第二十五話 情熱の方向
女子の圧力はすごい。
ひかりものを欲する、その意気込みが違う。
共感は出来ないけど、気持ちは分からないでもない。
だからというワケじゃないが、とにかく全員に行き渡るように、カットした魔石を用意する事になった。
……決して圧に負けたからじゃあない。
最初は生産職の妖精たちが自分たちでも作ろうとしていたようなのだが、加工に適した道具がなかったらしい。
砕く事はなんとかなるけど、切断や研磨といった作業に耐えうる素材の道具が用意出来ず、加工を断念せざるを得なかったという事のようだ。
そうなると必然的に、加工が出来るオレの所に話が回ってくる。
10種類の形のものを、だいたい30個ずつ。
作りも作ったり約300個。
やっつけ感が拭えない作業だったけど、個数が増すごとに精度と速さも増していった。
大きさ的にはリナリーとラキに渡したものより小さめ。
数が数なのでそれで勘弁してもらった。
気分転換にいくつか雑誌には載っていない形のものなんかも作った。
中には何を思ってこんな形にしたんだろうと自分でも疑問に思う形のものが数個あったが、疲れてたのかもしれない。
イズミあなた疲れてるのよ。
そんな声が聞こえた気がした。
それ以外には星、三日月、十字架なんかも無理矢理作ってみたり。
あと魚とか。
それをラキが口に咥えたのを見て、シャケを咥えた熊なんかも作ったりした。
「何、それは……?」
「何って、シャケと熊。って言っても分からないか。要は狩りをする野生動物だな」
「だいたい分かるけど……そういう事を言ってるんじゃなくて、なんで気分転換に作ってるのが一番時間かかってるのよ……」
確かに、かなり時間をかけて作ったな。
神樹の刀でちまちまと作業してたから腱鞘炎になるかと思ったわ。
彫刻刀とかリューターが欲しくなったけど、この世界でモーターみたいなものって作れるのかな?
そんなやり取りもありつつ、作業が終了したのは夕食と日課を挟んで一時間程経ってからだった。
午後から開始した作業だが、なんとか今日中に終わらせる事ができた。
完成したものをみんなに渡すのは、ズカ爺とリナリー、あと生産職の数人におまかせ。
最初は出来た端から渡していくのかと思ったら、何種類か作るのなら全部見て、その中から選びたいという意見で一致したらしい。
この辺の心理も一緒だねー。
一応、一人一個という決まりだが、選ぶのも楽しんでるのが良く分かる。
思ったより混乱もなくスムーズに捌けている。
とはいっても捌ききるまでに一時間以上かかったが。
うーん、夜になって余計に目立つからか、そこら中でビカビカ光ってるのが気になる。
これみんな寝られるのかね?
まあ布か何か被せればいいのか。
それにしても、魔力が溜まってるうちはずっと光ってるのか?
このミラーボールで反射されたみたいな光が?
なんか微妙に邪魔くさいアイテムだな。
細かくなった鉱石は半分は生産職の面々に渡した。
なんとか自分たち用のサイズのアクセサリーに出来ないか試行錯誤してみるとの事だった。
残りの半分はやってみたい事があるのでオレの引き取り。
なんだけど、材料が揃ってないから出来るかどうかさえ分からない。
でも同じ鉱物なんだから出来ない事はないはず。
その下準備くらいは出来るから、寝るまでの時間でやってしまおう。
「今度はまた何をやり始めたの?」
まだ寝る時間には早いらしく、リナリーもまだ広場いる。
「細かくなった魔石を更に細かくしようと思ってな」
大きい石と小さい石を用意して小さい石だけを強化。
それで大きい石をゴリゴリと削り、中心をすり鉢状にする。
そこに細かくなった魔石を投入して、今度は大小、両方の石を強化して磨り潰していく。
「粉にしてどうするの?」
「絵の具にするつもりだけど、今すぐは無理だな。単純な話、細かくなり過ぎたらそれくらいしか使い道がないんじゃないか? 食べても大丈夫なら、調味料てのも考えたけど、――やっぱりかなり不味いみたいだしな」
ラキがすり鉢の中を興味有り気に見つめていたので、一つまみ手の平に乗せて目の前に持っていく。 匂いをかいでひと舐め、即座にブシュンッ! とクシャミのように鼻を鳴らして耳をペタンとさせていた。
当然ながら粉にしても味は変わらなかったようだ。
「魔石を砕くとか普通はしないから、ほかの利用法なんて考える事自体がないかもね。それにしても次から次へとよく思いつくわよねぇ」
あんまり小さ過ぎると魔石として認識するのが難しいようで、仮にそこらに転がっていても見つけようがない。なので粉状の魔石というのは自前で用意するくらいしか方法がないというワケだ。
でもオレが思いつくくらいだし、粉にして何かに利用しようってヤツがいても、それほどおかしな事でもないとは思うけど、どうなんだろう。
「取り敢えずの利用法だけどな」
思い浮かぶのは魔力を込めて魔方陣を書いたり、普通に画像出力に使ったりくらいだけど、無駄になるよりはいいんじゃないかと。
こうなると他の色も欲しくなるけど、赤い鉱石もちょっと削って粉にしておこうか?
いや、無理に粉にする必要はないか。そっちは何か加工したついでに端材が出れば、その時に粉にするって事でいいだろう。
どっちにしてもニカワの材料になるゼラチンか、その代替品になるようなものがないからまだ絵の具に出来ないし。
寝るまでの空いた時間を利用したが、魔石を粉に出来るくらいに石を強化したおかげで丁度魔力も使いきれたのは好都合だった。
まだ寝るには早いが魔力も切れたし、そろそろ部屋に戻ろうかという所で「先に戻ってて」とリナリーがどこかに飛び立っていった。
オレが寝付くまで帰ってこなかったが、常にオレとだけいる訳にもいかないし色々あるだろうと気にせず寝ることにした。
子供じゃないんだから、そのうち帰ってくるだろう。
~~~~
ベッドで目覚めると胸の辺りに違和感が。
「なんだ、リナリーか……おはよう」
首だけ動かし、オレの胸の上に立っているリナリーを確かめて朝の挨拶を済ます。
「おはよう!」
いつになく嬉しそうな顔でそんな挨拶を返してくるリナリーにも疑問だが、ずっと胸の上から動かず腰に手を当ててこちらを見てるのもやや疑問だ。
「何? どうかしたのか?」
「ね、何か変わったと思わない? 思うでしょ?」
「変わったって……髪型か? ……違うのか? じゃあ無駄毛処理したとか?」
「毛から離れなさい! そうじゃなくって! 分かんない?」
「……わからん。降参だ」
「よーく見て驚きなさい! イズミがバカにした貧乳が貧乳じゃなくなったのよ!」
「いや、別にバカにしたつもりは。――自分で貧乳って言っちゃうのか」
「そんなことはいいの! 大きくなったからもう貧乳じゃないわ!」
と、腰に手をあてて胸を張ってるが、一体……
どこが?
というのが表情に出ていたのか、それに応えるように人差し指と親指でコレくらい変わった、と小さなコの字のジェスチャーで主張するリナリー。
「言っとくけど、すごい変化なんだから!」
「そんな微妙な違いわかんねえよ……」
「微妙じゃないもん!」
身体の縮尺で言えばさっきのジェスチャーはリナリーにしてみれば大きいかもしれないけど、遠目どころか間近で見ても全然わからない。
それにしても、ここに来てから毎朝何かのイベントがあるな。
退屈はしないけど、朝から疲れる事はできれば避けたい。けど、ここにいるうちはダメだよなきっと。
「まあ、リナリーの言いたい事はわかった。朝イチで言いに来るぐらいだから自覚出来るくらいの変化はあったんだな?」
「そ、そうよ……!」
「何したんだ?」
「な、なんの事かしら? と、特別な事なんか何もしてないわよ?」
視線を泳がせて言っても説得力がないぞ。いきなり過ぎて不自然極まりない。
昨日あったことを考えれば、推測は簡単。
胸の話題があってのコレだから、まず無関係とは思えない。
おおかたズカ爺がオレの話をきいて何か思いついたんだろう。
んで、なにやら実行したと。
「言うつもりはないって事な? じゃあズカ爺に聞くとしよう」
「やーめーてー! 乙女の秘密よ? 無理に暴こうなんて鬼畜の所業よ? そこは気を利かせて――」
「よし、わかった! 関係者全員から強制聴取だ!」
「イヤーー!」
何でそんなに拒否するかねえ?
どうせ魔法的な何かでバストアップしたんだろ?
オレに聞かれたってたいした事じゃないはずなのに反応が過剰だな。
なんか飛んで逃げてったぞ。
勢いよく跳ね起き、広場に向かいズカ爺を探す。
すぐには見つけられなかったが昼間は暇だという説明の通り、今朝もしばらく広場で時間を潰していると何処からかスイーっと飛んできた。
「相変わらず早朝から鍛錬かの。雰囲気、いや――気配が変化するほどの集中じゃな」
「ふぅ――おはよう、爺ちゃん」
三戦立ちのような姿勢に戻り、両拳を腰の辺りまでゆっくり下ろし息を吐く。
前方で浮いているズカ爺に視線と挨拶を送る。
「うむ、おはよう」
「気配が変わるなんて初めて言われたけど、こっちにきて魔力の影響でもでたかな? あ、それより聞きたい事あって待ってたんだけど」
「ん? なんじゃ」
「リナリーに何したのさ」
「ふーむ、真っ先にお前さんの所に向かったのか……? しかもその様子じゃと自慢か何かをしたのじゃな?」
「自慢だったのか? うーん。とにかく嬉しそうではあったなあ。で、何したの? 昨日のオレの話が関係してるとは思うんだけど」
「タイミングを考えればそれ以外は有り得ぬからの。しかし昨日の今日で自分から言ってしまっては、こうなる事は目に見えておるのに自制が効かんとは、案外抜けておるのう」
自分で貧乳って言っちゃうくらい結構気にしてたみたいだしなー。
効果が出たもんだからテンション上がって、追求されるかもとか、その辺の意識が抜け落ちちゃったか?
「優先順位がリナリーの中でどうなってたのか謎って言えば謎だ」
「悪い傾向ではないがの。それは置いておくとして、何をしたかじゃったかの」
ズカ爺のセリフの意味は前半が良くわからなかったけど、今はいいか。
知りたいのはどんな魔法を使ったかだ。
「どう説明すればいいかのう……。大別すれば付与魔法になる。そこまでははっきりしておるが、どんな魔法かはワシにも推測しかできん」
「ズカ爺が考えたんじゃないの?」
「アイデアはワシじゃが、魔法の開発は付与が得意な者に任せたのじゃよ。男女の違いが主な理由じゃが、ワシでは感覚がわからんのでな」
「男女の感覚の違い? 具体的にはどういう事?」
「恋愛感情や、それに伴う本能的な衝動や快感などじゃな。それらを利用して作られた魔法じゃ。全身に作用して肉体的な成長を促す。ここで言う成長とは性別による差異を更に強めるといった効果かの」
「要するに、……気持ち良い感覚を全身で味わうって事?」
「大雑把に言うと、そうなるかのう。若い娘達に必要であろう魔法じゃからな、同性に任せるのが一番じゃろう。ワシでは具体的な感覚は分からぬと言ったのはそういう事じゃ。もっとも、今までならお前さんの話を聞いただけでは実現はしなかったはずじゃ。開発に関してはダイレクトに魔力を感知できるようになったのが大きい」
ふむ、ズカ爺も完全には把握してないわけか。
恋愛感情に伴う本能的衝動……性欲?
それに快感。
ここで言う快感は精神的なもの? 心が満たされる充足感? はたまたリラックスとか癒されるとか、そういったもので感じる気持ち良さとかそういうものなんだろうか。
でも、本能的なものに連動した快感だとすると、そのまま肉体的な快感を意味してると解釈したほうがしっくりくる気がする。
男女の違いで感覚的な要素が変化。
それを自身、もしくは他人に付与。
いや、開発段階では仕方ないとしても、魔法の目的や性質的に他人に付与ってのは疑問が残る。
だとすると。
それって要するに……自慰行為というヤツでは?
しかも全感覚自慰行為……だと?
なんだその人類の夢を具現化したようなプレイは。
妖精の身体が実際の所どうなってるのかは分からない。
性的な刺激というのが人間とどこまで同じか判断に困るが、この魔法に限って言えば、やってることはそれに限りなく近い事だろう。
あくまで想像の域をでないが、この予想が正しいとすれば、そりゃ言いたくないわな。
それにしてもビックリだ。
コレだけの短時間で効果のある魔法を開発したって事もだけど、その内容も。
どんだけ頑張って開発したのよ?
「相当な覚悟で、徹夜で開発したらしいがの」
「何の覚悟!?」
気のせいじゃなく執念に似たものを感じる。
男女の違いで難しいって言ってたけど、絶対オレじゃ覚えられない魔法なのか?
実際に魔法を使ってる所を見ればなんとかなりそうな気がするけど、見せてくれそうにはないよなー。
せめてどうやって開発したかくらいは聞きたいけど、それも難しいだろうな。
今の会話と、そこからくる予想で自己開発するしかないかー。
いや、純粋に魔法に対しての興味だよ?
決して自分で楽しもうとか、お、思ってないよ?
あと、誓って言うけど悪用とかは考えてません!
でもまあ、面白い使い道はあるとは思う。
ところで、ラキは興味なさそうだね?
隣にいるけど、飛んでるチョウのほうが気になるみたいだ。
ラキにもそういう性欲みたいなものがあるんだろうか。
子供だからとか種族的にとか、そのあたりどうなんだろう。
怖くて聞けないけどな!
~~~~
今日も昼間はレーザーブレスを教えるために現場監督。
だいぶ使える人数も増えてきたおかげか、教える事に関してはオレもほとんどやる事がなくなってきた。
だからという訳じゃないが、異相結界のサイズの変更とか、確認がてら色々とやってみる。
極小パネルを繋げて球状にしたり、その中でレーザーブレスを同時に全方位に向けて炸裂させたり。
検証して分かったのは、パネルは小さくは出来るが大きくは出来なかったという事。
どうも、あのホームベース台の大きさが一枚単位での最大らしい。
そして縮小のほうも掌よりやや小さめくらいで限界値の模様。
意外というほどでもなかったが、小さくすると何割か余計に魔力を消費するようだ。
異相結界の中で炸裂させるレーザーブレスがなんとなく面白くて、つい繰り返してしまう。
サッカーボールより大き目の球状異相結界のなかでレーザーブレスの魔力球をいくつも展開して時間差をつけて炸裂させると花火みたいな見た目で楽しい。
内側の結界面に当たって、でかい線香花火みたいな感じでバチバチ弾けてる。
「またわけの分からない事してる」
背後から聞きなれた声。
朝方にどこかに飛んで逃げてったのに嘘みたいにいつも通りだな。
さては無かった事にする気か?
そうはいかない。
「聞いたぞ」
「な、なにを?」
「豊胸魔法、その名もチチフエル!」
「そんな名前じゃない!」
なんだ、違ったか。
そりゃそうか。
この語感だと、増毛に成功したオヤジの近況報告の電報みたいになってるしな。
「名前は決まってないのか?」
「いくつか候補はあるけど、まだ決まってない。そもそも魔法を開発するなんて今までなかった事だから、どうしようかみんなで考えてる所」
「ふむ、すぐには決まらんか。で、その豊胸魔法は安全なのか? 豊胸したはいいけど変な副作用とかあったりしないよな? 後でしぼんだりしたら、豊胸の意味がないぞ? 豊胸って言うくらいだから――」
「豊胸、豊胸って連呼するなーっ!」
わははっ! 何度繰り返しても水弾はもはや通用せんぞー!
異相結界で天まで弾きとばしてくれるわ!
なんてバカな事は程ほどにして、リナリーの口から具体的な魔法の使い方とか聞きたいけど、これは無理か?
ちょっと煽ってみて、ポロっと情報漏らさないかなーって思ったけど、そこまで迂闊じゃないわな。
煽り方も良くなかったかもしれない、反省反省。
そういえば、レーザーブレス撃って来なかったな。
魔力温存のために低コストの水弾?
「そんなに魔力使うのか? その豊胸魔法」
「はぁ……はぁ……まだ言うか。豊胸じゃなくて、成長魔法!」
「ああ、なるほど、成長魔法か」
「この手の魔法で副作用って、ほぼないみたいよ。強化で副作用なんて起きないでしょ?」
「強化と同系統なのか。ん? でも鉱石竜と戦った時に強化してえらい目にあったけど」
「普通はあんな無茶な使い方はしないの。と言うか詠唱魔法だと出来ないって言ったほうが正確かな」
「ふーん。まあ、それはそれとして」
「ふーん、って、もっと自分の魔法の使い方に興味持ちなさいよ……」
「今はもっと重要な事があるだろう。そっちが先だ。成長魔法ってのは具体的に何をするんだ? ズカ爺が言うには、開発は丸投げだったらしいから詳細は分からないって話だったんだよな」
「具体的に……言うわけないでしょ! 秘密よ!」
「それはオレに秘密なのか、男に秘密なのか。どっちだ?」
「どっちでもいいでしょ!」
「ふーん」
目を細めて様子を伺うが、明らかに動揺してるよな、これ。
「な、なによ……」
「いや、な。ズカ爺の話を聞いた時にオレなりに予想してみたんだけどな。利用してる刺激ってのが恋愛感情と、それに付随してくる本能的な欲求や衝動だろ? 快感とも言ってたけど、ここで言う快感は達成感とか、充足感や感動みたいな情緒や精神的なものじゃなくて、直接的な、文字通り肉体的な快感じゃないかと思った訳だ。肉体的な刺激が有効だとするなら、確かに精神的なものより肉体的な快感のほうが絶対効果は高いよな。それに男女で違いがあるっていうのも肉体的な快感じゃないかって思った要因だな。んで、それを全身に付与魔法として作用させる訳だけど……今言った推測から最も効果的だと思われる感覚刺激って、要するに魔法を使った自慰行――」
「イヤーーッ!」
あらやだ、またどこかに飛んで行っちゃったよ。
って事は……
「なんだ、まんま正解だったのか……」
実に夢のある魔法だなあ。
~~~~
成長魔法の概要がなんとなく分かったのが午前中。
今は昼飯も食べ終わって、食後の一休みを兼ねて、午後の予定を一考中。
そんな折、里の見回りに行っていたズカ爺が生産職の面々と連れ立って広場にやってきた。
「イズミよ、待たせておった依頼の品が完成したぞい」
「おおー、出来たんだ。もっと時間がかかると思ってた。 ファスナーも再現するって息巻いてたけど、こんな短時間で再現できたんだ?」
「うむ、なかなかの出来だと思うが、まずは実物を確認するのが良いじゃろうな」
ズカ爺が自信を覗かせる言葉とその視線に促され、傍に控えていた生産職の数人が各々担当した品を無限収納から取り出す。
最初はやはり会話に出たズボンから。
青年妖精から手渡されたものを確認して思わず感嘆の言葉が出た。
「おお!? 金属の色は変わってるけど、それ以外はそのまんまだ」
「それは加工のし易さから材質はミスリルですね。里の備蓄が豊富、というか有り余ってるので使い道が出来て正直助かってますよ。今回の事でデザインの幅が広がって消費も増えそうです。といっても私たちのサイズではたかが知れてますけどね」
そう言って追加で取り出した妖精用の服。
それに使用されたファスナーのその造形が精緻を極めていた。
「ちっちぇー! すげえ、なんだこれ」
試作品らしきローブのようなその服に施された細工は、極小サイズなのにしっかりとファスナーの体を成している。
顕微鏡で見ないと分からないくらいの大きさでありながら、機能も損なう事無くちゃんと仕上がってるというのは、驚きの一言だ。
「説明を聞いた際に確認した通り、基本の人間サイズから妖精サイズに縮尺を変更すると、この大きさになるんですよ」
確かに比率を合わせるとそうなるんだろうけど、この精密さは人間じゃ真似できないよなー。
そんな感じで感心していると、次は自分の番だとばかりに他の生産担当者が。
うん? どうやらこの青年妖精がある程度まとめて説明してくれるようだ。
「こちらが修復した上着とズボンですね。特殊な繊維と魔力の糸で元の素材を複製して、なんとか形になりました。一応、簡易的な修復魔法を付与してあります。あまり大きな穴が空いてしまうと塞ぐことが出来なくなってしまいますが、それ以外の切れ目程度のものなら修復可能です」
「あのボロボロだったヤツとは思えないな。ほとんど新品だ」
修復とは言っても、その跡さえ分からないほどになるとは思わなかった。
それが言外に伝わったのか「なんの魔法もかけられていない素直な生地でしたからね」と、日本産の生地の解説をしてくれた。
なんとか形になどと言っていたが、加工自体はは割りと簡単だったらしい。
お次の品はマジックテープ。
実はこれ、かなり苦労していたのを知っている。
構造は単純なのに、繊維の太さ、硬さ、密度などあらゆる要素の自由度が高すぎて、逆に大変だったとか。
その証拠に試作品を何度もオレに見せに来ていたのだ。
その度に改良が加えられていて苦労の跡が伺えた。
完全に口頭での説明だったのに、ほぼ完璧に近い完成度で仕上げてくるとは、実に頭が下がる思いである。
「実物がないと、やはり苦労しますが、それがモノを作るという事の醍醐味ですからね。結構楽しかったですよ」
笑顔で事も無げに、楽しかったと言うのを見ると、素直にかっこいいなと。
職人だなー。
何か有効な使い道を考えなきゃな。
Tシャツとトランクスはというと、それぞれ2着ずつ。
伸縮性を持たせた丸首のスタンダードな白いTシャツだが、その伸縮性に拡張性を付与で追加。
つまり、大きさを若干変えられる。
ゆったりめに着るもよし、ピチっと着るもよし、魔力を流す時にイメージも合わせる事で変形する。
トランクスにはガチガチに付与がかかってた。
汗などの汚れの付着などを軽減する効果や、通気性、吸湿性など快適さを追及するための付与魔法も使われている。
当然、修復の機能も追加されていたが、一番念入りに付与したそうだ。
トランクスが破れる事態なんて、そうそうないと思うんだけど……コイズミ君はそこまで暴れん坊でもないし。
いやまあ、戦闘中に破れて中身が『こんにちは』したらとか、そういう事を懸念しての事なのかもしれないけど。
「精力増強も付与の候補にありましたけど、必要ないですよね。若いんですから」
なんか、とんでもない魔法の存在が笑顔で明かされたけど?
そんなのもあるのか……。
確かにそれはいらない。
思春期真っ盛りの高校生にそんなもん使ったら、えらい事になるぞ。
……えらい事になるぞ?
で、靴と靴下。
靴の外観は今履いているスニーカーに似ている。
履き心地のほうは、お世辞抜きでこっちのほうが断然いい。
足にかかるストレスが驚くほど少ない。
あ、靴にマジックテープを使えば良かったんじゃないか?
いやでも、紐なしでここまでフィットするものにマジックテープは必要ないよなー。
靴下は見本があったので、まんまそっくりに仕上がっている。
違いがあるとすれば、汚れ防止と脱臭の付与が施されている事か。
すごいあり難いんだけど……それは遠まわしにオレの足が臭いと言いたいんだろうか……?
最後にローブは、えーっと、リナリーの女友達の名前はなんだったか……あ、サイールーだったかな? が説明してくれるようだ。
フードの付いたローブを注文していたが、まさに魔法使いのようなゆったりとしたシルエットの服。
濃紺に近い青色のそれを試着するよう促され、それを見たサイールーがウンウンと頷く。
「似合ってる、似合ってる。どこから見ても魔法使いね。剣士なのに」
「一度こういうのが着てみたかったんだよ」
サイールーの評価に素直に思った事を言って気が付いたけど、病気が再発してるぜ。
「よく分からないけどそういうもの?」
「オレのいた所で着てたら、確実に痛いヤツ扱いだからな。ここでなら不自然じゃないから、安心して着られる」
「その格好で剣振り回してたらかなり不自然だけどね。っていうか、まともなつもりだったんだ?」
「いきなり現れて、酷い事言うよなリナリーは」
いつの間にいたのか、背後から投げかけられた言葉は若干辛辣。
「周りの理解が及ばないだけで、オレがおかしいわけじゃないぞ」
この里にだって同士はいるんだからな。
「屁理屈にもなってないんだけど……?」
ジトっと湿った視線を向けられても、痛くも痒くもないわい。
「まあまあ。その不自然を解消する機能も付いてるから」
「ほう」
苦笑気味にサイールーが本題を会話に挟んできた。
「今は魔法使い然とした形だけど、身体に密着させる事も出来るの。それなら剣士としても動き易いし見た目もそれほど違和感はないはずよ」
言われた通りに変形させようとして、今更気が付いた。
これ、前の合わせにファスナーが使ってあるわ。
ファスナーの上に、生地を被せて見えないようになってたから気が付かなかった。
日本だとこういうデザインは当たり前だけど、ズボンの股上の合わせからそこに行き着くってすごいな。
さすがに服飾の専門家って所か。
おっと、感心するのもいいけど変形させてみよう。
魔力とイメージで変形するんだよな。
おお! かっこいいな!
フード付きのタイトなロングコートになったぞ。
でもこれだと長すぎだな。膝上くらいまでにして丁度いいくらいだ。
「あら、かっこいいわね。そういう風に変形させたんだ。でもフードは変形させないの?」
サイールーの指摘はもっともだ。
フード付きって事で、それを無くすなんて思いつきもしなかった。
となると襟元をどう変形させるか。
ここはちょっと突っ走ってみようかね、痛い方向に。
で、選んだデザインが、ハイネックっぽいもの。
完全にゲームキャラでよくあるデザインだ。
「顔が隠れてたら、まるっきり暗殺者みたいね」
うん、オレもそう思った。
的確な表現だなリナリー。
「ふふっ、でもいいんじゃない? すごく似合ってる」
「リナリーの評価が微妙だけどな」
「そんな事はないと思うけどね」
クスクスと笑いながら意味ありげな視線をリナリーに向けると、当の本人は何やら怯んだ様子で顔を背ける。
若干頬が赤い気がするけど、今のどこに赤くなる要素が?
しかし、その疑問を考察するするより先に、サイールーが他の機能についても解説を始めた。
「ちょっと今回の作品は、自分でもよくここまでやったなって感じになってるのよね。魔力操作の効率が良くなったのも大きいし、何より使用者の魔力に制限がないから、創るこちらとしても制限する必要がなかったというのが一番大きいわね」
つまりオレの魔力量の多さが前提になってる機能って事か。
どんなのが付与されてるんだろう。
「まずはさっきの変形。修復はもちろん、汚れ防止もかけてあるわ。快適性を考慮する付与もね。そして最大の特徴が、硬化する機能。任意の場所、または全体に魔力を流す事で硬くなるの。理論上は魔性金属の最高硬度までいけるはず。といっても、その場合ほんの数秒だけどね。この機能は使用する魔力量が多くて普通ならあまり実用的とは言えないの。硬化した部分と肉体との間の空間に緩衝材としての魔力を要求されるのよね。だから大量の魔力が必要になるんだけど、でもあなたの魔力量なら問題なく運用できるはず」
「鎧の代わりにできるのか」
戦闘に特化した機能を最優先にしたって事かな?
「ただの鎧じゃなくて、ある程度の対魔法能力もある、ね。硬度と比例してその能力も上昇するんだけど、注意が必要なのは高出力の魔法に対してはあまり長時間抵抗できないの。ある程度までの魔法や単純な打撃や斬撃は、込める魔力次第になるけど、全く問題ない。けど、例えばそうね、レーザーブレスだと最大硬化したとしても1秒もつかどうかかしら。ああ、でもこの例えは極端かも。鉱石竜の装甲を抜くような魔法だし」
「まあ、な。でも1秒もてば充分だろう」
「そう言いきれちゃう所が、色々と枠をはみだしてる原因よねー。あの戦闘を見る限り納得せざるを得ないけど。ま、あくまで補助的な備えとして考えておいてね。あのレベルの戦闘ではあんまり過信しちゃダメよ」
「わかった、肝に銘じておくよ。全裸のつもりで戦えってな」
「そこまで極端じゃなくていいわよー。それこそ色々はみ出すじゃない。ちょっと見てみたい気はするけど」
さすがリナリーよりお姉さんってか。
下ネタ気味の返しに、さらっと笑顔で被せてきたな。
「あ、あとひとつ。そのローブ、まだ改良も加えられるようになってるから。先の事も考えて、まだひとつふたつ恒久付与が使えると思う。繊維の強化としての余地もまだ残ってるし、なんならその繊維の追加もできなくはない感じにしてあるわ。といっても繊維の追加はかかる手間と魔力が膨大になるけどね」
「そっか、でも改良できるのはいいな。何が必要になってくるかわからない現状だと、かなり助かる。けど繊維の追加ってなんだ?」
「ああ、それはね、これが複数の特殊な繊維から出来てるのと関係があるの。糸にする段階でそれぞれに付与をかけて、生地にするのが下準備なんだけど。さらに効果の違う付与が施されたそれを何層にも重ねて同一化させ一枚の布に仕上げるの。で、繊維の追加っていうのは、その完成させた布に新たに繊維を滑り込ませるか、あるいは表面を覆って同一化させる事を言うの。その辺の方法の違いによるメリットデメリットはややこしいから省くけど、とにかく後からそういった手を加えるのが可能なようになってるのよ」
「なるほど、分かったようなわからないような」
想像出来ないくらいの手間がかかってるのだけは理解できた。
「あはは、確かにそうなるわよねー。まあ、わからない事があったら後で聞くことも出来るし、大丈夫よ」
共鳴晶石ってほんと便利だよなー。
「ところでさ……」
とここで、ちょいちょいと手招きして声を潜める。
「サイールーも成長魔法覚えたのか?」
「あら、誰から聞いたの? って、そういえば元のアイデアはあなただっけ」
「ズカ爺から概要しか聞いてないから、あとは自分の推理だけど……あれって、つまりはそういうナニな事だよな?」
「やっぱり発案者は違うわねー。長老様も大した情報は持ってなかったはずだけど、あっさりそこに行き着いたのね。そうね、概ねあなたの考えた通りの魔法よ。私も開発に関わってるけど画期的な魔法だって自信を持って言えるわね。何よりすっごい気持ちいいし」
「そこまではっきり答えてくれるとは思わなかったぞ」
「別に恥ずかしがるような事でもないと思うけど?」
「リナリーは恥ずかしがって教えてくれなかったんだよ」
小声での会話を続けると、首筋になにやら冷やりとした感覚が。
「こそこそ何を話してるかと思えば」
数十センチの距離に、リナリーが眉間にシワを寄せて浮遊していた。
「成長魔法の事を話してただけよ? 胸は大きくなるし、気持ちいいしでイイ事だらけじゃない。隠す必要なんてないと思うけどなー」
「ルー姉さんはオープン過ぎて特殊なんだから黙ってて」
スタンダードかと思ってたら、サイールーはアブノーマルエリアの住人だったのか。
でもこの際は気にしない、援護射撃は任せた。
「えー? 私は普通だってば。気持ちいい事は悪い事じゃないどころか、とても素敵な事でしょう? 誰かに見られた訳でもないし見せる訳でもないんだから魔法の正体がどんなでもいいじゃない。……むしろ私は見られてもいいかも知れない……」
ピンク色に染まった頬に手を当てて恥ずかしそうに身体をくねらせてるけど、羞恥心のポイントが分からん。
おかしいな、援護射撃を期待したのにかなりの誤射をされてる気がする。
けどここは、援護だと割り切って進もう。
「そうだぞ、リナリー。別に気持ち良くなる事は恥ずかしい事じゃな――」
「それ以上言ったら、どことは言わないけど穴が空くわよ……?」
いつの間にかレーザーブレスの魔力球が微妙な位置に照準されている。
「……わかった」
おお、怖っ!
このネタで遊ぶのはあんまり良くないな。
「ほっほ、面白そうな事になっておるのう」
生産職の面々と一緒に今まで遠巻きに生暖かい視線を送っていたズカ爺だったが、話しかける頃合を見計らっていたようだ。
「さて、無事に引き渡せて一安心じゃな。この程度では借りを返せたとは言えぬが、ひとまずは区切りになったのう」
「借りとかそんなに気にしなくていいと思うけどな。むしろこれから迷惑かけまくる可能性が高いから、そんな事言ってられなくなると思うよ?」
「うむ、それはそれで面白そうじゃな。お前さんの事じゃから、今までにない案件を持ち込んでワシらの楽しみを増やしてくれそうじゃ」
何か良く分からないスイッチが入っってるなあ。
まあ、いっか。期待に応えられるかは分からないけど、困った事があったら相談してみよう。
後で知った事だけど、成長魔法の開発はサイールーが関わったというより開発者そのものだったらしい。
どうしてそういう魔法になったのか、なんとなく分かった気がする。
それにしても、真剣な宝石選びや妥協を許さないものづくり、そして魔法開発と、いろんな事に熱中するこの里の住人を見ていると興味が尽きない。
新しい魔法にしてもそうだけど、みんなどれも全力で取り組むのが当たり前といった感じだ。
人それぞれ違ったものに興味を持つのは当然だ。
そして情熱の赴く先も、また人それぞれ。
さて、オレの情熱はどこへ向けようかね?
遅くなりました(*_*)
一話からちょこちょこ手を加えてたらこんなに遅くなってしまうとは。
もっと早く書けるようになりたい……
ブックマーク、評価感謝です(´∀`)




