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第二十一話 講義の時間

 



 宴会が催されてから三日、その間は比較的のんびりとした時間を送った。

 妖精の里の問題が解決したので早々に神域に帰還しようと思っていたが、宴会のあった日の会話に上ったあれこれを片付けてから、という事になった。


 宴会の次の日、かなりの深酒ならぬ深汁だったはずだが、世に聞く二日酔いのような状態にはならずにすっきりとした朝を迎えることが出来た。

 実のところ朝ではなく昼近くまでダウンしていたが。

 朝方近くまで飲んで騒いでといった状態で、ひとり、またひとりと脱落していき最終的にはかなりの人数の妖精がそのまま会場で寝てしまい、起きた時にはオレとラキ以外が小さいという事もあって余計にそう感じたのか、大量の薄着のフランス人形が放置されたような、ひどくシュールな光景が目の前に広がっていた。


 起き抜けにそんな光景が目に入り「なんだ、これ……」と思わず呟いてしまったオレは、まだこの世界の常識が身に染みてないんだろうなと。


 その後、オレも片付けを手伝い、その流れで昼食を済ませ午後には里もほぼ平常運転に戻った。

 まずは服を作る為の採寸を終わらせ、早速作業を始めるために担当の妖精たちは工房に入る。


「二日あれば要望のあった服は全て揃うはずじゃ。その間に靴も間に合うじゃろう。替えの服が完成してからになるが、その服も修復しておこう」


 その間、里に滞在してもらわねばならんが、と言っていたが別に急ぐ用事もないので、それは構わないと伝える。

 そしてズカ爺にとっては本題に近い話題である未知の魔法についての説明。

 レーザーブレスの実演付きの解説だ。

 安全の為に異相結界を的にして何度か試射を行う。


「大体このくらいの太さのブレスを、圧縮して光りの筋に見えるまで細くすると……こんな感じ」


 腕の太さくらいのブレスを徐々に細くして、太さが判別できないくらいになるまで圧縮したブレスを実際に的に向けて放つ。


「やはりブレスの状態を変化させた魔法なのじゃな……。しかも無詠唱か。そうなると我らが習得するのはいささか困難か……?」


「なんで? 詠唱なしで魔法使ってなかった?」


 解体や調理の工程を見ていたが、詠唱をしていなかったように思う。

 ならブレスだって使えてもおかしくないと思うけど。規模は別にして。


「いや、あれは詠唱短縮から発展した無詠唱じゃ、完全な無詠唱ではない。小規模にはなるが魔力量で言えばおそらくはブレスも習得可能じゃろう。だが無詠唱でとなると……」


 かなり難しいと。

 間近でブレスをほとんど見た事がないというのも原因のうちにあるようだが、詠唱に連動したイメージ構築が確立されていないというのが主な理由らしい。

 そもそも竜種の放つブレスというのは本能的な部分によって発現している魔法だ。

 少なくともズカ爺たちはそう認識している。


 そして、その認識というのが厄介で、隔絶した能力を持った種族の力という認識が、ブレスを魔法として捉える妨げになっているのでは? とズカ爺が推測していた。

 思い込みによって自分たちでは習得できないだろう、と無意識に自分たちに枷をはめてしまっている可能性もあると。

 確かに深層心理でそうだと植えつけられたら、それを取り払うのは容易じゃないだろう。

 詠唱による魔法発動が当然のものとしてその機能が脳内に構築されてしまっているとしたら、イメージのみでの魔法習得、発動というのは非常に難しいのかも知れない。

 妖精フェア・ルー族に人間の脳と同様のものがあるかどうかは分からないが、機能として同じ働きをする器官があるのなら、的外れとも言い切れないだろう。


 しかし、それではラキは? という話になるのだが、「育ての親がイグニス様だから」と答えになっているかよく分からない解釈だった。


 他の要因としても、今までそれで何も不都合がなかったという点が挙げられる。

 元々魔力量が多く、多彩な魔法を使いわける事が出来る妖精フェア・ルー

 争いを好まないという性質も、それ以上の強力な魔法を積極的に取り入れなかった理由だろう。


 しかし、ここに来て思いがけない災害に見舞われそうになり、まかり間違えば全滅も有り得たという事で、少しでも何か出来ないかという思いが妖精たちの中で生まれたのだという。


 何百年、何千年単位で起きるかどうかの事態に対応する為に、争いを好まないという自分達の性質に逆らうような、そんな事までしなくてもいいんじゃないかとも思ったが、やれる事は限界まで試すというその考えには全面的に同意できる。


 一見ブレスとはかけ離れたように見える魔法、そして人間であるオレが使っているという事実を利用して固定観念を取り払い、なんとか習得のための壁を突破出来ないかという事でオレに解説を求めたようだ。


「そういう事なら、まっさらな状態からやるべきかな。魔力の扱いは上手いんだから、ひとつひとつこなして行けば出来るはず。遠回りに思えるかも知れないけど、それが一番確実で近道かも」


 まずは魔力粒子の形成。その前段階の魔力弾の威力なんかの調整だ。

 数人の妖精に混じってズカ爺とリナリーも一緒にやり始めた。


「イズミに出来るのに私に出来ないなんて事はないはず!」


 ああ、さいですか。ほんとリナリーの中でオレの扱いってどうなってんだろうね。

 ということで臨時講義の時間は集中的にブレスの解説。


 物理干渉力のある魔力弾の形成と微細化。

 とにかく工程を細分化し先入観の入り込む余地がない状態にして、ブレスは竜の固有能力ではなく魔法による再現が可能だという認識にすり替えていく。

 

 魔力弾はみんな問題なく使えるので、それを小さくしていく。

 しかし、この小さくというのが難しいらしい。

 どの程度まで小さくしたらいいのか、そして威力とのバランスがうまくイメージ出来ないようなのだ。

 そこで、何か参考になるものがあればと、宴会の時に出たパンのようなものを思い出した。

 そのパンの材料を持ってきてもらった所、案の定、小麦粉としか思えないものが用意され、それを使って何とか大きさの説明を試みた。

 葉っぱを丸めて筒状にして粉をすくい上げ、息で吹き出して小麦粉でブレスを再現してみたりなんかもやってみた。

 その段階で大きさを理解して、次の威力の調整というステップに進むものが出始める。

 ブレスに必要な最小の威力とはいっても、なかなか調整がうまくいかない。

 とにかく制御する魔力弾の量が多いなんてものじゃないからな。

 そこはもう身体で覚えてもらうしかない。アドバイス出来るとすれば、ある程度の量の粒子を完璧にマスターしてそれを複製する感覚で、レーザーブレスに必要な粒子の量まで増やしてやるくらいしか思いつかない。

  オレの場合、その辺は感覚で適当にやってしまっているので適切な助言だったかはかなり怪しいが、それでも小規模のブレスを発動するまで漕ぎ着けたものが数人、1時間程度の練習で現れ始めた。


 魔力コスト的にもそれほどではないレーザーブレスだが、魔力量が豊富な妖精であっても連続で撃ち続ければ魔力も減るし、何より制御面で精神的に疲れる。

 というわけで、無理が出ないように適度に休憩を挟みながらのほうが逆に効率は上がるかも、と提案したところズカ爺も、他の妖精たちも、一休みすることにしたようだ。


「しかし、思ったより魔力の消費が少ないのが驚きじゃな。ブレスと聞いて、こんなに少ない魔力でいいのかと疑問に思ったが……」


「方向性の違いかな。必ずしも異相結界を壊すまで出力を上げる必要はないってのがあるからね。もともとブレスは殲滅魔法っていう話だけど、標的まるごと消し飛ばすような、そんな大規模に使う機会なんて滅多にない。でも、せっかく粒子状っていう使い勝手がいいものをアレンジしないのは勿体無いと思ってね。そもそも生物を仕留めるのに、デカい規模の魔法なんてそこまで必要じゃないし」


「世の中の魔法使いが怒りそうな意見じゃな。障壁を突破する為に規模を大きくしたり、威力を上昇させる事に苦心している者がほとんどだというのにのう。ブレスが扱えるからこそのセリフじゃろうて」


「まあ、確かに。異相結界以外じゃ防げない攻撃だし。その事前提なのは、否定しない。でも普通の魔法を否定してるワケじゃないよ。あれはあれで状況によって使い分ける意味はあるし、その辺はわかってる。イグニスの講義がまだ途中だけど、無理矢理に理解させられたから」


「レーザーブレスのみで黒曜竜と渡り合ったお前さんが言っても説得力はないがの」


 苦笑するズカ爺に対してのオレの反応も似たような感じになってしまう。


「ハハ、まあ、あれは。なんとなく他の魔法が効きそうに無いって思ったから」


 実際は使い方次第で通用する魔法があったのはラキの攻撃で判明したけど。


「黒曜竜には決め手にはならなかったけど、対生物なら、そこそこ使えるはず。なにせ、急所を射抜けばいいだけだから。人間に限らず、生き物なんてのはしぶといようでいて案外脆かったりするし」


 オレとズカ爺の話を聞いていた妖精たちも、そこの所は同意できるのか頷いていた。


「森の中なんかだと周りに被害を出さずに戦闘領域をコンパクトに出来るのはかなりの利点だと思う。その為の貫通特化の小規模ブレスって言ってもいいくらい森林地帯での相性はいいはず」


 オレの言う利点にも一応の納得がいったらしく、森を無闇に破壊せずに済む攻撃手段というのは、更に魅力的なものになったようだ。

 ここで暮らす妖精にとっては必要以上に破壊を行わない強力な攻撃はかなり有用だろう。


 そんな雑談をしながらの休憩だったが、一人やけに静かだなと思い、リナリーのほうに目を向けると、自分の掌を開いたり閉じたりして「むう……」と唸っていた。

 結構頑張っていたみたいだけど、なかなか思うようにいってないらしい。

 オレから見れば充分早い修熟度だと思うけどな。

 あんまり焦る必要はないんじゃないか? 

 雑談で気分を変えるとかどうだろう。


「なあ、妖精の瞳って次にまた記録したら上書きされて消えちゃうのか?」


「新しく記録したいってなったら消えちゃうけど、コレに記録を移し変えれば平気」


 胸元に手を突っ込んで取り出した妖精の瞳を掲げ、再度胸元に手を突っ込んでもう一個取り出した。

 どう考えても取り出せるスペースはないと思うけど、当たり前のように出したな。


「もう一個? 予備か?」


「ううん、こっちは保存専用。たぶん半年分くらいは貯めておけるんじゃないかな?」


「半年分……。一対でひとつのアイテムって訳か」


「そう、だから妖精の『瞳』って呼んでるの」


「ふむ、なるほどね」


 かなり小さな石なのに半年分ってすげえな。

 オレが感心していると分かったのか、少し自慢げな表情で二つの石を胸元に仕舞い込んだ。

 そんな会話が気分転換になったのかは分からないが、煮詰まっていたような表情に多少の変化が見て取れた。


「さて、再開、再開っと」


 ん~、っと伸びをした後に、ちょっと気合でも入れようかといった感じで再び練習を開始するリナリー。

 他のみんなが休んでるのに頑張るね。

 魔力の粒子を球体にして、そこから何度も放出するブレスの太さをなんとか調整しようとする。

 その様子を腰掛けた石の上で頬杖をついた姿勢で眺める。


「ところでさ、妖精の瞳ってどこから出してるんだ?」


 ボーっと眺めてるのもなんだなあと思い、今まで聞くタイミングをを逃していた質問を何気なくしてみる。


「ん~? リンクが成功すると何故だか身体に吸収できるのよねー」


 レーザーブレスの練習をしながら、これまた雑誌でも読みながら片手間に相手をするような調子で答えが帰って来た。


「ほう、そんな風になってたのか。いつも胸の辺りにしまってるよな。丁度二つだからさ、途中で止めて胸の替わりってワケには――」


「薄いって言いたいのか、バカイズミーッ!!」


「うおおっ!? あぶねえ!」


 思いっきり仰け反って首だけブリッジみたいな姿勢になっちまったよ!


「あ……出来た」


「出来た、じゃねえよ! 人に向けて撃つとかありえねえ!」


 オレに向かって撃ったブレスが、レーザーブレスの形として成功していた事にリナリー自身が驚いていた。

 そんなものを向けられたオレとしては驚いた所の話じゃないけどな。

 

「なによぅ、異相結界あるんだから平気でしょ!」 


「異相結界なんか、あそこで的にしてるんだから手元にねえよ!」


「人の胸を薄いとか幼児体形とか、他の人より狭い隙間に入れるとか言うのがいけない!」


「そこまで言ってねえ! っていうか多少自覚してたのか」


「なにおー!?」


 うおっ! 多重展開?

 さすがに異相結界なしは怖すぎる!

 こっちで展開しないとヤバいってこれ!


「ちょっ! 待て! 当たったらどうする!」


 自分に向けられるとすげえ怖いんだけど!

 ラキも、「クアァ~、アフッ」とかアクビしてないで、なんとかして!

 耳を後ろ足でかいて我関せずみたいなラキには期待できないか。


 ま、異相結界は展開済みだからいいんだけどさ。

 何枚か展開したパネル状の結界に、キンッ! キンッ! と甲高い音を響かせ命中するレーザーブレス。

 目の前のそれを見て、ふと思いつく。

 

 空間座標ではなく、オレ自身との距離を固定で展開出来ないか?

 例えば、手の平とか手の甲とか。

 それはいいけど、リナリー撃ち過ぎだろ!


「ふぅ、かなりいい感じに撃てるようになってきたわね」


「随分ご機嫌で撃ちまくってくれたな。オレじゃなかったら死んでるぞ」


 展開した異相結界を解除して、新たに条件付けをして展開。

 両手を前に突き出して左右一枚ずつ出現させる。

 お、コレは成功か? わずかに動かした手の平にちゃんと連動して動いてる。


「イズミじゃなかったら撃ってないけどね。って何してるの?」


「リナリー、ちょっと遅めでもう一回撃ってくれ。同じようにバラけさせて」


「? わかった」


 次々に放たれるレーザーブレスを手のひらの前に展開させたパネルで受け止める。

 真正面以外に打ち込まれるものも。腕を動かし同様に受け止める。

 おお、早く動かしてもちゃんと手の平の前にある。

 身体部位との距離と角度をしっかり指定してやれば、イメージ通りに展開できるんだな。


「あれ? そんな使い方してた?」


「いや、今初めてやってみた。黒曜竜と戦った時に、何とかならんかなあって思ったからちょっと試してみたんだ」


 予想してたより、かなり上手くいった。

 座標指定の条件を変えるだけで、相当使い勝手が変わるという事がよく分かった。

 どこまで応用が効くのか色々試したい気はするけど、それはまた近いうちにじっくり。

 という訳で今はレーザーブレスの講義に集中しよう。

 

「詠唱がいらないって、やっぱり便利なのね……」


 他の受講者の進捗を確かめようと視線を巡らしているとリナリーが呟いた。

 レーザーブレスを使えるようになった事と、今しがたオレがアレンジして展開した異相結界を見て、改めてイメージ重視での魔法発動の実用性の高さを噛み締めているようだ。


「ん? 他の詠唱魔法と比べてどうかは知らないけど、異相結界は詠唱とか関係ないからこんなもんだと思うぞ。イグニスから聞いてないか?」


「次元概念の有無に関係してる魔法というのは聞いたけど、その先の応用の仕方までは聞いてないわ」


「ワシらは異相結界を習得できなんだからのう。当然その先の事は知らんのじゃよ」


 おそらく、『次元概念の有無』というやつに引っかかって習得不可の結果だったのだろうとズカ爺は言う。

 知識として別の次元があるという事を理解していても、それだけでは異相結界に合格判定をもらえないらしい。

 それを聞いて疑問が浮かぶ。

 じゃあ、イグニスが異相結界を伝えたのはどんな相手なんだ?

 人間と同程度以上の知識や思考能力を持つ妖精フェア・ルーでさえ覚えられないのに。


 推測の域は出ないが、と前置きをしてズカ爺がオレの疑問に答えてくれた。

 精神生命体などの、本体や意識を別次元に置いている存在や、本能で扱う技が次元を扱うものだったりと、知識以上に次元の概念がその身に染み付いているもの達だったのではないかと。


 なるほど、それは有りそうな話だ。

 でも、そうなるとだ。なんでオレが覚えられたのかって事になるんだけど。

 そこの所は今更感が強いけど、やっぱり転移してきた事が関係してるんだろうか。

 覚えてしまった後に色々考えても、それこそ今更、という感じがしないでもないが。


 うーん、でもそうなるとコレはどうしたもんか。

 レーザーブレスと一緒に、出来れば異相結界も覚えられればと思っていたけど、無理なのか?

 攻撃手段と同時にそれに対する防御方法もと考えていたけど。


「リナリー、異相結界に触ってみてくれよ」


「いいけど、私たちは覚えられないわよ? イグニス様の結界に触れてもダメだったもの」


「オレが違う世界から来たっていうのを聞いて、もしかしたら変化があったんじゃないかと思ってな。その辺は疑ってないんだろ?」


 あれ? 他の妖精だちが目を剥いてるけど、ズカ爺なにも話してなかった?


「確かにそこは疑ってないけどね……。この世界の人間とはあんまりにも違いすぎるし」


「どこがどう違うのか気にはなるけど、重要なのはそこじゃないから今は置いとくとして。認識が変わった事で条件を満たしたか、そうじゃないのか、一応確認したくてな」


「ん、了解」


 身体部位連動の結界を解除して、空間座標固定の結界を再び展開。

 数枚のパネルの前に浮遊するリナリーは、これといった気負いもなくパネルに手を添える。


「え……? なんで?」


「どうした? やっぱりダメだったか?」


「なんか、覚えたみたい……。イズミのいた世界の事を聞いても正直そこまで意識に変化があるとは思ってなかったから、ダメだと思ってたんだけど……」


「おお、って事は使えるようになったんだな」


「うん、ほら」


 困惑しながらも異相結界を展開したリナリーの表情は、自身の展開した結界を見て、更に信じられないといった表情に変わった。 


「なんでだろ……。イズミのデタラメ加減を間近で見てたから?」


「なんか引っかかるけど、これで気になってた問題が解決できるな」


「問題って? 何かあるの?」


「レーザーブレスは障壁じゃ防げないだろ? そうなると万が一の同士討ちの危険があるからな」


「そうじゃな、森の中での使用を考えると、その危険性は常について回る問題だからのう」


「そう。だから異相結界を使えるようになれば、より安全にレーザーブレスを使えるようになる。という訳で、リナリーが覚えられたんだからズカ爺もいけると思うけど」


「うむ、可能性はあるのう」


 オレの展開した結界に近づき、ズカ爺はそう言いながら手を伸ばす。


「む?」


「あれ ダメだった?」


「どうやら、そのようじゃ……」


 リナリーの展開した異相結界に触れても同様の結果だった。


「ん~? リナリーとズカ爺で何が違う?」


「共に行動した時間か、それによって生じたイズミに対する認識の差くらいしかワシには思いつかんがのう」


「そこまで違いがあるとは思えないんだけどなあ」


 黒曜竜との戦闘だって記録映像で見てるし、オレの出自だって知ってる。

 どこに違いがある? 一緒にいた時間でそこまで変わるか?

 あと考えられる可能性としては―― あ、なんかイヤな可能性が頭に浮かんだぞ。


「ラキ!」


 ちょいちょいと手招きすると寝そべっていたラキが起き上がり、トットットッ と、こちらに駆け寄ってきた。


「ラキは異相結界を使えるか?」


「クゥン?」


 首を傾げて、なんでそんな事きくの? といった疑問に満ちたつぶらな瞳が、なんか可愛い。


「ラキちゃんも使えないみたいよ」


 通訳ご苦労。

 言葉を理解出来るといっても、さすがに深層心理に及ぶ概念まではイグニスでも教える事は出来なかったようだな。多分、知識としては教え込んでいるとは思うけど。


 となるとリナリーとほぼ条件は一緒なんだよな。

 さて、どうなるか。


「ラキ、異相結界に触ってみてくれ」


「わふっ!」


 ひと鳴きして結界の前まで歩み出てペロリと舐めた。

 そこは、てしっと前足で触るんじゃないんだ?


「クゥン?」


「あ……」


 リナリーの呟きにどうした? と聞く前に結果が分かった。

 目の前に新たな結界が展開されたのを見て疑惑が確信に変わっていく。


「これは、益々オレの予想が……」


「どういう事?」


「異相結界を使えるようになった二人とズカ爺の違いが何か、分かるか?」


 オレの質問に、? マークが頭上を飛び交っているようだ。


「……オレの魔力を食っただろ?」


「ああっ!」


 普通に考えて、次元の認識にそう違いがあるとは思えない。

 それまで、いずれも合格判定が出てない事からもそれが分かる。

 にも関わらず、リナリーとラキは異相結界を使えるようになった。

 認識の違いに差がないのなら、原因は何か。


「他の可能性がないわけじゃないけど、一番濃厚だと思うぞ」


 仮説の証明のために、ズカ爺にはオレの魔力を吸収してもらう。

 ズカ爺は経口摂取ではなく手で触った状態でも魔力を吸収できるらしく、噛みつく必要がないようだ。若い妖精は出来るものが少ないが年を経た妖精なら出来るらしい。


「聞いてはおったが、信じられんほど美味じゃな」


 だが、味わう事は変わらず出来るようで、リナリーと同様の感想に思わず苦笑が漏れる。

 そして異相結界に触れてもらい、オレの予想が正しいかの結果を待つ。


「……なんと、本当に習得が可能になるとは」


 若干ハズれて欲しい気もしないでもなかった結果に、後の事を考えてちょっと複雑な気分になったが、それはまた別の問題なので今は置くとしよう。

 しかし、はっきり言って何がトリガーになっていたのか分からない。

 リナリーやラキの例で考えれば、オレの魔力の効力がある間だけ結界が使用可能になるなどの限定したものではなく永続的なものだろう。 

 そうなると希望者にはオレの魔力を味わってもらうという事になりそうだ。

 大量の妖精に噛まれるのか? 色々とおかしな絵面になりそうだけど大丈夫だろうか?

 どうしよう、帰っていいかな?





 ~~~~





 ラキが異相結界を出したり消したりと、色々と試してるのか遊んでるのか分からない事をやっているのを横目に、検証のために他の妖精たちにもオレの魔力を吸収してもらうことにした。

 レーザーブレスの習得に参加していたリナリーと同年代っぽい女の子の妖精たちと、宴会の席でいい笑顔で尻好きをカミングアウトしてきたイケメン妖精にとりあえず試してもらう。

 女の子たちの場合はリナリーで慣れていたから気にならなかったが、イケメン成年に吸い付かれる折にその事に気が付いてお互い微妙な表情になってしまった。

 いくら身体の大きさが違うとは言っても、正直男同士でやりたい行為じゃないなあコレは。


 検証のためと割り切って、とりあえず話を進めよう。

 魔力の吸収が終わった所でお決まりの味の感想が飛び交い、落ち着いたのを見計らって異相結界に触ってもらう。

 予想していたように全員が異相結界を覚えたようだ。


「全員覚えたのはいいけど、理屈がさっぱりだ。オレの魔力が繋ぎになってるのか?」


 どうにも訳がわからない、と誰に聞くわけでもなく独り言のよう口に出てしまう。


「結果から見れば、それが一番妥当な解答のような気がするのう」


「いくら考えても結果が変わる訳じゃないし、まあいっかー。誰も損してないし」


「どうせ、考えるのが面倒になっただけでしょ?」


 ほう、バレてるじゃないか。よくわかったなリナリー。

 半眼で「やっぱりね」なんてセリフもオマケで付いてきた。


「ワシらにしてみたら結構な重大事なんだがのう」


 結界を覚えた面々が全員、ウンウンと頷いている。


「イグニス様のもと、いかにしても覚えられなかったものが、こうも簡単に覚えてしまうというのは異常と言わざるを得ないのだがの」


「そこはまあ、結果のみを受け入れるという事で」


 その言葉を聞いた全員が苦笑いを浮かべた。

 リナリーだけは、やれやれといった感じで溜め息をついていたが。


 なんやかんやあった休憩時間。その後も練習は続けて行われたが、思わぬ副作用が現れた。

 オレが的を用意しなくてもいいように、自身の的になる異相結界の展開の練習を何度か繰り返す。

 スムーズに展開出来るようになったら、続けてレーザーブレスの練習に移行。

 さあブレスの練習だと開始した所、ここで全員が初撃で成功させてしまう。


 思わず全員が、「は?」となった。


「これは、異相結界の習得が原因としか考えられんのう」


 ズカ爺曰く、異相結界の習得後すぐに違和感を覚えたのだという。

 魔法を使おうと魔力に意識を向けると微妙に変化があったと。

 魔力の流れがよりダイレクトに感知できるようになった、そんな感覚らしい。

 どうやら全員が似たような変化を体感していたらしく、レーザーブレスの発射時により顕著に現れたようだ。その証拠と言えるかは怪しいが、何発撃っても失敗するメンバーが見受けられない。


「イメージの方法も異相結界と一緒に伝達された?」


「おそらくはのう」


 これは便利だ。

 でも、本当に異相結界ってのは訳が分からないな。

 それよりも、これで妖精たちに異相結界込みでブレスを教える事になるのは確実だな。

 習得できるか分からず、数人を対象にお試しで開かれた臨時講義だったけど、受講者全員が覚えたという事で同じ方法でという事になるはず。


 どうしよう、全員に吸い付かれるのか?

 長時間拘束されて老若男女においしく頂かれる?

 吸い付かれるのもだけど、長時間自由に動けないのはキツいかも。


「ならば、魔石を使えば良いのではないか? 込めるのも取り出すのも自由自在じゃからな。問題はあるまい」


 おお、それは助かる。

 空いた時間に魔石に魔力を込めればいいだけなら、自由に動けるな。

 とりあえず、その方法が本当に有効なのか確認する事にしよう。


 用意された魔石に魔力を込めるのは難しくはなかった。

 その魔石を使った魔力の吸収と、異相結界、レーザーブレスの習得を二人ほど新たに希望者を募り、どうなるかを早速確かめた所、拍子抜けするほど簡単に覚えてしまった。

 そこでズカ爺は里で所持しているありったけの魔石を集めオレの前に積み上げた。


「すごいな、こんなにあったのか。結構な貴重品だって聞いたけど、あるとこにはあるもんだな」


「純度の高いものはそれなりに貴重ではあるが、一般的な魔石はそうでもないのじゃよ」


「そうなんだ。じゃあ魔力の充填しちまおうかな」


 ひとつ掴み上げ魔力を流す。


「それにしても多くない?」


「いや、な。お前さんの魔力を出来るだけ確保しておこうと思っての」


「?」


「珍しい種類の魔力に興味があっての。というのは建前で、お前さんの魔力は美味いからの」


「オヤツ代わり!?」


 スイーツか何かと同じ扱い?

 なんでオレの周りにいるのはこんなに食い意地が張ってるんだよ!

 

 まあ、いいけどね。魔力を使いきるには丁度いいし。



 というわけで、目の前の魔石にスイーツを仕込もうかね。





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