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第二十九話 So good


 神域から南の街道に向かって移動してきたが、ちょっと速度を落とそう。

 というか、丁度良いから一休みだ。

 普通に歩いたら一日はかかるだろうという所を1時間弱で移動。

 この辺りまでは狩りで何度も来ているから慣れたものだ。


 後は小さな山を越えれば街道まで出られる。

 距離もそれほどあるという話じゃないから、この際はのんびり行くか?

 神域の外、ここからはオレにとってみれば全くの未知の世界になる。

 何も見ずにスルーかますのは勿体無い。


 それにしても、そう遠くないうちに神域に戻る予定でいたのに、思ったより仰々しい別れの挨拶になったような気がするな。

 この世界を楽しめ、か。

 もちろんそのつもりだ。

 オレの目的そのものと言ってもいい。

 ひと探しは……正直半分くらい諦めてます。

 惑星規模のひと探しなんて、何をどうすりゃいいんだって話だ。


 それも含め、今後どうするかは追々詰めていくとして。

 取り敢えず今はオヤツだ。

 妖精の里で採れるトマトに似た果実が美味い。

 似てるのは外見だけで、味のほうは甘みが強いのにさっぱりしている。

 その果実を二人で頬張っていると、ここ数日で何回か聞いたセリフを、これまた何度も見た表情で口にするリナリー。


「ねえねえ、イグニス様から頂いたもの、もう一回見せてもらってもいい?」


 目を輝かせる顔には既視感しかないな。


「んぁ? いいけど」


 トマトを齧りながら無限収納エンドレッサーからガサゴソと取り出したそれをリナリーに手渡す。

 陶酔したような表情で両手で受け取り、視線は一点から動かない。


「何回見ても、すごい……。幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)……」


「よく飽きないな。何度も見てるだろうに」


 大きさで言えば3センチ程度のその物体。

 デフォルメした雨粒と言えば分かるだろうか。

 涙はどんな形? と聞かれて真っ先にイメージされる可能性が高いもの。

 ティアドロップと呼ばれる形そのままだ。

 おうとつのない表面、そして微妙にしっとりと指に吸い付くような手触り。

 触れた所から虹色の光の波紋が表面を伝い、魔力の微粒子がハラハラと零れ落ちている。


「伝説級の、いえ、それ以上のアイテムなのよ? 今この手の中にあるのだってちょっと信じられないくらいなんだから。様々な伝承や魔術指南書グリモワールに幾度も登場して、その存在だけは知られているけど、誰も見た事がないと言われていた程の代物。それが、この幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)。わたしじゃなくてもこうなるのが当たり前なの」


「たいした事は出来ないって言ってたけどなあ」


「そりゃあ、イグニス様本人と比べたらそうでしょうけど、この世界に生きるものにとっては、その恩恵は計り知れないわ」


 機能の面からみたら、そうなんだろう。

 その機能のひとつが周囲から魔素を吸収して常に一定量の魔力を保管し続けるというもの。

 いわば、超高機能版の魔石。

 常在魔力量はイグニスの約半分ほど。

 大きさから考えたら破格の性能だな。

 魔法を使う者にとっては物凄いお宝だろう。

 

 緊急時には間違いなく重宝すると思う。

 だけど、現状では平時には外部からの魔力供給は必要ない。

 むしろ、魔力量を増やす為には使いきらなきゃいけないから、あんまり出番がないと思う。

 今のオレからすると使いどころに困るってのが正直な感想。


 オレが必要とするかどうかはさておき、生成された過程を考えれば、納得できる機能ではある。

 正直、微妙な生成工程なんだけど……。


「ビックリしたわよね……あんな風に生成されるなんて誰も知らなかったもの……」


 そう呟きながら、視線が虚空の先に。

 おそらく生成時の事を思い出しているんだろう。

 その気持ちは分からなくはない。

 手に入れた経緯ってのがアレな感じで正直コメントに困る。

 

 神域を出る三日程前に卒業試験と称し、強制的に受けさせられた模擬戦。

 だったのだが、意外な事に今回は強制的ではあっても対価が用意されていた。


『ワシにちょっとでも本気を出させたら褒美を出すぞ』


 その餌に釣られた訳じゃないけど、この所の修行の成果を知りたかったオレは首を縦に振る事に躊躇はしなかった。


 結果……。


 ボッコボコにされた。

 ちくしょう!


『ふむ、なんとか褒美を出せる所までは到達したようじゃな』


 その言葉を聞いて、なんとか合格をもぎ取れたか、と胸を撫で下ろしていたが、どうも意味が違ったらしい。

 目を細めたイグニスが、しばらく動きを止めたのを疑問に思いつつ、それに続くリアクションを待つと。


『クアァ~……』


 ブレスでも放ちそうなほど豪快に口を広げ、大量に空気を吸い込む。

 大量の魔力も周囲から無理矢理かき集めて吸い込んでいく。


 あ、これ……魔力も吸ってるけど、あくびだ。

 目から大粒の涙が零れ落ち、尻尾でトスされたその涙をキャッチ。


『約束の褒美じゃ』


 そう、イグニスがあくびをすると幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)が出来上がるのだ。

 人間なら脳が酸素不足の時にするあくびだが、イグニスの場合、魔力不足に陥った時に魔素を吸収するために行う反射行動のひとつなんだそうだ。当然ながら戦闘モードを解除後にという事になるが。

 ただ、普通に魔力不足であくびをしても生成されず。

 その魔素欲求のタイミングで意識して生成を念じなければ物質化しないとか。

 魔力が欲しいと思った時の意識がそのまま顕在化したようなアイテムって事だ。

 つまり、到達したかと言ったのはオレの技量を指して言ったのではなく、あくびをするほど魔力を消費させるラインに到達したという意味だったらしい。


 オレにとっては、もうひとつの機能のほうが重要。

 この幻想の雫(ヴィジョン・ティアー)、イグニス自身が生成したものだけあって、これを持つ者は神域の結界を何処からでも無条件で通り抜けられるようになる。

 ラキの探知能力に頼らなくても神域に入れるのは、メリットとしては大きいんじゃないだろうか。


 他にも汎用性が高い機能として、魔方陣の魔力供給源なんかも挙げられる。

 恒久的な燃料だと考えれば確かに便利だわ。

 魔道製品の動力源として使うならありなんだろうな。

 魔法との親和性の高さを利用して色々と出来るようだけど、今の所はそれに頼る事もないだろう。

 まずはオレ自身の魔法習熟度を納得できるレベルまで上げるのが先決だ。


「伝説級のアイテムが、あくびした時の涙なんてのは普通思い付きもしないわな」


「だよね……」


「それよりも、そんなに気に入ってるならリナリーが持っててもいいぞ。おそらく当分は使い道がないからオレが持ってる必要もないだろうし」


「いやよ、失くした時の事考えたら怖くて持ってられないってば」


 あんまりにも希少価値が高いって認識だとそうなるのか。

 考え過ぎのような気もするけど。


「ま、どっちでもいいけど。それよりどうする?」


「どうするって?」


「このまま一気に街道まで出るか、多少散策しながら行くか」


 オレとしてはゆっくり行くのもいいかと思ってる。でもリナリーに何も聞かずに決めるのもなんか違う気がするから一応お伺いをたてようかと。


「ん~、この辺りの森の様子とかも見たいし、ゆっくりがいいかも」


 三週間かかるとは言っても、リナリーも里と神域周辺を結ぶ森以外は行動範囲に入ってなかったもんな。

 人間の生活範囲に踏み込むのは避けていたようだし、ある意味、初めて触れる外の世界に、似たような事を考えたのも頷ける。


 そんな訳でしばらく普通に歩く事に。

 とりあえずは山の頂上まではこのペースで進む。

 ここまでは岩や木の枝を足場に移動してきたせいか、地面を移動すると気付かされる事が多い。

 神域から離れるに従って、僅かずつだけど植生が変化していたり、人が全く踏み込んだ形跡が見当たらなかったりとか。

 人の形跡のほうは、これは目に付く範囲での事だから、その他がどうかは断言はできない。

 あと獣道を利用して移動しているが、それをはずれると地面がふかふかで歩きにくかったりと、今まであまり気にしていなかったような事に意識を向ける事が出来た。

 地球の森と違う部分もあるし、似た部分もある。その確認作業だけでも楽しかったりする。


 観察ついでに、目に付いた魔力を多く含んだ植物は根こそぎ回収。

 早めに取り組みたいと思ってる、キャスロの再現に役立てばいいなという理由からだ。

 イグニスの教育方針というか、こういう魔法以外の事は実地で自ら調べろというスタンスだったからな。

 実態としては、魔法以外に割く時間がなかったと言ったほうが近いけど。


 約3時間後に山頂に到着したものの、そのままでは見渡せないので、そこそこ高い木の枝まで上がってみた。

 街道の方向を確認がてらだったが、そこから見える景色はなかなかのものだ。


「結構、深い森だったんだな。ここからだと街道がまだ見えない」


「そうね、移動速度と距離の感覚がいまいち一致してない感じ」


「取り敢えず少しだけペース上げてみて、夜になったらそこで休むか」


「ん、いいんじゃない? 場所を選ばず休めるのはこういう時に便利だもんね」


 その為に準備したんだから無駄なく活用しないと。

 魔法の練習も兼ねて、こういう時に役に立つアイテムを幾つか用意したけど、実際使うとなると、なんか嬉しいような楽しいような妙なテンションになる。

 あれだ、アウトドア系のレジャーに行く時のような気分に近いかもしれない。

 いや、推測だけどね。オレだって鍛錬がセットじゃなければ、そんな気分になってたはず。


 しばらく森の中を移動して陽が完全に落ちる前に野営の準備をする事にした。

 これが野営に当てはまるのか、自分でも妙な感じはする。

 何故そんな感覚に陥っているかと言うと、準備したものがコレだと誰だってそう思うんじゃないだろうか。


「さーて、寝床、寝床っと」


 無限収納エンドレッサーから取り出したものを地面に設置。


 ドズゥンッ!


 大きな音とともに姿を現したのは、簡易コテージだ。

 魔方陣の講義の関係で魔石を使った簡易結界を作成した時に、野営の話の中でテントとか寝袋とかはどうするのかという事になって、気が付いたらこうなっていた。

 最初はここまでやるつもりはなかった。

 いやほんとに。


 でも、持って行ける荷物の量に制限がないからって事で、 快適性を求めたら結果的にここまで行き着いたんだよな。

 とはいっても、そこまで大げさなものを創ったわけじゃない。

 大きさは6畳程度の空間を確保した小屋、というより足が付いた箱と言ったほうがいいかも知れない。

 部屋としては小さいかも知れないが、人ひとり寝るには充分過ぎる広さだ。

 サイールーの協力で神域に作った部屋とはまた別の、持ち運び専用の部屋。

 ベッドも作ったし、リナリー専用の花のベッドも完備。

 当然の事ながら部屋とは別に個室トイレもちゃんと設置済み。


 野営というより即席の別荘だよなコレ。

 後は魔石を使った魔法障壁での物理結界を起動させれば、安全対策もバッチリだ。

 夕食は焼いたドルーボアの熟成肉と妖精の里で分けてもらった小麦粉で作ったパンで済ませた。


「明日は、目標としては街に到着だな。街道まで出たら、そこから東だっけ?」


「だったはず。どっちに進んでも街には着くけど、東の方が近くて大きな街だって話だったと思う」


 夜が明けて以降の予定を決め、何気ない話題で時間が過ぎて行く。

 久々に神域の外で夜を向かえた事もあって、リナリーはサイールーと共鳴晶石ユニゾン・クォーツで他愛のない話を寝るまでしていたようだ。

 何を話しても構わないけど、いい加減オレのM疑惑が広まるのをなんとかしないと定着しそうなのが嫌だ。





 ~~~~





 二つの月が森の奥に沈む頃には空が白んでくる。

 オレの目が覚めるのも丁度そんな時間。

 やっぱりラキがいないと変な感じだ。

 ほぼ毎朝やられていた“ベロリンの赤い舌”がないだけでこんなに違うのか。

 自分でも意外だけど案外気に入ってたんだな、ラキがいる生活を。

 これは早めに街での生活をなんとかしないとな。


「さて、今日は街まで行くぞ」


「急にどうしたの? 昨日まではいつでも構わないみたいな感じだったのに」


「いやな、早く街での常識ってヤツを覚えて、ラキと一緒に居られるようにしないとなって思ってな」


「あ~、確かにラキちゃんいないと、おかしな感じするもんね」


 ラキの独り立ちの手伝いを請け負った手前、反故にする訳にもいかないしな。

 メシも食べたし、朝の日課も済ませた。

 コテージを収納して出発するかね。

 身支度はっと、特別に整えなくてもこのままでオッケーだな。

 

「よし、行くか」


「ん」


 そう声を掛け合い、南に向けて出発。

 昨日よりペースを上げて木々の間を縫うように進む。


「結構、進んできたつもりだけど、まだ街道に――んっ?」


「どうしたの?」


 肩に座っているリナリーが、オレの視線が一点に集中していた事に気が付いたのか確認するように尋ねてきた。


「……なんか複数の魔力が、なかなかの速度で固まって動いてるなあって」


「……ホントだ……なんだろう?」


「このまま進むと、かち合うなあ」


 右前方からこちらの進路を横切る形になるけど、今の速度のまま行くと丁度鉢合わせになりそう。


「まあ、魔力の大きさから言って大した事もなさそうだし邪魔なら倒しちまえばいいんだから、その辺は平気だとは思うけど……」


「けど、何?」


「これ多分、先頭走ってるのって人間じゃねえかな?」


「え、あっ! そうかも! ――確かに人間の魔力っぽい!」


 オレの言葉に思わずといった風に肩から離れ、先行飛行しながら魔力を確認するリナリー。

 お互い顔を見合わせ、速度を上げる。

 誰かが何かしらの生き物の群れに追われてると考えたほうが自然だろう。

 まさか、動物の群れを率いてどこかに向かっているという事はないはず。微妙に進路を変えつつ距離を取ろうという意図が見受けられるし。

 オレがそう考えるのと同様に、リナリーもどうやら同じような結論に達したらしい。


「どうするの?」


「ギリギリ逃げ切れるかどうかって感じだよな、これ」


「自分を基準にしてるみたいだけど、ずっとあの速度は維持出来ないわよ? 捕まるのも時間の問題」


「だよな。辛うじて捕まってないだけで振り切れてないもんな。どこまで逃げる気でいるのか分からんけど援軍もなさそうだし」


「じゃあ?」


「捕獲する」


「なんか、おかしい!」


「じゃあ、恩を売る」


「……言い方って大事だよね……」


 目の前で死なれるのも寝覚めが悪いし、ここは情報提供に是非とも協力してもらおう。

 リナリーは、「素直に助けるって言えばいいのに」と言って呆れた顔してるけど、下心ありありなのにそこを言い切っちゃうのは図々しくない? と思うわけですよ。


「そこまで気にするんだったら、言い方にも気を使えばいいのにと思うのは私だけ?」


 溜め息と共に向けられた視線が呆れを含んでる。

 しかし、そこは気にしちゃいけない。

 それに助けたからと言って、相手が必ずしも友好的になるとは限らない。

 警戒心MAXでこちらに接してくる事だって有り得る事も考えれば、あながち捕獲も間違った対応でもない気がする。


「何か間違った事考えてない?」


 考えてないよ。


「っと、来たぞ。あ、リナリーは隠れてたほうが良いか?」


「んー、どうだろ」


 迷うのも分かる。反応を確かめるのも一つの手ではあるし。

 妖精を目にした瞬間に豹変なんて事になるだろうかと思いつつ、一旦はリナリーには隠れていてもらう。


 あ、やばい。

 そろそろ逃走側の魔力が無くなりかけてるんじゃないか?

 進路上に待ち構えて、逃走者と群れの間に魔障壁を展開。

 50メートル先に展開した障壁の向こうではいきなり現れた障壁に激突して、何が起こってるのか分からず若干混乱しているようだ。

 ビギイィッ! とかブゴオッ! とか色々と聞こえてくる。


 よし、足止めは出来たな。

 ならば、あとはお出迎え~。


 バサッ!


 と思ったら、少し離れた茂みの中から、その何者かが飛び出してきた。

 体力の限界だったのか、足が縺れたのか、勢いはそのままに体勢を崩して反対側の茂みに頭から突っ込んでいった。


 ゴンッ!


「ニャ゛ッ!」


「ん?」


 茂みに突っ込んだ姿は、尻だけ持ち上がって頭が地面に着いたような姿勢。

 まさに“頭隠して尻隠さず”の状態。

 変な音したけど大丈夫か?

 魔力の感じからして死んではいないはず。鈍器で殴ったような鈍い音がしたけど強化してたっぽいし、ほっといても大丈夫だろう。たぶん。

 最初に一瞬だけ聞こえた声がなんとなく、心配とは別の意味で気になったけど、とりあえず先にあっちを片付けておくか。


水球クルーア


 障壁に体当たりを繰り返して突破を試みようとしてる標的に向かって、弾丸程度の大きさまで圧縮した複数の水球を放つ。形も弾丸そのまま。

 水球が障壁に接触する直前に障壁を解除。

 ほぼ同時にその作業を行い、直後に着弾を確認。

 眉間と身体の中心を貫く形で、それぞれ1発ずつ撃ち込だが、ちゃんと仕留められたようだ。

 火炎系の攻撃でも良かったけど、延焼すると後が面倒。

 

「ガングボアか。ほんとにイグニスの立体映像のまんまだな」


「イグニス様が嘘を教えるワケないでしょ」


 仕留めた獲物に近づいて確認すると、思わず感心が口をついて出る。

 そこへ、上空へ待機していたリナリーが「何を当たり前な」的な事を言いながら降りてきた。


「まあ、そうなんだけどな。でも聞かなきゃ言わないってのも、いかにもイグニスらしいよな」


「まあ、ね。実践第一だったもんね。って、やっぱり仕留めたら当然のように回収するわけね」


「当然! 結構美味いって言ってからな」


 このガングボア、日本語に訳すと『岩猪』といった感じ。

 全身を毛ではなく岩石のように硬くなった皮膚に覆われていて、ドルーボアよりふたまわり程小さい。

 また、成長途中の皮膚の厚みがそれ程でもない個体はルガングボア、『石猪』なんて呼ばれているらしい。

 成長度合いで呼び名が変わる『出世魚みたいだな』と言ったら、「どの世界でも考える事は一緒じゃな」とイグニスに返され、確かに、と納得してしまった。

 そんな感じで、ドルーボアの他にも近似種がいるのか聞いたら、立体映像付きで解説されたわけだ。

 生態とかはどうでもいい。美味いかどうかだ。

 で、美味いというから即回収。


「回収に夢中になってるのはいいけど、あれはいいの?」


 リナリーの視線の先には、


「おお、忘れてた!」


 未だ突っ伏したままの、正体不明の人物。


「この状況で忘れるって、酷っ!」


「いや、忘れてたワケじゃなくて、気にならなかっただけだな。怪我もしてないみたいだしさ」


「忘れてたって言わなかった?」


「ああ、うん、気のせいだな!」


 まあ、動く気配がなかったからリナリーも降りてきたんだろうけど、ここまで反応がないと、さすがに心配になってきたらしい。

 ガングボアの回収も終わったし、ちょっと様子を見てみるか。


 上半身はフード付きの長めのマントのような、ひらひらとした上着でその下がどんな装備かはイマイチ判別は付かないが、めくれ上がっているせいで下半身の装備は把握できた。

 長めのブーツに、膝上までの革のスパッツのようなズボン? それに膝当てのようなものも。

 この装備は斥候職か何かだろうか。それとも普通の戦闘職の装備なんだろうか。

 基準が分からないから判断ができないな。


「若い男の子っぽかったけど、なんでこんな森の奥にいたのかしらね」


「若い男の子?」


 少し離れた所でリナリーと会話を交わすが、突っ伏したままでやっぱり反応がない。

 それに、リナリーの言っている事がオレの見立てとは違う。

 さらに近づいて正解が何か……教えてしんぜよう。


「若いってのはオレも同意する。でもどう見ても女だろ」


「え、なんで顔も見てないのに断言できるの?」


「どう見ても女の尻だから!」


 オレが男の尻と女の尻を間違えるはずがない!


「あ、そう……って、お尻をつつくな!」


 その辺にあった枝で、その話題のお尻をつついてみたり。

 冷たい視線が、肌に突き刺さる勢いで向けられているが、そんなものは跳ね返してくれる。

 直に触ってないんだからコレくらいはいいだろう。ダメ?


「全然起きないな。打ち所が悪かったか?」


 ツンツンとつついても、なかなか起きる気配がない。

 いまいち反応がないし、どうしたもんか。そろそろ飽きてきたぞ。

 つつくだけじゃ芸がないし取り合えず、のの字を書いてみよう。

 一応言っておくけど、変な所とかは触ってないよ。

 口で言うのも憚られるような場所は、さすがのオレでも手は出さない。

 お尻のほっぺたオンリーですがな。


「触り方がやらしい!」


「いや、だって起きないからさ。同じ刺激じゃダメかと思って」


 とかなんとかやってたら、ピクリと反応が。

 反応はあったけど手は止めない。

 

「ん……」


 まだ止めない。


「ふにゃ……」


 そろそろ止め……いや止めない。


「ひぅ」


 って、おい。起きてるんじゃないのか?

 のの字に合わせて微妙にごそごそ、もぞもぞ動いてるぞ。

 刺激を楽しんでるんじゃあるまいな?

 確かめるために、枝の先を摘んで引き絞る。

 リナリーの「え、なにするの……?」という声は無視。


 パチィンッ!


「ひニャッ!!」


 ムチのように枝がお尻を強襲。

 なにやらピクピクしてるけど……。


「……もっと」


 ……そうかもっとか。


「起きろ!」


 バシィンッ!


「ぎニャッ!!」


 さっきよりかなり強めに、且つ振り抜いてみた。

 結構な痛みがあるはず……あれ、そのはずなんだけどな~?

 相変わらず突っ伏したままなんだけど、なんか親指立ててサムズアップしてるんだよな。


「見ろ、リナリー! これがMだっ!」


「やかましいッ!」


 この世界でもサムズアップは通用するんだなあ。






 ~~~~






「で、目は覚めたか?」


「なんか気持ちいい夢だった気が……」


 尻に強烈な刺激を加えられて漸く目を覚ましたらしく。

 茂みに突っ込んでいた頭をズボっと抜いて、そのまま女の子座りでへたり込んでいる。

 フードの下の視線は、まだ焦点が合ってないのかボーっと目の前の茂みを見つめてる。


「ほう、どんな夢だった?」


 いまだ夢うつつといった感じだけど、まあ意識確認の意味でも丁度いいし、このまま進めてみよう。


「適度な刺激から徐々に、焦らすように、そしてなぶるように期待を持たせてからの、絶妙な力加減の下半身への刺激……理想的だったニャ……って誰ニャ!?」


「「遅っ!!」」


 珍しくリナリーと突っ込みがハモったけど……それより、ニャってなんだ、ニャって。

 これはもしかして、もしかするのか?

 

「よ、妖精?」


 おっと、オレの期待をよそに別の方向に話が向いた。

 確かにこの世界での妖精族の価値を思えば、目の前にいたらビックリするかもしれない。


 結局「常日頃から悪意に浸かってないと思う」という悪意に敏感だからと

豪語するリナリーの言葉を信じて姿を見せてみる事にしたのだ。

 ちょっとした賭けではあるが……『一般的なリアクション』のサンプルには丁度いい、か?

 しかし、この放心したようにリナリーを見つめる反応は……?


「本当にいたんだニャ……」


 んん? どういう事だ?

 この言い方だと、妖精の存在って空想とかUMA的な捉え方?

 リナリーはといえばワケが分からないといった感じで困惑気味だ。


「本当にいたって、どういう事だ? 世間一般的には既に存在しないって認識なのか?」


「そ、そうニャ……100年近くは目撃された話がないニャ」


「……リナリー、どういう事だこれ。前に言ってた、最近捕まりそうになったってのは実際いつの事だ?」


「わ、わかんない……。長老様が知り合いから聞いたって事らしいけど……もしかしたら50年とか100年以上前の可能性も……」


「そこの所は確認しなかったワケか……」


「だ、だって本当に最近あった事みたいに話すんだもん」


 マジか……これはどう捉えれるのが妥当なんだ?

 警戒する方向を若干修正したほうが、というより警戒しなくてもいいのか?

 いや、ツチノコ的な幻の生き物って位置付けなら捕獲目的ってのが全くないとは言い切れないし……一応は警戒しておくべきかだろうか。

 

 しかしまあ、リナリーの認識が曖昧だったのも無理ないかもしれん。

 長生きしたもの特有の時間感覚でしゃべってたんだろうなあ。

 ズカ爺に年齢聞いたら100歳って答えてたけど、他の皆に聞いたら少なくても50年前から100歳って言い張ってたらしいし。

 その100歳への拘りはなんなの?

 

「まあ、その辺の事は改めてズカ爺に聞いてみればいいか。――それよりも!」


「ふぇ?」


 座り込んだままなのはいいとして、さっきからリナリーに視線が固定されてる。

 手をパンと叩いたら、ちょっと正気に戻ったっぽい。


「リナリーの事が気になるのは分かるけど、オレとしてはアンタの事が気になる」


「そ、そんな……会っていきなり告白なんて!」


「この状況で口説くって、すげえなオイッ! オレ何者!? って、そうじゃねえよ! 大体顔も良く分からないのになんでそうなる!?」


 モジモジしながらチラチラとオレの方を伺ってるけど、何を期待してる!?


「身体目当てかニャ?」


「確かにいい尻だった――ちげえよ! まず顔を拭け! 土で真っ黒だぞ」


 リナリーよ、その冷めた視線はやめなさい。

 オレにとっては、もはや本能に根ざした部分なんだから仕方ないだろう。

 とにかく、やっと自分の姿がどうなってるか理解したようだ。

 何やら大きめのポーチのようなものから出した布で顔の土を拭っている。


「ふう、すっきりしたニャ」


「落ち着いたか?」


 コクリと頷くその顔は、声と目くらいしか判別出来なかった先程と比べても、印象としてはそう違わないと思える顔立ち。

 やや目尻が吊り上がっているようにも見えるが、猫っぽいクリっとした目と、にぱっという効果音が付きそうな笑顔は裏表がなさそうに見える。

 顔を拭う際にフード下ろしていたが、この髪型はショートボブっていうのか?

 髪型は地球でも見かける髪型だったけど、髪の色が目を引いた。

 どういったら良いのか……茶色なんだけど、日本で言う所の茶髪というのじゃなく、芝犬とか茶トラのネコの茶色と言ったら分かるだろうか。

 髪質は細くて柔らかそう。

 っと、どうも細かい所に目がいくのはクセだな。

 全体的な印象としては、美少女というか、可愛いという感じだろうか。

 さっきのやり取りが全てを台無しにしてるけどな。

 まあいい、とりあえず気になってる事を聞こうか。

 直球過ぎるのもなんだし、話の流れで聞けたらって事で。


「なんでガングボアの群れなんかに追われてたんだ? っていうか覚えてるか? 頭をしこたま打ち付けたろう。まさか記憶が飛んでるとかはないよな?」


「そういえば、すごい音してたもんね」


「は! そういえば硬いものにぶつかった気がするニャ! あ、でも大丈夫、強化は切れてなかったから平気ニャ」


「強化が切れてたら、死んでたんじゃないかってくらいの勢いだったけどな」


「あれくらいじゃ強化なしでも平気ニャ。魔力が少なくなってきてたから衝撃で意識は飛んだけど記憶は飛んでないのニャ」


 すげえ石頭だ。


「でも正直ダメかと思ったニャ~、あっ! ガングボアの群れは!?」


 やっと状況に追いついてきたみたいだな。記憶が前後してて少し混乱してるか?

 周囲をキョロキョロと見回してるとこ悪いけど、もういないぞ。


「大丈夫、それなら倒して回収済みよ。しばらくは安全。だよね?」


「そうだな。襲ってきそうなヤツは近くにはいないな」


「もしかして、あの数を倒したのニャ……?」


「主にこっちが、ね」


 視線をこちらに向け言うリナリー。


「二人は何者ニャ……?」


「あー、なんだ。お互い名無しじゃ会話がやり辛いから自己紹介でもしとくか?」


「そ、それがいいニャ」


「じゃあ気になってるみたいだし、まずは――」


 リナリーに促す。

 どうにも気になるらしい。何かにつけてリナリーを目で追ってる。


「呼ばれてたから分かってるかもしれないけど、わたしがリナリー。妖精フェア・ルー族のリナリー」


「んで、オレはイズミ。普通の人族だな」


 リナリーの自己紹介に、目の前の少女は目を見開いて「やっぱり妖精……」と呟いてる。

 当のリナリーは、「普通? 普通って何?」と、何やらオレの自己紹介が納得いかないらしい。

 いやいや、イグニスやラキに比べたら普通でしょうよ。


「あたしはキアラ。ミオノ族のキアラだニャ」


「なあ、ミオノ族ってのは――」


 さっきから言葉遣いが気になってたんだよ。

 お約束でいくなら期待通りの答えが返ってくるはず。


「ん? 猫人族ニャ」


 獣人! ネコミミ!

 あれ? ネコミミは? ないぞ?


「人族じゃないのか? 見た感じ違いが分からないんだけど」


「あ、髪がボサボサで隠れてたニャ」


 そう言って髪を捲り上げるとネコミミが登場。

 だが、そこには期待とは違ったネコミミが。

 そうじゃない、そうじゃないだろう!

 なんて事は本人に言っても仕方がないので言わないが。「なんで打ちひしがれてるの」とか言わないリナリー。

 人間と同じ耳の位置に、少し大きめの獣耳が鎮座なさっております。

 確かに、これだと髪型次第では隠れちゃうよなー。


「あとはこれかニャ」


 身をよじって半分だけ、こちらに向けたお尻には。

 おお、尻尾!

 洒落たベルトだと思ってたのは尻尾だったのか!

 ふわっと腰から解かれたソレの先端がピコピコと揺れ尻尾の存在感をアピール。

 結構、もっふりとしてるな。さっきまでは細かったのに。


「ニャッ!? さ、触っちゃダメニャ、その触り方はダメニャ……くぅ」


 ん? 付け根方向から先端へ、先端から逆毛を立てるように繰り返し撫でてるが、ダメなのか?

 ついでに乳しぼりのようにギュッギュッと握る動作も加えている。

 胸の前で拳を握りしめて、ふるふる震えてるのはどういう意味の反応?


「触り方がいやらしい!」


「いや、ネコの尻尾はこれ以外の触り方したことないけど。リナリーも触るか?」


 言われて「じゃあ……」とすぐ食いついたのは案外興味があったからか。

 リナリーも全身でギュッとしたり上下にサワサワとなでたりと、思いの外楽しんでる。


「さ、触るのは構わないニャ。でも、その撫で方は、ダメ、にゃ~」


 ずっと撫でていてもいいが話が出来なさそうなので、この辺でお触りタイム終了~。


「ふぅ……初めての感覚だったニャ……」


 遠くを見てる表情が、まるで賢者のよう。

 今まで逆撫でしたヤツはいなかったのかね?


「ありがとうニャ」


「そうか。気持ち良かったのか。いつでも撫でるぞ?」


「そ、それは恥ずかしいニャ。さっきは油断して撫でられちゃっただけニャ。そうではなくて、助けてくれてありがとうニャ」


「ああ、そっちか。んー、オレ達にも下心があったからなあ」


「やっぱり身体目当てニャ!? 陵辱されるのニャ!」


「思考が残念過ぎるなッ!?」




 これがオレ達二人とキアラの出会いだった。

 いつになったら本題に入れるんだ。





難産でした! 後半を何回書き換えた事か……

その割に、結局はベタな展開に(´・ω・`)


サブタイトル、so good

人それぞれ、いいと思うものがあるワケで。



2020/12/07 修正

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