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第二十四話 有効活用

 



 ……冷たい。

 どこが? 顔が。


「うぁ?」


 頬の冷たさに目を覚ましたが、現状の把握に時間がかかった。

 分かってはいたけどやっぱり気絶したなー。

 床に突っ伏して、ヨダレ垂らして寝てたよ。

 身体を起こし手の平で頬を拭い、しばらく眠気の余韻と共に思考が回復するのを待っていたら横合いから湿った暖かい何かが顎から頬にかけて当たる感触。

 何だ? 割りと頻繁にこの感触は味わってる気がする。

 そんな考えが頭に浮かんでいたが、その答えが出る前にそれによって首を上下に揺さぶられて意識が明瞭になった。


「ああ、ラキも起きてたのか……って、待て待て、激しすぎる!」


 朝から強制ヘッドバンキングはキツイ。

 ラキが、その大きな舌でオレの顔をベロンベロンする度に、首の据わっていない赤ちゃんか! と言いたくなるほどに頭が揺さぶられる。


「わかったから! 後で模擬戦しよう。な?」


「わふっ!」


 ここ何日か、思いっきり身体を動かしてないせいか我慢しきれなくなったらしい。

 特に模擬戦がしたい時にやる起こし方だけど、今日は一段と激しい。吐くかと思った。

 まあ、いいか。今ならズカ爺たちに手伝ってもらえば、広場でもある程度の模擬戦は出来るだろう。


 そういえば、今朝は直絞りされてないな。

 顔を良く覚えてないから確かな事は言えないけど、もしかしてリナリーの友人たちはみんな生産関係に従事してる? 昨日、生産系担当者が集まった時にチラホラ見かけたような。

 だとしたら、昨日の興奮具合からすれば直絞りに来てないのも納得。

 いや乳首を吸われてないのを残念とか思ってないよ? ……ないよー?


 と、そうだ。

 無限収納エンドレッサーはちゃんと仕上がってるか?

 確認しないまま意識が飛んだからな。

 魔力を込めた時に変な手応えだったけど何だったのか。

 出来上がったモノを見れば、外見上は隣にある今まで使っていた無限収納エンドレッサーとの違いはない。

 って、あれ?

 どっちがどっちだっけ?

 あ、中身を確認すれば済む話だった。


「ふむ、こっちが旧型か」


 手を入れてみれば、中に入っている物が何がどれだけあるか独特の感覚として伝わってくる。

 魔力を込めた時の手応えからすると、今回作った方が若干だが空間規模は大きいはずだけど道具が入ってるならこっちが旧型でいいだろう。

 正直な所、大きさの方は手を突っ込んだだけじゃちょっと判別し辛いんだよな。

 さて、作ってみて思ったが、どちらを渡そうか。

 新型を渡すなら、このまま渡せば終わる話だ。けど、せっかく新しく作ったからちょっと自分で使いたい気もする。

 で、旧型を渡すとなると中身を入れ替えなきゃいけない。

 これが意外と手間がかかる。一度中身を出して新しいほうに入れ直す作業が必要になる。

 場所は広場でやればいいから問題ないとして。

 実際の所どうしようかー。


「朝からなに悩んでるの? 自分の変質的なお尻好きに嫌気が差した?」


「誰が変質的だ……まだ根に持ってんのか。ちげえよ」


 いつの間にか起きていたリナリーが花のベッドの淵に座り、そんな事をのたまう。

 ほんとに見てやろうか。オレの能力使えば、あーたのお尻も実用的なものに転用可能なのよ?


「どっちの無限収納エンドレッサーを渡そうかと思ってな」


「何が理由で悩んでるのか分からないけど、その空間規模になると、どっちを渡されてもこの里じゃ使い切れないわよ? 新しく作った方も同じくらい大きいんでしょ? イズミがいいと思う方を渡して全然問題ないと思うけど」


「まあ、そうか、そうだな。じゃあ、ここはオレの我がままで旧型を進呈するとしよう」


 オレの宣言を聞いて「ん、いいんじゃない?」と賛同の意を言葉にしたリナリーは、やれやれといった感情も多分に含んだ笑顔だ。


「じゃあ、広場に行って後で中身の移し変えだな」






 ~~~~






 日課と朝食の後、ズカ爺たち数人の妖精に手伝ってもらい広場でラキと模擬戦を行った。

 適当な広さの範囲を異相結界で囲んでもらい、その中で模擬戦をしたのだ。


 お互い魔力弾と異相結界ありのルールだが、異相結界は5回まで使用可。

 主に接近戦での攻防が目的だから、今回はお試しで。


「相変わらず、当たる気がしねえ」


 異相結界ありにした事で、惜しい所で防がれてしまう。

 とはいえ、避けられる事のほうが圧倒的に多い。

 オレはといえば、回避と羽子板障壁と異相結界でなんとかラキの攻撃をやり過ごしている状態。

 このルールだとお互い決定打がないから、なんとか互角といったところか。


 しばらく攻防が続いた後、ラキも満足したのか強化が切れると、「たのしかった!」 と言うかのようにひと吼えして模擬戦を終えた。


「目で追うのがやっとじゃのう……人間にあるまじき動きじゃな」


 そう言われても、ラキとやりあうには最低限このスピードが必要だしなあ。

 それにイグニスを目標に設定して思ったけど、おそらくこの程度の速度じゃ通用しないだろうな。

 まだ循環強化含めて上限には到達していないはずだし、その上限を少しばかり無理矢理押し上げるアイデアも一応はある。

 すぐには無理だから追々って事になるけど。


「と、感心してばかりもいられんか。ワシらも精進せねばのう」


 異相結界を解き呟くズカ爺に、同調の頷きを返すこれまた異相結界で模擬戦の手伝いをしてくれていた妖精たち。

 礼を言うと、それを合図にそれぞれ飛び立っていった。

 各々、持ち場があるようで、生産や里の樹木の世話、里の外の結界や仕掛けの確認といった騒動以前からの活動も、前にも増して精力的に取り組むようになったようだ。


「して、模擬戦の手伝い以外に、なんぞワシに用があるような事を言っておったように思うが、なんじゃったかの」


「あ、ごめん、まだ準備出来てなかった。無限収納エンドレッサーを渡そうと思ってたんだけど、中身の入れ替えをまだやってないんだ」


「そういう事か。なに、急いではおらんしお前さんの好きな時で構わんぞ? というか、それ以前にどう考えても貰い過ぎなんじゃがな」


「忘れないうちにと思って。オレとしては寝床と美味いメシの分があるから貰い過ぎって事はないと思うけど」


「うーむ、寝食の対価としては破格すぎるのう」


「や、実際提案した手前、責任は取らなきゃなーってのが建前で、実はホントに里が収容出来るか興味があるんだ」


「ほっほ。そういう事なら遠慮なく、という事にしておこうかの」


 里の丸ごと移動を提案した時に、『現状、それに頼らねばならぬのが心苦しいが……』と言っていたのが気になって、それをなんとか取り払おうと思ったのだが、何とか納得してくれたようだ。

 まあ、こっちの意図はバレバレみたいだけど。

 こっちがしたくてしてる事だから気を使う必要はないって言いたいけど、そうは言っても気にするのが普通の感覚だよな。

 興味とか事実も混じってるから、意図した所を汲んでくれたんだろう。

 やれやれ、オレには交渉とか向いてないわ。


「ん? わざわざ取り出しているが、入れ替えのついでに何かやる事があるのかの?」


「別に何もないけど。……え、どういう事?」


 オレが食器類を取り出していると、ちょっと聞き捨てならないセリフが。


「袋状の無限収納エンドレッサーなら簡単に入れ替えを行う方法があるが、聞いておらんのか?」


 初めて聞く情報に多少動揺したが、説明を聞けば納得できそうなものだった。

 収納系のマジックアイテムにはそれぞれ特色がある。

 一般的に言われているのは、箱型のものはひとつひとつ取り出して入れ替えなければいけないが、素材の関係からか容量を大きく出来る傾向がある。それに対して袋状のものは容量は小さめだが、まとめて移動が出来る。

 その方法はと言えば、譲渡先の無限収納エンドレッサーに荷物の詰まったほうを突っ込み、裏返せばいいだけ。

 前に一回、完成した無限収納エンドレッサーを裏返した事があったけど、どういう理屈かさっぱりだが普通に裏返っただけで中身は出てこなかった。

 しかしこれを、無限収納エンドレッサー内で行うと、中身を丸ごと移し変える事が出来るらしい。

 言われてみれば、という機能だけど。

 ……全然気が付かなかった。


「知ってたなら教えてくれよリナリー……」


「だって、作れるんだから当然知ってると思ったんだもん」


 と、リナリーに不平を言うと当然とも言える反論。

 自作可能なのに基本の機能を把握してないとは普通思わないよな。

 微妙に非難の意を含んだ視線から目を逸らし教えられた方法を試してみる。


 荷物の詰まった無限収納エンドレッサーを空のほうに突っ込む。


「ん?」


 入れるほうを間違えたか?

 空だと思ってた方に荷物が入ってたよ。

 おかしいな、じゃあこっちが正解か?


「んんっ?」


「何? どうしたの?」


 なんだコレ。

 どうなってる?

 何がどうなってるか分からないという点で、今のオレはリナリーと似たような心境だろう。


「……ごめん、爺ちゃん、どっちが渡す方か分からなくなった……」


 どっちに手を突っ込んでも同じ感覚情報が流れてくる。

 それに、空間の規模がおかしな事になってる。

 すぐには気付かなかったが、意識を集中して空間規模を探ってみれば明らかに以前と大きな違いがある。


「何を言っておる、空間規模の大きい方が新作ではないのか? こちらの無限収納エンドレッサーが……何? コレは……」


 困惑しているオレの様子に首を傾げていたズカ爺だったが、魔力の状態を読み取った事で、オレの言いたい事が分かったらしい。


「……これ、繋がってるね?」


「繋がってるのう……」


 どうしよう、コレ。

 二人とも同じように無限収納エンドレッサーにボーっと視線を落としてるけど、思ってることが違うのがなんとなく分かる。

 オレは、これこのまま渡しちゃっていいのかなあって考えが巡ってるけど、ズカ爺は信じられないものを見て思考が止まってるような、そんな表情だ。


「さすがにこれは予想がつかなんだ……何故このような事になっておる?」


「いや、オレも何がなんだか……」


 左右の手にそれぞれ持ったそれを見つめながら何が原因っだったのか、その事に意識を向ける。


「昨日魔力を込める時に前回と違う感覚はあったけど……あァ、膝の上で作業したのが原因……か?」


 胡坐を組んだその上で二つの無限収納エンドレッサーを置いて作業していたけど、それだろうか。

 無造作に膝の上に置いて魔力を込める作業をしていたのは覚えている。

 そのつもりは無かったが二つ同時に魔力を込めていたとか。


「うーむ、そのような方法で無限収納エンドレッサーが繋がるという話は聞いたことがないが……しかし、それ以外に原因になりそうなものがないのう。――胸の方はどうなっておる?」


「胸?」


「わたしの胸じゃなくて、自分の胸についてるソレの事でしょ!」


 そういうつもりでリナリーの方を見た訳じゃないんだけど。

 一瞬なんの事か分からなくて思わず見ちゃっただけだって。

 それに、ピンポイントでそこに照準合わせるのも難しいものがあるぞ。

 いや、身体の大きさ的にね?

 ああ、でもそういう事ね。


「――こっちは、小さいままみたいだ」


 胸のポケットを確認して再度リナリーに視線を戻す。


「そのセリフをこっちを見ながら言うって、ケンカ売ってるの!?」


「被害妄想がすげえ!? いやいや、そんな意図ねえから! 理解したって意思表示しただけだっての! だからレーザーブレスはやめろって!」


「……むう」


 今にも魔力粒子からレーザーブレスを撃ちそうな状態だったが、ギリギリ納得してくれたか?

 意図したセクハラなら甘んじて非難も受けるが、意図してない所で勘違いされるのは本意じゃない。

 まあ、セクハラ自体するなって話なんだけど、それはそれ。


「はぁ……気にし過ぎだろ。まだ成長途中なら余地はあるんじゃないのか? とりあえず揉むとかさ」


「お尻だけじゃ飽き足らず、胸まで揉むつもり!?」


「いつの間にか、尻を揉んだ事になってる!?」


「あ~、仲が良いのはいい事じゃが話を戻してもいいかの?」


「な、な、仲がいいとか、あ、有り得ないですから!」


 何も耳まで真っ赤にして怒る事ないと思うけどなー。

 面と向かって否定されるとオレだってヘコむぞ?


「何の話か忘れてたけど、無限収納エンドレッサーの事話してたんだっけ」


「そうじゃ、まずはその話を優先すべきじゃろう。で、揉むと大きくなるというのは本当なのかの?」


「優先してねえっ! えェっ? ズカ爺ってそんなキャラ!?」


「ほっほ、面白そうな情報を最初に聞いておこうと思っての。年頃の娘にとっては重要なようでもあるからの」


「何その孫に甘いお爺ちゃんポジション……いいけど、たいした話じゃないよ。所謂俗説に近いもんだし」


「ふむ」


「揉むと大きくなるっていうより、女である事を自覚するような刺激があると効果的、だったかな?」


 女性ホルモンや成長ホルモンとかが関係してて、アレなナニな事も効果的みたいな説だったと思う。

 ホルモンの分泌量が影響するんだとしたら、全く無関係って事はないかもしれないけど迷信に近い説だよなあ。


「オレがいた世界でも眉唾な話だったし、妖精に効果があるかは疑問だねー」


「刺激……内側に向かう刺激か……なかなか面白い説じゃな」


「?」


「いや、なんでもないぞい。――まあ、この辺りに引っかかるものはあるがの」


 こめかみの辺りに人差し指をあて、トントンッと。

 明言は出来ないが何かは有りそうだという表情だ。


「なんか含みのある言い方で気になるけど、まあいいか。先に無限収納エンドレッサーをどうするか考えないと落ち着かないし」


「イズミが変な事言うから、話がおかしくなるのよ」


「オレのせい!?」


「ほっほ、続きはまたの機会にして今は無限収納エンドレッサーじゃな。見事に繋がっておるようじゃが」


「考えたんだけど、このまま渡してもいい? 繋がってる以外は問題なく使えると思うし。オレが感じた限りでは容量は今までの約4倍近くあるから、里の移動も想定通りにいけるはず。問題があるとすれば中身の把握が難しくなるかもしれない可能性だけど」


「ふーむ、その状態で我らに譲り渡しても良いのかの? ワシらからすればありがたいが、無理をする必要はないぞ? 里の移動手段も本来なら我らだけでなんとかせねばならん問題であるし、無限収納エンドレッサーの製作期間が短縮された今なら試行錯誤の手間は大幅に軽減されるゆえ、時間さえかければ独自でなんとかなるかもしれん」


「んー、里謹製のヤツも見てみたい気はするけど、実は繋がってるって分かった時点で渡さない選択肢がキレイさっぱりなくなったんだよね」


「さては実験かの?」


「やっぱりバレたか。そう、この際だから色々試したい。さっき言った中身の把握もそうだけど、どこまでの距離で共有可能なのかとか、また逆に任意で共有を解除できるのか、とかね」


「なるほどのう。あいわかった。そういう事なら強力は惜しまぬぞい」


「あ、基本的には好きに使ってもらうのが大前提だから」


「ほっほっほ、承知した。しかしお前さんが来てから驚く事ばかりじゃ。どれも公に出来ん所が呆れてしまいそうになる。コレにしても、その危険性は理解しておるかの?」


「あーうん、なんとなく分かる。物資輸送、こうなるともう輸送じゃないけど、物流が壊れる」


「そうじゃ。他人に知られればただでは済むまい。とはいえ、お前さんをどうこう出来る人間がいるとも思えぬがな。しかし用心に越した事はないじゃろうな」


「まあね。でも再現方法が分からないから今のところは問題なさそうだけど」


「その再現方法も謎じゃな。ワシにも思い当たる節がない。過去に発掘されたプレジーア・シングにも繋がったものがあったという話は聞かんしのう」


 とはいえ、可能性がないわけじゃないという。

 限りなく低い可能性ではあるが、と断りが入るのは当然だという認識のようだが。

 ただでさえ滅多に見つからないプレジーア・シングを最低でも二つ見つけなければ確認のしようがない。

 その上、運用方法を考えれば同じ場所にあるとも思えない代物だ。

 そんなものを誰がどうやって確認するというのか。

 仮に見つかっていたとしても、間違いなく情報は秘匿され表には出てこないだろう。

 

「とりあえず要確認、か。イグニスなら持ってそうだけど」


「ほっほ、その可能性の方が確率としては高いじゃろうな」


「あっ、後もうひとつ。無限収納エンドレッサーが決定したから自動的にそうなるんだけど、共鳴晶石ユニゾン・クウォーツもセットだから」


「実験内容を思えば当然の成り行きかの」


「それがなくてもオレとの連絡用の共鳴晶石ユニゾン・クウォーツは渡したけどね。って、あれ? 最初から渡すつもりだったんだから、増えたのは無限収納エンドレッサーの使い勝手の話だけだったのか?」


「揉むとか触るとか、おかしな事するから重要な事が頭から抜けちゃうのね」


「何もしてねえよ!? 事実として捏造するなよ!」


 いつの間にかおかしな性癖が、オレのプロフィールにプラスされる所だった。


 それはさておき、この状態でも確認できる事をやってしまおう。

 空間の分割が出来るかどうかだ。


 結論から言えば、分割は出来なかった。

 パーティションのようなものを機能として追加できないか魔力を流して色々とやってみたが何の反応もなく、どうやら追加工は受け付けないらしい。

 しかし確認作業を続けた所、それに似たような機能が有る事がわかった。

 入り口ごとに中身を管理する機能だ。

 それぞれの入り口から入れたものが一まとめにされ、分かり易く把握できる状態になっていた。

 使う際の基本は手元の入り口の情報が優先になる仕様のようだが、情報としてはもうひとつの入り口の情報もちゃんと頭に入ってくる。


 これなら中身がごちゃ混ぜになる心配がなくていい。

 ズカ爺とリナリーにも手伝ってもらったけど、二人とも同じように使えたから問題はないだろう。

 あとは距離がどれだけ影響するかだけど、これは神域に帰ってからになるか。


「なんとも便利な機能じゃな。もし距離が問題にならないとすれば、研究結果も即座にお前さんに渡せるのう」


 予想としては、この世界とは隔離された別空間という事らしいから、恐らく距離はなんの影響も及ぼさないんじゃないかと思う。

 もしそうだとしたら、珍しいアイテムとかの調査は全部まる投げにしちゃおうか?

 まあ、迷惑にならない範囲でって事で。






 ~~~~






 間食の巨大ビワを食べながら、もう片方の手に持った一対の共鳴晶石ユニゾン・クウォーツを見る。

 

 忙しいかと思っていたズカ爺だが、昼間は樹園木ガーデンプランツのネットワークに気を配るだけで、そう忙しくはないらしい。

 立て込むのは様々な報告が舞い込む夕方以降のようだ。

 そんなワケでオヤツの時間もいつものメンバーだ。


「小さくなり過ぎると機能しなくなるっていうけど、どこまで小さく出来ると思う?」


「わたしに聞かれても分からないってば」


「ワシも同様じゃな。試した事はないからのう」


 そりゃそうだ、秘宝だったものを実験と称して分割するなんて事は普通はしないよな。

 下手に割って機能が失われたりしたら目も当てられない。


「じゃあ、材料がある今のうちに試してみよう」


 共鳴晶石ユニゾン・クウォーツを地面に置き、神樹の刀で両断。

 容積にしてピンポン玉くらいだったものが半分になる。

 機能が失われたような気配はないが、一応確認として20メートル程度離れた場所でリナリーと会話が成立するか確かめる。


「問題なし、か。さーて、どこまで小さく出来るか」


 神樹の刀で更に半分にしたが、まだ機能している。

 更に半分。

 まだ機能してる。

 結局その作業を数回繰り返し、小指の爪程度、妖精の掌に収まる大きさになっても機能が失われる事はなかった。


「なんなの? 機能しなくなるって話は? もしかして小さくなり過ぎると失くしたりとかで、扱い切れなくなるからって意味?」


 呆れるような結果に思わず自問するような呟きが漏れた。


「文献や言い伝えが虚偽であったとは思えぬが……果たして今回の結果が全ての共鳴晶石ユニゾン・クウォーツに当てはまるのかどうか……。いずれにしても、予想外ではあったが大きな収穫である事は確かじゃな」


 まあ、無駄でなかったのは確かかな。

 確実に機能する大きさの確証は得られた訳だから、成果としてはマイナスではない


 共鳴晶石ユニゾン・クウォーツの分割実験を終えると、それを見計らったようなタイミングで鉱石の調査をしていた妖精たちがズカ爺の所へやってきた。


 赤い鉱石の特性がわずかだが判明したようなのだ。

 いや、推測の部分のほうが多いか。

 万象石である可能性が高いという赤い鉱石だが、なぜこんな能力を持っているのか。

 黒曜竜の攻撃方法を見ると可能性の高い推測が成り立つ。


 オレとの戦闘時に外殻を飛ばしたりしていたが、おそらく赤い鉱石が内部で発射時の火薬の役割をしていたのではないか。

 また、それ自体が爆発した事も、接触や衝撃に反応するという条件を加え変化させたのだろう。


 魔力の波長を調べた結果、大きさこそ違うものの、赤い鉱石の組成は皆同じらしい。

 ということは、やはり状況や目的に合わせて使い分けていたという事は確定。

 仮定の仮定、という話になるが、戦闘が長引いていれば他の攻撃方法も見れたかもしれない。

 いや、見たくないけどね。


 追加の情報として、最初の実験の時に爆発した後に小さくなってしまったが、核が健在ならそれも再生するのでは、ということだった。

 まあ、当然の推測だと思う。

 攻撃する度に小さくなってたら、あの巨体であってもすぐに手の平サイズになってたはず。

 そうだったらどんなに楽だったか。

 ともあれ何かしらの再生方法が見つかれば、使い倒してもなくならない便利アイテムになるだろう。

 という希望は、希望のまま終わりそうな気もするけど。


 使い分けていたというのが確定事項だとすると、込めた魔力のリセットだってできるはずだけど、その方法は今後の研究次第といった感じか。

 しかし核がないとダメだとなったら、それも諦めるしかない。


 なんにせよ始めたばかりの研究だ、すぐに結果が出るはずもない。

 気長に待つとしよう。

 生産系の担当者は、かなり楽しくやってるみたいだし、オレとしてはそれだけでも充分な気がする。

 

 ふと思ったけど、やっぱりあと1、2本尻尾を渡しておこう。

 この世界の魔法の知識もなければ技術もろくに持ってない今の状態では、持っていても本当に宝の持ち腐れになってしまう。


「というわけで、ありとあらゆる研究をして欲しいわけです」


 ビタンッ! と2本の尻尾を地面に置き希望を述べる。


「お前さんの中では脈絡があってその結論なんじゃろうが、いきなり過ぎて普通なら理解が追いつかぬぞい」


「大体ズカ爺の思った通りだよ。専門家に任せる事にした。本当なら本体も供出したいくらいだけど、オレとラキがいないと万が一が怖いだろうから、そっちは泣く泣く却下したんだよね」


「おおよその思考の道順は予想がつくのう。では、期待に応えるためにも考え付く限りの事をするとしようかの」


 その言葉を聞いて頷く生産者一同。「頑張りますよー! こんな素材は二度と手に入らないでしょうからね」と拳を握り締めながら言う表情は満面の笑みだ。


「興奮し過ぎて体調とか崩さないようにしてくれよ?」


 オレがそう言うと、見知った顔の妖精が苦笑気味に応答。

 彼女は確かリナリーの友達だったよな、そういえば。


「楽しくて寝る暇がないのよー。それに三日目くらいから気持ち良くなってくるからクセになっちゃうのよねー」


「それが目的じゃないだろうな!?」


「や、やあねー、そんなわけないでしょう?」


 おい、こっち見ろ!

 思いっきり目を逸らすとか説得力がないぞ。

 ……まあ、いいか。それで今までうまく回ってたなら、それが合ったやり方なんだろう。

 若干、変態気質が入ってそうなのが気になるけどな。


 生産担当者とズカ爺が何やら話し合っているので邪魔をしちゃ悪い。

 なのでオレはオレで、ちょっと離れた場所で黒い鉱石の方で遊んでみる事にした。


「何するの?」


「ん~? 黒い鉱石で何かやってみようと思ってなー」


 取り出した尻尾から黒い鉱石を幾つか切り出して、まず何をするつもりかというと。

 ピンポン玉サイズに切り出した鉱石を神樹の刀でどんどんカットしていく。

 職人さんのようにはいかないが、なんとかそれっぽいものに仕上がった。


「宝石みたいにしたの?」


「そうそう。黒いけど透き通ってて綺麗だからやってみたくなったんだよな」


 リナリーの言葉の通り、宝石のカットを真似してみた。

 以前、なずなに見せられた雑誌の情報が役に立った。

 アクセサリの特集が載っていたが「きれいだな~、欲しいな~」と、なずなが言っていたページが、何故か宝石の種類とカットの種類の説明も載っているページだったのだ。

 その時は一瞬、これはもしかしてオレに買えって言ってるのか? 馬車馬のように働いて金を貯めて買えって言ってるのか? と冷や汗が出た。

 考えてみれば、金のない高校生にそんな無茶振りをする訳もなく。

 純粋にひかりものに対しての憧れを口にしただけのようだったので安心したのを覚えてる。


 その後、そんなに欲しいもんかねえ? って感じで自分でもちょこっと調べてみた事があったので、今回その記憶を頼りに黒い鉱石をカットして、どこまで近づけられるか挑戦してみたというわけ。


 かなりデタラメなカットだけど、結構キラキラといい感じに光を反射してる。

 ちなみにラウンド・ブリリアント・カットを真似てある。


「加工された宝石なんて間近で見たことないけど、それでもこんなにキラキラしたものは見た事ないかも」


 食い入るように見つめる表情は心なしか、どこかウットリしているようにも見える。

 いつの世も、どの世界でもひかりものは女の子の心を惹きつけて止まないって事なんだろうかねえ。

 ラキもガン見してるし。


「宝石は加工するのに魔石はしないのか?」


「普通は魔石は削ったり切ったりなんてしないかな。だって込められる魔力が減っちゃうし、わざわざ不便にしちゃうなんて誰もしないもの。ここまで高純度の魔石だと尚更。加工するなんて事は怖くて考えなられないと思う――」


「どうした?」


「あぁ……わたしも感覚がおかしくなってる……」


「なにが?」


「だって、こんな高純度の魔石を切り刻むなんて、今までだったら気が触れたんじゃないかって思ってたはずだろうけど、まったくそんな事思わなかったもの」


「まあ、これだけ材料があるからな。今現在の里の中だと希少価値はないわな」


「その状況が既におかしいのに、そう思ってないわたしに違和感が全然ない」


「その事に自覚的なら大丈夫だろ。それよりリナリー」


 完成したカット済み魔石を目の前に差し出す。


「え?」


「やるよ」


「な、なんで?」


「ん~、なんとなく?」


 眉間にシワを寄せながら片方の眉毛を上げて、驚いたような困ったような顔してるけど、何気に器用だな。

 勢いで作ったけど、プレゼントに丁度いいかも。

 心なしか元気がないように見えたから、光り物でちょっと気分がよくなったりしないかなと。


「あっても邪魔にはならないだろ? あ、デカイから邪魔になるか?」


無限収納エンドレッサーに入れるから、それはいいんだけど……」


「じゃあ持ってろよ。魔石なんだから役に立たないって事はないだろうしな」


「あ、ありがと……」


 困りながらも嬉しいって感じの表情? 

 こんな顔もするんだなー。

 いつも、プンスカ怒ってたり、呆れてたりって表情だったから新鮮だ。

 時々変態でも見るような目でオレを見てたような気もするけど、それは気のせいだな。


「魔力入れてみてくれよ。どうなるかちょっと興味がある」


「え、うん」


 魔石はものによって魔力を入れた時に淡く光りを放つものがあったりする。

 加工前の黒曜竜の鉱石も若干光りを宿していた。

 黒いのに光ってるから、なんか不思議な感じだったけど。

 加工した事で何か変化があるのか少し気になる。


 両手で抱えて魔力を込め始めるリナリーを見て、ちょっと大き過ぎたか? などと思ってしまう。


「わっ、わっ! なに?」


 おー、すげえ光り出した。

 太陽光の反射だけじゃなくて内側からもキラキラと光ってる気がする。


「予想以上に光ってんなー」


「暢気に言ってる場合じゃない! おかしいってこれ!」


「別に爆発するような気配はないぞ?」


「そうじゃなくて、込めた以上の魔力が溜まってるの!」


「得したなリナリー」


「そうじゃないでしょ! なに親指立ててんのよ! 意味は分からないけど何かムカッとくる!」


「なんだよー、損してないんだから構わないだろー。オレだってビックリしてるんだよ」


 さすがに込めた魔力より多く溜まるって、バカじゃないの? って正直思う。

 それはそうと……う~ん、さっきから強烈な視線を感じる。


「……ラキも欲しいのか?」


「わふっ!」


 やっぱり欲しいって意思表示だったか。

 

「じゃあ、いくつか作るから好きなの選んでくれぃ」


 ハートシェイプ、バゲット、スクエア、カボッションは無理だけど、とりあえず雑誌に載ってたヤツを端から再現。

 やっつけだから、再現度はそこそこかな? かかった時間もそこそこ。

 ラキが選んだのはハートシェイプ。

 ほう、お目が高い。

 なーんて言ってもオレには何がいいのか、さっぱりだけどねー。


「それで決まり?」


「うぉんっ!」


 満面の笑顔で咥え上げたな。

 ちょっと顔が怖い。


「ん~、欲しいって言っても食べたいわけじゃないんだし、身につけられるようにしないとダメだよな」


 ということで無限収納エンドレッサーから、加工もし易くて色味も良く合いそうな、というかアクセサリには定番の銀を使って細工を追加しよう。

 魔力を使えば加工が簡単なミスリル銀で、ハートシェイプの魔石をちょっとデザイン性を加えた爪で掴むように成形してみた。

 首から下げられるように紐を通せる加工もしておく。


「こんなもんかな?」


「わふっ!」


 完成したペンダントトップを見つめて喜色満面といった表情だ。


「あとは紐だけど……手元にあったかな~?」


 あったような気もするけど、デザインに合いそうにないな……。


「ラキっ、ちょっと里の皆に聞いて、良さそうな紐あったら貰ってきな」


「わふっ!」


 オレの手から完成品を咥えていったが、その背中がウキウキしてるように見える。

 光るのが嬉しいのか、さっそく魔力でキラキラさせている。

 ハッハッハッという吐息と軽快な足取りでズカ爺と生産者の輪の中に入っていった。


 割りと離れてるのにズカ爺の「なんじゃ、ソレは!?」とか生産者の「何がどうなってるの!?」なんて声が聞こえてきた。

 その異常な輝きが興味を惹いたらしい。


 しばらくして良さそうな紐を貰ってきたラキだったが、それが原因で局地的な騒動が巻き起こった。

 ラキのペンダントトップを見た里の女子が私も欲しいとオレの所に殺到したのだ。


 里の女子、女子といって言いか分からないくらいの年季の入ったベテランもいるが、その全員にカット済み魔石を贈るハメになったのは、太陽の光りが燦々と降り注ぐその日の午後の事だった。



 ひかりものって怖いねー。




遅くなりました。

また一万字超えて長くなってしまいましたが二つに分けたほうがよかったですかね?(´・ω・`)


ブックマーク感謝です!

相変わらず話が進みませんが長い目で見て頂ければ。

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