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第三十一話 見て、聞いて、触って覚える、初歩の異世界

ちょっとお下品な話があるので、食事中の方はご注意を(´・ω・`)

 



 あ、キアラも魔法袋マジックバッグを持っていたようだ。

 袋というより鞄のような形状をしている。

 野営の準備で、テントと結界石をそこから取り出していた。

 その事に気が付いたのはコテージを設置した後でだったが。


「いきなり小屋が出てきたニャ……やけにたくさん入る魔法袋だと思ってたけど、どうなってるニャ……」


 小さいとはいえ、居住空間を持ち歩くってのはやっぱりおかしいのか?

 かといってこのスタイルを変えるのはもう無理。

 生活水準は下げられません。

 だからトイレも出し惜しみしませんぜ。


 という事で、地面に穴を開けてトイレを設置。


「また、なんか出てきたニャー……」


「厠、はばかり、せっちん――トイレだ」


「トイレッ!? 野営でトイレって言ったニャッ!?」


「ほら、やっぱり野営でそこまではしないんだってば」


「とは言っても、もう戻れないぞ? というか戻す気はない。青空の下で尻を放り出すなんてのはもう無理だ。それに誰も男の尻なんぞ見たくはないだろうしな」


「なんで見られる事が前提なのかは置いとくとして、確かに生活が便利になると手放せなくなっちゃうよねー」


「軽いニャ……自分たちのやってる事がおかしいかも知れないと思ってるのに、敢えて無視してるニャ……」


「こればっかりは世間に合わせるつもりはないからなあ。キアラも遠慮なく使っていいから、そこは目を瞑ろうか」


「ううっ……拒絶出来ない自分が情けないニャ……常識の基準が揺らぎそうなのに……」


「そこは気にしたら負けよキアラ。特にイズミに対してはね。相手の抗い難い欲求を上手く衝いてくるから、丸め込まれちゃったほうが楽になるわよ?」


 オレ、そんな詐欺師みたいな事してないぞ。


「リナリーってストッパー役じゃなかったニャ?」


「……その役割は、主に戦闘面で……かな?」


 視線を斜め上に逸らしながらの苦しい言い分だな。

 冷や汗と引きつった笑顔が、キアラの指摘を正当なものにしてる気がする。


「便利さを享受してる側だからな。ていうか、その辺のトイレ事情ってどうなってるんだ? 冒険者って野外の活動が多いはずだと思うけど」


「あたしの反応から大体想像つくと思うけど、そうなった場合、人目に着かない場所に移動して済ます事が多いニャ」


 あとは、普段から体調管理に気をつけて決まった時間に済ますようにとか、突発的な腹痛に襲われないよう食べ物に気を使うとかしてるらしい。

 中には軍人さながらにそういった排泄行為を制御しているツワモノのいるとか。

 とはいえ冒険者の全てが、そういった事をしてる訳ではないという事だが。

 食料や、水事情でどうしても避け得ない事態ってのもあるだろうし、対策をしても仕方ないと思ってる節もあるようなのだ。

 魔法丸薬なんかで多少の改善が可能というのも理由にあるという。

 

 実際に命のやり取りをする状況に放り込まれたら、精神面からか肉体が危機を感知してかどうかは定かではないが、そういう生理現象はある程度押さえ込まれてしまうものらしい。

 どうしてもダメなら、その場でタレ流すのも止む無し、という事になるそうだ。


 ……いろいろ犠牲にし過ぎ。

 命のかかった場面でどちらを優先するかなんてのは分かりきってはいるんだけど、それでも、と思ってしまうのは目の前で話しているのが、可愛らしい少女だからだろうか。

 これはキャスロを再現したら需要ありまくり?

 そこの所は、人間社会の経済事情や物流事情を学んでからの判断になるか。


 特殊な状況下での事はいいとして、普通に済ませた後はどうしてるのか聞くと、意外な事にサラっと答えてくれた。

 やってる事は完全にセクハラのような気もするけど、そういった事も生死に直結しかねないので気構えからして違うのかも知れない。


「水魔法と風魔法を使って綺麗にしてるのニャ。自前で魔法を使ったり、安価な魔法石でその代わりをしたり、方法は人それぞれニャ」


 なんだよ、洗浄便座と一緒じゃんか。

 初歩も初歩の魔法でなんとかなるレベルらしく、ある意味地球より進んでいる。

 しかし男の冒険者になると、掌に水を出して直接ワシャワシャと洗ったり、自分の手で拭いてから手を洗ったりと順番がおかしいのもいるとか。

 

 ……きたねえ話だな、おい。

 そんな手で、もの食ったら余計に腹壊すぞ。

 洗ってるからいいじゃないかと言われそうだが、気分の問題だ、気分の。


「それにしても、その魔法袋の容量はどうなってるニャ? ガングボアも入ってて、小屋とトイレもあったのに、まだ余裕がありそうな感じニャ」


「ん~? 収納規模としては無限収納エンドレッサーになるのか?」


「エ、無限収納エンドレッサーなのニャ? その大きさの袋で?」


「……まあ、そうだな。特別製って事になるのか一応」


無限収納エンドレッサーなんて現存してるかどうか分からない代物なのニャ……国でさえ所有していないなんて言われてるニャ。魔法箱マジックボックスならそれに近い規模も可能だって話だけど……ウソかホントか、無限収納エンドレッサーなら島ひとつ収容可能って事になってるニャ」


 ああ、うん。収容可能だねえ。

 イグニスが言っていただけで確認したわけじゃないけど、嘘をつく理由もないしな。

 しかし無限収納エンドレッサーの世間での扱いはそうなるのか。

 キアラを信用してないわけじゃないけど、オレが自作したというのは誤魔化したほうがいいのかね?

 おそらく神樹の布以外だと同じ容量のものは作れないだろうとは言われたけど、自作には違いないからなあ。

 でも神域以外では再現不可能なものを自作だと言い張るのも面倒だしな。

 それに、これ以上の混乱はキアラが気の毒のような気もしてきた。


「師匠から貰った時にそう言われたからホントにその規模なのかは分からんけどな」


 ここで言う師匠とは立場的にはイグニスという事になるけど、イグニスの事も言わないほうがいいかもしれないな。

 祖竜――上位の竜種がどんな位置づけなのか、それも分からない状態で明かすのは多少不安がある。

 畏怖の対象ならまだいい、信仰の対象だったり忌避されるような場合はトラブルの元になるような気がする。かといって、いきなりドラゴンの事を聞くのも今は藪蛇になりそう。

 その辺りの事を察したのか、リナリーも口を挟む事は避けているようだ。

 目は口ほどにとは良く言うが、向けられた視線に乗せられた意味は、オレに任せるという事らしい。

 ふーむ。なら、今は触れないでおこうか。面倒くさいし。


無限収納エンドレッサーじゃなくても、その大きさで限りなく魔法箱マジックボックスに近い能力なら、あまりおおっぴらにはしないほうがいいニャ。使用者権限があってもトラブルになりかねないニャー」


「わかった。にしても、えらく親身に忠告してくれるんだな。情報が欲しいって言った手前、こっちとしては助かるけど、いいのか? 態々、時間を割いてまでして」


「助けてもらった上に、街にまで同行をお願いしたのニャ。二人の現状を見て見ぬフリして放置なんて不義理はしたくないのニャ。全然、恩を返せてないニャ。……それに、何故か放置するとあたしまでトラブルに巻き込まれる気がするのニャ~」


 オレとリナリーを交互に見てからの溜め息混じりの笑顔という、なかなか複雑そうな心境のキアラ。


 プッ!


 そこは噴出す所じゃないだろリナリー。

 顔を逸らして笑いを堪えてるようだけど、まる分かりだぞ。


「すごいね、イズミ。ほぼ初対面の相手にもバレるって……プフッ!」


「やっぱり、そういうのを引き寄せるニャ?」


「そ、そうね。プククッ……! 本人無自覚だけど、そういう事多いかな。最善を選ぶと何故か事の中心にいる、みたいな感じ?」


 どうでもいいけど笑い過ぎだよ。

 何がそんなにツボに入ったんだ。


「よく例え話とか物語ではある話だけど、そういうのって、あるもんなんだニャ~」


「結果から見ると自ら突っ込んでいってるみたいにも見えるのが、またなんともねえ」


「……どういうワケか、みんな同じ事言うんだよな」


 キアラの言う事も分からないではない。

 ここで放置して、後でオレが何かやらかした場合、知り合いだという事が周知されていると、強引な問い合わせとか面倒な事になりかねない。

 かと言って、巻き込まれるのを嫌って無関係を装うのもキアラの性格では無理だろう。

 街までどころか、街での案内も買って出るくらいのお人好しだからな。


 だったら、ある程度情報を共有してキアラにも制止役、というか共犯になってもらったほうが何かと都合がいいわけだ。

 ご愁傷様、というリナリーのキアラに向けての表情がなんとなく納得出来ないが。


「リナリーの生暖かい目が気になるけど、とにかくそういう事ニャ。分からない事があったら何でも聞くニャ。分かる範囲の事ならキッチリと答えるニャ」


 という訳で、食事の準備中からキアラ先生による臨時講義が開催。

 世間話をしつつ気になった事を聞くだけという形になるが……まあ、コミュニケーションの初歩だな。

 と思っていたんだけど、まずこちらのやる事に食いついたのがキアラのほうだった。

 焼いたドルーボアの熟成肉をパンに挟んだハンバーガーもどきを渡すと目を白黒させて、これは何の肉だとか、パンはどうやって作ったんだとか、一緒に挟まってる葉っぱは? 使ってる調味料は? と質問攻めにあってしまった。


 ドルーボアの肉だと答えると、「一度だけ食べた事があるけど、ここまで凄まじく美味しくはなかったはずニャ……」などと驚かれた。

 ドルーボアの肉は、どうも高級品の部類になるらしく、滅多に食べる機会がないらしい。

 値段の問題もあるが、単純に出回らないんだそうだ。

 まず生息地が遠方な上、どこかハッキリしていない事。

 狩るには、それなりの強さが必要な事。

 大抵は狩った当事者の周辺で消費されてしまう事。

 そういった理由で市場では極稀にしかお目にかかれないと。


 うーん、山ほど抱えてるんだけど……どうしたもんか。

 生息地も知ってるし。

  

「場所が分かっても、うちのパーティーじゃ難しいかニャー……。あんまり他所のパーティーと組めないニャ。でも一応知りたいニャ」


「その前に確認が必要な事があるけど。一般的に冒険者ってのは一日にどのくらい移動できる?」


「安全とか考慮すると平地で4万が限界じゃないかニャ?」


 約40キロか。まあ大体そんなもんだろうな。

 強化されたこの世界の住人でも、安全マージンを取った状態なら納得できる数字だ。


「ってことは、ここをまっすぐに一日半の距離だな」


 そう神域のある方角を指して言う。距離にして60キロくらい。


「なんか分かってきたニャ……その言い方だと純粋に距離だけを言ってるんじゃないのかニャ?」


「ん? そうそう。距離だとそんなもんだぞ」


「山中の移動なのを考えてないニャ。約6万で換算したようだけど、最低でも3日、安全面から言えばもっと日数が欲しい距離ニャ」


「あ~、確かにそうか……」


「……聞くのが怖いけど、実際は何日で移動してきたニャ?」


「半日」


「……」


「……キアラが遠い目してるけど、これはどういう意味なんだ?」


「えっと、私もキアラの反応が、どうしてこうなってるか分かってないんだけど……」


「リナリーは飛べるから、まだ分かるとしても、イズミの感覚が盛大にズレてるニャ~」


 どこか信じられないといった感情と呆れを滲ませながらも、それに、と言葉を続けるキアラ。


「他人の基準と自分の基準を完全に分けて考えてるニャ……冒険者の一般的な移動距離には納得してたみたいなのに、自分とは切り離して別物として捉えてるのニャ。態々確認したにも関わらず普通、そんな考え方にはならないはずなんだけどニャ……」


「育ったのが特殊な環境だったからってのもあるのかもな。あと、『うちはうち、よそはよそ』って言われてたからな」


「それ、なんか違うニャ……」


「キアラには悪いと思うけど、こういうギャップは慣れてもらうしかないよね……」


「リナリーだってオレと大差ないんだからな?」


「私はいいの! 妖精なんだし、元々人間の常識なんて知らないんだから」


 あ、ずりーな。そこで妖精の立場を盾にするか。

 事実だから何にも言えないけど。


 まぁでもキアラのこういう反応自体がオレには助かる。

 感覚や認識の違いを正すためには必要な情報だ。


 情報といえば、ドルーボアの生息地の情報はやはりキアラにとってはあまり有用ではなかったらしい。一週間の移動もだが、同時に複数との対峙の可能性があるドルーボアを、単独のパーティーで仕留めるのは難しいとの事。移動中も大型の生物との遭遇の可能性を考えれば、複数のパーティーでも挑むのは厳しいと言わざるを得ないと。

 残念だけどニャ、と、さほど残念そうではなく言うと、他の事を教えろと言わんばかりに続きを催促された。


 そういえばハンバーガーの話だったか。

 パンは普通に酵母種を使って作ったパン。

 里の花から採取した酵母を分けてもらい窯で焼いたもの。

 窯は簡易な物を作って魔法で焼いたが、魔法の修行のついでといった所か。

 酵母のせいかわからないが、独特の風味で非常に美味い。

 それが大層気に入ったようだったのは、何故かオレも嬉しかった。


 肉と一緒に挟んであるのは、レタスに良く似た食感の葉っぱだ。

 肉系野菜の地上部分の葉っぱで美味いものを見繕って使ってみた。

 あとは、トマトに似た野菜で作ったケチャップ、のようなもの。


 地球の小麦粉と全く一緒かと言われると疑問だが、同じものが再現可能だというのは確認済み。

 微量の魔力を含んではいるがそこは問題はないようだ。

 粉物は応用が利くので、小麦粉があるのは非常に助かる。里のみんなには世話になりっぱなしだな。


 食事は当然ながら、イスとテーブルを用意しての事だったけど、そこでも「野営でテーブルとイスがあるって、変な感じニャ……」と突っ込みを頂いた。

 テーブルがあると便利だからなあ。

 確認したかった貨幣も、テーブルの上に並べてもらって分かり易かったし。

 お金と言えばという事で、生活資金の事も話題に上った。

 今回のワッパー、ガングボアの成果でどのくらいになるのかを尋ねた所、時価や諸経費の事を含めるとバラつきはあるが、それでも優に3か月分の食費にはなるんだとか。


 おお、いきなりちょっと小金持ち!

 ただ、今回は消耗品の消費もなければ、装備の損耗もないからと付け加えられ、恐らく4か月分に近いと。

 何にもしてないけど増えた。

 そこで、気になった事の解消のために、ワッパー3匹の山分けを提案。

 

「リナリーが仕留めた獲物ニャ。もらう訳にはいかないニャ、って言いたいけど、何か理由があるのニャ?」


「ああ、実際に街についた後の獲物の扱いを見たいんだよ。いきなりオレが持っていって取引出来るのかって不安もあるし、キアラに対しての情報料としての意味もある」


 最もらしい事を並び立てたけど実の所、詫びの意味合いの方が強い。

 オレたちのせいで死なせかけたというのが、ひっかかりまくってるから。

 これでチャラになるとは思えないけど、少しでも心の均衡を保つ為に必要だというのはリナリーも同意見らしい。目がそう言ってる。


「情報料は別にいらないけど、二人にとっては貰っておいたほうが都合がいいのかニャ?」


 コクコクと頷くオレとリナリーを見て首を傾げていたが、なんとか提案を受け入れてくれた。

 うーん、そのうち本当の事を言わなければいけないとは思けど……言い辛いなあ。


 就寝までの間に色々と疑問に思った事をお互いに聞いて過ごした。

 キアラが実は薬学、主に薬草について詳しいと聞いて、キャスロの再現に協力してもらえるかもと考えたり。

 オレの鍛錬風景を見ていたキアラが見た事もない武術だと、しきりに感心していたりと、話題には事欠かなかった。


「実は本職は体術かニャ? その割には保有魔力が多いし詠唱がなかった気がするけどニャ……」


発動詠唱キー・スペルだけでの発動はそんなに珍しいのか?」


「簡単な魔法、生活支援系の魔法なら珍しくはないけど、攻撃魔法で出来る人間は少ないニャ。リナリーなら魔法が得意な種族として違和感はないけど、人間が同じ事をやるとちょっと目立つかもしれないニャー」


「目立つとどうなる?」


「ん~、いろんな可能性が有り過ぎてなんとも言えないニャ。勧誘があるのは当然として、仕事の斡旋での詐欺、腕試しと称して挑まれたり、狩りへの付き纏いなんかも考えられるニャー。名前や顔が売れるのは悪い事じゃないけど、それなりに厄介事も増えるのは仕方ない事ニャ」


「力を持ってるのが得体の知れないヤツってのも、余計に拍車をかける原因になるよな~」


「そうそう、未確認生物なんていつの時代も警戒の対象ニャ」


「誰が未確認生物だ……」


「とは言え、街中で魔法をぶっ放す事なんてそうそうないし、考え過ぎも良くないニャ。それにイズミはなんだかんだ大丈夫そうな気がするニャ」


「根拠のないお墨付きを貰ってもな」


「トラブル慣れしてるニャ」


 クふッ!


「そこ笑わない」


「だって、反論できないでしょ?」


 ぐっ、……この世界に来た事自体が、現在進行形でトラブルに遭遇しているとも言えなくもないから、ハッキリと違うと言い切れない。


「まァ、街中で何もしないのに目立つなんて事はないだろうから、おとなしくしとくさ。っていうかオレよりもリナリーのほうが心配なんだけどな」


「私のほうはなんとかするわ。イズミのフードに隠れたり、手段は色々と考えてるつもり。最悪、空に飛んで逃げればいいしね」


「それがいいニャ。街の人間がどんな反応するかは正直、あたしも予想出来ないニャ。でも実の所イズミと同様に、あんまり心配してないニャ」


「そうは言うがなあ」


「過保護だニャ~、あれだけ強いのにまだ心配ニャ? あたしのほうが保護して欲しいくらいだニャー」


「ん? 一緒にいる限りは、傷ひとつ負わせる気はないぞ」


「ま、真顔でそういう事言うのは、よ、よくないニャ……」


 ん? ビックリしたような表情の後、赤くなって顔を逸らしたけど、オレなんかキアラが照れるような事言ったか? 

 もしかして惚れたか? いや、恋愛を禁止してるくらいなんだから、そう簡単に感情が動くような事はないだろう。

 こんなに簡単に惚れてくれるなら苦労はしないって話だよな。

 だったら、なんでリナリーがジトっとした目でオレを見てるのか、それが意味がわからん。

 一緒にいるなら、お互いが安全に対して責任を持つのは当然だろ?


「はぁ~、自覚がないからどうしようもないよねえ」


 リナリーはリナリーで勘違いしてるっぽい気もするんだけどな。

 やれやれみたいな溜め息が出る場面か、ここ。

 ……まあいいか、考えても分かりそうにない。


 オレだけ蚊帳の外のような感じの時間もあったが、両の月が天頂に来る頃には就寝する事にした。

 キアラにはベッドで寝てもらい、オレは床に敷いた厚手のラグの上で毛布を被って寝る。

 それを見ていたキアラが、「なんか悪いニャ……やっぱりあたしが床で寝るニャ」なんて言ってたが、こっちも快適だと教えると、ラグの手触りや、毛布を確認して納得してくれたようだ。


「単に気分がちょっと変わる程度だから気にしなくて大丈夫だぞ」


「こっちのベッドも信じられないくらいフカフカなのに、敷物も同じだったニャ……」


 ちなみに、このラグと毛布、里のみんなのお手製。

 ラグの上は土足厳禁です。


 キアラもなんとか寝られるまでは気持ちが落ち着いたようで。

 小屋に入ってからは見るもの全てが珍しいとばかりに、食い入るように観察していたんだよな。

 リナリーの花のベッドから始まり、部屋の中を照らす花の照明や、ベッド、床や天井に至るまで「ほへ~」と言いそうな表情で長時間、見入っていたのにはオレとリナリーも苦笑が漏れた。


 さて、今日は魔力を使いきってないけど寝ようかね。






 ~~~~






 二人がまだ寝ている時間に目が覚めた。

 いつも早朝の鍛錬のために夜明け前のこの時間には目が覚める。だけどラキの目覚ましがないのが、まだ違和感があるなあ。


 鍛錬後、朝食の準備をしていると


「おはよう、イズミは早起きニャ~……って朝食が出来てる……」


「おはよー。イズミの趣味だからね~。今朝は何かなー」


 挨拶のあと、思い思いの事を口にしながら小屋から出てくる二人。


「今朝はパスタだ。サラダは適当に食べてくれ」


 トマトと野菜と肉を煮込んでパスタソースにして、ロングパスタを使用してトマトソースパスタにしてみた。

 小麦の種類が違ってどうかと思ったが、意外とセモリナ粉のパスタに近いものに仕上がった。

 思いがけず上手くいったので、それに気を良くして色々と他のモノも再現している最中。


「料理が美味しいとか、お嫁に欲しいニャ」


「なんで嫁なんだよ」


「イズミはどっちかと言うと家政婦?」


「それとも、マダムの付き人とかかニャ? なんていやらしいニャ」


「うるせえよ! いいから冷めないうちに早く食え」 


 くだらない会話を交えつつの朝食。

 二人は「うまーッ!」とか、きゃいきゃい言いながらそれなりに満足してくれたらしい。

 スプーンとフォークはこの世界にも普通にあるので、食器類を見てもキアラも別段驚かないようだった。

 材質を教えたらまた反応が違ったかね? なじみ深いステンレス食器に近い色がこれしかなかったという理由だけど、希少価値が高いって言われるミスリル銀製ですぜ。


「さて、そろそろ行くか」


「そうだニャ。気付く範囲の話はだいたいしたとは思うけど、実際にその場面にならないと気が付かない事も多いニャ。後はその場その場で勉強って事になるニャ」


「……だよな。オレが何が分からないのかが分からないんだから、教えようがないわな。習うより慣れろって事か」


「そういう事ニャ」


 腰に手をあて、オレの言い分にうんうんと頷くキアラ。

 いきなり全部なんてのは度台無理な話だからな。

 なんとなくの方針も決まり、撤収作業に。

 野営に使ったものを仕舞い、即席別荘の跡地から街道に向けて出発。

 

 山道から街道に出た頃には陽もだいぶ高くなり、腹時計ではオヤツの時間。

 

「街道って、野山の道とそれほど変わらないかと思ってたけど、結構整備されてるんだな」


 樹木もそれ程生い茂ってるわけでもなく、樹高も山の中に比べるとかなり低い。

 道幅も車が行き違うのが可能な程度の幅はある。

 馬車でも頻繁に通っているのか、わだちの跡もあり、ここが街道だと主張している。


「カザックの街はそれなりに大きいからニャ。人の出入りも結構あるニャ」


「繁盛してる街って事――っ!」


 感覚の端に捉えた僅かな魔力。

 しかし、それが何を意味するのか分からない。


「どうしたニャ? ――あれはっ!」


 オレが立ち止まり街とは反対方向を見ていると、それに気付いたキアラが更に別のものに気付く。

 キアラが振り向いたとほぼ同時に、オレンジ色の光りの球が遠くの空に打ち上がった。


「救難信号ニャ!」


「救難信号? 誰かが救援を求めてるのか?」


 何かの信号弾のようだと思っていたのが、そのままの意味だったとは。

 魔法で作り出したものなんだろう。

 キアラの言うとおり、これも実地でないと分からない事柄のひとつって訳か。

 それにしても、救難とは穏やかじゃないな。

 

 ……なんで二人してオレを見る?


「リナリーの言ってた事の信憑性が増したニャ……」


 何の事……あっ! トラブル誘引体質の事か!


「誤解があるようだけど、他人のトラブルまで誘発してるわけじゃないからな? そんな事より行くぞ!」


 返事を待たずに信号弾が上がった方向に走り出す。

 それを分かっていたかのように、すぐさま並走飛行に切り替えるリナリー。

 ワンテンポ遅れてキアラも動き出す。


「ま、イズミならそうだよね」


「恩を売って情報を得る!」


「建前すっとばして本音を言ったニャッ!?」

 

 いや、キアラと同じ方法だと思うんだけど。

 

「光りの球の意味は分かった。可能性として何がある?」


「魔物との遭遇、盗賊、落石や地すべりなんかの自然災害……でも街道の近くに魔物っていうのは考え辛いニャ。ない訳じゃないけど、ちょっと腕が立つ護衛がいるなら問題ないはずニャ。場所的にも季節的にも自然災害は除外してもいいと思うニャ。そうなるとあとは……」


「盗賊か」


「たぶんそうニャ。最近よく盗賊の話を耳にするから、可能性が高いニャ」


「救難信号って、よくある事なの?」


「滅多にないニャ。というか、あたしも初めて見たのニャ」


 だからオレを見るなって。


「救難信号は諸刃の剣なんだニャ」


「どういう事だ?」


「魔物との遭遇の場合もだけど、救援者とは別に、ゴロツキもおびき寄せる危険性があるニャ。盗賊のおこぼれや、便乗でメチャクチャになって更に事態が悪化なんて話もあるニャ。対処に余裕があるなら、そもそも増援は求めないし態々獲物がいる事を知らせるようなものだからニャ。余裕がある状態で実行するのが良しとされてるけど……実際はそううまくいかないニャ。どう転ぶか分からないからニャ」


「群がってくるなら、逆手に取って待ち伏せして討伐とかありそうだけどな」


「それは……無理ニャ。討伐にはそれなりの人数が必要だからその魔力の数でバレるニャ。魔力の感知に長けたものが盗賊には必ずいるニャ。だから有無を言わせず広域での包囲殲滅するくらいの勢いじゃないと難しいニャ。……それにしても、博打の要素があるのに救難信号を打ち上げたという事は……」


「という事は?」


「追い詰められてるニャ。割と最悪な事態に近いニャ」


「それを早く言え!」


 リナリーに即座に肩につかまるように促し、キアラの腰に手を回し脇に抱えるようにして抱き上げる。

 強化タフ・ドライブの使用で速力上昇を図る。


「ニャニャッ!?」


 いきなり抱き上げた事で、何事かと混乱したような声のキアラだが説明せずとも意図は理解したようだ。

 扱いが乱暴だって言われそうだけど、文句は後で聞く。

 今は現場にいち早くたどり着く事が優先だ。



 間に合うか?



お約束からは外れませんでした(´・ω・`)

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