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第二十八話 次なる一歩

 


 あぶねー、マジか!

 一緒に来てくれないかと思って焦ったー。

 なんでリナリーが一緒に来てくれるって当然のように思い込んでたんだ?

 確かにズカ爺からは、リナリーは里の外に興味を持ってるとは聞いていた。

 でも考えてみれば、それがそのままオレと一緒に行くという事にはならないんだよな。


 ここの所一緒にいた時間が長かったせいか、リナリーがここに残る可能性がすっぽり頭から抜け落ちてた。

 行動を共にして居心地が良かったから余計に疑問にも思わなかった。

 なんにせよ、旅の道連れになってくれる事を了承してくれて一安心。

 最初は、オレが何かおかしな事を言ったかと思うような表情だったけど、ひとしきり笑った後、何やらリナリーの中で納得できたようだった。


 里のみんなに盛大に見送られ、古道の入り口がある大岩まで無事に到着。

 それにしても楽しかった。

 黒曜竜討伐とか、事故みたいな出来事もあったけど、里での滞在は無駄なものがないと言えるほどに、実に得るものが多かった。

 里人たちの意識も、やる気に満ち溢れる方向に向いたようで楽しそうだったな。

 という事で、古道を通って帰ろうか。


「あれ? こっちから入る時は呪文はいらないのか?」


「え、いるわよ?」


 そう言うと、大岩の前で短い呪文を唱えるリナリー。

 ちょっと待てよ?

 リナリーが居なかったら、もしかして通れなかったのか? 


「ああ、わたしが居なくても、誰かがここまで一緒に来て通れるようにはしてくれてたはず。それか覚えるまで練習させられたか」


 何も言ってないけど、顔に出てたのかしらん。

 練習がなかった事から、誰かが同行してくれる手筈だったのか、またはリナリーが一緒だという事を前提にしていたのか。

 今にして思えば後者っぽいな。

 ズカ爺もサイールーも、オレがリナリーと一緒に行く事を前提に話をしていたような気がする。

 そのせいで、リナリーと離れるって意識が抜け落ちてた気がしないでもない。


「それにしてもその呪文、なんて言ってるんだ? 微かに言葉みたいに聞こえるけど、人間にも発音出来るのか?」


「わかんないけど、練習すればなんとかなるんじゃない?」


「いいかげんな……」


「意味は確か――『界渡りせしめよ異界の門』とかなんとか、だったかな? 古い妖精族の言葉よ」


「異界の門、ね。『――――――っ!』こうか?」


「惜しい、あともう少しね」


 イグニスの発声法を使えばなんとかなる範囲か?

 いずれにしても練習は必要だな。

 さて、さっさと神域に向かうとしようか。


 と、その前に古道の紐を補強しておきたい。

 入り口のすぐ近く、刺さる木の棒に結ばれていた紐の端を掴んで尋ねる。


「この紐の魔力を補充したいけど、別に問題ないよな?」


「そうね、消し飛ばしたりしなければ平気でしょ」


「オレ、そんなに何かを吹き飛ばしてる印象ある?」


 リナリーにそう尋ねたが、ジトっとした目で見返されてしまった。


「あれだけ色々と爆発させといて自覚がないとか……そう思われてないほうが不思議だと思うけど?」


 記憶に御座いません、と言いたい所だけど。

 確かに幾つか、そんな事が記憶にあったりするなー。


「まあ、取り敢えず太くしておこう。出口まで自然に延びる仕様になってたりするか?」


「充分な魔力があれば紐自体が経路は記録してるから自然と出口までは到達するはず。じゃないと、短くなったら、そのたびに迷う危険性が付きまとうからね」


 実際、迷ったしな。

 それがイヤだから補充してる訳だ。

 絶対にこの先、古道を使わないとは言い切れないし。

 

「ふむ、了解」


 掴んでいた紐が徐々に太くなり、ロープ状を経て、直径10センチ程度の綱の太さになった所で魔力を流すのを止める。


「やりすぎ。50年、いえ、100年は持ちそうな太さになってる」


「見つけ易いから便利だろ? さて、じゃあ行くか」


「わふっ!」


 軽快な足取りで駈けていくラキ。

 やれやれといった感じのリナリーはこの際ほっといて、と。

 神域に続く帰り道では、所々に土と砂鉄を無理矢理固めて頑丈な柱を作り、カギ状のフックに綱を引っ掛けながら出口まで向かった。

 こうしておけば遠くからでも分かるし、その支柱を足場に伝って行けば藪の中を行かずに済むかもしれない、というのをちょっと期待しての事だ。

 急ぎのとき以外はそんな事をする必要はないだろうけど、まあ念のためだな。

 

「魔力が有り余ってると、そういう事が出来るから便利よねー。古道の中で魔力を消費したり留まって作業するなんて、なかなか実行に移せないもの。イズミなら、そのうち古道で暮らせそうよね」


「あ、それいいな。魔力が使いきれない時には有りかも知れん」


「なんで真剣に吟味してるのよ……皮肉も通じない……」


 なんだ、皮肉だったのか?

 いやでも、先々の事を考えると本気で良い提案だと思うぞ。

 実行に移すかどうかは別にして、案として頭の隅に置いておこう。



 綱を辿って迷う事もなく、なんだかんだで神域側の出口に到着。

 洞窟から出ると、緑の壁が動いて入り口を覆い隠す。

 うーん、相変わらず気持ち悪い動きだ。


 南に下ってきて神域は目と鼻の先。

 相変わらずオレには入り口がどこにあるか分からないが、ラキが鼻をヒクヒクさせ入り口の特定作業に入っている。

 それほど留守にしてた訳でもないのに、懐かしいというか、何か変な感じだな。

 

 ラキの特定作業が終わり、神域に侵入すると、神樹の気配がはっきりと伝わってきた。

 しばらく神樹の傍から離れていたせいなのか、神樹の存在感が以前にも増して、より強烈に皮膚を刺激する。


 オレに何かしら変化があったのかな?

 神樹が世界を支えているものの一部だというのをイグニスや妖精たちから聞いていたが、初めて実感できたような気がする。


 そんな感慨にも似たようなものを抱きつつ広場に向かったが、そこには誰もいなかった。

 いるとすればイグニスしかいないんだけど、そのイグニスの姿が見当たらない。

 魔力も感知できない。

 

「イグニス様、あれからまだお帰りになられてない……?」


「みたいだなー。かなり遠くまで行ったりしてんのかね? ――うぉっ!?」


 リナリーの呟きに相槌を入れた所で、いきなり頭上に巨大な魔力が迫ってくる感覚。

 何事かと見上げた遥か上空には、陽炎のように歪んだ空間が規模を広げていくのが視認できた。

 感覚的には、無理矢理空間をこじ開けてるんじゃないかと疑ってしまうような空間干渉。


 この魔力、やっぱりとんでもねえわ。

 って、落ちてきた!


 ものすごい勢いで、巨体が目の前まで迫ってくる。

 怖い、怖い、怖いっ!

 飛べるのが分かってても、30メートル近い物体が落ちてくるのは怖すぎる!


 地面に激突するんじゃないかという速度から一転、50メートルほど上空で翼を広げてほぼ減速なしでホバリング。

 その羽ばたきで、魔力を光り輝く鱗粉のように撒き散らし徐々に高度を下げる。


「また派手な登場だね……」


「帰ったか。無事務めを果たせたようじゃな」


 ひとつ間違えれば、出所後にかける言葉だなそれは。  




 ~~~~




「やはりあの時の魔力の衝突は、そういう事であったか」


 オレとリナリーで、欠けた視点部分をお互いに補完しながらの説明。

 それを聞いてイグニスが、そう言葉にした。


「やはりって、遠くからでも分かったのか?」


「うむ、あれだけの魔力が動いたのだ、気付かぬほうがどうかしておる。魔力を探るのに長けた者なら相当な距離にいても察知できたはずじゃ」


 細かい事までは把握できんだろうがな、と付け加え、しばし考え込むように目を閉じるイグニス。

 未だに表情が分かりづらい。

 仮に表情が完璧に分かったとしても、そう簡単にはその心情は読ませてはくれないだろうけど。


「話だけでは分からん部分もありそうじゃ」


 差し出した指先をチョイチョイと曲げ、意味ありげな表情でオレを見る。

 

「あー、了解……」


 手っ取り早くて確実って言ったらこれだよな。

 記憶の吸い出しの催促。

 イグニスの合理的なのか興味本位なのか、イマイチわからない態度に思わず苦笑が漏れる。


「本当に躊躇しないのね……イズミの場合って全部じゃなかった?」


「そうそう、関連情報の切り離しが出来ないからな。でもオレが忘れてるような部分も拾い上げてくれるから楽なんだよ」


 オレの記憶の吸出しが終わると、ラキからも情報を引き出すようだ。

 ラキはオレと違って必要な情報のみをアップロードできるらしい。

 クゥン? なんて不思議そうな顔でオレを見てるけど、取捨選択ができるのは羨ましいぜ。


「ふむ、では仕上げにリナリーの妖精の瞳を貸してくれるか」


「あっ! そ、そうでした!」


 オレが普通に記憶を差し出した事に驚いていたせいか、すっかり忘れてたらしい。 

 妖精の瞳を地面に置かせると、大きな指先が妖精の瞳に触れるか触れないかの距離で停止。

 どうやら再生するのではなく、記憶を読み取るのと同様に情報を吸い出しているようだ。


「せっかく情報を統合したんじゃ、出力せねばな」


「出力?」


 イグニス以外の全員が、?マークを頭の上に浮かべているのが幻視できそうなセリフに、思わずオウム返しで聞き返す。

 すると返答の代わりにと言わんばかりに、魔力の塊を出現させグルグルとこねくり回し始めた。

 徐々にその輪郭がはっきりとしてきた事で、やっとイグニスの意図が掴めた。


「マジか……。完全な3Dかよ」


 目の前に、戦闘開始直前の闘技場侵入直後の場面が、停止状態で10分の1程度の大きさで再現されていた。

 

「3Dって?」


「ん、ああ。オレがいた所でだと立体とか立体映像とかって意味で使ってた言葉だな」


 リナリーの質問に答えてはいるが、目の前の立体映像が凄すぎて視線がそこに釘付けだ。

 よく見なければ判別できない程の透過度であるその映像は、実際に小人がそこにいるような錯覚さえ覚えるほどのクオリティ。

 リナリーも、妖精の瞳とは一味違った立体映像に驚いているようだ。

 魔法が使えるっていう条件は同じはずなのに、どうすればこんな事が出来るのか全く理解できん。

 魔法を使い慣れてくれば、オレにも出来るようになるのか?


 再生された映像を見ながら、疑問に思った事をどんどんぶつけていく。

 音の発生源も、ちゃんと映像とリンクしてるというんだから芸が細かい。

 こんな事が出来るなら最初から記憶の吸い出しと妖精の瞳の情報を要求すれば良かったのに。

 どうしてしなかったのか聞いた所、そういった情報は口頭でも聞きたいんだそうだ。

 その人間の主観で思った事、感じた事を交えて語られるのが重要なんだとか。

 写真を見せられるのと、実際に見てきた人間の感想を聞く。そんな感じなのかな?

 そう考えると、分からなくはない。

 自分とは違う部分に注目してる場合もある訳だし。


「おぬしは、戦闘中でも時々笑っておるな」


「ぅえっ? そうなの?」


 変な声でた。

 思いもよらない指摘に、本当なのかと自分のミニチュアをまじまじと見てしまった。


「ラキの視点情報と照らし合わせて、感情ではなく筋肉や神経情報の側から再現してみたが、確実に笑っておる」


「そんな自覚はなかったけど、マジか……」


 って何気にとんでも無い事をさらっと言ったよな今。

 筋肉や神経? どれだけ凄まじい演算をしてるのさ?

 でも、今はオレが戦闘中にほんとに笑ってたかが気になるから、また今度で。 


「あ、ホントだ、笑ってる。ちょっと悪人顔に見える時もあるわねえ」


 いちいち笑ってるシーンで止めなくていいよ!


「なかなかに充実した時間だったようじゃな。修めた技以外の新しい力で戦えたのが要因であろう?」


「んー、そうかも。魔法無しじゃ勝てなかったけど、魔法だけでも勝てなかったからな。だから余計に魔法の有り難味がわかったというか、そんな感じかも知れない。魔法を使ってるっていう実感? みたいのがあって、楽しかったんじゃないかって聞かれると否定できない」


「気持ちは分からんではないがの。しかし……ギリギリといった所か? えらく無茶をしたようじゃな」


「ここまでやらなくても、なんとかなると思ったんだけどな。甘かったわ」


「途中から、一人でやってみたいという誘惑に勝てなかったようじゃな」


「バレたか」


「あきれた。そんな事考えてたの?」


 3D映像を食い入るように見ていたリナリーだったが、オレとイグニスの会話のその部分だけ耳聡く聞き逃さなかったようだ。

 驚いたような表情でこちらを振り返っている。


「ちょっとそっちに意識が傾いただけだって。ラキの援護で助かってたのも事実だしな」


「今はまだラキ単独での討伐は無理だが、最初から二人で全力でやっていればもっと早く決着が付いたかもしれんの。しかし、まあ、同等以上の相手との戦闘がお互いほぼ初めてという状況ならこんなものじゃろう」


「なあ、もしかしてもっと簡単な討伐方法があったりするのか?」


 丁度決着がついたシーンでのイグニスの評価に、気になるニュアンスが漂っていた。

 気のせいだとは切り捨てられず、聞かないほうがいいような気もしたが我慢できずに聞く事にした。


「あるにはある。ただ、おぬしの性には合わんじゃろうな」


「ちなみに、どんな?」


「現状のおぬしが出来うる最も確実な方法となると、異相結界の中に引きこもって攻撃させ続けることじゃな。黒曜竜がその場を離脱しそうになったらチクチクと結界の中から遠距離攻撃で意識を逸らさせないようにして、魔力をとことんまで使わせる。そして弱った所を頃合いを見て、ズドンッじゃな」


「い、陰湿だ……」


「活動開始後、間もない鉱石竜は判断能力が、ちとお粗末じゃからな。その方法で一日ほど粘れば確実に活動停止にまで追い込める」


「里の事もあるし今回の戦闘に限って言えば、知ってたら使ってたかもしれない方法だよな。ただ、この先やるかっていわれると……やらない確率のほうが高いな、確かに」


「おぬしなら、そうじゃろうな。その方法では成長が望めんしのう」


「あ、あの、気になったんですけど、イグニス様ならどうやって倒しますか?」


「ん? そうじゃな……正面からやり合ってもよいが、それはいささか面倒じゃ。大量の魔力は消費するが、一番簡単なのは異相結界に閉じ込めて魔力圧縮、といったところかの」


「それ、オレに使おうとしたよな!?」


 オレの魔力が暴走した時の対処法が、黒曜竜を倒す方法と一緒ってどういう事だよ!?

 

「言っておくが、おぬしの魔力が暴走したら、対黒曜竜の比ではない魔力を要するぞ?」


「え゛!?」


 はい、そこで引かないリナリー。

 オレも初耳なんだから。

 その証拠にリナリーと同じ表情してますよ、オレ。


「倒す為と生かす為という違いはあるがの」


 その違いが分からないから、なんとも言えない。

 その辺の事を詳しく聞きたいと思ったが、質問を口にする前に察したようで。


「黒曜竜が魔力で行動を制限してきたじゃろう。それと似たような事を結界内で行うのじゃ。限定された空間内で、極限にまで圧縮した魔力は対象の行動を阻害する。例えるなら狭い空間で巨大風船を四方から膨らませるような感じじゃな。過度に圧縮した魔力は肉体の内部にまで影響を及ぼす。筋肉、神経線維、魔力経路と、生命活動に必要なもの全てを圧迫して動きを封じる。そして、その後に崩壊に導くか、再生を促すかで結果が変わるが、再生は魔力の消費が激しくなる」


 なんだ、オレが暴走した時のほうが厄介とかそういう話じゃなかったのか。

 ただ、得られる結果によって魔法の規模が変わるってだけの事だな。


「とは言え、その押さえ込む段階で既に数倍の規模なのは間違いないがの」


「あれ、フォローになってたか……? 結局の所、オレのほうが厄介だって言いたかっただけなんじゃ……?」


「否定はせん」


「否定して!?」


 ある意味期待を裏切らないイグニスの説明に、ちょっと何とも言えない気分になった。

 

「あくまで、暴走していたらの話じゃ。それに、この魔力圧縮もただ圧縮しただけではそういった効果は得られんしな」


 どうにも、色々と難しい条件があるようだ。

 条件というより、個々に作用するものをどれだけ具体的にイメージするかという事らしいが。

 うん、説明に理解が追いついてないぞ。

 それに、他の条件も満たしていないから、今のオレには実行できない方法だ。

 異相結界の展開規模が未熟なせいで、巨大生物を閉じ込める状態にまで持って行けない。

 使用時間の多寡で、展開規模の差が出るという事らしく、オレが同じ事をするためには異相結界の使用時間が少なすぎるという。

 てな事で、これも日課に加えておこう。

 こういう確実に向上が見込めるものは、やってて楽しいからな。


「気になったのは、やはり回復手段かの。防御を優先したせいで後回しになってしまったからのう」


「そうなんだよなー。戦闘中に回復なんてのは普通は有り得ないから、そこが抜けてたわ」


「どういう事? 普通は有り得ないって、なんでそうなるの? 魔法を使える者なら逆に真っ先に回復手段をどうにかすると思うけど」


「地球だとリアルタイムで回復するなんて、不可能なんだよ。傷を負ったら大抵は戦闘終了までは手当ても出来ない。しかも魔法がないから、治療内容も止血とか縫うとか包帯を巻くぐらいだな。打ち身、打撲なんかは基本は冷やして放置だし。骨折なんかした日には1ヶ月は生活に支障がでるな。まあ、とにかく、魔法がない環境だとそれが当たり前って事だ」


「なるほどね、魔法が使えないと確かにそうよね。でもその環境でそこまで強くなれるって、イズミって痛いのが好きなの?」


「人をドMみたいに言うなっ! それこそ当たり前の環境だったんだから仕方ないだろう」


「やっぱりドM……」


「やめてくれるっ!?」


「イズミの被虐嗜好はいいとして――」


「よくねえよっ! ドM認定すんな!」


 全記憶を読み取ってるイグニスが言うと、真実味がハンパないからやめて!


「冗談は置くとして、そういった環境だからこその強さと言えなくもないがの。僅かな傷での集中力の乱れが、そのまま致命に至る事もあるとすれば、鍛錬にも身が入るのじゃろうな。もっとも、おぬしの修めた技の中には、その痛みや傷さえも集中に利用するものがあるくらいじゃ、どのようになっても対応可能にしておく事が前提なのじゃろう」


「まあ、そうなるなあ」


「だとしても、回復手段はあったほうが良いな。おぬしが使った強化タフ・ドライブの重ねがけは本来なら回復なしでは使わん技じゃ。詠唱有りの場合、限界ギリギリまで強化する純強化フル・ドライブまでが付与可能だが、同時回復なしで行使できるのもそこが限界じゃ。しかしそれを超えた過強化オーバー・ドライブ、つまり肉体の限界を超えて強化するならば通常、同時回復も必須だからのう。回復なしでもやるかもしれんとは思っていたが、躊躇せずにやるとはの」


 リナリーが、普通はあそこまでの強化は出来ないって言った理由はこういう事か。

 完全無詠唱、つまりイメージからダイレクトで魔法を具現化出来ないと実現不可能ってワケだ。

 デタラメに見える魔法体系であっても、技術である以上、ある程度はリミッターがかかってるという事らしい。

 それにしても、やっぱりそういう使い方だったか。

 回復と同時にやればどうにかなりそうだと思って実験しようと思ってたけど、方法としては既にあるものだったんだな。


「そこは、リナリーが回復できるって分かってたからな。なんとかイケるだろって感じだったんだわ」


「わたしにだって、回復できる限界はあるんだからね。過剰な期待で丸投げされても、これからも上手くいくとは限らないわよ?」


「だよな~、リナリーだって常に回復魔法が使えるとは限らないし頼ってばかりも悪いしな。枯渇で干乾びちまう」


「べ、別に頼るなとは言ってないけど……って、どんだけ無茶するつもりなのよ……」


「例えばの話だよ。でもまあ、魔法障壁と異相結界が万能に近いって言っても、これ以上は後回しにするのは避けるべきだよな」


 神域に戻ってきてみれば何故か反省会のようになってしまったが、その内容から、とりあえず魔法習得の方向性が決まったのは自然の流れというべきか。


「覚えてもらう事の一割も消化しておらんからのう」


 マジですか……。

 確かに講義の途中ではあったけど、ほんの入り口程度だったのか。


 あ、ちなみに、オレ達が黒曜竜と戦闘が終了した時イグニスがどこに居たかというと。

 天然闘技場から15分弱の所を飛行していたそうだ。

 

 ……基本的には、お人好しな龍なんだよな。




 ~~~~




 夜が明けて次の日、ズカ爺と無限収納エンドレッサー内の荷物の受け渡し実験を実行。

 神域の中からは通信が出来ないため、一旦、外に出てからという運びになった。

 無事に到着したという報告と、一応だが古道の紐を補強した旨を伝えた。

 

『神域の外ならば問題なさそうじゃな。では次はしばらく時間を置いて、熊の置物を取り出せば良いのじゃな?』


「そう、これからまた神域に戻るからお願い」


 早速、神域に戻って受け渡し実験。

 神域の中からでも無事に無限収納エンドレッサーの中身は取り出せたようだ。

 その事を再度、神域から出てズカ爺との通信で確認。


『どうやら神域の中でも問題ないようじゃな』


 ズカ爺に礼を言い、実験終了。

 うーん、無限収納エンドレッサーはちゃんと繋がってるのに、なんで共鳴晶石ユニゾン・クウォーツは通信不可なのか。

 次元を超えて、ひとつの物質として存在してるはずの共鳴晶石ユニゾン・クウォーツがなぜ繋がらないのかが分からないな。

 ジャミングされているのか、それとも神域内では機能制限されてしまうのか。

 まあ、オレが考えても答えは出ないか。

 神域以外なら普通に使えるみたいだから良しとしとこう。


 そうだ、共鳴晶石ユニゾン・クウォーツを渡しておく相手がもうひとり居る事を忘れてた。

 魔石を宝石にカットした時にデザイン的に追加したくなったんだよな。

 持ってても使えるかは怪しいけど。


 ラキのペンダントに共鳴晶石を追加するために銀の部分に爪を作って、丁度ハート型の上の窪んだ所にはまるようにしてみた。

 小指の爪くらいの大きさの真っ赤な石がいい感じで収まったな。


「どうだ?」


「ウォンッ!」


「お、見た目は気に入ってそうな反応。でもラキは使えるのか?」


 オレの言葉を聞いて、おもむろに駆け出していくラキ。

 行動の予想がつかずにいたが、すぐに答えが分かった。

 片割れの共鳴晶石ユニゾン・クウォーツが反応。


『わふっ!』


「使えるよー、だって」


「普通に使えるんだ……。オレにもラキの言ってる事が分かればいいのになー。声だけだと何を言ってるのか全然だ」


「正確には言葉じゃないからね。分からなくても当然だと思うわよ? というか人間にしてはラキちゃんの言ってる事かなり理解してると思うけどね」


 リナリーやイグニスがラキと意思疎通が出来るのは、この世界独特のルールか何かなのか?

 動物の言ってる事が分かったら楽しそうだよな。

 動物の言ってる事が分かったら飼えないぞって意見もあるらしいけど。

 

 午後からは残りの9割を習得すべく、魔法の講義が再開された。

 基本の地、水、火、風に始まり、付与、魔方陣、複合なども盛り込まれた、総合的なカリキュラムでいくようだ。

 覚える事が有り過ぎる……。


「心配しなくても良いぞ。忘れたくても忘れられないようにしてやるからのう」


 オレの不安を見透かしたかのような、イグニスの宣言。

 牙をチラつかせたその笑顔が怖い!

 別の意味ですげえ不安なんだけど……。

 オレ、どうなっちゃうの?

 



 ~~~~




 妖精の里から帰ってきて約2ヶ月が経過した。

 その間、魔法のあらゆる技術、知識を可能な限り習得の時間に割り当て、なんとかイグニスが納得する範囲で修了する事が出来た。

 言ってしまえばギリギリ単位を貰えた、といった感じ。

 可能な限りの時間でとは言ったが、自由時間がなかった訳ではなく、空いた時間を利用して生活環境の改善を更に進めたりもしていた。

 妖精の里で使わせてもらった部屋が快適だった事を思い出し、それを神域でも再現する事に挑戦してみた。

 結果、そこそこ満足のいくものが出来上がった。

 その過程で、実はサイールーを里に迎えに行ったりもしている。

 神域に帰還して10日程の頃に、どうしても植物をうまく扱えなくてサイールーに相談したら、「迎えに来てくれれば、そっちで直接指導できるわよー」と言われたので、オレ一人で往復半日足らずで迎えに行ってきたのだ。

 盛大に送り出されて一ヶ月も経たないうちにまた来たオレを見て、里のみんなは苦笑気味に驚いていたが歓迎してくれていたのは嬉しかった。


 その後、二週間ほど滞在したサイールーから指導を受け、完成に至ったというわけだ。

 滞在中も色々とあったけど、そこは割愛。

 女子が二人いるだけで随分違うんだな、というのが良く分かったとだけ言っておく。

 帰りも当然オレが送っていったけど、更に時間短縮を試みた結果、サイールーの感想がズレたものになっていた。


「この移動もクセになりそう……すごい気持ち良かった……」


 ちょっと何言ってるかわからないです。

 特別な運搬方法をやったつもりはないのに、何かがツボにハマッたらしい。

 なんで普通に肩に乗せて走っただけでその感想なのか。アブノーマル村の住人の感性はよく分からん。分かったら分かったで問題がありそうだけど。


 そんな感じでこの二ヶ月は色々とあったが、黒曜竜との戦闘のような厄介なイベントもなく、集中して物事にあたれたのは良かった。

 リナリーもオレと一緒に講義を受けていたりと、環境が変わっていい刺激になったし。


 ふむ……。

 やっぱり、いざここを離れるとなると寂しいと感じるようだ。

 自覚できる程度には感傷的になってる。

 今居る場所は神域の端 神域の境界面。


 そう、オレはこれから神域を出て当初の目的であるサシャを探しに行く。

 実際は観光が目的のようなもんだけど。

 と思ったら、もうひとつ条件が増えた。


「クゥ~」


「分かったから! ラキと一緒に居られる環境かどうか確かめたら絶対迎えにくるから!」


 思いっきり大きな身体を摺り寄せて、涙目で訴えてくるのはちょっと堪えるぜ。

 丁度一週間前にラキがオレと同行したいと言い出したんだけど、一般的に考えて、こんな巨大な狼を連れて街に入れるのだろうか。

 そう思い、一時的に待ってもらう事にしたのだ。

 こっちの街の常識を知らないオレとしては、そう言わざるを得ない。

 

 リナリーはラキと一緒に行きたいようだったが、当然ながら人間の街の常識なんて事は分からないし、イグニスに至っては、「そこはおぬしに任せる。人間社会のルールはコロコロ変わるからのう」と、オレに丸投げ。

 しかし、なんとかそれで納得してもらい、しばらくはラキは神域でお留守番という事に。

 イグニスもラキの同行には基本的には反対していない。

 武者修行というわけじゃないけど、いい機会だとは思っていたらしい。

 気心の知れたオレと一緒なら独り立ちの予行演習として丁度いいだろうと。

 あ、ラキの独り立ちってのは、神域を追い出されるとかじゃなくて精神的なヤツね。


「方針は決まったようじゃな」


「ラキにはちょっとの間、留守番してもらうって事が決まったくらいだけどな。あとは集落か街を見つけたら、ひとの良さそうな情報源になりそうな人間をとっ捕まえる、くらいだな」


「もうちょっと言い方ってものがあるでしょう……」


「言い繕った所で意味はなし! やる事はいっしょだ!」


「あーはいはい」


 オレの扱いが、段々とおざなりになっていくのは気のせい?

 とにかく、オレ達の冒険はこれからだ! 

 ってのは不吉だから言わないほうがいいよな。


「ワシとしても久々に有意義な時間じゃったな。何か困った(楽しそうな)事があったら遠慮などせずにワシの所に来るようにな」


「あれ……今違う意味に聞こえたのはなんでだ?」


「気のせいじゃろう」


「まあ、その時になったら遠慮なく頼らせてもらうよ。で、いずれは勝ってみせる!」


「ふっ、一万年早いわ」


 別れの挨拶というにはいささか風情がないが、オレとイグニスだったらこんなもんだろう。

 擬装用の背負い袋を肩にかけ、その逆の肩にはリナリーが。

 タイトコートに孕んだ風を抜くように身体を翻し、出口に向けて踏み出す。


「それじゃあ、行って来る」


 神域の壁に手を添え、振り返って告げるのは出発の言葉

 オレたちの新しい一歩のために、二人もそれに応える。


「ウォン!」


「この世界を楽しめ! 良い旅を!」




 その言葉を後に、新しい世界へと踏み出した。





二ヶ月の間に何があったかは、そのうち分かるかも。

……たぶん(´・ω・`)

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