第三話 非日常へ
ジィちゃんを探しに入った地下通路の最奥の部屋で地面が幾何学模様に光を発した。
これはマズイと思って部屋からの脱出を図ったが時すでに遅し。
地面の発光と同時に、足が底なし沼に嵌ったかのように微動だにしなかった。
結果、逃げようとする間もなく全身が吸い込まれた。
で、訳のわからない空間を漂ってたと思ったらここに来ていたという訳だ。
掻い摘んでここまでの経緯をクイーナに話していたら(なずなとのやりとりは俺の中でだけ再生)
話し終わる寸前にイキナリの合いの手染みた掛け声が響いた。
「はいっ、そこーっ!」
「え、どこ?」
何だ、どうした、気がふれたか? と内心でツッコミを入れたが口には出さない。
「ソレが原因!」
「そんな事はわかっとるわっ! オレが聞きたいのは、なんでこんな所に移動させられたかって事だよ!」
原因なんて考えるまでもなく、あの部屋のおかしなカラクリだ。
それが作動した結果ここにオレがいる。
「それが転移装置だったからだね。次元や空間をほぼ時間の消費をせずに移動出来る装置」
「なんでそんな物がウチの敷地に……」
「んー、それは分からないけど割といろんな所にあるよ? ただ、そう簡単には起動しないはずなんだけどなー?」
うちの敷地にあったのは全くもって謎だが起動したのはイレギュラーだったって事か?
それとも何者かの意図が介在した結果か?
例えば目の前にいる彼女とか……。
よくある召喚モノだと大抵は目の前の人物が召喚主だよな。
まあ彼女の言葉を信じるなら、出会い頭の事故っぽいが。
「起動原因は謎と……それで、ここは何処なんだ?」
「境界と言われる場所よ。その転移装置からは必ずここに来るようになってたみたいね。久々にここに人が来たからビックリしちゃったよ。誰かが来たのって300年ぶりくらいだったし」
「オレ以外、誰も来てない……?」
「? 来てないよ?」
ジイちゃんもオレと同じように吸い込まれたかと思ったが違ったようだ。
少しホッとした。
「300年って、記録でも残ってるのか? まさかとは思うが、あんたその時から居たとか言うんじゃないだろうな? だとしたらいったい何歳なんだ?」
当事者のように言うクイーナに、有り得ないとは思いつつ聞いてみた。
まともに答える気があるかは知らないが、聞くだけならタダだ。
「いきなり女の子に年齢を聞くの~? いくつに見える? 知りたい? 知りたい? ん~、欲しがり屋さんだなあ、しょうがない、特別に教えて、あ・げ・る」
ウ、ウゼェ……。
話に聞く、合コンによくいるイラっと女子か?
「いや、やっぱりいい」
「私の年齢は~、10万飛んで18歳です!」
無視かよ。って何その年齢。悪魔の格好でバンドでもやる気ですか?
っていうか仮に本当にその年齢だとしたら……
「バ――」
「ていっ!」
「ぐほっ」
ものすごいキレの地獄突きが飛んできた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ、いきなり喉とか、危ねえ!」
「乙女に年齢は禁句」
「理不尽!」
いやもうツッコミ待ちとした思えねえフリだったのに、なんなの?
そういう罠か?
「冗談なら、それで構わんけど。……ホントの所あんた何者だ?」
「むう、信じてないなあ? ホントの事なのにー。まあいっか。私はこの世界、と言うかこの区域? の管理者だよ」
疑問形が気になるが、別に頭から否定してる訳じゃない。
むしろこの状況で否定するほうが難しい気がしないでもない。
ただ、色々と空気を読んでくれっつー話だ。
「……管理者? 神様みたいな?」
「ちょっと違うけど、やってる事は似たようなものかなあ?」
何か含みのある言い方に聞こえるが困惑したような説明の仕方といい、他に表現のしようがないのかも知れない。
「まあ、いろいろ言いたいことはあるけど……ここに転移した理由はここが目的地だからか?」
「ある意味ではね。本来は私が管理する場所に行く為の中継地点なの。システム的に直接目的地には行けない仕様なんだけど、まあ変なものが紛れ込まないようにする一種の安全装置みたいなものね。で、目的の場所の状況を確認してからそこに向かうの。つまり転移装置を使っての転移としては通常の手順でここに来たってことになるのかな。ただ、目的地がわかってないとなると……」
彼女としても、どうしたらいいのか分からないというのが本音だろう。
「……理由はわかった。もう一つ聞きたい事がある。――オレは帰れるのか?」
オレのその質問を聞いてクイーナは表情を曇らせる。
あ、イヤな予感しかしねえ。
「あぅ、その……無理……かな」
……やっぱりか。
そうじゃないかとは思ってたけど、改めて聞くと堪える。
「はぁー……」
「あ、あの、誤解しないで! 今すぐは無理って意味だよ!」
なぬ? そうなのか?
それを聞いてガバっと顔を上げクイーナを見やる。
盛大にヘコんだから、慌てて否定したっぽいな。
気を遣わせたか。意外とお人好し?
「すぐには無理って事は何か条件がそろわないとダメって事か。その条件は?」
気を取り直し尋ねる。何か方法があるって分かっただけでも御の字だ。
「条件って程でもないんだけど……その、あるものがないと転移装置の起動陣が動かせないの。それさえ動かせれば帰るのは全然問題ないのよ。ログも残ってるからあなたの通ってきた装置の座標も正確に割り出せるはずだから、そちらも大丈夫」
おお……思ったより状況は悪くない?
「ただ……手元にはないし、その上すぐに用意出来るものでもなくて……」
「歯切れがわるいな。つまり?」
「探し出して手に入れて欲しいの!」
途中からその可能性があるかもと思ったが案の定そういうことか。
ため息が出そうになるが、手段があるならそう悲観したものでもないだろう。
「探すのはいいが、どこにあるかは分かってるのか?」
「あ、うん。私の担当区域内にあるのは確かだよ」
「担当区域ってのは?」
「……惑星まるごとです」
「マジかッ! それってどこにあるか分かってないのと一緒だろ!」
「うぅ……ごめんなさい」
謝られても、こちらとしてはどうしていいか分からんが。
これは長期戦を覚悟しないといけないんじゃないか?
惑星まるごとって、見つかる気がしねえ……。
「正直、全く先が見えないが……手元にない理由は?」
「最後に使われたのが千五百年前で、その五百年後、つまり今から千年前に別の用途に使ってしまったの。というか当時起きた問題に対処するために使わざるを得なかったと言ったほうが正確かなあ? それから、まあ色々あって今ここにはないんだよね」
「使わざるを得なかったものをオレが持ってきてもいいのか?」
「それは大丈夫。もう役目は終えてるから」
「よく分からないが問題ないんだな。それさえ手に入れれば帰れるわけか……。そういえば300年前に来たってヤツは使わなかったのか?」
300年前って言えば日本は江戸時代か。まあ日本人とは言ってないし外国人の可能性もあるのか。
いや、そもそも地球人であるかも怪しいのか。
「え? ああ、あなたの星には帰らなかったからね。必要ないって」
マジで? すげえな……。
見つからなかったのを強がって必要ないって言った可能性は、って自分で考えて怖くなってきた。
もしそうならシャレにならん。
「……ちなみにどんなヤツだったんだ? えらく思い切りのいいヤツだな」
もと居た世界に未練がないってのは今のオレには理解しがたいが、理由もだけどちょっと人と成りに興味がわいた。
強がって仕方なくって可能性は潰しておきたいというのもあるが……。
「えっと、確かローランさんていうワーウルフだったかな?」
「ワーウルフっ!?」
外人じゃなくて人外だったッ!?
日本人か外国人かなんて考えてたら、違う所からタマが飛んできた。
「なんかね、地球は暮らしにくいって言ってた」
そりゃまあ確かに狼男だとしたら地球で平穏に生活するのは難しいかも知れない。
普通の人間でさえ奇異な行動や嗜好が違うだけで白い目で見られたりすることがあるくらいだ。
ましてや本物だ。オレには想像も出来ないような苦労があったんだろう。
戻る必要性を見出せなかったって事なんだろうな。にしても本当に居たんだな。
「綺麗な女の人だったんだけど、やっぱり他人と違うっていうのはいろいろ大変みたい」
「男じゃないのかよっ!?」
「そうだよ?」
「……」
勝手に男だと思い込んだのは確かにオレだけど……次から次へと余計な情報が出てくるな。
ローランさんに興味が無い訳じゃないが、まずは自分の事をどうにかしなきゃ他人の話どころじゃない。
「ま、まあいい。見知らぬ星だか世界に骨を埋めたってのは素直にすげえとは思うけど」
「イヌ科だけに?」
「うるせえよ。って、ワーウルフってイヌ科なのか……? 亜人じゃなく?」
「さあ?」
こいつ……ッ!
自分でネタ振っといて投げっぱなしで回収しねえとか。
いや、この顔はその場のノリで言っただけか。
とにかく続きだ。
「そんなことより肝心なことをまだ聞いてないぞ、その探し物ってのはどんなモノなんだ? 形とか大きさとか、名称が判るならそれに越したことはないし、その辺りの情報は?」
飲み込み切れない情報が出てきて軽く混乱してるが、これ以上おかしなものが出てくる前に話を進めよう。
「妹だよ」
「は?」
「私のい・も・う・と」
「いや、今家族の話は聞いてないぞ」
「探し物の正体が私の妹なの」
「人間かよっ! 完全にモノ扱いじゃなかったかッ!?」
更におかしな情報が出てきた。
何万年も生きてるヤツが人間のカテゴリーに入るのかは怪しいが。
「あ、そだね、モノみたいに聞こえちゃったか。正確には、サシャの固有波動が込められた起動キーが必要なんだよね。厳密にはサシャ本人がいればキーは必要ないんだけど。本人がいなくてもそのキーがあれば問題ないから、そのこと前提で話しちゃった。あ、サシャって妹の名前ね。サシャ・アルゼ」
そういう事か。
長生きのし過ぎで物と妹の区別がつかなくなってるのかと思った。
「話の流れからすると、そのサシャが起動キーを持ってると」
「だね。サシャが誰かに造って渡すこともないと思うし、サシャ以外は誰も持ってないはずだよ。だから彼女を探して本人かソレを持ってくるしかないって事になるの」
「千年前に起きた問題に使ったんっだったか?」
「だね。サシャの力が込められたアイテムが必要だったの」
ん~? 何か変だぞ……。
「待て。確か役目は終えてるって言ったよな? 最初は設置型のアイテムかと思ったが、サシャが持ち歩いてるってことはその手のアイテムでもない。クイーナって管理者なんだよな? 何か隠してるんじゃないのか?」
妹が持ってるって事は回収自体はしている。または新たに作ったか。
なのにクイーナの手元にない。
管理している転移装置の起動キーがないのは転移がらみの問題があった時に対応が難しくなるんじゃないのか? まさに今のオレのように。
そもそもなんで妹が持ったままなのか?
合理的に考えれば本来ならクイーナが持っているべき物のはず……。
ジっとクイーナの目を見る。
……逸らしたっ!
「なくしちゃったの……」
は?
なんだって?
顔の筋肉がここまで引きつるってのを初めて味わったわ。
「いつの間にか無かったの。だってだって5百年使ってなかったくらいだよ? 問題解決した後だって千年何もなかったくらいだから無くてもいいかなあって思っても不思議じゃないでしょ? でも万が一同じような事があった時に困るからって一応回収は試みたんだよ? でもやっぱり見つからなくて……。サシャには『お姉ちゃんには任せておけないっ!』て怒られるし、お仕置きだって言ってお菓子とご飯抜きにされるし、お気に入りのぬいぐるみも解剖されちゃうし。どうせ定期的に力を込めなきゃいけないからって、キーの管理権限ごと持って行っちゃったんだよぅ」
いつの間にかって……。
質問しなきゃ黙ってるつもりだったな?
怒られてる子供みたいな態度で申し訳なさそうに言うクイーナ。若干関係無いことも混ざってる。
色々あったっていうのはそういう事か。
任せておけないってのも、なんとなく分かる気がする。
「連絡は? 妹なら連絡くらいつくんじゃないのか?」
「今は通信障害の時期で連絡がつかないの……。定期的にこちらに顔は出すんだけど、この前会ったばかりだし、サシャが今何処にいるかも分からないの。いろんな所を巡ってるみたいで……」
悪い方向にご都合主義とか勘弁してほしい……。
「……通信障害の期間は? そんなに長期間じゃないんだろ?」
「地球時間で約3年位は続くと思う……」
「長っ!」
中学生でも高校卒業しちまう年数だよ。大人の階段上れるよ。
いや、3年というのは考えようによっては悪くない……か?。
「一応聞くが定期的に顔を出すってのはどの程度の頻度なんだ?」
「……10年に一度くらいかな」
おおう、通信障害の期間といい、長生きしてるヤツ特有のタイムスパンを遺憾なく発揮してる。
会ったばかりって事は次は10年後か? そんなに待てねえ!
仮に待つとしても、こんな感覚遮断室みたいな何も無い所で10年も待てる自信はない。
食料の問題だってある。通信障害期間の3年どころか1ヶ月ですらここに居るのはまず無理だ。
どちらにしてもここに留まる選択肢はないだろう。
「行くしかないのは分かった。ここからその惑星にはどうやって?」
「あ、それは私の転送陣で行けるから心配しないで。それよりもちょっと問題があるの」
あるのかー。
「その惑星って環境が過酷というか危険な世界なの。今のあなたでもそれなりに通用するとは思うけど、おそらく世界を巡るのはキツイと思うの。所謂ファンタジー世界って言ったら分かるかな?」
「神話や物語に出てきそうな生き物がいる世界ってことか?」
「あと魔法が当たり前の世界」
「……さっき見せたような力か」
衣服の形を変化させた時に言ってたな。
それを思い出し確認するように言葉にすると、コクリと頷くクイーナ。
「そこで、それを今から覚えてもらおうと思ってます! 表層意識のスキャンと雰囲気で相当なレベルで戦闘技術を身につけているのはわかったんだけど、それだけではサシャを見つけるのは骨が折れると思うんだよね」
スキャンの時にいろいろと情報が漏れてるなー。敵対的な関係じゃないから問題はないけど、お尻関係の事は詳しく聞いてくれるなよ? なんでさっきは反応しなかったのか、とか面倒な事言ってきそうだし。
それはいいとして、そんなに簡単に魔法なんて覚えられるのか?
こう、血を吐くような修行とかは?
訝しんだオレの表情を見てクイーナも察したのか、大丈夫と言わんばかりに笑顔を向けて言葉を続ける。
「そういうワケでコレを使います! 魔法具とか魔道具といわれる類のアイテムです。高度な術は無理だけど、魔法を使う為の下地を作るキッカケを与えるのは割りと簡単に出来るの。あとこっちのほうがある意味重要かも知れないんだけど、現地の言葉を覚えてもらったほうがいいと思うから、それもやっちゃうね」
そう言いながら胸元から何かを取り出した。
折りたたまれた物を広げるとヘッドマウントディスプレイのような形になる。
それをオレに手渡して頭にかぶってくれというジェスチャーをしてきたのでそれに従う。
装着すると同時に目と耳の部分が適度に密着してきた。良い匂いがするな。クイーナの匂いか?
ディスプレイにあたる部分に何も表示されないので視界は真っ暗だ。
と思ったら光の明滅が視界を覆う。
『物理的身体の段階的強化開放』
『精神強化開放』
『魔法力強化開放』
『言語情報の入力開始』
『言語情報の入力終了』
クイーナの声に似たアナウンスが脳内に響く。
最後の言語情報の所で若干の頭痛があったがどうやら終了したようだ。
そうか、この手の技術があるならクイーナが日本語を話せているのも不思議ではないのかも知れない。
あんまりにも自然に会話してきた事と転移直後の混乱で、意識からスポッと抜け落ちてた。
きっと尻のせいだ。
脳内探査とやらで言語情報を調べたのか、転移装置のある場所の言語は網羅しているのかは分からないが意思疎通に対して違和感を覚えさせなかったのは素直に感心できる。
「無事に終わったみたいだね。言語情報の時に負荷を感じたかも知れないけど健康には何の影響もないから安心して。圧縮した情報を脳に直接送った影響で脳がビックリしちゃっただけだから。私の話している言葉はわかる?」
日本語とも英語とも違う、聞いたこともない言葉だと分かるのに意味はしっかり理解できている。
「ああ、理解出来ているみたいだ。こんな一瞬で言葉を覚えられるとは思ってなかった。魔法ってのはすごいな」
今喋った言葉も覚えたての言語だ。日本語を話すのとそう変わらない感覚で会話が出来ている。
オレの驚いてる顔を見てクイーナが笑顔で軽く頷いている。
「ふふっ、良かった。話す方も問題ないみたいね。主にラクスフィラール大陸で使われているラクス語っていう言語で一番使用人口が多い言語なの。転送先の大陸がそこだから丁度よかったかな。余程の僻地か隔離された集落にでも行かない限り、大陸内ならどこに行っても話せる人間がいるはずだから、とりあえずはラクス語だけでいいと思う。と言っても他の大陸に行けばラクス語だけじゃ通用しなくなるかも知れないから、そこは自力で勉強してね。まあ今回の事で新しい言語も比較的覚え易くはなってるはずだからそんなに苦労しないと思うよ」
「それは助かるな。満足に意思疎通さえ出来ない状態で現地に行くのを覚悟してたからな。違う言語にしても負担が減るのは正直うれしい。ありがとな」
「えへへ。お礼なんていいってば。起動キーがあれば探しに行く必要がなかったんだから、私としては申し訳ないとしか言えないわけで……。その埋め合わせって訳でもないけど出来る限り力になりたいなと」
「確かに管理体制としてはどうなんだと思ったけどな」
「うぅ、それを言われると……」
「ははっ、冗談だよ。気にするなって。3年経てば確実にサシャとは連絡がつくんだろ?」
「うん、サシャに何かあるなんて絶対ないし、そこは大丈夫」
それを聞いて、そうかと無言で頷く。
「というか、なんか前向きになった?」
「最初はすぐにでも帰りたいと思ってたが、クイーナと話してるうちに考えが変わってな。普通ならこんな経験はまず出来ないだろう? すぐには帰れない前提があるにしても帰る手段があるなら、それまではこの世界を堪能してみてもいいと思ったんだ。観光するように楽しめるかどうかは分からないけど退屈はしないだろう?」
それに運良く、いきなりサシャが見つかる可能性だってない訳じゃない。
「そう言ってもらえると私もうれしい。出来れば私の管理世界を嫌いにはなって欲しくないから。穏やかと言うには程遠い環境だけど私は結構好きなんだ」
「そうか」
だから管理を任されてるって事もあるかもしれないな。
愛着も何も持ってないヤツよりは遥かにマシだろう。
「まあ、留学とか越境進学みたいなものだと思えばいいかもね!」
「越境し過ぎだろ! 星ごと変わってんぞ! 大体――」
「あ、まだ開放系の説明してなかった!」
「話を聞けよ! って、そういえば言語以外は何かの開放だったな。聞いても何の事かさっぱりだった」
「まあそうだよね。順を追って説明するけどそんなに難しくはないから。まず、物理的身体の段階的強化。一つは耐性系に関連してるの。具体的には毒とかウイルスに対する解毒反応とか免疫機能が強化可能になるの。といってもこれは地球人基準での話で、取り敢えずの処置として現地の人並みになる感じかな。体内的には他にも色々強化項目があるけど大体そんな感じ。そして身体能力の地力の底上げ。筋力や外皮、神経、それに骨なんかも一時的な強化とは別に永続強化可能になるの」
クイーナの説明を聞くと、想像した以上に色々な事が出来るようだ。
精神強化
これはその名の通り精神を強化する。催眠や混乱等に対して耐性を上げる。
もう一つは魔法使用の際に無意識下で行う膨大な処理の高速化などだ。
脳細胞の伝達速度の極限までの高速化と思考のタイムラグの軽減。
理屈の上では思考速度を電気の速度まで高速化が可能とかなんとか。そこまで出来る人間はまずいないとは言っていたが。
例えば、簡単な暗算でも考えるという作業には多少なりとも時間がかかるが、その時間を短縮できるとかそういうことらしい。
良くわからんと言ったら、考えるな感じろ!と言われた。
魔法力強化
魔力の増加と質の向上が可能になる。
驚いた事にこれは普通の地球人でもある程度可能なんだそうだ。
ただ精神強化も必要な為に現在の地球の環境化では魔法技能は発現しない。
では、何故これから向かう惑星の住民が普通に使えるのかというと、大気の成分に魔素またはマナと言われるものが大量に含まれていて(地球と比べて膨大)精神強化の作用が働く。
この魔素が精神強化には必要不可欠なもののようで、それを生まれた時から体内に取り込んでいる惑星の住民はオレのように処置を受けなくても魔法が使えるということらしい。
聞けば聞く程ファンタジーな世界だ。
まあ当然ながら人それぞれ適性みたいなものがあって、
誰でも強力な魔法が使えるという訳ではないらしいが。
幸か不幸かオレにはそれなりに素養があるようで、あとは努力次第、訓練次第と言われた。
もしかしたら開放アイテムを使ってクイーナが下駄を履かせてくれたのかね?
先程の服の後ろを消したのはどんな魔法だったのか気になったので、ちょっと聞いてみた。アレは繊維に魔法を付与したもので、任意である程度変形が可能だとか。理屈も原理も全く想像が付かないがオレも使えるようになるんだろうか。
別に変な事に使うつもりはない。
いや、ホントに。
説明を終えるとクイーナが少しここで魔法を使う練習をしていかないかと提案された。
2、3日後には別の担当区域に行くというのでそれまでしか付き合えないと言うことらしいが、オレとしては願っても無いことなので否やはない。
ちなみにクイーナについて行く事は可能か聞いたら専用の転送陣だから多分無理と言われた。
もしかしたら粘膜が接触してれば出来るかもと、からかってきたので尻を叩いておいた。
なかなかいい手応えだ。「いやん♪」とか変な声を出すな。
クイーナが他の担当区域に行くまで練習を重ね、極々基本の魔法の発動まではこぎ付ける事が出来た。
この何もない空間で精神的にどうなるかと思ったが、そんな事を思う暇もなく時間が過ぎてしまった。
寝る時間と食事の時以外は魔法漬けの毎日。
食事はクイーナが用意してくれたものを頂いた。
そして一番の問題になるかと思ったら、そうでもなかったのがトイレの問題。
クイーナの用意した食料はブロック型のクッキーに似た栄養補給タイプのものだったが、完全消化を促す効果のある固形食料で体内の老廃物や毒素なども分解してくれるものだという。
排泄されるべきものが水分に関しても全くなく、この3日間は非常に重宝した。
睡眠時間が大幅に減った事を考えると代謝や脳内の分泌物の制御まで効果が及んでると思われる。
味なども申し分なく感心していたら、レシピいる? と言われたので是非にと教えてもらった。
材料と魔法の関係ですぐに作るのは無理みたいだが、そのうち作れるようになるだろうと。
どうやら軍事物資に近いものらしい。効果を考えたら至極当然といった所か。
これがあれば本物のウン○しないアイドルの出来上がりだなと何気なく呟いたら「じゃあ私もアイドルだ!」と益体もない事を言ってきたので無視してやった。
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出発の朝。と言っても朝かどうかは分からなかったが。
睡眠から覚めるとクイーナから小さめの背負い袋を手渡される。
これから課外授業、もといサバイバルな環境に赴くにあたって手ぶらで行くのは心もとないだろうという事で用意してくれたらしい。
ていうかどこから持ってきた? また魔法か? 魔法なのか? まあいい。
練習のことも含めて改めて礼を言うと転送陣へと促される。
「それじゃ、これから転送するね。そこに案内人も居るから一応尋ねてみてね。っと準備よし! 最後に何か聞きたい事とかある?」
足元に転送陣の幾何学模様が青白い光とともに浮かびあがる。
「行く惑星の名前、というか世界の名前は?」
「ルテティア」
それを聞いた次の瞬間、光とクイーナの「頑張って」の声とともに送り出された。