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第二十六話 変化


「お次は~っと」


 新しい服というのはテンションが上がる。

 自分が気に入ったものを手に入れたときなんかは特に。


 久しぶりにその感覚を味わった気がする。

 昨日完成したローブを貰って以降、ずっと着っぱなしで色々と試していたんだけど実に楽しい。


 一仕事終えた事でサイールーもしばらくそれに付き合ってくれていた。

 新しい服、というより機能としては装備と言ったほうがいいか。

 そのローブの仕様の確認を、実戦の前に出来るだけしておきたい。

 オレの基本的な戦闘のスタイルとしては、自ら攻撃を喰らいにいくような事はない。

 しかし先日の黒曜竜との戦いのように、やむを得ず被弾覚悟で突っ込む事もあり得る。

 なので、出来る事出来ない事を可能な限り把握しておいたほうが今後の為になるだろう。


 そういうわけで、変形と硬化がどの程度のものなのか検証してるんだけど……。


「面白い事するわねー」


「……なんか気持ち悪い」


 感心したように表情を緩めるサイールーと対照的に、眉根を寄せて否定的は感想を口にするリナリー。

 いや、オレもここまで出来るとは思ってなかったんだよ。

 どこまで出来るのか試してるうちに、思いついた勢いで変形させたけど、まさか全身タイツが可能とは思わなかった。


 今のオレの姿はというと、顔の部分にだけ丸い窓があるだけで全身を濃紺の布で覆われている。

 密着させた所、まさに全身タイツという以外にない格好になったのだ。

 気持ち悪いと言われても仕方ないっちゃあ仕方ない。

 客観的に見て、こんなのが街中にいたら通報もんだろう。

 しかも稼動域を確かめるために、色々武道の型を流して訳の分からない動きをしてるから余計に気持ち悪いかもしれない。


 更に言うと、この状態で魔力を流して適度に硬化させると全身がツヤツヤになったりする。

 間接部は柔らかいままにして、動きに支障が出ないようにはしてあるから普段と変わらず動ける。


「余計に気持ち悪い!」


 濃紺ツヤツヤの、全身タイツ男が動き回ってたら苦情が入った。


「検証だよ、検証。ここからが本番」


 あー、その前に鏡が欲しいな。

 無限収納エンドレッサーからミスリルを一握り取り出してっと。

 土を薄い壁状に盛って、そこに極薄にのばしたミスリルを貼り付ける。

 これ結構というか、かなり魔力喰うんだよな。けど綺麗な鏡が完成ー!

 おお、ラキが鏡にビックリしてる。

 あ、でもすぐに自分だって理解したらしい。

 ラキさんや、鏡の前で笑顔の練習とか怖いんだけど……。


「恐ろしいほどの魔力使ったわねー」


 サイールーの指摘通り、ミスリルに限らず魔性金属って適切な魔法処理をしないとバカみたいに魔力を喰うみたいなんだよな。

 そんな事まだ勉強してないから強引に薄く延ばしたけど。

 魔力が多いって素晴らしい。


「意味がわからない……自分の姿を確認する為だけに、そこまで大量の魔力を使うって……」


 意味ならあるだろう。

 鏡がないと、ちゃんと変身出来たか確認できないじゃないか。

 

 姿見も用意できたし、では検証を始めよう。

 全身タイツが出来るなら当然、その系統のコスチュームはできるはずなんだよな。

 思いつく所では……


 仮面○イダー


 さっと魔力を込めてパッと変身。

 どうよこの再現度、色以外は完璧だぞ。

 バッタの仮面に身体の装甲とバックル、最近のメカメカしいのはなかなか格好いいからな。

 もっと好きなのは元祖というか真、と言うべきか、そっちのリアル系なんだけどな。


 というわけで生物フォルムを再現! ついでにポーズも!


「おー、こりゃすごいわね」


「わふっ!」


 お、サイールーとラキには好評っぽい。


「ぎゃああっ! なによそれー!」


「何って、変身ヒーローだよ」


「なんでそんなのに変身してるのよー! 完全に怪物じゃない!」


「似たようなのがいるのか?」


 リナリーの非難をよそに、そう言ってサイールーを見やると何かを思い出したように「ああ」と、言葉を続ける。


「完全に一緒ってわけじゃないけど、言われてみれば確かにそんな感じかも」


「あー、この手のヤツがいるのか。だとするとコレは人前では披露出来ないか。カッコイイから好きなんだけどなあ」


「見ようによっては確かに格好イイけど、事情を知らない人間の前にいきなり現れたら、討伐認定されちゃうわねきっと」


 それは余計なトラブルの元だよな。

 そうなると他の候補は……というか変身モノをやめろって意見は聞きません。


 まあ、無難な所では戦隊ものかなあ。

 ヘルメットとちょっとした装飾でお手軽に変身できる。

 色のほうもギリギリでブルーと言えなくもない。


 あとはもう映画に出てくるパワードスーツや、いっそアニメに出てくるロボットになってしまってもいい気がする。または規格外なユニットでもいいかも知れない。

 掌の部分も制御は難しいが手袋状にするのも可能なので、今挙げた変身も問題なく出来る。


 いくつか変身して思ったけど、やっぱり紺色だけだと変だ。

 造形は完璧なのに色がついてないからどれも一緒に見える。


 やべー、変身がこんなに楽しいとは思わなかった。

 だからなのか、余計に色が変えられないのが気になる。


「コレやっぱり色とか変えられないか? 付与でどうにか出来るなら、どうにかしたいんだけど」


「出来ない事はないかなー。でもせっかくの付与枠が減っちゃうかも知れないけどいいの?」


 それも考えないでもなかったけど、付与を犠牲にしてでも色変更の機能は欲しい。


「最優先で必要な機能だ」


「戦闘には関係ないでしょうが……」


 何を言うかリナリー。視覚情報にによる心理的効果ってのが期待できるだろう。

 異形に姿を変えて恐怖を煽ったり、またはその場にそぐわない外見のキャラに変身して思考を混乱させる、なんて事も出来るかもしれない。

 ゆるキャラなんかは、そういうのにうってつけの外見してるよな。


「見た目って結構影響するぞ?」


 とはいえ体験してないと納得は出来ないかもしれないなー。

 オレだって、そういった経験がなければこんな発想はしなかっただろうし。

 中学生の頃だったか、うちの道場を訪ねてきた25、6歳の若いお兄さんが、見た目を裏切る強さだったんだよな。

 線が細く柔和な顔立ちで、とても強そうには見えなかったのに実際に立ち合ったら恐ろしいほど強かった。

 まあ、うちの道場を訪ねてくる人間は決まって強いから、見た目に油断してボロ負け、なんて事にはならずに済んだけど。

 それでも、その時は見た目とのギャップに驚いたのを覚えてる。

 気配や雰囲気だけで相手の技量を嗅ぎ取るってのは、慣れないとなかなか難しいんだよ。


「何も考えてないかと思ってたけど、いろいろ考えてるのね」


「酷い事を言う。だが今回は完全に趣味だ!」


「信じた気持ちとか、いろいろ大損よ!」


「私も一着作ろうかしら……見てたら変身って良さそうに思えてきたのよね」


 あーそうか、リナリー達が普段着てるのはここまで過剰な変形はしないんだったか?


「……ルー姉さん、気のせいよ。この男、結局自分の欲望に忠実なだけなんだから」


 えらい言われようだけど、これに関してはその通りだ!


「それも悪い事じゃないわよ? 何事にも原動力って大切だし。んっと、じゃあ変色染料と繊維を用意して追加工って事ね。ついでだからあなたも作業してみる? 覚えておけば何か役に立つかも知れないし」


「いいのか? 里の秘伝とか職人の秘密だったりしたら、部外者に教えるのってどうなんだ?」


「大丈夫よ。適性があるなら広めてもいいくらいだから問題ないわよー。ただし、悪用しそうな人には教えちゃダメよ? って言っても、その悪用方法とかは思いつかないんだけどね」


「いや、色々とやりようはあると思うぞ」


「さすがイズミね。即座に悪事が思い浮かぶなんて」


「失礼な」


 オレだってたいしたものは思い浮かばねえよ。

 書類偽造のためのインク代わりに出来ないかって事くらいがせいぜいだ。


 何に使えるかは今はいいとして、どうやって色を変える繊維を作るのか。

 それはある植物を使用する事で可能になる。

 土壌の酸性度合いで色を変えるアジサイのように、周囲の魔力の濃度によって色を変えるトクサルテという花があるらしい。

 その植物を丸ごと使って魔力水で繊維と一緒にを煮て、能力を繊維に定着させれば、色彩変更の生地に仕立て上げる事が出来る。

 ただ、このトクサルテ、どこにでも咲いているが少々クセがある。

 採取する人間によって、採取した瞬間にそれぞれ違う色に変化し固定されてしまう。

 というか採取以前に近づいただけで色がどんどん変化してしまうらしいのだ。

 変色の反応がないか、または白に変化した場合のみ素材として使用可能だという。


 なんともまあ厄介な素材だな……それで適性なんて言ったのか。


「私たち妖精フェア・ルーは何故だか白い状態で採取出来る事がほとんどなんだけどね」


 オレが採取してどうなるかは分からないが取り敢えずやってみれば、という話になった。

 どこにでも生えていると言うだけあって、里の中にも小規模ながら群生していたトクサルテ。

 近づいても変化する兆しは今のところ見られない。


「ここまで近づいて変化がないなら、大丈夫ね」


 サイールーの言葉通り、手を伸ばせば届く距離まで来ても反応がない。

 これならオレでもなんとかなりそうだ。


「あっ」


「「えっ?」」


 取り敢えず花をということで、いくつも咲いた小さな花を茎ごと採取したところ、それと同時に色が変化してしまった。

 いや、変化したというのは間違いじゃないけど正確じゃない。

 花の色がなくなって透明になったのだ。

 オレがいち早く変化に気が付いて漏れ出た声に、二人の何が起こったのかという疑問を孕んだ反応。


「……なんか透明になったけど、これ使い物になるのか?」


「……どうして、こう毎度毎度予想を飛び越えてくるのかしらね……」


「はー、まさか透明になるとは思わなかったわ。能力自体は失ってなさそうだけど、妙な感じになってそうねー」


 職人としてのサイールーの目からは何とか使えるだろうという事らしいが、リナリーと同じくやはり予想外だったようだ。


「……取り敢えずは使っても大丈夫なんだな?」


「いけると思うわよ……たぶん」


「おい」


「わたしもこんなの初めてだからねー、分かんないのよ。でも着色状態で固定されたわけじゃなさそうなのは確かだから、加工は問題ないはずよー」


 じゃあ採取は続行で。

 まずは実験も兼ねてオレが採取したトクサルテのみで試してみるという事で、リナリーとサイールーは採取に参加していない。

 その後、必要分を採取してサイールーの個人工房で続きの作業を行う事になった。

 身体の大きさ的に厳しいという事だから、ラキには外で待っていてもらおう。


 こまごまとした準備の間、雑談がてら話を聞いたが、オレの疑問に思っていた事については理由はあったようだ。

 なぜ色彩変更の機能を盛り込んでくれなかったのかというと、装備としての品質を追求した結果、戦闘に役立たない可能性が高いものは、どうしても後回しにせざるを得ず、付与の枠を消費しかねない機能は極力無くしたほうがいいのでは、という事で盛り込まなかったらしい。

 戦闘を主目的としてる以上は間違いじゃない。

 間違いじゃないんだけど……調色が出来れば完璧だった。惜しい!

 普通はこんな戦闘特化した装備にそんな機能は持たせないというのが通例というか、共通認識っぽいからそこはしょうがないよな。


 まあ、その調色機能を持たせるために今から追加工するから全然いいんだけど。

 そうこうしてるうちに準備が整ったようだ。

 といってもまずは、ローブを作った時に出た端切れで試すらしい。


「んー、反応が微妙に違ったから、もしやと思ったけど……」


 魔力水やら魔方陣やらで色々な作業をしていたサイールーがこちらに振り返り言うには、


「どうも魔力水に漬け込むだけで機能を追加出来そうよ」


 との事らしい。

 その代わり大量の魔力が必要だけど、と付け加えたが、オレが魔力を提供すれば全く支障はない。

 さっきの鏡を作った時より少なくて済むんだとか。

 というわけで、さっそく底に魔方陣を描いた水を張った容器にローブを投入。

 花と茎もしっかりと水に浸かるように容器に放り込む。


「じゃあ、これでもかってくらい魔力注いじゃってー」


「あいよ」


 水の表面に手をかざし魔力をゆっくりと流し込む。

 魔方陣が反応しているのか水が反応しているのか、容器の中が青白く光り始めた。

 しばらく魔力を注いだところで「その辺で充分よー」と声がかかったので供給をストップ。


「あとは待つだけねー」





 午後、調色の能力が定着したという事でさっそく確かめる事に。

 おー、おおっ!?

 込める魔力の量でちゃんと色が変わる!

 部分指定も、これといって難しい事はしなくてもいいのが助かる。


「あと、このローブだけの特別仕様になるんだけど、一応透明にも出来るみたいよ」


 なんですと!?


 ふむふむ、透明化だけは魔力量の調整だけじゃなくて明確なイメージも必要と。

 ということは……もしかして?

 そう、透明になると聞いて真っ先に浮かんだのは透明人間。

 いわゆる光学迷彩だ。


 よしよし、それではさっそく。


 これで光学迷彩に


「なんだこれ……」


 ならなかった。


 なんだこの超シースルーは。

 ビニールか、良く言ってガラスが柔らかくなった、みたいな感じの見た目だ。


 だよな。こうなるよな。

 よく考えなくてもこうなるのは当然だよ。

 透明になるのはあくまでローブだけで、その中身まで透明になるわけがない。

 なんで透明になれると思ったんだ?

 魔法的な何かで、摩訶不思議な補正でもかかるとでも思ったのか?

 ちくしょう、透明人間になれると思ったのに!


 ……まあいい、この技術だって何か使い道があるはずだ。

 手の中にある透明になったトクサルテの花が何かを訴えかけてくるようだ。

 しかし間違いなく錯覚だ。

 

「……リナリー、これで作った服とか下着とか着る気は」


「ない!」


「じゃあ、オレが着るしか――」


「作らせないわよ!?」


 ……冗談だよ。

 思いの他ショックで、こんな事でも言わないと気が紛れないんだよお!

 ああ、ラキありがとう……慰めてくれるのか?

 せっかくだから気持ちが落ち着くまでもふらせてもらおう。


 ふう、なんとか持ち直したぜ。


 あと、こちらでも違和感のないと思われるデザインの鎧にも一応変身してみたけど、これはこんなのも出来ますよ、程度かなあ。


 その後、夕方までローブの慣らしのために狩りをしてきたが、今の所、問題点はなさそう。

 それとは別に、オレがラキと里の外で狩りをしてる間にトクサルテの花の検証をサイールーが中心になって行ったらしい。

 透明化した花の使い道が他にもないか継続して模索する事で意見が一致。

 しかし、そこでネックになるのが透明トクサルテの入手方法だ。

 オレが方々で採取したものを無限収納エンドレッサーに突っ込んでおくというのも手だが、オレの手を煩わせるのは、と妖精のみんなが渋ったので、基本的にその案は流れた。

 ではどうするのか?

 本当にオレしか採取できないのか?

 確定したとは言い切れない、とサイールーが何やら閃いたらしく実験を敢行。

 実験の結果、オレの魔力を食べた直後なら透明化した花が採取できたらしい。


「結局の所、魔力の質に反応してたって事ねー」


 そこで問題になるのが、魔石に込めたオレの魔力がなくなったらどうするか。

 まあ、それ自体は問題にならない。

 空になった魔石を無限収納エンドレッサーにぶち込んでおいてくれれば補充するし。

 これも若干渋ったが、しばらくは魔力量を増やすために魔力を使いきるのに丁度いいという事を伝えて説得。

 イグニスが言うには、おそらく3年程度では限界値に達しないだろうと。

 オレとしても魔法が使えないような屋内でも安心して魔力を放出できる手段は確保しておきたい。

 まさしく一石二鳥。


 ただ、入り口別で管理できると言っても混乱しないとは限らないので、それ専用にいくつか用意したほうがいいかも知れない。

 効率の事も考えれば当然、宝石加工した高純度魔石が望ましい。

 加えて他とは間違いようがない形の物がいいだろう。


 という訳で、魔石彫りの熊がその役を担う事になった。


「コレといった特別な使い道がないかと思ってたけど、あったなあ」


「だったら、なんでそんな物を作ったのよ……」


 ノリで?

 他に動物シリーズを作っても、これで使い道は出来たから一安心だ。




 ~~~~




 ~長老ズカ~



 ローブが余程気に入ったと見える。

 昨日からこっち色々と試していたようだが……なにやら、また可笑しな事をやっておるのう。

 変形と硬化の機能を、あのように組み合わせるとは。


 ワシらの中にも同様の機能を持った服を所持している者もおるが、あくまで万が一に備えてという意味合いでしかない。

 所持はしていても魔力を大量に食う硬化機能はほとんど使いこなせておらん。

 そもそも、そこまで深く近接戦闘をするという事がないからのう。

 ある程度の魔力量を誇るワシらでもそうなのじゃから、普通の人間は戦闘に使用するという発想自体ないのが実情じゃ。


 有り余る魔力を使って変形、硬化を極めるとあそこまでいくとは驚きじゃ。

 しかし、全身に布が張り付いたあの姿はどうにかならんかの。


 驚きと言えば、イズミがこの里へ来た時から驚きの連続じゃったな。

 人間に対してかなりの警戒心を抱いていたはずの気難しい娘が、あれほどまで気を許していたのは意外じゃった。

 我等と人間の歴史を幼い頃から聞かされ、人間に対して過剰とも言える警戒心を抱いてたというのにどうやってその壁を取り払ったのか。

 大人のワシらから見ても幼い頃のリナリーは察しの良い、頭の良い娘じゃった。

 それ故、お伽話程度の理解では終わらずに、人間という生き物や社会にまで解答を求めるようになったのは自然の成り行きかも知れぬ。

 それが必要以上に警戒するようになった要因とも言えるしのう。

 しかし逆にその事が、外の世界に目を向ける原因になったのは皮肉な事かもしれんがの。


 里の異変に際してイグニス様のお知恵を、とリナリーを派遣したが……まさか人間を同行させるとは思いもよらなんだ。

 しかし話に聞けばイグニス様が、その人間を随分と気に入っておられるご様子。

 ラキ殿も我等に対するのと同様か、それ以上に信頼しているように見受けられる。


 ふむ、それならばと里に迎えたが、ここまで大きな影響が出るとはのう。


 ワシのイズミに対する第一印象は、本当に人間なのか? というものじゃった。

 あまりに強大すぎる魔力、それを抜きにしても、鋭利に過ぎる気配と大地の如く何事にも動じず全てを受け止める、そんな空気を纏った、なんとも形容し難い存在。

 相対する者が害意を持っていれば警戒を、信頼を向けるならば安心を、そう自然と感じさせるのではないかという不思議な感覚。

 その今まで人間からは感じた事のない感覚が、人間である事を疑った理由でもあるのう。

 しかし接してみれば価値観が特異ではあるものの、確かに人間の若者であることが理解できた。


 まあ、今でも本当に人間なのかと疑ってはいるがの。

 なにせ、あの鉱石竜オーレスドラゴンである黒曜竜オブシディアをほぼ単独で撃ち破っておるからのう。

 リナリー共々、ボロボロになって帰って来た時には、何事かと思ったわい。

 鉱石竜オーレスドラゴンが出たと聞いて、無茶をしたのではないかと疑った。

 なんとしてでも原因を突き止めようとしたのだろうと。

 その結果捕捉され、この里に接近させないために反対方向に誘導したのではないか。

 鉱石竜と思われる魔力を感じない事から、そう推測した。

 その時はそれ以外にないと思い込んでおった。

 そして、そんな所へ調査に向かわせた事を後悔したほどじゃ。

 全身が斬り刻まれてもなお、この里を第一に考えていたのかと、胸に熱いものがこみ上げてくるのも感じたのう。

 そして里を捨てる覚悟をせねばならんかと考えを巡らしている所に、とんでも無い事が告げられた。その時の事をワシは未来永劫忘れんじゃろう。


『里を放棄する必要はないです、長老様』


『どういう事じゃ……? いや、やはり此処とは違う場所に向かったのか』


『そうではなく、鉱石竜は倒しましたから』


『何じゃと……?』


 耳を疑った。

 それがそのまま表情に出ていたのかも知れん。

 妖精の瞳を差し出すリナリーの目は、真実だとハッキリと語っていた。


 その記録内容は、どこか知らない世界の出来事のように信じられんものばかりじゃった。


 初っ端の畳み掛けるような容赦のない黒曜竜に対する攻撃にも目眩を覚えた。その後のそれ以上の凄まじい攻防にも驚愕させられたのも、よおく覚えておる。


 決着までにも幾つか目を疑うような行動もじゃ。

 尻尾を切り落として無限収納エンドレッサーに放り込む、異相結界でブレスを防ぐ、果ては見た事もないような魔法で鉱石竜オーレスドラゴンの身体を貫く。

 それら全てが想像を超えていたというのは、ワシが歳を取りすぎて頭が堅くなっていた、という訳ではないはずじゃ。

 その他にも人間とは思えぬ動きや判断の早さ、もはや何が常識かも分からぬ程に、ワシの知っている戦闘とはかけ離れたものじゃった。


 しかし、確かに倒しはしたがギリギリであったようにも思う。

 聞けば、本人もそこの所は自覚しておるようじゃったが……。

 結果から言えば、最良の選択をしたようにも思える。だが、どの選択が正しかったかは正直ワシにもわからん。

 とは言え、やはり無茶をしすぎじゃ。

 最初に時間稼ぎをしたのかとワシは勘違いしたが、それ以上の無茶をしておる。


 宴会時に上映したが里の者も皆そう感じたようじゃった。

 本人としては一応勝算はあったと言っておるが、本当にそうであったかはワシらの理解を超えておるゆえなんとも言えん。


 その後、人間に対する意識が変わったのか、イズミ個人に対して意識が変わったのかは分からぬが、自然と里の者が人間にも聞き取れる発声をするようになったのは当然の結果なのかのう?

 イズミの立ち居振る舞いを見て、警戒するのがおかしな事のように思えてしまったのかもしれんな。


 他にも人間である事を疑うような事がわらわらと出てくるのには呆れてしまったわい。

 リナリーから聞いておった魔力の味。

 今までに味わった事がない美味であったな。

 是非継続して提供して欲しい所じゃが、そこまで甘えるわけにはいかんじゃろうなあ。

 うーむ、ほんの少しでいいんだがのう?


 その魔力を吸収する事による異相結界の習得と魔力操作の劇的な向上。

 そのおかげでレーザーブレスという魔法も習得することが出来た。

 魔方陣を描く方法もすっかり様変わりしてしまった。

 印刷? じゃったかのう。そんな方法で書けるようになるとは……実に興味深い事ばかりじゃ。

 

 そういえば、何やらレーザーブレスという名前が定着するのを嫌がっていたようにも思えるが何故なのかの。

 覚え易くていい名前だと思うが、はて。


 いかんな、話を戻すとしよう。

 無限収納エンドレッサーの製作時間もそうだが、繋がったそれを見た時は思考が止まったぞい。

 他にも黒曜竜から採れた魔石を宝石のように加工したりと、突拍子も無い事をしよる。

 本人は遊んでいたつもりらしいが、それでは済まん事態になってしまったしの。

 この里の者が物欲に負けて、加工をねだるなど考えもしなかったわい。


 違う世界から来たと言うておったが、否定する材料がどんどん減っていきおる。

 着眼点、発想の方向性、どれをとってもおかしいというのは、この世界の人間ではないからか、それともイズミという個人の資質によるものか。


 どうにも後者のような気がするのじゃが……。



 ん? 昼食後にまた集まっておるようだが今度は何をするつもりじゃ?

 なんと、ローブが透明になりよった!

 いやはや……サイールーと共に工房に行っていたと思ったら、またしてもおかしな物を作り出したようじゃのう。

 本当に予想がつかんわい。

 しかし何故、地面に手を着いてうな垂れておるのか。


 予想外と言えば、リナリーの変化もそのうちのひとつじゃな。

 あの娘は気が付いておるのかのう? 自分の変化に。

 誰に対してもせぬような言動も、イズミに対しては遠慮なしにしておる。

 よほど心を許していなければ、そうはならぬじゃろう。


 里に帰還した時、既にその兆候はあったが、誰の目から見ても疑いようがなくなったのは、やはり黒曜竜を討伐した後かの。

 問題が解決してしまえば、イズミがこの里に留まる理由がなくなる。

 ワシとてそれは寂しいとは思うが、今生の別れという訳でもない。

 連絡手段もあるのじゃから、暗く考える必要もないじゃろう。


 しかしリナリー自身、その事を考えないようにしているのは、あえてその話題に触れないようにしている事からも伺えよう。


 その気持ちの変化に自身も戸惑っておるようだが、果たしてどのような答えを出すのか。

 どのような選択であったとしても後悔だけはして欲しくない。

 老婆心ながら、それだけはちと心配じゃな。



 さて、面白そうな事をしておるならワシも混ぜてもらうとするかの。






別視点がこんなに難しいとは(´・ω・`)


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