ君、タットナーは機嫌がいいと悪乗りする癖があってね」


 仕えている主人が無事だったんだから、分かるけどね。

 でも初対面の人間を巻き込まないで欲しい。


「しかし驚きましたな。私が到着する前に片がついているとは。しかも生け捕りで」


「ああ、いま丁度その事を話していてね。護送をどうしようかという話だったが、その前にイズミ君は盗賊に用事があるみたいでね」


「おや、そうでしたか」


 聞けば、タットナーさんが別行動だったのは完全にイレギュラーだったようだ。

 きっかけは街道で壊れた馬車に途方に暮れていた家族に会った事だったという。


 どちらにも修理の専門家がいるわけじゃなかった事からカイウスさんたちは次の街への連絡を頼まれたらしい。簡易契約として少額の前金と、そういったトラブルの対応をする街の専門窓口へ報告後に報酬が支払われるというものだ。

 その契約のやり取りの際にトーリィさんが女の子と話している時に、それは起こった。

 いきなり獣のような動きで女児がトーリィさんに襲い掛かってきたらしい。

 それを合図に女児の両親も襲ってきた。

 タットナーさんとトーリィさんで制圧はしたものの、そこで家族三人が人形へと変わってしまった。そして燃えて消えたそうだ。


 は? となったが、人形使いと幻術使いがいれば可能だという。

 精神に作用する幻術ではなく物体を核としてソレと偽る幻術なら。


 しかしそこでトーリィさんが負った、かすり傷が魔毒に侵された原因だった。

 普通の毒は警戒していたが巧妙に隠蔽された遅効性だったために発覚が遅れた。

 

 相当に手間と高度な技術をかけた襲撃だったという事実に警戒を強め、近くに居たはずの術者をタットナーさんが追った結果、別行動になってしまったと。

 万が一に特殊な毒も使われていた場合の解毒薬を確保するために。

 そこは良かったのか悪かったのか魔毒のみだったようだが。


 途中、盗賊の動きに違和感を覚えて、合流しようとしたが逆に足止めを喰らってしまったらしい。

 打ち上げた救難信号もタットナーさんに場所を教える意味合いが強かったとの事。

 

「今思えば、完全に予定の行動だったのでしょうな……こちらに魔毒使いがいたのが、いい証拠です」


「そうだろうな。組織的な動きといい、魔毒使いといい、恐らくこいつらは……」


「盗賊、死の牙でしょうな」


「「プッ!」」


 あ、やべえ、思わず吹いちゃった。リナリーも我慢できなかったみたいだ。


「ど、どうしたのかな?」


「い、いや……死の牙って……なんでも、ないです」


 ダメだ、咄嗟に顔を逸らしたけど、顔の筋肉が引き攣ってる。

 カイウスさんが首を傾げてるけど、これって説明して分かるんだろうか。


 まだ神域で修行していた時の事だが、地球の事を聞きたがるリナリーに色々と話して聞かせた中に、ファンタジー世界とゲームが、主に設定なんかで切っても切り離せない関係だというのがあった。

 で、何故かネーミングの話題になって、登場するキャラの痛々しい名前や二つ名で盛り上がったのだ。

 闇の狩人、黒の処刑人、血染めの剣士、銀剣の道化師、などなど……。

 自分たちで考えて付けたとしたら、かなり恥ずかしい名前だよな、などと言いながら色々挙げていった中に、実は『死の牙』もあったのだ、ウケる。

 

 そんなん笑うわ。


 いや、この状況で笑っちゃいけないのは分かってるんだけど……おい、やめろリナリー、小声で「ちゅ、厨二病……」とか言うの! ふるふるとぬいぐるみが小刻みに震えてるのも、オレの笑いを誘うんだよ!

 がしっとキアラの肩からリナリーを掴んで掻っ攫い、馬車の裏まで来たところで堪えきれずに声を出して笑ってしまった。地面を叩いてなんとか堪えようとしたけどダメだった。


「やめろよリナリー、笑っちまうだろ! ぶふっ! 」


「だって我慢できるわけ……ッ! 死の牙ッ!? ぷはっ!」


「「ぶはっ! あはははははっ! ……はぁ……はぁ……はぁ……」」


「これはヤバイな……地味に今までで一番効く攻撃だった」


「ちょっと、笑わせないでよ! ぷふっ!」


 堪えていた笑いを吐き出した事で、なんとか治まったが、気をつけなければならない事が増えた。

 また同じようにネタ的な名前を聞いてしまったら……。

 真剣な話をしている時にこれではいかん。

 

 気を取り直してリナリーを抱えて結界の前まで戻ると皆、不思議そうにこちらを見ていたが、キアラが「あの二人は普通とちょっと違うから気にしないほうがいいニャ」などと、さりげなくぬいぐるみを一人と数えつつ、自分とは違いますアピール。

 フォローするなら、もうちょっとこう……いや、いいです。


「だ、大丈夫かい?」


 何かあったのだろうかと、直接聞くのをためらったような、そんな空気を孕んだこちらを気遣う言葉。


「え、なんの事でしょう?」


 オレが無かった事にしようとしてるのが無理があるのは分かってる。

 顔がヒクヒクと引き攣ってるカイウスさんの気持ちもよーく分かります。いきなり爆笑してたら気になるのは当たり前だ。

 でもここで収めておくのがいいんです。主にオレの腹筋のために。


「ま、まあ何事もなかったのならそれでいいんだ。ははは……」


 と乾燥した笑いの後、オホンッ! 咳払いで話題を変えるカイウスさん。


「それで気になっていたのだが、イズミ君の用事というのは?」


「資源の有効活用、でしょうかね? 実技講習といいましょうか」


 オレの説明に疑問の表情の一同だったが、次の瞬間、結界の魔力に揺らぎが生じた。

 大体、予想してたのと同じタイミングだったな。


「ふむ、そろそろですかな」


 タットナーさんも結界の揺らぎを見て、確信したかのように。

 ぼんやりとした明滅の後、結界が一瞬光りを放ち消滅した。

 これで第一の目的は果たせるかもしれない。


「トーリィさんをなんとかしましょうか」


「そうしたいのは山々だが……魔毒には確立された解毒法がないんだ。おそらくは遅効性の致死毒」


 使い手の性格によって効果が左右するらしいが、納得の効果だな。獲物をいたぶって愉しむってか。


「トーリィ自身の魔力を消費して抵抗する事に成功はしたが、魔力が底をついた時にどうなるかわからない。動くだけでも魔力が過剰に消費されるようなんだ。安静にしつつ医療魔法の専門家の所まで連れて行ければと考えてるのだけど、少しの動きだけでも辛そうでね……」


 寝ていても僅かな振動すらキツいのかもしれない。無理に動かすと余計に毒が身体に回るか、体の組織を傷つけるとか、そういう事なんだろう。

 とはいっても、リナリーなら、いや、今回はオレならなんとか出来るかもしれないと思ってる。

 というか色々とふざけてる場合じゃなかったな。いやまあ結界が消えないとどうにも出来なかったというのは分かってはいるけど。


「診てみないと分かりませんけど、毒の効果を軽減できる可能性はあります」


「ほ、本当かい?」


「なんと……」


 カイウスさんもタットナーさんもオレの言葉に驚いている。

 ハイスさんも、本当だろうかと可能性に縋るような表情だ。

 当のトーリィさんも僅かに身じろぎしてこちらを伺っている。


「今回は直接戦ったオレの方が適任だよな」


「そうね、わたしだと魔毒使いの魔力がほとんど把握出来てないしね」


 肩に乗せたリナリーに確認してみたが、オレの診たてと一緒だ。


「出来るニャ……?」


「あくまで可能性だけどな」


 断言は避けたが、おそらくは可能。魔毒使いの剣を何度も受けて、その魔力特性は分析、解読済みだ。

 トーリィさんの傍まで行き身を屈め手を伸ばすとトーリィさんが身体を強張らせているのが分かった。あー、相当痛いのか。


「大丈夫です。直接は触りません。オレの魔力が気になるかも知れませんが、少しの間、我慢して下さい」


 その言葉に安堵したのか、コクリと頷いたトーリィさんが身体の力を抜くのが分かった。

 んー、やっぱり予想した通りか。

 魔毒使いの魔力が体組織の活動を妨げている。魔力の流れが乱れている上に神経を針でつつくような刺激がオレにも伝わってきた。

 これは相当だな。

 この状態で声ひとつ出さないとは。

 感心するより、さっさとこの魔力を取り除かないとな。


 魔毒使いの魔力をオレの魔力に無理矢理吸着させて、トーリィさんの身体から引きずり出す。

 痛えー、なんだこれ!

 丸めて鷲掴みにしたら、すげえ痛えぞ! こりゃ、強化しなきゃダメだ!


「ふぅ……ここまで強化してやっとか」


「それどうするの?」


「あー……あっ! そうだ!」


 ポケットから取り出した小さめの高純度魔石にぶち込んでやった。

 ほうほう、この状態でも魔力特性は失ってないか。思わぬ収穫だ。

 お、トーリィさんも動けるようになったようだ。

 掌を開いたり閉じたりして痛みがないか確認しているようだ。

 どうやら立ち上がるのも問題ないみたいだな。


「色々と信じられないものを見たような気もするが……トーリィ、動けるようになったんだね?」


 カイウスさんの所へと小走りに駆け寄るトーリィさんの姿を見て、毒の影響はそれ程残ってないようで少し安心した。


「まだまだ修行が足りんようだなトーリィ。お互いに」


 タットナーさんのその言葉に直立して頭を下げるトーリィさんの姿は肉親のようにも見えたし、師匠と弟子のようにも見えた。

 それとは別にトーリィさんの動きを見て、ある事に気が付いた。

 

「あのー、聞くか迷ったんですけど」


「ん? なんだい」


「トーリィさんって女の人ですよね? それも若い」


「なんで分かったんですか!?」


 おお、これがトーリィさんの地の声か。

 澄んだ綺麗な声してるね。


「なんと、そこまで見抜かれておりましたか……」


「声も変えたりして今までバレた事はなかったんだが……どうして分かったか聞いてもいいかい?」


「最初はなんとなくだったんですけど、動きと重心の移動の仕方ですかね。服装は男のソレですけど、微妙に女性特有の動きが出てたというか」


「お尻だニャ」


「お尻ね」


 オレの説明を聞いたキアラとリナリーが内容を無視してそんな事を言いやがった。

 それを聞いたトーリィさんがお尻を押さえてるけど、動きが完全に女の人に戻ってる。

 それにしても……



 何故バレたし。





 

バレいでか(´・ω・`)



結界のくだりは必要なかったような気も……したりしなかったり



2020/12/07 修正

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